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しとしとと雨が降る中、撃退士は廃寺への道を急いでいた。
「紅く咲く紫陽花ねェ……土壌のアルカリ化なンだろーケド、見目は良くないわな」
先陣を切るヤナギ・エリューナク(
ja0006)は、おもむろに独りごちる。
赤く咲く理由は、いろいろあるだろうが、考えても仕方がない。
「何にしても、だ。まずは敵の殲滅と陽花の捜索、か」
ヤナギの言葉に、黒沢 古道(
jb7821)が続けていう。
「陽花ちゃん……陽花ちゃんねぇ」
周囲を見渡しながら古道は、
「いい名前じゃないの。こんなおどろおどろしい場所にはちょいと似つかわしくはないわね」
と感想を述べる。
ヤナギと古道の後ろでは、ギィネシアヌ(
ja5565)が大狗 のとう(
ja3056)に声をかけていた。
「肝試しにはちょいと早いチョイスであるな、うん。こわいのだいじょうぶか、のとちゃん……?」
「全然、大丈夫だぜ?」
のとうは毅然といってのけ、先に見える廃寺を見る。
「廃寺ってあれか! 何かお化けが出そうだな」
すでに骸のディアボロは出ていた。
「赤い紫陽花ってのも、珍しくて気になるのな! んでも、今は女の子を探す方が優先なのにゃ」
のとうは視線をギィネシアヌの右腕に移す。そこには、二匹の蛇が巻き付いていた。
ギィネシアヌの伝令神之杖だ。ちろちろと舌を出しながら、蛇は辺りに陽花らしき影がないか探している。
「これ、陽花ちゃん見つけたら使ってくれな」
のとうは、少し後ろにいた宗方 露姫(
jb3641)に、ロングコートやホットチョコレートなんかを渡していく。
「おめぇも世話焼きだなぁ……ま、りょーかい!キッチリ届けてやっから、任せときな!」
露姫は、あったかグッズを受け取りながら、にやっと返した。それを見ていたヤナギもカフェオレやタオルを一緒に渡す。
「どうせなら、俺のも頼むぜ?」
「一人のも二人のも一緒だな。俺に任せておけ!」
そうこうしているうちに、廃寺の入り口が目と鼻の先になってきた。
ライトを使って、階段を照らしていたクレメント(
jb9842)が顔をあげた。
「着いてしまいましたね」
不安混じりの声で呟く。参道を登る間、陽花の姿は見えなかった。
廃寺の入り口からは紅の紫陽花が見えた。若杉 英斗(
ja4230)が声を漏らす。
「たしかに、紫陽花がすごいな」
英斗は、すぐさま声を張り上げ、陽花に呼びかけた。
「緋村さーん、いたら返事してくださーい。助けにきました!」
だが、その声によって呼び出されたのは陽花ではなく、骸の群れだった。
空を行っていたランベルセ(
jb3553)が戻ってきて、皆に告げる。
「木々が鬱蒼としているから、参道や寺を外れるとわからないが。少なくとも人影は見えなかった」
その報告と、ギィネシアヌの蛇たちにも見つけられなかったことから、捜索組は廃寺以外に目をつける。
「時間は掛けらんねぇ、大急ぎで探すぞ!」
露姫の声に、クレメントが応じる。
「えぇ、生きている可能性が0じゃないなら、探しましょう」
すぐさま、露姫たち捜索組は参道を戻ることを決めた。
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戦闘組で、真っ先に飛び出したのはヤナギだ。敵陣の目の前まで来ると、鎖がまを振りかざし、骸たちに声高に叫ぶ。
「ほら、かかってこいよ。びびってんじゃねーのか?」
この挑発に、骸たちがにわかに殺気立つ。
続けて、のとうが
「ガンガン攻めていくのにゃっ。いっくぜギィちゃん!遅れちゃ駄目だぜ?!」
とギィネシアヌに告げて飛び出す。
「ぞろぞろ群れて、こんな所でパーティーか? 寂しすぎるだろ!」
大槍を振り回し、のとうは、骸の群れを挑発する。ヤナギとのとうの二人に煽られ、いとも簡単に骸たちは吊り出された。そんな二人に、刀を振りかざし四体の骸が向かう。
その後ろからは、矢継ぎ早に数体の骸が弓を引いた。ヤナギは避け、のとうは槍で捌く。
隙を突いて、ランベルセが弓を引く。
「まるきり死に損ないだな。怨むのか嘆くのか、なにをしに来た?」
ヤナギに向かった骸に狙いをつけ、矢を放つ。蛇の幻影を纏った矢は、骸の剣によって弾かれてしまう。
一方、逆側ではギィネシアヌがアサルトライフルの引き金を引く。銃身に巻き付いていた深紅の蛇が八匹、銃口に潜り込んだ。
放たれた弾丸は、深紅の軌跡を描き、のとうと対峙する骸を貫く。同時に、のとうはぬかるみにグッと踏み込み、骸を奥へと押し返す。
「不気味なヤツらは得意じゃねぇが……、のとちゃんの背中はこれ以上ないくらい頼もしいぜ」
連携を見せたのとうの背中に、ギィネシアヌはそんな言葉をかけるのだった。
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探索班は現場に到着していた。
「紫陽花を見に来たってんなら、多分此処に来てる筈だと思うんだがなぁ……」
露姫は、夜の番人で視界を明るくしてから、来た道をくまなく見返す。
隣では英斗も、思案顔で周囲を見渡していた。
(姿がみえない……という事は、どこかに隠れているのかもしれない)
鬱蒼と生い茂る木々や、ところどころ生えている紫陽花など。そして、参道をずれれば急な斜面が広がっている。
(返事がないのは…声を出せる状態ではないか、それともコチラの声が聞こえない位置にいるのか)
英斗は、生命探知で陽花らしき反応がないかを探っていた。
しばらく戻り、露姫が何かを見つけた。
そこには、何かが滑落したであろう跡があった。参道の近くで隠れている可能性は、英斗によって低いと推定された。下へおりるべく、クレメントと露姫が先行する。
飛んでいくクレメントは、自身を輝かせ、続くものたちを導く。露姫がさらに、足元や周囲を警戒し後ろに伝えていく。
二人に従って、英斗が陽花の反応を探りながら斜面を下る。古道も、剣を構え、いつ襲われても問題ないように備えていた。斜面に残された跡は、雨で削られていたものの、辛うじて方向がわかるようだった。
薄暗い中を、クレメントが照らすことで進むことが出来る。
「あっちの方向に、動かない弱い反応があるな。陽花の可能性が高い」
英斗がふと立ち止まり、一点を指さす。
頷きクレメントと露姫は方向を変えた。濡れて滑りやすくなっている斜面を、英斗と古道も慎重に降りていく。
やがて、茂った葉っぱが不自然に散っている場所があった。
「陽花さん、ですね」
先行していたクレメントが輝きを消して降り立つ。
先に聞いていた情報通りの格好をした、少女がそこに倒れていた。見つけたという安堵がじわりと広がる中、不穏な影が木々の奥にあった……。
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ヤナギは、自身へ向かう骸が直線上に並んだのを察し、雷遁を放った。鋭く力強い一撃が、二体の骸を貫き、その身体を痺れさせる。動きの鈍ったところへ、すかさずランベルセが、蛇を纏った矢を放つ。
矢が刺さると同時に蛇が咬みつく。刀を握る骸の手が、震えていた。
「どうした、俺はまだぴんぴんしてるじゃんか」
煽ったところに、矢がかすめていく。弓を引いた骸と間合いを詰め、ヤナギは咄嗟に反撃する。
骸は攻撃を受けると同時に、靄に包まれていった。
一方ののとう&ギィネシアヌ。
「のとちゃん、一歩引いてくれ!」
ギィネシアヌの声に反応し、のとうがサッと引く。
同時にギィネシアヌは詠唱の声をあげる。
「……心海より来たれ、蛇の王! 虚栄を誇れ傲慢たれ! 『紅弾:世界蛇』!!」
銃口から射出されたのは、冠を頂く巨大な蛇だ。のとうに斬りかかる骸と、奥で矢を継ぐ骸たちの複数を巻き込み、砕き、破壊する。
ギィネシアヌに骸が行かぬよう、のとうは槍を大仰に振り回す。
「余所見なんかしてたら、その骨粉々になっちゃうぜ?」
鋭い一撃で、骸を牽制し注意を集める。だが、複数の骸による波状攻撃はのとうの体力を確実に削っていた。
「のとう、無茶しすぎだ」
慌てて、ギィネシアヌがのとうに近づき赤くデロっとした液体をぶっかけ、塗り込んでいく。少し傷口がふさがっていく。
「恩に着るぜ」
短く礼を述べて、のとうは槍を構えなおした。
その間、ランベルセは麻痺した上に蟲毒を受けた骸を確実に屠る。
「まずは、一体」
矢を頭に受け、ぐしゃっと骸は崩れ落ちた。もう一体も、未だに動くことが出来ない。
靄のかかった弓を無視し、ヤナギはのとう側に向かった弓たちに向かっていった。再び靄をぶち当てると、サッと引き返すようにして、それを引きつける。
弓兵の意識がそれたのを好機とみて、ギィネシアヌが再び詠唱する。唱える必要はないのだが、気分の問題だ。
高ぶったテンションのまま、放たれた巨大な蛇が、刀を持った骸を崩す。残る一体も、
「残念、きみはここで終わりだな」
のとうの槍に、頭蓋骨を砕かれていた。
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戦闘班が敵を屠る頃、探索班は少女を保護していた。
陽花を見つけたクレメントはすぐさま、ライトヒールをかけ、擦り傷だらけの身体の回復を促す。
回復は鈍い。保有するアウルに働きかけ、自己治癒を促すスキルである為一般人には効果が薄い事を授業で教えられた事を思い出す。
けれど、やらないよりはマシなのは間違いない。
「声が聞こえますか? もう、大丈夫ですよ」
クレメントの呼びかけに、陽花は幽かな反応を示す。続いてやってきた露姫が、ヤナギのタオルで身体をぬぐい、のとうのロングコートをかける。
「俺たちが、わかるか?」
追いついた英斗も、傷を癒やし包帯などで重ねて手当てを施す。
小さなうめき声を上げ、陽花はふと目を覚ました。
「あ、あの」
泣きそうな表情だが、意識ははっきりとしてきたらしい。
それぞれ声をかけ、陽花を落ち着かせる。
「さ、これを飲んで」
露姫は仲間から預かったあたたかいカフェオレやホットチョコレートを飲ませ、身体を温める。
意識がはっきりとしたところで、露姫が陽花を連れて行くために抱きかかえようとした。そのときだ。
古道が剣を構えて、ある一点を見つめた。
「来るわ。早く、いって」
次の瞬間、飛来した矢を盾で弾き、古道はアウルを纏って前進する。
「戦うよりは守る方が性にあってるしね。さぁ、早く」
古道に促され、露姫が頷いて翼を広げる。
それを追いかけさせないよう、クレメントがクロスボウから矢を引き放つ。姿を見せたのは、三体の骸。そのうち、弓を抱くものが二体いた。
放たれる矢は、古道が率先して受け止める。
そして、露姫が飛翔した。
追わせないよう古道と英斗が前に出る。その後ろから、クレメントが矢継ぎ早に攻撃を飛ばしていく。
霧姫の姿は、段々と小さくなっていった。
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「手間をかけさせてくれたな」
そう告げて、ギィネシアヌが放った弾丸は、紅の尾をひき骸の腹部に風穴をあけた。わるあがきに放たれた矢を受けながら、続けざまにのとうが槍を振り上げる。
一度、わざと僅かに外して振り下ろし、横薙ぎにして穴の空いた胴体部分をたたき壊した。
「こっちは終わったな」
そういうのとうに、ギィネシアヌは赤い液体を再びぶっかけた。
「のとちゃん、傷が多すぎるぜ」
少し呆れ気味にいいながら、ギィネシアヌはどろっとした液体を丹念にすり込んでいくのだった。
そこから少し離れた場所で、
「引きつけてからの……ってな」
ヤナギが引きつけていた骸たちに、炎を奔らせる。炎は骸たちを巻き込み、消える。弓兵たちは、炎にまかれ、一体は地に伏せた。しかし、近接型の骸が、痺れから脱しかけていた。
それを察し、すぐさまランベルセが天翔弓を引く。動き出す前に、骸は矢を受けて、永遠に動けなくなった。
最後の一体も、つつがなくヤナギが鎖がまで首を掻ききった。魔具を納め、寺内を見渡す。
「さて、廃寺内にいねぇか確認して、追いかけるか」
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「このご時世、いつ何処で危険に晒されるか分かったもんじゃねぇんだ。一人で山ん中入るとか馬鹿かっつーの」
陽花を抱えて飛ぶ露姫は、少したしなめるような口調で陽花にいう。
「花を見るのが好きなのは分かったからさ、しばらくは危ねえ真似はしないでくれ。必ず天魔とのゴタゴタは片付けてやっから、な?」
静かに陽花が頷くのを見て、露姫は速度を上げていく。
一度、森の方を視線だけで振り返るのだった。
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「さぁて、気がかりもなくなったことだし…いっちょ踊ってもらおうか」
ふふんと笑いながら、古道は骸に斬りかかっていた。切り結びながら、矢を捌き、時には剣で受け止める。
攻守で前衛をはる古道に、英斗はライトヒールをかけながら、自身も槍のついた盾で追撃をかける。敵の中程まで切り込むと同時に、聖剣を発動させた。無数の聖剣が、降り注ぎ骸を貫き、切り裂いていく。
そんな英斗が傷つけば、今度はクレメントが光を浴びせ回復を促す。
ようやく、古道がスパッと一体の首を刎ねた。
だが、別方向から物音が聞こえ、全員に緊張がはしる。
「増員っ!?」
焦る英斗の前に現れたのは、ランベルセだった。続いて、のとうやヤナギ、ギィネシアヌも姿を現す。
陽花はどうしたのかという問いに、護送中だと告げると全員で殲滅にかかる。
人が揃えば、骸を倒しきるのに時間はかからない。
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骸を殲滅し、ランベルセやクレメントが飛翔しながら敵影がないのを確認した。
それから、改めて廃寺に集まる。
「まぁ、確かに都会の喧騒に包まれているとこういうところに来たくなる気持ちもわかるかなぁ」
廃寺を包み込む静寂に、古道は感想を述べる。
廃寺に集まったのはいうまでもなく、紫陽花について調べるつもりでいた。
「紫陽花か。俺はあんまりいい思い出がないのよな。ほら、ジトジトしてるとさ。俺の嫌いな、なめくじとか葉っぱにいるのぜ……」
ぶるりと体を震わせ、ギィネシアヌは紫陽花から距離を取っていた。
そんなギィネシアヌとは反対に、のとうはデジカメ片手に紫陽花に近づく。
「お、花ってばこれか? これか! へぇー、すげぇな!」
のとうは、真っ赤に咲く紫陽花の写真を何枚も撮っていた。
のとうの傍で、英斗は根元を見て、
「たしかに気になる話だな」
と呟く。
根元を掘ってみようかと手を伸ばす。それを、ヤナギが手で制した。
「やめておきな。手がどうなってもいいなら別だが」
そうして指さす先にあったのは、ドラム缶だ。一つや二つではない。お堂の影に、いくつも置かれているのだった。
「これが、原因でしょうか」
クレメントが訝しげにドラム缶を見据える。のとうはいくつもの写真を撮っていた。
「可能性は高いんじゃねーか?」
ヤナギの言葉と推測に、ランベルセが飛び立つ。
「様態を見に行くついでに、知らせてこよう」
ランベルセを見送り、他の者たちは何か証拠がないか探し始めた。
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「なるほど。聞いたとおりなら、来年は元に戻るかもな」
ランベルセの話から、露姫は陽花に告げる。
陽花の表情が、明るくなったところで忘れずに露姫は釘を刺す。
「ただし、一人で寂れた廃寺には行かないでくれ。もし、行くなら俺たちみたいな護衛を呼んでくれな?」
露姫の言葉に陽花は、静かに頷く。
陽花の様態は、特に問題がなかった。全身の傷はクレメントらのおかげで治りつつあり、あとは疲労から回復するのを待つだけだ。
原因らしき廃棄物を投棄した業者は、しばらく後に逮捕された。
来年は、紫陽花は綺麗な色の花を咲かせることだろう。