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ヴァレンタインほどではないにせよ、ホワイトデーに期待を寄せる人たちは多い。
お返しにいかが?と商品を勧める店が軒を連ねる中、一匹のくまがチラシを配っていた。
「お返しに、クッキーはいかがですか?」
声をかけるくまの中に入っているのは、或瀬院 由真(
ja1687)だ。彼女は、店の人に協力してもらって客引きに擬態していた。
その近くでは、私服姿の功刀 夏希(
jb9079)が辺りの様子を伺っていた。彼女はあらかじめ、今までの襲撃地点を調べて特徴を洗い出していた。ここは人通りの多さも、逃げ道になりそうな路地もほどよくある。
「さて、くるわよね」
夏希は、囮役以外の男性にも気を配る。万が一、そちらが襲われないとは限らないのだ。
では、囮役の森田良助(
ja9460)はといえば……。
これみよがしに大きめのプレゼント箱を抱えながら、通りを歩いていた。優しそうな笑みを浮かべ、嬉しそうに声も漏らしたりしていた。どこからどうみても、「彼女にプレゼントをあげに行く少年」である。
そんな少年の後方を一定の距離を保って、平田 平太(
jb9232)が歩く。仲間だとばれないように、微妙な距離を保ち続けていた。VCナインに対しては、同情しつつも罪は罪だとわりきっていた。気を張り直して、良助の動向を見守る。
一方では、待ち合わせをしているフリをしてルティス・バルト(
jb7567)は待機していた。時折、時間を気にする姿は、ホストらしいかっこよさを醸し出していた。VCナイン全員が、一斉に来てくれることを願いつつ、じっと待つ。
上空では、アヴニール(
jb8821)が作戦の始動を待っていた。夏希の用意してくれたマップと実際の市街を見比べつつ、穴が無いかを確かめる。風紀委員から借りたロープを握り、
「これ以上罪を重ねさせない為にも、早く捕まえるのじゃ」
と気合いを入れる。
そこへ、佐藤 としお(
ja2489)から連絡が入る。
「さて、みんなで協力してとっとと終わらせましょう!」
としおは、商店会や風紀委員の一部に力を借りてこの周囲をカバーしてもらった。さらに、近くに簡易な牢として使用する倉庫を用意してもらった。彼は、そこのチェックを終えて繁華街に戻ってきた。
そこへ、アヴニールと力を借りている風紀委員から連絡が入った。
「VCナインらしき者達が向かっておるのじゃ」
「こちらも連絡が入った。森田さんの方向へ向かってます」
二方向からの連絡に、全員がそれとなく周囲を警戒する。
良助を囲うように動く、女性達の姿があった。
「では、行動開始なのじゃ!」
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VCナインっぽい女性達は、良助をそれとなく路地の方へと追いやっていく。
「え? あれ?」
おどおどとした態度を取りつつ、良助は彼女らの誘導に従っていく。もちろん、わざとひっかかっているのだが……VCたちはそれに気付かない。気がつけば、彼女らは蝶マスクを付けていた。
良助は慌てるそぶりを見せる。
「私らはVCナイン! さぁさぁ、ホワイトデーのお返しを出しな!」
情報通りの脅し文句で、首謀者が良助に迫る。その隣から、
「それをくれたら、何にもしないからさ」
優しい口調で、女子高生っぽいメンバーが迫る。良助は近づいて来た彼女に標的を定めると、スッと箱を差し出すと同時に、
「ず、ずっと好きでした!僕の想いを受取ってください!」
と顔を赤らめていうのだ。
そのとき、VCナインに動揺が走った。
「あ、あんたまさか」
「こ、これは何かの間違いよ」
「あんたならいつか裏切ると」
口論が始まったタイミングを見計らい、良助が通信機を通じて知らせる。
「み、皆さん今です……!」
その声に我に返った首謀者が、号令を発する。数人はダッシュで駆け出した。良助はさっとマーキングを使用し、慌てていた首謀者に命中させた。
「お取り込み中失礼しますが手を上げて下さい」
逃げ遅れた四人の者たちへ銃を突きつけ、平太が宣告する。
突然のことに二人は呆然とし、抵抗する気力をなくしていた。だが、残りの二人は抵抗を試みる。
一名は良助を突き飛ばして逃げようとしたが、手が当たったフリをした良助が
「うぅ……い、痛いよぉ!」
と大げさに転げて痛がったものだから、思わず立ち止まった。
「ちょ、ちょっと」
大丈夫といいかけたところで、上空から降ってきたアヴニールに捕らえられた。彼女に気付き、逃げ出そうとしたところをバトルケンダマを駆使して、足を捉えられたのだった。
「もう逃げられないのじゃ」
ロープで捕縛されたのを確認すると、良助は何事も無かったように立ち上がって見せた。
「ご、ごめんなさい……でも泥棒は犯罪です」
「うむ。もうこれで動けまいて」
唖然とする彼女をアヴニールはしっかりと縛り、再び上空へと戻っていった。
さて、取り残されたもう一人は良助にプレゼントを渡された高等部女子であった。
プレゼントを抱えたまま、逃げ出そうとした彼女を押さえたのは……ルティスだ。
「急いでどこに行くんだい?」
にこやかな笑みと暖かなアウルを浮かべながら、ルティスは彼女へ近づいていく。
「そんな蝶マスクで顔を隠すなんて……もったいないよ」
すっと手を伸ばし、マスクを外してあげる。ぽうぅっとする彼女に、ルティスはトドメとばかりに手に触れた。謎フェロモンを放出しながら、高等部女子のココロを掴んでいく。
そんな出来事になれていない彼女は、すっかりルティスに堕ちていた。
縛られるのにも抵抗せず、唯々諾々と従っているのには、やや哀れみを覚えるのであった。
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逃走組は三手に別れていた。二名、二名、首謀者である。
右へと逃げた二人を押さえに出たのは、くま……ではなく由真だった。夏希の地図で予想した逃走ルートをふさぐように、翼をはためかせたのだ。降り立った、由真はびしっともふっとした手を向け宣言する。
「不埒な悪行はそこまでです、VCナイン!」
人混みをかき分け、逃走しようとしていたVCナインが立ち止まる。
一瞬のざわつきの後、さっとその場に空間ができた。
「貴方達のような悪い人は、このクマさんがふるもっふにして改心させちゃいますよ」
拳を幾度となく振るいながら、VCナインを牽制する。
突如現れたくまに、こちらへ逃走してきた二人は混乱を来す。
「もっふもふ!」
そんな咆吼をあげて、くまは突進する。VCナインの二人は我に帰り、背を向けて逃げようとする。
が、間に合わない。もふっと多い被さられて、その場に倒れ込むのだった。
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もう一方へ逃げた二人を捕らえに向かったのは、夏希だ。あらかじめ調べた情報をもとに、逃げそうな場所へ潜行していた。裏道をひた走る二人組を見つけ、死角からの不意打ちを狙う。
人影もなくなり、安心しきった二人組は速さを緩める。歩き始めたところに、そっと近づいてリボルバーを突きつける。
「大人しくして下さい」
突然現れた伏兵に、一人は驚き、一人は咄嗟に反応した。振るわれた刀をいなして、弾丸を放つ。
「捕まるわけには、いかないのよ!」
VCナインは叫びながら刀を振る。しかし、狭い路地内では、十分に刀を振るうことはできない。もう一人がその隙に逃げ出さないよう、最小限の動きで刀を避けて、もう一人を牽制する。
一撃、二撃、と避けたところで刀がビルの壁に引っかかった。すっと近づき、武装を剥がして組み伏せる。そのまま、もう一人と合わせてロープで縛り上げた。
「こういう迷惑な事をされると、私みたいな普通の独り身まで疑われるっていうのに……。まったく……」
捕らえたVCナインを睨めつけ、小さく呟く。
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「切ないねぇ……」
捕縛の知らせを聞きながら、としおはそんな感想を吐露する。捕らえられたVCメンバーを引き取っては、簡易牢代わりの倉庫へと連れてくる。首謀者を除く、八名が雁首揃えてここに座位していた。
首謀者白井恋人は、未だに逃走をしていた。風紀委員や商店会の情報を集めつつ、アヴニールへ伝えて的確に追いかけさせる。さすがの鬼道忍軍だけあって、素早かった。
だが、捕まるのも時間の問題だ。
「さて、と」
としおは、ぐるぐると巻かれたVCナインのロープを解いていく。窓はあっても、高い位置であり、解く前にマーキングを施したテープを貼っておいた。何かあれば、すぐにばれる。
解放されたVCナインはきょとんとしていたが、としおは彼女らを傍らのテーブルへと招く。
「このスイーツを食べて下さい! これは僕がお返し用に予約したモノです!! 」
テーブルの真ん中には、まんまるとしたホールケーキが置かれていた。
状況がわからず戸惑う彼女らに、としおは続ける。
「……でも、お返しする相手がいないんです……」
それが何を意味しているのか、わからない彼女たちではない。
としおは、さらに言葉を重ねる。
「こんな切な……いや、イケない事はもう辞めましょう……」
しんみりとした空気の中、謎の一体感が生まれていた。
としおがケーキを食べるように促すと、躊躇うことなく彼女らは食べ始めた。
「心の傷のなめあいのような気もするけど」
彼女らから目を離し、聞こえないよう独りごちる。
無線からは、そろそろ首謀者の捕獲に入る旨が聞こえていた。
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一足先に白井恋人を追いかけていたアヴニールは、ルートを定めて連絡して、仲間を誘導する。自身も物質透過を使用して、建物をすり抜けながら白井の先を行く。
「逃がさんのじゃ!」
前をふさぐように降り立ち、バトルケンダマで捕まえに入る。玉が白井へ向かう。
が、その軌道を見切り白井は側のビル群へ駆け寄る。
「俺の胸に飛びこんでくるのかな」
そこへ立ち現れたのは、ルティス。アヴニールに導かれて、全力で駆けてきた。すっと立ちふさがる彼を見て、白井はブレーキをかける。
一瞬、彼の色香に惑わされそうになったが、自分の状況を思い直して別の道を探る。
「こっちも通行止めです」
すっと夏希が物陰から現れ、白井に手を伸ばす。すっとバク転で、白井は元の位置へと戻る。少しずつ、話を狭めるように撃退士たちが集まっていた。
「抵抗するなら……撃ちます……」
平太も追いつくや、リボルバーを構えて牽制する。良助も追いつき、戦列に加わった。白井は、すぐにさっきの少年だと気づき、そこに狙いを定めるが……。
アウルを込めた弾丸が飛来する。
「下手な抵抗は……やめてください」
最後通知とでもいうように、平太が警告を発する。
「こ、このままでは……」
周りをぐるりと見渡して、白井の目が一点に止まる。そこにいたのは一匹のくまだった。
紛れもなく由真なのだが、そんなこと意に介さず、穴だと思って飛びこんでいく。
「そこまで抵抗しますか。ならばっ」
迫り来る白井に、由真は心象剣『草薙剣』を発動させる。碧に輝く直刀に強力な渦巻きを纏わせ、衝撃波としてぶつかる瞬間に放つ。
「必殺、クマ薙剣!」
まともに受けた白井は、そのまま宙を舞い、地面に叩きつけらそうになるが。そこへルティスが先回りし、抱き留める。
「お返しを……物品を貰えることが全てじゃないさ」
優しく囁きながら、逃がさないようにしっかりと捕まえる。観念した白井は、その場で項垂れるのだった。
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確保した白井を連れて簡易牢に戻ると、そこにはとしおを含めてケーキに舌鼓をうつ面々の姿があった。
「首謀者も捕まり、これで終わりだね」
としおの言葉に、VCナインたちもそうだねーとゆるく答えを返す。
そんな面々にあきれかえる白井も座らせる。
まずは、由真が反省を促すべく、くまのぬいぐるみで全員をもっふもふにする。
「さぁ。このもふもふに身を委ね、嫉妬を忘れるのです……」
いささかシュールな反省の儀式が終わった後、良助が前に出る。
「すみません、さっきの告白は嘘です。でも大福は皆さんにあげます」
ケーキの側に大福を置きつつ、良助が騙したことをあやまる。
ついでに、
「あと、僕大学部なので、少年じゃないんだよね」
というカミングアウトも入れる。これには、最初にプレゼントを渡されてドギマギした少女があからさまな落胆を見せる。ごめんね、とその少女に良助は個別の謝罪を追加していた。気をよくしたのか、少女は元気よく、大丈夫ですと答えていた。
そこへやってきたは、ルティスだ。
「キミ達は十分に魅力的なんだ。そんなことをしてると折角の魅力が半減してしまうよ?」
爽やかな笑みを浮かべ、ルティスは女性達に語りかける。手には、埋もれんばかりの薔薇の花束。
「さぁ、これを受け取って」
そこから一輪ずつ丁寧に抜き取り、VCナインのメンバーに手渡していく。ときには目を見つめ、ときには間をはかり、ときには手に触れながら……。一人一人の適正を見抜き、それに合わせた対応を取っていく。
ナンバーワンホストは伊達ではない。
「お返しじゃないけれど……俺からのホワイトデーのプレゼントだよ。日頃から素敵なレディ達で在ってくれて有難う、と言う感謝の、ね」
そういって微笑むルティスにVCナインは、身も心も融かされていた。
落ち着いてきた彼女たちに、平太も優しく告げる。
「来年はチョコ渡せるといいですね……応援してますよ……」
ちやほやされて調子に乗りかけるVCナインに釘を刺すように、アヴニールが近づく。
「が、悪い事は悪い事なのじゃ。反省して、直ぐに皆に物を返し、謝るのがいいのじゃ」
アヴニールの横では、夏希がうんうんと頷く。
「あと、我慢を覚えましょう」
その一言には、VCナインの面々は言葉を詰まらせる。少し間を置いて、はいと小さく返事するのだった。
VCナインの謝罪と返還を見届けた後、としおの提案でラーメンを食べに行くのだった。冬も終わりに近づく、あったかほっこりなラーメンが三寒の日にはありがたい。
来年は、VCナインにもあたたかな恋人ができるのだろうか。そんなことを思いながら、麺をすするのであった。