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沼地から聞こえてくるカエルの大合唱。
響き渡る声の大きさに辟易としつつも、撃退士達はそれを止めるべく沼地へと突撃していく。
「音楽の時間ってやつね! あたい達も負けてられない!」
まずは囮役を担う雪室 チルル(
ja0220)、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が足を踏み入れる。
チルルは、カエルたちと睨み合える位置まで辿り着き、ビシッと指を向けた。
「あたいにかかれば、カエルなんてイチコロよ!」
堂々と笑ってみせるチルルに、大合唱がさらにヒートアップするように感じられた。
そこへ、ト音記号が何体かのカエルによって浴びせられる。大剣で防いだと思った瞬間、チルルの視界は反転した。バシャッと冷たい感触が全身をぬらす。
転倒したチルルの脇を通り抜け、エイルズレトラがカエルの側面へ回り込む。
「……うるさいですねえ。日本の童謡ではカエルの歌も可愛らしいですが、ここまで大きいと煩わしいだけですね」
カエルも、ト音記号を吐き出して攻撃する。エイルズレトラが音記号を受けた瞬間、その身体がトランプとなって崩れ去った。
「どっちを見ているのでしょうね?」
別の場所にいたエイルズレトラは、そのまま多量のカードを放出した。
「さて、今まで温めてきた必殺技のお披露目ですが、果たして実用性はいかがなものか。 自爆だけは勘弁ですが、『タップダンサー』」
カードは、カエルたちにまとわりつき、数体の自由を奪う。
「本当に五月蠅いですね」
続けて雫(
ja1894)が、闘気をみなぎらせ沼地へと足を踏み入れる。泥に気をつけ、小股で雫は沼地を行く。攻撃の射程に入ったところで、一度出方をうかがう。
チルルがブリザードキャノンを放ち、氷雪の嵐がカエルたちを襲う。エイルズレトラも、再びタップダンサーでカエルたちの動きを縛る。
囮役が動き出したのを受けて、攻撃陣も戦場へ飛びこんできた。
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闇の翼をはためかせ、射程距離ギリギリまでメイヘム・スローター(
jb4239)が群れへ駆け寄る。
「ここまでいくと、本当にウザいデスネ」
セルベイションを開き、金色の炎のようなものをカエルへと放つ。メイヘムは、距離を保ちつつ、記号のオブジェクトがこちらまでこないか気にかける。
メイヘムとカエルの間へ割り込むように、鴉守 凛(
ja5462)も飛びこんでくる。転送時のことを考え、極めて低空を凛は行く。
両手で持つビスクドールの前面から緑色の棒状の物体を射出、カエルの一匹を穿つ。
凛はチルルが転倒していることを確認すると、オブジェクトの動きを確認する。そして、味方を守るべく地上を滑るように、凛は立ち位置を探っていた。
同様に翼を生やして移動するのは、黒百合(
ja0422)だ。黒百合は戦場を俯瞰できる位置から、現在状況を見定めていた。カエルの群れの周囲に、チルル、雫、エイルズレトラ。そこからやや離れて、メイヘムと凛がいた。
桐生 水面(
jb1590)と月臣 朔羅(
ja0820)は、カエルたちの攻撃が止まる隙をうかがっているようだ。
「悪天候で服は濡れるしィ……敵は気持ち悪いしィ……早く処分して帰りたいわねェ」
カエルの群れに再び視線を移し、黒百合はため息を吐く。
スナイパーライフルのスコープをのぞき込み、引き金を引く。エイルズレトラによって縛られた、カエルのうち、一体の身体を撃ち抜く。
エイルズレトラやチルルが攻撃を避け、周囲に浮かぶオブジェクトの位置を黒百合は伝えていた。
その報告を聞きながら、雫がオブジェクトを避けてカエルに接近する。すかさず、封砲を放とうとした……が、活性化されていないことに気付く。
「……臨機応変にいきましょうか」
前へと出ようとしているカエルに狙いをつけ、フランベルジェを振り切る。振り切られた大剣の一撃に、カエルも後退していった。
「元気すぎるわね」
朔羅がスコープ越しに、戦いの様子を見て呟く。弾丸は、入り乱れる戦場で、確かにカエルに撃ち込まれていた。
その弾丸と同じタイミングで、水面が前へと出る。
「ほな、縛らせてもらおか」
宣言と同時に、影から腕が現れカエルたちを捉えていく。
腕から逃れる者もいたが、着実に群れを水面たちはその場に釘付けにしていた。
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相変わらずの大合唱の中、カエルを引きつけるチルルは氷状の鎌を作り出す。
「連続で受けると、きついわね」
作りだした鎌を投擲し、切りつけることで、カエルから生命力を奪っていく。
カエルも負けじとへ音記号を放つ。ヘ音記号は、変則的な軌道を描き、水面に襲いかかる。
「あかんっ」
避けきれず、水面の身体に衝撃が走る。同時に、耳鳴りが続き視界が歪む。
尻餅をつきそうになり、慌てて泥に足をしっかりと立てた。バランスを取り戻し、状況を確認する。どうやら、凛と入れ替わったようだ。凛が極めて低くとんでいなければ、危なかったかもしれない。
「少し入り乱れてきたみたいねェ」
状況を見極め、黒百合は全員の立ち位置を改めて伝える。
それを聞いたエイルズレトラは、トランプを生成する。
「そのバカみたいな大口、爆竹を放り込みたくなりますねえ」
そして、作りだしたトランプでカエルたちを切りつけていく。
「今は、トランプを喰らってください」
エイルズレトラの黒のJOKERが止むと同時に、雫が群れの内側へと食い込む。
「蛙自体よりも特殊攻撃の方が厄介ですね」
入れ替えの瞬間を目撃し、より一層記号による攻撃を警戒する。雫は注意して動きを見ていたが、歌声と同時に発生させられるらしく、予測が難しい。
それでも、攻撃の隙をつき、カエルにゼロ距離で近づく。大剣に溜めたアウルを振り抜くと同時に放出、三日月の軌道を描きながらカエルの身体を貫く。そのまま、後方にいるカエルさえも切り裂く。
雫が剣を構えなおすと同時に、カエルの舌が迫っていた。舌と侮ることなかれ、素早い一撃は槍のように雫の身体を撃つのだった。
つつがなく凛は、水面らをかばえる位置に動き、カエルをビスクドールの攻撃で穿つ。
メイヘムも凛の位置を確認しつつ、魔道書を発動させていた。
「随分と厄介な真似をしてくれるわね。誤射には気をつけて……」
離れた位置にいる朔羅は、スコープ越しに群れ付近の様子を見ていた。全体の動きを伺い、一瞬の空白を狙い、引き金を引く。
「爆ぜるは火球、夜陰を彩る無数の焔!」
すっと立ち直し、水面は詠唱を終える。その手には収縮し、球体となった炎があった。
撃ち出された球体は、群れの中央付近で破裂、色鮮やかな火の玉を撒き散らした。
「歌声も、聞き飽きてもうたわ」
水面は痛む身体を押しつつ、気丈に言ってのけるのだった。
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「だぁぁぁぁあ! シャラァァァァァップ!!」
カエルに負けぬ大声で、叫びながらメイヘムが前へと押し出る。
その腕には、闇が纏われていた。突撃するようにその腕を振るえば、闇は放出され、前方のカエルたちを巻き込んでいく。
振り切った腕をかまえなおし、メイヘムはカエルたちを睨めつける。
「これで、少しは静かになってほしいデスヨ」
だが、依然として声高く、カエルは鳴き、オブジェクトを放ち続ける。
再び人形を犠牲に、オブジェクトを避けたエイルズレトラは再び、多くのカエルにトランプを刻み込む。
「そろそろ、決めていきましょう」
メイヘム、エイルズレトラに続けて、水面も多くのカエルたちを巻き込むように火球を投擲する。
闇に、トランプに、色とりどりの炎と混沌とした状態が、落ち着いたのと同時に黒百合が告げる。
「数体、潰えましたよォ」
残るカエルもメイヘムに始まる立て続けの攻撃に、体力を減らしていた。
相変わらずト音記号やヘ音記号が飛び交う。ヘ音記号の一つが、ふわふわと水面へ向かう。水面はぬかるみに足を取られ、避けきれない。
凛は、咄嗟に手持ちの盾をへ記号ヘ向けて投げつけた。ヘ音記号にぶつかると同時に、盾は実像が歪む。
次の瞬間には朔羅が、水面の前に立っていた。
その様子を観察していた凛は、メイヘムにもヘ音記号が向かっていることに気付く。即座に庇いに入り、ヘ音記号を素で受け止める。
耳の中にカエルの歌声が反響し、視界がかすむ。しかし、凛はそれらの症状を撥ね除けた。
転送は起きず、メイヘムの前に凛は残っていた。どうやら、ヘ音記号はそれらの症状に耐えかねたとき、対象者を誰かと入れ替えるらしい。
「今から狙撃距離に戻るのも面倒だし。このまま、纏めて抉らせて貰うわ」
自ら攻撃を受けたわけではないにしても、前線に引っ張り出されてしまった。
だが、朔羅は即座にライフルから銀色の双銃に、得物を入れ替える。同時に黒球を生成、ぬかるみの水たまりの上をなめらかに移動し、カエルたちの中心へと投げ込んだ。
黒球は着弾と同時に、棒状の虚数場を発生させた。格子状に虚数場は伸びていき、逃れきれないカエルたちを貫いていった。
「さらに一匹、終わりましたよォ」
黒百合の放った弾丸が、朔羅の虚格牢月に捉えられたカエルを穿つ。ぐらりと巨体が揺れ、カエルは泥沼の上に倒れ込んだ。
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「オブジェクトが、見えにくくなりましたねェ。歪みといいましょうかァ、ぶれて見えますねェ」
気をつけてくださいと結び、黒百合は全員に注意を喚起する。
「倒したら倒したで、厄介ね!」
接近してくるまで気づけないオブジェクトのぶれに、チルルは文句をいう。慌てて氷結晶でト音記号の衝撃を和らげ、転倒しそうになる身体を、ゴム底で何とか踏ん張る。
氷のような鎌をそのまま前進しながら、カエルに投擲、その身体に食い込ませた。
生命力を吸収しながら、チルルは再度カエルたちに、威勢のいい言葉をいってのける。
「カエルごときに、負けるわけにはいかないのよ!」
チルルの挑発に、残りのカエルたちは声を荒げていく。
カエルたちがチルルに目を向けている隙に、エイルズレトラは立ち位置を変えていく。
誰も巻き込まないところへ移動し、多量のカードを放出する。カードは二体を捕らえ、一体を逃した。
「うちも負けてられへん」
しっかりと狙いをつけ、再び詠唱をしようとした、そのとき――。
見えていなかったト音記号が、水面の側面から襲いかかった。
「――っ!?」
衝撃と同時に、身体がぐらつく。水面の身体が泥に沈むより前に、その意識が沈んでいた。
水面が倒れたのに気付いた凛は、急いでその身体を見えづらいオブジェクトから守る。動けない彼女を抱え込むようにしながら、オブジェクトの射程から外していく。
前線では、エイルズレトラによって縛られたカエルを落とすべく、それぞれが立ち回っていた。
雫はぐるりと移動すると、即座にカエルの側面を取る。密着するような距離から、再び斬撃は弧を描く。目の前のカエルは斬撃を受けながらも、立ち続けた。
その奥で、もう一体が斬撃によって身体を崩していた。
生き残ったカエルは、至近距離でヘ音記号を吐き出した。避ける間はなく、振り切った剣で慌てて防ぐ。剣の上から身体を突き抜け、衝撃が走る。
ぐらりと聴覚、視覚が狂う。
「あらァ?」
雫がいた場所で、声をあげたのは黒百合だ。
冷静に状況を分析、ぐるりと頭を巡らして自分の元いた場所へ視線を移す。
目を瞑り逆さまに落ちる雫の姿が見えた。すぐさま、翼をはためかせ雫の身体を確保する。雫はヘ音記号の衝撃で、気絶していた。そのまま彼女を抱え、黒百合はカエルから距離を取った。
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「随分と手を焼かせてくれマシタネ……そろそろ終わりにするのデスよ」
メイヘムの腕から闇の力が放出される。闇は、残されたカエルをつつがなく飲み込んでいく。それに合わせ、チルルが吹雪のごときエネルギーでカエルを穿つ。
「へぶっ」
が、放たれていたト音記号で転んでしまった。
記号が放たれ、カエルたちの動きが一度止まる。
朔羅はそうしたカエルたちの動きを見計らい、虚格牢月を放つ。カエルを貫き、そのうちの一体は地に伏す。
「ソロじゃ、合唱とはいえないわね」
朔羅の言葉に負けず、最後のカエルは歌声をあげる。
その歌声を防ぐように、エイルズレトラがかぎ爪を振るい、メイヘムが金色の炎でカエルを追い込む。
最後に歌声を潰えさせたのは、銃声と一発の弾丸だった。
「やっと、静かになりましたわァ」
黒百合はため息混じりに、止んだカエルの歌へ告げるのだった。
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「あたい達の勝ちね!」
チルルは誇らしげに、そう宣言した。
「やっと静かになりましたね」
エイルズレトラも、風音が聞こえるほど、静かになったことに感想を述べる。
その傍らでは、水面と雫が目を覚ましていた。黒百合に暖かい飲み物を渡され、それを口にする。
凛も黒百合に渡されたタオルで身体を拭きながら、飲み物を頂く。
「全て倒せたようね。さて、早く帰ってシャワーでも浴びましょう?」
朔羅は周囲を確認して、呼びかける。その言葉にメイヘムは、
「本当にこれで終わりだといいんデスケドネ」
と少し辟易とした表情でいう。まだ、耳の奥ではカエルの歌声が残っているようだった。
雫は凛に支えられつつ立ち上がると、
「そうですね。そのままで帰りたくないでしょうし、乾燥機付きの洗濯機がある銭湯を教えてもらいましょう」
この提案に、全員が同意した。
泥にまみれた汚れを落とし、綺麗さっぱりしに街の銭湯へ。
雨はすっかり止んでいた。
あれだけ響いていたカエルの歌声は、街にはない。
でも、油断したらあの声が……耳の奥で聞こえるかもしれない。