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明るい。
一言で述べるなら、今回の戦いはそれに集約されるであろう。
「……暗い」
橋場 アイリス(
ja1078)は、サングラスをかけたとき、ポツリとそう呟いていた。だが、高台を登るに連れてサングラスの暗さが中和されていくのを感じた。
そして、目の前に現れたスターを見た瞬間、
「うっとうしい光、うっとうしい笑顔ですね」
とつぶやきそうになる。
が、次の瞬間。
「……斬り殺してあげます」
あまりの憎たらしさに、アイリスはそう呟いていた。
この満面笑顔の輝くスターを憎たらしげにみているのは、パウリーネ(
jb8709)もであった。もとより、眩しい場所は嫌いなのだから、スターは天敵のようなものなのだ。
「早く、暗い暗い夜に戻そうか……」
パウリーネは、いらついているようだった。
「いらねぇよ、こんな夜」
夜空と星をかたどった銀の紋章を掲げ、パウリーネは戦場へ赴く。
「眩しくって、浄化されそう……」
やや遅れて、水枷ユウ(
ja0591)がぼそりという。
こちらはなぜか憔悴した気分を味わっていた。徹夜明けに日差しを浴びせられた、そんな気分だ。支給されたサングラスをかけ、じっと星を見る。
「えがお……」
どうやらスターの満面の笑みが気になるようだった。
続けて、蓮城 真緋呂(
jb6120)が高台を登り切る。
「こうも夜中まで明るいと、眠れないのも分かるわね」
下からでもわかる明るさを改めて、感じるのだった。
睡眠不足はお肌の敵、それを作り出すスターを倒すべく、真緋呂はサングラスを二枚重ねにする。が、
「うーん、動くね」
思った以上にがさがさするので、一枚に戻すのだった。
五月七日 雨夏(
jc0183)は、
「憎々しいほどの笑顔ね〜」
と困った表情で感想を述べる。やはり、憎たらしいのだった。
雨夏もサングラスを二枚持っているが、自分用と召喚獣用だ。今は戦闘開始と、機を待ちつつ自分用だけをかけるのである。
蒼空ヲ疾駆ル者(
jb7512)は翼をはためかせ、ずれたサングラスをなおしていた。
目の前に現れたスターの顔は、
「……あの笑顔を見ていますと「イラッ☆」としますね」
本日何人目かわからないいらだちを、蒼空ヲ疾駆ル者にも提供してくれる。
ガトリングガンを取り出し、蒼空ヲ疾駆ル者は、
「早々に御退場願いましょう」
と、告げるのだった。
最後に高台へたどり着いたのは、仁良井 叶伊(
ja0618)だ。
「歩く灯台、星を落せ……と」
情緒ある言葉で今回の目的を確認し、目の前の敵を見やる。
その目は、サングラスと薄布によって保護されていた。視界を消し去らない範囲で、目への影響を減らす工夫だ。それでも、多少はチカチカとするのだが。
叶伊がスネークバイトを構え、全員で陣形を整える。
スターがこちらに満面の笑みで近づいてこようとするのが、合図となった。
●
機先を制したのは、アイリスとパウリーネだ。
アイリスは戦闘開始と同時に、駆け出し中央を位置取った。パウリーネもアイリスとほぼ同じくらいまで前に出る。
先にパウリーネが動く。
「闇の中こそ私の戦場だから。眩しいのが嫌なだけとも言うけど……ね」
光り続ける星たちに、そんな文句をいいながらテラーエリアを展開。パウリーネ自身を中心として、アウルの闇で周辺を閉ざそうと試みる。
だめでもともと、星たちへのせめてもの抵抗だ。
闇は光と混ざり合うように溶けていき、穏やかに消えていった。だが、先ほどに比べれば多少は光が和らいでいる。先手を打つには十分だった。
「では、いきましょう」
アイリスは光が中和された瞬間に、自らの頭上に無数の真紅の刃を形成した。穏やかになったといっても、光は未だ強い。その中でも最も強いところに向けて刃を射出する。
刃はスターたちへ襲いかかり、複数を破損させた。
二人の連携をかいくぐるように、一部のスターが笑顔を飛ばす。すごい言霊だが、想像してほしい。笑顔が、ビームのように飛んでくるのだ。
狙われたのはユウだ。
「すごく、えがお……」
悠長に、射出された笑顔を観察しつつ、回避を試みる。笑顔が脇をくぐっていった。
「こちらも……」
ユウは笑顔を飛ばしてきたスターを含め、多くを巻き込むように透明な正八面体を出現させる。周囲の熱を吸収し、スターたちを凍えさせ……笑顔なのでわからない。
刹那、正八面体が自壊――溜め込んだエネルギーが放出されスターたちに襲いかかる。
エネルギーにぼろぼろにされながら、なおも笑顔。
あまつさえ、笑顔ビームが多方面へ飛ばされる。
「意外と、痛いですね」
強力なエネルギーなのか、アイリスがそう漏らす。
「痛いし、微妙な気分になるね」
もうひとり、攻撃を受けていた真緋呂もそんなことをいう。
真緋呂は続けざまに、混戦状態ではないのを見てコメットを放つ。無数の彗星が、スターたちのいる箇所だけに降り注ぐ。
押しつぶされながらも笑顔のスターに、真緋呂はなんともいえない気分になるのだった。
そんな真緋呂の攻撃を見計らって、位置取りを改め、雨夏がヒリュウを呼び出す。
「ガー君、これをかけるのよ」
愛称がガー君のヒリュウに、雨夏はサングラスをかけさせる。
そして、スターたちがにじりよる戦場へと送り出すのだった。
「それにしても……」
神妙な面持ちで、雨夏は戦場を見つめる。
「攻撃されても笑顔なんて…アイツらMかしら」
そんなことを考えているのだった。
視線の先、戦場では蒼空ヲ疾駆ル者と叶伊も接敵を果たしていた。
蒼空ヲ疾駆ル者は範囲攻撃が落ち着いたのを見て、誤射しないところへガトリングを撃ちこむ。飛んできた笑顔ビームを避け、カウンター気味に弾丸を叩き込むのだった。
一方の叶伊は、自分の影を頼りに方向を確認。目にも留まらぬ早さで、拳を抜き放ち、スターの顔面を砕く。
「同士討ちだけは、気をつけないと」
周囲の声、動き、気配を頼りに、視界だけでない識別方法で動く。叶伊は、仲間への誤射を警戒し、少し離れて戦うのだった。
●
パウリーネによる中和作用が衰え、光が戻ってきた。
「I deserted the ideal……」
先手を打ち終わり、アイリスが唱えるのは、自らへの呪詛、暗示。血のような紋様の浮かぶ黒いバイザーが顔の上部を覆った。
そこへ、体を手裏剣のごとく回転させたスターが飛来してくる。さらには避けた隙を狙っての笑顔ビーム。これらを受け止め、捌きあげてアイリスは反撃へ出る。
「目障りです」
飛来したスターを逃さぬように、接敵、密着するような距離で大剣を振り上げる。氷のような刃が、スターの笑顔ごと身体を袈裟斬りにする。
獰猛さを兼ね備えた攻撃を、アイリスは繰り返し、群れを潰しにかかる。
そうしたアイリスを支援するがのごとく、パウリーネが爆発を起こす。
色とりどりの炎がスターたちへと襲いかかる。
「数を早く減らしたいね」
そんなパウリーネに同調するように、範囲を少しずらしながらユウが再度氷霜天を放つ。正八面体が弾け、笑顔のスターたちを打ち倒す。
スターたちの笑顔を見ながら、ふとユウは己の頬をぐにぐにとしてみる。
自分がクール系という自覚のもと、あの笑顔のように少しは笑ってみるべきなのかもしれない。そんな思いが湧くのである。
そう考えると、スターの笑顔も捨てたものでは……。
「やられながらも笑顔とは、本当にイラッとしますね」
ダメでした。
淡々と蒼空ヲ疾駆ル者は感想を述べながら、ガトリングの音を響かせる。じわりじわりと、スターの数を減らしていく。範囲攻撃の射程を気にしつつ円を描き、ひたすらに撃つ、撃つ、撃つ。
が、眩しさがすぐに減るわけではない。目が眩んだ一瞬をついて、笑顔ビームで穿たれる。
「まだ、大丈夫です」
高度をやや下げ、蒼空ヲ疾駆ル者はこちらを見た仲間に告げる。
「少し、離れてね」
見やった真緋呂は、全員に忠告すると、劫火によって複数の群れを襲う。炎がスターを包み込み、阿鼻叫喚……ではなく笑顔のまま焼いていく。
「やはり、Mですわ」
雨夏の疑惑は、確信へと変わる。それはそれとして、ガー君にも指示を出す。
「ガー君、Mスター集団に熱い一撃放っちゃいなさい!」
ガー君は、雨夏の声に呼応するように手近なスターにブレスを吐きかける。
「Mスター! あんたの標的はあたしよ!」
そして、攻撃が一人に集中させられないよう、声を出してスターの笑顔をこちらに向けさせる。雨夏に応じて、ヒリュウも声を出し笑顔ビームをかわす。
「当たらなければ、どうということもないわ!」
それは、相手も同じこと。
蒼空ヲ疾駆ル者はガトリングを撃ち続けているが、数も減ると当たる回数も減っていくものだ。光量はややサングラスがなければ厳しいくらいになってきていた。
「もうちょっとで、問題なくなりそうですね」
状況を見定め、蒼空ヲ疾駆ル者はガルムへと武器を切り替えるか考え始めていた。
「一気に片付けましょう」
叶伊は神速による牽制攻撃から、炸裂掌を放つ。高まった魔法力が、目の前に屯するスターの群れを蹴散らしていく。それを二度繰り返したときには、スターの光量は抑えられ始めていた。
輝きの消えたスターの残骸が高台に散乱している。
戦況は3つのグループに分かれ始めていた。
数が少なくなり、スター自体が分散し始めたからだ。
1つは、
「そのまま、倒れていてください」
両刃剣を振るい、スターに接近戦を仕掛け続けるアイリス。そして、
「んー、えがおえがお……」
と自らの頬を時折いじりつつ、漏れでた笑顔を粉砕するユウである。
時折向かってくる手裏剣スターは、細氷の霞緩を作り出し、緩衝材にする。
「向かってくるえがおもあるのか……」
感心したようにそんなことをユウはつぶやくのだった。
この二人の合間を縫うようにして、パウリーネがファイアーワークスを再度放つ。
「闇に沈み、消え失せろ!」
撃ち切った後は、執拗な魔法攻撃でスターを撃滅しにかかる。あからさまな敵愾心は、やはり明るい敵だからだろうか。
2つ目の戦場は、
「間近だと、確かにイラッとくるね」
スターの回転攻撃を剣で捌き、接近戦を仕掛ける真緋呂だ。
混戦状態へ入りだしたので、前線へと躍り出た。ぐるりと大剣を振り回し、スターの群れに切り込んでいく。
そんな彼女を支援するように、叶伊が攻撃方向に気をかけながら追撃を行う。おさまってきた光に、薄布は外していた。それでも、直視しないよう気をつけながら叶伊は立ちまわる。
ときには雷符を用いて、真緋呂に突破口を作る。
「落ち着いてきた感じでしょうかね」
スターの数が減るごとに、高台の明るさは減退していくのである。
最後のグループは、蒼空ヲ疾駆ル者、そしてガー君と雨夏のコンビだ。
「サングラスはいかがですか」
敵数が減りサングラスも不要となった蒼空ヲ疾駆ル者は、それをスターに投げつけた。気がそれた瞬間を狙って、ガルムを唸らせる。
だが、その体力はじわじわと削らされていた。そんな蒼空ヲ疾駆ル者をカバーするように、雨夏とガー君が動き回る。
「ほらほら、攻撃してみなさいよ〜! 当てられるものならね〜!」
挑発に乗るも八卦、乗らないも八卦であるが、分散させるには効果があった。
●
最初にスターを殲滅したのは、アイリスのグループだった。
「まずは、終わりです」
サングラスを投げ捨て、大剣を一気に振り下ろす。散り散りになっていたスターを、一様に斬り伏せた。
そこへ別方向から笑顔ビームが発せられる。
一瞬気を取られていたアイリスはそれをまともに受けるが、剣を杖代わりに崩れ落ちるのは防ぐ。ビームを発した輩を見やれば、ユウによってきっちりと片付けられていた。
「少し闇が戻ってきたね。でも、まだだよ」
パウリーネは戦況を見て、すぐさま別の方向へ魔法をぶん投げていく。
その支援を受けた真緋呂と叶伊もつつがなく、スターを狩り尽くす。
「っと、危ないわね」
悪あがきをするように、連続して回転してきたスターをいなす。返す刀で斬撃を与えて、群れに終止符を打つ。同時に、叶伊も素早く残党を叩き潰していた。
そのときだ。
蒼空ヲ疾駆ル者の短い悲鳴が、耳をついた。
「ガー君、急いで!」
一番近くにいた雨夏が、スターと蒼空ヲ疾駆ル者の間に割って入る。ブレスを吐きかけ、別グループの殲滅を終えたガー君も後を追う。
蒼空ヲ疾駆ル者が笑顔ビームをまともに受け、地に落ちたのだ。幸いにも大事にはいたっていない。すぐさま駆けつけたパウリーネと、叶伊が同時に魔法攻撃を放つ。
別方向から飛ばされた攻撃に挟まれ、為す術なくスターの残滓は消え去るのだった。
●
戦いが終わると同時に、蒼空ヲ疾駆ル者は目を覚ました。
「……死んでもなお、笑顔とは……」
自分を追いやったスターを見下ろし、いらだちを覚える。死してなお、笑顔のスターを踏みつけて粉砕してみるのだった。
その近くでは、アイリスもスターを剣の柄で砕いてみていた。
「アイリス、アイリス」
後ろから肩をつつき、ユウがアイリスを呼ぶ。
振り向いた瞬間、ユウはほっぺを両側でひっぱり、
「えがおー……?」
と問いかけるのだった。
「何をしているのでしょう」
うまく意図を汲み取れなかったアイリスが聞き返すと、
「……むう。どうやらこれは違ったらしい」
ユウは自己完結をするのであった。どうやら笑顔を作ってみたらしいと気付く。
答えなおそうとしたアイリスに、ユウが先に
「アイリスは何を……?」
と聞いてきた。
「あれだけ輝かれるとうっとうしいですが、細かくして光を小さくすれば綺麗かもしれないので……」
というのだが、残念ながら墜落したスターたちは光を失っていた。ただただ憎たらしげな笑顔だけが残っている。
意味はなかったですね、とアイリスは少し残念そうにいうのだった。
「夜だ!」
すっかり暗さを取り戻した夜に歓喜するのはパウリーネだ。
「健やかな、夜だ!」
「これが本来の夜よね」
真緋呂も共感して頷く。
「それにしても、目がまだチカチカするわね」
「視覚も鋭敏化しているでしょうし、後で眼科に行ったほうがよいでしょうね」
叶伊は目を気にしながら、そう告げる。
眠気も少しあるのだが、そこへ雨夏が元気にこんな提案をした。
「皆〜、あたしが朝早く起きて作ったクッキーよ〜♪ これで疲れを癒してね〜♪」
夜半過ぎ、夏とはいえ高台は少し風が冷たい。せっかくのジンジャークッキーをいただきつつ、高台から見える星空を見上げる。
少しばかりの小休止、ホッとしたところで撃退士たちは帰路につくのだった。