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雨の音が外から響いてくる中、暗い会場内に明かりが灯る。
「長らくお待たせいたしました。すごいんです!開始です!」
オーナーの声がスピーカーから流れるとともに、月居 愁也(
ja6837)が姿を現した。
「今回は、実況とかも俺が担当させてもらう! みんな、よろしくな」
元気よく宣言をしつつ、愁也はスタート位置に付く。
だが、彼の手番は最後だ。
そして盤上にグィド・ラーメ(
jb8434)が登ってくる。
「最初ですが、感想をどうぞ」
「最初がおっさんで申し訳ねぇが、俺も賑やかな坊主達に混ぜてくれや」
もちろん、というように愁也が頷く。
「俺はどんなマスがこようとも、全力でやりきるぜ!」
ビシッと言ってのけたところで、抱えていたサイコロを振りぬく。
栄えある最初の出目は、なんと6!
そして、最初のマスは……。
「えー、あれが追っかけくるわけだ!」
「嫌いな食べ物が足を生やして追いかけてくる……2マスすすむって本当にきたぞ!?」
事前アンケで書いたものが本当に迫ってくる。
グィドのスタートダッシュが決まった所で次へ。
「3ターン、止まったマスで反復横跳び撃退士記録に挑戦……ですと?」
2番手の金鞍 馬頭鬼(
ja2735)は、別の意味でスタートダッシュだった。
「見せてあげましょう!」
そして始まる超高速反復横跳び。
「梅雨時期でも適度な運動は大事だよね。ちなみにこのマスは俺のです!」
愁也がカミングアウトしていた。
次の場面では、
「じゃーんけーん」
ぽん、と横飛びする馬頭鬼は4マス後ろの矢野 胡桃(
ja2617)とじゃけんしていた。
「勝ったなの……勝ったら進めないの?」
アスハ・A・R(
ja8432)が用意したこのマスは、負けたら3マス進めるのだ。
「それにしても」
参加者の面々を見て、胡桃はとあるデジャブが思い起こされる。
顔をそっと覆うのだった。
そんな胡桃が用意したミネストローネを前に、櫟 諏訪(
ja1215)が戦慄する。
「櫟旦那様?」
胡桃に諏訪がそっと聞く。
「え? 何を入れたか? 愛情いっぽん」
どんと置かれたのは、蜂蜜の空瓶(大)である。
諏訪は考えていた。
「やるからには全力でやってから、ですしねー?」
どんなマスでもそういいながら、全力で罠を予測し回避してみせようと思っていたのだ。
予測可能だが回避不能とはこのことである。
双六で勝つには飛び込むしかないが……ひとくち食べてそっと一マス下がって一回休みを受け入れた。
なお、次の手番でミネストローネは胡桃が食べたという。
「これは卑怯やぞ、アスハっ!」
小野友真(
ja6901)が作成者に吠えた、その効果とは!?
「……」
開眼した夜来野 遥久(
ja6843)と強制的に目を合わせられ、怯むというものだった。
何故か足がすくむのである。怖いね。
「も、もうええで、遥久さん。次自分の番やん?」
「友真殿、わかりました。それにしても」
視線を収めて遥久がサイコロを振る。
「双六ですか……随分と久しぶりですね」
出目は、3。マスに辿り着いた途端、遥久は後に飛び退いた。
かすかに何かが掠り、受けた負傷をすかさず回復する。
見れば、拳大の飴だった。
「あ」
「あ、とは何ですか、友真殿?」
「俺の考えたマスや。めっちゃ美味しい飴ちゃんの飴が勢い良く降ってきてやったね!」
だが、この飴がごすっと落ちてきたら……。
「回復役が必要ですね」
遥久は決意を固めるのだった。
「なる……ほど、面白そうではあるんだが……色々と、惜しい部分があるな、コレ」
グィドと同じく、嫌いな食べ物に追いかけられたテト・シュタイナー(
ja9202)が息を切らす。
最高に苦いゴーヤやピーマンたちの壮烈な内股走りだった。
「これを考えたのは、誰なんだ?」
「瑠璃、でした」
点喰 瑠璃(
jb3512)が4マス後ろで答える。
出目は1だったが、諏訪とのじゃんけんで見事敗北し進むことが出来た。
「それにしても」
ふと周りを見やると、既に休み系のマスに引っかかった面々が多い。
「これは、長引きそうだな」
愁也が飴により受けた負傷を、遥久に回復してもらいつつ呟くのだった。
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「ここらは、一部ダイジェストだ!」
誰に言うわけでもなく、愁也が宣言する。
宣言されたので、まずは2順目より……迫り上がってくる馬頭鬼とルームランナー。
「皆さんこんばんは、クイズ☆お馬さんの時間です。まずはゲストのテトさん、最終ステージですが意気込みをお願いします」
「え、あ、そうだな。任せるんだぜ」
馬人状態で司会者服の馬頭鬼に勢いで押されるテト。
「お馬さんより遅いと回答権を失います、はい走って!!」
と走らされるが、ここで馬頭鬼に誤算が。反復横跳びの効果が残っており、走れないのだ!
「問題! お馬さんの好きな野菜は!」
「人参だな」等と軽く答えられて、全問正解される、が。
「全問正解です! 一回休み!」
「……何なんだ、これ!?」
それはオーナーにもわからなかった。
一方で、遥久は目を光らせて愁也を見ていた。
「愁也。これは怒っていいのか?」
「その、なんか、ごめん」
遥久は無表情だった。そのマスの効果とは……。
薄暗いので灯りを探そう!
3ターンの間、無表情で目が光っている遥久にぴったり背後に憑かれる!
「ま、まさか本人が最初に踏むとは……さすがだな!」
そして、愁也の手番で同じマスに行くことになる、
「ご 褒 美 で す」
真顔で実況そっちのけの愁也が、次の瞬間抱きつこうとしてきた。
制しながら、無言で遥久は闇鍋の具を口に入れるのだった。
闇鍋……そんなものどこから?
事の発端は瑠璃の手番まで遡る。
「えと、どういうことなのでしょうか」
「牛乳、青汁、チョコレートから出汁を選んで簡易闇鍋ですよ」
マスを提出した遥久が説明をする。
瑠璃の位置から、1番目と2番目に近い人物が巻き込まれる効果が付随していた。
「私なら牛乳を選択します」
そう遥久が付け加えたのは、自分も巻き込まれてたからだ。
もう一人はテトである。
「瑠璃は、チョコレートでお願いします」
「そうですか」
そして現れたチョコレート鍋。
底まで不透明な茶色が踊り、具材を垣間見ることすらできない。
「甘っ!?」
一口出汁をすすったテトが思わず叫ぶ。
だが、カカオ成分高めの苦々よりはマシだった。
「チョコレートフォンデュだと思いましょう」
遥久も覚悟を決めて、箸をつける。
出てきた具材は……モツだった。
次なる超展開は4順目に怒涛のごとく押し寄せた。
友真の用意した下克上マスが尽く上位陣に、踏まれた後のことだ。
「意味ないやーん」と友真が唇を尖らせていると、グィドが3マス進んだ先で水と叫んでいた。
「こちら解説のだ。たった今、入った情報によると、テトさんが用意したマスの効果のようだね」
「餡饅なら一回休み、激辛饅なら3マス進む。ロシアンルーレットまんだ!」
「ったく、予想以上の辛さだぞ」
苦笑いを浮かべながら、水を飲むグィドだったが、その手が止まった。
後ろの方を指さしながら、グィドはいう。
「おい、あれは……何だ?」
グィドの視線の先を皆が見る。そして一様に目が点になった。
そこでは2台のルームランナーで疾走する女子高生(馬)とバニー姿の諏訪がいた。
この惨事を巻き起こした要因は、またしても遥久の提出マスであった。
「雨で濡れたので着替えが必要、一番遠いマスの人が選択した衣装を着用し、3ターン衣装に合った言動と行動を取る」
粛々と愁也がマスの効果を読み上げる。
馬頭鬼は、セーラー服。諏訪はバニーガールを選ばれたのだ。
さらに諏訪が第2回お馬さんクイズを引いたために、この自体が発生した。
「こ、これ、正解しても、一回休みなんだ……えと、ぴょん?」
バニーガールらしい言動って何かを迷う諏訪である。
一方の馬頭鬼は、
「学生ならテスト勉強は当然ですわ?」とお嬢様風女子高生だった。
「いやぁ、すごい状態だ」
愁也がしみじみと実況するが、自らの身に起こることをこのときはまだ知らないのだった。
5順目……お馬さんクイズで1回休みを食らった諏訪を更なる悲劇が襲う。
「王様だ〜れだ!」
「瑠璃、です」
テトのフリに、瑠璃が手を挙げる。
瑠璃が行き着いたのは、終盤間近の21マス目。
テトが用意した「王様の命令マス」だった。
「えと、だれでも3マス動かせるのですよね」
「そういう効果だね」
あと、と説明を続けようとするのを待たず瑠璃は答える。
「諏訪さん。1番後ろだから、3マス前に」
唐突にスポットライトを浴びて、立ち上がるバニーガール諏訪。
「これは、ありがたいですね」
「効果の続きを話すぜ? 移動したマスに何か効果があれば即座に発動だ」
「あ」
それを聞いて、思わず胡桃が声を上げた。
「そこ、遥久さんが後退した……メロドラマ」
「え」
「あぁ、そこでしたか」
メロドラママス。提出者は胡桃。
外に出て大雨の中、メロドラマっぽい台詞を叫んで全員が爆笑すれば進めるマスである。
なお、一人でも笑わなければ2マス後退する。
先ほど、遥久は挑戦したものの失敗したのだった。
が、すでにバニーガールの格好をした諏訪が大雨の中、
「愛してるんです。だから、この格好で来ました!」と叫べば哀れみ……。
ではなく、笑いを誘うには十分だった。
「なんふぁ、ごめんなさい」
顔をそらし、胡桃がいう。
その唇は若干赤かった。だいたい激辛中華まんのせいである。
「大丈夫、ですよ」
回避不可能なマスばかりにあたる、諏訪であった。
「闇鍋でも、食べて温まるか?」
アスハが茶色い物体の入ったお椀を持ってくる。
彼もまた、闇鍋の闇に飲み込まれた犠牲者となっていた。
「その前に、そのカメラは何でしょうか」
「折角の惨じょ……活躍を逃すのは、もったいないだろう?」
「そうですか」
非常に、にこやかな諏訪がそこにいた。
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そして、戦いは終盤に……。
「やぁーん、遅刻遅刻ぅ」
「おうこれが、定番……ってやつか?」
グィドが首を傾げる光景がそこにはあった。
馬人状態の馬頭鬼が、セーラー服着用で食パンを加えながら走るのだ!
なんだ、この光景と思いつつアスハはシャッターをきる。
「あぅ」
そして途中のマスにいた胡桃にぶつかって、馬頭鬼の方が転ぶ。
サービスショットをアスハは逃した。のがしていいと思う。
「定番イベントはこの目で見ておかないとな、うん」
グィドは、これもひとつの定番だと思うことにした。
なおグィドは、重石を抱えながらその光景を眺めていた。
「グィドさん、自分のです。大丈夫ですか?」
「心配されるほどのことじゃないぜ」
諏訪の申告に、グィドは快活な笑みを浮かべる。
それにしても、とグィドは思う。
「みんな、いい具合にカオスになってきたな……」
「友真殿、これはどういうことですか」
「え、ええやん。似合っとるで」
チェキを撮りながら、友真は含み笑いに告げる。
レンズの先には、メイド服姿の遥久がいた。
だんだんと上層率が上がっている気がするが、気のせいだろうか。
いや、気のせいではない。
愁也も、見事なゴスロリ衣装を身に纏っていたのだ。
「アスハさんのせいで、こうなった」
「女性ものが置いてあったら、着ろということだ。そうだろう?」
「くっ、反論できない」
芸人気質であればこそ、その企みに愁也は抗うことが出来ないのだった。
「全然、追いつかない。餡饅だし……」
テトが餡饅を頬張りながら、いう。
ダイス目が振るわない上に、休みマスを引いてしまったのだ。
しかも、自分のマスでは激辛中華まんを狙っていたのに、餡饅だった。
「運が悪いとしか……いや、いいのかもしれないが」
目の前で繰り広げられる珍事を前に、そう思っていると瑠璃に呼ばれた。
「なんだ?」
「瑠璃に、膝枕をお願いします」
「……ほう。俺様が膝枕をするのか」
食い気味にテトはそそくさと膝枕を作る。
瑠璃を寝かせつけながら、オーナーへ向けて言う。
「いやぁ、結構楽しいじゃないか。撃退士専用にして、もっと派手にすれば客が入ったかもしれないぞ」
とても、いい笑顔だったという。
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「不思議な力でラキスケ粉砕だ!」
愁也の実況に熱がこもる。
最終局面で、その自体は発生した。
突然の強風、服がまくれ上がってパンチラするかも!
そんなラッキースケベ狙いのマスに、胡桃が止まってしまったのだ。
だが、その突風が捲れ上げたのは……。
「ふっ、つまらない物を見せちまった」
女装姿のグィド、ゴスロリの愁也、そしてセーラー服馬頭鬼のスカートだった。
純白のパンツ三連星、だが、男だ。
「誰が得するんだ、これ」とグィドが天を仰ぐ。
「全国の馬の皆さんが、興奮しますよ」と続けて馬頭鬼が返す。
「ラッキースケベは粉砕される運命にあるのだ」
力強く愁也が告げる。その先で、アスハが今撮った写真を消去していた。
「なにかすごいものを見た気がします……」
三人の背中を見ながら、胡桃が目をぱちくりさせていた。
「さて、最初のゴールは……なんと俺だ!」
実況を買って出ていた愁也が最初のゴールを決める。
その後では、グィドが見事な落下を見せていた。
「あぁ、グィドさん。本当にごめんなさい」
これもまた諏訪の用意した効果だった。
目を瞑り30回転、泥沼にかかる細い橋を渡りきれれば三マス進める。
愁也は上手く渡れたが、重石の余波を受けていたグィドは失敗したのだった。
「いいってことだ。楽しめたからな」
泥沼から這い上がり、グィドはそう告げた。
「こんな面白い店が閉店とはもったいないなぁ」
やり方次第では、遊べるのに。
率直に愁也はそう思う。
「ゴールしたのでしたら、瑠璃と闇鍋を食べてください……」
「このまったりとした食感……なんだこれは」
アスハがゴール寸前で食べきれておらず、足止めを食らっていた。
「……闇鍋」
何かの記憶が思い起こされて、胡桃は顔を覆う。
死屍累々がすごいんです!
女装だらけですごいんです!
これにて閉店、すごいんです!
また、どこかでお会いしましょう。
オーナーはにこやかに、久遠ヶ原学園を去っていったという。
どこかで、また、この惨状……ではなく戦場に会える日を信じて。