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某県は奥まったところにある、山村。
雪解けがゆるやかに始まりつつある中、村人たちは集会所に集まっていた。
昔ながらのストーブの中で薪が爆ぜる音に負けず劣らず、爺さん婆さんの声がかしましい。
「こんなめんこい孫がおったらのぅ」
「ほんまじゃ、ほんまじゃ」
しゃがれた声に囲まれるのは、半ズボンの少年ヴァルヌス・ノーチェ(
jc0590)だ。
話し相手になろうと、集会所にやってきた所、逃げ場を塞がれてしまった。
往々にして、ノーチェを愛でているのだが中には不安そうな人も居た。
「大丈夫、皆さんの祈りが天に届けばきっと、明日には蛇猫様もお鎮まりになるでしょう」
蛇猫様の出現したときに現れたノーチェを、村人は心配していた。
蛇猫を鎮めるためにきたのだと、理解を得ようとしていた。
クレメント(
jb9842)の案で、戦舞を行うのだと説くのである。
「夜遅いので皆さんは、ゆっくりとお休みください」
ノーチェの言葉をすんなり聞き入れる村人たちであった。
提案を出したクレメントは、どこにいるのか。
彼を始め、何人かは住職を訪ねて寺のお堂に居た。
「……あー、土砂災害の前兆で聞いたことあるな」
住職の話を聞き、納得した様子を礼野 智美(
ja3600)は見せていた。
この村に伝わる蛇猫の正体が、蛇根っこであると住職は説く。
「然し、事実というのは、実につまらないモノだ、な」
独特の間で感想を述べる僅(
jb8838)。
「伝承関係、かぁ」
相槌を打つように、ハル(
jb9524)も声に出す。
僅は、興味を薄めたような表情を見せていた。
「UMAと思ったが、結局は只の木、なの、か……」
「お化けの正体見たり枯れ尾花ってやつだな」
双城 燈真(
ja3216)が苦笑する。
今は快活な人格である翔也が表に出ていた。燈真は、偽の蛇猫が生理的にダメらしかった。
からかうように、
「偽の蛇猫も、俺はむしろ面白いほうだと思うけどな!」
同意するようにハルも頷く。
村人たちの中では、あの姿のほうが面白そうではあった。
「そのままというわけにも、いかないでしょう」
少なくとも、大木は開放しなければならない。
ゆかり(
jb8277)が話を締め、後は夜を待つだけだ。
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「いわし、うま。なの」
大木の下、ぱたぱたとうちわを扇ぐペルル・ロゼ・グラス(
jc0873)の姿があった。
ペルルの前には、七輪。七輪の上には、いわしが煙たく焼かれていた。
「風向き良好、なの」といわしの煙がもくもくと大木の方向へ。
「けほ」
その煙の中から、翔也が姿を現した。
手には赤い光を放つ刀が握られていた。暗闇に浮かぶ光でおびき寄せようとしたのだ。
うまくいったのかという問には、頭を振る。
「光は気にしないみたいだな。むしろ……」
視線を落として、七輪を見る。
「行ってくるなの!」
長い木の棒に糸を括りつけ、イワシを装備。
まじまじと蛇猫を見つめながら一言。
「三味線と蛇皮線、両方作れそうな相手なの」
「ああ……そういえば、猫って蛇の声真似をしますね。敵を近づけないように、シャーって」
ついてきたノーチェが2つの類似点を話す。
彼もまた、猫じゃらしを手にしていた。
「明かり……つける、よ」
二人が接近していくのを見て、ハルが周囲を輝かせる。
大木近くまで明るく照らされ、敵の姿がはっきり見えるようになった。
「どうして、ここまで絡まったのか……」
大木を眺めながら、どうして蛇と猫なのだろうとゆかりは思う。
しかも、大木にしっかりと絡んでいた。
「実に、興味深い、な」
間合いをはかりつつ。僅は近づきながら写真を取っていた。
明かりがあるお陰で、フラッシュも不要である。
真剣に写真を撮る、僅に苦笑しクレメントはハルバートを構える。
「……ハルバートで攻撃しているところを見られたら、ご住職が心痛で倒れそうですが」
一応、誰もこの場にこないよう言い含めている。
それでも、さっさと倒すに越したことはない。
「威嚇しているのかなぁ。あれ」
翼を顕現させた翔也がぽつりという。
見れば、近づきつつあるノーチェらに蛇猫は牙を剥いていた。
誘われるというより。煩わしいといった感じだ。
にょろりと、その胴体がわずかに緩まる。大木から2つの頭が伸びてきた。
「あれが、限界だな。行こう」
智美はいうと同時に、地を蹴っていた。
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智美は爆発的な加速で、大木まで接近するとすかさず攻撃に入った。
宙返りから蹴りを放ち、木に張り付いていた蛇猫の視線を集める。
突然の闖入者に、牙を剥いて声を荒らげていた。
「行くぞ」
太刀を構え、蛇猫を睨めつける。
蹴られた蛇猫が率先して、智美へと向かう。
迎え撃つように、智美は全身のアウルを活性化させ紅き文様を浮かばせていた。
「わわ、危ないですね」
蛇猫の口から放たれた毒液を避け、ノーチェは戦闘態勢に入る。
手にした銃から、光の弾丸を放つ。
合わせて、ペルルも白き水のような魔法弾を放っていた。
「大木からおめおめと抜け出してきたなの」
まるでもぐらたたきのように、大木から離れた所を叩く。
なお、いわしは煙たそうに蛇猫に寄って払われ地に落ちていた。
「もったいない、なの。食べ物は粗末にしちゃいけないなのな!」
そのことに憤るペルルの横で、ノーチェは思考をしていた。
いや、思考というほど、高尚なものでもない。
「何かこの造形、昔映画で見た気がしますね……」
ぼんやりと毛むくじゃらな蛇の胴体と、猫の顔を眺める。
「あれは犬だった気がしますけど」と呟く間に、その猫顔が近づいていた。
「危ないなの!」
ペルルの声が飛び、我に返れば蛇猫がぐるりと自分を囲っていた。
巻き付こうとしているのだと気付き、とっさに風玉を紡ぐ。
「熱烈なのは、嫌いじゃないけど」
昼間の爺さん婆さんの声を思い出しながら、風を解き放つ。
蛇の体が風にあおられ、宙を舞う。
「もう少し、優しい方がいいかな」
ノーチェは、そう告げるのだった。
二人の横をすり抜けるように、ゆかりが地面を、翔也が空を行く。
智美に気を取られていた、蛇猫が新たな敵に素早く反応する。
吐きつけられた毒液を避け、噛み付き攻撃は甘んじて受け止める。
「本当、何故に蛇と猫なんですかね?」
答えてくれるはずもないが、槍を振り下ろしながらゆかりが口に出す。
払いのけた蛇猫の胴体は、いまだ大木に絡またままだ。
「……まぁ、造形には個人の好みがでmすからね」
他人ごとのように、後から追いついたクレメントがいう。
どうやらクレメントの琴線には、全く触れなかったらしい。
「さて、引き離しましょうか」
クレメントは、ゆかりよりさらに一歩踏み込む。
まずは大木を保護するように、透明なヴェールで包む。
それから、しっかりと絡みついた胴体部分に狙いをつけていた。
頭上では、高い位置に絡む蛇猫に翔也が対峙する。
「大木を傷つけないようにって地味に難しいな!」
ましてや蛇猫は、蛇のようにぬるりと動いていた。
「まぁ、それぐらいのハンデはくれてやるぜ!」
豪気に言い放ち、刀を振るう。
動きを予測して放たれた刃は、吸い込まれるように、蛇猫の毛皮に切り傷を与えるのだった。
大木から数匹、引き離された。
その動きに反応して、僅とハルが行動を開始する。
「これで敵の、動きを縫い止めて……」
ぐるりと視線をめぐらし、ノーチェが弾き落とした蛇猫に狙いを絞る。
聖なる鎖でその動きを縛り上げる。細った胴体を鎖が締め上げる。
「じっと、してて」
「聞いていたより一匹多い、な」
大木に近づきつつ敵数を数えていた僅が、呟く。
審判の鎖が使える回数より、多い事にはなる。
が、こちらも僅だけが鎖を放つわけではない。
「問題は、ない、か」
頭を切り替えて、クレメントらが引き離した蛇猫に鎖を放つ。
だが、蛇猫は身を捩ることで鎖から抜けだしてしまった。
続けざまにもう一度放つ。今度は、ハルも同じ相手に鎖を放っていた。
二重の攻撃には対処しきれず、蛇猫はあえなく大木から引きずり出された。
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縫いとめられた蛇猫を一時放置し、ノーチェとペルルはもう一体に狙いを絞る。
二人の弾を受けながら、蛇猫の視線はペルルを捉えていた。
「お」と思った時には、素早くペルルに巻き付こうとしていた。
「やべえ、ふかふかなの。こいつぁーいい襟巻きだぜ……なの」
などと気取りつつ、巻き付こうとした蛇猫を逆に捕らえる。
ぐるりと一回転するように、きつく巻かれる前にたゆませる。
「アルゴリズム解析、データ補正良好、目標をセット……Feuer!」
そこをノーチェが狙う。巻きつきが中途半端になった蛇猫の、次なる行動を予測。
解析通りに、銃口を向け、引き金を引く。
光の弾丸が、その頭を射抜いた。
「追撃、なのな」
ふっ飛ばされた蛇猫が、地面に落ちる瞬間を狙い、ペルルも魔法を放つ。
白い水弾が、毛皮を貫き身を穿つ。
猫の口から毒液が噴射されたのを避け、見下ろせば、蛇猫は事切れていた。
大木の近くでは紅き文様を滾らせ、智美が太刀を振るう。
猫にしては鋭い牙を突き立てるべく、蛇猫が跳びかかる。
田んぼに落ちないよう、半月を描きながら蛇猫を避ける。
「ふっ」と一息で、側面から蛇猫を薙ぎ払う。
「ん、耐えるか」
全身を強ばらせ、混乱するかとも思ったが、蛇猫はとぐろを巻いて構えていた。
刀身を真っ直ぐに構え直す。
ぐっと踏み込むと同時に、蛇猫も毒液を飛ばした。多少被るが、大したものではない。
止まらない。横に払われた刃が、蛇猫を襲う。
「よし」
今度は、動きが止まった。ここぞとばかりに、刃を振り下ろす。
為す術なく、蛇猫は地に伏すのであった。
智美の視線の先では、クレメントとゆかりに続き、僅たちが切り込んでいた。
一匹を鎖で縫い止めている間に、一匹を集中して落とす。
「おっと、脱しましたか」
クレメントが横目で、鎖の外れた蛇猫を捉える。
すかさず、聖なる鎖……が三方向から放たれていた。
「……被った、か」
「……む」
「これなら、もう動けないでしょう」
僅とハルも、同じ相手を狙っていた。
がんじがらめにされては、動けない。毒液を散らすが、射程は届かなかった。
「先に、こちらを落としましょう」
ゆかりが矛先を向け、大木に残る蛇猫を狙う。
大木に攻撃が当たらぬように、物質透過を駆使し立ち位置を気にかける。
逃れるように、蛇猫が大木から離れれば、あとは狩り落とすのみ。
「……変なの」
間近で見て、改めてハルはそう思う。
これを作った冥魔に思いを馳せつつ、手にした斧を振り下ろす。
襲いかかろうと伸ばした頭と胴を切り離すように、断つ。
ふかっとした毛皮に邪魔されていたが、クレメントが続き、傷を深める。
「終わりだ、な」
攻撃を仕掛けようと、口を開いたところへ僅が魔法を放つ。
光の槍が口へ飛び込み、爆ぜた。
大木からずるりと、身体が落ちる。
そこへ重なるように、蛇猫が落ちてきた。
「空中戦なら、分はこっちにあるんだぜ」
翼をはためかせ、ゆっくり翔也も降りてきた。
残る二匹は、やや一方的な展開となった。
鎖で縛られるか、智美の一撃で動きを止めるか。そのどちらかだったからだ。
「……とどめ、かな?」
大木周囲から離れたことで、ハルも攻撃を弓に切り替えていた。
大木を背にして、矢を射る。蛇猫の頭を射抜き、とどめを刺す。
「こっちも終わったなの」
少し離れた場所から、ペルルとノーチェが戻ってくる。
ハルが周囲を改めて輝かせ、手抜かりがないかを確認する。
「住民に見られる前に、片しておこう、か」
散らばっていた蛇猫の死骸を片付ける。
気がついた時には、朝日が山間から見え始めていた。
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「私達の戦舞により、神威である蛇猫様にはお鎮まりいただきました」
集まった村人たちにクレメントが微笑みかける。
「これで村の安全は守られたた、な」
合わせるように僅も説明にあたる。
その隣では、ハルが淡々と頷いていた。
三人ともに、暖かなアウルを拡散させ、村人の精神を落ち着かせていた。
まずは伝承通りと思わしき蛇猫が消えたことを、問題がないと思わせるのである。
一定の区切りがついたところで、住職を呼ぶ。
「俺達がいっただけじゃあ、信じてもらえるかわからないので」
智美にいわれ、住職は決心したように頷く。
事前に、真実……蛇猫が蛇根っこであるということを話してもらう算段になっていた。
「ハル、は……其の儘で、イイと思う、けど」
残念そうに、説明にあたっていたハルが呟く。
淡々と住職が、伝承についての正しいことを説教する。
説明しながら、大木の近くへ赴いて実物も見せる。
「じゃ、じゃあ、おらたちがみた蛇猫はなんじゃったのだぁああ?」
気が荒ぶりそうな爺さん婆さんへ、すかさずクレメントや僅がフォローに入る。
「興奮されると、体に障りますよ」
「落ち着いてくださ、い」
住職を引き継ぎ、新やノーチェも説明に加わる。
昨日のめんこい子じゃと孫愛のように興奮する方々を再び落ち着かせる。
ゆっくりと天魔について、説明するにつれ、村人に不安の色が戻りかけた。
そこにゆかりが現れて、びしっと告げる。
「この程度の天魔で滅ぶほど人間は弱くないですし、撃退士も弱くないですよ♪」
ノーチェも合わせるように頷けば、村人たちの血色はよくなる。
話し合いが終わりかけたその時、ペルルが一人大木から姿を現した。
「ここにおわすは木の精霊様であるぞよ、なの。蛇猫様は、聖霊様が鎮めたなの」
狼に扮したペルルが、突然そんなことを言い出した。
が、落ち着きを取り戻した村人はぽかんとした表情で見ていた。
「だが、村に災害を呼ばぬよう……蛇猫様をモデルにしたキャラクター『地場産ニャン』をつくり……」
村人はぼーっとしている。
「聞いてるなの? 続けるなのな」とペルルは続ける。
「グッズを作成し、村を活性化させよとのお告げなの! プロデュースは俺……いや、あたしに任せろ! なの!」
村人はぽかんとしている。
「面白いこと考えるな―」と翔也はペルルの前口上を聞いていた。
そして、新たな敵かと抜いた刀をそっと納める。
翔也の隣では、住職が興味深そうに顎をさすっていた。
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後日配信の「あらた新報」にて、蛇猫様の話題が掲載されていた。
そこには、「寂れた村の起爆剤となるか!?」という見出しで、偽蛇猫のマスコットキャラが写っていた。
伝承は正されたが、新たに奇怪なキャラクターが生み出されたのである。
そのキャラクターが、人気を博すかどうかは……天のみが知っているのだった。