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長時間の移動を終え、山間部を抜ければ、拓けた場所に館が姿を現す。鬱蒼と生い茂る雑草の中に、蔦に塗れた薄汚い石壁を風に晒し、お化け屋敷のようなおどろおどろしさで建っている。依頼主が褒め称えたというステンドグラスは、昼過ぎの日光に照らされて輝いていた。だが、その光は館内に入ることなく、布のようなモノで遮られている。
他の窓も、外から見る限り、白い布のようなモノが内側に覆い被さっていた。
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裏側に回れば、2階のバルコニーが見えた。思ったよりは広いようだ。バルコニー班は、早速様子を見ることにした。美具 フランカー 29世(
jb3882)は、ずんぐりむっくりとしたスレイプニル、ウルルウマウマを顕現させると騎乗して、バルコニーへと飛び立った。ウルルウマウマを待機させ、バルコニー入り口を見つめる。他の場所と同じく、ここも、布に見間違うほどに粘糸が張り巡らされていた。だが、これくらい彼女にとって、問題はなかった。
「それにしても、蜘蛛のディアボロとは。また、悪趣味な物を……」
独りごちていたところへ、エイネ アクライア (
jb6014)が久遠寺 渚(
jb0685)を抱えて降り立つ。
「お、お屋敷は壊しちゃ駄目、お屋敷は壊しちゃ駄目……」
降ろされた渚は、言い聞かせるように、何度も呟いていた。エイネは大丈夫でござる、と渚を勇気づける。
「まずは、連絡を待つでござるよ」
そういって、簡易型携帯電話を自信満々に取り出すのだった。
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エントランス前では、それぞれ武器を構えて、突入体勢を取っていた。まずは、鳳 静矢(
ja3856)が扉を開けて、中の様子を覗き見る。だが、窓も封鎖されている館内の見通しは悪く、敵の位置どころか糸の様相もうかがい知れない。入ってすぐの床や、扉に糸が絡まっていないのを確認すると、卜部 紫亞(
ja0256)に合図をした。紫亜は、光球を2つ作り出すと、1つをそっと投げ入れた。静矢が扉を閉めると、アリア(
jb6000)がゆっくりと息を吸って、前に躍り出た。ぐっと息を止めるようにして、頭を突き出す。扉を頭がすり抜け、光球で照らされた、内部を視認する。
そして、8つの目玉と目が合った。目玉は、アリアより手前にあった、光球を威嚇していた。
すかさず、身を引いて、状況を伝える。
まずは1体、エントランスを確保するためには、倒さねばならないようであった。
扉が大きく放たれる。光球に突進し、破壊できないそれに対して暴れ回る蜘蛛型ディアボロの姿があった。馳貴之(
jb5238)は、突入と同時にガルムSPの引き金を引いた。無慈悲な弾丸が、蜘蛛の中心部を捉え、風穴を開ける。続けざまに、麻生 遊夜(
ja1838)が飛び込み、弾丸で蜘蛛を穿つ。着弾と同時に、蕾の文様が浮かび上がり、苦悶の声が上がる。だが、それは短く閉ざされる。
「これだけの図体だ。中心を狙えば、屋敷は壊れないだろ」
白い気を纏わせた弾丸が、蜘蛛を貫く。叫び声を上げる暇もなく、体液が穴から零れ、節足が丸まる。
「まずは、一体滅びましたわね」
もう一つの光球を携えて、紫亜が入ってきた。周囲がより明るくなる。少なくとも、今は、エントランスに他の蜘蛛はいないようだった。だが、油断はできない。光に照らされる糸に注意しながら、探索が始まった。
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着信音が鳴り、手にしていた携帯電話が震えた。エイネは、それに出ると美具にアイコンタクトをし、頷いた。預かっていた鍵でバルコニーの鍵を開けると、渚がぐっと力を入れて押し開けた。硝子扉であるがためか、予想以上に糸が織り込まれていた。
白色の大鎌を手に、美具は糸を睨み付ける。刃が金色に輝くと同時に、一閃、糸が切り払われた。ぎぃっと軋むような音をたてて、扉が開く。粘糸が、ねちゃりと扉に垂れ下がる。
「ここは拙者の出番でござる。さあ……焼き尽くせ! 緋炎撃!」
抜刀と共に放たれた炎が、糸を焼き尽くす。だが、建物に燃え移ることはなく布だけが燃え堕ち、窓からの明かりが館内に差し込むようになった。入ってすぐに、蜘蛛の様子はない。エントランス側に、突入開始の合図を送る。
エントランスでは、各々が糸を取り払いながらエントランスの安全を確認していた。アリアは、スレイプニルを顕現させ、天井の糸を取り払っていく。迎撃する準備は着々と進んでいく。
バルコニーからの連絡を受けた風雅 哲心(
jb6008)は、合流すべく糸を燃やしていた炎を納めた。翼を顕現させ、東の階段を沿うように上を目指す。刹那、右側から気配を感じ、階段から跳躍する。翼をはためかせていると、蜘蛛の巣が飛来してきた。
避けると同時に、懐から符を取り出す。
「おっと、刀だけしか使えないと思うなよ。糸さえ食らわなければこっちのもんだ」
お返しとばかりに、符を投げ返す。稲光とともに、雷の刃が蜘蛛の身体を切り裂く。蜘蛛は、威嚇するように口を開けて、低く唸り声をだす。
声に気付いた美具が突入し、ライフルのスコープをのぞき込む。威嚇し気が逸れている蜘蛛に標準を合わせる。だが、引き金を引くと同時に蜘蛛は糸の上を滑り、素早く移動を果たした。弾丸は、壁に吸い込まれ、弾痕を作る。たいした損傷ではない。すぐにライフルを構え直した。
移動した先を渚が狙う。蛇が、蜘蛛に食らい付こうと飛びかかる。だが、蜘蛛は再び糸の上を滑り、避けきった。蛇の幻影は消え、ただ空しく壁には穴が空けられた。渚が動転しかけたところで、エイネが飛びこんで、大丈夫でござると声をかけた。そのまま、エイネは、張り巡らされた糸を切り落とす。
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上から銃声が聞こえてくる。
遊戯室が空であることを確認した紫亜たちは、図書室から新しい糸が漏れ出ているのを見つけていた。上の戦闘も気になるが、今は自分たちの役目をこなすだけだ。
糸を切りながら、白鷺 瞬(
ja0412)と静矢は図書室のドアノブを握っていた。後方では、紫亜がトワイライトで新たな光球を紡ぎ出していた。タイミングを計り、扉が開かれると同時に、光球が投げられる。ぎしりと床が軋み、振動が伝わってくる。エントランスのと同等の蜘蛛が、光を目がけて突進してきた。
突然の光への混乱ゆえか、光に激突すると同時に蜘蛛は暴れ始めた。巨体が揺らされ、近くにいた瞬へと牙が剥かれた。避けようとするも、半身がぶつかり、身が裂かれた。だが、まだ立てる。立っていられる。すぐにカウンターとばかりに、拳を撃ち込む。同時に、蜘蛛の身体に蕾が刻まれる。遊夜の弾丸が撃ち込まれたのだ。
光への混乱と、刻み込まれた力が蜘蛛の動きを単調なものにする。
機を見るに敏なり。貴之は、銃を抜き放つと、蜘蛛の身体にいくつもの風穴を開けていく。
「ちゃっちゃと終わらせて、もらう」
ひとしきり撃ち終えたとき、後方からぴりぴりとした気配を感じた。振り返れば、紫亜が蜘蛛を指さし、ほほえむ。
「滅ぼしてあげるわ」
黒い光が、指先一点に集約され、煌めく。漆黒の稲妻が奔り、空気を震わせ、蜘蛛の中心を貫いて消えていく。零れ出る体液。だが、足の動きは止まらず、威嚇するように低い唸り声が絞り出された。
アリアがスレイプニルに命じて、飛びかからせるが、憤慨が力をわかせたのか、さっとかわされる。合わせるように再び、貴之がマシンガンをぶっ放す。けたたましい銃声に反して、蜘蛛はなめらかに弾丸を避ける。床が穿たれ、焦げ目と共に薄い煙を上げていた。倒壊するほどではないにしろ、地味な損傷でも、全員の表情がかたまる。
依頼内容を知るよしもない蜘蛛は、ただ一匹、悠々と次の攻撃に備えて距離を取ろうとしていた。だが、それは許されなかった。
「逃がさんぜよ……すべからく、堕ちな!」
頭がはじけ飛ぶ。目玉から光が消え、反射的に足が丸まり、動きが止まる。遊夜の弾丸が、トドメを刺したのだ。これで2匹目、上階での銃声から察するに3匹は発見できた。
いるとすれば、あと1か2匹。気を引き締めようとした、そのとき、宴会場の重厚な扉が轟音とともにはじき飛ばされた。
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その少し前、上階では糸を繰りながら避け続ける蜘蛛との戦いが続いていた。
「当たって、ください」
渚が繰り出す弾丸は、奇しくも、蛇の幻影が糸をかみ切るに留まる。渚には、蜘蛛があざ笑っているように見えた。攻撃が当たらない焦りが、次第に募っていく。
エイネは書を開き、刃を放つ。白いカード状の刃は、糸を切りながら、蜘蛛の肢体をも切り裂いて消える。続けざまに、美具のライフルが火を吹く。じわりじわりとではあるが、確実に削っていた。
逃げ場をなくし、自らの巣から抜け出したところに哲心が飛びかかる。機敏に反応した蜘蛛の牙を受けながらも、刀を振るう。雷撃を纏った刃が煌めき、蜘蛛の足を奪う。動きが鈍くなった蜘蛛は、もはや、ただの的となりかけていた。
そのときである。
彼らの背後で糸が揺れた。咄嗟に、渚と美具はバルコニーへと飛び出た。新手である。ふさっとした毛を揃えた蜘蛛が、部屋から抜け出してきたのだ。すかさず、挟撃を避けるべく、哲心が符を投げる。稲光は、蜘蛛の前面の床をわずかに焦がす。水を得た魚ならぬ、糸を得た蜘蛛は予想以上に厄介だと身にしみて思う。
「これなら、どうですか!」
鋭い鈴の音が響く。毛だるまの蜘蛛の周囲が光り、長年積もった砂塵が巻き上がる。細かい傷を付けられ、毛がそがれていく。代わりに身体の表面は、石で覆われていく。威嚇のための声を上げる間もなく、蜘蛛は蜘蛛の形をした石像と化した。
懸念が一つ減り、エイネは最初の獲物に向き直る。再び放たれたカードは、動きの鈍った蜘蛛を確かに切り刻む。すかさず、哲心が二の太刀を浴びせ、移動を止める。半数以上の足を失い、その場で蹲った獲物を美具がスコープで捉えていた。
「手こずらせてくれたのう。これで終わりじゃ」
一発の銃声。蜘蛛の目から光が消え、その場に崩れ落ちる。
硝煙をあげるライフルから目を離し、美具はふうっと息を吐いた。
2階に残されたのは、石となり固まった蜘蛛のみである。
「この状態なら、魔法がよく効きますよ」
渚のアドバイスを聞き、エイネが書を開き、哲心が符を構えたとき、床が揺らいだ。
「あれはなんじゃ!?」
美具の声を聞いて、エントランスを覗き見る。
そこには、今までの相手の倍以上はある蜘蛛が、激しく暴れていた。
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ぶち破かれた扉。
現れたのは、体長四メートルを越す、大蜘蛛だった。
図書室の蜘蛛を排除したのも束の間、間髪入れず、突入してきたのである。エントランスの中央を陣取る大蜘蛛から、紫亜や貴之は距離を取っていた。静矢は、大蜘蛛の懐に飛び出し、彼女らを守るように立ちはだかる。
――刹那。
大蜘蛛はその巨躯から想像だにしない機敏さで、静矢に襲いかかった。避けきれず、片腕を負傷した。だが、やられてばかりではない。接近したタイミングを逃すことなく、至近距離から弾丸を喰わせる。後方からは、貴之が素早く弾幕を張った。そもそも的がでかいのだ。そして、エントランスは事前に糸を切り払っていた。
不意をつかれたとはいえ、戦場は撃退士たちに有利なのである。
すぐに落ち着きを取り戻し、たたみかけるように攻勢にうつる。
「三体目、お前も腐れて咲きな!」
遊夜の撃ち込んだ種子は蕾となり、身体をむしばむ。最後の種はしっかりと、蜘蛛の身体に根付いてた。続けざまに、閃光が奔る。紫亜の指が真っ直ぐに、蜘蛛に向けられていた。蕾を蹴散らすかのように、大蜘蛛の中心を貫ぬく雷撃。この大きさの敵なら外さない。外すわけがない。
「でかい脚でちょろちょろされても困るんでな、潰させてもらう!」
加えて懐に潜り込んだ瞬が、大蜘蛛の脚めがけて拳を放つ。その一撃は、節目を破壊し、脚を吹き飛ばす。
身じろぎしながら、威嚇する大蜘蛛に対して静矢はペンライトの光を浴びせる。目玉を射貫く光に、蜘蛛は突進を行う。避けるつもりだったが、脚を失いながらも機敏な動きに、受け流すことに決めた。受け流しきれなかった力が、身体に負荷をかける。その隙をついて、瞬がさらに拳を振るう。大蜘蛛の体勢を崩し、他者の攻撃を誘導する。
そこへ遊夜が、自らの霊気をも白く塗り替え、引き金を引いた。銃口から一筋の白光が、大蜘蛛の中心をはじけ飛ばした。身体の半分以上を失いながら、なお、大蜘蛛は節足を動かして撃退士へと迫り来る。
「しぶといな……」
「いえ、もう少しなのだわ」
重ねるように、紫亜の電撃も大蜘蛛を貫く。大蜘蛛の動きは次第に、止まり始めていた。貴之が再度、弾幕を張り巡らす。大蜘蛛の気が逸れた。蕾の文様は、花開き、茨が全体を張っている。全ての機会が重なった。
大蜘蛛を白い光が包み込む。脚が腐り堕ち、腹は崩れ、頭は生気を失った瞳と共に床に沈む。
硝煙を吐く銃口に、息を吹きかけて、遊夜はゆっくりと銃をしまった。
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石像と化した蜘蛛が崩れ落ちる。エイネが書から放った刃と渚が書から放つ光の矢が楔となり、自重での崩壊を促していた。塵芥となりはて、風に消えていく。残されたのは、まばらに散らばる糸だけだった。
渚が、哲心ら傷を受けたものたちに手をかざす。暖かな光が傷口を塞ぎ、すぅっと痛みを和らげていく。残った部屋をくまなく調べて見るも、他にディアボロの姿はなく、ただ巣が張り巡らされている。
エイネや哲心が焼き払い、アリアや紫亜、美具たちが切り落としていく。次第に、窓からの光が四方から差し込むようになる。薄汚れては入るものの、館はあるべき姿を取り戻していた。見事な調度品が目を引き、ステンドグラスを通した光が床に映える。
よかった、とアリアは眼下を見て思う。家は、思い出の詰まる場所。積もった思いは時間が経っても変わることなく、次の住人へと受け継がれていく。誰が住むのかはわからない。だが、ありのまま引き継がせることができた。彼女らは、輝きを取り戻した館を眺めて、そう思うのだった。