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西部の街、ヨン=ムーゲル。
その地にやってきたのは6人の者たちだった。
先を急ぐのは、帽子を目深く被った寡黙なガンマン、礼野 智美(
ja3600)だ。銃声が各所より聞こえ、火薬のにおいが鼻腔をくすぐる。そのような状況を見るに付け、表情を帽子の奥に隠しながら、少し嘆息を零す。
智美を追うように、鳳 静矢(
ja3856)も銃を抜き取る。
「街が壊れないうちに何とかしなければな」
最も激しい戦闘地帯へ行くため、静矢は聞き耳を立てる。
その隣では、レバーアクション式のライフルを持った霧谷 温(
jb9158)が真剣な面持ちでいた。温には、街を救うのとは別の目的があった。
その目的を胸に秘め、温はひっそりと街を行く。
逆に大きく胸を開けている情婦が一人。コルセットドレスを身に纏った藍 星露(
ja5127)は、街の状況に肩をすくめていた。
「面倒なことね……これじゃ、この街で『商売』も始められないわ」
人っ子一人出歩かない。いるのは荒くれ者ばかり。まともな商売感覚を持つものであれば、星露と同じ感想を持つであろう。が、ここにトリガーハッピーな少女が一人いた。
「いいねー、楽しそうじゃんか!」
布都天 樂(
jb6790)は、自分の持つ銃器を嬉しそうになでつけながら、物騒なことをいう。
きょろきょろと獲物を探す姿は、狩人というにふさわしい。
「町民に迷惑をかける荒くれ者……許せないのです」
ゲルダ グリューニング(
jb7318)は銀色の銃を手で回しながら、正義の火を心に灯す。ガンマンスタイルのゲルダは、背も低くさながら子供である。しかし、手にする銃はおもちゃではない。
彼女も立派なガンマンの一人であった。
そんな6人の者たちを見渡す、一人のガンスミスがいた。彼女の名は、緋桜 咲希(
jb8685)、この街で見習いをしている。おどおどと来訪者の姿を見ていた咲希だが、自分も何かしないとと奮い立っていた。
チキンハートを少し黙らせ、おっかなびっくり建物からでてきたのだ。
咲希の持つ銃は、いわくつきの一品「禍津」。持てば一週間以内に死ぬといわれているのだが……。何故か平気な咲希は、禍津を信じて戦場に歩を進めるのだった。
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「私は、街を闊歩する荒くれ者たちを掃除しよう」
静矢は仲間にそう告げると、激しく銃声の響く方へ向かっていった。その後を付いてきていた咲希が追う。二人の方向を見届け、智美が先を急ごうとハンドサインを出した。
道行きは、静矢たちが向かったほどではないとはいえ、銃撃戦が繰り広げられていた。
どちらの陣営も、来訪者を見るにつけ、敵陣営として弾丸を放ってきていた。温はシェリフ帽に空いた穴から、敵の姿を睨めつける。
「撃ってくるってことは、撃たれる覚悟はあるんだろうね。祈れよ、今度はお前らが裁かれる番だ」
物陰を隠れるように進みながら、温は吐き捨てるように言う。時折、立ち止まっては手にしたライフルから薬莢を吐き出させていく。
「早撃ちには自信ないけど、これの扱いだけなら、そうそう負けるつもりはないよ」
狙いを付けられた下っ端たちは、方向のわからぬ敵に四苦八苦していた。
前へと出てきた者には、智美がもれなくカードを投げて早撃ちの手を封じていた。ときには、ナイフを用いて彼らの肩や腕を裂く。
「援護は任せて下さい」
そう物陰から叫び、注意をひいたのはゲルダだ。智美の隙間を縫うように、ちょこちょことゲルダは動き回っていた。ネコのヒリュウを繰り出し、酒瓶を転がして足元をすくう。屋根の上に至れれば、花瓶を落として相手の頭をかち割ったり。
そこへ星露が下っ端の一人を連れてやってきた。
「いい子は、好きよ」
色気を出して、下っ端の耳元でささやけば、わかりやすいほどににやけ面を見せる。下っ端は、任せてくださいとばかりに星露たちを決闘場へ案内していくのだった。
「雑魚がウロチョロしてんじゃねーよ」
その場に残ったのは、樂だ。派手な音を鳴らしてショットガンをぶっ放し、下っ端たちに風穴を空けていく。二発、三発と散弾すれば、積もれていくのは死体の山だ。
数が少なくなれば、早撃ちを仕掛ける奴が現れる。そうなれば、そうなればで腰に下げたマグナムが火を噴く。
「おっと、ここいらはもう弾切れじゃねーか」
辺りを見渡せど、相手になるやつもいない。思案することなく、樂は次なる獲物を求めて静矢たちとも決闘場とも違う方向へ駆けていくのだった。
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辿り着いた場所では、銃声が各所で鳴り響き、怒号が折り重なっていた。
建物のあちらこちらに、穴が空けられ、道には死体が転がっている。咲希は惨状を目の当たりにし、青ざめた。
「ひぃ……なんか死体がいっぱいで大変な事になってるよぅ、ど、どうしよう?」
出てきたのはいいが、予想以上の状況に禍津を握りしめて物陰に隠れた。
「こ……ここに隠れてれば大丈夫かなぁ?」
激しい戦闘が起こっているのだと、再認識させられる。
そこへ、聞き慣れない声が響く。
「怪我をしないうちに迷惑な事はやめるんだな」
撃ち合いを行っている両陣営を挑発するように、街路の真ん中に静矢が現れた。
罵声と怒号を入り交ぜ下っ端たちは発砲し、弾幕が静矢に襲いかかる。
が、風穴が空くことはなかった。
「私は目と勘が良くてな……」
静かに二丁拳銃を下ろし、静矢はつぶやく。人間業とも思えない早撃ちによって、弾丸を撃ち落としたのだ。
「命は取らん、だが痛い目は見てもらうぞ」
宣告とともに、下っ端どもの手足に弾丸を撃ち込む。動けなくなり、地面に伏した下っ端には目もくれず、静矢は戦果に塗れる街を駆けていく。
そんな静矢とは対照的に、隠れていた咲希であったが、ついに見つかる。樽は見る見る間に砕け散り、面前に銃口を突きつけられる。怯える態度に、ゲスな下っ端は舌なめずりをして、いた。
気がつけば、下っ端の両腕は弾け飛んでいた。続けて、脚、腹に弾丸を受ける。わけもわからないまま、視線を送れば表情の違った咲希がいた。
「あハ、銃を向けタッて事は殺サレても文句言えナいヨネぇ?」
狂ったような声をあげて、咲希は下っ端の頭を撃ち飛ばした。
狂戦士と化した咲希の手には、禍津が怪しく光っていた。
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「あら、最後までもたなかったわね」
残念そうに伏した下っ端を見下ろし、星露が肩をすくめる。決闘場に辿り着いたときには、案内役は三度交代していた。星露の扇情的な姿に、拐かされた男は多くいたのだ。
シルバーとゴルディンは思わぬ闖入者に、睨みをきかせる。言外の圧力によって、部下達に掃除を指示した。
複数の部下が銃弾を放つのを、先頭を行く智美は、体捌きを巧みにして避けきった。
部下達の懐までもぐりこむと、間髪入れずにリボルバーの弾倉を回転させる。2発の銃声、そして、二人の部下の叫びが響くのだった。
「カタギの女の子を無理矢理とか……いっぱしのガンマンのやることじゃないわよ? あたしが相手してあげるから……遊んでいかない?」
スカートをするするとたくし上げ、星露は自らを囲む部下達に問いかける。しなやかな脚があらわになっていくに連れて、部下達の顔が緩むのが手に取るようにわかった。
ガーターベルトの紐が見えた、と思った瞬間、その視界が空に向いた。
姿勢が崩れたのだ。何故か。星露の手にはデリンジャーが握られていた。
「早撃ちの達人も、スケベ心には勝てなかったみたいね♪」
にこやかに告げる星露に、残された部下もやや後ずさりをするのだった。
シルバーとゴルディンは部下のふがいなさに、青筋を立てていた。
「貴方の命運もここまでです」
「やっと見つけたよ、父さん、母さん、妹の仇……!!」
同時にゲルダと温が二人の元に辿り着く。ゲルダは屋根の上から、シルバーを睨めつけていた。一方の温は、ゴルディンの正面に立ちふさがる。
「やっと見つけたぞ。その顔、あの日から忘れたことなんか、一度もあるもんか」
「知らんな」
ゴルディンの言葉に温は、奥歯をかみしめる。恩は、父が撃ち殺された日を思い出し、慟哭しながら銃に手をかけた。
一方のゲルダはシルバーに対して、
「大人しく捕まるなら命だけは助けてあげる」
と告げるも一笑に付される。仕方ないとばかりに、ゲルダがリボルバーを抜こうとした。
シルバーの方が僅かに早く、引き金に指がかかった。
が、短い悲鳴とともに銃が地面に落ちる。ヒリュウが飛びかかり、その腕に咬みついたのだ。その隙を突いて、落ち着いてゲルダは狙いを付けられた。
「なん、だと」
胸に空いた穴に目を開き、シルバーはどっと倒れ込んだ。
そして、響くもう一つの銃声。
「修行不足だ、坊や」
ゴルディンの渋い声が続く。撃ち負けた温が地面に伏していた。
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「おーおー、マヌケ面してやんの」
樂は風車のついた櫓に登り、ライフルのスコープをのぞき込んでいた。スコープに飛んで火に入る下っ端達を機嫌良く撃ち抜いていた。
その目の前を屋根伝いに静矢が駆けていく、
「銃の扱いとはこうするものだ……!」
街中の建物を飛び交いながら、静矢は一人一人下っ端を戦闘不能へ追い込んでいく。別方向へ来たと樂は思っていたが、そろそろ戦える下っ端も減ってきたのだろう。
「そろそろ、行くか!」
撃てる相手が少なくなってきたのを察し、樂は腰を上げた。さっと櫓を降りて、決闘場を目指す。
樂と入れ替わるように、狂ったような笑い声が聞こえてきた。
「アはハハは! 早く撃たナイと死ンじゃウよ? あア、手が動カナいんダねぇ、逃げテモいいヨ?」
撃ち倒した相手を見下ろし、銃口を向ける咲希がいた。転がっている男はじたばたするばかり。小首をかしげていた咲希は、ある事実に気付く。
「あレ、何で逃げなイノカな? 脚が動カナいんだぁ、残念だネぇ?」
笑い声をあげつつ、無慈悲に撃ち殺す。囲まれれば、ヘッドショットを華麗に決める。その姿は、おどおどと物陰に隠れていたときとは別人のようだった。
二人によって、次第に街は掃除されていく。
「命を取るのはやめな」
咲希の狂気に途中で気付き、静矢はこっそりと近づいて気絶させた。
穏やかに眠りについた咲希と縛り上げた下っ端たちを脇に置いて、静矢は決闘場の方を見つめる。
「彼らなら大丈夫だ、上手くやってくれる」
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ゴルディンに温が撃たれた。
その瞬間に生じた隙は、智美のハットを撃ち抜かせた。風に吹かれて、飛んでいくハットとなびく長髪。部下どもに顔見られ、表情が強ばる。
「優男がっ」
吐き捨てるように部下がいった一言に、ほっと息を吐く。安堵の表情を見せれば、弾丸が放たれるのが常。それをナイフで弾き、智美は告げる。
「弾を避ける、止める技術は嗜みの一つだ」
少し向こうでは、星露を中心に数人の部下が転がっていた。
「早撃ちの達人も、スケベ心には勝てなかったみたいね♪」
楽しげに星露は男どもを見下ろして、スカートの裾を正す。手にするデリンジャーからは、硝煙があがっていた。
シルバーの残された部下は、突如現れた闖入者に対応するためゴルディンに即座に与した。仇となるゲルダを狙い、早撃ちを仕掛ける。
そのときだ。
爆発音とともに、数人の体が宙を舞った。ショットガンによる攻撃で、ゴルディンの部下も音のした方に視線を向ける。
「別にあたしは正義の味方って訳でもないしな。奇襲だ、奇襲!」
にかっと笑いながら、ショットガンの弾を排出する。
動揺する部下達をゴルディンは一括し、自ら先陣を切る。狙いを付けられたのは、智美。互いの弾丸を避け、弾き、技術を競うかのように動く。
勝敗を制したのは、ゴルディンだった。智美は胸に弾丸を受けて仰向けに倒れた。
一度、誘惑を見せたならば、二度とはのらない。下がった星露をカバーするように、樂が前に前にと出て行く。ショットガンを派手にぶっ放し、部下を撃ち倒す。
意気揚々としていた樂をゴルディンが死角から狙う。
「ゴルディンっ!」
発せられた声に、ゴルディンが反応する。次の瞬間、彼の胸には風穴が空いていた。
驚きの先に、温がいた。
「仇は、取らせてもらった」
ポケットからひしゃげた銀貨を取り出して、地面に落とす。
「英雄役を全うできたみたいだな」
形の潰れた銀のロザリオを片手に、智美が恩を見ながら呟くのだった。
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荒くれ者どもを退治した7人は、英雄として住人に歓待された。
しかし、彼らの態度はばらけていた。
「何もしないでくれ、先を急ぐので」
智美は、すっと宴を断ると馬を駆り、去って行った。
同様に、静矢も宴はやんわりと断る。
「妻が待っているので、私はこれで……」
ただ、街の傍らで売られていた等身大のペンギンぬいぐるみを購入しようとして、少し押し問答をしていた。お金を払うという静矢に対し、店主はもらってほしいと譲らない。
結局、復興のための寄付ということで静矢はお金を払ったのだった。
「また、折を見て様子を見に来よう」
ペンギンのぬいぐるみを手に、静矢は去る。逆に賞金首をすべからく金に換えて、ゲルダは宴の席に着いていた。
「今日も大人な私の正義によって平和が守られたのです」
成し遂げた事に鼻高々な様子で、用意されたビッグステーキをぺろりと平らげていく。ネコにもご飯を分けてもらい、満足行くまで宴を楽しむのだった。
その宴の席で、温は酒場の娘に話しかけていた。
「家族は大事にね……家族がいるってだけで幸せなんだから」
無事に助けられた娘は、父親の傍で涙を浮かべて温の言葉に頷く。
だが、そんな娘の肩に腕を回す者がいた。樂だ。
「貰えるもんは娘でも貰うのぜー。あたしの嫁に来な」
「あの、女……だよね」
近くで話を聞いていた咲希が、おっかなびっくり声をかける。
樂は、笑い飛ばすように答える。
「うん? 女だろって細かい事気にしてるとハゲるぜ?」
呆れてものもいえない周囲をよそに、樂は楽しげに娘を連れて行くのだった。
ひっそりといなくなっていた者もいる。星露だ。
彼女はこの街で商売を始めたのだ。
「『こっち』の早撃ちは、勘弁してね」
誰かの上で、彼女はくすりと笑いを浮かべるのだった。
数日後、護衛を連れた一行がこの街に訪れる。
その中心に立つ家族の一人、次女を見た酒場の主はあっと息を呑む。
智美は、人差し指を唇に当てて、そっとウィンクをするのだった。