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昼の江戸の街は夜の恐怖を隠すように、今日も賑わいを見せていた。
瓦版「あらた」を見た撃退士たちは、江戸に紛れて各々の仕事を進める。まずは情報収集のために動くのは、隠密同心犬乃 さんぽ(
ja1272)だ。風車とコマを売る背負商人に姿を代えて、市井の情報を探っていく。
「ほらほら坊や、くるくる回るよ」
子供に風車を渡して、にこりと笑う。その心中で、夜の恐怖に怯える人々の事を思う。
「みんなが安心して暮らせるようにしなくちゃ」
心の中での呟きをぼそりと声に出しながら、鬼の噂を掠っていくのである。
さんぽとすれ違いざま、一人の男とすれ違う。同じ隠密の匂いに振り返るが、すでにどこかに消えていた。
見られたのは抜け忍、吹雪 彰刃(
jb8284)だ。
「追っ手ではないか」
遠くを行くさんぽを眺望し、彰刃は呟く。
そうでないとすれば、共闘する相手かもしれないと思いながら、彰刃は彰刃で情報を探しに町を行く。笑顔を絶やさない彼が、抜け忍としる者は誰もいない。
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そんな市井を見守る江戸城の一角、六壬神課を担う陰陽師、仄(
jb4785)が天地盤を睨み呻っていた。
「雲行き、が、怪しい、な……怪異、でも、起こりそう、だ……」
吉凶を占えば、凶となるはずの結果なのだが、呻るのには理由がある。
「今日、で、災いが、止まる……と?」
災い転じて福となすほどではないにせよ、何かが起こると仄の占いには出ているのだ。
何が起こるのかはわからないが、鬼の噂は江戸城内にも聞こえている。陰陽師として、鬼が出たとあれば行くしかないのが、世の理なのだ。
「行く、か」
すくっと立ち上がり、部屋を出る。入れ違うように侍女が来たる。
「仄様、都から葛葉アキラ(
jb7705)が来られるとの……いないし」
この知らせは、吉か凶は未だしれず。侍女は嘆息してただ去るのみ。
侍女が歩いていると、別の部屋から奇妙な声が聞こえてきた。
「キリシターンのミナサン、ワルサするつもり無いナノデース! ニポンからは出て行くので、代わりに助けるナノデース!」
異国からの商人、オブリオ・M・ファンタズマ(
jb7188)だ。オブリオは、鬼退治を買って出る代わりにいくつかの条件を出していた。その一つは、キリシターン信者の解放。
「後、ニポンのスシデリシャスと聞いたナノデース! スシおごれナノデース!」
第二の条件は、すし半年分、そして、
「それとフジヤマやニポンテーエン見たいナノデース!」
観光だったりする。
実は、特務機関のエージェントなのだが……一体何しにきたんだとお役人から暖かな視線が送られていた。鬼と異国の商人が共倒れすれば、御の字とばかりに、役人は許可を出した。
「さて、悪い魔獣を倒す、ナノデース!」
いざゆかばとばかりに、市街に飛び出すのだった。
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再び江戸の街、繰り出したオブリオを見つけ、上京してきた少女が目を見張る。
「異国人や。珍しいもんみたわ」
少女こそ西の陰陽師、葛葉アキラである。江戸城主に挨拶がてら、観光に赴いたのだ。
久々の江戸の街は、相も変わらず賑やかなのだが、
「どこか影がありますなぁ」
さすがにアキラの目はごまかせない。不穏な空気が漂っているのを、素早く察知していた。
そこへ着流しを着崩した遊び人が歩いてきた。
「久しぶりの大物だ……腕が鳴るってもんよ」
ちゃりちゃりと金子を手で弄ぶのは、向坂 玲治(
ja6214)だ。
報酬の前借りとして新を訪れた帰りであった。
「何かおるんやな」
その様子だけで悟ったアキラは、早速聞き込み、鬼へと行き着いた。
「うちが目ェ離した隙にこれや。これやからうちが居らんとアカンわぁ……」
嘆息しててもはじまらない、アキラは気合いを入れ直す。
「しゃーない、お江戸観光の為にも鬼の1匹や2匹、倒しとくとしよかー」
その傍を、すごい勢いで駆けぬけていく夫婦がいた。
その夫婦は、とある寺に辿り着くと実の娘、若菜 白兎(
ja2109)に瓦版を見せる。
「え、実戦ですか?」
白兎は、東西の撃退士の間に生まれたハイブリッド撃退士だった。とはいえ、実戦経験などあるわけがなく、修行中の身である。
両親は依頼を受けてきたといい、後に引けない状態にされていた。
スパルタンな肉弾系夫婦なので、修行もスパルタンだ。
「それなら、頑張ります」
白兎の返事に、夫婦が喜びを見せる。だが、本当に喜ぶのは鬼を退治してからだと白兎にいわれて顔を引き締めていた。
と、風車が飛来して柱に刺さる。
さんぽが集めた情報を取り纏めた紙片がくっついていた。
「これが由緒正しい連絡手段だって、上様言ってたもん!」
それが、この連絡手段について仄やアキラから文句をいわれたときの言葉だった。
「それ、なら、仕方が、ない」
ちなみに、納得したのは仄だけだったという。
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月は雲隠れし宵、彰刃は小さな提灯の明かりを持って、江戸市中を探っていた。鬼との戦いに、町人を巻き込むわけには行かない。誰もいないのを確認し、おとりの待つ河原道へと赴こうとして、ある夫婦を見かけた。
付けていた狐の面をそっと外し、近づこうとしたのだが……。
「僕たちのことは気にしないでください」
と先に声をかけられた。
「なるほど、ただ者ではないか」
見れば、身のこなしから察するに手練れであろう。それも彰刃と同じく、影のある感じを受ける。
にこやかな挨拶をした夫婦をそっとしておき、彰刃は場所へと駆けていった。
「そろそろ、はじまるみたい。あの娘、大丈夫かしら」
婦人はそんなことをいいながら、闇の向こうを見据える。
うっすらと闇に浮かんだのは、白兎の両親であった。
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「くしゅん」
「風邪なのか? うーん、そばの屋台も無い……まだ冷えるし退治の前に軽く一杯食べて暖まろうと思ったのに、鬼のせいで」
くしゃみをした白兎に、さんぽは声をかける。見渡す限り静かな闇が、ただただ広がっている。
灯りになるのは、白兎とさんぽ、そして玲治が持つ提灯くらいのものだ。
「のんきだな」
二人の様子に、玲治がぽつりとつぶやく。
上を見上げても、月はない。全て雲に覆われていた。夜目を利かせてみれば、鴉には大きな一羽の鳥が空から見下ろしていた。
その鳥は、ナノデースと鳴くオブリオという名の鳥だ。
オブリオは漆黒の翼をはためかせ、鬼の当来を待ちわびていた。
「さっさと退治して、キリシターン信者を助けるナノデース」
それと、寿司ナノデースと鳴いていた。
「えらい鳥がいるもんやな」
西洋のにおいに、アキラは呆れ半分にクスッと笑う。
だが、ここは明鏡止水の心をもって静かに鬼を待つだけだ。西の陰陽師の実力を見せるため、静かにアキラは息巻いていた。
「それにしても、仄ちゃん。どないしてるんやろ」
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アキラにライバル的な思いをはせられている仄は、迷っていた。
「……では先ず、目撃地点へ、急ぐ、ぞ」
鬼の気配が色濃い方へ、歩を進める仄なのだが、全くの逆方向。
別に方違えをしているわけではない。ふと立ち止まって周りを見て、仄を心配した配下の者が注意を促す。
「ん? コチラでは、無い……?」
ややあって、仄は今から行くのだという雰囲気を作り直す。
「……では、行くか」
今度こそ、正解の方向へと向かったのを見届け配下は、江戸城へと戻っていった。
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そいつが現れた瞬間、闇の黒さがより濃くなったかと思われた。
無から生まれたかのように、闇の隙間よりごつごつとした、鬼の腕が伸びる。
「わ、わわ」
ぐわっと伸びた腕は、散開した白兎たちを捉えられず、樹を一撃でなぎ倒した。
異常な力による攻撃を目の当たりにし、白兎は後ずさる。
耳に届いたのは、手を叩く音と、
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ……ってな」
玲治の声だった。
玲治は、鬼の注意を自分へ惹きつけ、全員の体勢を調えさせる。
「闇の住人は、お前だけじゃないんだもん!」
威勢よく宣言したさんぽは、ニンポーによって闇へと紛れる。提灯の灯りを使い、周囲にいるであろう撃退士に鬼の当来を告げる。
いち早く感づいたのがオブリオだ。
「魔の力で魔を討つ……ナノデース! テングパワー、見るがいいナノデース!」
オブリオの投擲したナイフは、清められていたのか鬼の硬い外皮を切り裂いた。
だが、それに動じることも体勢を崩すこともない。
「陰は陽に干渉すべきではないよ……退場、願おうか」
闇夜に浮かぶ狐面。彰刃は鬼を確認すると、素早く弓を構えた。
「鬼を目視、行くよ」
素早く弦を引き、矢を放つ。退魔用に作られた矢を受ければ、いかに鬼といえども、損傷を受けざるを得ない。相次ぐ攻撃に、鬼はやや苛立ちを見せた。
その苛立ちを加速させるがごとく、鬼の面前で小爆発が起こった。ひらひらと舞い落ちる紙片からは、幽かな霊獣の気配がする。
「西の葛葉と言えば、うちのことやぁっ!」
大声を張り上げて、アキラは名乗りを上げた。
その声をかき消すように、
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」
九字を切る声が聞こえてくる。鬼の周囲に発生した結界が、その動きを縛り上げる。
呪縛陣、陰陽師が得意とする術の一つだ。
「だれや、名乗りもせんと、勝手な真似を……って、仄ちゃん!?」
驚きを見せるアキラを見て、仄も意外そうな顔をする。
「アキラ、が、どうして、ここに、いる? 好敵手、は、惹かれ、合う、もの、だから、か」
一人勝手に納得する仄に、アキラはいう。
「せや、ここで会うたが百年目……今日こそケリを……」
そこで他の撃退士の視線に気付く。
「わかっとるがな。鬼が先決や。束の間の休戦協定やな」
「致し方無い、が、連携、していく、ぞ」
仄も淡々と符を取り出して答える。
「相変わらず淡泊やなぁ」
そんな仄に、アキラはぼやくのだった。
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「あ……」
周囲を光りで包んでいた白兎は、鬼が一瞬睨みをきかせたのに脚をすくませた。
薙刀を持つ手が震え、少しずつ後退してしまう。このまま、逃げ出したいと思ってしまったのだ。
「魔を祓うのに気持ちで負けていては話にならない」
ぽつりと白兎は、両親からの言葉を呟く。
「怖いときにこそ前に出て、全力でぶん殴れ!」
ぐっと薙刀を持ち直し、前へと圧をかける。振るわれた薙刀は鬼の皮膚を裂いた。過敏に反応した鬼は、豪腕を押し出す。
「お前の相手は、俺だ」
割って入ったのは玲治だ。硬い拳を全身で受け止め、グッと後ろ足で耐える。
そして、自らの拳を光らせてカウンター気味に放つ。輝きは鬼の肉体を貫き、わずかに体をぐらつかせた。
「一度やってみたかったんだ……鬼とのどつき合いってやつをな!」
玲治が殴れば、鬼は返す拳で打ち砕く。二度三度とやっていけば体力が削れていくのは必然だ。
それをフォローするかのように、
「させないナノデース! ちょっと静かにしてもらうナノデース!」
オブリオが白い髪がもふもふする幻想を見せて動きを止めさせたり、さんぽが風車を投げて撹乱をしたりする。激しい猛攻を繰り返す玲治の姿に、白兎も前へと再び躍り出る。
時には攻撃を庇いたて、薙刀を鋭く振るう。
「私も撃退士ですから」
次第に鬼の動きが鈍っていく。外皮が破かれ肉を晒し、どす黒い体液を滲ませていた。
「悪よ、退け。『急、々、如、律、令』」
仄が符を投擲すれば、アキラが炸裂符を合わせて放つ。陰陽師の二人による攻撃、そして、彰刃による苦無と弓の波状攻撃。そろそろ勝負は決しようとしていた。
「決めましょう」
白兎が鬼の攻撃を受け流し、鎖によって鬼の動きを物理的に縛る。宵闇の中、撃退士達が気を高ぶらせたのが感じ取れた。
「そろそろ止めだよ、隠密ニンポー超エレキテルゴマー……闇に帰れっ!」
さんぽがぐらついたところへ、雷撃を帯びたコマを放つ。高速回転しながら、雷撃を放つコマは鬼の肉を焼く。合わせるように彰刃が、焦げた肉を狙い撃つ。
「反撃の隙はあたえないナノデース!」
ここぞとばかりに無数のナイフを取り出すオブリオ。
「もう、一度、九字を、切る」
結界を作り直し、鬼の動きを縛り上げる仄。動けなくなったところを玲治の拳が、突き抜ける。
それでも、鬼は息をしていた。さすがに生命力のかたまりか。
「もろたで」
仕上げとばかりにアキラが疾風を巻き起こす。鎌鼬となった風は、鬼の喉元を切り裂いて、その息の根を完全に止めた。
「……黄泉の底で眠っとき……」
アキラは自身に満ちた笑みで、死した鬼に告げるのだった。
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「まぁ、俺に掛ればざっとこんなもんだ」
玲治は、ぱんぱんと手を鳴らす。それから鬼の死体へ近づいて、その角をへし折ると懐にしまった。古今東西珍しいものを買い取る輩は多い。本物とあればなおさらだ。
にやりと嗤いながら、玲治は先んじて姿を消した。行き先は、新のところ、残りの報酬を受け取りに行くのだった。
さんぽは上役へ報告するべく、気がついたときにはいなかった。
抜け忍でもある彰刃も、
「さて、影の者は去ろうかな」
と告げて、闇の中へと消えていった。
仄は、好敵手たるアキラに自分の方が上だったといわれて言い返していた。
「助け、が、なかったら、トドメ、は、うまく、いかなかった、ぞ?」
「負け惜しみかいな。それに、うちの方が先についてたやん」
「それ、は、関係、ない」
というものの仄にはにわかな焦りが見えていたりもしていた。
一体、どこにいたのかとアキラに詰め寄られる仄であった。
そんな面々を一通り眺めながら、白兎は両親の元へ戻る。自分の役割、初仕事の感想、これからのこと等々、いくらでも話の種はあるのだ。
実は近くにいたのだが、それらの話をうんうんと両親は聞いているのだった。
そして、ある石造りの建物の中で鬼について報告をする一人の少女がいた。
「……以上が、極東の国における魔獣討伐の報告です」
オブリオだ。
ここは、ナンバーンにある西洋の拠点の一つだ。いつになく真剣な表情でオブリオは意見を述べる。
「魔獣の出現範囲は日に日に拡大しています。これは何かの予兆……でしょうか。兎も角、此方も本格的に備える必要があると進言します」
そんなオブリオだったが、建物を一歩出れば元通り、
「さて、次はインドの仕事なのです! カレー食べたいのです!」
新天地に思いをはせてかけていくのだった。
江戸の街は、平生を取り戻し、昼も夜も活気に溢れる。
だが、次なる闇は直ぐそこに……。
撃退士達の暗躍は続く、かもしれない。