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久遠ヶ原学園にある繁華街の一つ。
夕方のにぎわいを見せる通りを、ヴァルヌス・ノーチェ(
jc0590)は歩いていた。
クォーンとガハァーラをおびき出すべく、ノーチェは囮役を担っていた。
この奇異なマスコットたちは、新入生っぽい女子を狙っている。
ノーチェは、男である。
ゆるめの銀髪に、くりっとした碧眼。
端正というよりは、可愛らしい顔立ちだ。
半ズボンに、白のハイソックスがよく似合う。
だが、男だ。
もっとも、繁華街を離れ、暗がりの路地へ入れば見分けはつかないだろう。
それぐらい、可愛いらしい。
だが、中身は男らしく、囮役を自らノーチェはかってでた。
ノーチェはちらりと後ろを見る。
やや距離をとって、マルゴット・ツヴァイク(
jc0646)が歩いていた。
雪室 チルル(
ja0220)が並んで歩いていた。
どちらも、一人で歩いていれば狙われそうである。
「相手が人間でも……平和を乱すなら、成敗する……」
マルゴットは、静かに周囲を観察していた。
怪しい二人組がいないか。すでに狙いをつけている様子はないか。
じっくりと見渡す。
「見つけたら、あたいがとっちめてやるんだから!」
その横で、チルルがグッと決意を固めていた。光纏が溢れそうになったのを慌てて抑える。
チルルは手元の地図とノーチェの行く先を確認していた。
「もうすぐ、路地へ入るね」
手分けして目撃情報を集めチェックした地図だった。
距離を保ちながら、ノーチェを二人は追いかける。
「ゆるきゃら……ではないよね」
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)は一仕事を終えた顔で、資料を確認しなおしていた。
囮役のノーチェを視界から逃さないように、注意しつつ、目を落とす。
目撃者の証言をまとめ、描かれたイラストはまさしく奇妙奇天烈だ。
(こんな着ぐるみ……隠しておいたって相当場所とるだろうしなぁ)
ましてや、ターゲットを見定めてこの格好で移動しているわけだ。
目立たないほうがおかしいとすら思える。
魔装の類として作った可能性も視野に入れなければならない。
(とはいえ、先生に確認するのは万一のときだね)
もしものときは、監視カメラの映像も探さなければならないだろう。
視線を動かし、そういったものがないかも注意して、ジェラルドは歩いて行った。
今回の依頼を思い返し、鑑夜 翠月(
jb0681)は憤っていた。
仲間になるべくして入学してくれた、新入生を犯人は狙っていた。
たとえ、犯人がただの悪ふざけだと思っていたとしても、被害者の受けた精神的ダメージは如何程のものか。
「これ以上の被害は出させませんよ」
そう決意を固め、尾行を続ける。
今のところ、怪しい人影は見受けられない。
ふざけた格好に、ふざけた行為をした連中ではあるが、実力は未知数だ。
どのようにして、ターゲットを決めているのか。
どれほどの実力があるのか。
衝撃波を放つ以外に、何かあるかもしれない。
翠月は、油断しないようゆったりとした様子で物陰から姿を出す。
そろそろノーチェが路地を曲がろうとしていた。
ここは学園内にあるビルの一つ。その屋上である。
「なるほどね、だいたいあの辺が怪しいですね」
チルルが見ていたのと同じ地図を佐藤 としお(
ja2489)は、確認していた。
地図から目を離して、フェンスに腕を置く。
アウルを目に集中させることで、遠方を見定める。
消えたとされる方向には、小さな建物が点在していた。その何処かがアジトの可能性がある。
建物群からスッと目を引き、出没するという路地を通って、ノーチェに視線を移す。
悪戯ばかりするようなゆるキャラは、ゆるキャラにあらず。
もっとも、見てくれすらゆるキャラではないのである。
「おっと、あの着ぐるみは……」
スキルの効果が切れる直前、としおの目には「着ぐるみ喫茶オープン」の文字が飛び込んでいた。
大谷 知夏(
ja0041)は使命に燃えていた。
着ぐるみを悪行に利用する不届きな輩がいるらしい。
「着ぐるみで悪行に走るとは、許せないっすよ! 絶対に成敗するっす!」
囮役を決めるときにも、一際、気合が入っていた。
今、知夏は愛用のうさぎの着ぐるみを纏っていた。
さながら、着ぐるみの正義を守る使者といったところか。
「ボコボコのめちゃめちゃのぐちゃぐちゃにしてやるっすよ!」
そこまで語っていた知夏は、あるものを準備していた。
接着剤である。用途については、多くは語るまい。
「着ぐるみ喫茶っすよ〜! 開店予定っす〜!」
偽宣伝をうつことでごまかしながら、ノーチェを追う。
路地に差し掛かろうとした時、マルゴットが何かに気づいた様子が見えた。
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ノーチェが路地を曲がろうとした時、スマホが震えた。
サッと内容を確認すると、マルゴットからの連絡だった。
「……怪しい……人たちが……ノーチェ追い越した」
そして、二人組だという彼らは「ターゲット決定」「先回りだな」と話していたという。
としおからもメールが届いていた。
こちらも行く手に怪しい影が近づいてきているのだという。
目立たないよう潜行しているらしく、どこで現れるかまでは定かで無いという。
ただ、獲物がかかったことだけがわかった。
ぽやっと歩いていたノーチェに緊張が走る。
(大丈夫、変質者なんて怖くない……! 皆が来てくれているもん……!)
心を奮い立たせるが、繁華街から少しそれただけで周囲の明るさが目減りしていた。
見るからに暗い路地を、街灯の光が頼りなく照らす。
「……」
無言で後ろをチラリと気にする。
時刻は、黄昏時。
どれだけの距離離れているのかはわからないが、濃い影に紛れて、仲間の存在がわからない。
(あれ? 皆ちゃんと、来てる……よね?)
演技ではない不安な表情が、ありありとにじみ出ていた。
囮役としては、ある意味正しい。
黄昏とは、逢魔が時とも呼ばれる。
魑魅魍魎に出会いやすいのである。ましてや、変質者には気をつける必要性があろう。
「ひっ」と短くノーチェが悲鳴を上げた。
魑魅魍魎、もとい、奇抜な着ぐるみが姿を見せたのだ。
ネズミやら馬やら植物とすら呼べそうな、異様な姿である。
死んだ魚の目で、まっすぐにノーチェを見つめる。
「あ……あのっ、えと、通してもらえますか?」
囮役という使命を忘れ、ノーチェは怯えていた。
しかも、クォーンとガハァーラは会話を成立させる気がないらしい。
何とか会話を先読みできるよう、意識を集中させる。
「ねぇねぇ、僕たちのこと知ってるぅ?」
「知ってますよ……! くおーんと、がはーら……ですよね」
「知ってるんだぁ! うれしぃなぁ!」とはしゃぐ二匹。
「何が目的でこんなことを……」
「ピーアルだよぉ! かわいい女の子に知ってもらいたいんだぁ」
「気持ちは少しわかりますけど、でもこんなやり方、ゆ、許されませんよ!」
とここで、二匹の言葉に気づく。
「…って、ボクは男だァぁあ!?」
憤ったところで、メールの送信ボタンを押した。
それが、合図だ。
「クォーーーン!?」
クォーンの悲鳴とともに、銃声が響く。
姿を現したマルゴットが、すぐさま引き金を引いたのだ。
特殊な形で練りこまれたアウルが、相手の居場所をわからせる……はずだった。
そこに残されていたのは、一枚のスクールジャケット。
「……速い……でも、まだ」
二発目を狙う間に、チルルらも飛び込む。
気配を察知したノーチェがするりと入れ替わりで、下がる。
「今度はあんた達が驚く番よ! 先手必勝!」
吹雪のように白く輝くエネルギーが放出され、二匹の着ぐるみに襲いかかる。
さすがは撃退士の端くれか、一部を掠めさせながら逃げる余力は残していた。
「逃さないよ」
その行く手を遮るようにジェラルドと翠月が姿を現す。
同時に追いついた知夏が叫ぶ。
「着ぐるみの捌きを受けるっす!」
ババンと、巨大なウサギがアウルによって形成、その目が周囲を照らしだす。
いきなりの明るさに、顔部分を隠すような仕草を見せるのは、刑事ドラマの犯人のようだ。
「完全に包囲されてるっすよ!」
「少し悪戯が過ぎましたね。お仕置きの時間みたいですよ?」
これには、強気を見せるノーチェであった。
「かくなるうぇわぁ〜!」
「強行突破だよぉ!」
狭まる包囲網に、二匹は唐突に動き出した。
銃口を向けていたマルゴットに強行突破を仕掛けたのだ。
路地のコンクリート壁を着ぐるみのまま駆けると、目の前に降り立つ。
「ひっ……」
急接近され、思わずマルゴットは視線をそらす。
だが、引き金は引けていた。
「痛いよぉ。痛ぃクォーーーーーン!!」
「そうだぉよ。何するガハァーーーーラァ」とお返しに超音波を放つ。
短い悲鳴を上げ、耳をふさいで蹲ったのに溜飲を下げた二匹はさらに逃げる。
翠月が、魔導書を開き胡蝶を飛ばす。
必死な二人は胡蝶を何とか振り払って、駆けて行った。
その背中をマルゴットは涙目で睨めつけていた。
とはいえ、ある程度動かれるのは想定済みだ。
アジトであろう方向の目処はついていた。
「追跡中。予想通りの方向だな」
としおの声を受け、追うジェラルドは笑みを浮かべていた。
「そうそう、そっちそっち」
ジェラルドは、獲物が罠にかかるのを見ている目をしていた。
「クォン!?」と驚きの声を上げて、二匹は立ち止まる。
先にジェラルドが仕掛けた、バリケードに行き着いたのだ。
ジリジリと距離を詰めながら、今度は翠月が動く。
「往生際が、悪いですよ」
四方の影から腕が現れ、二匹を絡め取ろうと蠢く。
抵抗を見せ、一匹は壁を蹴りあげて空側へ逃げることが出来た。
もう一体は影に拘束され、超音波をまき散らしていた。
「多分動きがウリなんだろうけど……ちょっと、おとなしくしてね」
超音波をかいくぐり、近づいたジェラルドが一撃見舞う。
ジェラルドの観察眼が、動きを見切る。中の人の急所を確実に叩くのだった。
「あたいから逃げられると思ったの? 甘い!」
飛び立った方は、ガハァーラだった。
だが、それを狙うべく屋根で構えていたチルルが再びエネルギーを放つ。
綺麗な白だな―と思うより早く、ガハァーラは地に落ちていた。
何とか気絶を免れたが、完全に息は切らしていた。
それでも追撃をどこに仕込んでいたのか、二枚目のジャケットを犠牲に逃れる。
「逃げ切れた」とキャラを忘れ、ガハァーラは声を出す。
アジトまであと僅か、暫く身を隠さねば。
そう思った矢先、どこかで見たウサギが目の前に現れた。
「逃すわけが、ないっすよ!」
「……追いついた……」
マルゴットにマーキングされていたなど、知る由もないだろう。
超音波の効果は知夏が回復してくれたのだ。
そして、再びウサギの灯りに目をくらませたガハァーラは隙だらけだった。
知夏がアウルで巫女服のウサギを現し、無数の御札を投げつけさせる。
「装甲の薄い部分を、狙い打つっすよ!」と知夏が物騒なことを言う間に、ガハァーラはデコレートされていた。
得意の超音波が出てこない。ひたすらに、焦りが募る。
じわりとにじり寄る知夏たちから逃げるように、塀をよじ登ろうとした……のだが。
「何とかは忘れた時にやって来るってね」
のんびりとした口調でとしおが告げる。
誰よりも早く、脚力を上昇させて先回りしていたのだ。
影のごとく、隠密のごとく現れたとしおに驚く間も与えられはしない。
着ぐるみの中で、髪に縛られる幻惑に襲われるのだった。
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目を覚ました時、二匹は着ぐるみのままであった。
「とりあえず、学園中を引き回してから、切腹でもして貰うっすかね?」
物騒な声が聞こえてくる。
気絶したフリをして、着ぐるみからの脱出を図ろうとした。
「暫くは脱げませんよ?」
気配を察知してか、翠月が声をかける。
楽しげな声色で、ジェラルドも続けて言う。
「接着剤で脱着部分を固定したからね」
「逃げられると、おもったかな?」とほほ笑みを見せた。
遡ること、十分前。
接着剤を持っていた知夏は、もっとえげつないことを提案していた。
「着ぐるみの中に投入して、脱げないようにするっす!」
さすがにそれは、ということで脱着部分を固定することになったのだった。
それを聞いた二匹は怯えを見せていた。
「お二人がしたことは、それだけ酷いことなのですよ」
厳しい口調で、翠月が告げる。隣で真に迫る様子で、ノーチェが同意を示していた。
「マスコットが相手を怖がらせちゃだめなんだから!」
「そういうわけで、何か罰を与えないと行けないよね」
チルルやジェラルドも二匹を囲う。
「二十四時間四六時中、着ぐるみを纏って、着ぐるみで悪行に走った事を、反省するっすよ!」
久遠ヶ原学園のとあるラーメン屋。
窓際のカウンター席で、としおがラーメンを啜っていた。
仕事帰りの一杯というのは美味しいものだ。ラーメン屋の窓越しに、二つの奇妙な影が見えた。
「いたずらしてごめんなさい」と書かれた紙を貼られた、クォーンとガハァーラだ。
社会奉仕活動として、着ぐるみのまま数日の清掃に従事していた。
日光の下では、狂気のデフォルメもただの間抜けだ。
「これにて一件落着、だな」
そうつぶやいて、再びラーメンに向かうのだった。
「ゆるキャラは……もっとかわいいのが、いいかな……」
二匹は、マルゴットが述べてくれた次作への要望を胸にゴミを拾う。
真摯に反省し、真のマスコットになれる日を目指して……。