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美馬の国、白馬城。
お膝元の城下町は、陰鬱な雰囲気をたたえた。
「言の葉ゆらぎ持たせて語らうは、どれも大蜘蛛」
大蜘蛛は、人を操り飲めや喰らえやの豪遊三昧。
滑るように口上を上げながら、瓦版を売るは蛇蝎神 黒龍(
jb3200)こと黒。
黒の言の葉は、今日は西、明日は東へ姿を変えて渡りゆく。
「真実か否か、信じるは人の業。当たるも八卦、当たらぬも八卦……」
噂を流し、人々の心を惑わす。
熱を帯びる感情は、渦巻き、真実への道となる。
大蜘蛛の噂が奔る。人々の心が動くのを感じ、黒は姿を消す。
「では、仕事にまいろうか」
宵闇に蠢くのは、狐の面を被る複数の影。
それぞれ赤鳥居の紋を付けている。黒は忍装束の背に紋を負う。
彼らの名は、赤鳥居の一座なり。
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「続きましては剣舞だよー」
クスクスと口元を隠して笑いながら、白拍子の少女が告げる。
自身の舞が終わり、白拍子、来崎 麻夜(
jb0905)は次の者へと舞台を譲る。
「さぁ……華麗に舞ってみせましょうぞ」
しゃらんと剣を打ち鳴らし、変幻自在な剣舞を行う麗しき女性。
陰りを持つ町人の視線を、幻想的な動きが誘い込む。
ゆるやかな流線が、途中で途切れ物語が転換する。
そこから先は、男の舞。
彼は美麗の青年、水城 要(
ja0355)である。
その容姿を活かした演出に、観客も黄色い声を上げる。
「ん、いい感じ」
舞を見る人々を、巫女姿の少女が見ていた。
袖に赤鳥居の門を持つ、歩き巫女のヒビキ・ユーヤ(
jb9420)である。
「人、いっぱい」
人が集まれば情報も集まる。
口寄せを得意とするヒビキを頼ろうとする者がいれば、情報収集も楽になる。
と、唐突に拍手が起こる。
「木彫りの熊に御座います」
視線を移せば、舞い踊っていた麻夜と要は袖にはけていた。
代わりに梅之小路 鬼(
jb0391)が舞台に上がっている。
高下駄を履き、三方の上に立つ姿にまずは歓声が飛ぶ。
続けざまに三方を受け取り、重ねては高い位置へ移行する。
最後に長刀を手に、投げられた木材を斬りつけて木彫り細工を仕上げるのだ。
「赤鳥居一座の舞台はこれにて閉幕。巫女様の祈祷がご入用の方は別口にて受付いたします」
一礼をし、ちゃっかりと宣伝をして鬼も舞台から降りる。
「ん、出番」
ここでヒビキが小さな掘っ立て小屋で、加持祈祷を担うのだった。
「……嫌な気配だな。何かがいる」
城を見上げながら、一人の武士が呟く。
振り持つのは刀ではなく、一本の和傘。
和傘に赤鳥居の紋を添える彼の名は、門音三波(
jb9821)。
赤鳥居の一座では、軽業師を務める。
その正体は雨童子。故に傘は一時も離せない。
「さて、乗り込むとしようか」
隣では、同じく武士風の格好をした男がいう。
その男、麻生 遊夜(
ja1838)もまた赤鳥居の一座である。
三波が静、遊夜が動として飛び回り、平衡感覚と柔軟さで人々を魅了する。
が、今は赤鳥居の裏の顔として城への侵入を果たそうとしていた。
「じゃ、行ってくる。……土産は何がいい?」
「おう、地下牢の見取りを一つ頼むぜ。俺は外周を回ってから侵入する」
ふと笑うと三波は傘を軸に飛び上がり、城壁を駆け上り裏へと潜る。
「さて、俺も行こう」
呟けば、月も雲隠れし真の闇が舞い落ちる。音もなく遊夜は宵闇へと消えていった。
翼なき烏天狗は飛ぶのではなく、跳ぶのであった。
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一夜明け、朝もやの中を歩く一人の魔性。
その者は華やかな振り袖に女性物の帯を締め、袴の代わりに股引を履いていた。
「虎穴に入らずんば虎児を得ず……とはよく言ったものだ」
高下駄を打ち鳴らし、呟く者の名は小田切 翠蓮(
jb2728)。
翠蓮は、赤鳥居の一座なれども、別行動を取っていた。
「お呼び立ていただいた、薬師、翠蓮にございます」
固く閉ざされた城門の前で名乗りを上げる。
暗い表情の侍が一人、姿を表して翠蓮を城内へと引きこむ。
通されたのは、下働きの者が集まる広間だった。
「此処に取り出したるは南蛮から入手せし妙薬にございます」
昨日のこと、一座の興業が終わるのを見計らって翠蓮も仕事にかかっていた。
ただし、一座がもっぱら庶民を対象としているのに対し、翠蓮は城に近しいもののいる場所を狙っていた。
「どんな病や怪我もたちどころに治ること請け合い」
前口上よろしく、もう一つの手わざである「手妻」を用いて興味を引く。
領主の暴走により、陰鬱な空気の中を引き裂くように翠蓮は艶っぽく微笑んでいた。
ほどなくして、そこまでの妙薬なら城で試してやろうと述べる者と出会う。
若いながらもそれなりの身分を持つ侍であった。
「とはいえ、階級は下の方よのう」
そして、今に至る。
身なりは立派なのは、大蜘蛛に疎まれて落とされたからだろう。
話を聞けば、推測通り「領主の乱心」によって蟄居が言い渡される寸前であったという。
その乱心に効く薬があればよいのだが……と聞こえぬよう零したのを翠蓮は聞き逃さなかった。
「お高くつきますよ?」
翠蓮は、艶っぽく耳元で囁く。
「必要とあらば直接よこして参りましょう」
訝しげに侍は翠蓮を見やるが、まっすぐに見返されると目をそらしてしまう。
少しの間をもって、
「では屋敷にて」と絞りだすように侍は告げるのだった。
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「効率よく搖動できるようにせんと……ま、こんなものか」
天守閣に並んで生える杉の上、遊夜は枝の上に座り幹にもたれかかっていた。
調べれば調べるほどに、ホコリならぬ蜘蛛の巣が出るとはこのことだ。
限られたものしか入れない場所というのが、いくつか見受けられた。
「こちらもこんなところだ……と、雨」
杉の側、天守閣の瓦の上で報告していた三波が空を見上げる。
傘を広げると、ぽつりぽつりと水滴が落ちてきた。
「さっさと、雲と一緒に蜘蛛を晴らしてやろうじゃないか」
「えぇ。地下牢組には、この順路を取ってもらいます」
「上と下が真っ黒ってわけだ」
天守閣の上階、そして、地下牢へ続く道。
この二つは大蜘蛛に支配された侍で固められていた。
多くは、前領主と対立していた陣営もしくは下級武士である。
おおよそ、立場を利用されたと見るべきであろう。
前領主と親しく、現当主の後見人であった者達はすべからく職を解かれていた。
中には、蟄居を命じられ、城にすら近づけぬものもいるという。
「そっちは翠蓮が上手くやっているだろう」
翠蓮が送ってきた式神からの報告を思い出す。
「今度は正面から、だな」
いうと同時に傘を閉じ、壁を走って三波は去る。
遊夜も後を追うように、杉の木から姿を消した。
「お、お茶をお持ちしました」
一座が滞在する宿では、鬼が茶を持ってひた走っていた。
観客を最も湧かせる派手な技使いも、一座では新参なのである。
「いいといってるんですけどね」
「そ、そういうわけにはまいりません!」
お茶を受け取りながら、要は苦笑する。
生真面目だなと思いながら、お茶をすする。
「おはぎさんは、大丈夫でしょうか」
「黒さんが上手くやってくれるでしょう。鬼さんも落ち着いて、お茶でも飲んで」
「は、はい!」と律儀に返事をしてからお茶をすする。
その視線の先、障子の奥に黒とおはぎがいた。
「怖いだろうが、思い出してほしい。ボクらは陰ながら手助けするだけ」
そう、皆の笑顔を取り戻すのは、おはぎの勇気一滴。
「言葉のひとひらでもいい」
「私が覚えているのは……」
強張る表情を説きほぐし、黒は真摯に情報を聞く。
次に障子が開いた時、おはぎは安心からか寝ているようだった。
「おっと、ちょうど戻ったんか」
「ん。把握した」
黒の視界に入ったのは、ヒビキと麻夜の姿だった。
二人して、潜入組の情報を確認しにいっていたのだ。
「決起は、正午過ぎだよー。さぁ、今回も頑張ろうかー」
「ん、悪しき輩は、狩るのみ」
麻夜はくすくすと笑い、ヒビキはこくりと頷く。
準備は整った。
要と鬼も表情を改め、腰を上げるのだった。
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「それじゃ、派手にいくよー」
麻夜の言葉通り、騒動は突然に始まった。
いずれかに赤鳥居の紋をつけ、狐の面をかぶった集団が城を強襲したのである。
静かな城内は、一気に慌ただしさをました。
「ふふっ、光に嫌われるといいよ」
駆け寄る侍の切っ先を踊るように避け、羽根を散らして撹乱する。
その隙をついて三波が壁すらも使い、縦横無尽に駆け巡る。
「よそ見していると痛い目見るぞ」
愛刀の鞘で侍を気絶させていく。
「さて、こっちだ……行くぞ」
混乱をきたした城内を遊夜がぬるりと案内する。
迷うことなく廊下を進み、時折、妨害に出た侍は、
「推して参ります……」
静かに鬼が立ちふさがり、切りかかってきたところを投げ飛ばす。
もんどり打って気絶するのを申し訳なさそうに、捨て置いて進む。
「ん、今……助けてあげる、よ?」
ブーメランで張り巡らされた糸をヒビキが断ち切る。
ほどなくすれば、最上階へと辿り着く。
城主が本来いるはずの場所は、空座。
代わりに大蜘蛛が立ち現れた敵対勢力に、嫌悪を露わにしていた。
「よう、好き勝手やってるようだな?」
「何者だ」と領主の口で大蜘蛛が問う。
これから死にゆくものに語ることはないと鬼が告げる。
「そうさ……引導、渡しに来たぜ」
ニヤリと遊夜が嗤う。
大蜘蛛は、本体で叫びを上げて八本の脚を振り上げるのだった。
「黒殿。地下牢はこの先だ」
三波が素早く隠し階段を示す。襲いかかる侍へ、鞘を突き入れ黒の移動をうながす。
「邪魔はさせんで」
地下牢の守りを担う侍がどっと押し寄せてくる。
布槍で一人ひとり無効化し、ときに麻夜たちに対応を託して黒は前へと進む。
冷たい空気の漂う中、視線を隈なく動かして隻腕の男を見つけ出す。
そいつだけ、立ち向かうこともなく、どこかへ向かおうとしていた。
「どこ行くん?」
男は答えず、逃げ道を探る。
おはぎの言葉通り、鍵を持っているのはこいつに違いなかった。
ないはずの腕から大量の蜘蛛糸が伸びる。
「おっと」
急襲した糸を黒は避ける。太い鞭のように糸は纏まり、黒へ追い縋る。
とんだ伏兵を前に、飛び込んできたのは翠蓮だった。
「おんし、大丈夫かのう?」
鎌鼬を飛ばし、糸をざんばらに切り裂く。黒は頷くと、男へと向き直る。
はらはらと落ちた所で、
「稲荷大明神の加護の御力なりっ」
死なない程度の牙突によって、男に取り付く糸を断ち切る。
ぐったりと倒れこむ男から、鍵を奪うと黒は牢を開放して回る。
「南方という侍が、おんしらを保護してくれる」
「キミたち、辛いやろうがもう少しの辛抱や。ボクに着いてき」
翠蓮は先日の侍に事の次第を話し、協力を取り付けていた。
城内がにわかに静かであったのもそのためだ。
「――さて。頃合いかのう」
地上階の音が止む。麻夜と三波が暴れきったのであろう・
地下牢の侍も軒並み、倒されていた。
残すは、大蜘蛛。そして、領主の解放である。
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「ふふ、うふふっ……さぁ、遊ぼう」
暴れまわる大蜘蛛の脚を防ぎながら、ヒビキは立ちまわる。
鬼も腹へと潜り込み、大太刀を振るう。
「妖……それであることと品性は、関わりがございません」
妖かしといえども、道を正すもの誤るものもいる。
そして、
「あなたはただの外道です」
きっぱりと言ってのけ、鬼は大蜘蛛に一太刀入れる。
苦し紛れに払った脚を受け止めながら、一度距離を取る。
その間にヒビキが横っ面を叩きにかかる。
「私を見てくれないと、嫌だよ?」
「こっちも見ていただきたいものですね」
そして、合わせるように要も大蜘蛛の巨体をぶっ飛ばしにかかる。
二つの衝撃に大蜘蛛の身体がゆらぎ、高座から弾かれる。
「種と仕掛けしかございませんってな」
すかさず遊夜が発煙筒を窓に仕込む。それが合図だった。
天守閣の壁が派手に吹っ飛んだ。
「ん、おまたせだよ―」
くすくす笑いながら、登場したのは麻夜だ。
「派手に壊して……もう」
追いついた三波が呆れたようにいう。
「各々方も揃いました所で、大詰めと参ろうか!」
翠蓮も鳳凰を呼び出し、大蜘蛛に対峙する。
この状況に大蜘蛛の意識が途切れた。
「そろそろ、落ちましょうか?」
要がヒビキに合図を送る。今度の衝撃は、巨体を壁の穴から追い落とした。
「あれが、大蜘蛛です」
城下町では、おはぎが必死に人々を集め、城への注目を引いていた。
発煙が上がった頃に起こったどよめきは、大蜘蛛が落ちると悲鳴に変わっていた。
「おおきに」
黒が無事に開放した娘子を連れ、広場に来ると歓喜の声に変わる。
衆目の目を集めるという大役を担ったおはぎの頭を、黒は撫で付けるのだった。
「……おんしは、何時まで操られておるつもりだ? 勘斎よ」
天守閣の最上段、残された勘斎へ翠蓮が問いかける。
戦闘に必死の大蜘蛛は、彼を縛るだけの余裕が無いはずだ。
自力でも、脱せるはずだと翠蓮は信じてやまないのだった。
城内の中庭に大蜘蛛の巨体は転がっていた。
大蜘蛛は起き上がると同時に、片足が何者かに寄って切り落とされた。
「さあ、篠突く血雨を降らせて差し上げようか」
剣を逆手に、三波が冷ややかに告げる。
刹那、さらに一本落ちた。
「終わりにしよう? 皆が見てるよ」
ヒビキの言うとおり、城壁が崩れ、衆目の目に大蜘蛛は晒されていた。
「どこを見ているのです?」
挑発混じりに要が、大蜘蛛へと肉薄する。
意識がそちらへ無いたと思ったら、一条の光が脚を吹き飛ばした。
外しましたかと、要は静かにいう。
「これで憂いはない。最後の仕上げと行こうか?」
遊夜の宣言に、大蜘蛛がハッとする。
「できればトドメは領主にお願いしたい」
「領主さんの手腕に、期待」
遊夜の呼びかけに、ヒビキも頷く。
翠蓮に連れられた領主勘斎が、太刀を握っていた。
糸を吐きつけようとしたところへ、要が再度光を放って発射口を潰す。
「父の――仇。そして、民を弄んだお前の罪だ」
言葉とともに、大蜘蛛の頭へ刃を突き立てる。
もがき苦しむ蜘蛛の脚は、もはや満足のいく動きはできやしなかった。
蜘蛛は死に絶え、美馬の国に日光が降り注ぐのだった。
「勘斎殿。亡き父上を超える良き領主となられよ」
そう告げた翠蓮を始め、赤鳥居の一座は翌日には国をたっていた。
言葉通り、美馬の国は発展を遂げるのであるが、それはまた別のお話。
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蜘蛛斬り闇雲晴らすは人の祈り。
どうか稲荷大明神に柏で一つ。
今宵の活劇読売、是にて御仕舞い。