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青い空、白い砂浜、照りつける太陽……。
「素敵な海ですわね。宮子、優希っ♪」
凛とした声で、桜井・L・瑞穂(
ja0027)が海を望む。やや小さめなのか青と白のストライプの水着が、瑞穂の体つきを強調していた。
だが、瑞穂たち以外の海水浴客の姿はない。日光が、より暑く感じられる。
「素敵とはいえ、暑い場所に暑苦しいのがいるなんて迷惑この上ないねー」
猫野・宮子(
ja0024)、うっすらとにじむ汗を拭いながら苦笑する。
ツーピース水着から垂れた猫しっぽが、時折吹く風にゆらりと揺れる。宮子の言葉に、瑞穂は大きく頷いてみせた。
「暑苦しい上に、美しくありません! わたくしが矯正してさしあげてよ。おーっほっほっほ」
高笑いする瑞穂の後ろでは、二人分の荷物を持った橘 優希(
jb0497)が立たされていた。優希は水着にパーカーと、いたっって普通の出で立ちだった。
「急に瑞穂さんに呼び出されたと思ったら……とにかく、止めればいいんですよね?」
何の情報もなく呼び出されたのだから、普通なのだ。
「えぇ、彼らを『正しい道』に引き戻さなければなりませんわ」
「まあともかく、最初はおびき寄せる為に一般の海水浴客のフリだねー」
宮子はそう言いながら、優希の背負っているビーチパラソルを抜き取る。
砂浜に突き刺したものの、どこからマ会が来てもいいように気は張っていた。
(早く片付けて海で遊びたいなぁ)
優希は水平線を望みながら、そう思うのだった。
「公共マナーくらいは弁えて欲しいですね……」
瑞穂たちから少し離れたところで、浪風 悠人(
ja3452)がぽつりとつぶやく。
その手には、筋肉隆々のマスク面が写る携帯が握られていた。ひときわ目立つガタイの良さと、テカリのある浅黒い肌が特徴的だ。おまけに、マスクから除く歯は白かった。
「特徴だらけですね」
事前に、ブースト・マッスラーの容姿を把握しようと悠人は情報を集めていた。運よく手に入った写真は、一度見たら忘れなさそうだった。
「迷惑……かけちゃ……ダメ……だけど……なんで筋肉……?」
小首を傾げ、浪風 威鈴(
ja8371)が画面を覗きこむ。その笑顔に、どうしてここまで筋肉が好きなんだろうかと疑問に思っていた。
それはそれとして、迷惑ならやめさせなければならない。
「とりあえず、砂浜を歩いて回りましょう」
悠人はそう告げると、携帯をしまう。デートを装うべく、恋人つなぎをしながら白い砂浜を歩いて行く。
「ムキムキ……な人……って皆そうなのかな?」
「筋肉が好きってことですか」
どこから現れるかわからないマ会を、威鈴は警戒しつつ問いかけた。
「人によると思いますが、マ会の方々は方向性を間違っていますよ」
悠人は考えながら、答えていく。迷惑な行為であるのは間違いない。
だからこそ、早くやめさせなければと思うのであった。
「筋肉美か……そうだな、賞賛に値しよう」
囮役から離れた堤防の上で、カミーユ・バルト(
jb9931)はひとりごちていた。
「だが、僕のこの美貌の前では無意味同然! 筋肉『だけ』ではダメなのだよ」
携帯に写るマッスラーの写真を閉じ、暗いスクリーンに自身の姿が映る。見惚れるような仕草を見せた後、きりっとした顔でビーチを見下ろす。
迷惑をかけては、せっかくの美が台無しだとカミーユは憤っていた。
「美は孤高で在ってこそ、光り輝くモノもあるのだ」
孤高といえば、聞こえはいいが悠人たちや瑞穂たちの姿を眺めていると何故か心に風が吹くのだった。
そのもやもやした感情をかなぐり捨て、カミーユは様子を見守る。
ちょうど、どこからともなく浅黒い集団が現れていた……。
●
「マッスルマッスル」
悠人と威鈴は、儀式を行いながら近づいてくるマ会を前に身構えていた。自分たちが撃退に来たのだということを知られぬよう、悠人は威鈴を庇いながら身構える。
囲われる前に、悠人は威鈴を逃がそうとしたのだが回りこまれてしまう。
「何なんですか。あなたたちは」
悠人の問いかけに、彼らは答えない。マッスルマッスルと言い続けながら、周囲を回り続ける。身体的被害はないが、精神的にはくるものがある。
「……いない」
威鈴の小さな問いかけに、悠人は頷く。先ほどまで確認していた、ブースト・マッスラーらしき人影は彼らの周囲にはなかった。それに、聞いていたよりもだいぶ人数が少ない。
どうしたものかと思っていると、遠くからも同じ儀式の声が聞こえてきた。
筋肉の間から、声のする方を望み見る。
どうやら瑞穂たちのところへ、より多くのマ会が集まっているように見えた。
「脱出しましょうか」
悠人は威鈴に告げ、手近なマッスルの股間を容赦なく蹴りあげた。
悶絶するが、その隙間をべつのマッスルがすかさず埋める。連携だけはしっかりしているようだった。
そんなマ会の連携プレイをじっと見つめている者がいた。
カミーユだ。
「これでは本当に嫌がらせとしか思えんではないか!」
悠人たちの言葉や表情を意に介さず、自分たちのやりたいようにやっているマ会へカミーユは強い怒りを覚える。
「筋肉美を広めるためではなかったのか……」
ともすれば、落胆すらもこもった声でカミーユはいう。
見ている限りでは、ただの精神的な攻撃にしかみえない。嫌がらせでしかないのなら、容赦をする必要はないのだ。
仲間たちが説得を試みようとしている間、カミーユはじっとしていた。
機が熟するのを待っているのだ。
「出ましたわね」
瑞穂は迫り来るマ会を見て、毅然とした態度で待つ。迫るマ会の中に、ひときわ目立つ男がいた。間違いなく、ブースト・マッスラーだ。
早速蠱惑的なポーズを取り、マッスルマッスルという男たちを魅了しにかかる。
「あなたたち、すっごく人に迷惑をかけていましてよ。ねぇ、宮子?」
説得をするべく、まずは王道でけしかける。瑞穂の問いかけに、宮子はうんと頷く。
「志は立派ですが、わたくしたちのような女性を不快にさせない心がけは必要ですわ」
「ボクたちをその肉体で説得できないようではダメだねー」
「そうですわ。それに……」
瑞穂は咄嗟に、優希を自分の側へ引き寄せた。ぐっと身体を密着させながら、マッスルと唱え続けるマ会に説得を続ける。
「彼のような男性が格好良いと思えるようにならないと、意味ありませんわ」
そう思いますでしょうと優希に問いかけるが、
「え、えぇ……そうですね。筋肉があるのも素敵だと思いますが、誰にも迷惑をかけない紳士的な行動に惹かれます……中身が一番ですね」
しどろもどろな答えが返ってきた。
(というか、む、胸が当たってる……)
「あら、如何しましたの? まぁ、いいですわ」
赤面気味の優希の心中を知ってか知らずか。怪訝そうにしながらも、瑞穂はそのままの体勢を維持する。
コホンと一つ咳払いをして、
「つまり、格好良いボディビル団体を目指すのですわ!」
ビシッと指をつきたて、瑞穂が宣言する。なお、ここで優希は解放された。
マ会たちは、一瞬気圧されたが、その前の説得してみせろという宮子の言葉をダメな方向に突き進む。
マッスラーが、ひときわ大声でマッスルマッスル!と叫びだしたのだ。
呼応するように全員が大合唱。大地が揺れる。
「言って聞かない人には身体に教えてあげないとだね。魔法少女まじかる♪みゃーこが、お仕置きしてあげるにゃ!」
すかさず宮子は猫耳を装着し、身体での説得を開始する。
人、それを討伐という。
「全く仕方がありませんわ。行きますわよ、宮子、優希っ!」
それぞれに武器を取り、マッスラーたちと対峙する。マッスルたちは体一つ。だが、その肉体が何よりも武器なのだ(と本人たちは言っていた)。
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一方の悠人たちも、荒事を覚悟していた。
少数とはいえ、マ会は話を聞かずに儀式を強行している。先んじて悠人は威鈴を逃すつもりでいた。
「君たち、いい加減にしたまえ!」
大壇上からの物言いが聞こえたと思った瞬間、マ会のやや外側に無数の彗星が落ちてくる。
現れたのは、カミーユだ。
美しい光を携え、マ会を見下ろして滔々と説教を始めた。
「その儀式とやらは必要なのか?」
なお、この光に目を背けながら小さくマッスル……と男たちは唱えていた。
「その儀式とやらの所為で折角の筋肉美を理解したくないモノにしてはいないか」
やっと目が慣れてくる。カミーユの姿をマッスルたちが捉える。
「キミ達は儀式を行った者達の恐れ戦く顔を見たことが無いのか? これでは筋肉美を広げる前に、筋肉嫌いを作ってしまうではないか!」
大仰そうに両腕を広げて、カミーユは説き伏せようと語気を強める。
「純粋なる筋肉美を愛する者の行為だとは思えんっ!!」
ビシッと言ってのけたカミーユはマ会が静かになっていたため、わかってもらえたと、一瞬思った。
だが、次の瞬間巻き起こったのはマッスルのシュプレヒコールだった。それは違うとでもいうかのように、マッスルと唱えながら抗議する。
「わかってもらえなかったか。残念だが……」
カミーユが輝きを増しながら、臨戦態勢を取ろうとしたその時。
「マッスっ!?」
と声を上げて一部のマッスルが派手に転倒した。
威鈴がグローツラングを用いてこかしたのだ。そのまま顔面を踏みつけ、逃げ出そうとする彼女へ別のマッスルが回りこむ。
「……どいて……ほしい……な……」
口調はおだやかだが、ためらわずにナパームショットを放つ。派手な音を立てて、筋肉たちが飛び散る。
その隙を縫って、威鈴は儀式を脱した。
「あなたたちは、ここで大人しくしていてください」
威鈴が脱したのを確認するや、悠人は躊躇う素振りすらなくマ会を全員巻き込んでのコメットを放った。無数の彗星をマッスルと悲鳴を上げながら、マ会の面々が逃げ惑う。
逃げ出そうとするメンバーがいれば、
「どこへ行こうというのかな」
「まぶしっ」
と思わず口にしてしまうほどの輝きをもってカミーユが立ちはだかるのだった。
脱出した威鈴が目撃したのは、大立ち回りを見せる宮子たちの姿だった。
「無駄な抵抗はよすにゃ」
宮子は髪芝居による幻惑で、マッスルを拘束してはアイスウィップを繰り出していた。風切り音とビシッという打音が痛々しく、掛け声の間を縫って聞こえてくる。
さらには、高笑いを浮かべながら瑞穂が蛇腹剣を振り下ろす。ワイヤーを伸ばしきり、鞭のように叩きつけていく。立ち向かう者は、二人が対処していたが逃げ出そうとする者も当然いた。
そういった小心者へは、優希が剣を突きつけて留めさせていた。
「はい、素直な人は好きですよ」
へたり込むような物ばかりであれば、苦労はしない。
向かって来る者の中には、どんな怪我もいとわないものすらいる。
「ほら。次に癒やされたいのは誰ですの? おーっほっほっほ♪」
重傷化は避けたいところで、瑞穂がときおり茨の鞭を繰り出す。アウルで作られた祝福の鞭で打たれれば、ちょっとやそっとの傷は治っていく。
「鞭で叩かれ鞭で回復。……違う方面に開眼しないといいけどにゃ」
その様子を宮子が苦笑いを浮かべながら、確認していた。
あとは体力勝負……。
「全員終わるまでそこで転がってるのにゃー。後でしっかりとお説教にゃよ」
ときおり、宮子がマ会メンバーを捕らえているがマッスラーには届かない。
そこへ、追いついた威鈴が合図を飛ばす。それをみて、瑞穂たちはマッスラーを威鈴が見えない位置へと誘導した。
「……そろそろ……大人しく……」
言い切るより早く、ファイアーワークスが放たれた。色とりどりの炎がマッスラーたちを襲う。背後からの突然の爆発に、マッスラーたちはその場に伏してしまった。
逃すまいと、宮子や瑞穂が縛り上げていく。
「さぁ、もう逃げられませんわよ」
「お説教タイムにゃよ」
マッスラーは、観念したのか大人しく従うのだった。
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「うわぁ……あ、あの瑞穂さん? そのぐらいで……」
優希は女帝恩寵の鞭を振るう瑞穂に、恐る恐る声をかけた。
高笑いをしながら、鞭を振るっていた瑞穂はマ会が回復しきったのを確認すると鞭を収めた。
「さて、わかっていると思いますけれど、あなたたちは間違っていますのよ」
「あなたがたの筋肉は誇れるものでしょう? それを押し付けてどうするのですか」
瑞穂の言葉を受けて、悠人と威鈴がつなぐ。
「誇りをもって、真っ当な活動をしていれば、きっとわかってくれるはずです」
「好きな……のは……良いけど……迷惑……かけちゃ……だめ」
「『格好良いボディビル団体』を目指せばいいのですわ」
瑞穂が毅然と言ってのける。
宮子が、自分たちをその方法では説得できなかったことを語ると、マ会たちは見るからに落胆の色を見せた。
「儀式は不要だ! これからは、正々堂々と筋肉美を広げればいい」
カミーユがはっきりと申し付けると、ついにマッスラーが口を開いた。
「わかった。もう儀式はせん。正々堂々と筋肉を広めちゃる」
戦いに負け、論説に負けたのだ。これ以上語ることはない。
マ会は正当なボディビル団体になることを、約束してくれたのだった。
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「プライベートビーチ状態だねー。思いっきり楽しまないと損だよね」
楽しげに宮子が水際を走る。
「うふふふ、宮子。お待ちになって」
宮子を追いかける瑞穂は、荷物を整理していた優希の視線を感じた。
「……ほら優希、貴方もおいでなさいな!」
すかさず、前かがみになりながら優希を手招く。
二人の水着姿が、太陽以上に眩しい。
「……目のやり場に困る」
小さくつぶやく優希だったが、将来の主人から誘われては応じざる得ない。
直視しないよう心がけつつ、瑞穂たちの元へ駆け寄る。
それでもチラチラと見てしまうのは、仕方のない事だろう。
水を掛け合ったり、ビーチボールで遊んだり……楽しい時間はすぐに過ぎていくのだった。
一方でマッスラーに、不意になんで筋肉が好きなのかと問うた威鈴は彼らのマッスル談義を聞かされていた。
物理的にも精神的にも熱い話が続く横で、悠人は威鈴に付き合っていた。
「本人が楽しそうでしたら、ね」
興味深そうに話を聞く威鈴の横顔に、悠人は笑いかける。
潮風が心地よくすら感じられるのだった。
「情熱と、理解があれば大丈夫であろう」
そんなマ会の面々を堤防から、カミーユが見下ろす。
これから先、マ会は真っ当な団体として筋肉美をアピールするだろう。
「異なる美を愛しても良いではないか。美しいモノは美しいのだから」
彼らにその精神があれば、筋肉美もまた受け入れられていくだろう。
カミーユは、筋肉美を愛するマ会のこれからに期待を寄せる。
風が吹けば、輝きを残して颯爽とカミーユは去っていくのだった。