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某月某日。
我々、久遠ヶ原探検隊は一つの情報をもとにとある山に分け入っていた。それぞれ探検帽やサファリジャケットを着込み、隊列を組んでいる。
道なき道の先頭を歩くのは、笹鳴 十一(
ja0101)だ。
「んーむ、思ったより険しいな……でもこんなトコで引き返すワケにもいかねぇ」
鉈を振るい、草むらを切り開いていく。道半ば、十一の言葉通り、引き返すという選択肢はなかった。
鬱蒼とした山は、確かに何かでそうな雰囲気をにおわせる。
「この感じ、長期戦かもなぁ」
地図から顔を上げて、夜爪 朗(
jb0697)が嘆息気味にいう。
「でも、何か出てきそうでドキドキするね」
ポニーテールを揺らしながら、日野 灯(
jb9643)が元気よくいう。
前を行く三人に続いて、「ゆけ! ゆけ! 久遠ヶ原探検隊」の歌を歌いながら、川澄文歌(
jb7507)が行く。
文歌は、出発する前、新谷新隊長の下を訪れ意気込みを語っていた。
「私、カープよりドラゴンのファンなんですけど……。でも、頑張ります!」
その言葉通り、アイドル衣装のスカートがちらりちらりと舞っている。久遠ヶ原探検隊は、個々人の頑張りの方向性については、問わないのだ。
文歌に続いて、鯉の餌を確認しつつ、クレメント(
jb9842)が続く。
その餌について問うと、クレメントはこう返してきた。
「鯉は悪食と言いますし、何となく私たちを見つけたら食い物ーっ! って酔ってきそうですが。念のためですよ」
「餌なら私も持ってるよ」
灯もそういって、餌の入った袋を掲げていた。
地形を調べていた月鳴 冴(
jb9738)は二人の言葉を聞きながら、
「おびき寄せられたらいいですよね」
と頷いていた。
探検隊の後ろの方では、トラウィス(
jb9859)が何かの本を読みながら行く。
それはきっと、未確認生命体についての書物に違いない……実際は演技のハウツー本なのだが、新の目には演技という文字は入ってこないのだった。
トラウィスは時折、考え込むような仕草を見せて新に、
「演出……何をすれば?」
とか、
「叫べば、いいのだろうか……?」
などと聞いていた。答えが割に、新からは一枚のカンペが渡されていたという。
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以下は、桐生 水面(
jb1590)隊員の手記から抜粋した。
未確認生物を発見するために、うちらは長期間この山にこもり、生物を探し続けた。
そして……探索開始からX日、ついにうちらは見た。
あれこそ我々の探し求めた幻の生物、フライングカープモンスター!
十一が切り開いた繁みの先に、ややひらけた場所があった。
その場所で、見事な鯉が宙を泳いでいた。先頭を行く十一が、真っ先にその姿を見てしまった。
「5月で鯉ってぇからてっきり鯉のぼり風なファンシー系かと……」
そして、十一はゆっくりと後ろを振り向き、新を見た。
新はそっと目をそらした。
「ほんまや〜、こいの……鯉やん」
続けて夜爪も、素のリアクションで呟く。
「どうみても、こいのぼ……鯉、ですね。確かにシュールです」
こいのぼりを想像していた冴も、まんま鯉なそれらを見て目を丸くするのだった。
水面や文歌も追いつき、その姿を見ることとなる。
「空を泳ぐように動く正体不明の生き物……まさしく、フライングカープモンスターやね」
「た、隊長、あ、あれが目標なのでしょうか?」
クレメントや灯といった餌を持った面々が、ずいずいっと前に出る。
「おびき出せるでしょうか」
カツサンドを食べながら、青汁を飲み、クレメントが疑問を表出させる。
「やってみなくちゃわからないよね」
と灯はやる気満々だ。
「ところで、そのカツサンドは餌じゃないんっすか?」
折角持ってきたカツサンドを頬張るクレメントに新は聞く。
クレメントはキリッとした顔で、切り返す。
「これは寄せ餌ではありません。鯉にカツサンドなど贅沢です」
「その青汁はなんやの?」
夜爪も続けて聞いてみる。
今度はどやっとした顔で、クレメントは答えた。
「カツサンドだけでは栄養のバランスが偏りますから」
こほんと一つ咳払いをしたのは、十一だ。鯉の位置関係などを把握し、このまま戦いを仕掛けることを決めた。
それに合わせて、新が目配せをする。
視線を送られたトラウィスが、大剣で鯉を指し示し、叫ぶ。
「うわーなんだあれはー!」
棒読みのような気もするが、気にしてはいけない。
こうして、久遠ヶ原探検隊はフライングカープモンスターと遭遇したのだった!
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トラウィスの叫びで注意を引いたのと同時に、鯉との戦いが始まった。餌は見向きもせず、突如現れた人間に鯉は反応を示した。
鯉との距離を計りつつ、まずは文歌が仕掛けに走る。
踊るような足つきで前へ出て、蛇の幻影を作り出す。ぬらりと現れたそれは、やや外れにいた子鯉に咬みついた。突然の攻撃に、子鯉は抵抗を見せる。
「どう、でしょうか」
幻影が消えてもなお、子鯉は苦しげに口をぱくぱくとさせていた。
「隊長、相手に毒は有効なようです!」
嬉しそうに文歌は後続へ告げる。
文歌隊員の必死の先制により、フライングカープモンスターに毒は有効であることがわかった。
彼女に続けと、水面も繁みから姿を見せる。
「やることはきっちりやらんとな」
ぴしっと表情を締め、水面は目の前の鯉に向き直る。
その姿は予想とは違ったものの、しっかりと見据えて口を動かす。
「降るは剣、全てを突き刺す刃の雨!」
手を空にかざせば、宙に浮く鯉どもより高いところに、無数の剣が出現する。剣を振り下ろすように手腕を動かせば、剣は一斉に落下する。
誰も近づいていない今であればこそ、できる技だ。
混乱する魚群の中へ、気を高ぶらせて十一が突撃する。
しかし、振りかぶった大太刀は、思いっきり宙をきった。と、同時に
「まだ、あんな大きいのがいますよ!」
文歌が注意を促す。
最も大きく、黒い鱗を持った真鯉が空を舞った。
「何かしてきそうですよ!」
そう叫んだ冴に一瞬、カメラが向く。指さす先には、真鯉が口に光を集めている姿があった。
次の瞬間、光は光線となり、十一を襲ったのだ。
「んなっ、ビーム!?」
驚く間もなく、光線を十一は受けてしまった。
続けて二体いる緋鯉も飛翔し、冴とクレメントへビームを放った。兆候を察した冴は、避けようと距離を取るが、間に合わない。一方のクレメントは、盾を用いてビームを受けきっていた。
約一名、目を輝かせ、
「ビーム格好ええ!」
という夜爪の姿があった。
地上に残った子鯉に向かって、上着を脱ぎ捨てた灯が突貫する。
羽根を生やしたことで、チューブトップがややずれたが、気にする様子はない。そのまま、紅い気を纏わせた拳を無傷の子鯉へ叩き込んだ。
「どうだ!」
灯の一撃は、子鯉の身体を歪ませるほどに重たかった。
続けとばかりにクレメントが別の子鯉へロッドを叩き込もうとするが、避けられてしまう。
逃げ出さないように、夜爪がヒリュウで追い込める。
「ヒリュウ、一緒に頑張るで〜!」
夜爪の言葉とともに、ヒリュウは子鯉へブレスを浴びせかけていた。
地上に野放しなのは、毒を受けた子鯉だ。
「襲いかかってくるなら、戦うまでだー!」
相変わらずの棒読みで、トラウィスは毒の子鯉へ立ち向かう。子鯉は子鯉で、苦しげながらも体当たりを狙う。
「うわー! 体当たりだー!」
子鯉の体当たりを受けつつ、トラウィスは大剣を振り下ろす。毒によって削られていた子鯉は、その一撃で真っ二つに切り下ろされる。
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冴は、水面に接近するとアウルの光を送る。
ちくちくと子鯉によるビームを受けていた水面が、その傷を回復する。
「灯さん、前に!」
上空を確認した冴が、声をあげる。気がついたときには、灯めがけて真鯉が突進をしてきていた。
かわす間もなく、咄嗟に構えると同時に、衝撃が襲った。それを撥ね除け、拳を突き出すが、すらりと真鯉はかわす。
再び真鯉は飛翔しようとしたが、させじと水面が動く。
「まとめて、一気に叩くで」
キッと上を見上げ、水面は手を掲げた。アウルによって紡がれた炎が、掌に収束する。球体状にまとめられた炎を、上空の鯉たちへ撃ち出す。
「爆ぜるは火球、夜陰を彩る無数の焔!」
鯉たちの中心で火球が爆ぜ、鮮やかな炎を辺りに散らす。炎は真鯉と緋鯉を的確に狙い、その身を焦がした。
その間に、文歌が突進攻撃を受けた灯の生命力を活性化させ、追い込むように十一が真鯉に立ち向かう。
「そのまま地面に落としてやるぜ」
紫焔を纏った十一の蛍丸が、急加速して真鯉へ襲いかかる。一閃、真鯉の横っ腹を袈裟斬りにした。
空中からは緋鯉が、地上では子鯉がビームを放つ。今度は、事前に察知した灯がすらりと避ける。もう一方のビームの先では、クレメントが盾を構えて受け止めていた。
相次いで他の子鯉もビームを放つ。ビームをかわし、トラウィスは驚きの声をあげた。
「鯉のくせにビームだとー!?」
やはり、棒読みである。子鯉へ向かって、振るわれたトラウィスの大剣は宙をきる。身体が小さめだからか、ややすばしっこく感じられた。
「くそー、素早いぞ―!」
演技めいた言葉を発するのだった。
反対方向からは、涼やかな歌声が響く。
文歌によって生み出された、音符型の衝撃波を空を泳ぐ緋鯉は優雅に避けていた。
「泳ぐのは、上手なのですね」
空中を泳ぐ緋鯉は、浮いているときよりも素早くみえる。逃げ出さないよう、夜爪がヒリュウで囲い込む。
「あかん、逃げられてまう。ヒリュウ、そのまま追い込むで」
ブレスを吐きつけ、まずはその場に緋鯉を留まらせる。
そこへ空を飛べる面々が、強襲を仕掛ける。冴は、美しい太刀を振るい緋鯉を誘う。払われた太刀を緋鯉は避けると、そのまま冴に向かってきた。
勢いのある緋鯉を、待ち構えていたクレメントがロッドを叩き込む。
見事な一撃が、緋鯉の顔面を襲う。鈍い音をたてて、また一匹、フライングカープモンスターは地べたに這いつくばるのだった。
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「空中では強く見えたし、正直、その姿にはびっくりした。けれど、地面に追いやれば負けることはないぜ」
後に、十一はそう語る。
飛翔する手段を持たない十一は、真鯉をひたすらに追い立てていた。
飛び立てぬように、巧みに大太刀を振り回して牽制。少しでも、飛翔の兆しを見せたならば打ち払うように、一閃を浴びせるのだった。
それでも、真鯉が暴れればその巨大な体躯から繰り出される破壊力は十分にあった。
破壊力に関しては、やや大きさの劣る緋鯉でも同じ事だ。
一匹倒されたことで、いきり立ったのか、緋鯉は猛スピードで空中からのダイブを仕掛けてきた。その先に立っていたのは、水面だ。
緋鯉を迎え撃つべく、しっかりと敵を見据えて詠唱する。
「放つは槍、神をも貫く黒き雷霆!」
アウルによって、漆黒の槍を生成。詠唱と同時に、雷を放つが如く、槍が緋鯉を貫く。
だが、その身を貫かれ、槍が役目を終えて砕け散っても、緋鯉は進んできた。
「これは、きついわ」
なんということだ。
フライングカープモンスターの突撃により、水面の身体は数メートル後ろへとばされたではないか。
何とか立ち上がった水面に、慌てて文歌と冴が治癒に向かう。
「よくも、水面隊員を……」
トラウィスはそういいながら、ちらりと戦場の外にいる新に視線を送る。
咄嗟に書かれたボードの文字を見て、トラウィスは続ける。
「おのれ、お返しだ」
そして、振り下ろされた大剣はものの見事に緋鯉を真っ二つに叩き切った。
ゴトッと鈍い音をたて、その身が崩れ落ちる。
残るは真鯉一匹、子鯉が二匹。
真鯉は十一がしっかりと押さえ込んでいたが、子鯉は隙を見て逃げ出すような仕草を見せた。
「逃がさない。これで終わりだよ」
灯が翼をはためかせ、まずは一匹へとトドメの拳を撃ち込む。ぐるりと子鯉の身体はきりもみ回転を見せ、止まったかと思えば、地面に落下していく。
追い打ちをかけるように、灯は地面に到達する直前で蹴りを入れておく。
子鯉は完全に、沈黙した。
残った一方は、ヒリュウが追い込む。夜爪は、にっと笑ってヒリュウに指示を出した。
「ここでブレスや! 上手に焼いてやー」
ヒリュウのブレスが、子鯉を飲み込む。ブレスが消えたとき、すっかりと焼け焦げた子鯉が倒れるのが見えた。いささか焼き過ぎな気もするが、気にしてはいけない。
「終わらせましょう」
そう、宣言したのは文歌だ。
高らかに久遠ヶ原探検隊のテーマソングを歌い上げ、歌声を衝撃波に変えていく。
衝撃波は十一の押さえていた真鯉を捉え、その身を痺れさせ撃ち倒すのだった。
「手ごわい相手でした……」
歌いきった文歌は、どこか満足げにそういうのであった。
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「ヒリュウ、ようやったで〜」
「やったぁ!」
ヒリュウを褒める夜爪の近くで、諸手を挙げて喜ぶ灯であったが、自らの姿にハッと気付いてそそくさと繁みに向かっていった。
セクシィ要員が1人隠れたところで、残りの隊員達はフライングカープモンスターを改めて観察していた。
「まさかこんな奴らがいるとはねぇ……中々強敵だったが、まぁ敵じゃあなかったか」
十一が魔具を納めて、ふっと笑みを零す。
その隣ではトラウィスが、首を振り
「あれは恐ろしい敵だった……鯉が飛ぶなんて冗談じゃない」
感想を述べていた、が。
「……演出とは、これでいいのだろうか」
と即座に新に確認していた。台無しである。
クレメントもあの戦い方でよかったのか、新の方向を見る。
「どーとでもなるッス!」
適当な返事が返ってきて、クレメントとトラウィスは少し考え込むのだった。
そこへ、着替えを追えた灯が戻ってくる。
「それじゃ、フライングカープモンスターの痕跡、探しにいこか。暗なってきたわ〜、足元気ぃつけんと〜」
見計らったように、夜爪が促す。
「謎を探らないとですね!」
皆を回復しに回っていた冴も、頷いていた。
以下は、桐生水面隊員の手記からの抜粋である。
あのモンスターたちは何故うちらを襲ってきたのか……。
あるいはこの場所は彼らの縄張りであり、うちらはそれを侵した侵略者に見えたのか……。
捜索もあのモンスターの痕跡を見つけるにはいたらなかった。
そして、その理由は彼らを倒したことで永遠に謎のままとなったのであった。
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後日、あらた新報が発刊された。
その記事の端の方に、
「これでフライングカープモンスターは、永遠に語り継がれることでしょう!」
という文歌隊員の言とともに、巨大な魚拓が掲げられている写真が載せられていた。
さらに広告欄には、彼女の写真とともに、
「アイドル部。新入部員募集中です☆」
という宣伝が入っていたというが、それはまた、別のお話。