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クーフェへの前口上が終わったことで、にわかに観客のボルテージも上がっていた。
アキハの口もよく滑る。次の選手の紹介へ、すらりと移っていた。
喫茶店内で待機していた、フィルグリント ウルスマギナ(
jc0986)が続いて登場する。
静かにクーフェの凹凸のない姿を眺めていた観客の一部が、妙な興奮を示した。
「続いての登場は、冬空に舞い降りた天使。フィルグリントさんです!」
パレオタイプの水着に長い金髪が、ふぁさりと舞う。先が白く雪のような美しさがあった。
俗にいうモデル体型。ガタッとなる観客の数は多い。
「行かなければならない場所があるっ。私には賞金が必要なのだぁ!」
気合を入れて宣言するアキハに、フィルグリントは小さく「旅行ですよ?」と呟く。
「私、この大会が終わったら友人と旅行に行くんです」
「はい、フラグいただきました」といわれ、「えっ」という評定をするフィルグリントであった。
「寒空の下、滝に打たれて精神修行。落ちてきた大木はなぎ倒せ! 恋人との約束を果たすため、あのとき食べたパインサラダを思い出す」
一呼吸を置いて、アキハはRehni Nam(
ja5283)の名を叫ぶ。
出てきた姿に観客は静まり返った。レフニーは狐の着ぐるみの上から水着を着ていたのである。
「レフニーさん、脱いでください」
「水着着用、としか聞いていませんよ?」
反論するレフニーであったが、アキハは無情にも首を横に振る。
仕方がないですねと、レフニーが気ぐるみを脱げば水着姿がさらされる。
観客のテンションもガタッと如実に上がった。
「この子はいいですよね?」
続いて召喚したふわもこの金狐はギリギリOKが出された。
いそいそと魔法瓶を用意するのも忘れない。
「工夫、あくまでも工夫ですから!」
言い切るレフニーであった。
「何というか久遠ヶ原だな。日常とは平和な事だ」
うんと頷き、アイリス・レイバルド(
jb1510)が舞台に上がる。
黒ビキニにパレオという出で立ち。アキハは早速、
「耐寒あらばお任せあれ、雪山籠りは日常茶飯事」とアイリス曰く事実の前口上を述べる。
「黒き魔食いのアイリスだぁ!」
「その二つ名は初めて聞いたな」
淡々とアキハの言葉に返す。動じないまま、やや誇張気味の修行風景を聞き流す。
さすがにイエティと早食い対決はしなかったな、と小さくツッコミを入れる。
聖なる刻印を自らに刻み、準備万端と席につくのだった。
「甘いモノなら任せたまえ、シベリアでシベリアを食べる乙女こと、如月 千織(
jb1803)の登場だ!」
呼ばれて出てきた千織は、下がズボンタイプの水着。それとパーカーを着ていた。
始まったら外すように注意されたカイロが、パーカーには仕込まれている。
「真冬に食べるアイスは美味しいって言いますし、楽しみです」
コメントを求められた千織は、強気ともとれる発言をした。
クーフェが同意の頷きとともに、親指を立てる。
「心ゆくまでいただきます」
傍らにはオーダーした追加シロップと練乳が置かれていた。
それだけで、口の中が甘々になりそうだった。
「今大会、白一点……に見えないが」
前口上に迷うクーフェに、登場した藍那湊(
jc0170)は思わず叫ぶ。
「僕は男ですから!」
「失礼しました。白一点、健康第一な美少年。湊の登場だ―!」
上はラッシュパーカーを許可を受けて着用していた。
カイロ等がないのは確認済みである。
「寒さには滅法強いとか男の子の鏡ですね」とやや投げやりな感じなのは気のせいだろうか。
「実家がこちらでいう極寒ですからね。まだ暑いくらいですよ」
「これはかなり期待できそうです」
「続いては涙無くして語れない、家計のために賞金は必要だ」
今日のために真冬の海で泳ぎ、燃え盛る情熱で雪を溶かす修行をした云々。
見に覚えのない修行風景を聞かされて、焔・楓(
ja7214)が登場する。
「何かいってるけど、面白ければよし」と気にしてはいない。
「とにかくいっぱい食べるのだ! 寒くてもタダで食べられるならー」
天真爛漫な感じで楓はいう。
その性格に白スク、ひらがなで「かえで」と書かれた名札は強烈である。数人の観客がテンションメーターを振りきって退場処分を喰らっていた。
頑張るぞーと手を上げながら席へと向かう。
楓と対照的に神妙な面持ちで出てきたのは、雫(
ja1894)だ。
水着着用を見逃した彼女は、貸し与えられたスクール水着を着せられていた。
背中を隠すように薄手のパーカーを貸し付けられている。
「この日のため、彼女は水垢離を行い身も心も清めてきたのです!」
強く発表される修行風景に、「炬燵で蜜柑を食べて見も心も堕落した状態でしたよ」 と眉をひそめる。
「大体、水着着用だと知っていたら遊び半分でも参加なんかしませんでした」という言葉は観客の声にかき消された。
つべなく見渡せば、観客の殆どはフィルグリントらに向いている。
「参加者の殆どが同性でスタイルの良い人ばかりだから、私に注目が来なくって助かりました」
そうだろうかというアキハの疑問は口にされない。
注目されなくてよかったと思う反面、複雑な気持ちであったという。
最後に登場した玉置 雪子(
jb8344)は自信満々に、胸を張って出てきた。
「最後は、美少女氷天使、雪子だ! 我こそ氷結系最強と自称しているぞ!」
「こんな寒さなんてHEAD-CHA-LAですしおすし」
水着を慌てて用意したため、学校指定の競泳用である。
すらりと周りを見渡して、一言。
「うーん、スク水とスク水でスク水が被ってしまったぞ」
いささか目立てていないことに、不満を感じつつ、
「この中で誰が一番氷が似合うのかは確定的に明らか。もうすでに勝負は決しているのだよ」
大言壮語、はたして、有言実行となるのか注目である。
「以上、女王と8名のチャレンジャーで大会は行われます!」
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「いただきまーす。冬のかき氷は冷たいけど美味しいのだ」
ごきげんな楓の声で、戦いの火蓋は切って落とされた。
この面子の中で、平均的な速さで食べるのは、雫だ。
「雪山遭難時の雪を食べる知識がこんな所役に立つとは……」
口の中で溶かして飲み込み、頭痛と体温低下を防ぎつつかき氷を消化していく。
その隣では千織が、ギョッとする程のシロップと練乳をかけ、
「うん、ちょうどいいです」とシャクシャクしていた。
見ている方の口が、甘さでベタつきそうである。
シロップといえば、アイリスは冷えた生姜入り紅茶を代わりに使っていた。
氷を溶かす温度でなければよいと、許可を得ていた。
「多めにかけて、少し溶かして……」
少しでも体温が下がらないように、アイリスも工夫していた。
この辺りが標準ペース。
少し遅れる形で、フィルグリントが温かいお茶を飲みつつ追いかける。
フィルグリントよりゆっくりと、楽しむように食べていたのが湊である。
だが、時折視線を上げては顔を真赤にして、ペースを上げて食べたりする。
「おや、どうされました? 恥ずかしいんですか?」
にやつきが反映された語調で、アキハがつつく。
「べ、別に恥ずかしいからってわけじゃないで……」
慌てふためく言葉が途切れ、湊は頭を抑える。
キタのだろうなぁ、とその姿をみた誰もが思ったという。
やや速いペースなのが、レフニーと雪子だ。
レフニーは召喚したもふもふ狐を抱きかかえ、かき氷をシャクっていた。
「元は水ですし、あまり腹には溜らないんジャマイカ?」
そんなことをいう雪子は、普段少食な方である。
水っ腹なんて言葉は知らないことにした。
「熱い液体をかけたり、カイロを使って溶かすのはNGですー」
「ルールにそんなこと書いてないですよね?」
「かき氷じゃなくなるでしょ、常考」
アキハより先に雪子が、ツッコミを飛ばす。
レフニーがむっとした顔で、雪子を見やる。
なにか起きそうな、予感がする中。
「あや、あのおねーさん食べるの早いー。真似したらあたしも早く食べられるかな? かな?」
楓の視線の先、ガーッとかき混ぜて流し込むクーフェの姿があった。
無邪気にも楓は、その方法を真似し始めるのだった。
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折り返し地点、5分が過ぎた頃。
ほとんどの参加者は、10杯を食べきったところだった。やや早いクーフェがそれより多く、逆に湊は10杯に至っていない。
そんな中、不意に細かな氷晶が舞い散った。
「おーっと、これはどうしたことか。急に気温が下がり始めたぞ!?」
ぐっと冷える気温の中、デリケートなクーフェのペースがまず落ち始めた。
隣にいた雫が、できるだけ目立たぬよう魍魎の形を成したアウルを放出していた。
鬼気迫る様子が、まさしく体現されていた。観客にどよめきが奔る。
「……冷静になると、私は何をムキになっているのでしょうか?」
自己分析をすると、かなり凹みそうになる。だが、この気温降下は明らかに参加者の妨害。
それに屈する訳にはいかないと、気持ちを切り替える。
「暑いのに比べたら、全然マシだよ……」
一方で動じないのが、湊だ。平然と美味しそうに様々な味のかき氷を楽しむ。
だが、元々ペースが遅いので勝敗は見えている。
フィルグリントも自身のペースを守っていたが、この寒気には敵わない。
「あぁ、南国へ行きたかったです」
一口食べる度に、走馬灯のように旅行の話を零す。
かき氷より、温かい飲み物を飲む量のほうが明らかに増えていた。
ペースを崩さないようにしながら、アイリスは周りを観察していた。
この温度下降は明らかにおかしい。
手を遅らせないよう心がけ、観察眼をめぐらす。
「見せてもらおうか、氷結の大食い女王の性能とやらを!」
雪子が盛大に叫んでいるので、すぐに当たりはついた。
ちなみに指名されたクーフェは、勝手に付けられた二つ名であり、氷結キャラではない。
死にたいである。
「……」
「これで勝つる!」とクーフェの様子に、雪子は意気揚々。
アイリスは、深淵の瞳で雪子を見やる。
深い瑠璃色に染まった瞳から、放たれる呪縛が雪子を襲う。
「おお、こわいこわい。当たらなければどうということはないのです」
反撃の気配を感じた雪子は、呪縛を振り払う。
止むことのない氷晶の隙間、別の角度から大剣が振るわれた。
「これ以上温度を下げると、怒りますよ?」
レフニーだ。
抵抗が高いとっても、熱源が奪われるとさすがに辛い。
何より観客の体調も気がかりであった。
「この妨害は早くも終了ですね」
スラリと認め、気温が戻っていく。
だが、代わりに雪子を中心に吹雪が吹き荒れた。だが、寒くはならない。
確定的明らかに雪子が擬似吹雪を放っているのである。
「こんなの早食い大会じゃないわ。パフォーマンス大会よ!」
自分で言うのが雪子流なのか。
アイリスとレフニーの席は、雪子から近いため、妨害の影響をもろに受けていた。
ギリギリと険悪な雰囲気が、見えないけれど、肌で感じられた。
「んー、溶かして飲むかなぁ」
こんな騒動の中、千織は宇治金時をアンコたっぷりの冷やしぜんざいにしつつあった。
楓は相変わらず、クーフェの真似をしながらヒョイパクっと食べ続けていた。
「なんかすごいことになってきたのだー」
擬似吹雪に暢気なものであるが、さすがに司会のアキハが動いた。
判決は、観客の楽しみを奪うこと許すべからず、ということで擬似吹雪は解かれるのだった。
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残り1分を切り、各参加者はラストスパートに入っていく。
一貫してのんびりペースな湊は、視界が晴れたことでやはり顔を赤くしていた。
もはや優勝はないが、最後まで食べきろうとしている姿には好感が持てる。
「次の味は……」
冬のかき氷をここまで満喫しているのは、千織をおいて他にないだろう。
飽きがくる度に味を変え、のらりくらりと楽しんでいた。
優勝も狙ってはいたが、二の次でもあり、今はひたすら舌鼓を打つ。
フィルグリントは途中、何度か手が止まったために上位から脱落していた。
今は、温かい紅茶で身体を暖めながら少しずつ成績を伸ばしている。
「これが孔明の罠!」
叫びながら必死に追いすがるのは雪子である。
妨害騒動の結果、食べる手が止まっていたので、出遅れてしまった。
「自業自得ですよね」
「すっかり巻き込まれてしまいました」
雪子と同じく、妨害騒動の果てにやや手が遅れたレフニーも猛追をかける。
氷なんぞで腹を下すワケがないと、強気なレフニーは爆進するも、頭痛には勝てないのか温かい紅茶を手に取る。
一方、反撃こそしたアイリスは観察モードに戻っていた。
必死になる面々を静かに眺めていた。
「日常とはいいものだ」
果たして、必死の形相でかき氷を冬に食べるのが日常かは、疑問である。
「此処まで来たら意地です。持てる知識とスキルを使用して勝ち抜いてみせます」
雫を筆頭に、デッドヒートが繰り広げられるのであった。
「はい、終了でーす。現時点で食べきったグラスを確認しますので、スプーンを置いてください」
間延びした声でアキハが合図する。
疲弊しきった者は、暖かさを求めてパーカーやカイロを探す。
満足したものも、暖かさを求めてさまよっていた。湊と雪子は平然とした感じであるが、特殊な部類であろう。
「集計が終わりました」と告げられ、優勝レースに与していた者の表情が変わる。
一息置いて告げられた名前は――。
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「楓さんなら風呂に行きましたよ」
表彰式をやる段階になって、千織が告げる。
優勝こそ逃したものの、甘々なかき氷を存分に食べられ、満足した顔であった。
楓を探していたアキハは、雫に向き直る。
「では、雫さん。一人で」
「……」
雫は、優勝という二文字に複雑な心境を抱いていた。
後ろでは、膝を折って崩れているレフニーと雪子の姿が見える。
千織は早くも暖かい甘味を求めて、この場を去っていた。
フィルグリントはフラグが成立したらしく、この場にいない。お察しください。
「いい勝負だったよね〜。次はアイスクリームでやりませんか?」
「しばらく……いいです」
にこにこと平然とした湊が、クーフェにそんな提案をしていた。クーフェは机に顔を突っ伏していた。
もはや、大会の雰囲気からフェードアウトしている。
「仕方が……ないですね」
渋々、雫は承諾し表彰台に登った。
アキハからは、雫とともに楓も優勝している旨が告げられる。
盛大な歓声が上げられるのは、ノリがいい学園生ならではというところか。
「では、第二回があるとしたら、出場していただけますか」という最後の質問には、
「水着着用でなければ、考えます」と答える雫なのであった。