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植物公園の事務室。
園内図につけられたバッテンを確認し、神酒坂ねずみ(
jb4993)は社長と管理人に問いかける。
「ご通報後、様子が変わったところはありませんかあ?」
「変わりありません」
おどおどしい社長を無視し、管理人が答えた。
「出現した様子の録画は残ってないんですか」
この問いには、管理人は首を振る。
「夜間は入り口周辺しか撮影してません」
それを聞いたねずみは、先に行くねといって事務所を出てしまった。
発見後の映像をみながら、先に作戦を詰める。
「一体だけ、少し離れた場所にいるね」
天春 翠(
jb9363)は映像から割り出されたディアボロの位置を確認する。
配置図とモニタに視線を動かし、霧島零時(
jb9234)はいう。
「茨を張り巡らしているとなると、不意打ちを掛けられる危険もありますね」
「油断、大敵、は、いつも、だ」
気を引き締めるように、仄(
jb4785)が述べる。
「やはり、引き抜く、と、悲鳴を、上げる、だろうか。興味深い、な」
続けて、静かにそんなことをいうのだった。
その言葉を受けて、唐突に姫桜(
jb4963)が笑い声をあげた。
「きゃは、きゃははははハハハァ。楽しみィィ……あの怪物の身体はどんな構造を、解体して、バラバラに……」
マッドな雰囲気に社長が怯えたような表情を見せる。
姫桜は一つ咳払いをした。
「おっと、皆様頑張りましょうね」
「そうですね。空気を汚される前にお引取り願いましょうかー」
おだやかに篠塚 繭子(
jb7888)も頷く。
「それで、銃は使っていいんだな?」
有田 アリストテレス(
ja0647)の確認に、管理人は頷く。つられる形で社長も頷いた。
「火気があるものは、その」
といって管理人は今にも倒れそうな社長の様子を見る。
「俺の銃は物を燃やしたりはしない、だがそちらがどうしても不安なら銃無しで終わらせられるぜ?」
「じゅ、銃くらいなら何とか」
気丈に社長は許可を出す。
義足を確認していた水無瀬 雫(
jb9544)が立ち上がり、
「各個撃破ということで、よいですね」
改めて確認を促す。全員が頷いたのを見て、仄がいう。
「それ、では、行こう」
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「ディアボロがいない時に来たかったですねー。きっと普段は素敵な場所でしょうに」
現場に辿り着き、繭子は開口一番にそんなことをいった。
「そうね。悪い悪魔の花は刈り取って、綺麗な公園を取り戻しましょ!」
同意するように翠が告げる。
事前に阻霊符を用いて、敵の様子を伺っていたねずみが皆を誘導する。
集合したのを確認し、早くも最も近いディアボロに攻撃を仕掛けることとなった。他の三体から離れて咲く、一体だ。
「きゃはァ……空からいきますよ」
笑みを浮かべながら、姫桜は光の翼で空を舞う。突出する彼女に気付き、地中からは茨が伸びてきた。予想以上の長さをもって、姫桜に迫り来る。
義手に大型のシールドを呼び出し、茨を防ぐと反撃とばかりにアサルトライフルの引き金を引く。弾丸は迫っていた茨を散らしていく。
地上では、零時と雫が先行しディアボロを目指す。その後ろを翠と繭子が続く。
アリストテレスとねずみは併走し、許可を得た銃を構える。
そのときだ。地面から無数の茨が飛び出しアリストテレスに襲いかかった。背後からの攻撃は、みとめる前に身を削っていた。だが、側面からの攻撃に対しては体をわずかにそらして直撃を避ける。
「薔薇じゃないんだぞ! 何で茨があるってんだ!」
茨を弾丸で追い払い、仕留めるべき獲物を見据える。
「私、も、行こう」
すぅっと深呼吸で心を落ち着かせ、仄も前衛へと駆け行く。
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「いきますっ」
ディアボロに肉薄した雫は、純白の光を纏わせた拳をディアボロに叩き込む。根っこの口から苦しそうなうめき声が漏れる。
「悪い花は全部、刈り取っちゃうから!」
翠が太刀を片手に追撃する。鞭のようなアウルを、ディアボロに叩きつける。そこへ茨を避けたねずみが、弾丸を浴びせる。狙いは、ディアボロの茨を繋いでいる部分だ。
「お前はこの公園にはいらん! 地獄で咲き誇ってな!」
叫びと友に放たれた弾丸は、青と黒の光りを纏い、ディアボロを撃ち抜く。
「頭、も、苅る」
すっと気配を表した仄は、すかさず複数の剣を招来し茨ごとディアボロを切りつける。悲痛な叫びが、耳を衝く。その声を防ぐように、繭子が布槍を操る。
「行くぞ」
口調の変わった零時が、山吹色の光纏を荒ぶらせる。両刃の剣を振り抜き、衝撃波をディアボロにぶつける。
ディアボロは、咄嗟に近くにいた雫に咬みつこうとした。
「守りますよー」
繭子が割って入り、その口を止める。再び距離を取ったところへ、茨の攻撃をすり抜けながら姫桜が降りてきた。
スピードを上げたまま、クローアームを展開、
「きゃはァ、きゃははははハハハハァ! ……ほら解体、解体、解体、楽しい解体の時間だわァ!」
狂ったような嗤い声を上げて、振り下ろされた一撃は、ディアボロを潰すには十分すぎた。
同時に、毒粉が撒き散らかされる。仄と姫桜は振り払ったが、雫はそれを吸ってしまった。
「あれ毒ですよね。色合いがまさしくって感じですよ、大丈夫ですかー」
繭子の問いかけに雫は、問題ないと頷いた。
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群れているディアボロへ迫るべく、茨の奇襲を捌きつつ前へと進む。
「色不異空、空不異色、色即是空、空即是色」
淡々と般若心経を口ずさみ、突出してきた茨を、ねずみは撃ち抜いていた。
中継地点のように、地表に現れているところも例外ではない。間に合わないときは、誰かに知らせつつ、丁寧かつ迅速に茨を砕く。
「さて、いきましょうか」
次のディアボロを射程に納め、繭子が布槍を構える。的確に花を穿つ。
ねずみが開いた道を、零時が駆けぬける。直剣を正眼に構え、かけ声とともに振り下ろす。茨に阻まれながらも、零時はディアボロに一太刀入れた。
続けざまに、仄が吸魂符を行使する。
「その、命、もらう、ぞ」
「きゃははははハハハハァ! どんどん、いくわァ」
上空からは姫桜が急降下の一撃を加える。反撃とばかりに、根っこの口がぐぱっとひらき姫桜に襲いかかる。
義手のシールドで、口から逃れたところへ、今度は翠がアウルの鞭を叩き込む。
茨を暴れさせるディアボロを、毒に蝕まれながら、雫も追い立てる。
「そのまま、喰らってください」
純白の拳を叩き込んだところへ、アリストテレスの弾丸が飛ぶ。
青と黒の二重螺旋が、ディアボロに風穴を空ける。
「食えない危険な植物はいらん、ここで枯れちまいな!」
地中からは、相対する以外のディアボロが茨を生やして、攻撃をしてきた。それらを防ぎ、捌きつつ、確実にディアボロの体力を削り……、
「オラオラオラオラ、オラァ!」
零時が慟哭とともに、手に布状の魔具を取り付け、口めがけてラッシュを決める。歪んだ根っこはそのまま、枯れるように倒れた。
同時に、花から毒粉が零れるが、繭子がすかさずそれらを散らす。
「同じ手には、何度もかかりませんよ」
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「弾丸くらってくださいね」
いつもの笑い声を上げながら、姫桜はアサルトライフルに切り替えて弾幕を張る。
茨の攻撃から急所を守りつつ、ねずみも姫桜に追随する。笑い声に混じり、静かな読経が響く。
「さっさと、枯れ果てろよ……っ!?」
同じく弾丸を放ったアリストテレスを、あざ笑うかのように複数の茨が襲う。咄嗟に、繭子が間に入りアリストテレスを庇いたてた。
「大丈夫ですかー。油断ならないですよねー」
そして、歩を進め布槍を繰る。
「一気に決めるぞ」
合わせるように、零時と雫が拳を叩き込み、仄が再び吸魂符でじわりと花の生命力を吸い込む。間髪入れずに、姫桜やアリストテレスたちの弾丸が舞い込む。
茨を散らされ、弱っていたのか、一気にディアボロの花弁が散っていく。
「南無阿弥陀仏」
ねずみの声とともに、根っこの口が弾けた。これが止めとなり、どちゃりとディアボロはその身を崩した。
足掻くように、動かされた茨を淡々と払いのけて、最後の一体へ視線を向ける。
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茨の攻撃もなりを潜め、残されたディアボロへ向かっていく。わずかに放たれる茨の鞭は、体力の弱った者に狙いを付ける。
「させませんよー」
やんわりと繭子が声を出し、庇い立てる。残された茨の中継地点を、ねずみとアリストテレスが潰していく。
先行して駆け出したのは、翠だ。だが、それに機敏に反応して茨の鞭が飛ぶ。必死の足掻きに痛手を負い、翠は足を止める。素早く武器をRecitalへ切り替え、叫ぶ。
「あたしの声を、聞けーっ!」
叫びは、スピーカーから衝撃波として放たれる。ぐらいついたところへ、姫桜が狙いを付ける。続けとばかりに、アリストテレスとねずみも引き金を引く。
再度、翠が衝撃波を浴びせたのと同時に、繭子が間合いを計る。
「このまま、決めましょうー」
「あと、少し、だ」
恙なく、光の玉でディアボロを攻撃し、仄は呟く。少しずつ歩を進め、近づいた仄はワイヤーを取り出して引っこ抜こうと試みる。だが、しっかりと根を張っているのか、踏ん張っているのか、仄に茨を浴びせながら、奇妙な叫びを上げるばかりで抜けることはない。
「む、今は、まだ、無理、か」
少し残念そうな顔をして再び距離を取り、吸魂符で接近時に削られた生命力を、ディアボロから奪う。
「……参ります」
攻勢を殺さぬよう、雫が苦しげな吐息を漏らしながら拳を叩き込む。
「終わりにさせてもらうぞ」
続けて、零時も口めがけて拳を連打する。零された毒粉から、身を庇いながら、途切れることなく殴打する。二人の攻撃の隙間を縫うように、
「そろそろ、終わりにしようぜ」
「不生不滅、不垢不浄、不増不減」
アリストテレスとねずみが、弾丸を浴びせかける。
だが、この弾幕に姫桜は加勢していない。
なぜならば……。
「きゃは、きゃははははハハハァ……」
笑い声は再び空から降りてくる。
クローアームを展開させ、ディアボロに大打撃を与える。身がよじれ、風穴を開け、翠の衝撃波に体をぐらつかせ……最後に繭子の布槍が貫いた。
「決着ですねー」
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「よし、じゃあ次いきましょう次!」
引きずり出されたディアボロの根っこ部分を切り落とし、繭子が元気よく告げる。
「……思った、より、普通、だな」
少し残念そうに横たわるディアボロを見下ろし、仄はデジカメで写真を撮る。倒されてしまえば、しなびた大根と同じぐらいの姿にしか見えないものだ。
「生命反応はないですね」
改めて花畑の生命反応を探っていたねずみが、淡々と告げる。繭子らと合流して、ワイヤーを用い、ディアボロを引き抜く。やはりしなびた根菜にしか見えない。
「……いいね……いいね、この実験の素材に最適の構造、自室に持って帰ってもっとじっくり追求したいわァ」
恍惚な表情で姫桜も、このしなびたディアボロを見下ろしていた。
「持ち帰るのはダメだぞ」
傍で茨を引き抜き、まとめていたアリストテレスがたしなめる。
わかっていますよ、と姫桜は答える。
「ちゃんと真面目に清掃してますよ?」
はぐらかしながら、ずるずると本体を引きずって、一箇所に集めていく。翠は、剣で本体から伸びる茨を切断しておく。零時は、種子のようなものが落ちていないか気を配っていた。
「これは、こちらでしょうか?」
それを雫が引き抜いて、集める。全員が協力し合って、処理班が到着する頃には花畑からディアボロは排除されており、驚きの声があがったとか……。
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撃退士達の働きもあり、一週間もしないうちに、植物公園は開園にまでこぎつけることができた。
再開の日、社長はあの日戦った撃退士達を招待していた。
「入場料は払うからっ」
無料でいいという社長と翠が、払う払わないの押し問答を入り口でしていた。結果として、社長の好意に甘えることになった。
「あいつと来るにはいいかもな。こういうのは俺好みだぜ」
色とりどりの花を眺めながら、アリストテレスはニッと笑う。そして、ふと顔を引き締めて、ぽつりと呟く。
「財布にはやさしそうだ……最近、色々入用だしな……」
元より、そこまで入場料は高くないのだ。
「今どんな花が見れるか、よかったら教えて貰えますか?」
翠が管理人に尋ねると、見頃の花を一から説明してくれた。零時やねずみは、その説明に耳を傾けたりしていた。春先から梅雨に向けての季節は、本当に様々な花が咲き乱れている。
「本当、素敵な場所ですねー」
ほんわかと繭子は感想を漏らす。ディアボロによって汚されていた花畑も、すっかり元通りになっていた。
「さすが、に、マンドラゴラ、は、ない、か」
「あったら、もっと素敵でしょうね」
そんなことをいう仄や姫桜に、社長がびくりと震える。
「冗談、だ」
という割には、二人とも少し残念そうに見えたのは気のせいではないだろう。
ふと、風が吹けば花がざわめく。
雫は、自分が守り抜いた花畑を見つめながら、
「ここを守ることができて、よかったです」
と呟く。
それに答えるように、晴天の下、花は一層さざめくのだった。