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「あちー……」
照りつける太陽の下、西條 弥彦(
jb9624)は手をパタパタさせていた。
滑り止めの靴を履いた弥彦の足元には、学校のプールが広がっている。
ただし、そこには水がない。
「ヘドロだ、と……!? これを……こんな汚らわしいモノを僕に始末しろ、と?」
次いで現れたのが、カミーユ・バルト(
jb9931)だ。依頼内容は知っていたが、いざ目の前にしてみると笑いがこみ上げてくるらしい。
「はっはっはっ! 何の冗談だ? この! 僕には!! 似合わないだろう!?」
言葉尻だけ捕らえてみれば、カミーユのテンションは高い。それも暑さのせいだろうかと思えなくはなかった。
その隣で、セレス・ダリエ(
ja0189)が静かにいう。
「……これで泳いだら中々に体力がつきそうです」
カミーユはその言葉に驚きの表情で、振り向いた。
「いえ……泳いだりは、私はしませんが」
そんなカミーユに、セレスは答える。カミーユはしばし考えたが、意を決したようにヘドロを見下した。
「いや、だが……そんな汚らわしいプールでレディ達を泳がせるわけにはいかんな。では、僕が、僕自らが! 綺麗にしてやろうではないか!」
勢い良くカミーユは宣言し、セレスは無表情でパチパチと拍手を送る。
スクール水着を纏った雫(
ja1894)は、冷静にヘドロを眺めていた。
「不定形の相手はやりずらいですね。加えて汚いですし……」
今からここに突撃することを考えると、嫌な気分になる。
「んー、確かに見た目的にも嫌らしい天魔さねぇ」
九十九(
ja1149)も雫と似たような感想を述べる。
「どこまでやれるか知らんけど引き受けたからにはお仕事しようかねぇ……」
「そうですね」
九十九はプールサイドを歩きつつ、位置を確かめていく。雫は今からここに入るのだということをポジティブに考えようとした。
プール掃除、プール掃除だと思えば気は楽になる……かも。
「プール掃除ねぇ、何とも懐かしいこって」
そういいながら、同じくプールへ突入を決めていたのが麻生 遊夜(
ja1838)だ。
「汚物は消毒だ―……っていうよね」
クスクスと笑いながら、来崎 麻夜(
jb0905)が翼を生やす。
「ん、出番」
その隣では、デッキブラシをぶんぶん振り回しながら、ヒビキ・ユーヤ(
jb9420)が構えていた。
それぞれが配置を確認し、
「尖兵は頼んだ、遊夜君」
カミーユから聖なる刻印を与えられ、遊夜はプール内へと降り立つ。
「避けきってみるとしますか……追撃頼むぜ!」
そして、プール掃除が始まるのだった。
●
「さて、一丁突撃してみるとしよう」
遊夜はプールに降り立つと同時に、中央付近にまで踊り出る。手持ちのガドリングを縦横無尽に、撃ち放つ。弾丸の嵐が、ヘドロの中へ撒かれていく。
「さぁこっちだ、相手してやんよ!」
挑発するようなものいいで、攻撃を誘う。
「ハッ、させやしねぇよ!」
渦巻くように形成されたヘドロへ赤い弾丸をぶつけて攻撃をそらす。
連続する攻撃に、ヘドロの一部がかかるも、カミーユの刻印が効いたのか体に異常はない。
「今のうちに、いこうか」
敵の動きを見つつ、弥彦がリボルバーの引き金を引く。流動状に動くヘドロの中で、固まった感じのするところを狙う。淡く金緑の光を帯びて、弾丸が射出された。
ヘドロの只中へ撃ち込まれると、ぐらつくようにヘドロがうごめいた。
「当たり……だな。っと!?」
感触を確かめる弥彦の目の前に、ヘドロが飛ばされていた。遊夜の引きつけから漏れていたのか、ヘドロを半身に受けてしまう。
「大丈夫か、弥彦君」
カミーユが、聖なる刻印を弥彦へ与える。被害を受けた方を先に助けなければならないと考えたからだ。
「聖なる刻印、感謝」
短く礼を述べ、弥彦はヘドロに向き直る。油断しないよう、ヘドロの動きに神經を集中する。
「それじゃ行ってみようかー」
戦闘開始と同時に、飛び立っていた麻夜がくすくすと声を上げ、プール上空に至る。
ついてきたのかと見上げる遊夜に、
「そうだねぇ、敵の攻撃が分散するよりはいいかも?」
と返す。
「夜に嫌われると良いよ! 」
プールの中ほどで、麻夜は黒い羽を舞い散らせる。ヘドロの間に、中に、隙間を埋めるように羽が入り込むと全体がぶるりと震えたように思えた。
「あなたはもう、何も見えないの。はじめから、見えてないかもね」
どこにも目がなさそうなヘドロに笑いかける。
混乱をきたしたように見えるヘドロへ、セレスが追撃をかける。
巨大な火球を生成、プール中央で遊夜たちを巻き込まないように炸裂させる。撒き散らされた炎が、ヘドロの一部を焦がす。
嫌がるように身動ぎし、飛ばしてきたヘドロを剣状の雷で迎撃しようと試みる。
「おいおい、余所見か? つれないねぇ」
その攻撃へ遊夜も反応し、赤き弾丸をぶつける。
それでも捌き切れないヘドロをかぶってしまうが、予想以上に被害は抑えられていた。
「あそこと、あそこが核です」
蜘蛛の巣のようにアウルの糸をまとわせた雫が、観察結果を述べる。
「ヘドロの全体量が減れば、核の移動域は小さく成るはずです」
プールの端を移動しながら、核を確認。ヘドロを引き離していく。
雫の声を聞き、九十九は弓をひく。
「さて、試してみましょうかねぇ」
核の1つに向けて、三度矢を放つ。一発は軌道をそらし、二発目は掠っていく。三発目は核を穿ったように思えた。連射に核が動きを鈍らす。
「ここじゃないの、向こうに、行こう?」
そこへヒビキが飛び込んでくる。デッキブラシの先端でグッと核を押し飛ばす。
「そう、もっと、もっと向こうに」
一箇所に集めるべく、ヒビキは匠にデッキブラシを操っていた。
「そこで大人しくしていたまえ!」
動いた核をすかさずカミーユが、聖なる鎖で縛る。
次第に、核が集められていた。
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「ハッハァ、吹き飛びやがれ!」
弾丸の嵐を起こしながら、遊夜が声を上げる。
返すように、ヘドロが波打てば麻夜が飛び込んでくる。
「先輩には触らせないよ!」
ヘドロの周囲が闇に包まれ、判断を鈍らせる。ときには、遊夜自身が赤い弾丸をぶつけて攻撃を逸らしていた。
遊夜と麻夜が核の注意を引きつける隙に、雫やヒビキが回りこむ。
雫は大剣を横薙ぎに、核を弾き飛ばす。雫もデッキブラシのブラシで中心へと核を追いやっていく。
「追い込みをかけていきましょうかねぇ」
九十九が続いて、弓矢を連続射出する。微妙に掠らせ、ヘドロの核を中心へと追い込む。その九十九へ向かってくるヘドロは、紫紺の風へと変化した矢が逸らす。
「諸君、畳み掛けるぞ」
尊大に言ってのけたカミーユも魔導書から、炎を生み出して浴びせかける。攻撃を外すこともあるが、意図は集めることなのだ。
「そろそろだな」
弥彦が放った弾丸が、核を穿つ。雫によって見出された核が、おおよそ集まっていた。
「さぁ、皆眠りに抱かれると良いよ」
麻夜が告げると、黒羽根が周囲に舞い散った。ヘドロにまとわりついた黒羽根は、次の瞬間に氷の結晶へと変化を遂げる。温度を奪い、ヘドロを凍てつかせていく。
反撃をヘドロの上を滑るように移動し、躱しながら、
「皆凍って凍って、壊れちゃえ!」
と麻夜はいってのけた。
「おっと、どこへ行こうというのかね」
不意にカミーユが、そんなことをいった。
麻夜の領域から脱していた核が、包囲から逃れようとしていたのだ。移動しようとした方向へ、先回りをするとプールサイドから手をかざす。聖なる鎖が、核の動きを封じ込めていく。
「さぁ、存分にやりたまえ」
その声に答えたのは、遊夜だ。
「全て銃弾の餌食になるがいいさ!」
黒と赤の螺旋模様を描く、弾丸。複数の核を撃ちぬいていく。
その軌跡が消えると同時に、
「蜂の巣程度で済むといいな?」
と告げる。
雫が、ヒビ割れた核に接近していた。
振り上げたフランベルジェがエネルギーを纏う。一息で振り下ろされた、刀身から黒い衝撃波が放たれた。飲み込まれた核の1つがヒビ割れを大きくし、崩れ落ちる。
機を見ていた九十九が、すかさず追撃をかける。矢はかろうじて存在を保っていた核を貫き通した。ガラスが割れるような音が響いて、核ははじけ飛ぶ。
ふと別方向から逃げようとしていた核があった。それを追い詰めるように、ヒビキが飛び寄る。
「我が家の、おかーさん掃除術に、敵はないのよ?」
風切音を奏でながらデッキブラシを振るい、強力な一打。
「さぁ、遊ぼう?」
くすくすと笑いながら、ヒビキは問う。
「綺麗にするの、してあげるのよ?」
返す刀……ではなくデッキブラシでもう一撃。壊れかけの核は、ヘドロの中から半身を表す。
そこへセレスが雷撃を放った。吸い込まれるように、中心を射抜いてとどめを刺した。
無表情のセレスに変わって、感心を示したのはカミーユだった。
「……ふむ。それにしてもさすがセレス君。良い仕事っぷりだ! 尊敬に値する」
戦闘中ながら称賛の声を上げるカミーユを、セレスは無表情のまま見やる。
「僕が見込んだだけのことはあるぞ。今日も絶好調と言った所、か?」
自己完結し、はっはっはと笑い声もあげていた。
セレスはぽつり、
「カミーユさんもも輝いてますよ」
といってみる。気を良くしたように見えたカミーユだったが、次の瞬間ヘドロが飛んできていた。九十九がしれっと紫紺の風で、ヘドロを撃ち流す。
慌て気味であったカミーユは1つ咳払いをして、体勢を繕った。
「大丈夫です。カミーユさんも輝いていますよ」
決め直したカミーユにセレスは、重ねていってみるのだった。
「もちろんだとも。これくらい、これくらいでへこたれることはないのだ」
言ってのけ、ここぞとばかりに、セルベイションで金色の炎のようなものを生み出す。
腹いせとばかりに、核の1つをもろもろにまでもっていった。
状況をみて飛び立っていた弥彦は、プールサイドのやりとりに淡々と感想を漏らす。
「何をやっているのだか」
視線をプール内へと戻し、カミーユが崩しかけた核を至近距離から確実に仕留める。正しければ、これで四個目のはずだ。
雫が確認した核の数は六つ。あと二つは、非常に近い距離にあった。
遊夜の攻撃で纏めて撃たれ、麻夜によって凍てついていた。
「ここで、潰して、あげるの」
逃れようとしても、ヒビキが回りこみデッキブラシを叩き込む。一閃、核の動きは封じ込められた。好機とばかりに、核同士の間隙に雫が滑りこむ。
「終わりにしましょう」
静かに告げた刹那、二つの核は半分に切り裂かれていた。四つに割られた核は、そのまま自身の操っていたヘドロの中へと沈むのだった。
●
「…………」
プール掃除のため、一箇所に集められたディアボロの残骸を前に弥彦は黙祷をしていた。
しばらく、じっとしていたがプール掃除を始めるとの声を聞き、その場を離れる。
各々水着や動きやすい格好に着替え、掃除を始める。
「最後までやったほうが気分良いだろう? さぁ、磨くぞ」
「もっと綺麗に、ピカピカに」
遊夜とヒビキは丁寧にデッキブラシで底面を磨いていく。
「早く終わらせてお風呂はいろー」
麻夜もそんなことをいいながら、ゴシゴシとブラシを操っていた。
「任せとけって、掃除は得意なんだ」
様子を見に来た生徒会長に遊夜はそう告げていた。
そんな三人からやや離れ、滑走する姿があった。
セレスだ。
「……カミーユさんは掃除はなさらないのですか?」
ふと立ち止まって問いかける。
「レディ達が一生懸命にしているのに、この僕が、やらないわけがないだろう!」
そうだろう、セレス君、と逆にカミーユは問い返した。
セレスはこくりと頷く。
「まぁ、見ていた前」
そういいながら、カミーユはデッキブラシ片手にに滑走し始めた。合わせるようにセレスもかけ出す。
「競争だな? 負けないぜ」
と勘違いをしつつ、弥彦もカミーユたちとともに端からブラシをかけていく。
三人によるデッキがけは、広い面積を速く掃除するには最適だ。
「それ、遊んでいるわけではないですよねぇ?」
九十九は近くを通りかかった雫に、ふと声をかけた。
「……遊んでいませんよ。足のブラシで滑りながら掃除をしているんです」
そういう雫は足にブラシをつけ、滑って移動していた。ザザッと強く踏み込みながら、床を擦り上げていく。だが、遊んでないという言葉は十数分後にこうなった。
「少しは気を抜かないと、長続きしませんからね」
雫の提案で、固形石鹸を使ったデッキブラシホッケーに興じる者もいたりいなかったり……。
気がつけば一時間以上、遊びながらも、掃除をしていた。
提供されたシャワーを浴びて、さっぱりしたところで生徒会の面々がジュースを持ってきてくれた。
「あそーさん。ジュースはどれにしますかねぇ」
九十九が聞くと、遊夜は即答した。
「炭酸以外で頼む、苦手でな」
九十九が生徒会から受け取り、ヒビキが遊夜のジュースを運んできた。
「ん、良い汗かいた。はい、ジュースあげる」
クスクスと笑うヒビキにお礼を言って、受け取る。
「ジュースがさらに美味しく感じられるねぇ」
麻夜がそんな感想を漏らす。
「ふむ。庶民の飲料は普段は飲まんが……これは旨い、な」
缶ジュースをしげしげと眺めていたカミーユもそう告げていた。
「あぁ、いい。置いておいて。ありがとう」
怖がらせたくないという思いから、弥彦は置いてもらってからジュースを受け取っていた。ありがたくいただき、ゴミは自分で持ち帰ることにする。
「……プールもカミーユさんの如く輝きが戻りましたね。これで皆も安心して泳げるでしょう。」
セレスは磨き上げたプールを見下ろして、そういった。
「綺麗になるものですね」
ジュースを飲みながら、雫も同意する。
水が入っていくプールを眺める人々と、少し離れて九十九と遊夜たちが立っていた。
「ん、帰ってお風呂、ゆっくり入ろう? 」
ヒビキはそういうと、遊夜におぶさる。おいおいと言いながら、優しく遊夜はヒビキを背負った。
「ん、疲れたもの」
そういってヒビキはねむねむとなる。
轟音を響かせ、プールには綺麗な水が溜まっていく。
そろそろ夏空も赤くなろうとしていた。
ジュースを飲んで一息ついた撃退士たちは、帰宅の途につくのであった。