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某月某日、某雪山に我々探検隊は赴いた。
ここは昔からUMAがいるとされている土地で、スキー客らの目撃談が絶えない。たまたまスキーに来ていたカップルがUMAを目撃したと聞き、我々は接触を図った。
カップルは快く、インタビューに応じてくれた。
以下は、その記録である。
袋井 雅人(
jb1469)は、怯える月乃宮 恋音(
jb1221)をそっと庇っている。カップルにマイクを向けているのは、仄(
jb4785)だ。その隣では、新谷新がしっかりとカメラを構える。
真野 智邦(
jb4146)が二人に質問を投げかける。
「発見したのはいつ頃でしたか?」
「あれは、黄昏時でしょうか。一滑りして、ロッジに帰ろうとしたときのことです」
メガネを怪しく光らせながら、雅人は語る。
「むこうの雪山に帰っていく、怪しげな姿を目撃しました」
「怪しげな姿、ですか」
「えぇ、私たちが目撃したあのUMAの恐ろしげな姿は本当にこの世のモノとは思えませんでしたからね」
少し困った様子で、雅人の言葉が途切れる。具体的な言葉が出てこないといった感じだ。
すかさず、恋音が代わりに答えた。
「……銀色とか黒とか、翼とか角とか……」
「複数、いる、のか?」
仄が疑問を呈すると、雅人と恋音は示し合わせたように首を振った。
「わかりません。複数いたような気もしますが、何しろ一瞬だったので」
「……気付かれたのか、すぐに消えましたからねぇ……」
そして、流れる再現VTRは全体的にモザイクで、真ん中に銀色の何かが蠢いているだけだった。
「私と彼女は知る人ぞ知るオカルトハンターなんですが、同行してもいいでしょうか?」
唐突に、雅人がそんなことをいう。
「危険、だ、ぞ?」
「それに、彼女さん、怯えているように思えますが」
仄と智邦の疑問に、おずおずと恋音が答える。
「……これは、武者震いですよぉ……」
「彼女もそういってます。わくわく感と恐怖感は表裏一体ですよ」
そういう雅人たちの力強い言葉に、我々は彼らの同行を許可した。
これより、「久遠ヶ原、探検隊」は実際の調査に入ることとなる。
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この記録は、門外不出のものである。
探検隊が調査に向かおうかとしている頃のことだ。
彼らから離れたところで、海城 恵神(
jb2536)と桜榎(
jb8884)が策略を練っていた。
まだ、一日目ということもあって、二人とものんびりとした様子である。恵神は、スタッフとして途中まで同行する予定だ。その前に、打ち合わせに来ていた。
「私はこれを着るぞ!」
そういって恵神は、銀色のタイツをひらひらとさせる。
「俺は、これでいこう」
桜榎は四肢を異形化させてみせる。
「いいね、いいね。それっぽいぜ!」
「宇宙人っぽい被り物も用意しておこう」
あれやこれと思案しながら、桜榎は被り物の製作に取りかかる。黒をベースにしたものを作るようだ。色合いや姿が、割とばらけてしまいそうではある。
「きっと、この雪山でUMA同士が戦っているんだな」
思いをはせるような、遠い目で恵神は雪山を見つける。
某映画のごとく争う二体のUMAが、雪山に投影される。
「それじゃ、私は調査班に混ざってくるぜ」
元気よく、去って行った恵神を見送る。
「何度か、姿も見せておかないとな」
台本のようなものを確認しながら、桜榎は呟くのだった。
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我々の調査が始まった。
智邦が準備した登山用グッズを持ちながら、雪山の奥を目指す。我々に残された時間は、今日を含めて三日しかない。
黄昏時にさしかかり、隊員たちの表情もにわかに険しくなる。
そんなとき、我々に近づくザクザクという足音が近づいて来た!
ひた走る緊張感の中、カメラはたまたまいた鹿をうつしていた。
「新谷新のカメラは何を撮っている!」
智邦が思わず声を荒げる。
「ほのぼの要素が」
「それより、何か、くるぞ……!」
仄の言葉に、隊員たちは足音のする方向へ注意を向けた。
カメラが捉えたのは、ビシッとポーズを決める隊員姿の恵神だった。
「殺伐とした探検隊に、天使が!」
そんなテロップを入れてくれといわんばかりのアピールである。
「前進、兎に角、前進、するのだ……!」
何も見なかったとでもいうように、仄が告げる。
恋音と彼女を庇っていた雅人も、やれやれといった感じで続く。隊員たちが次なる場所へ向かい始め、恵神はあれーといった感じで最後尾についた。
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「ここをベースキャンプとする!」
日もすっかり落ちきり、カンテラの灯りが重要視される頃、おもむろに智邦が声をあげた。そこは雪山の中腹である。
気温も下がり始め、防寒具を全員しっかりと抱きしめる。
「……まさか、本当にここで寝るんですかぁ……?」
恋音の疑問に、智邦は手を振り上げて答える。
「この樹氷に覆われた山奥に、我々はベースキャンプを作るって言っているんです!」
「危険、だ」
「いや、これは必要なことですよ」
「そうそう、時間はないぜ」
「何を、言う。仄、の、意見が、聞けない、のか」
仄は、智邦と恵神と言い争いを始める。
「確かに今から戻るのは……」
雅人が恋音をちらりと見ながらも、意見を言う。
我々に残された時間は、三日間しかない。そのうちの三分の一が消えようとしていた。今から安全な場所へ戻り、明日やってくるのは時間が足りなくなろう。
「こんなこともあろうかと!」
恵神と智邦は、ちゃんと様々なグッズを用意していた。これだけあれば、一日や二日は雪山の中で過ごせるだろう。
「まあ、しょうがない、が」
仄が折れ、そそくさとキャンプの準備が始まるのだった。
※スキー場の許可は取っています。
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この記録もまた、後に消されている。
探検隊のベースキャンプから、やや離れたところに小さなロッジがある。UMA製作班のために用意された場所だ。
桜榎はせっせとUMAの作成を急いでいた。静寂の中、ドアのノック音が聞こえてきた。身長にドアへ近づき様子を伺うと、恵神が戻ってきていた。
「手伝いにきたぜ!」
サムズアップで体中に付く雪を振り払う。
「三日目に間に合えばいいんだよな」
そういう桜榎に、恵神はいう。
「できれば、明日までに完成させたいのだぜ」
不思議そうな顔をする桜榎に、恵神はひっそりと悪巧みを告げるのだった……。
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我々の調査は、二日目に突入した。
ベースキャンプの後始末をしつつ、探検隊は計画を話し合う。我々はこのまま、雪山中にある林の中へ調査に入った。林の中は、昼間でも薄暗いように思えた。
念のために懐中電灯を付けながら、一行は進んでいく。
「……きゃっ……」
短い悲鳴のようなものを聞きつけ、咄嗟にカメラがそちらを向く。すると、そこには木から落ちてきたと思われる雪に塗れた恋音の姿があった。
雅人に雪を払われながら、申し訳なさそうに頭を下げる。
「……私は大丈夫ですよぉ……」
全員がほっとしたのも束の間、雪を払っていた雅人が何かを見つけたのか指を差す。
「あ、あれは!」
全員の視線が指先へと集まる。木々の影、雪の小山が連なる中に怪しい影があった。
「UMA、だ」
仄が発言した瞬間、ものすごいスピードで影が駆け出した。
「カメラ、追って、追ってください!」
智邦が叫び、新のカメラが影を追う。
カメラには高速で移動するそれが映し出されていた。これは、その映像のスローである。おわかりいただけただろうか。
異形の四肢を持つ黒い影が、高速で走っていている。頭に当たる部分には、角らしきものが垣間見える。あまりにも速度が速く、持参したカメラのフレーム数では捉えきることができなかった。
甚だ無念である。
そのときだ。智邦が慌てた様子であたりを見渡した。
「新谷さん、恵神さんがいません!」
なんと言うことだ、カメラをぐるりと見渡すが確かにここにいたはずの、恵神が消えていた。静寂の中、まるで我々をあざ笑うかのように、何者かの甲高い笑い声が聞こえてきた。
不安な空気が蔓延していく中、人数を確認しようとして雅人も声をあげる。
「ハッ、何処に行ってしまったんですか、恋音!」
混乱の中、なんと恋音まで消えてしまっていたのだ!
雅人は辺りを見渡し、焦りを隠さず我々に告げる。
「待っていて下さい必ず見つけて見せますからね! すいません、これから私はちょっと恋人の恋音を探しに行きます」
「バラバラに、なる、のは、危ない」
「大丈夫ですよ。皆さんがUMAを見つけられるようお祈りしていますね」
仄の忠告を意に介さず、雅人は林の中へ駆け入ってしまった。
なんということだ。探検隊は早くも半分以上の調査員をなくしてしまった!
しばし呆然としていた我々だったが、仄は力強く宣言した。
「ハプニング、は、危険に、付き物、だ……。然し、臆する、訳には、いかない。我々、は、何と、して、でも、UMA、を、見つけ、だすのだ……!」
「そ、そうッスね! さ、智邦さん。先に行って、例のUMAを探してください」
そういって促す新を、智邦が前へと押し出す。
「そんなこと言うなら、新谷さんが先に行ってください!」
「い、嫌ッスよ。それなら、仄さんが」
「……」
仄に黙して顔を背けられる。
あーでもこーでもとぐでぐでしている間に、二日目が終わろうとしていた……。
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「さぁ、ここからが本番だ!」
楽しげな笑顔で恵神が告げる。
失踪した恵神、恋音。恋音を追いかけてきた雅人。そして、異形の姿を見せた桜榎の四人がそこにはいた。調査班の三名に先だって、準備へと駆け出したのだ。
そのための失踪劇。桜榎が姿を見せ、混乱を誘う。雅人は、ダークフィリアを恋音と恵神に与えて姿を消させる。その後、雅人が離脱する。
完璧な作戦だった。
今は、異形化した桜榎が、重めに足跡をつけていく。その周囲に、恵神と雅人が少し毛色の異なる足跡を作っていた。
「冷たいな」
「どんどん作るぜ、まるで争った跡みたいにするんだ!」
二体のUMAが戦ったような跡が、そこに作られていく。
人の手が加わったとばれないよう、工作は怠らない。
「……次は、その奥ですねぇ……」
恋音が描いた図式に合わせ、恵神がルーンや魔法陣を紡いでいく。
本当に何か召喚できそうなレベルのものが仕上がった。当然の如く、人間の手が加わった痕跡を丹念に消しておく。
「これで完成だな」
一仕事終えた余韻に浸る様に恵神が、額の汗をぬぐう。
恋音も満足そうに、頷いていた。
「じゃあ、僕は今から準備しませんとね」
雅人は傍らに置いてあるペンギンの着ぐるみを見ながらいう。
まだまだ、完璧なUMAへの道は続くのだ。
なお、この記録は自動的に消去される。
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三日目に突入した探検隊は、ついにUMAの痕跡と遭遇する!
「……む! これは……足跡、か?」
「争った跡のようにも見えますね」
仄の視線の先には、あからさまに付けられた数多の足跡があった。人間のものとは思えない異形の足跡、それも数種類混ざっているようだ。意識せずとも、隊員たちの表情も引き締まっていく。
「目標、は、近い、ぞ」
先を行こうとする仄をしずしずとカメラは追いかける。その後ろを智邦がついて行く。まだ昼間だというのに、かすかに周囲が暗くなっているようにすら感じられる。
ひた走る緊張感の中、智邦が声をあげた。
「あれは、なんでしょう!」
「儀式、か?」
「ほら、カメラ、寄って!」
「えー、あれに近づくのッスか」
目の前の状況に探検隊は混乱を来す。
謎の魔法陣の上で、ローブを纏う少女が何やら呪文を唱えていた。
「……いあーる むなーる うが なぐる となろろ よらならーく しらーりー いむろくなるのいくろむ のいくろむ らじゃにー……」
少女、いうまでもなく恋音、は探検隊の到着に気付くと声を一層張り上げる。
「……たしまきー ろむろむ いあーる……」
「話かけて、みましょう」
果敢にも智邦が、恋音に接触を試みる。
いうまでもないことだが、我々は気付いていないことになっている。
「うんたらたら、さんばっぱ」
怪しげな呪文のような言語、
「これ、は、古代、より、伝わる」
「知っているッスか、仄さん」
そんな会話が後ろでなされる中、恋音が最後の一言を告げる。
「……るるいえ!……」
一瞬の静寂、
「……たんたんばらさですよぉ……」
「下がってください! 何か来るそうです!」
智邦が我々に注意を促した瞬間、謎の飛来物が!
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飛来物は、魔法陣の中心にくると白い光を我々に浴びせた!
画面が白に染まる中、仄の声が聞こえてくる。
「あ、アレこそ、が……見つけた、ぞ!」
画像が戻る。
そこに現れたのは全身銀色、ぎょろっとした黒目を持ち、純白の翼を生やしたUMA(恵神)だった。
「ついに、UMAが現れましたね!」
智邦が興奮した様子で告げる。
聞き取れない高い声で、恵神が何か告げる。恋音はそれを聞くと、そっと人差し指を差し出した。二人の指が触れあい、指先が光る。
「マイ……フレンド……」
そう恵神が呟くように聞こえた。
「カメラ、寄って」
仄の言葉に慌てて、カメラが近づこうとすると、恵神は烈火のルーンを発動させた。
ボッと巻き起こる炎に、探検隊は混乱する。甲高い声で発せられる警告に、我々は困惑する。そんな中、後方から唸り声を上げて黒い生物が姿を現した。
第二のUMA(桜榎)である。
異形の四肢を持ち、真っ黒い姿、そして頭に角。いうまでもなく、我々が二日目に見たUMAである。
「あれ、は!」
仄の言葉に反応し、カメラを向けるがあまりのスピードに追いつかない。
ぶれる中、桜榎UMAは恵神UMAに向かっていき……光が放たれた。
「な、何が……あ、いません!」
智邦が声をあげる。そこにいたはずのUMAたちの姿が消えていた。
同時に、我々の目の前を第三のUMAが通り過ぎていく。ペンギンの姿をした何かは、ルーンで生成された炎を突き抜けていった。
「ここは、UMAにとって神聖なる場所なのでしょうか」
目を細めて、そんな感想を漏らす智邦。
気がつけば、恋音の姿も消えていた。
彼女は一体、何者だったのだろうか……。
「逃げ足が、早い、な。カメラに、押さえれた、か?」
新が自信なさげに、頷く。
「しかし……この、仄、も、聞いた事も、見た事も、ない、UMA」
無表情ながら、感動しているのがわかる。
「あれら、UMA、の、名を、付けねば、な」
「やはり、別種なのでしょうか。縄張り争いなのかもしれません」
議論が絶えない中、がさごそという音がなる。
カメラを向けると、追いついてきたらしい恵神隊員の姿があった。
「気がついたら、ここにいたんだけど……何かあったんだな」
首肯する我々の議論に、彼女も混ざる。
あのカップルとは、ふもとで合流した。彼女らもUMAには、あの後、接触できてはいなかった。
この雪山に住まうUMAの謎は尽きない。
我々探検隊の戦いは続く、続くったら続く……かも?
―完―