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防衛ラインの化学工場前に、撃退士たちは並んでいた。
目の前に広がる町並みの、遙か彼方、黒い波が押し寄せてくるのが見える。それらの地響きが地面から、足を伝わって、頭の先まで流れてくるようだった。
稲葉 奈津(
jb5860)はメイクアップを終え、その波を眺める。異様な光景に、
「さぁ〜ってテンション上がってきた!」
と気合いを入れる。
「ここまで大量だと見た目にもちょっとアレだね……」
対照的に、ユリア(
jb2624)は苦笑しながら、その群れを眺める。
「確かに、数だけは多いみたいだな」
つぶやきを受けて、那月 蛍(
jb6859)も大量のネズミを眺めて感想を述べた。ひたすら直進してくるネズミを退治する、一見すると簡単そうだが、異常な数のそれを見ると気を引き締めざるを得ない。
「それでは、急ぐと致しましょうですワっ!」
宇宙を思わせる煌びやかな翼を広げ、ミリオール=アステローザ(
jb2746)は意気揚々と宣言した。作戦の開始である。そのまま、力場を生成し、ミリオールは黒い群れに向かって飛び立った。近づけば近づくほどに、その異常さが目に見えてくる。恐怖よりも、蠢く群れに嫌悪感が先立った。
それに続けとばかりに、雪室 チルル(
ja0220)は全力で群れへと駆けていく。無鉄砲なのか勇気があるのか、群れへとまっすぐに彼女は進んでいった。
「行こうか……」
目を鋭くして、奈津が続く。住人は退避しているが、建物は逃げることができない。踏ん張ったヒゲのためにも、一肌脱いでみまそうか、と意気込む。
この三人が、群れの前に立ちはだかっても、ネズミたちはその足を止めようとはしない。
ミリオールはそれらのネズミを前に、銀の鍵を顕現させた。鍵が廻ると同時に、淡い金色の幕が展開されていく。そこに黒い影がせまろうとしていた。
追いついたチルルが、とっさに大剣を群れに向ける。白い刃に、白い冷気が纏わりつくように見えた。白さが集結し、黒い波を穿つ。放出されたエネルギーが、ネズミたちを吹き飛ばしていく。はらはらと、氷の結晶のようなものが散り、すっと消えた。
続けとばかりに、奈津も剣を構える。チルルのとは対照的に、こちらは熱を帯びていそうな赤である。まとわるのも黒である。武器を大きく振りかぶって、振り抜けば、黒い衝撃波が放たれる。
「消えされっ!」
奈津の叫びと同時に、衝撃波に飲み込まれたネズミたちは、宙を舞っていく。
二つの閃光に負けじと進んだネズミの群れが、ミリオールに襲いかかる。だが、彼女の展開した結界がネズミの速度を遅らせ、動きを鈍らせる。損傷は、微々たるものだ。
続けざまに群れの上空へ飛来したユリアが、手をかざす。月に似た薄黄色の光球が爆ぜる。四方への光の粒子が拡散し、ネズミたちへと襲いかかる。
幾重ものネズミが倒れるも、その上を次の群れが通ろうとする。
そこへ、ビルを駆け、宇田川 千鶴(
ja1613)が群れの側面を位置取った。
「ねずみの割に遅いなぁっ」
とっとと片付けたる、といいながら、素早く鋭い一撃が飛ぶ。雷撃のような早さで、広範囲の群れを打ち払う。
右翼から全身が痺れ、動けなくなったネズミを狙い、那月 蛍(
jb6859)が引き金を引いた。動きの鈍った、大勢の群れを撃ち漏らすはずがない。弾丸は、ネズミたちを貫いていく。小さなかたまりが、次第に消えていく。
逆の側では、九十九(
ja1149)が弓を構えていた。数の暴力というものに、警戒を示しつつ、弓を引く。新調した弓が、蒼みを帯びた光を宿す。光は放たれた矢へと伝わり、煙のように薄く流れていく。穿たれたネズミが、沈黙していく。
ここで食い止めるため、ミリオール、チルル、奈津が前へと躍り出る。ネズミはバカなのか、本能なのか、直進を続ける。群れと群れが重なり、団子状態となっていく。
後ろに押される形で、前のネズミの勢いが増していく。堰が切れたように、流れ込むネズミに、慌ててチルルは両手をかざす。氷の粒子がチルルの周囲をぐるりと流れていく。粒子にあたったネズミは勢いが殺され、結界も相まって、チルルを突き崩せない。
ダンゴ状態になるネズミを、横合いから再び、千鶴が穿つ。前進の勢いを削り、数百のネズミを吹き飛ばす。だが、やはり、圧倒的に数が多い。
「ここは、通さないわよ。私の誇りにかけて!」
踏ん張って奈津も再度、黒い衝撃波を放つ。大勢のネズミを巻き込み、ネズミたちを打ち倒す。だが、勢いが削られつつも、進むことを止めないネズミたちは衝撃波の間を突き出てくる。結界の光をも撥ね除けて、前へ前へと進み行く。体当たり、突き出される歯、小さくも鋭い爪が襲いかかる。
耐えきるも、中々にきつい。
追いついたセレス・ダリエ(
ja0189)が、それらをさらに足止めすべく、書を開く。地面が揺れ、次の瞬間にネズミの足元から土の針が飛び出す。ひた走るだけのネズミたちには、効果が高い。針に突き上げられ吹き飛ぶもの、突き刺さり地面に伏すもの、それでもなお、進むものもいる。
だが、抜け出しても、追撃が押し寄せる。
蛍は、雷撃を剣に整形すると、最も突出する一群に振り放った。風切り音ともに、ネズミの壁が切り崩されていく。好機とばかりに、ユリアが光の球を再び投げ入れる。ミリオールは、球が落ちるのを見ると、重ねるように自らも力を顕現させた。
「一匹ずつ倒してても埒が明きませんね。派手いきますワっ!」
光の粒子が弾け、ネズミたちの体躯を傷つけたかと思えば、次に巻き起こったのは爆炎だった。ミリオールによって集約されたアウルが爆発したのだ。無数の星のように、黒い群れの中で赤く輝く。何度もネズミたちを吹き飛ばす。トドメを刺すように、九十九の矢が上へ下へと突き刺さる。
第一波は切り崩され、死に体であった。続く、第二波もまた、相次ぐ攻撃に数を減らしていく。
それでもなお、ミリオール、チルル、奈津による壁を食い破らんと前へ前へと進んでいく。さらには、最後の波が、寄せてこようとしてきた。
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セレスと千鶴は、混沌とした前線を、さらに引っかき回そうとする第三波を先んじて狙おうとしていた。損傷の少ない、最後の群れは勢いを落とすこともなく、駆けている。その進軍を止めるべく、彼らの足元にも針を突出させる。地面から突如出現した針に、なすすべなく大半は串刺しにされ、その場で伏す。
だが、三匹に一匹くらいが、針の間をすり抜けていく。
飛んで火に入る夏の虫、隙を生じぬ二段構え、すかさず千鶴が飛び出してきたネズミを鋭く屠る。
「鬱陶しいわ、大人しく止まっとき!」
そう告げる千鶴の言葉通り、残ったネズミたちも、叩きつけるような一撃に、身体が痺れる。前線へ抜けられたのは、半分にも満たなかった。
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奈津は倒しても、倒しても、わき出てくるネズミに若干、辟易していた。前線も、ネズミの攻撃をもろに受けすぎないよう、やや下がっていく。大声で、
「ネズミなんって大っきらい!!」
と叫んでは剣を振るって眼前に迫るネズミを切り落とす。
だが、その後ろでは次のネズミが待っているのが見える。ミリオールがすかさず、銀の鍵を顕現させて結界を張り直す。光の幕がある限り、通しはしない。
「さぁ、仕切り直しですワっ」
後方から、熾烈な攻撃をくぐり抜けた第三波の精鋭が辿り着く。合流し増大しかねない黒い波を押しとどめるべく、チルルは元気よく宣言する。
「今よ。全員総攻撃ー! 一気に倒してあげるわ!」
その声に、負けじと弾ける、光が通る。キラキラとした氷結晶の中から、生き残ったネズミがチルルへと襲いかかる。あらかじめ展開した氷の粒子が、その進撃を許さない。ここは通さないわ、と強気な口調で言ってのける。
チルルの声に押される形で、ユリアは高度を下げていく。彼女の周囲には、チルルの発生させた結晶にも負けない、ダイヤモンドダストが巻き起こる。だが、それは淡い月を彷彿とさせる色をしていた。その色合いとは裏腹に、さめざめとした空気を感じさせる。
すぅっと空間が凍てついていく。ネズミたちの動きが、鈍く、眠るように止まっていく。
その瞬間を狙ったかのように、九十九の弓が光の尾をひいて、ネズミたちを真の眠りへと導いた。眠らない悪い子も、蛍がなぎ払っていく。
第二波がどこまでだったかは、もはや誰にもわからないが、津波はさざなみ程度にまで収まっていた。それでも、波は波なのだ。
油断することなく、素早くは矢を継いだ。矢が、暗い紫の風を纏う。放たれた矢は、黒い風の中を突き進み、風斬り音を聞かせてネズミたちを始末する。
このタイミングで、第三波が前線へと追いつく。だが、セレスと千鶴の攻撃によって、大半は遅れを取っていた。
やや突出していたチルルやミリオールと激突するも、その数の力は、散り散りであった。
さらなる分散を狙い、セレスが針のムシロを敷く。
追撃をかけるように、千鶴が印を結ぶ。影が形を変えて、無数の棒となり宙を舞う。短く吐かれた息とともに、影手裏剣が飛来する。
上の手裏剣と下の針で挟むような攻撃、沈黙まであとわずか。
手を緩めるわけがない。三度、飛び立ったユリアが中心で光の粒子をぶちまける。群れが散逸し、かたまりがほどけていく。十匹程度の群れと言うには、さみしい集まりが、なおも前進を試みる。
あとは、各個撃破。
チルルは、眼前に飛び出してきたものたちへ白刃を向ける。自分の身長よりも大きい剣を振るっては、はるかに小さなネズミたちを切り伏せる。ばらけたネズミたちへ、刃を当てるのはいささか、モグラ叩きのようでもあった。チルルは器用に、モグラではなく、ネズミを落としていく。
それは、ミリオールや蛍にとっても同じだった。
前へ進むことしかしないとはいえ、ミリオールは小さな相手に切っ先を確かにあわせていく。蛍もまた、刃を軌道をしっかり測って、振りきる。確実で細やかな一撃は、前線の混戦を終焉させた。
残るは、身体が痺れ、鈍行する群れだけだった。その痺れを与えた千鶴は、今度は黒い雨を与える。影でできた、鋭い雨はそれらの群れを削っていく。
そんな彼らの前に立ちはだかり、トドメとばかりに、チルルが剣を構えていた。
「こっから先はあたいを倒してからよ!」
ネズミは、寿命が短いため、人間よりも時間が早く流れるように思われるという話を御存じだろうか。このネズミたちはディアボロだから、無関係かもしれない。だが、これらの目には、チルルがものすごい速さで動いているように見えたことだろう。
逆にチルルにとっては、ネズミたちは止まっているように見えた。
いかに小さかろうと、止まっている相手に刃を当てるのは簡単だ。
動かなくなったネズミたちが、地に落ちていく。その先で、チルルは高々と剣を掲げていた。
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激闘が終わった跡を歩く。
黒々とした波は、今度は絨毯のように地面に広がっていた。さしずめ、穏やかになった夜の海を彷彿とさせる。その沿岸部、外周を千鶴と奈津、セレスは歩いていた。
「しかし、あんだけ多いと私もネズミ臭くなってそうやな……」
千鶴は、そっと自分の腕を鼻に近づけ、臭いを嗅いでみる。どんな臭いがしたかはわからないが、そっとため息を吐く。その隣で奈津も、自分の腕を嗅いでいた。
少し離れたところに、責任者のヒゲが来ていた。
奈津たちは、彼に近づいていく。ヒゲは、彼女たちを見つけると、しきりに頭を下げていた。
近づいて、奈津はヒゲに微笑みかける。
「お疲れ様、よく逃げないで指揮し続けたね。おかげでなんとか間に合ったわ」
跳ねるような声でいわれ、ヒゲはやや顔を赤面させる。
おかげさまで……といいながら、ヒゲは黒い地面とそれらによってもたらされた破壊の跡をみる。
そこでは、ミリオールたちが瓦礫撤去を手伝っていた。
後始末をしながら、様々な思いをはせる。
蛍はそれらを始末しながら、やや苦々しく笑い、ぼやく。
「こんな奴らに手を焼く事になるとはねぇ……」
善戦したとはいっても、烏合の衆。もう少し力をつければ、もっと上手くできるはずなのだ。
九十九は淡々と瓦礫を動かし、ミリオールはけが人がいれば淡い緑色の触手を顕現させて治癒を促す。チルルは、元気よくあちらこちらと人手の足りなさそうな場所を走り回っていた。
千鶴たちも、苦笑した後、ヒゲから離れて彼らに合流する。
まだまだ、ネズミには苦労させられそうだと軽く息を吐くのだった。