●
とあるカッパの告白。
これは、とある都市に溶け込むカッパの独占インタビューである。
目の前に現れたのは、やや緑色っぽい皮膚をした少年、佐藤 としお(
ja2489)だった。としお氏は、カッパは本来恐れられる存在だと滔々と語る。
「俺は河童だ……もう一度言おう、俺は河童だ」
「はい」
「河童は人の尻子玉と言うものを抜くと恐れられている……」
としお氏は、そこで表情を曇らせた。
「だがしかし、俺は尻子玉を抜いた事がない。何故なら天涯孤独の俺は誰からも尻子玉と言うものの正体を教えて貰った事がないからだ」
インタビューはここで一度、途切れている。
●
雨が降りしきる某日。
カッパが出るという某県某市。アサニエル(
jb5431)隊長を始めとする、城前 陸(
jb8739)隊員、若松拓哉(
jb9757)隊員、そして私、新谷新の四名はこの地に降り立った。
「……河童……見たい……!」
普段は無口な拓哉も、いささかカッパには興味があるようだ。少し目を輝かせ、手帳サイズのノートを広げる。
拓哉の隣では、陸が楽しげに思いを馳せていた。
「カッパ、河童。響きが可愛いですよね。本物……いえ、これから探しに行くのも本物なのですが。本当にいるのでしょうか?」
「それは違うよ。あたしたちがつ……見つけ出すのだ」
アサニエルは力強く宣言し、陸と拓哉を引っ張っていく。向かうは地元の図書館だ。
「まずは、地元の図書館で資料を確認するよ。いいね?」
「わかりました、隊長」
陸が答える後ろで、拓哉も静かに頷く。
さて、アサニエルたち探検隊は、図書館で河童に関する基本事項を確認した。水妖であることや、皿や甲羅、相撲やキュウリ……そして、尻子玉だ。
「……キュウリ……たっぷり……」
拓哉は二〇本ものキュウリを、持参していた。準備万端である。
さて、郷土史では河童はあるときを境に2つの一族に別れたという。片方は川に溶け込み、河童本来の生き方を目指した。もう一方は都会に溶け込んだのだという。
「どちらが、見つかるかはわかりませんが、確かにいそうですね!」
「それじゃあ、早速、目撃情報を集めに行こうかね」
●
河童はこの街に棲息するのだろうか? 不安を胸に、近所のお年寄りたちに伝承や昔語りを聞いていく。図書館で調べたのと同じ情報を語るものもおり、資料の信憑性が向上した。
しかし、肝心の目撃情報が出てこない。
「不安になってきますね」
陸だけではない。我々が不安を感じ始めた、そのとき、一人の少女が近づいてきた。
「あの……」
セレス・ダリエ(
ja0189)と名乗った少女は、河童を目撃したのだというのである。
「……あの時は吃驚しました……」
時間帯は、街灯がつき始める黄昏時。
全身が緑っぽく、頭に皿のようなものを載せた人影だったのだという。
「……目でしたがあれは河童に間違いない……です……」
「本当なら、心強いね」
アサニエルの問いに、セレスは間違いないと重ねて答えた。
そして、セレスはおじい様から聞いた話だと前置きをして、
「その川の近くで収穫したキュウリを持って歩いていた所。川から突如人が現れキュウリをかすめ取り川へ戻って行ったと……」
「……河童……」
拓哉のつぶやきに、セレスは頷く。
「……あの時は”キュウリ好きの子供もいるモノだなぁ”と思ったのですが……まさか河童だったとは」
我々はセレスの証言により、貴重な情報を得た。
やはり、河童は存在するのだ。
アサニエル隊長がお礼を言い、その場を去ろうとすると、セレスは我々を呼び止めた。
「もう一度姿を見たい……私も探検隊へ加えて下さい」
「危険ですよ?」
陸がやんわりと忠告するが、セレスは首を横に振った。
「……危険は承知……です」
「そういうことなら、歓迎するよ」
アサニエルの一言で、セレスが探検隊に加わることになった。
●
「河童は人の尻子玉を抜く………これは内臓を抜く、つまりキャトルミューティレーションを表してるわ 」
登場するなり、突飛なことをいう色香たっぷりの彼女の名は、雁久良 霧依(
jb0827)だ。
河童研究家として名高い霧依を、我々はオブザーバーとして招聘したのだ。だが、霧依は合流するなり自説を展開し始めたのだった。
「人を水中に引き込むのは、アブダクションを表してるの」
アブダクションとは、UFO等による誘拐のことである。
「つまり、河童とは宇宙人の事だったのよ!」
宇宙人、ここではグレイタイプのものを指す。
「……なるほど……」
「そういう説もあるのですね」
どこか納得した様子のセレスや陸。一方で、ぽかんとする拓哉。
仕切りなおすように、アサニエルは咳払いをするのだった。
「そ、そうか」
「グレイと遭遇した昔の人が、体験を元に河童という妖怪を造りだし、現在まで伝承されてきた。これが河童の真実! だとすれば、この街には宇宙人が入り込んでいる事になる」
どうやらまだ、続くようで熱弁を振るう。
「いったい何の為に……実際会って訊いてみましょう」
「そうだな。とりあえず、見つけなければならないな」
「でも気を付けて、相手が宇宙人なら。黒服の男達による妨害が必ずあるわ。私も何度命を狙われたか!」
ヒートアップする霧依の弁に、陸や拓哉は生唾を飲み込む。
アサニエルが気を引きめるように忠告したところで、我々は出発するのだった。
●
そんな探検隊を見据える二つの人影があった。
帽子をかぶり、緑色の雨合羽に甲羅……のようなものを纏った人影と、傘を持ち普通に立っている人影だ。
前者の人影こと雪室 チルル(
ja0220)は、
「やはり来るか、人間共め……」
と独りごちると川へと戻っていく。
すっと帽子を取った下には、一枚の皿があった。河童の領域に侵入者を踏み込ませないようチルルはやってきたのだ。ゲリラ知識に長けた現代の河童……本当に長けているのかは不明……にとって、罠づくりなど日常茶飯事といえよう。
「邪魔者は消さないと……河童的に考えて」
雨の中に消えていくチルルだが、その姿について、
「どうよこの姿! どう見ても河童ね!」
と新記者に語っていたことを付記しておく。
さて、後者はインタビューにもご登場いただいたとしお氏である。
としおは、田舎よりも情報が多いであろう都会へと足を運んできた河童だ。その姿は緑っぽいことを除けば、人間と大差がない。
「当りだ……今、俺はついに尻子玉の正体を知ることができる 」
探検隊の姿を見据え、としおは、ぽつりとつぶやく。
「この人間どもの群れの奥にソレはあるらしいな…… 」
彼らが河童を探しているのならば、尻子玉もそこにあるはずなのだ。
河童を追う探検隊を、としおは追うことにするのだった。
●
「都会には危険がいっぱいだね」
アサニエルがいうように、都会には都会の危険がある。
「……危ないですね……」
セレスは歩きスマホの通行人にぶつかりそうになったり、激走する自転車の強襲を受けたりしていた。
路地から飛び出してくる車から、アサニエルは隊員たちを守ることもしばしばだ。ときには、しつこい客引きへの対応に迫られることもある。
その人混みの中で、自販機にキュウリを入れようとし、慌ててお金を取り出す河童、としおの姿があったのだが、誰も気づかない。
それよりも、何かあったのか探検隊は立ち止まっていた。
「……大丈夫……?」
物静かに拓哉は、救急箱から絆創膏を取り出して陸に尋ねる。
「大丈夫です。ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
陸の膝小僧には、わずかな擦り傷があった。躓いた時に、思わず膝をついてしまったのだ。そもそもの原因は、側溝の蓋がわずかにずれていたことにある。
「これは、黒服たちの仕業ね!」
霧依は黒服たちの仕業に決め付け、全員に注意を促す。
「やはり、手を伸ばしてきていたわ。急いだほうが、いいかもしれないわね」
「そんなに危険なのですか」
「えぇ、どれほど危険かといえば……」
陸の問いに、霧依は遠い目をしてありし日の戦いを思い出す。
少し語ったところで、
「そろそろ、行こうか。黄昏までには、川にたどり着きたいしね」
アサニエルが移動を促した。
――そのときである。
「危ない!」
派手な銃声に、とっさに霧依が隊員たちをかばいたてる。
その視線の先には、サングラスを掛けた黒服の男たち。霧依のいう組織の手が伸びてきたのだろうか。我々の間に緊張が走る。
「奴らだわ。嗅ぎつけられたわね」
そして、男たちはすっと影から姿を完全に現した。
「伏せて! ……こんな強硬手段で来るなんて」
宇宙人と接触させないためよ、と説明を加えつつ、霧依は隊員たちを後退させていく。
「走れるかい?」
「大丈夫です」
アサニエルに問いかけられ、陸は頷いて答える。絆創膏を貼った膝小僧が目に入った。
拓哉も頷いたのを見て、アサニエルたちはその場を駆け去った。
男たちは追う気があるのかないのか、静かに距離を詰めようとするが、やがて姿が見えなくなる。再び彼らが現れる前に……我々は先を急ぐのだった。
※なお、この黒服たちは霧依が持ち前の色香でお願いしたエキストラであり、某組織とか某組織とか某組織とは何の関係もありません。銃もモデルガンであり、銃声は合成です。ご安心下さい。
●
川に近づくと、今度は性質の違う罠が我々に襲いかかった。
「これは、バナナの皮?」
そういいながらアサニエルは、目の前に散りばめられたバナナの皮を一枚拾い上げる。
「こちらのは、タライですね」
隣では、陸が落ちてきたタライを避けて罠を眺めていた。
「……おじい様がいっていました。追いかけようとしたら、子供じみた罠にひかかったそうです……」
セレスの言葉が正しければ、我々は徐々に河童に近づいていっているということだろう。
「知能が高いのが、宇宙人である何よりの証拠ね」
自信満々に霧依はいうものの、
「……知能が高いのでしょうか……?」
このあたりで散見した罠の数々に、セレスは知能の高さを感じはしなかった。チルルいわくゲリラ的経験に基づく画期的な罠の数々らしいのだが、詳しい言及は避ける。
こうした熾烈な罠をかいくぐり、河原へと辿り着く。
そこで、我々はついに、河童の姿をとらえたのだ!!
●
「さっさと帰れ! 河童的に考えて!」
河原に辿り着いた我々を出迎えたのは、異様に気の立った、どこからどう見ても河童なチルルである。威嚇するように、氷状のアウルで嵐を見せてみたりする。
「……あ……アレ……です。私が見た人影は……」
チルルの姿に、セレスが記憶を思い出しながらそう告げた。
やっと河童に出会うことができた。しかし、我々にとっての正念場はこれからである。
興奮しているチルルをこれ以上、刺激しないように距離を保ちつつ、策を考える。
「私に任せてもらえないかしら」
霧依は、何やら自信のある感じで皆にいう。
「一応、専門家さね。何か策があるのだろうね」
アサニエルの言葉を受けて、一度、霧依に任せることになった。
霧依は、おもむろに探検隊より前に出ると、じっとチルルに向かい合う。
「警告はしたぞ! 河童的に考えて!」
「アグウトッパッベ! エルバッキー!」
唐突に霧依は、意味不明な言語でチルルに話しかけ始めた。チルルは一瞬、ぽかんとした後、
「バカにしているのね! 河童的に考えて!!」
とよりいきり立つのだった。
「……宇宙語とか……?」
何をやっているのだろうかというみんなの疑問に、セレスは思ったことを口にするのだった。
●
その様子をじっと眺める一匹の緑……としおだ。
その手にはピカピカのキュウリが握られている。
「これを渡せば、きっと最高の尻子玉と交換ができるはずだ」
そう信じて、としおはここまできたのだ。だが、こう興奮されてはかなわない。チルルの気が落ち着くのを、歯痒い気持ちで眺めていた。
「待ってろっ、俺の尻子玉っ!!」
●
さて、策を練り直した我々は相変わらず宇宙人説を唱える霧依に待機命令を出していた。
ここにあるものといえば、拓哉の持ってきた大量のキュウリだ。
「やっぱり仲良くなるために、キュウリを差し出しましょう」
言い出しっぺの陸が拓哉のリュックから、キュウリを受け取る。
「それ以上、近づいちゃだめだぞ! 河童的に考えて!」
しかし、近づこうとすれば警告するように氷状のアウルを放出し警告する。お近づきの印にキュウリを、と呼びかけてみても同じように繰り返すだけだった。
「……押して……だめ……」
拓哉は観察記録をつけながら、つぶやく。
それを受けて、
「……なら……引いて……みます?」
とセレスが提案をしてみる。つまり、罠を仕掛けるのだ。
作られたのはスズメ取りのような簡易的な罠だ。チルルはじっと、その罠を見つめていたが、やがて少しずつ近づくとキュウリの入ったリュックに手をかけた。
「今ね!」
アサニエルの合図とともに、紐が引かれてかごが落ちる。
「これは罠ね、河童的に考えて!」
捕まってからでは、遅いのだがチルルはそんな叫びを上げる。うまく行った我々は、彼女に接触すべく罠を取り囲んだ。逃げ出すために、抵抗しようとしたチルノに陸が声をかける。
「友好の印に、これを」
差し出したのは、きれいな色をした二つの小さな球だった。
チルルはきょとんとしていたが、その珠に大いに反応する人影があった。
としおだ。
「それが、探し求めていた、尻子玉かぁっ!」
叫びを上げながら、土手を駆け下り突進してくる。陸の手から尻子玉らしき物体を奪取した瞬間、チルルととしおが交差した。
セレスのカメラはその決定的瞬間を捉えていた。
次の瞬間には、としおは緑色の軌跡を残して川へダイブしていたのである。派手な水しぶきがあがり、我々の注目がそちらに集まった。
「……いない……」
拓哉のつぶやきに、気づいた時にはチルルの姿が忽然と消えていた。
一度逃した魚は大きい。しばらくは警戒して、我々に姿を表わすこともないだろう。
「河童には、調べた宇宙語は通じなかったわね。今回のことを糧に、宇宙人と意思疎通ができるように研究に勤しまなくては」
河童研究家、霧依はそのように語り我々の元を去っていった。
セレスもぶれていながら、二体の河童が写った写真に満足し、去っていく。
隊長、アサニエルは語る。
「今回は失敗に終わったけれど、河童の謎は尽きない。これからも追いかけていくさね」
消えた二体の河童、チルルととしおはどこへ消えたのか。
我々探検隊の挑戦はこれからも続く……!
※この記事はフィクションであり、実在の人物・団体・地域・河童とはなんの関係もありません。
また、撮影に際して使用されたキュウリは陸の手によって様々なキュウリ料理としてスタッフを含めて美味しくいただきました。