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マスター:御影堂
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
参加人数:25人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/02/22


みんなの思い出



オープニング

 ここは、学園某所。
 集会という名目で、借りられた調理室である。
 バレンタインデー間近の学園では、チョコ作りのために調理室を借りる学生も多い。
 だが、そこに集まった者達の目的は違っていた。
「諸君、私はバレンタインが嫌いだ」
 集会の主催者がおもむろに口にする。
「甘ったるいチョコレートを口にし、恋人同士のアレコレに興じる、そんな記念日が大っ嫌いだ」
 声に熱がこもっていく、それと同時に全員の目の前に置かれた鍋も煮えたぎる。
 立ち込めるのは昆布ベースの出汁の匂い。
「我々は、そんな記念日に否を唱えようではないか!!」
「否!」「否!」「否!」
「二人だけの世界よりも、博愛の世界を!」
「博愛!」「博愛!」「博愛!」
「鍋を食べる記念日にしようではないか!」
「鍋!」「鍋!」「鍋!」
「といったものの、我々四人では意味が無いな……」
 調理室の真ん中に置かれたこたつを囲み、沈黙する。
 彼らは「バレンタインに鍋を食べる習慣を根付かせる会」の会員である。
 活動目的は、バレンタインに鍋を食べること。
 別に、バレンタインのチョコイベントを敵視しているわけではなく、イベント的に盛り上がりたいだけの集団である。
「いっそのこと、よりイベント性を増してはどうだろうか」
「大鍋大会とか……」
「我慢比べとか大食い鍋大会?」
 三人よれば文殊の知恵というが、四人になれば慢心。
 誰かがいい案を出してくれるだろうと、みんな構えていた。
 鍋の水が半分にまで煮詰まりだしたので、慌てて食べる。
「うーむ、やはり冬は鍋だな」
「校舎内で食べるというのが、また乙ですな」
 などと会話をしながら、ふと一人の会員が立ち上がった。
「どうしたのだ、会員ナンバー98くん」
 なお、このバレンタイン鍋会の会員は全国にいる。
「124番殿。闇鍋でござるよ」
 98の言葉に残る三人は首を傾げる。
「闇鍋」「闇鍋」「闇鍋」
 声を揃えて復唱し。98を見上げる。
 98はプレゼンをする社長のごとく、ポーズを決めて告げる。
「そうでござる。闇鍋」
 真っ暗な中で、どんな食材を取るかわからない状況を作り、鍋をする。
 様々な食材がはいっているので、当たり外れが大きい。
「言葉の響きからも、サバトっぽいでござろう。バレンタインの裏行事としては最適! 恨みつらみを鍋に込めて食べぬかと誘えばよかろう」
「煮込んで食べて腹も満たされるわけだ」
「それをイベントとして行うわけですか」
「さようでござる」
 この提案に、残る三人も頷く。
 残る鍋に真っ白いご飯を流し込み、雑炊にしながら食す。
 どのようなイベントにするのか、鍋をつつきながらの話し合いが続いた。



「バレンタインに闇鍋サバト☆イベント開催のお知らせ」
 学園の認可をもらい、チラシをが撒かれていた。
「君も、恨みつらみを鍋にぶちこんで煮込んでみないかい?」
「闇の中で鍋をつつけば、博愛精神が磨かれるでござるよ」
「さぁ、レッツ闇鍋!」
 ティッシュ配りのように、チラシを配る。
 バレンタインデー一色の町並みに、闇鍋の侵食が始まるのだった。


リプレイ本文


「あれは、寒い冬の日だった……」
 後に、アスハ・A・R(ja8432)はその事件に遠い目で語ったという。
 そう、誰しも恋に勤しむバレンタインの季節――。
 それは思い出しただけで、気が遠くなる出来事であった。

 その日は「バレンタインに鍋を食べる習慣を根付かせる会」主催の鍋会が行われていた。
 2つのグループに分かれ、それぞれの鍋を囲む。
「闇鍋といっても、何を入れてもいいわけじゃないはずだ」
 若杉 英斗(ja4230)は開始前に、おもむろに切り出した。
「……というわけで、永遠の大学部一年、よし……フレイヤさんは変なものいれないでくださいよ?」
 連れのフレイヤ(ja0715)に釘を刺す。
 心外だとむっとした表情を見せる。
「私を何だと……あ、ゆーま君。始まる前に食材交換しよー」
「あ、よしか。入れるやつランダムでこう……」
 小野友真(ja6901)が応えるより先に、フレイヤは一匹の魚を押し付けた。
 びっちびちと胸元で暴れまわる、生きの良さである。
「……わーお」と反応する友真の手元から、さっと1つ具材を抜き取る。
「それじゃ、これを貰って行くよ」
 このやり取りの間に、英斗は嫌な予感がしてくるのであった。

「なんていうかですね」
 石田 神楽(ja4485)は鍋を囲むB班の顔ぶれを見ながら、笑みを絶やさない。
「このメンツな時点で、もう終わってますよね。こちらの鍋」
「足の引っ張り合いに躊躇がないメンツ」とは、加倉 一臣(ja5823)の談。
 達観しかけながら席につく一臣を見て、夜来野 遥久(ja6843)がふと声を漏らした。
「よかった」
「え、何が?」
「いや、何でもないんだ」と遥久は軽く流す。
 ほんの数分前、食材として持ってきたカニが、一臣に挟みかかろうとしていたのだ。
 無事に席につけたということは、無事にカニは回収されたのだろう。
「お互い頑張りましょうね―」
 神楽に負けず劣らずにこやかに、櫟 諏訪(ja1215)が声をかける。
 だが、その緊張感は戦闘に臨む、それだった。
「櫟殿。地元の新鮮な食材を用意したので、安心して……」
「この混沌たるメンツ、それでこそサバトで真の魔力が開放されるのだ!」
 遥久の言葉が途切れる。
 視線の先に、音楽に合わせて躍る月居 愁也(ja6837)が見えたのだ。
 全身タイツで、馬の被り物をして、躍っていた。
「大丈夫なはずですよ」と見なかったことにして続けた。
 ここまでのやり取りで、すでに危険度が感じ取れた。
「鍋……冬の冷えた身体には、ちょう……ど」
 生き残れる気がしない、と今しがた席に来た矢野 胡桃(ja2617)は手で顔を覆った。
 指の間から、ちらりと鍋会の執行部に正座させられる人たちも見えた。
「……リンドさん」
 胡桃の視線の先で、リンド=エル・ベルンフォーヘン(jb4728)は抗議していた。
「これは食すのに足りるものなのかどうか、他の者達に試してもらう絶好の機会なのだ」
 事前の食材審査(緩め)に引っかかった、リンドはバレ鍋会員に弁解をしているのだった。
 その手に握られているのは、リンドの抜けたてほやほやのしっぽであった。
 闇鍋開始後に投入しよとしたのだが、先に抜けてしまい、バレたのである。
「俺の切れっ端を頂かれてしまう……それだけで名状しがたい感情が」
「実にサバトらしくていいじゃない」
 しれっと会話にエルナ ヴァーレ(ja8327)が加わる。
 彼女もまた、執行部のお小言を聞いている一人であった。
「あたいもそれくらいサバトに合ったものを用意したらよかったわ」
「あなたもレギュレーション違反ですからね」とバレ鍋会員のメガネが光る。
「バウムクーヘンは食べ物よ?」
「木材の輪切りを食べ物とは呼びません」
 きっぱりと、エルナの言い分を切り捨てる。
 エルナは、原義のバウムクーヘンをしれっと持ってきたのであった。

 ここで、レギュレーションを確認しておこう。
「諸鋼材は普通に入手可能なものに限る」
「毒・食べられないものの持ち込みは禁止」

「食べてみなければ、わからないではないか」
「普通に手に入るわよ? 木だから食べられないわけじゃないわ」
 くだされた判決は、「ギルティ」だった。

「あなたはどんな食材を持ってきたの?」
 このような状況のため、情報収集はかかせない。
 菊開 すみれ(ja6392)は酌をしながら、なんとか情報を聞き出そうとしていた。
 だが、
「それは蓋を開けてみてからのお楽しみですよ」
「混沌こそ、醍醐味!」
 などとはぐらかされてしまう。
「すみれちゃん、辛かったら代わりに食べるから……」と一臣はすでに覚悟を決めていた。
 達観した面子に、すみれは作戦を切り替える。
 準備を手伝い、先んじて情報を仕入れるのだ。
「きゃっ!?」
 だが、手伝いに赴いた時、ついてきた奥戸 通(jb3571)が盛大にコケた。
「か、かよちゃん! 大丈夫!」
 自分の足が引っかかったのだと気付き、すみれの顔が青ざめる。
「……うああぁあああっ! あっつい! 顔ある!? ありますか!?」
 と準備中の鍋に顔をつけかけたらしい通が慌てる。
 出汁が跳ねたのだが、大事には至らなかった。
「うぅ、なんか蠢いていたんですけど」
「え」
 通の手当てをする最中、鍋情報が告げられた。
 うごめく鍋。
 この言葉に、別の意味で青ざめかけるすみれであった。


 一方のA班。
「ハハハハハ、向こうはすでに盛り上がっているようだ」
 戦慄するB班を見据え、鷺谷 明(ja0776)は笑っていた。
「こっちも負けじと盛り上がるのよ」
 あらぬ方向に五月七日 雨夏(jc0183)が張り合いを見せる。
 ならば笑おうと明にいわれ、一緒に笑い声を上げる。
「バレンタインはチョコと闇鍋の日! 僕覚えたです!」
 そう喜びを露わにするのは、ザジテン・カロナール(jc0759)だ。
 初めてのバレンタインにうきうきわくわくだが、闇鍋で本当に大丈夫かと問いたい。
「ダークネス鍋は日本の文化なのですね! 帰ったらお兄ちゃんに教えてあげるのです!」
 メリー(jb3287)も深まる知識にわくわくしていた。
 闇鍋というのがいかなるものか、この二人はすぐに知ることになるだろう。
「そろそろ、愉快な魔女裁判の開催か」
「魔女裁判!! 鍋湯での刑なんだね!」
 ある意味間違いでない大狗 のとう(ja3056)に、心得たとばかりに真野 縁(ja3294)が頷く。
「でも、闇鍋かー」と緑は遠くを見た。
 ヤツメウナギを掬い上げ、鍋に戻したような記憶があったような気がしたが、気のせいだった……ことにした。
 今日は今日の鍋がある。
「こたつで食べたら、すっごく美味なの持ってきたよ」
「ほう、それは楽しみなのだ」
 楽しいサバト、愉快な魔女裁判……鍋という言葉に連想されるワードだ。
 ここまでは、いい。ここまでは、わかる。
「……何かいるのですが」
「壮大な鍋になりそうだよね」
 雫(ja1894)と砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)の視線の先にそれはいた。
 妙に大きい両目を光らせ、鼠色の身体をした……グレイの着ぐるみだった。
「キョウハオイシイモノモッテキタヨー!」
 流暢な棒読みで告げる着ぐるみの中身は、月詠 神削(ja5265)である。
「土鍋ってUFOに見えなくもないよね」
「……そうでしょうか」
 頷くジェンティアンに、雫は小さく呟く。
 当の本人は、
「ソウダヨー」と目を光らせていた。
「食べられる代物でありますように」とグレイを前にして、雫は思わず口に出す。
「辛いものは、食べられても苦手ですけどね」
 そう告げるシェリア・ロウ・ド・ロンド(jb3671)に、雫は頷き返す。
「同感です」
 二人のやり取りに、雨夏がビクッとしたが気づくものはいなかった。
 話に夢中なシェリアはふと、食材についてこう漏らす
「きっと濃厚な甘みが凝縮しただし汁になるに違いないわ」
「それはいい。甘いものによく合う食材は投入済みだ」
 嬉しそうに明が返す。この一瞬のやり取りで、雫は天を仰いだ。

 ここで、バレ鍋会執行部より闇鍋開始の合図が出された。
 部屋が暗くなり、中央にコンロの火が見える。
 コツコツと靴音が響き、鍋が置かれるのだった。


「暗闇の中のドキドキ緊張感……新たな(食材との)出会い、そして(もしかすると生命との)別れ」
 それはまさしく壮大なるエンターテインメント。
 ジェンティアンの言である。まさしく、一大エンターテインメントが始まろうとしていた。

 行儀よく、いただきますの儀が執り行われ、ぐつぐつ煮えたぎる鍋と対峙する。
 誰が最初に口にするのか……ないし犠牲者となるのか。
 A班の面々は、動かない。
「ほら、ばやっさん。出番だよ?」
 フレイヤがそれとなく、英斗が食べだす雰囲気を作り出す。
「それはありがたいですね」
「それがいいと思うの」
 雫や雨夏ものっかり、逃げ場を塞ぐ。
 ごくっとつばを飲み込み、用意されたおたまを手に取る。
 菜箸では取れない食材があるとかで、トングやおたまが用意されていた。
「では」とおたまで具を探りつつ、救い上げる。
 妙に柔らかい食材だった。豆腐の可能性を期待したのだが……。
「これ、豆腐じゃない。というか、甘い」
「それ、メリーのプリンですね」
「きっと私のプリンですわね」
 闇の中から同時に声が聞こえてきた。
 メリーとシェリアによるプリン宣言に、英斗は苦笑する。
「食べられるだけに、ネタとしても困るよね……」
「辛いものは苦手なので」とシェリアは重ねて弁解する。
「スープはいかがなの?」
 雨夏に問われ、おそるおそる一口飲む。
 が、これまた反応に困る味わいだった。
「あま……にが……から?」
 カフェオレに唐辛子を打ち込んだような、悩んでいると明が笑い声を発した。
「ハッハッハ、出汁を吹き飛ばすほどのコーヒーを投入しておいたからな!」
「あたしの師匠直伝超激辛ラーメンのスープが、中和されたなの!?」
 そして、驚きを隠せない雨夏。激辛という言葉に、雫とシェリアがびくっと反応した。
「それほど辛くないけど、まったりしてる」
「私の生クリームが効いたのですね」とほっとした様子でシェリアが答えた。
「のとちゃん。不安になってきたんだよ」
「まさしく魔女裁判なのな」

 味の調和なんてなかった。
 いや、むしろ調和していたのかもしれない。
 結果、食える。

「いっししし! それじゃあ、食べるのな」
「緑も、食べる……よ」
 出汁は安心できるとわかれば、まだ、希望がある。
 のとうと緑がそれぞれの器に何かを入れ、口に運ぶ。
 のとうの口に広がったのは、アンコの甘みとイチゴの酸っぱさ。
「モチかと思ったら、いちご大福なのな。美味しいけど、鍋?」
「それ緑のだよ」と答えながら、緑も自分の具材を食べる。
 瞬間、微妙な顔になった。
「……くしゃい。果物っぽいけど……」
 咀嚼はできるらしく何とか流しこむ。
 美味しくないわけではないが、癖がいささか強すぎる。あと、臭い。
「誰なの……!」と不機嫌そうに言えば雫が手を上げた。
「推測ですが、私のドリアンです」
「ドリアン……強そうなの」
 果物の王様は伊達でない。
 そういう雫は、鶏肉のつみれを美味しく頂いていた。
「出汁がまともなら……惜しいです」
「そうだよね。斬新な味わいではあるけど」
 雫の愚痴に答えたのは、ジェンティアンだ。
 もっちもちと、餅を食べていた。大福ではなく、餅である。
「餅、溶けてくっつきまくってるみたいだね。豆腐がくっついてきた」
「そうだろう。混沌にふさわしい」と明が投入をカミングアウトしていた。
 かくいう明は、豆腐ではなくプリンを食べていた。
 その隣では、雨夏が何かを咥えたままフリーズしていた。
「あの、大丈夫ですか?」
 ザジテンが問いかけると、我に返った雨夏はぐっとそれを飲み込んだ。
 涙目である。
「この魚……臭いの」
「クサヤだな!」と明が再びカミングアウト。
「でも、負けないのよ!」と逆に闘志を燃やし、雨夏は次なる食材へかかる。
 今度は妙にコリコリした肉だった。
「美味しいなの。軟骨?」
「俺のコリコリシリーズ、軟骨のからあげなのだ!」
「タコもそうですか」とメリーが問えば、
「早くもシリーズが全制覇されそうだな」とのんきに答えていた。
 それにしても、汁がこんな状態でなければ。
「うーん……これならメリーがちゃんとしたのを作ればよかったのです……」
と思わず声に出てしまうほどであった。けど、食べれるからマシなのかもしれない。
「スープたっぷりなのです」
「辛くなくて助かりました」
 口々に告げるのは、ザジテンとシェリアだ。
 この汁をたっぷり吸ったスコーンとフランスパンをそれぞれ食していた。
「もっとスープが美味しければ、よかったよね」とジェンティアンが応える。
 シェリアの投入したバケットマルごとのフランスパンに、彼は挑戦していた。
 和気あいあいとした雰囲気を維持した中、
「そ、ソーラン、ソーラン」とドリアンを口にしたフレイヤがソーラン節を弱々しく踊っていた。
 何故かはわからないが、踊っていた。


「舐めてたわ……闇鍋」
「世の中、見えない方がいいことがある」
 一方のB班では、そっとエルナと一臣が遠い目をしていた。
「これはすごいですねー」
 やわらかな口調の中に戦慄を含め、諏訪も告げる。
 この三名は、暗闇でも視界を確保していたのだが……。
 見えていないものにもわかるほど、音がおかしかった。
 ぐつぐつという音に混じって、何かが鍋の中で動いているのがあからさまにわかるのだ。
「さて、これらを避けてっと」
 小さく呟きながら、早速諏訪が具材を探る。
 手にしたのは、シュトレンと呼ばれる菓子パンだった。
「それ、あたいのよ」
「カカオ風味の出汁が合いますね」と諏訪は告げるのだが、自身がイカスミを入れたことは出さない。
「カツオじゃなくてカカオ? おかしいな……ちゃんと削り節入れてもらったんだが」
 首を傾げる愁也に、アスハが告げる。
「カカオ、もといココアは僕だ。チョコはダメだが、これはダメといわれていないからな」
「その結果がこれか……スープ飲み干せるのか?」
 おずおずと一臣も挑戦すれば、ウィンナーだった。
「ウィンナーか……普通に食える。次が最後の晩餐になる予感がする」
「私のタコさんウィンナーですね! よかったです」
「通ちゃんのか。ひとまず、助かった」とほっとするのも束の間。
 隣に居た、友真が叫びを上げた。
「なんか飛び込んで来おった!? 何や、敵襲か!?」
 自分の皿へ、うねった何かが飛び込んできたのだ。
 食べれるものなのか、口にすれば。イカしたイカの味がする。
「生きてる! このイカ生きてるで!?」
「なに、やはりサバトで生き返ったというのか!?」
 友真に振り向き、一臣が皿の中にいるイカをつまむ。
 触腕をちぎり、食べながら生きていることを確認していた。
「俺のスルメが生き返った?」
「いや、スルメは私が食べていますよ」と遥久が告げる。
「だとすれば、俺のイカだな。新鮮だろ」
 愁也が回答し、やはり闇鍋で生命は生き返らないことを確認する。
 だが、イカが消えてもなんかぴちぴちしている。
「すごいとろみね……」
 そして、すみれが具材を取り分けながら述べるようにどろどろしていた。
 すみれ自身、コラーゲンを投入している手前、あまり強くは言えない。
「片栗粉いれたから」
「アスハさんも入れたのか。マシマシですね」
 アスハと諏訪が口々に告げる。そりゃあ、とろみもでるというものだ。
 スライムでも爆誕させようというのだろうかというぐらい、とろっとろである。
「まぁ、いいわ」と気を取り直し、具材に挑戦する。
 手にした感じでは、普通の野菜っぽい。口にした瞬間広がるとろみ。
 そして、辛味。圧倒的唐辛子。
「からーい!」と声を上げるすみれに、通が慌てて水を渡す。
「うぅ、とんだ罠だったわ」と言った瞬間、アスハがゆっくりと倒れた。
「ほへは、鍋に対しゅる、冒涜だ……ろ」
「ちょっと、大丈夫? そこまで辛かったかしら」
 自分以上のリアクションに、すみれはおろおろする。
「赤唐辛子は私ですが……まだ生きている●●が鍋の中で」
「石田さん、それ以上言わないの」
 食欲がなくなりそうな神楽の言に、胡桃が釘を刺す。
「明らかにあかんやつ。あれは選ばない」と胡桃は鍋を確認する。
 といいつつ胡桃は、遥久のカニを引き当てたため、
「あ、イケる。これイケる」と思いながら黙々と食べていたのだった。
 蟹だからね、仕方ない。
 だが、アスハが犠牲者となったからにはカニを脇においた、
「アスハさん。本当に大丈夫?」
 ここに至って、リンドが思い出したように告げる。
「もしかして、俺が持ってきたしなびたパプリカか?」
「なるほど……これ、ね。魔女狩りだわ……火炙りにされたような……」
 エルナが絞り出したように、声を出す。どうやら、彼女も引いたらしい。
 ここでバレ鍋会から、ジョロキアである旨が通達された。

 ジョロキアとは、とんでもなく辛い唐辛子のことだ。
 つまり、とんでもなく、辛い唐辛子のことだ。

「……かよちゃん。もしものときは、私が食べるから安心してね」
 すみれは悲壮な覚悟を決め、汗がダラダラ流れる二人の介抱に入る。
 エルナの皿の中では、他にタコも蠢いていた……がそれに気づくものはいなかった。
「私は普通に美味しいので、大丈夫ですよ。みんなで囲む鍋はたの……しくなるといいな」
 大根をはふりながら、通は倒れた二人を思いやるのだった。


「向こうの鍋も楽しそうだね」
 冗談めかしく、フレイヤがいう。
 対面では、グレイの着ぐるみが目を光らせていた。
「トッテモオイシイヨー?」
 やや疑問形だが、啜る音からして麺類。
 雨夏のラーメン宣言からして、ラーメンであることは想像がつく。
「……サッキノアマイノヨリスキダヨー……」
 最初に口にしたのが、アイス入り大福のために甘々だった。
 鍋で中途半端に溶けていたため、食感も微妙だった。
 今となっては、溶けきって食べることすらままならない。
「お肉ですよ、お肉! この食感は、レバーかな?」
「メリーも肉っぽいけど、ホルモン系ですかね。こりこりします」
 二人の言葉に、神削の目がぴかぴか光る。
 自分が持ってきたアピールだろうか。両手を上げて、
「……キャトルミューティレーション……ナンデモナイヨ―」
 すぐにおろして首を傾げた。ホルモン美味しいです。
 そして自分は、餅にくるまれたコリコリシリーズ最後の1つ。
「ナマコ……」を食べていた。少しテンションが落ちていた。
「このニシンはよく煮えているな」
 明は生から時間がたち、身も崩れだしたニシンを食す。
 フレイヤが持ってきた食材だ。こっちは跳ねない優良食材である。
「たこ焼きまで入ってるのですか」と驚き気味にシェリアが食べる。
 甘々なだし汁を吸って、ふやけきっていた。
「しかし、激辛スープが敗北するなんて」と雨夏は鍋を睨む。
「本当、すごい味だよねー。ショートケーキまで入ってた」
 ジェンティアンが苦笑気味に宣言、どれだけ甘味を入れたら済むのだろうか。
 緑は自分の入れた豆大福を引当、もちゅもちゅしている。
「なんか、何も入ってないパイ生地みたいなのが……」
 まだ困惑気味な食材が入っていたのか。
 と、思っていたらメリーがシューアイスだと思われる旨を告白した。
「きっと、中身が溶けちゃったんですね」
「プリンも残ってますね」とはザジテンの言。
「ハッハッハ、もはや鍋というよりデザートのごった煮だな」
 ザジテンが持ってきた白菜すらも、残念な風味に変わっていた。
 残念な風味といえば、雫が先程から声を発していない。
「なんだこれ!? フレイヤさんでしょ、こんなの入れたのは!」
 英斗がフレイヤの口に、それをツッコむ。
 肉っぽいのだが、妙にシャクシャクしてたり羽毛みたいなのが付いていたり……。
「これは、私のじゃ……ないよ」
 ソーラン節がさらに弱々しくなりつつ、反論する。
 言い争っても仕方がない中、雫がおずおずと答えた。
「私のホビロンです。まさか、自分でも食べることになるとは……」

 ホビロン。検索非推奨といわれる、ベトナムの料理。
 内容は、孵りかけのアヒルの卵である。合掌。

 このタイミングでとんだ爆弾が出たものだ。
 A班に、戦慄が走る。
「ドリアンもまだ……残ってますよね」
「大福とかケーキはあたりってことだね」
 時間が立てば立つほどに、ケーキやプリンは溶けこんでいく。
 水分に強くない食材はどんどん溶けこむ。
「ドリアンも溶けこむ頃合いではないかな?」
 そう、果物も水分が出やすい食材である。
 A班の闇鍋が恐ろしいところは、時間が立てば立つほどにスープが濃くなる点にある。
 実にカオスだと、明は笑いながら鶏皮をついばむ。
 フレイヤが友真から受け取った食材だった。当たりである。
「ならば、こうしましょう」
「え、何をするつも……」
 雫の声に、英斗が反応するも時すでに遅し。
 ぼたぼたぼたと、何かが落下する音だけが耳に届いた。
 ふんわりと鼻孔をくすぐるスパイシーな香り……ただし甘口。
「ぺろっ、これはカレーだな!」
 のとうが率先して、試した所カレーだった。
「甘口なのな」
 しかも、甘口だった。
 甘いところに甘口をいれたら、カレー風味だけが残る。
 甘口の甘さが負けたのだと、雫も悟った。
「大概の物ならカレー味にすれば、食べられる筈です。フルーツもカレーに入れることありますし」
「でも、ドリアンはいれないですよね」
「食べてみれば、わかるのな」
「おにぎり持ってきたからライスにできます」
 ザジテンの期待が、どう転ぶのかは煮込んだ後……知ることになる。


 A班の鍋がカレー化する少し前、B班ではジョロキアショックから回復しかけていた。
「汗をかくのは健康に良いらしい。医食同源というやつだな」
「じゃあ、リンドさんが食べてみてよね」
 持ち込み主の発言に、エルナが食って掛かる。
 さっとジョロキアを拾い上げ、口に放り込んだ……そして、絶句。
 お口直しにもってきたたい焼きを口に詰め込む音が響いた。
「よかったわね。それだけ汗をかけば、健康になるわよ」
「魔女さまは怖いねぇ」
 一臣が茶化すようにいい、自分が取った具を食べていた。
「これ、何だろう。納豆出てきたんだけど」
「俺の納豆巾着だ! きっと、うまいぜ」
 ぷんと納豆の匂いが辺りを漂う。
 段々とカオスさが身にしみてくる状況に、すみれは通を心配する。
「かよちゃんは、今何を食べているのかしら?」
「なんかゼラチン質なの」
「何かしら、これ。私が持ってきたアボガドでもないし……」
 すみれも一口いただき、訝しむ。
 ぷるぷるしているが、コラーゲンがこびりついた感じでもなさそうだ
「アボガドなら、私が食べていますよ」と遥久の声が届く。
 遥久は自分が持ってきたナスではないかというが、
「ナスじゃない」
「ナスは俺が頂いている」とリンドが告げる。
 まだ見ぬ具材は何かを話していると、
「私のお麩なのか……苦い……。うわーん、『とうり』召喚ーっ!」
 どうやら、すみれの持ってきた漢方をかじったらしく胡桃がパサランのとうりを呼び出した。
 とうりが健康になってしまう中、
「そうか。これお麩だ」
 合点がいったとアスハが声を上げた。さらりと復活していたらしい。
 気がついた途端、隣に居た誰かのお椀に移す。
「なんだ、この重たいの? 出汁が……しみてるわ」
 被害者は一臣だった。
 具材そのものの味にごまかされていたが、
「ですよねー。この出汁はうん」
 非常に微妙な味わいなのである。
「そういえば、あたいの持ってきた木苺ジャムも入っているのよね?」
「玉ねぎ100%ジュースも入れておいたな」
 エルナとリンドがこのタイミングでカミングアウト。
 整理すると、この鍋には以下のものが溶け込んでいる。

 1、ベースのこんぶだし
 2、玉ねぎ100%ジュース
 3、削り節
 4、コラーゲン粉末(+漢方)
 5、木苺ジャム
 6、ココアパウダー
 7、片栗粉

 さらに、
「イカ墨も入っていますよー」と諏訪が告げる。
 それらが混ざり合ったものを、お麩は充分に吸っていた。
 胡桃が他に持ってきた、高野豆腐や餅も爆弾と化しているのは目に見えていた。
「あと通さんの食べたのは、きっと自分の持ってきたマグロの目玉でしょうねー」
 さらっと正解発表。
 嬉しくない情報に、すみれと通の動きが止まる。
「コラーゲンたっぷりですよー?」
「た、食べられるし、大丈夫よね」
 実際、美味しい方である。目玉だということを忘れればいいのだと、考える。
「食べられるだけ、マシなのかしら」
「せやでー。出汁をよう吸う奴は、あまりにもびみょ……ふぁらぁ!?」
 答えていた友真が唐突に叫びを上げた。

 ジョロキアである。

「ねぇこれ出ひていい!? 口痛っ!?」
「レモン水もってきたよな。飲め。残りは食べてやるから……からっ!?」
 負傷者2名が新たに発生し、レモン水等々で流し込む。
 どうやら、具材が少なくなってきたらしく「当たり」を引く可能性も上がってきたようだ。
「ぎゃあ、ここに来てなんか飛び出してきやがった!?」
「あー、ひょれ……よしこのニフィン」
 どうやら、ニシンと言いたいらしい。
 最後の気力を振り絞って悪あがきでもしたというのだろうか。
「ここまでくれば、最後まで付き合うしかなさそうだ」
 覚悟を決めた声色で、アスハが告げる。
 かちゃかちゃと音がしたと思ったら、ぼとぼとっと何かを投入する音が聞こえた。
「何をしたの!?」とすみれが慌てて問えば、
「やはり、鍋にはしめがないとな」
 雑炊。それこそ、鍋の最後の仕上げである。
 問題は、雑炊の命たる鍋のスープが胡桃の具材に吸われまくったこと。
 そして、スープの味が非常に残念なこと。
「鮭入ってたはず……そこを取れば」
 何人かは、生き残るためにセーフな具材を合わせるべく構えていた。
 はたして、この雑炊の結末はいかに……。


「結論から言えば、全滅だった」
 アスハが思い出しながら、遠い目をする。
 そう、両班ともに仕上げにかかり、総力戦を挑んだ。
 
 まずはA班。
 カレー味に仕立て上げれば食べれると思った時期が……私にもありました。
 そう誰かは語ったという。
「ハッハッハ、やはりダメだな!」
 カレーの風味が最終的には、大量の甘味系が溶け込んだために敗北した。
 途中まではカレーの味もしていたのだが。
「舌が……おかしくなりそうです」
 ザジテンはおにぎりを手放さざるを得なかったし、メリーは途中でリジェネレーションを発動していた。
 ジェンティアンはクリアランスを駆使し、倒れかけた子たちを介抱。
「ハッハッハ」
 明はひたすら笑い、雨夏も合わせて笑っていた。
 フレイヤはソーラン節の踊り過ぎで燃え尽き、英斗がそっと回復するのだった。

 そして、B班。
 ジョロキアテロによる負傷者は、ごはんによるカモフラージュで増加した。
 素材の風味で助けられた部分もあったが、
「このタコ……まだもがいてる」
「スルメが復活してるやん!」
「だから、俺のイカだろ?」
 生きたまま踊り狂う奴らが、最後の抵抗をしていた。
 命を喰らうとはこういうことか。まさにサバトな闇鍋である。
「お母さん……私汚れちゃった……」
 すみれは、出汁をたっぷり吸った挙句、ダウンした。
 部屋の隅で転がる人間が増えていく。
「すみれちゃん、隣で寝てもいいですか?」
 通も闇鍋から離脱。
「はるおにーさん……私もう限界」
「なんとかしましょう」
 目を光らせながら、黙々と遥久は鍋に立ち向かう。
「俺のも食べへん、一臣君」
「脱落した奴の分で手一杯でね……」
 残る男性陣は、妙な連帯感が生まれていた。
「最初に言ったでしょー。お互い頑張りましょうねーってー」
 表情を崩さず、諏訪がお麩をはふる。
 リンドは自らが投入したジョロキアに滝汗を流していた。
「三途の川が……見える……ぞ」
 アスハも脱落一歩寸前。
 食べ終えた時には、死屍累々であることはいうまでもないだろう……。


 ※実際の味・症状については一切の保証をいたしかねます。
 〜バレンタインに鍋を食べる習慣を根付かせる会一同より〜


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:14人

今生に笑福の幸紡ぎ・
フレイヤ(ja0715)

卒業 女 ダアト
紫水晶に魅入り魅入られし・
鷺谷 明(ja0776)

大学部5年116組 男 鬼道忍軍
二月といえば海・
櫟 諏訪(ja1215)

大学部5年4組 男 インフィルトレイター
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
ヴェズルフェルニルの姫君・
矢野 胡桃(ja2617)

卒業 女 ダアト
絆を紡ぐ手・
大狗 のとう(ja3056)

卒業 女 ルインズブレイド
あなたの縁に歓びを・
真野 縁(ja3294)

卒業 女 アストラルヴァンガード
ブレイブハート・
若杉 英斗(ja4230)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
黒の微笑・
石田 神楽(ja4485)

卒業 男 インフィルトレイター
釣りキチ・
月詠 神削(ja5265)

大学部4年55組 男 ルインズブレイド
JOKER of JOKER・
加倉 一臣(ja5823)

卒業 男 インフィルトレイター
リリカルヴァイオレット・
菊開 すみれ(ja6392)

大学部4年237組 女 インフィルトレイター
輝く未来を月夜は渡る・
月居 愁也(ja6837)

卒業 男 阿修羅
蒼閃霆公の魂を継ぎし者・
夜来野 遥久(ja6843)

卒業 男 アストラルヴァンガード
真愛しきすべてをこの手に・
小野友真(ja6901)

卒業 男 インフィルトレイター
撃退士・
エルナ ヴァーレ(ja8327)

卒業 女 阿修羅
蒼を継ぐ魔術師・
アスハ・A・R(ja8432)

卒業 男 ダアト
蒼閃霆公の心を継ぎし者・
メリー(jb3287)

高等部3年26組 女 ディバインナイト
撃退士・
奥戸 通(jb3571)

大学部6年6組 女 アストラルヴァンガード
絆は距離を超えて・
シェリア・ロウ・ド・ロンド(jb3671)

大学部2年6組 女 ダアト
誇りの龍魔・
リンド=エル・ベルンフォーヘン(jb4728)

大学部5年292組 男 ルインズブレイド
撃退士・
ロジー・ビィ(jb6232)

大学部8年6組 女 ルインズブレイド
ついに本気出した・
砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)

卒業 男 アストラルヴァンガード
ワーウルフ倒し隊・
五月七日 雨夏(jc0183)

大学部3年71組 女 バハムートテイマー
海に惹かれて人界へ・
ザジテン・カロナール(jc0759)

高等部1年1組 男 バハムートテイマー