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自然公園は、あちらこちらから黒煙が上がり、その根元では赤々と炎が燃え盛っていた。
白蛇(
jb0889)は、召喚獣・千里翔翼の背中越しに、その光景を見ていた。
煙で視界が良好とはいえないが、その中で蠢く、巨躯な赤茶色の蛇を見逃しはしない。目をこらせば、その近くに一人の男が倒れていた。
写真でみた、磯波士郎の外見と一致した。白蛇は急降下すると共に、全員に連絡を入れる。連絡を受け、狐珀(
jb3243)は白蛇の告げた位置へと翼をはためかせる。
一方で、同じく空を駆っていた新妻碧(
jb6095)は、白蛇とは逆の方向へ向かっていた。
「燃えてるねぇ。植物がかわいそうだ」
そう呟く彼女の視界に、もう一匹の緑の蛇。そして、炎から逃げ惑う市民の姿が入った。
「一般人はっけーん、そっちは任せるよ〜」
告げながら、急降下する。やや遅れて、泡沫 合歓(
jb6042)が碧の発見した蛇を見つけ、魔道書の射程圏内で飛び止まった。危ないなら、囮になってでも、と思いながらゆっくりと深呼吸をした。
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同時に蛇が発見された。互いの距離は、微妙に近く、微妙に遠い。
そして、どちらも側に磯波士郎と市民がいる。
地上で炎を避けながら、探索していた撃退士たちは、一報を受けて自分たちの位置を確認した。
高虎 寧(
ja0416)は、磯波士郎の近くを走っていた。士郎の側へ向かうことを告げて、炎の間を素早い身のこなしですり抜けていく。
それに追随するように、森浦 萌々佳(
ja0835)と新井司(
ja6034)が士郎の下へとひた走る。彼女らが飛び出したとき、蛇の頭は、磯波士郎のほんの数メートルのところにあった。
ぐぱっと口を開き、身をうねらせて、蛇は士郎へと飛びかかろうとしていた。
空からずしりと降り立ったのは、千里翔翼だった。その身を蛇にぶつけ、突き飛ばす。だが、蛇も素早く身を翻し、咬みついた。痛撃に上がる声に、謝りながら、白蛇は千里翔翼からそっと降りた。
千里翔翼と蛇がにらみ合う。
炎の間を抜け出した寧が、すばやく手裏剣を投げ放つ。手裏剣の刃が蛇の鱗をかすり、影へと突き刺さる。
「さぁ、もう逃げられません。追いかけもさせません」
再び前進しようとした蛇が、見えない何かに引っ張られているように、全身を震わし足掻く。
そこへ、狐珀が舞い降りる。
「士郎殿じゃな。具合はどうかの? 美代殿からの依頼で救助に参ったぞ」
尻尾をあてがいながら、士郎へと告げる。尻尾が触れあった箇所が、癒やされ、意識を回復させた。
士郎は、「美代? 美代なら……」と虚ろな表情で蛇を見据える。
「美代殿なら、無事じゃ」
白蛇が続けて言葉をかけるが、士郎はうわごとのように、美代といいながら蛇へと向かおうとする。
やりとりをしている間にも、蛇は呻りながら動こうと影への抵抗を続ける。
「抑えておくわ、急いで」
司は短く告げると、蛇へと立ち向かっていく。気を高め、全身に電気を奔らせる。まるで、司が雷を纏っているかのようにすら見える。
萌々佳も「今のうちに」といいながら、半歩先を行く司に追随する。
抑えられている士郎は、なおも蛇を渇望する。
――パチン、と弾ける音が鳴った。
頬をはたかれた士郎の表情が、かたまる。
「思い詰め過ぎじゃ。あと、早まりもいい加減にせい」
喝をいれるように、白蛇がやや語気を強める。よう聞けといって、一つ咳払いをする。
「この物語の続きを作ろう、できれば幸せになるように」
表情が、ハッとなる。虚ろだった目に、生気が宿る。
この言葉は、事前に美代に聞いていたものだった。悲しい蛇と恋の物語を一緒に読んだ後、そう約束し、あーでもないこーでもないと語ったのだ。
「美代殿は、無事じゃ」
今度は、ちゃんと耳に入った。お前を助けに来たと告げると、士郎は一転、謝りながら承諾した。
千里翔翼を呼び戻し、再び騎乗する。彼を後ろにまたがらせ、しっかりと掴ませた。
そして、飛翔。
士郎を確保し退避する、との一報が、もう片方の組にも届けられる。
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「ほらほら、安全な所にいないと焼死しちゃうよ〜? カバ焼きだよ〜?」
連絡を聞き流しつつ、碧は一般人を物陰へと誘導していた。
延焼しそうな炎は、氷を生成しぶつけることで消火していく。蛇が動く気配がした。市民にも息を潜めさせ、そっと物陰からのぞくと、ずりずりと蛇は碧の側を通り過ぎていく。
その先で、藤沢薊(
ja8947)は銃を構えていた。連絡を受けて、士郎側へ行くよりも、こちらの方が早いと思ったのだ。
市民への被害は、弾丸を相殺させれば防げる、と思いつつ。
そして、そのやや左手には、合歓が翼を耀かせていた。合歓は、士郎確保の一報に胸をなで下ろしつつ、こちら側の蛇を見据える。ふぅっと息を吐いて、魔道書を開いた。翼のとは、また違った羽がひらひらと舞い散る。
狙いを見定めつつ、息を整えていく。
その眼下を、司と萌々佳が通っていった。
二人は、動きが封じられた蛇に狐珀が手を広げたのを確認すると、こちらへ駆けてきていたのだ。
だが、その動きは蛇へいたる直前で止まることになる。
蛇の腹が膨らんだように見え、空気が一瞬、吸い込まれた。
次の瞬間、轟音を立てて炎が吐き出された。
対するように炎で狙いがぶらされつつも、薊が引き金を引く。力を込めた弾丸が、蛇の鱗をわずかに削る。
悠々と方向を転換する蛇に、合歓が耀く羽を撃ち放つ。傷を付け、体液をにじみ出させる。
見た目の傷以上に、悶える蛇を見て合歓は目をこらす。羽根が一枚、弾かれることなく鱗に刺さっていた。その鱗は、緑色の中で鈍い灰色をしていた。
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安全な場所へ降り立った白蛇は、士郎を降ろすととって返そうとしていた。
先にもう一匹の召喚獣・堅鱗壁を送り出してはいたが、スマートフォンから轟音が聞こえたのだ。
「あの……」
去ろうとする白蛇に、士郎が声をかける。
「ありがとう、ございます」
一礼する士郎に白蛇は、笑って返す。
「礼を言うのは、自分の気持ちを告げた後にするのじゃ」
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鈍色の鱗が弱点です。と、全員に合歓が告げる。本格的な反撃が始まった。
先んじて戻ってきた寧が見たのは、炎の中で立ち回る、司や薊の姿だった。
合歓の言葉を受け、狙い定めた薊の弾丸は鈍色をした鱗を打ち砕く。蛇が逃れようと、尻尾を震おうとする。
寧は、燃え盛る炎を素早くかわして、蛇に手裏剣を放つ。手裏剣は、蛇の体にわずかな傷を付けつつ、影を縫い止める。動けなくなった蛇に、司が躍り出る。戦斧が、動きを高めた身体から繰り出される。白い刃が舞い、頸の鱗を穿つ。
蛇が昏倒する。
影が縛られ、動くことすらできはしない。巨体は、ただの的に成り下がったのだ。
司のわきを萌々佳が通り過ぎる。残された市民を誘導しに向かうのだ。
その際で、彼女は司に、微笑みかける。
「無茶は止めないけど、無理はしちゃダメだよ〜?」
あぁ、と短く返事をし、司は蛇を睨み付けた。
光の羽根が上空から、撃ち飛ばされ、蛇をさらに釘付ける。
加えて、堅鱗壁が蛇に対して、食らい付く。追い打ちをかけるように、碧が白いカードを鱗めがけて投げかける。彼女は、ひとしきり火を消し、逃げ道を確保すると、
「助けが来るから待っててね〜」
と告げてきていた。
そのとき、彼女たちから目視できる北側の場所に、狐珀が慌てた様子で飛び出してきた。
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少し前のこと。狐珀が、手をかざすと動きが縛られた赤茶色の蛇の周囲から砂塵が浮き立つ。
渦巻くように、鱗を傷つけながら、舞い上がる。
次の瞬間、蛇は何もできぬまま、石像となっていた。
「二体相手はしんどいからのぅ。暫く石になっておれ」
石化した蛇に、そう吐き捨てて、狐珀は飛び立った。
合流し、もう一体を倒すべく、移動していた刹那である。飛んでいた彼女の側を、炎が通り過ぎた。
振り向けば、赤い蛇が何食わぬ顔で追いかけてきていたのである。
慌てて止まり、再び、手をかざし直す。
「ええい、ちゃんと固まっておらんか!」
再び巻き起こる砂塵、そして、石化。今度こそ、と思った矢先、卵の殻を割るように石を砕いて蛇が飛び出した。
身体をくねらせる蛇の目は、自分を苦しめる狐珀に向けられる。
逃げる、狐珀。追う、蛇。
そして、彼女たちは、合歓たちから見えるところへやってくる。
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狐珀が3度目の正直を放っていたとき、司たちは猛攻を繰り広げていた。
無駄な動きしか起こさない蛇を、薊が撃ち抜き、上空からは合歓が羽根を突き刺す。やや遠くから、碧もカードを繰り出して、尻尾を切り刻む。寧の槍が側頭部の鱗に突き刺さり、動き自体が静まっていく。
全身に電気を走らせ、動きの無駄を排した、司の一撃がそこに振り下ろされる。深々と白い刃が突き刺さり、白濁とした体液がこぼれ落ちる。体液は地面をしめらせ、周囲にある植物を腐らせる。
冷静に戦斧を構え直し、息を整える。身体を巡る雷が、収束しようとしていた。
蛇もまた、視線が定まり直していた。そこへ、激昂が浴びせられる。
「堕ちろォ! くたばりなァ!」
白衣をはためかせ、それと対になるような黒さを武器に纏わす。激しい口調と厳しい形相で、薊は叫んでいた。武器に収斂した赤黒い霧が、華々しく散る。黒薔薇の花びらの中から、弾丸が穿たれる。身が弾け、体液が飛沫となって飛ぶ。
頭の側では、再び司が斧を振り下ろし、正常に戻った蛇の目を回させる。白蛇の命を受けている堅鱗壁が、追撃をかける。多くの鱗は剥がれ堕ち、身すらも削られ、死に体の蛇に数多の羽根が突き刺さり、弾ける。
合歓の一撃は、蛇を完全に沈黙させた。長い舌を出し、横たわる蛇を一瞥し、碧はもう一匹の蛇へ向かうべく、火を消し去る。
残された蛇は、三度目の石化を遂げていた。
狐珀は、闇の翼をおさめて、地上に降り立った。
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市民の避難を終えた萌々佳が、合流し、石化した蛇の周囲へと集まる。
灰色と成り果てた蛇は、どこに鈍色の鱗があるのか分かりかねた。
だが、動けないただの案山子を崩すだけなのだ、と誰もが思ったとき、ぴきりとヒビの入る音が聞こえてきた。
全員の表情に緊張が奔る。
次の瞬間、脱皮をするように蛇が石を破って飛び出した。狐珀に向かって直進しようとしたところへ、司と萌々佳が立ちふさがる。
空気の流れが変わった。蛇の身体が、にわかに膨らむ。
萌々佳は、その兆候を察すると、司を庇うように割り込み、吐き出された炎を押さえ込む。頬を煤けさせつつ、萌々佳は耐えきった。司にアイコンタクトを送る。消えかかった電を再び、全身に巡らせ、斧を打ちたてる。先の蛇と同じく、目を回させた。
寧が苦無を放ち、合歓が羽根を飛ばす。
石化を解かれ、少しご機嫌斜めの狐珀は、傍らに紫がかった狐火を作り出す。狐火は、地を駆け、蛇の炎を打ち払って喰らいつく。
牙を突き立て、全身を焦がす。じわりと、蛇の息が荒くなる。炎と同じ紫の煙が、身体から立ち上っていた。
「これならどうじゃ。毒を以て毒を制す……効いておろう?」
うなる蛇の身体を、一発の弾丸が貫く。
「憎い憎い……憎い、そうやってお前らは、にぃちゃんを襲ったんだよなァ?」
炎のように、黒霧が立ち上がり、散る。薊が引き金を引いたのだ。
昏倒する蛇から鱗がこぼれ落ちる。終わりは近い。
剥がれた箇所に、合歓の羽根が刺さる。
「今じゃ」
飛ばされた白蛇の合図に合わせて、堅鱗壁が蛇の尻尾を攻撃する。
逃れるために、暴れようとすれば、より早く狐珀の毒がまわっていく。
蛇が混乱を振り払い、追い詰められながらも、反撃の狼煙をあげようとした、そのとき。
「終わりだ」
司によって、静かに死の宣告が告げられる。
振りかざされた白い輝きが、蛇の頸を引き裂く。合わせて、反対側から、萌々佳のハルバートが突き刺さる。
叫びを上げる間もなく、蛇の頭が切り離された。
残された身体は、数秒悶えて、動くのをやめた。
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炎を消しながら公園内を廻ってきた碧は、横たわる蛇の死体のところへ戻ってきた。
その身体にそっと触れる。少し肌がぴりぴりとする。
蛇の弱点だった鱗をつまむと、力を入れて引きはがした。生暖かい鱗を袋に入れ、白衣のポケットにつっこむ。
少しほおを緩ませ、
「いやぁ、いいもの手に入ったにゃ〜」
といいながら、碧は残った炎がないか見に行った。
その蛇の身体の反対側では、薊が蛇を眺めていた。
「次は普通の蛇として逢いたいな。敵じゃなくて、可愛い蛇としてさ♪」
そして、蛇の側を離れる。ふと、公園の入り口に目をやれば、磯波士郎がいた。
傍らで司が彼に問いかける。
「興味本位の質問で悪いんだけれど……結局彼女の事はどう思ってるの?」
ストレートな司の質問に、士郎は一瞬答えに詰まった。
萌々佳があいだを繋ぐように、述べる。
「女性にとって、告白は大切なことですよ。傷つけたと思うなら、もう一度ちゃんと話しあって、謝ってくださいね」
背中を押されたのか、萌々佳の言葉を聞いて何か答えようとした。
それを、司は手で制する。
「答えは私じゃなくて、彼女に」
指を指した先には、依頼主である美代が待っていた。
士郎が向かうのを見届け、ぽつりと呟く。
「私には良く分からないわ。誰かを恋う事も。誰かに恋われる事も」
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士郎が美代の側に近づき、何かを告げる。
その様子を少し離れたところから、狐珀と合歓が眺めていた。
一言二言、ぶっきらぼうに何かを告げ、お互いに抱きしめ合う。
狐珀は、ふふっと笑って、よかったのうと呟いた。
合歓も、ほっと胸をなで下ろす。すれ違ったままの、悲しい物語にはならなかった。恋の実感がある者も、まだない者も、2人が再開できた。その事実に安堵し、二人を見守りながら離れていくのだった。