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トンネルを抜けると、そこはキノコ王国だった。
そんな見出しで始めたいほどに、某県にあるその村はキノコづくしである。
「ふむ。噂に違わ、ず、茸だらけだ、な」
目の前に広がるキノコな光景に、仄(
jb4785)は唸る。
「建物が、茸型……なかなか、ファンシー、だな」
「別にキノコをアピールするのは良いんだけど、これで企画がコケたらえらいことになるね」
ファンシーかどうかはさておき、かなり投資しているのは間違いない。
そうなれば、ますます、今回のマスコットキャラの件は重大だ。アサニエル(
jb5431)はそんなことを思いながら、デジカメで写真を撮る。
「ハル、の閉じ込められていた、土牢……にも、雨、の多い季節になる……と。何だかきのこ、が……生えて………よ」
ぽつぽつと語るのはハル(
jb9524)だ。
外の情景をどこか興味深けに眺めている。
「それにしても……きのこ人間」
「実物はどうなんでしょうね」
写真でも気持ち悪さがにじみ出ていたのだ。思い出すハルと華子=マーヴェリック(
jc0898)は、まだ見ぬそれに思いを馳せる。
「ふむ、キノコ狩りか。しかも食と討伐の二つの意味で……だぞ。これはなかなか味わえるものではない。なあ、まゆ?」
「そうかもしれませんね」
築田多紀(
jb9792)の問いかけに、藤宮真悠(
jb9403)は優しく答える。
その傍らには巨大なえりんぎ型のマスコットが鎮座していた。
これ自体が記事になりそうな絵面ではある。
「マッチョなキノコ人間ですか……。やっぱりマスコットキャラって可愛い方がいいと思うのです……。ねえ多紀ちゃん?」
そうこうしている間にも、村長らしき人物の姿が見えてきた。
大きく手を降って手招く傍らには、疲れきった様子の新谷新の姿があった。
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「……まぁ、好みと言うのは人それぞれ違うものですから」
クレメント(
jb9842)は村長から距離をとって、愚痴る新をそうなだめた。
クレメントたちが到着するまでの間、熱を入れてキノコ人間マスコット計画を進めようとする村長を新は食い止めていたのだった。
「村長、の、茸にかける、思い……仄、にも分か、る、気がする、ぞ」
前方では皆を誘導する村長の熱弁を、仄だけが熱心に聞いていた。
ほかは適当に聞き流していた。
「わあ、空気おいしいなあ。まゆ、見てみろ。早速キノコだ。村長! これは食べれるのか」
さすがはキノコが売りなだけのことはある。
多紀は早速、まるっとしたキノコを見つけていた。
もちろん、と村長は言う。
「あとでたっぷりとキノコ狩りを堪能してください。まずは……ほら、あれこそが」
「……ん。あれ、か」
先を行く村長と仄の目に、筋肉モリモリマッチョマンなキノコが群れている光景が飛び込んできた。UMAの類に入るであろう見た目であることは間違いない。
早速、仄はUMA遭遇的邪念を振り払い、接近を狙う。
「そういえば、マタンゴって映画があったね……」
と微妙な表情のアサニエルたちを尻目に村長は、興奮気味にいざゆかんと鼻息を荒くする。
クレメントが落ち着かせるべく、キノコ人間の有害さについて説く。決して相容れぬ存在であり、むしろ危険なのだと滔々と述べ、
「毒キノコのようなものですよ、アレは」
強めにクレメントはいう。だが、村長は聞き入れない。あれこそが私が求めていたものだといって聞かないのだ。
「モチワルイ……。何だか……頭と身体のバランスが……?」
ハルにいたっては真逆の反応なのだが、村長の目には入らないらしい。
そのまま突撃しかねない村長に、真悠がスッと近寄る。
「おやすみなさい」
魂縛符を叩き込むと、即座に大人しくなった。
寝息を立てて眠る村長を邪魔にならない位置に寝かせ、改めてキノコ人間に向き直る。
「さて、これで気兼ねなく戦えますね」
「それでは、いこうか」
多紀も白紙の絵本を開き、対峙する。
その前に、とアサニエルは遠方からキノコ人間をズーム撮影した。
つぶらな瞳がばっちりと記録される。
「うぅ、近づかないといけないですよね?」
恐る恐るという風に、華子も距離を詰めていく。
潜行し先行していた仄は、魅力的なつぶらな瞳の尊顔を思う存分、カメラに収め満足していた。見ていて楽しく、
「茸、成分を、頂く、ぞ」
食べて美味しいキノコ人間へと、吸魂符を投げつける。
命中したキノコ人間は、マンドラゴラにも負けない叫び声を上げた。
いい声でなくと思ったのは仄のみ、これを合図により険しい顔つきになった討伐組がなだれ込んできた。
まずは一発、林の間を抜ける形でクレメントがコメットを放つ。合わせるようにアサニエルもコメットを行使したものだから、キノコ人間はたまったものではない。
雪崩れ込んできた無数の彗星に、キノコ人間は右往左往。逃さぬように、真悠と華子が炸裂符を投げ込む。
「そっちに行きましたよ!」
「わわわ、来ないでください〜」
ヌメッとしたカラダが迫ってきて、華子は必死に逃げながら炸裂符を使った。
一度、二度と小さな爆発が起き、キノコ人間たちは傷つき倒れていく。
仲間の屍を越えていくように、わらわらと湧き出てきた。
「皆マスクをしろ。胞子が来るかもしれない。が、出される前に倒す」
仲間にそう告げた多紀は、すっと目を細めて絵本から光弾を発生させた。
「逃げ場などないのだ」
漏れないように、狙いをつけて光弾を放っていく。
ピギィと声を上げて、キノコ人間は地面に崩れていった。
中には乱れ撃ちをかいくぐり接近を図るものもいる。両腕をぐわっと広げ、締め付けようと迫っていた。
「抱擁は遠慮願いたいですね」
突進してくるキノコ人間を槍で丁寧に捌き、屠っていく。
「こっち……こないで」
やんわりと拒絶しながら、ハルは聖なる鎖を紡いでキノコ人間たちを縛り上げていく。
つぶらな瞳がやや見開かれ、恍惚とした表情のようにも見えるのが、より気持ち悪さを誘う。
一定距離を保ったまま、アウルでつくりだしたナイフを投擲する。
狙うのは、人間でも鍛えられない急所だった。いわんや、キノコ人間。
「うん……効いてる」
ハルの攻撃になすすべなく、キノコ人間は山となる。
「そろそろ終わりだろうね」
アサニエルが見渡せば、ほぼほぼキノコ人間は狩り尽くされていた。
つつがなく符から光弾を放ち、キノコ人間を追いやる。視線をめぐらした先では、華子がキノコ人間に追い回されていた。
キャーキャー声を上げて逃げる華子を、面白がるようにキノコ人間は追いかけていた。
初依頼ということで意気込みもあった華子、とりあえず後方に向けて炸裂符を投げつける。一体、二体と小爆発にぶち当たっては脱落していく。
「キャーき……ゃ?」
紅葉を踏み散らかす足音が途切れ、振り返れば点々と転がるマッチョな体。
気がつけば、最後のキノコ人間もふらふらと木に背中を預けて崩れ落ちていた。
そして、真っ白に燃え尽きた。
「終わりましたね。大丈夫ですか?」
気遣うように、真悠が声をかける。
戦いの緊張が途切れ、華子は座り込むと深く安堵の息をついた。
「はい、大丈夫です」
アサニエルに回復を受けながら、ふにゃっと笑みを浮かべるのだった。
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アサニエルが上空からひと通り確認し、村長が目覚める前にキノコ人間たちは処理に回されていった。
「それじゃあ、今からは楽しんでもらうッスよ」
新の宣言通り、キノコ狩りからキノコづくしまでのスケジュールが告げられる。
再び山へ分け入る頃には、村長も復活していた。彼を説得する時間は、キノコ狩りの後に設けられている。まずは、楽しむまでだ。
「やはり空気が美味しいな、まゆ」
「そうですね。やっぱり、この空気にキノコ人間はふさわしくないです」
キノコを摘み取りながら、真悠と多紀はこの後のことも話していた。
件の村長に目をやれば、仄に対して熱心にキノコ人間の素晴らしさを説いていた。
「村長、の、茸にかけ、る、情熱は素晴し、い、からな」
すでに仄は、キノコ人間推しなのであった。
「村長、とは、気、が、合う、な」
「いやはや、あなたのような理解者がいて、嬉しく思います」
なお、仄が村長の話ばかりを熱心に聞いているのは、キノコ狩りが面倒だからである。もちろん、情報収集という意味合いも含まれている……はず。
「愛が深いですね」
キノコ狩りの傍ら、クレメントは漏れ聞こえてくる村長と仄の会話を耳にしていた。
倒してしまった責任がある以上、愛する人の話にも耳を傾けておこうという考えからだった。もっとも、仄が十二分に役目を担っているのだが。
「お、良くここまで育ったもんだねぇ。まぁ、あたしに見つかったからにはもう終わりだけど」
その側で、アサニエルはまるっとしたキノコをもぎ取って嬉しそうにしていた。
キノコで村おこしを狙っているだけのことはあって、大きさも量も楽しむには十分すぎるほどにあった。
「私も負けてられませんね」と密かな闘志を燃やしつつ、クレメントもキノコ狩りに興じていく。
一方で、
「これは食べられるのでしょうか?」と華子のように、慎重にガイドに確認しながら採るものもいた。これはこれで、正しいキノコ狩りの姿勢である。
「ほら、あの赤いのとか、黄色いのとか、水玉のとか……綺麗だもん」
ハルは独自基準によって色鮮やかで美味しそうなキノコを選びとっていった。
きっと、美味しいはずと意気込んで採ったハルのキノコであったが……。
「って、アレ? ハルが採ったきのこ……全部、ポイされちゃってる……。何でだろ」
職員による確認で、全て弾かれていくのを目のあたりにするのだった。
楽しい時間は早く過ぎ、しばし小休止……もとい、説得タイムが近づいていた。
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「村長様、ちょっとよろしいでしょうか?」
ぐっと気合を入れ、華子は村長を呼び出した。
何でしょうかという村長に、マスコットキャラのことだと告げる。案の定、キノコ人間にすると主張する村長をまずは落ち着かせる。
「きのこ人間、はキモチワルイから……却下」
「やっぱりマッチョだし可愛くない! こんなのがマスコットキャラになったら村はきっと滅びますっ!」
静かにハルが却下を告げ、真悠がずいっと反対意見を述べる。
食い下がろうとする村長を手で制し、何故か村長側に立っていた仄が口を開いた。
「茸人間、では、駄目なの、か?」
「まだ……きのこから、手足、が生えてた方が……マシ、かな」
「マッチョなのはダメだろう」
ハルと多紀が速やかに反論するのを、仄が「しかし」と遮る。
「これ以上、茸、で、茸、らしい、茸、は、適役が居な、い、だろう。マスコット、は、茸人間、以上で、も、以下で、も、ない」
「そのとおりですよ!」
ぐっと両拳を握りしめ、村長も増長する。
デジカメの画面を見せながら、仄はさらに語る。危 垂氷(
jc0826)も頷いていた
「実際の、写真もある、しな。これを、見せれ、ば、村民、も、納得する、だろう」
このマッチョさが、キノコな村のファンシーさにちょうどよいアクセントになるはずだと主張する。が、それはアサニエルによって打ち崩された。
「写真ね……何人かに送ってみたが」
新谷新を始め、その返事は芳しくなかった。
返事をありのままで伝えていき、
「はっきり言って、世間的に受けないモノを出しても村がつぶれるさね」
バシッと一撃を叩き込む。
某裁判ゲームで証拠を見せられた承認のごとく、動揺を見せた村長に
「元が冥魔は、縁起物ではないですよ」
ぽそっと真悠が告げたのが、トドメになった。
仄はいまだ抵抗を続けていたが、新によって別室に連れて行かれた。ダメならばUMAにキノコの被り物を……という声が聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだ。
「では、提案します」
華子が用意したのは、村の若い女の子を使った萌える五人組ことキノコ5だ。
明るく元気な体育会系女子のしいたけ、真面目な理数系女子のしめじ、無口眼鏡っこの文学少女まいたけ、おバカな帰国子女系女子なえりんぎ、そしてツンデレ系な毒キノコの5人娘である。
渋面を作る村長に、多紀がすかさずフォローを入れる。
「村長、今はゆるキャラというものがあってな。この街では、リアルでない熊をマスコットにして繁栄している。我が寮のエリンギくんも良い例だ。こんなに癒される存在はないぞ」
真悠の隣でエリンギくんが立っていた。なるほど、こういうのもあるのかという表情で村長はしげしげとエリンギくんを眺める。
この段階に至っては、村人数名も代表者として議論に参加していた。
おずおずとその中の一人が意見を述べる。
「毒キノコはちょっと……」
これについては、すでに用意していた対案をクレメントがぶつける。
高飛車ツンデレキャラのえのき茸を用意し、設定のみのひきこもりキャラにすればどうかというものだ。触れなければ毒キノコも怖い存在ではない。
「なるほど」とその村民は納得したが、別のものが手を上げた。
「萌えは、村に合わぬ」
それについてはハルが代案を出す。村の動物に、キノコの被り物をかぶせた姿のゆるキャラにすることで納得してもらえた。
「よし、すぐに実行に移そう」
村民たちが出て行ったのと入れ替わりに、香ばしい匂いが部屋の中に入ってきた。
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「一仕事終えた後の食事はいいなあ。いや、空気や環境も良いおかげだろうが、繁栄するといいな」
多紀は、並べられたきのこ料理に舌鼓を打っていた。
楽しみにしていた料理はどれも美味しく、隣にいる真悠も満面の笑みを作っていた。
「この後、少し散策しません?」
見て回っても楽しそうな村だ。真悠は多紀にそう提案するのだった。
仄はマスコットがキノコ人間にならなかった不満を食にぶつけていた。
元来、好きな和食が中心なのだ。いくらでも食べられる気がした。
「炊き込みご飯は、お焦げが美味しいとうかがいました」
何気なくクレメントがそういったものだから、仄はスッとおこげを奪いにかかる。そこへ華子が割り込んでいく。
「私も、おこげ食べてみたいです」
「譲れ、ない、こと、も、ある」
睨み合っている隙間から、クレメントとアサニエルがスッとおこげ部分をもらっていた。
一方で、ハルはキョロキョロと見渡しながら、
「やっぱり、ハルが採ったキノコ……ない」
しゅんとしょげていた。
しかし、一口食べれば頷きながら箸が進む。
芳醇な香りに包まれ、味の染みたご飯が上手い。焼きキノコに、茶碗蒸し……数多ある食事に舌鼓をうつ面々の様子は、グルメ記事にぴったりだった。
「いいッスよ。これが今回求めていた表情ッス!」
新は、写真に収めてペンを走らせる。
今回の新聞の見出しはこうだ。
キノコ満喫村 愛らしい動物マスコットきのこ5爆誕!
写真には、食事を満喫する面々の姿がおさめられているのだった。