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「転移後は寒冷地だから今の内から着ていないといけないとはいえ暑いなぁ」
転移装置を前にして、龍崎海(
ja0565)はぼやいていた。
夏場にはそぐわない厚手のコートを纏い、カイロを携える。
備えあれば憂いなしというわけだ。
「9月に防寒服引っ張り出す事になるとは思わなかったぞ」
同じく防寒対策を礼野 智美(
ja3600)らも着込んでいた。
「早く転移したいね」
海がそう述べている間に、準備が整った。
転移先の天候は、相変わらずの大雪。
「どうせ冬は来るんだ。急かずともいいじゃないか……慌てん坊かよ」
パウリーネ(
jb8709)は降りしきる雪を見上げる。
「……うわ、我輩に言われてるー。果てし無くアウトだー」
大仰そうにリアクションを取りながら、道を探る。
「確かに。気候は少しずつ変わりゆくものでござる。それを急激に変化させるとは……。風情のないことをするのう」
しみじみと鳴海 鏡花(
jb2683)は雪を踏みしめ、同じようなことがあったなと思いを馳せる。
目的地までは、雪道となっていた。
「日本には暑さ寒さも彼岸まで、という言葉があるようだが……それまで悠長に待っている事はできないな」
歩くほどにレムレス・護堂(
jb8574)は、ディアボロの影響を感じざるを得ない。
「冷夏はお百姓サンが泣くんだよね」
砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)の告げる影響も、忘れてはいけない。
「ま、冷夏通り越してこの時期に吹雪いてるんじゃ、誰も彼も泣いちゃうと思うけど」
人はおろか小動物すら見かけることがない。
ただ白い風景が続き、目の前に竜巻が現れた。
「さてと、冷夏にもほどがあるってこと教えてやるかね」
アサニエル(
jb5431)は、符を構え聳える竜巻を見据える。
「まずは、吹雪の竜巻をどうにかせねば。これさえなんとかすれば……」
鏡花も合わせるように視線を竜巻へ移す。
突入する前に、海が生命探知を用いて、経路を確認する。
「こっちだよ」
吹雪を抜けると、視界が開けた。
「季節外れも甚だしい……弁えよ」
目の前に武者と従者を確認し、フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)は金色の刃を向ける。
だが、武者は兜の奥から虚ろな双眸で覗き返すだけだ。
「たかが駒に、風情を求めるのも無駄であるか」
僅かに笑みを見せ、フィオナは改めて双剣を構える。
武者の咆哮が、戦いの合図となった。
●
「さて」
フィオナは先頭から後ろを振り返し、自身を含めていう。
「我がまず全ての注意を引く。そこから武者と適当な従者を引き剥がして叩け」
駆け出すと、双剣を振りかざし武者を再度睨めつける。
結晶体の従者もにわかに、フィオナの存在を察知したように見えた。
「臆さぬならば、かかってきたまえ」
従者のうち、二体がフィオナに対して接近してきた。一体をかわしたところで、氷の弾丸が飛来する。
それらは剣で捌きながら、耐える。
その間に、パウリーネが前へ出ようと試みた。
「へ?」
目の前に砕氷、避けきれず身体を穿つ。
それを確認したフィオナが、すかさず立ち位置を変える。
「我を無視して何か出来るほど、我は甘くないぞ」
攻撃をした従者を塞ぐように、立ちはだかるのだった。
「まったく、暑いからって空調の効かせすぎさね」
追いついたアサニエルは肩をすくめ、パウリーネの負傷を癒す。
「月並みだけど、ここで寝たら死ぬよ」
「わかってるって」
軽口をたたくアサニエルに、パウリーネは笑って応える。
手足の感触を確かめ、パウリーネは再び接敵を狙う。
その後ろからは、海と講堂が動き出した武者へ突撃を仕掛けていた。
機敏に反応した武者が、海へと吹雪く竜巻を放つ。
「おっと」
咄嗟にアウルの鎧を纏い、小型の盾で竜巻を防ぐ。
わずかに氷雪がヤスリのように肌を擦っていった。
「無茶はしない。お互いにね」
「わかっている」
海と護堂は、短く言葉をかわす。海は正面に護堂は裏周りをかける。
シュトレンを突き出し、海は武者を牽制しながらその場に押しとどめる。
その間に講堂が黒色の双剣を繰り、武者の鎧を削っていく。
「逃しはしないぞ」
武者の反応は素早かった、護堂へ振り向きざまに大剣を薙いだのだ。
咄嗟に剣で守りを固めたところへ、さらに一撃を振り下ろす。
一息に二回動けると聞いていた護堂は、武者の動きを丹念に追う。
それは、海も同じ。
「留めさせてもらう」
自身から鎖が無数に伸びる幻を見せ、武者の動きを縛ろうと試みる。
だが、武者は一笑に付すというように咆哮を上げると、刀を海へ振り下ろす。
「無駄か」
苦々しげに、海はつぶやく。今はただ、耐えて好機を待つ。
「お前たちの相手は、俺だ」
脚部へアウルを集中させ、爆発的加速によって従者へと接近を果たす。
狙うはフィオナたちとは逆側の従者二体だ。
目の前に立つと、すかさず宙返りからの蹴りを与えた。
降り立った智美の全身には、真っ赤な紋様が浮かび上がっていた。
全身をアウルが血の巡りのように循環していた。
「手袋してると、ワイヤーや苦無は使い辛いな……近接重視で行くか」
パルチザンを取り出し、すっと構えた。
「さすがに、相殺しきれぬでござるか」
従者の砕氷を炸裂符で相殺してみるも、結果は半々だった。
気を取り直して、火球を出現させる。
「急激に温度を下げるとは風情のない奴は、拙者が成敗致す! 1体集中で倒していくでござる」
至近距離で放たれた炎が、従者に打つかると弾けた。
「間近でくらう炎は熱いであろう? 真夏の暑さほどではござらんが」
やや動きを鈍らせたようにみえるのは、氷を紡ぐディアボロだからか。
反対側からも、フィオナが対峙する従者を巻き込みながら劫火が奔る。
「熱く燃えちゃいなよ♪」
軽く言ってみせたのはジェンティアンだった。
だが、ディアボロはディアボロ。いかに氷のような結晶体とはいえ、溶けることはない。
「んー、だったら、これはどうかな」
ジェンティアンは思案顔で、二体の間へ割り込む。
続けざまに魔法陣を展開させれば、あからさまに従者の挙動がおかしくなった。
にわかに吹雪がおさまったような気さえする。
「いけるみたいだね」
従者の放つ砕氷も、どこか精彩を欠く。
フィオナへ向かう弾丸は、彼女が一閃すれば、いともたやすく捌けるのだった。
「この程度か……各個撃破を待つまでも無い。我直々に引導を渡してやろう」
能力の弱められた相手に、業を煮やすわけにはいかない。
フィオナは、自信たっぷりに笑みを浮かべて刃を閃かすのだった。
●
「じゃー……そこを行く従者サンや」
追いついたパウリーネは、従者の懐に潜り込んでいた。
「蹴らせて―。黒炎纏わして、しこたま蹴らせてー」
パウリーネはさえずるように、そんなことをいう。
「そこそこアクロバットに踵を顔面に入れさせてー」
あと、と言葉を切るとバッと地面を蹴りあげた。
ぐるりと身体を回転させながら、
「炎ブッ放すぞー……避けといてくれ」と言い切る。
赤黒い炎が、脚に纏われる。
回転しきった足の先、踵が従者の身体にめり込み、赤黒い炎が放出される。
射線上にいたジェンティアンは、予め退避。残された従者二体を炎が襲う。
至近距離で放たれた従者は、ぐらりと身体を揺らすのだった。
戦況を見極めていたアサニエルは、射程内まで近づくと大きく振りかぶった。
「それじゃあ、一発きついのをお見舞いしてあげるよ」
告げる手の中には、光の槍が握られている。
投擲された光の槍は、まっすぐ従者を貫いた。
「ざくざく削って……かき氷にはならないか」
氷とは違うのだと実感しつつ、ジェンティアンは砕くように結晶体へ透明な刃を突き立てる。
攻撃対象を変えようとした従者を繋ぎ止めるように、
「どこを見ているのだ。我から目を離してよいと、思っているのか?」
フィオナが刃を煌めかせる。挑発に乗る従者をいなし、フィオナはそっと身体をそらす。
割って入ったのはパウリーネ。再び修練の成果を魅せつけるような、見事な回転蹴りを決める。
着地と同時に、距離を開けた。
二発目のヴァルキリージャベリン、光の槍がアサニエルによって放たれたのだ。
まっすぐと突き立てられた光の槍に、対峙していた従者は動きを止めるのだった。
「こっちも終わりでござるよ」
忍刀をつきたて、鏡花が告げる。
二体の従者が結晶を崩し、雪の上に散っていった。
にわかに吹雪が収まったように感じるが、そのときである。
武者のいたところで、竜巻が起こっていた。
「厄介だな」
盾で武者が巻き起こした竜巻を受け止め、護堂はつぶやく。
竜巻の勢力圏から退避すれば、そのまま横倒しに放ちかねない。
ヤスリのような砕氷混じりの吹雪が、防御の上から体力を削ってくる。
「押さえることに集中……だね」
さらに、海と護堂の両名を一度に攻撃しているのだった。
海のアウルの鎧の上からも、氷雪の冷ややかさが伝わってくる。
吹雪が止んだときには、護堂が息を切らしかけていた。
「無茶はせず、距離を取ろう」
海が提案し、護堂は頷く。離れ際に、海は護堂の負傷を回復しておく。
二人を好敵手と認めたのか、はたまた目の上のたんこぶを払いたいだけなのか。
武者は、距離を取る二人を一挙に大剣で捌きにかかるのだ。
「まだ、大丈夫だよ」
そう告げるように、こちらを見たに海はフィオナたちへ頷くのだった。
一人、二体の従者を引きつける格好となっているのは、智美だ。
「逃がすか」
適度なタイミングで宙返りからの蹴りを叩きこむことで、従者の注意を促していた。
それだけではない。
智美は二体のうち、一体を追い込んでいた。
パルチザンを振りかざし、まっすぐに、されど目にも見えない素早さで突きを放つ。
全身をめぐるアウルが、爆発的な攻撃力を生む。
その一撃は、確実に結晶体へヒビを負わせていた。次第に亀裂が深く、広がっていく。
時折、牽制するように別な一体へ穂先を向けることもあった。集中攻撃とはいかないのだ。
そこへ、
「協力したほうが早かろう。手助け致す」
と鏡花がもう一体の前に割り込む。
フィオナたちが次いで向かって来るのを見とめると、智美はまっすぐに眼前の敵を見た。
アサニエルが追い付きざまに、烈風突を再度使えるようにアウルディバインドを施す。
「終わりだ」
一言告げ、槍を突き出す。穂先が結晶体にかかり、身体を突き抜けていった。
亀裂が全体へ走り、細かく結晶の身体が砕け落ちる。
槍を引き抜いた智美は、息をつく。紋様が溶けこむように消えていった。
まだ、終わりではない。息を整えると、闘争心を解き放ち、次なる敵を探す。
残された従者は、フィオナと鏡花、そしてジェンティアンに囲まれていた。
三方から繰り出される刃に加え、パウリーネが無数の光星を生み出して攻撃していた。
「一気に決めるぞ」
アサニエルに傷を癒やされた智美が、包囲に加わり従者の身体が瓦解した。
そして、この公園を覆っていた竜巻がほつれた。
残されたのは、海と護堂が抑え続けていた武者のみだ。
●
「我と貴様の速さ……どちらが上か試してみようではないか」
好機到来。フィオナは重力を操り、武者へ重たい一撃を叩き込む。
刃が肩部分へ食い込み、鎧の一部を破壊した。
「茶番は終わりだ」
フィオナの接近に状況を察し、護堂は言い放つ。
ディアボロへ対抗すべく、悪魔の血を押さえこむ。放たれた一撃は、にわかに聖なる力を感じさせた。
武者がいかに猛攻を行えるといえど、数の力には勝ることはない。
「全員、退避してー」
ゆるやかなジェンティアンの言葉に、即座に距離を取る。
同時にジェンティアンは無数の彗星を武者の周囲へと落とした。
重みを感じ、動きを鈍らせた武者をさらに魔法陣で縛る。
「これで、よし」
従者との戦闘で受けた傷をアサニエルが治療、パウリーネと鏡花は支援攻撃に徹す。
気がつけば、武者自慢の鎧は傷とヒビに覆われていた。
「終わりだよ」
距離を開けていた海が告げる。
無数の槍状に変形した蒼玉石が、武者の身体を撃つ。
動きが止められては、なすすべがない。
武者の刀は振り上げたまま、半分に折れ、鎧ごと雪の上に崩れ落ちるのだった。
「愚か者め。この程度の冷気で我を、王を縛れるものか」
残骸を見下ろし、フィオナはそう告げるのであった。
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雪解けは緩やかだった。
されど、差し込んできた太陽の光は暑いくらいに感じられた。
「やっぱり倒したら倒したで暑いねぇ」
アサニエルは、防寒着を外しながら太陽を睨む。
日差しは温かいのにもかかわらず、地面を覆う雪は冷たい空気を纏う。
「皆もいかがでござるか?」
自販機から温かいお茶を用意し、鏡花は皆に聞く。
「もらおうか」
パウリーネは鏡花から受け取りながら、豚汁でも大量に作りたい気分になっていた。
ほんわかした雰囲気の鏡花たちを回復しつつ、海は周囲を見やる。
「気温が戻ったから、必要はないかなぁ?」
「元凶は倒したのだ。後は、地元に任せるのがよかろう」
海が残雪を気にしているのに気づき、フィオナがそう告げる。
「これだけ雪が積もっていたら、明日辺りは元気な子供は大喜びで遊ぶだろうな……本来まだまだ暑い日が続くんだし」
智美は、そんな感想を述べながら下手な事故が起きないことを祈るばかり。
「流石に終わったらこの装備は暑いなぁ」
そして、防寒着を持ってきたエコバックに詰めていくのだった。
「戦闘中に被害はなさそうだ」
一般人に被害がなかったか、今一度見まわってきた護堂が帰ってくる。
まずは一安心といったところだろう。
「風呂にでも行くでござるか」
鏡花がぼそっとつぶやいた言葉に、
「うぐ、暑い……」と防寒着を脱いでいたジェンティアンが反応する。
「寒暖の差が激しかったからね。丁度いいかも」
ついでに帰りにかき氷でも食べたいねと付け加えていた。
極寒よりも寒暖の差に気をつけて、風邪を引かないよう。
撃退士たちはあれやこれやと、思いを巡らすのであった。