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その道は甘ったるさで満たされていた。
「この敵……くちゃい」
鼻をつまみながら、最初に声をあげたのは浪風 威鈴(
ja8371)だった。
目の前には、どろどろな液体を纏った四体のディアボロ。三〇メートルほど離れているが、はっきりと異様な姿と臭いが届けられる。
「あれが、失敗したチョコの……怨念?」
針尾 碧(
jb8504)が物珍しそうに、眺める。
「チョコレートのお化けとかなんかのB級ホラー映画かよ」
肩をすくめながら、答えたのは風見斗真(
jb1442)だ。
「確かにチョコっぽいけどさ、俺ああいう食べ物系のお化け嫌いなんだよね。もったいない感じがする」
「でも、あんな毒物チョコ。黒歴史確定だよー」
碧は目の前の敵に、戦々恐々といった感じだ。
その隣では、思案顔の龍玉蘭(
jb3580)がぽつりと呟く。
「まさか。私が作ったチョ……いやいや流石に其れは無い、ですよね?」
「さすがにディアボロですよ。何を考えて、こんな敵を作ったのか……」
蘭の不安を払拭するように、浪風 悠人(
ja3452)が答える。
そのやりとりに、片桐 のどか(
jb8653)が苦笑を漏らす。
「確かに色はチョコっぽいけどあれは食べたくないねぇ」
「まったく、危険物を恋する人にあげるチョコレートだと思うその気がしれない」
憤慨するように礼野 智美(
ja3600)は、戦槌を構えた。
そんな二人の言葉に、青鹿 うみ(
ja1298)が驚く。
「え、あれチョコなんです?」
「ディアボロでしょ」
悠人が冷静にツッコミを入れて、青白いオーラを纏う。それに続いて、全員臨戦態勢へと移行する。
「何にしても、早めにざっくり葬ってあげましょう」
碧の声に、皆が頷く。
ここに、乙女心を守る(?)戦いの幕が開けた。
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先制攻撃を仕掛けたのは、うみだった。素早く駆け出すと、気付かれるよりも先に手を打った。朱雀翔扇を広げ、炎を纏わせる。
「これで、熱消毒できますよね?」
そんな疑問を投げかけながら、投擲された扇は右端にいたディアボロの身を微かに焦がして舞い戻る。毒液は飛び散り、残っていたものも炎で融け消えていた。
攻撃を受けたディアボロは、反撃とばかりに毒液を投げつける。サッと避けたものの、地面にこべりついたそれからは、鼻を曲げるほどの甘い匂い。
その攻撃の脇を、智美がアウルを足に込めて駆け行く。
「厄介な敵だな」
接敵すれば、立ちこめる甘い匂いに気分を害し、ディアボロが動けば毒液が舞い散る。智美は、すっと息を整えると闘気を解放した。全身を包む炎が、より煌々と燃え上がる。
ディアボロたちは、こぞって智美へとアプローチを仕掛ける。アプローチと行っても、ただの体当たりに過ぎない。
しかし、あからさまな毒液の体当たりほど恐ろしいものはない。智美は、そいつらの攻撃を鉄槌で打ち払い、軸をずらして避けてみせる。
隙を見て、のどかと斗真が射程へと距離を詰める。
うみの狙った右端のディアボロへと狙いを付け、斗真は引き金を引いた。
「じゃあ早速、狙い撃つぜ!」
和弓から放たれた、矢はディアボロへと確かに吸い込まれた。
「どろどろだねぇ」
近づいてみて、改めてその異様さに目を剥く。それらを自分のチョコと思った女子たちのココロをはかりつつ、風塵のリングから竜巻を呼び起こす。
竜巻は吹き飛ばすような勢いで、ディアボロの外壁たる液体を削っていった。
刹那、右側の戦いに意識をうつした智美へ洗礼が浴びせられる。
「――っ」
飛来した逆側からの毒液を、全身に引っ被ってしまう。
シュウシュウと煙を立てる毒液を払いのけるが、肌がぴりぴりと痛んだ。
「本当に厄介、だな」
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智美の紫焔を纏わせた鉄槌がディアボロを打ち、すかさず斗真が二撃を放つ。
「ぶちぬけ!」
右舷では、智美を中心として敵の動きを阻んでいた。
一方の左舷へは、悠人が辿り着く。悠人は、スターライトハーツに纏わせた白い光をさらに強く輝かせる。
「初めて使うがこいつでどうだッ!」
振り払われた二つの棍が、光の刃でディアボロを切り裂く。毒液を払いのけ、深く確かな手応えを感じた。
反撃にと放たれた、毒液は淡桃色の金属糸を格子状に展開しまずは防ぐ。
「そんなチョコ受け取りたくないですね」
さらに隣へと接近したディアボロの体当たりも、受け流す。波状攻撃とばかりにその後方からも、毒が飛来しようとしていた。
「危ない……」
咄嗟に威鈴が弾丸を放ち、それらの軌道をそらす。
悠人が避けきったのを見届けると、狙いを集中砲火中のディアボロに絞る。
素早く撃ち放たれた一撃は、ディアボロの本体を穿つ。
「前にでます……。足止めはお願いしますね」
ラジエルの書を開きながら、蘭が前へと進む。追い打ちをかけるように、白い刃はディアボロの身体を刻んでいく。
たたみ掛けるように、のどかが合わせて竜巻を浴びせる。
「足止め、必要だよね」
碧は、フリーになっているディアボロを見定めると、リボルバーを撃つ。放たれたのは弾丸ではない。無数の妖蝶がアウルによって、形成され飛翔する。
それを受けたディアボロは、動きが鈍っていった。
「ごちゃごちゃしてると危ないですからっ」
位置を調整するように動きながら、うみも飾り紐からアウルの糸を伸ばして、手の空くディアボロを拘束する。
陣形が固まりつつあった。
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うみは続けざまに、別のディアボロにも飾り紐を仕掛ける。集中砲火を受けていたディアボロだ。そいつは、身体をよじらせうみからの高速を逃れた。
続けざまに、智美へと体当たりを仕掛ける。智美は、猛進するディアボロの身体がぶつかり、毒を浴びた。液体を振り払いながら、鉄槌をしっかり握りなおす。
力を込め、ディアボロを薙ぐと素早く距離を離す。入れ替わるように、蘭がディアボロへと距離を詰めた。
武器を直刃の刀、阿弥陀蓮華へ持ち帰るとトドメとばかりに切りつける。避けたディアボロを狙って、斗真が矢を放つ。合わせるように、翼によって上空へと舞った碧が、虹色の刃を放つ。無数の刃は、確実にディアボロの体力を削っていく。
威鈴の撃ち放った弾丸が、ディアボロの身体に風穴を開けると同時に、上空からのどかが風を放つ。
「まずは一体、だね」
バランスを崩していたディアボロは、五つの竜巻を正面から受け止めた。どろっとした身体が、流れるように崩れていき、そこにチョコ沼を作りだした。
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「慢心したかっ」
格子をすり抜けてきたディアボロの体当たりを受けながら、悠人が叫ぶ。だが、負けじととって返す光の刃でディアボロを切り払う。二体のディアボロに囲われるような形となり、悠人はやや距離をはかる。
「しかたねえな! 前に出てぶった切る!」
右舷のディアボロが倒れ、智美が下がったのを確認し斗真が少し前へ出る。
弓から刀へと持ち替え、隙間を狙って抜刀した。放たれたのはアウルの刃。前線を押し上げようとするディアボロの身体を切りつけ、その動きを止めさせた。
気配を極力消した斗真を、ディアボロは捉えられず困惑しているようだった。
その隙を、逃す彼らではない。
悠人はディアボロの面前で純白の光を弾けさせた。ディアボロの動きが止まったのを確認すると、もう一体を誘い込む。
蘭が対峙している一体と、誘い込まれた一体が直線上に並ぶ。
「一気にいきますよっ!」
その形に、うみが即座に反応する。炎が放たれ、居並ぶディアボロを炎で包む。
悠人は押さえていた方へと戻り、二体を蘭が押さえる。
どろどろのディアボロに囲まれて、蘭は真顔になった。
「今、気付いたのですが。このディアボロさんの攻撃……あとの洗濯がちょっと大変そうです」
「それは、わかります!」
強く同意を示しながら、のどかが蘭を支援する。じわじわとディアボロたちを追い詰めていく。
だが、ディアボロも負けてはいない。
碧の胡蝶を振り払い、なおも抵抗の意志を見せるのだった。
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悠人は再び、白い光をディアボロへと激突させる。動きを鈍らせたディアボロへ、斗真の斬撃が飛ぶ。身体がよろめいたところへ、威鈴が狙いを付けた。
「……本当に……甘……」
顔をしかめながらも、鋭く放たれた弾丸はディアボロの身体を穿つ。身に穴を空けながら、ディアボロは悶え苦しむ。
悠人たちからやや離れ、蘭たちもディアボロを追い立てる。刃を受けながら、ディアボロは突進を狙う。後衛へと攻撃を行かせないよう、冷静に立ち位置を見ながら蘭は動く。
「無茶は、ダメですよ」
見渡す中に、前衛を退いた智美の姿を見て、蘭が声をかける。
「ギリギリまで、戦う」
エレキギターの武器へ切り替え、智美は中衛で構える。かき鳴らせば、放たれた衝撃波がディアボロを打つ。攻撃を受ける度、ディアボロの身体から毒液が剥がれ落ちていく。
「合体とかしないよね?」
ぶつかり合ったら合体しそうな、そいつらの姿にのどかが疑問を呈す。だが、そんなそぶりは見せず、ディアボロたちはひたすらに蘭を攻め立てる。
守りをかためても、ジリ貧になるのは目に見えている。
「早く決めましょうっ」
うみが再び炎を放つ。一体は巻き込まれ、一体は逃れていた。碧が上空から支援するように、リボルバーを撃つ。蘭も攻撃を受けながらも、刃を翻していた。
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傷つける度に、辺りには甘いにおいが立ちこめていく。
鼻が曲がりそうなほどに、満ちてきた頃、ディアボロたちが動きを変えた。踵を返し、自らが作りだした茶色い沼へと舞い戻ろうとする。
「逃げられるかと思った? 残念!」
悠人から逃れようとしたディアボロを、斗真が追いかける。毒沼の一歩手前で、すぅっと敵を見定める。抜刀、一閃。ディアボロは袈裟斬りにされ、沼の中で溶け消えた。
蘭と相対していたディアボロたちも、一斉に沼へと逃げ帰る。
悠人は、放たれた毒液を金属糸で防ぎながら、跳躍した。一気に距離を詰め、それ以上逃げられないようにディアボロの視界を白く染めた。攻撃を受けたディアボロは、その場で地団駄を踏む。
もう一体のディアボロへは、蘭が接敵し直す。毒沼を前に、逡巡したものの、
「もう、汚れてますよね」
と自身の姿を見直して駆けていった。
「よし、もうちょっとだね。あと少しがんばろ〜」
のどかの号令に、後衛組も動く。空を行くのどかと碧は、逃がさないように逆側へと回り込む。斗真は再び弓へと武器を切り替え、沼の中に立ち尽くすディアボロへ狙いを付ける。
威鈴も毒沼の淵で、立ち止まる。あまりの臭いに卒倒しそうになるほどだ。何とか耐えながら、ライフルを構えなおす。
「一気に決めよう」
覚悟を決め、智美も沼へ足を踏み入れていった。
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チョコのような毒沼は、ディアボロのフィールドのようだった。
油断をすれば、足を取られかねないぬかるんだ場所に悠人と蘭は、攻撃を捌くのに集中せざるを得なかった。
「これは、きついですね」
グッと踏ん張り、悠人はスターライトハーツを振るう。ディアボロは、ぬめりぬらりと斬撃を避けてはなおも逃げようとする。
それを阻むように、回り込んだのどかが竜巻を飛ばす。確かにダメージは入っているようで、ディアボロはわずかな攻撃でも動きが鈍っていた。
蘭が放つ阿弥陀蓮華の刃も、ディアボロの妙にぬめりとした動きをなかなか捉えきれない。逆に藻掻くように放たれた、ディアボロの攻撃を蘭は受け止める。
じわじわと肌が焼かれていくように、痛みが走った。
「ダメでもともと、なんでも試してみましょうっ!」
うみは、毒沼の淵で氷晶霊符を構える。
「こんなのもどうですかっ!」
氷の刃は毒沼の上を走り、ディアボロの身体を裂く。だが、動きを鈍らすことはなく、ダメージに苦しむだけだった。
挟撃としては十分で、反対側から碧が虹色の刃を穿つ。波状攻撃に混乱するディアボロを、智美が鉄槌で打つ。ディアボロから生命力を奪い取り、毒沼の中で耐える。
「終わりだ」
「終わりですね」
呼応するように、蘭の刃が深々と刺さり、威鈴の弾丸がディアボロの中央に大穴を作りだした。
「こちらもですね」
悠人が静かに告げる。のどかの攻撃を合図に、悠人が動きをかき乱しながらディアボロを切り裂く。そして、矢がディアボロを貫いた。
「ハイ、終わり」
弓をおろし、やれやれといった感じで斗真が呟く。
全てのディアボロは溶け消え、そこには甘ったるい情景が広がっているだけだった。
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「これで安心だね〜。見た目はアレだけど手ごわかったねぇ」
降り立ったのどかが開口一番、感想を漏らす。
そこへ、智美に肩を貸しながら蘭と悠人が戻ってくる。
「ところで……誰が掃除するんです?」
悠人が疑問を呈すと同時に、ディアボロの処理班が姿を見せる。高熱の炎は、力を失ったチョコのような何かを燃やし尽くしていく。
甘ったるいにおいは、次第に薄れていく。
「というか」
目の前の情景を見ながら、斗真が感想を漏らした。
「あいつら、女の子のチョコの情念じゃなくて、チョコをもらえなかったモテない男の悲しみの塊じゃね?」
「そうなのですかっ!?」
驚愕の事実を知ったかのように、うみが反応する。
「違うと思うよ?」
のどかがそっと、うみに訂正を入れる。
「どっちにしろ、俺には全く関係ないけど」
斗真は肩をすくめながら、そんなことをいっていた。
後を処理班に任せ、彼らはその場を後にする。
「本当の戦いはこれからです」
真面目な顔で、蘭が告げる。それに反応したのは何人かの女子だった。
「あの、今年は和風チョコを作ろうと……考えてます」
碧の抹茶入りや大福チョコの話を聞きながら、ふむふむと頷く。
「よろしければ、試食とか」
「いいね〜。私にも欲しいなぁ」
そんなワイワイとした女子陣から、離れて悠人は思案顔で威鈴に視線を送る。
(威鈴にはちゃんとしたチョコをプレゼントしてやらないと、な)
ヴァレンタインデーの悪魔は去った。
だが、第二第三の悪魔が現れる可能性は……それぞれの相手への想い次第、なのです。