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雲一つない快晴の下、青々とした山が目の前にそびえている。
ふもとでは、主催者の社長が汗を垂らしながら、大会開催の言葉を述べていた。
「というわけで、ここに開会を宣言します。みなさん、頑張って下さい」
宣言が終わり、撃退士たちはスタート位置に並べられる。
3メートルくらいの棒を持つもの、山登りのスタイルを完璧に決めているもの、もぐもぐしているもの……そして、何か企んでいそうなもの等々と個性豊かなメンバーが並ぶ。
社長の男が、彼らを一瞥し、スタートピストルを構える。
「位置について、よーい……」
ドン、という声とともにピストルが鳴る。
同時に、全員の視界が闇に閉ざされた。そこに生成された真っ暗な空間に、社長は唖然とする。
「『武器』は使ってないのであります!」
そう言いながら飛び出してきたのは、シエル・ウェスト(
jb6351)と彼女に手を引っ張られる至藤雲母(
jb5679)だった。いわずもがな、闇を生成したのはシエルである。目を光らせ、闇をくぐり抜けた彼女は、雲母を引き連れて真っ先にコースへ到達する。
心配そうに雲母が振り返ると、すでに撃退士の何人かは闇の領域を脱出していた。
フォレストコースの入り口へ、足を踏み入れた瞬間、ばきっという音とともに二人の姿が消えた。
否、落ちた。
「きゃあああああ」
シエルの悲鳴が真のスタートピストルとなる。
そして、レースが始まった。
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フォレストコースは、3組が入り乱れる激戦区となっていた。
先陣を行くのは、九十九 遊紗(
ja1048)と緋野 慎(
ja8541)の小等部コンビだ。祖父とのサバイバル遊びで鍛えた、遊紗の眼識が効いていた。的確に石を投げては、落とし穴や釣瓶落としを誤発動させかわしていく。上は、慎がじっと目をこらして見ていた。
「丸太とかが飛んでくる罠があったら、怖いよね」
慎が声をかけると、目をこらしながら、遊紗は答える。
「うん。でも、二人ならどんな罠がきても大丈夫だよね」
「俺も、そう思うよ」
そんな会話をしながらも、罠に嵌まらないよう注意する。
ほほえましい姿を、やや後ろから、桐生 直哉(
ja3043)と澤口 凪(
ja3398)が眺めていた。凪は3メートルはあろうかという棒を用いて、繁みの中や地面を丹念に探索する。
ふと気になって、身長の倍はある棒について直哉は尋ねる。
満面の笑みで凪は答えた。
「だってトラップには11フィート棒じゃないですか」
そして、棒を巧みに扱っていく。
二人の後方では、雲母とシエルが追い上げようと走っていた。鎖がまを投げ、ロープの代わりにして、這い上がった。遅れを取り戻すために、トラップを探知せず、まっしぐらに突き進む。
が、時折、ガサガサと音が鳴ると雲母が立ち止まり反応する。ひょこりとでた獣耳に釣られ、ふらりとのぞき込もうとする。シエルが気付き、一緒に近づこうとしたとき……。
直哉たちは、後方から聞こえた悲鳴が聞こえた気がした。
凪は拓けた場所に出ると立ち止まり、直哉に声をかける。
「少し休みましょうか」
「溶けないようなもの持ってきたよ」
そういいながら、直哉はドライフルーツ、あんぱん、ジャムパン等々を取り出して、見せていた。
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ウォータールートを行く、アーニャ・ベルマン(
jb2896)は川の前まで来ると梅之小路 鬼(
jb0391)の持参した大きな弁当とともに、彼女を背負う。
「へ、平気でしょうか? 重くありませんか?」
大丈夫ーといいながら、アーニャは川の水面を歩いて行く。慎重に、川の中に何もないか確認して、少しずつ進む。負ぶさりながら、鬼は目をこらして先を見通す。
「こちら、少し不自然な気がします」
指さした先には、あからさまに川に似合わない大きさの岩があった。よくよく見れば、糸が垂れている。
他に罠がないか気にしつつ、近づいていく。どうやら糸に触れると、岩が川に落ちる仕掛けだったようだ。糸を切って、岩をわきに移動させる。
「人や動物がかかったら大変ですからね」
鬼は、そう笑いかける。
再び背負いながらしばらく行くと、アーニャは違和感を足裏に感じた。ちょうど、岩が顔を出しているところだった。
焦る間もなく、上流から大きめの流木がやってくる。弁当をゆらさないように、注意しつつ、川岸へと退避する。流木は浅瀬に辿り着き、その動きを止めた。また、動くかも知れない。
「天魔と生死を分かつ戦いをしている私たちが、これしきのことでやられてたまるもんですかー!」
念のために、流木を破壊し、アーニャは川を睨む。
今度は、罠にかからないように、前へと進む。やがて、滝へと辿り着く。
滝の裏側に、はしごがくくりつけてあるが、どうみても罠だった。滝のわき、岩壁をのぼることにした。
アーニャは先んじて、壁を駆け上がる。
「弁当を先に上げようか」
ロープに弁当をくくりつけ、引っ張り上げる。続いて、鬼にロープを掴んでもらう。
「ふぁいとーー! いっぱぁぁーーつ!」
一度やってみたかったんだよね、と思いつつ、アーニャはロープを引っ張る。鬼が上へと辿り着く、目の前には、悠々と流れる川がまだ続いていた。
鬼を背負って、アーニャは先を急ぐ。
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「ローック!」
神埼 律(
ja8118)は後方に叫びながら、転がってくる岩を避ける。やや下で、声を聞いた月臣 朔羅(
ja0820)は、素早く苦無を打ち立てて、岩を避ける。下の方で、岩が割れる音がした。
ロック・アンド・ストーンルートを通る律と朔羅は、がっちりと登山用具を用意していた。危なそうな場所は、避けて通るようにして、前、もとい、上へと進んでいく。
二人とも軽い身のこなしで、険しい斜面やそそり立つ岩盤を登っていく。律は、裂け目に苦無を刺したり、棒手裏剣を投げては足場代わりに用いていく。朔羅は、壁を素早く駆け上がっていた。時折、あからさまな罠を見つけては遠方から苦無を投げて、様子を見る。破壊できるものは破壊して、今後の安全も確保していく。
無難な身体運びで、罠にかかることもなく、上がりきった。
「あら、ファイト一発をするまでもなかったわね」
少し残念そうに、朔羅は呟く。
吊り橋まで、あとは平坦な道を行けば辿り着くようだった。
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フォレストルートを先行する遊紗と慎が、真っ直ぐに進んでいくのを、直哉たちは見ていた。目の前には、彼らの進んだ道とやや整備された獣道があった。凪曰く、どちらにも罠がありそうだという。
帰り道や今後のことを考えて、二人は遊紗たちとは別の獣道を行くことにした。
真っ直ぐ進んだ遊紗たちは、罠のありそうな場所を丹念に調べながら進んでいた。発動させた方が早そうなところは、わざと石を投げて発動させる。わかりやすく、落とし穴が出現したり、丸太が飛んでくる。
「大丈夫? そろそろ、なかばは越えたと思うけど」
慎が、そっと遊紗に声をかける。時折、休憩をしつつ進んでいたが、罠を警戒しながらの山登りは、体力も気力も少しずつ削られていた。
「大丈夫だよ。心配してくれて、ありがとう」
礼を述べながら、再び、罠を見つける。落とし穴のようだったので、石を投げてみる。
案の定、落とし穴だったので、ほっとした。
――刹那、落とし穴の上を何かが通過した。丸太だ。
隙を生じさせぬ二段構えの罠だったのだ。
「あぶない!」
慎が叫びながら、遊紗を庇う。上を通過した丸太は、振り戻って落とし穴の上でぶらぶらしていた。
やっぱり休憩しようと提案して、遊紗は頷いた。
一方で、遅れていたシエルたちもやっと分かれ道についていた。
罠を踏み抜いては、回避したり破壊していたため、体力もかなり削られていた。
それでも、めげずに喰らいつくために、彼女たちは走るのだった。
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吊り橋に最初に辿り着いたのは、凪と直哉だった。
慎重に進んだのが功をそうしたのか、休憩を挟みつつも、吊り橋前には誰もいなかった。
吊り橋に足をかけると、ぎしっと軋む音が響く。横幅は、三人分はあるが、思ったより揺れやすかった。危険を冒す意味も無い。今まで通り、慎重に進んでいく。
だが、彼らは気付いていなかった。
前には誰もいないが、後ろをぴったりくっついてくる人影があったのだ。
ほぼ同時に、ロック・アンド・ストーンルートを乗り越え、律と朔羅が吊り橋に辿り着いた。吊り橋であれば、引き離されることもない。通り抜けたところで追い抜こう、と考え、息を潜めてぴたりと直哉たちの後ろについて行く。
三分の一を二組ともに越えたところで、アーニャと鬼が姿を現した。
「よし、このまま行こう」
素早い身のこなしで、アーニャは吊り橋に足をかける。その際で、鬼に一個の発煙手榴弾を手渡す。
戸惑う鬼に、アーニャはいたずらっ子のような表情で、声をかける。
「近づいたら、投げて」
そして、吊り橋を進む。軽い身のこなしで、すぐに前の二組に近づくことができた。
やや遅れて、遊紗と慎も辿り着く。足の速い慎が、遊紗をすっと抱きかかえた。慌てふためく遊紗に慎が、にっと笑いかける。
「大丈夫、俺が付いてる。安心して!」
人数が増え、揺れやすくなった吊り橋を一生懸命に慎は進んでいく。
前方では、鬼を背負ったアーニャが律と朔羅の存在に気付いた。気配に振り返った朔羅が、アーニャに気付く。咄嗟に、腕を振るって、不意を打つ。
アーニャは、慌てて拳を避ける。そのタイミングで、鬼は発煙手榴弾のピンを抜き、直哉や律のいるところへと投げ放つ。薄く煙があたりに立ちこめる。段々と視界が白く染まっていく。先を行っていた直哉と凪は突然の出来事に、混乱を来す。
「何が!?」
そこへ、遊紗を抱えた慎が辿り着く。
だが、目の前には白い煙が立ちこめていた。どうしようか、と一瞬足が止まる。そこへ、さらなる混沌を呼び起こしそうな組が現れる。
そう、シエルと雲母だ。
全力で罠をぶち破ってきた二人は、心身ともにぼろぼろに見えたが、シエルの闘争心だけは人一倍だった。その闘争心に引っ張られる形で、雲母もまた、踏ん張っていた。その後ろでは彼女が餌付けをした鹿が、じっと橋の様子を眺めていた。
鹿をそこに待機させ、二人は急いで吊り橋を渡り始める。
揺れる橋をものともしない猛ダッシュで、駆けていく。だが、橋の方は駆け足にものともするようで、揺れが最大級になっていく。朔羅はとっさに、鞭を放って吊り橋のロープにくくりつける。律の手を取って、揺れを堪え忍びながら進もうとする。
直哉や凪、慎と遊紗もそれぞれに手を取り合って、姿勢を低くして進もうとしてた。アーニャも鬼を降ろして、煙の中を切り抜けようとする。自分たちの作戦、この好機を逃さないように立ち回る。
「急いでるの。倒されたくなければどいて頂戴!」
シエルの気合いに後押しされ、雲母も好戦的に叫びをあげる。
だが、疾走していたがゆえに、バランスを途中で崩し、橋から二人とも飛び出した。
シエルは、わるあがきのように、闇を投げ飛ばす。
直哉たちが闇にかかり、動きを止める。白い煙に、黒い闇、白黒混ざり合った先頭集団は、入り乱れていた。
その中で、遊紗と慎はあたためていた作戦を発動する。
若干の涙声で、
「お願い、通して」
といったのである。混乱を来している撃退士たちに効果があったか、どうかは不明だが、何人かが反応をしたのは確かだった。気をそらしたのを好機とみて、一気に駆け出す。
橋を切り抜け、安定した地面に足を付ける。慎は遊紗を降ろして、一緒に手をつなぐ。後続が飛び出てくる前に、そのまま走りきって、山小屋へと到達した。
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山小屋の扉を開けると、そこには、横になって寝ている男がいた。
遊紗たちがどうしようかと困っていると、続いて到達した律と朔羅が男に話しかけた。救助対象がいることは、企画運営者が話しているのを聞きつけ、確認していた。
「はい、これ食べて早く帰るの」
律がカロリーブロックとゼリー飲料を渡すと、男はゆっくりとそれを口に運んでいく。
「本当に無茶をしたものね。消耗しているでしょうから、背負っていってあげるわ」
そう告げると、男はつかれた笑みでいう。
「みなさん、ありがとうございます……罠があったと思うのですが」
それには遊紗たちが、大会のことを説明する。男は、納得した様子で頷いた。続いて、直哉たちが山小屋へ到達する。凪は水とスポーツドリンクの粉を混ぜて、男に手渡す。直哉が体調を見るも、消耗はしているが、特に大事には至っていない。一応、遭難したときのために、備蓄があったのだろう。
そこへ、アーニャと鬼がやってくる。鬼は持参したお弁当を降ろし、声をかける。
「お弁当をお持ちしました。本日の献立は、筑前煮、川魚の焼き物、鶏のから揚げ、厚焼き卵、蛸とワカメの酢の物、松茸御飯、香の物……」
つらつらと献立を述べ、五段のお重を開く。豪華な中身に、
「うわぁぁ〜、美味しそう!」
とアーニャが声を漏らす。振り返った直哉も、目に飛びこんできた弁当に喉を鳴らした。
男が、少し帰りが遅くなっても問題ないと告げる。朔羅は、大会の運営へと連絡を入れておく。
みんなが、ご相伴にあずかろうとしたタイミングで、シエルと雲母が辿り着く。
「やっと、辿り……着きました」
疲れた顔で雲母が告げる。
シエルも悔しさと疲れが入り交じった表情で、
「ま、負けてしまったのでありますよ」
とため息を吐く。が、お弁当を見ると表情を変えた。
「美味しいですよ。いただきましょう」
勝負が終われば、楽しい食事。
山の息吹を感じながら、しばしの歓談に興じるのだった。