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「まずは、これでいいでしょう」
鈴代 征治(
ja1305)は持ち込んだコーラと日本酒を開けると、盛大に目の前の木にふりかけていた。
その木の周囲は微妙に木々が倒されており、ディアボロが付近に現れることを示唆している。そのため、この場所を戦場に決めていた。
「これは……甘ったるいな」
木から漂う匂いに、牙撃鉄鳴(
jb5667)が感想を述べる。
罠が用意できれば、後はおびき寄せられるのを待つだけだ。ディアボロが、この罠に引っかかるかはわからないが通りかかっただけでも迎撃すればいい。
二班に分かれて、撃退士たちは一度木陰に隠れに行く。
A班は、征治と鉄鳴の他に二名。
「ここからなら、周囲が見渡せるな」
その片方、カミーユ・バルト(
jb9931)は戦場が見渡せる木に登り、周囲を警戒する。
「蝉か。夏の王者の一角と言っても良いが」
カミーユは事前に与えられた情報を思い出し、言葉を詰まらせる。
そんなカミーユの考えを知ってか知らずか、グラサージュ・ブリゼ(
jb9587)が無邪気に言う。
「今日のために私一生懸命セミさんについて調べてきたの」
幼虫は地下で数年から十数年、成虫では一、二週間ほどしか生きられない。そして鳴き声を上げるのは、すべからくオスなのだという。
「つまりディアボロにされたセミさんは全員オス……!」
しかもメスに巡り会えないオスは三割強になる。
「鳴き声はリア充に対する叫びに違いない!」
戦慄するように、グラサージュは拳をぐっと握る。調べる前は、セミの悲しい声を救ってあげようと漏らしていたはずなのだが、どこか違う闘志がみなぎっていた。
「蝉の声を風情と感じることもあるそうだが」
グラサージュの宣言を聞き流しつつ、鉄鳴はどこかから響いてくるセミの声が大きくなるのを感じていた。
「ここまで五月蠅いとそんな気にはなれんな」
B班に目をやれば、音に気づいたのかさっとハンドサインを送っていた。
「準備しておきましょう」
征治が告げ、耳栓を着ける。どこから来るのか周囲を見渡しながら、臨戦態勢に入っていくのだった。
「赤い光が見えた時は、誰かが何かを伝えようとしてるってこったな」
麻生 遊夜(
ja1838)はライトの調子を確かめていた。赤と青のセロハンを用いて、意図がすぐに伝わるようにしていた。
「こうしとけば何もないよりは気づきやすいよね」
チカチカするライトを眺め、来崎 麻夜(
jb0905)もクスクスと笑みをこぼす。
「ん、これで良い?」
二人のやりとりを見ながら、ヒビキ・ユーヤ(
jb9420)も自分のライトにセロハンを貼っていく。
「メールよりは時間かからないだろうし、A班への合図とかにも使えるよね」
着々と準備を済ます中、ロベル・ラシュルー(
ja4646)は手で仰いでいた。
「暑いな……と」
夏の暑さに顔をしかめかけたところで、すっと目を細める。
耳には聞き慣れた音が、聞きなれない音量で迫っていた。
「へぇ、奇怪な外面だこって」
見やれば、蝉塊と呼べそうなシロモノが姿を表していた。
自分の声も聞き取れない音が周囲に響く。
「耳栓も何処まで役に立つかだな」
「終わってもしばらく耳が馬鹿になりそー」
「むぅ、うるさい」
遊夜は肩をすくめ、麻夜はげんなりした表情で、ヒビキは不満げに耳栓をぐっと押し込んだ。耳栓をしてもなお、蝉の声が耳を衝く。
「夏も終わりにセミなんぞお呼びじゃないがね」
ロベルは独りごちて、目配せをする。
ディアボロの外面に気を取られている場合ではない。ロベルがかけ出したのを合図に、戦いが始まった。
●
子供が無造作にくっつけたかのような、蝉の塊が罠を張り巡らせた木の周囲を徘徊している。各班から1体ずつ、計2体の塊が確認できた。
最初に動き出したのはB班だ。
「すまんがここで堕ちて貰うぜ」
遊夜はA班が気づいたのを確認すると、素早くスパイナーライフルを構える。木々の隙間からまっすぐに蝉塊を捉えると引き金を引く。
青い光が螺旋状に銃口から肩にかけて奔る。射出されたのは、白い光を纏った弾丸だった。
挨拶代わりの一発は、蝉の結合部を弾けさせる。肉片が飛び、蠢く蝉の上半身が一つ落ちた。体液を地表に吸い込ませながら、蝉塊の幾つもの目が遊夜を見やる。
「気味悪い姿、バラしてやるよ」
ロベルは蝉塊の面前に駆け寄ると、つぶさに狙い所を見極める。
羽根と脚が産毛のように、生えている中、腹の見える場所を探す。
「それにしても、五月蝿いな」
近づいてみれば、騒音どころではない。轟音だ。
身体が、地面が、頭が揺さぶれるほどの音がロベルを襲っていた。翅をかき分け、狙った場所にロベルは大剣を突き立てる。
硬い外皮を突き破り、刃にねっとりとした体液が流れ落ちる。
引き抜くと同時に、内臓がずるりとこぼれ落ちていた。
ロベルに続き、麻夜も戦場へ飛び出す。しかし、その気配を蝉塊が捉えることはない。倒れた木々の隙間、濃い影から影へと移っていく。
視線を巡らせ、他方向からの接近を警戒する。
麻夜、そして、ロベルが遊夜からの合図に気づいた。
それは、
「別の接近」
を示していた。ロベルの側まで蝉塊が翅をチェーンソーのように蠢かしながら接近してくる。大剣を盾に接近してきた蝉塊の体当たりをいなす。
獲物の側も目前で轟音を鳴らして、衝撃波を飛ばしてきた。
防ぎきるも、なかなかに辛い。
「……邪魔……」
静かに、しかし宙返り後の蹴りという派手な技をヒビキは繰り出していた。
何に?
ロベルに迫るのとは別の蝉塊だ。罠に釣られたのか、仲間が呼んだのかはわからない。
ともあれ、ヒビキに蹴り飛ばされ、反撃とばかりに衝撃波を放っていた。
「今の私は、持久戦仕様……そう簡単には、負けないの」
ピコハンを構えながら、ヒビキはクスクスと蝉塊に笑いかけるのだった。
「蝉の季節ももう終わりだ。大人しく土に還れ」
A班では鉄鳴が先制を仕掛ける。ショットガンの弾丸が炸裂し、蝉塊に満遍なく弾痕を作り出す。ドロリと体液が溢れる中、侵食弾頭が重力波を発し、蝉塊の外皮を崩壊へと導く。
抵抗するように放たれた衝撃波は、カミーユが立っていた木をなぎ倒した。
「こちらを狙うとはな」
降り立ったカミーユは、悲鳴を上げて落ちてきた木を避けてみせる。
倒れた木の後ろからは、発煙筒を設置した征治が飛び出してきた。大槍を振るうと同時に、電気を走らせる。奇襲のような一撃は、蝉塊の動きを鎮ませるには十分だった。
征治が何らかのハンドサインを送るが、鉄鳴が気づくのは一瞬遅かった。
戦場のやや外側から飛び込んできた、もう一体の蝉塊。全身を震わせながら、衝撃波で地表を削る。体の芯への直撃は避けたものの、半身に裂傷を受ける。
「リア充に怨嗟の叫びをするから悪魔に付け込まれるんじゃないー! さくっと成仏しちゃえ!!」
鉄鳴を攻撃した蝉塊へ、グラサージュがストロベリーチョコ風に変化させたアウルを飛ばす。ぐるりとコーティングされた蝉塊は、彫像のように動きを固められた。
「全く、油断も隙もないな。少し、黙ってもらうとしよう」
重ねるようにカミーユが審判の鎖で蝉塊を雁字搦めに仕立て上げる。
不気味なオブジェが地面に縛り上げられたようだった。
動きの鈍った二体のうち、拘束されていない側を落としにかかる。
鉄鳴がショットガンの引き金を引き、グラサージュとカミーユが魔法をけしかける。
征治が大槍をふるおうとした時、塊の中から轟音が響いた。一匹が復活すると波及していくように、全身が震えあがる。
「危ないですね」
お見舞いとばかりに、衝撃波が空気を震わせた。咄嗟に盾で防ぐが、頭が揺らぐ。
もう一体の身体もわずかずつ、動きを取り戻そうとしているのが、視界の端に映る。
振り下ろされた斧槍が、部位の一つを破壊する。どれのものかもわからない内蔵が、はみ出ている。
鈍重な身体は、バランスを崩して地表を削るように飛んでいた。
「蝉は本来飛ぶのが得意な虫だったはずだが、わざわざその長所を潰すとはな」
蝉塊の狙い定まらぬ攻撃が森の木々をなぎ倒す、そして、射線が生まれた。
アウルを注ぎ込まれたレールガンが、爆発的な威力を伴って弾丸を射出する。穿たれ結合部が緩んでいた塊が、その弾丸を受けると同時に崩壊した。
すぐさま、青いライトで撃破をA班へ知らせる。
●
鉄鳴が青いライトをつけたのが見えたのと同時に、ロベルも青いライトを送り返していた。
目の前で崩れ落ちる蝉塊は、内部から崩壊していた。
ロベルが手ずから開けた大穴に、アウルの力を込めて中から引き裂いたのだった。なおも動く蝉塊は、遊夜によって止めが刺された。
その間、他の蝉塊は麻夜とヒビキが引き受けていた。
「目には目を、騒音には騒音を♪」
犬耳を生やした麻夜は楽しげに告げると、増幅させた声をぶつけて蝉塊を音の爆弾で叩いていた。
音の爆弾を受けた蝉塊を見下ろし、
「少しはこっちの身にもなるといいよ」
そうういながら、クスクスと笑みを浮かべる。
前衛へと向かって来る衝撃波は、
「おっと、危ない危ない」
遊夜が赤い軌跡を残す弾丸で逸らしていた。
それでも、全てを防ぎきれるわけではない。
「うるさいの、うるさいわ……静かにするのよ、させてあげる!」
声を荒らげピコハンで蝉塊を叩き潰そうと、ヒビキは振り下ろしていた。
できるだけ付かず離れず、相手の衝撃波は防いで捌く。
だが、内部で増幅される轟音は、時折とてつもない塊となって吐出される。蝉塊は、攻撃で欠落した部分から、音撃を放ったのだ。
防げると思ったヒビキを、その音撃が包み込む。
かろうじて、自らに小さなアウルの光を浴びせていたヒビキは耐え切ることができた。
「木はなぎ倒されるみたいだし、壁にはしないようにしとかなきゃね」
麻夜も木々の間を縫うことで、音撃を避けていた。しかし、増幅した音の爆弾が目の前で破裂したのだ。遊夜の弾丸も、このときばかりは、間に合わなかった。
一撃、いや、いままでもかすかに受けていたダメージの蓄積があったのだろう。
ロベルはすかさず、赤いライトを点灯しながら蝉塊の射線に割って入るのだった。
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「救援求む、ですか」
征治は赤い光を見て、すぐさま状況を理解した。
麻夜が木々の間で倒れているのが見えたのだ。。
「もう少し、おとなしくしてたまえ」
A班が抑えていたもう一体は、再びカミーユに鎖で縛られる。地表に釘付けにされている間は、恐れるほどではない。
ハンドサインを送り、B班に合流すべく駈け出した。
射程範囲に収めると同時に、鉄鳴は迷わず引き金を引いた。続く戦闘の中で、平衡感覚がいたぶらるような感覚を受けていた。狙いは大雑把に中央部だ。
撃ち破られた穴へ、ロベルがアウルを込めて剣を突き入れる。
内部から臓器を抉りだすように、剣をねじ込み、一気に引き抜く。
「いい加減、静かにしてくれや」
同時に遊夜が、距離を縮めて双銃を操る。弾丸を打ち込み、麻夜から意識を逸らす。
自由となっている一体へは、征治が接近ざまに電撃を浴びせかけた。
「少し黙っていてください」
結合部から体液を染み出させながら、蝉塊はその場にとどまる。
つぶさに動きを観察していたカミーユは、合流した瞬間にアウルによって生成したナイフを投擲した。
「そこが、重要なのだろう」
音を発生させる腹。その一部を穿つように入ったナイフは、結合の肝となっている部分も叩いた。ブチッと嫌な音を響かせながら、崩れ落ちる。
「流石にこんなでかいものを標本にはしたくないな」
鉄鳴は、ちぎれ落ちた蝉の残骸を見やると健在している奴へ視線を戻す。
再びショットガンに切り替え、その体を侵食する弾丸を撃ちこむ。
「終わりにしよう? 終わりにするの」
麻夜を回復し、自身も戦えるぐらいまで復活させたヒビキも接近してピコハンを振るう。
飛ばされた先ではロベルが大剣で、結合部を切り裂いた。
「来世では出会えるといいね♪ マイハニーに♪」
引導を渡したのは、満面の笑みでそう言い放ったグラサージュだった。
溢れ出る粘着性の高い体液を浴びながら、剣状の雷を至近距離で突き通したのだった。
「ふふ……全力で、潰してあげる♪」
騒音も掻き消えた今、麻夜も気を取り戻していた。再度、犬耳を顕現させ残る一体へ迫る。
「沖縄ではセミは食用にもなるとか……?」
とはいえ、これらは食べたくないですねといいながら征治も続く。
総力を上げて囲われては、以下に群体といっても勝ち目はない。僅かに断末魔の叫びのような轟音で、反撃をするのが精一杯だった。
「さようならだ……良い旅を」
祈るような口調で、遊夜がとどめを刺したのだった。
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「あぁ、耳が痛い」
ロベルはなぎ倒された木々、削られた地面……蝉の残骸を見渡すとタバコに火を灯した。
「だから、夏は嫌いなんだよ」
煙を吐き出しながら、体内の気を制御する。一服しながら、ダメージを修復していた。
視線をやれば、征治が麻夜たちや自身にアウルの光を送り込み、再生を促していた。
「暑いですねえ……。日が差さない林の中なのはまだいい方でしょうかね」
戦いが終われば、夏の暑さが思い出されてしまう。
木陰の中にいれば、幾分吹いてくる風も涼やかに思える。
「うわぁ、べとべとなの」
グラサージュは、汗以上にべっとりとした粘液に頬を膨らませる。
ここまでべっとりとまとわりつくと、シャワーが浴びたくなる。
「うむ。キャンプ場にはシャワーがあったはずだ。向かうとしよう」
カミーユは直接体液を被ってはいなかったが、暑い中、土埃の舞う戦場で汚れた身体は清めたいのだった。シャワーのためにキャンプ場に一足先に向かう。
「良い釣りスポットがあると良いんやがのぅ」
キャンプ場では、遊夜が意気揚々とキャンプ用具を広げていた。
「ちゃんとお泊りセットも準備してきたよ!」
麻夜も持ってきた、用具を整理していた。チラリと遊夜の方を見て、
「……一緒の寝袋でも良いんだけど、ね」
とつぶやいた気がしたが、夏の喧騒がかき消していった。
「ん、ご飯確保は、大事」
遊夜の用意する釣り竿に興味津々に頷いて、ヒビキも自分の荷物を用意する。寝るときには思いっきり甘えるつもりだった。
一方で、早々にキャンプ場から去る姿もあった。
鉄鳴は、キャンプ場の状況がいつもどおりに戻っていることを確認すると、宿泊を辞退したのだ。
関係者が、せっかくですからと促すも固辞。
「人の傍で寝られないのでね」
淡々と告げる鉄鳴にそれ以上聞かず、関係者は彼を見送るのだった。
静かなキャンプ場に、日が落ちる。
きっと、虫の声も風情あるものとして受け入れられる。
キャンプ場で眠る者達は、そう思うのだった。