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学園に設置された闘技場は、噂を聞きつけた学生や教員で満たされていた。
オーガ太郎は、子分の鬼たちを従えふんぞり返っている。
「あれが、わしに喧嘩を売ったやつらか。やられにくるとはご苦労なことだ」
オーガ太郎の視線の先、闘技場の逆側には何人かの魔物が控えていた。
黒炭色の毛を持ち、たてがみと尻尾を青白い炎で燃やす魔の馬、桐原 雅(
ja1822)をはじめとした面々だ。
「にゃっはー! オーガちゃんだぁ〜♪」
その隣では、空気を読まずに手をぶんぶん振りながら、ウサ耳もぶんぶん振り回す卯左見 栢(
jb2408)がいた。ウサギの血が濃い獣人のような姿、ただし胸はない。
その隣では30センチぐらいのぷにぷにした三頭身の魔物、Unknown(
jb7615)が同じく手を振っていた。
「オーガ先輩ちーっす、焼肉ぱーてぃーしようではないか」
「ちょっとお待ちなさい!」
そんな二人を諫めるように、簗瀬深雪(
jb8085)が声をかける。深雪は下半身に蛇の姿をもつ、蛇女だ。愛用の黒い鋏を突き立て、
「違うのか?」
と聞くUnknownにツッコミをいれる。
「違いますわ! それに焼く前には斬りませんと」
深雪のややずれたツッコミを聞きながら、緋桜 咲希(
jb8685)がビクッと霊体を震わせる。
「ひぅ……喧嘩じゃなくて、話し合いで決めましょうよぅ」
血塗れの大鉈に取り憑くような幽霊が、そんな台詞を吐いていると話し合い(物理)のように思えてくる。少なくとも今の咲希は、話し合いを優先したいと願っているようだ。
「たわけ! この世は力こそ全てよ」
オーブを奪っておきながら、そんなことをいうオーガ太郎はやる気満々だ。
「ザッシュトルテさんの方がお強いんですけれど、若干メンタルが……ね」
苦笑しながらそんなことを言うのは、川知 真(
jb5501)だ。
人魚あるいはセイレーンである彼女は、常に海水で浸された車輪付きタライにつかっていた。竪琴をかき鳴らしながら、彼女は独りごちる。
「まあ……でも、ザッシュトルテさんが持っていた方が後のことを考えると色々と平穏そうですね」
そんな真の呟きは、オーガ太郎に届かない。
「始めるぞ」
両腕を開いたオーガ太郎の言葉とともに戦端は開かれた。
そんな会場に走っていく一匹の魚……いや、馬。
いや、シーホース坂本 桂馬(
jb6907)がいることを闘技場の誰もまだ知らない。
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「皆さ〜ん。頑張って下さ〜い」
真は高らかに戦意高揚の歌を歌い上げ、他の魔物たちを滾らせる。 人間の吟遊詩人を父に持つと噂がある真の歌は、闘技場にいる味方だけでなく、観客にも影響を与えていた。
歓声が大いに上がる中で、それをかき消すような怒号を上げて子分鬼たちが駆け出した。
それに合わせて雅を先頭に、栢やUnknownが続く。その後ろでは、おどおどとした態度で咲希が進み出る。深雪は鋏をかき鳴らして、子分達を威嚇しつつ進んでいく。
前方に近づきつつある黒馬に、子分鬼の一匹が炎を吐きつける。
元よりたてがみと尻尾は燃え盛っている。紅い焔をはねつけながら、雅は駆けていく。
「……失せろ、下郎」
邪魔だといわんばかりに見下ろし、蹄に炎の力を込めて振り下ろす。腹に熱を受けて、子分鬼は転がっていた。蹄の後が、赤々と痛々しい。
「……次はない」
淡々と子分鬼に告げる。告げつつ、心の中で主を思う。
ザッシュトルテとライバル関係にある主は、此度の一件で彼女が脱落するのをよしとしなかったのだ。故に、雅に勅命が下っていた。雅自身、曲がったことは大嫌いなため、戦いにはせ参じたのだ。
そんな雅纏わり付くように、別の子分鬼が拳を振るう。一撃を受け、子分鬼を睨み付ける。
眼光に、一瞬ひるんだ鬼を咲希が狙う。
「も、もぅ、やめましょうよぉ!?」
そういいながらも、咲希は雷撃を鬼に飛ばしていた。思わぬ攻撃に、子分鬼は体を痺れさせていた。
真剣に戦う傍で、栢はふんぞり返るオーガや子分鬼を見てニヤニヤしていた。
「オーガちゃん、おどろおどろしいな! かっこかわいいぜーっ! 取り巻きの角もかわいいなぁ」
手をわきわきとさせる栢の横をUnknownが通っていく。
「貴様たちに毒はあるのか?」
そういいながら、がぶりと鬼の足にかぶりつく。
「あんのん〜。鬼って無骨だから美味しくないと思うぜ」
栢の言葉通り、Unknownはペッとしていた。ペッと。
不満そうなUnknownを脇に避けて、深雪がずいっと前へ出てきた。
「どけ……」
こちらはこちらで、重低音のきいた声である。
子分鬼はあざ笑いながら、
「太郎様の手前、退かぬわ」
といってのけた。
「哀れな、小鬼どもめ……私が全て終わり次第喰ろうて差し上げますわ!」
「まずいぞ?」
深雪の前口上に、すかさずUnknownが乗っかり、
「お黙りなさい!」
と、おしかりを受けていた。
深雪は黒い鋏を子分鬼に突き立て、ジャキンッと体に刃を通した。
硬い皮膚がいい音を立てて斬られ、血が滲む。次はどこを切ろうかなという具合に視線を送られ、顔を蒼くしていた。
混戦し始めた頃、高笑いと謎BGMとともに一匹の魚……馬? いや、シーホースが現れた。
「苦戦してるようだな。力を貸してやろう」
観戦席に立つ魚の体に二脚の馬脚の変な奴。桂馬だ。前口上を述べた後、観客席から闘技場に降り立った。
馬の脚だけにものすごい勢いで駆け寄り、転がっていた鬼を踏んでいった。
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「なんだ貴様は!」
オーガ太郎の前にやってきた桂馬は、降りかかる火の粉たる子分鬼を自慢の馬脚で蹴り飛ばす。
「この俺が相手だ。筋肉ダルマ」
かっこよく決めているのに、こひゅこひゅと過呼吸気味なのが残念だ。
エラ呼吸は地上に適応しきれないというのか。
そんな二人はさておき、他の子分鬼たちはそれ以上近づかせないと炎を吐いたりする。
Unknownは自分に向かってきた炎を手近にいた栢をぶん投げて、盾にした。
「ぬぉおおお!?」
やや焦げ目をつくった栢は、Unknownに振り返ると盛大に怒る。
「何をするのよ、あんのん!?」
「我輩の盾となるのは誉れだぞ?」
炎にびくつきながら、尊大なことをいう。
栢は頬を膨らませながら、鬼へ近づくとぐわしっと角を掴んで、
「まったく……やべぇ、つるつる!」
撫で回し始めた。そして、ご満悦だ。
UnknownはUnknownで同じ鬼をぽこすかと殴る。
「叩けば肉質がよくなるらしいな」
そんな遊び面子の一方で、雅の蹄により転がっていた鬼も反撃に出ようと立ち上がろうとする。だが、その目前に嘶きながら前足を降ろされて、身を振るわせた。
「……次はないと、言ったが」
立ち上がったはいいものの、未だに残る腹の痛みと雅の言葉に戦意をなくす。回れ右をして、オーガ太郎の元へと逃げていった。
そして、こちらも恐怖を植え付けるように黒い鋏を操る者がいた。
深雪だ。蛇らしくねちっこく、鋏で斬撃を刻みつけていく。
「どこまで切り刻んであげましょう」
狂気をはらんだ笑い声を含ませ、深雪はいう。
そして、目が合った瞬間、鬼は後ずさってしまった。恐怖として刻み込まれた鋏の音がそこに重なれば、深雪に背を向けてしまう。そのまま、この鬼も逃亡した。
「ぐっ」
入れ替わるようにこちらへ桂馬に蹴り飛ばされた鬼がやってくる。
立ち上がった鬼は目の前にいた咲希へ、腹いせの如く炎を吐きながら迫ってくる。
「いやあああっ!? やだぁ! こっちにこないでええええっ!?」
大鉈をぶんぶんと振り回し、炎を耐える。
そんな咲希に気をよくしたのか、鬼はそのまま近づいていく。そして、咲希が取り憑いている大鉈をずんむと掴んでしまった。
その瞬間、咲希の表情が一変した。狂ったように笑い声を上げて、鬼を睨み付ける。
「あハハははハ! そッチがそノ気なら潰されテも文句なイヨねえッ!?」
力任せに振り回され、引きはがされた鬼は尻餅をつく。追い打ちをかけるように咲希は、大鉈を振るう。何度も何度も、執拗に叩きつける。
ラバーカバーをしてあるから、切り落とすことはできない。
だが、一撃一撃の打撃力は相当ある。
「あレェ? 降参しナクていいノ? あ、お返事でキナいんダぁ、じゃア、もッ卜潰しテアゲるッ!」
咲希は言葉通り、たたみ掛けていく。硬い皮膚をしているとはいえ、何度も打ち付けられては溜まったものではない。機を見て、鬼は猛攻を抜け出す。
追い打ちをかけようとする咲希を振り払い、必死の形相でオーガ太郎の後ろまで逃げていった。
そんな中、栢に撫で回されていた鬼がキレた。
「いい加減にしろぉ!」
両手を挙げて、栢を振りほどく。
栢は懲りずに今度はばしばしっと、叩きながら
「わぁ硬め硬めっ?」
等といっていた。
Unknownもそれにのっかっていたが、鬼は力任せに二人を振り払う。わーきゃーいいながら、栢とUnknownは逃げていく。
やっと一息ついた鬼だったが、周りを見れば逃亡者ばかり……。
無言で睨みを効かせる雅。
「切り刻まれたいか?」
と鋏で音をたてる深雪。
「あハハハは! 今度はあナたガ相手!?」
と笑い声を上げる狂戦士な咲希と豪華な面子がお出迎えの体勢を調えていた。
これには冷や汗と失笑の炎を吐くくらいしかできない。
踵を返し、お邪魔しましたと退散していくのだった。
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オーガ太郎は、相次ぐ子分の脱落に苛立ちを隠せないでいた。
目の前には、一匹のシーホース桂馬をはじめとする魔物たちがいる。
「皆さんは、私の歌、聞いてくださいますよね?」
観客とオーガ太郎、そして逃亡中の子分……当然味方の魔物達に声をかけ、真は歌を変える。より激しく、強い歌へと転調させていく。妖艶な微笑みの中で高らかに謳う真を見て、オーガ太郎が呟く。
「ほぅ、彼女は嫁に欲しいな」
その呟きを察してか、単なる気まぐれか、一瞬真はオーガ太郎を睨めつけた。
「我に付いてくれば、魔王の配下として安泰だぞ」
そんなことをいう彼に、Unknownがすかさず肩をすくめてみせる。
「貴様がそのオーブを使い、もし魔王になったとしても誰もついて行かぬぞ」
その言葉に憤るところへ、雅と深雪が前へ躍り出る。
無言で睨みをきかせる雅と、
「そういうことで、この私の鋏と共に踊ってくださいまし」
怖じ気付くことなく、そういってのける深雪たちのシリアスムードをぶちこわすように嗤いを上げる一匹の魚がいた。
「ふははははは、多勢に無勢。勝機はこちらにあるのだ!」
Unknownもこの状況に、ふぅっと一つ安堵の息めいたものを吐く。
「うな、皆強そうだし我輩お昼寝するわ」
そしてどこから出したのか布団を敷いて、いきなり寝始める。
傍にいた栢はふむふむと状況を分析しているようなそぶりを見せていた。
「じゃア、こッチから行くよぅ?」
先陣を切ったのは、狂戦士化したままの咲希だった。自慢の大鉈を振るって、先制をしかけるが片腕で防がれる。いささか驚くような表情をした次の瞬間には、取り憑いている霊体ごと投げ飛ばされていた。
次は私だといわんばかりに、駆け出したのは桂馬だ。
自慢の馬脚を激しく動かし、跳び蹴りを仕掛ける……のだが。
「あっち!? やめろ、俺は炎をあびるとこんがりするぞ」
真正面から炎を受け、その場に転がることになった。
香ばしい匂いを撒き散らしながら、ぴくぴくとする桂馬の耳には、会場の喧騒以外の声が聞こえてくる。
それは、遠い海の香りとともに……。
エイヤサヨイサー ドッコイショ
因果なもんよ船乗り稼業 カモメが歌や オイラも歌う
カカァよマンマを炊いてけろ 行かにゃならね 久遠の海よ
(中略)
アァ 網を引け 大漁だァ 大漁だァ
桂馬はそこに船乗り達の姿をはっきりと幻視したのだ。
が、遠のく意識の最後に聞こえたのは真の声だった。
「……水生生物が炎に弱いことを知ってて、やったんですか?」
歌をぴたりと止めて、真はオーガ太郎を睨み付ける。だからどうしたという態度の彼に、
「許せません」
と短く言い切った。
調子の違う呪歌を歌えば、雨雲が飛来する。大雨を降らし、桂馬の炎を打ち消しながら雨雲はオーガ太郎の頭上までいたる。
そして、降ってきたのは電気くらげの群れだった。
大量の電気くらげが雷撃と毒を纏って降ってきた。
「ぬぉ!?」
短いオーガ太郎の叫びが聞こえる。真の召喚魔法は、確かにオーガ太郎の体を痺れさせていた。ぐらつく彼に今だといわんばかりに、栢が後ろから飛びつく。
「やぁん、オーガちゃんったら! ぴりぴりしてるーっ」
角をぐりぐりしながら羽交い締めをしようとした栢をオーガ太郎は背負い投げにする。
Unknownの傍に堕ちた栢めがけ、二人纏めて始末するがための炎を吐きつける。
「ぬっ! これは危ないぞ!」
危険に起きたUnknownはすかさず、栢をずんむと掴んで投げた。
炎から逃がすため? いいえ、自分の盾にするためだ。
「ぎゃー」
目前に迫る炎に叫びを上げる栢。そこへ深雪が割って入った。鋏を盾に、二人を庇う。
「柄にもないことをしてしまいますわ」
苦笑しながら、深雪はそう言い捨てる。
完全に目を覚ましたUnknownは、
「二人の仇ー!」
とかいいながら、大鎌を呼び出してオーガ太郎を切りつける。
「し、死んでないよ」
「お黙りなさい! 縁起でもありませんわ!」
栢と深雪のおしかりに、しゅんとするUnknownであった。
気を取り直して、戦線を見直せば、復帰した咲希が再び猛攻を繰り広げていた。滅多叩きなのだが、外皮は予想以上に硬い。
再び背後をとった栢は、羽交い締めを成功させるとともに
「今よ、深雪ちゃん! 雅ちゃん!」
と声をあげた。黒い闇でオーガ太郎の視界を阻害し、自らは離脱。
「鬼風情が調子に乗るなあああ」
そこへ深雪が飛びこみ、お返しとばかりに鋏で端緒を切り開く。
「……最後だ」
戦意高揚へ戻った真の歌を耳にしながら、雅が再び炎の力を蹄に込める。
必殺、浄炎の刻印。
オーガ太郎の顔面に、間抜けに見える蹄痕が残された。オーガ太郎は起き上がろうとし、その場に伏した。
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決着に、大歓声が上がると桂馬も気がついたようで、
「俺の知らない間に、うまくやったようだな」
とさしも自分の手柄もあったかのように繕っていた。
雅は、戦いが終わりオーブさえ取り戻せれば興味がないとばかりに闘技場を後にする。満足したのか深雪も去っていた。
正気に戻った咲希は起き上がりつつも香ばしい桂馬を、真と一緒に医務室へ連れて行く。
残った栢は、オーガ太郎の角や外皮を触りながら堪能し、その傍で
「毒を浴びていては食えないではないか」
とUnknownが憤っていた。
得てして、オーブはザッシュトルテの元へと戻った。
今回の一件でオーガ太郎は魔王候補の座から堕ちたと言うが……それはまた別のお話。