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コンクリートジャングルの奥に、鬱蒼と生える一本の廃墟ビルがあった。
我々、久遠ヶ原探検隊は情報提供を受け、そのビルへと集合した。
「ふむ、突然、変異の、GORIRA、か……人の業、は、深いから、な……」
ビルを見上げながら、仄(
jb4785)は達観したようにいう。
「ま、ディアボロや言うんなら、何でも有りやけどな」
苦笑しながら、仄に被せるのは葛葉アキラ(
jb7705)だ。
アキラの言葉に、仄は「ん」と短く応える。
「ディアボロ、か。そうか……」
わかっていながら、若干がっかりしたようなリアクションである。
念のため持ってきた、デジカメ片手にビルを見直す。
「ゴリラなんかあたいの敵じゃないわ! ぺっちゃんこにしてやる!」
意気揚々と雪室 チルル(
ja0220)は、クリスタルな剣の刃先を向ける。
「ぺちゃんこ、なの、に、エストック……?」
「樽とかハンマー持ってくればよかったよ」
仄の問いに、チルルは少し悔やむよ。
戦闘前にしては、やや緩んだ空気を雫(
ja1894)がしめる。
「まだ、被害が出ていないから何も言いませんが……」
「だが、演出、も、依頼、だ」
「せや。討伐はもちろんやけどね」
それは、雫もわかっている。
小さく溜息を吐き、無骨な剣を構える。
「討伐に支障の出ない範囲で、協力しますか」
とはいえ、いつもどおりに戦いぬくだけだ。
そう思いながら、ビルの壁面を行く一行を見上げた。
「よし、着いたよ」
藍那湊(
jc0170)は小さく告げ、只野黒子(
ja0049)をそっとおろした。
五階建てのビルでも、屋上となればそれなりに高い。
それでも、下にいるチルルたちの姿は確認できた。
「屋上に敵がいなくて、安心しましたわ」
黒子がしていた対空攻撃への心配は、杞憂だったようだ。
だからといって、警戒を怠る訳にはいかない。
「まだ、静かにしているのが無難ですわね」
「突入は同時ですからね」
黒子たちの近くに、ヴァルヌス・ノーチェ(
jc0590)も降り立つ。
機械翼から放出していた緑色の粒子をおさめ、屋上内を見渡す。
「それにしても」とノーチェはおもむろにいう。
「GORIRAというより、ゴリラの惑星のほうがしっくりきそうですね」
滅亡後の地球ほどではないが、この一角の寂れようはそちらに近い。
そこへ、スタッと静馬 源一(
jb2368)がフェンス下から姿をあらわす。
壁走りを駆使して、屋上まで駆けあげてきたのだ。
「これで、揃ったでござるな」
源一は下を振り向き、合図を出す。
相手からの返事を確認すると、屋上組は扉の前で少し待つのだった。
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ここに一枚の写真がある。
禍々しい顔立ちと真っ黒い毛並みをしたGORIRAの写真だ。
明鏡止水の心でもって、仄が撮影したものである。
果敢にも我々探検隊は、このGORIRAへ戦闘を挑むのだ。
「演出が欲しいとの事ですが、見栄えの良いスキルはこれくらいしか無いですね」
雫は淡々と述べつつ、アウルを全身に循環させていく。アウルは魍魎のような形を成し、大剣は紅く光を放つ。
その紅さとは対照的に、大剣からアウルが粉雪にように待った。
色鮮やかに、爆発的な加速から放たれた一閃をゴリラは避けられない。
「確実に、倒します」
かろうじて受け止めたものの、ゴリラには手痛い一撃だった。
さらに、
「あたいの一撃もどう?」
真正面から切り込んできたチルルが、刃を振るう。
二撃を食らわされたゴリラは、二人を振り払うように腕を上げる。
咆哮とともに放たれた拳が、雫を一歩後退させた。
その咆哮を聞きつけたか、やや離れた位置にいたゴリラがぐいっと接近を狙う。
いや、接近ではない。
「逃げる!」
チルルを押しのけて、階段を目指していた。
頭部に備えていたカメラに、至近距離でゴリラの横顔が映されていた。
画面が揺れたのは、攻撃を受け止めたからだろうか。
「逃さへんで」
行く手を阻むように、アキラがワイヤーを張り巡らす。
さらには、蛇の幻影を紡いでゴリラを襲わせた。
アメノウズメノミコトの幻影を惜しみなく、背負った姿は優美。
舞い踊るように、ワイヤーを繰り広げる。
「此方、は、潜入完了、だ。今、交戦、して、いる」
屋上組へ連絡を取り、仄も攻撃を行う。
チルルや仄たちが阻霊符を使用しているため、ゴリラは透過できない。
結果、階段を目指して動いていく。
アキラめがけて、ゴリラがタックルを仕掛けていた。
「……っ!? 速っ」
避けようとするが、間に合わない。
豪腕にはねのけられ、身体がよろめく。
「大丈夫、か」
頷きながらアキラは、生命力を活性化させる。
仄も重ねて、治癒を助ける。
「あたいから、逃げられると思わないことね!」
階段に並んだゴリラたちへ、接近し吹雪のようなエネルギーの光を放つ。
一体は巻き込まれ、一体は素早く避ける。
「まず、一体」
雫の声が静かに響く。
巻き込まれたゴリラが最後に見たものは、彼女の纏う魍魎の姿だった。
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下階から連絡があった時、屋上組も潜入に成功していた。
ノーチェはロボのような悪魔の姿で、ドアを蹴破り、中へと入る。
「これで向こうから寄って来てくれれば、楽で良いんだけど」
逆に警戒して隠れられては、面倒だ。
とはいえ、黒子が先行しつつ、生命探知を行う。
フロア内の敵と思しき影を把握し、伝達する。
「5階へ潜入、壁の向こうに2体反応ありで御座る」
ボイスレコーダには、源一のそうした説明が残されていた。
一方で、湊たちも壁に残された無数の傷などに
「これは……」
「おや? 湊特派員が何かを見つけた模様!」
と写真とコメントをつけていた。
だが、ゴリラの足音がこちらへ近づくと
「ゴリラと人類の種の存続を賭けた戦いが今始まる……! って、僕は悪魔か」
ノーチェは、剣を構えた。
現れたのは一体のゴリラ。
階段の際で、魔具を構える湊とノーチェにいち早く反応した。
「茶番はこれくらいにしよう」
「うん。ノンちゃん、背中は任せたよ〜!」
「さぁここからは、僕達のステージだね」
コンクリート片を投擲し、接近を果たすゴリラに斬りかかる。
互いの動きを把握しながら、翻弄するように二人はゴリラを引きつけるのだった。
中に残ったゴリラへは、源一と黒子が対処する。
「行くでござるよ!」
無音の足取りで、部屋の中へ入った源一にゴリラが気づく。
その瞬間、源一は壁へ足をかけ部屋の中を縦横無尽に動き出した。
源一の動きをゴリラが追う。
「まずは、先制ですね」
黒子は、ゴリラの注意が逸れているのを狙い、電撃を模したパルスを放つ。
虚をつかれたゴリラは、パルスを浴び動きが止まる。
この機会を逃すわけがない。
「一気に終わらせるでござるよ」
源一は、刃を疾風をも切り裂く速度で振り下ろす。
禍々しい毛皮が裂け、肉を晒す。
追撃するように、黒子が蒼色の風刃を放つ。
「そして、最後でござる!」
返す刀で、再びゴリラを切り伏せる。
硬直が解けた時、それは、ゴリラが倒れる時となった。
「GORIRA……あなたのいるべき場所はここではない……都会ではあなたたちは生きられないんだよ!」
湊の言葉を振り払うように、ゴリラは腕を振るう。
当たれば一撃になりかねない攻撃を、湊とノーチェは位置を入れ替えながら避ける。
風のアウルを纏った二人を捉えられないまま、ゴリラは階段側へと追いやられる。
一閃、ゴリラは攻撃を避けるべく、階段に足をかけた。
「あ」
湊の目の前で、ゴリラが派手な音を掛けて落ちる。
先に仕掛けておいた板を踏んで滑り落ちたのだ。
「追いかけよう」
ノーチェに声をかけ、下階を目指したときだ。
「横です」と黒子の声が響いた。
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「悪い、が、魂を、頂く、ぞ」
仄が放った吸魂符がトドメとなり、ゴリラはその場に崩れ落ちた。
二階へと向かう階段の途中にいた、そいつをどけてフロアの確認を進める。
ゴリラとの戦闘でで受けた傷をアキラと仄が分担して癒やす。
そこで、我々が見たものは!?
「これ、は、暗号、か、何、か、だろう」
仄の目の前には、何らかの意味合ありそうな円形のマークが描かれていた。
これは、きっとGORIRAによる地球侵略の印に違いない。
というわけではなく、チルルによるクリアリングのマークだった。
「あまり汚すのは気が引けますが」
「許可はとっとるし、一応、落とせるスプレーやから」
懸念を示す雫にアキラがいう。
「次は三階ね」
意気揚々とマーキングを終えたチルルが三階への階段に足をかける。
そのとき――。
地を揺らすような、大きな音が上階から聞こえてきた。
それは、湊とノーチェが追い込んだゴリラが落ちた音だった。
追いかけた湊へ、黒子が叫んだ瞬間でもある。
「させないよ」
緑色の粒子を撒きながら、湊の横へ割り込む。
飛来したコンクリート片を剣で真っ二つに、切り開いた。
視線の先には、一匹のゴリラがいた。
「この階にある反応は、一匹だけです」
黒子の情報を聞いて、階段下をのぞく。
すでに追っていたゴリラは下へ向かってしまっていた。
「拙者たちの前から、一体逃げたでござる。しかし、新たなゴリラが拙者たちの前に現れたのでござるよ」
屋上組は、まず目の前のゴリラを倒すことに決めた。
上から降りてきたゴリラは、上がってきたチルルと鉢合わせになった。
慌ててゴリラは腕を振るう。しかし、大振りな攻撃は、軽く受け止められた。
「今度は逃さへんで」
退路をワイヤーで塞ぎながら、アキラが強力な風を巻き起こす。
ゴリラが押し込まれた隙に、チルルが肉薄する。
「あたいの目の前に来たのが、運のツキね!」
両手に集った氷結晶状のアウルがまとまり、突剣を作り出す。
一突に、ゴリラの身体を貫く。
引きぬいたと同時に、抜け殻のように身体は落ちていった。
その身体を避けて、雫も三階に至る。
「あれ、が、最後、だろう」
追いついた仄が視線を送る。
フロアの奥で、ゴリラがこちら廃棄されたドラム缶をぶん投げてきたところだった。
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黒子の雷撃のようなパルスが、奏とノーチェの間をすり抜けていく。
次の攻撃のため、コンクリート片を持ち上げたまま、ゴリラはパルスに穿たれた。
完全に動きの止まったゴリラへ、奏たちが肉薄する。
「ここは、任せてください」
ノーチェの言葉に、源一は頷くと下階へと向かった。
黒子も一撃だけ、風刃を与えて下を目指す。
「さて、改めて」
「もう一曲だね」
舞うようにして、奏とノーチェが交互に攻撃を与えていく。
ゴリラが停止状態から、やっと復帰する。
だが、時すでに遅し。
「ニューロ接続、アウル最大ッ!」
「こっちも、いくよ」
二人の動きが加速する。
両足に雷、身体に風のアウルを纏う。
疾風迅雷、全身が淡い緑色の光を帯びた。
「……これで決める!」
「うりゃー!」
ノーチェと湊は、同時にゴリラを切り払う。
動き出したゴリラは、再び倒れるのであった。
飛ばされたドラム缶を雫が裁き、隙を突いてアキラが鎌鼬を放つ。
氷の粒子を展開しながら、チルルが雫を追う。
雫が月の様な輝きを帯びた刀身を振るえば、至近距離からチルルが白いエネルギーを吹雪のように散らす。
まさしく、雪月花のような優美さがあった。
二人の光が収束すると同時に、
「最後の一体を捉えたでござる」
源一が背後から切りかかる。
多勢に無勢。
ゴリラは勇猛を奮い、三人を振り払おうと暴れまわる。
チルルたちが一瞬距離を取り、射線が開く。
時機を見ていた、黒子や仄が一斉に魔法攻撃を放った。
「最後ですね」
「コンクリート、の、ビル、に、ゴリラ、は、死す」
穿たれ、虚空を見上げたゴリラは、背中から崩れ落ちた。
動かなくなったゴリラを見下ろし、源一はボイスレコーダーに吹き込む。
「最後のGORIRAを討伐したでござる。これにて、調査終了でござる」
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改めてビル内を確認し、撃退士たちは廃墟ビルを後にした。
以下は、完全な記事ウラ話である。
黒子と雫は淡々とした報告だった。
「ご苦労ッス」
討伐出来たことには、新も安心する。
続いて借りていたカメラを返しに来た湊とノーチェを前に、新は笑みを浮かべた。
「いやぁ、いいッスね。美少女アイドルコンビは、映えるッスよ」
「あの……少女ユニットじゃなくて、僕らふたりとも健全な男子ですから……」
やんわりと湊が訂正し、
「しかも、僕は悪魔の姿でしたよ」
「それはそれで」
カメラの写真をチェックしながら、新はそういうのであった。
その写真を見ながら、アキラがいう。
「派手やろ?」
「派手ッスね」
アマノウズメノミコトのオーラは間違いなく派手だった。
「GORIRA VS」といったシリーズみたいな副題も付けられそうだ。
その傍らでは、ただのディアボロであったことに仄がまだがっかりしていた。
「次、の、記事を……と言う時は、ホラー特集でも、如何だ?」
「仄、なら、必ず買う、ぞ」と念を押す。
埋蔵金等も面白そうだと口々にいう仄に、新は苦笑を浮かべる。
「そうッスね。需要はあるッスから」
「兎も角、次の記事、にも、期待している、ぞ」
「筋金入りやね。仄ちゃんは」
アキラにもそう言われ、「当然、だ」と応える仄であった。
次に源一がボイスレコーダーを持ってくる。
その場で再生すると、逐一、源一が状況説明を入れてくれていた。
「自分の声を改めて聴くのは、少し気恥ずかしいでござるな」
「へー、そっちは声を取っていたのね」
チルルはウェブラブルカメラのデータを新に手渡す。
「この映像も臨場感たっぷりでござるな」
近接戦闘をメインにしていたため、GORIRAも画面いっぱいに映しだされていた。
「これだけあれば、いい記事が書けるッスよ」
満足した様子で、新は執筆作業を開始した。
後日、出された「あらた新報」は派手な紙面で映画風にアレンジされていた。
映像も派手な部分を上手く使って、構成されていた。
かなりのPV数を稼げ、新は満足した様子で次のネタを探すのであった……。