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月が笑いかけてくるような、不気味な夜。
月明かりとわずかばかりの外灯に照らされて、木造の旧校舎が佇んでいた。そこへ向かう複数の人影。新谷新の依頼を受けた撃退士たちだ。
三班と一人に分かれ、旧校舎に入っていく。
一階で踊るガイコツと死顔がうつる鏡を目指すのは、桜木 真里(
ja5827)と黒井 明斗(
jb0525)。そして、雪之丞(
jb9178)だ。
他階へ向かう者達と別れた後、雪之丞はエントランスを眺めていた。
「七不思議か……くだらんな」
そう雪之丞は、気丈に吐き捨てて歩き出した。隣では、真里がまあまあといいながら歩調を合わせる。
「よくある感じの七不思議だよね。最後がちょっとよく分からないけど……」
事前情報を思い返して、首を傾げる。
「彼女がほしいってどこからの情報なんだろう」
七番目の不思議に当たる、西洋甲冑は彼女を欲しがっているということだった。実際はどうなのだろうかと思いつつ、三階の報告が少し楽しみになる。
それにしても、と真里は思う。
(不審者や天魔だったら対応出来るけど、本当に怪奇現象だったらどうしたらいいのかな)
「撮影は任せて下さいね」
真里の思いを知ってか知らずか、明斗がペンライトをくるりと回しながら告げる。
もう一方の手にはデジカメを持っていた。
「ペンライトの灯りだと、雰囲気がでますね」
明斗は楽しむように、ペンライトで廊下をぐるりと照らすのだった。
二階へ向かったラファル A ユーティライネン(
jb4620)は、
「肝試し〜は怖いのだ〜、暗闇の中からこんにちは〜♪」
と謎の歌を歌っていた。肝試し気分のラファルには、とある思惑があったりする。
そんな思惑を知ってか知らずか、川内 日菜子(
jb7813)はフラッシュライトで辺りを照らしながらラファルに随伴する。
心中では、七不思議なんて馬鹿馬鹿しい。有り得るかそんなオカルトと思っている日菜子である。
「天魔の仕業なのは火を見るよりも明らかで、そうでなくともただの悪戯がオチだ」
と出発前、新に語っていた日菜子だった。
ただラファルの横顔をふと見やり、今は言葉を飲み込む。怖がるというより楽しげに、わーきゃーいっているラファルがくっついてくるのを好きにさせていた。
「いまどき、日本に木造旧校舎のある方がホラーじゃん?」
とラファルが茶化したりしながら、薄汚れた階段を登るのだった。
「西洋甲冑と聞いては、騎士として黙っていられませんわ!」
意気揚々と三階を目指すのは、アンジェリク(
ja3308)だ。その横では、フラッシュライトを腰に提げて、神谷春樹(
jb7335)がついていく。
灯りはアンジェリクの懐中電灯と、春樹のフラッシュライトだけだ。アンジェリクがトーチを使おうとしていたが、
「木造ですし、事故が起きても危ないからやめておきましょう」
と春樹にやんわりと止められていた。
だが、春樹は夜目がきくため移動に支障はない。リボルバーを構えて、慎重に進む。一階と二階は互いに段数を確認しながら進んでいた。
噂の階段前にたどり着くと、アンジェリクが懐中電灯で階段を照らした。
パッと照らして数えた感じでは、段数に違いは見られない。ゆっくりと慎重にのぼるところだが、甲冑が近づくにつれてアンジェリクは楽しげに話を続ける。
「楽しみで……あら?」
あと少しで登り切るというところで、アンジェリクが立ち止まる。
「この階段、気のせいか増えて……」
しげしげと次の段差を見やるとともに、
「フギャー!?」
と情けない声を上げた。転がり落ちないよう春樹がそっと支え、階段を見直す。
「うわぁ。一面に口がびっしり。知らないで踏んだら脚を食い千切られるね」
階段の段差に擬態しているらしいディアボロが、食虫植物のように牙を剥いていたのだ。
「悲鳴が聞こえましたが、大丈夫でしょうか」
そこへ、各階を巡回する予定の木嶋香里(
jb7748)が慌てた様子でやって来た。
「大丈夫、ですわ」
息を整えたアンジェリクは颯爽と剣を構えて、階段に突き刺す。跳弾を避けるべく、春樹も槍へと持ち替えて一突にディアボロを攻撃した。
「問題なさそうですね。引き続き、三階の調査、お願いします」
二人によって階段の天魔が倒されたのを確認し、香里はもう一方の階段を目指して去っていった。
まずは一不思議を対処し、三階へ足を踏み入れるのだった。
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一階の保健室近くまで辿り着いた、真里たちはガチャガチャという騒がしい物音を耳にしていた。そっと真里が先行し、保健室を確認しに行く。
「深夜に女性を一人になんてさせられませんよ」
明斗はそんなことをしれっと言いながら、雪之丞についていた。
僅かに扉を開いて、中を見た真里が戻ってきた。
「何となく楽しそうに見える気がするよ」
今度は、扉をしっかりと開いてみる。そこにあったのは、複数体のガイコツがフィーバーしている姿だった。中にはベッドの上で、お立ち台のように踊り狂うものまでいる。
「んー」
特にこちらへ害をなそうという様子は見られない。プログラミングされているかのように、ひたすら踊る。写真を一枚取ってみたが、明斗には物足りなかった。
「もっとしっかり踊ってください」
そう告げると、容赦なく明斗は銃弾をガイコツたちの足元へ撃ち込んだ。慌てた様子で、跳ねるように踊り出したガイコツたちを写真に収めていく。
「……ふ」
一定枚数撮ったところで、無言で雪之丞がガイコツを蹴り飛ばした。ほぼ不意打ちの蹴りに、吹き飛んだガイコツが別のガイコツにぶつかり、連鎖的に倒れていく。
そんな様子もしっかりおさめ、
「協力、ありがとうございます」
と容赦なく審判の鎖で縛り上げていく。逃げ場を失ったガイコツたちに、明斗は穂先を向けた。
「楽しんでいるところ悪いけれど、そろそろ終わりにしようか」
真里も戦闘態勢をとり、淡々とガイコツを片付けていく。
動かなくなったガイコツを一箇所にまとめ、保健室を後にする。
一階のさらに奥、もう一つの七不思議。
「これがか……」
しげしげと雪之丞が見つめるものこそ、死顔の鏡だ。
三人でうつってみれば、確かに悲壮な顔になる。おまけに、その中から手が伸びてこちらへ襲いかかろうとしていた。
「では、片付けますね」
自分たちの死顔を撮り終えた明斗が、淡々と鏡を縛り上げた。
伸ばした手が、虚しくうごめく。
「未来なんて誰にも分からないものだよ」
シュールだなと思いながら、真里は魔導書を開く。壁際のディアボロのため、校舎に傷を付けないようよくよく狙いをつける。
「こうなると、間抜けだな」
襲いかかろうとしても動けない鏡に、雪之丞も直刀を向ける。
一閃、鏡が切り裂かれ地に落ちた。その後ろには、別の鏡があるものの、映るのは普通の自分たちの姿だった。
「さぁ、次に行きましょう」
割れた鏡をぱしゃりと撮って、念のため花子さんがいないかを探しに行くのだった。
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「お、ここが音楽室だな」
疾走する人体模型を探す中、日菜子は先に音楽室の扉を見つけた。
早速入ろうとしたところで、ふと静かなことに気づく。
「あれ? ラル、どこだ?」
さっきまでべたべたとくっついいたラファルがどこにもいない。
はぐれるような道行ではなかったはずと、首を傾げる。はぐれたのがアンジェリクなら心配するところだが、ラファルなら大丈夫だろうと信頼する。
目下、音楽室の幽霊から片付けてしまおうと思い直して扉を開ける。
「なるほどな」
目の前に立っていたのは、中世ヨーロッパの音楽家っぽい半透明の人影だった。日菜子を見るたび、指揮棒を振りかざして、立ち向かってくる。本命の敵は人体模型の日菜子にとって、こいつは前座だ。
闘気を解放し、即座に一撃叩き込む。
指揮棒を取り落とした音楽家は、そのまま地面に伏せるのだった。
「ラルも探さないとな」
そういって出ていこうとする日菜子の後ろで、音楽家が負けじと反撃しようとしていた。
が、
「悪いが、寝てろ」
突然現れた異様な姿のラファルが、とどめを刺した。
音楽家が完全に沈黙したのを確認すると、素早く光学迷彩を起動して姿を消す。振り返った日菜子は、訝しげに中を見てから、音楽室を出た。
出た目の前を、ズェアっと人体模型が通り過ぎていった。
「いた! 私も足に少しは自身があるんだ」
早速、日菜子は人体模型を追っかける。追いかけられていることに気づいた人体模型は、己の身を削るように内蔵模型をぶん投げてきた。
やはりディアボロなのか、何個でも生成できるらしい内蔵をぶつけられながらも、駆けていく。
廊下の端に来たところで、人体模型はするりと折り返して見せた。日菜子の脇を、捉えられるギリギリで抜けていく。
「っと!?」
だが、その先にラファルがいた。ぶつかった人体模型が、動きを止めた一瞬で日菜子は距離を詰める。その手が真っ赤に燃えるとともに、強く踏み込んで一撃。
内蔵を精一杯撒き散らかしながら、人体模型は校舎の外へ叩き落とされるのだった。
なお、ラファルが窓が割れないようにそっと開けていたりする。
「あの馬鹿の方が、早かったな」
闘気を収めた日菜子の面前で、ラファルは突然姿を現した。
「わっ!」
脅かそうとしたラファルに、日菜子は一言。
「何してるんだ、ラル」
淡々と告げるのだった。ラファルは不満気だったという。
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さて、ここで三階の様子を見てみよう。
「古びていますけれど、損傷は無いようですわね。ごく一般的なレプリカかしら?」
西洋甲冑が置いてある資料室で、アンジェリクは甲冑をしげしげと眺めていた。
「アンジェリクさん、不用心だよ」
春樹は、甲冑に触れようとするアンジェリクに苦笑する。
もう少し近くでと顔を近づけようとした時だ。甲冑が一人でにカタカタと音を奏でだした。慌ててアンジェリクが甲冑と距離を取る。
目のあたりに光が宿り、じっとアンジェリクを見つめている。ガタッと音を立て、甲冑はアンジェリクへ向かって歩き出した。
「か、神谷さん、動いてますわアレ!?」
盾を取り出し、隠れるアンジェリクに春樹はいたずらっぽく笑いかける。
「動いてるねぇ。やっぱり、噂は本当だったみたい」
アンジェリクを庇える位置に移動しておく。
「どうする? 近くで見たいなら動きを止めて来るよ? それとも、熱視線に答えてくる?」
そういっている間にも甲冑の視線は、アンジェリクに注がれ続けている。熱光線でも出そうなほどだ。
「そもそも、恋愛に興味ないですわ。邪険にあしらって……」
そこでアンジェリクは言葉を切る。甲冑の視線が、微妙にずれているように感じたのだ。
「なんで、あの甲冑私の鎧見て……」
「甲冑だからね」
春樹が淡々と告げると、アンジェリクは顔を真っ赤にした。
「私じゃなくて私の鎧に興味があるんですの!? は、恥ずかしい勘違いを……!」
悶えるアンジェリクの横で、春樹は槍を構えて甲冑に近づいていく。
そのまま木遁を発動し、甲冑を束縛する。
「よし。見るなり倒すなりご自由に」
「か、甲冑相手の戦闘は、騎士同士の訓練で慣れっこですわよ!」
威勢よくいってみせ、そのまま大剣で甲冑を叩き潰す。歪んだ甲冑は音を立てて、崩れ落ちた。目の光も消え去っていく。
「美人でそういうことも多かっただろうし、勘違いしても仕方ないよ」
資料室を出た後、春樹はアンジェリクを慰めていた。
「な、慰めないで、慰めないでー!」
アンジェリクは顔を覆って首を振るう。そうこうしている間に、トイレに辿り着いた。途端にアンジェリクは春樹の後ろに隠れ、ぐいぐいと前に押し出す。
「あれ、アンジェリクさん? 甲冑をぺたぺた触ってた度胸はどこに行ったのさ。まぁ、頼りにしてくれるのは嬉しいけど」
「か、甲冑と花子さんは違いますわよ、大違いですのよ!?」
だが、目の前にあるのは女子トイレだ。
入るかどうか迷っていると、中から香里が出てきた。
「あ、他の七不思議は終わりました? 花子さんも2階にいたので倒しましたよ」
しれっと報告をするのだった。
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これは香里による報告をまとめたものである。
「さて、ここはこれでよし」
香里は、アンジェリクたちと別れた後、すべての階段を確認していた。一体だけ紛れていた階段憑きを倒し、一息つく。
ちょうど、二階では日菜子が人体模型と競走している声が聞こえた。
その間に、香里は二階のトイレに赴く。警戒しながらトイレの扉を開くと、あきらかに花子さんっぽい何かがそこにいた。ただし、体は半透明で顔や手足は不鮮明な形をしている。
明らかに人ではないそれは、香里を見るなり襲いかかってきたのだ。
狭い場所で戦うのは不利と、廊下まで出てきたところで、声がした。
「危ないですね」
声がした先にいたのは、明斗だ。
審判の鎖で縛り上げると、「目線をください」等といいながら、さっと撮影を済ます。
「いい度胸してますね」
香里は明斗にそう告げると、的確にディアボロを始末するのだった。
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新の待つ、この学校の生徒会室に撃退士たちが帰還する。
「きっと、新聞は盛況ですね」
明斗は満足した顔で、写真を確認していた。
「結局、全部ディアボロだったんだね」
ことの顛末を真里と雪之丞が報告する。事細かな説明を、新は頷きながら書き留める。
「新聞、楽しみにしてるね」
「もちのろんっす」
真里の締めの言葉に、力強く頷くのだった。
「そう言えば、途中で見かけた女の子はちゃんと帰ったかな?」
「お、女の、子? ……そんなの、居なかったと思うんですけれど……!」
続いて報告をしていた春樹がしれっとそんなことをいう。アンジェリクが驚き、慌てふためいていた。
話を膨らませる春樹の目撃談を新は、面白そうに聞いていた。
記事に盛られるのは間違いないだろう。
トイレの花子さんに関する情報や、校舎の雰囲気などをよく伝えてくれたのは香里だ。彼女の情報を元に、地図へ新はさらなる書き込みを加える。
「これで、旧校舎を怖がっていた人も安心できますね」
「そうっすよ。万事解決っすよ」
さて、最後に日菜子とラファルの報告だ。
「やっぱり天魔だったな」
最後まで怖がらなかった日菜子に、ラファルは少し不満気だった。
「俺が脅かしても怖がらなかったしなー」
「オカルトなんて、あるわけがない」
日菜子は、きっぱりと言い切る。人体模型を窓から突き落とすだけのことはあった。
報告を取りまとめ、新は告げる。
「ふふふ、これはいい記事が書けそうッス!」
インパクトある七不思議の写真、いるはずのない女の子の話、人体模型との全力競争……。
「七不思議は実在した! 久遠ヶ原討伐隊!」の記事は、好評を得ることができたのだった。
旧校舎、夏の夜には、肝試し。
七不思議のご連絡はあらた新報まで!