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「すみません、雪合戦会場はここですか。……え、違うんですか?」
公園の外に立つ警官に、声をかけたのは花一匁(
jb7995)だった。そう思えるほどに、公園だけが白く彩られていたのである。
もちろん、この白さは自然のものではない。
かといって、人工的なものでもない。
「雪のようだけれど、懐かしい感じはしないな」
銀世界を眺め、木花 小鈴護(
ja7205)が感想を述べる。
「ディアボロが作り出した景色だからなのかな……」
寂しそうに呟きつつ、すっと前の方を見る。
ぬぼーっとした顔のようなものをもつ、6つの雪だるま的な何かがそこに立っている。今回の標的を見て、月守 美雪(
jb8419)が声を漏らす。
「ああ、なんだか先達が油断したのがなんだかわかってしまう顔付きね」
「見た目で判断していいなら、確かに強そうって感じでもないね」
那斬 キクカ(
jb8333)も、同意するように頷く。
なんにしろ、といいながら、アサニエル(
jb5431)が護符を手にする。
「こんなところに居座られちゃ、おちおち雪遊びもできないさね」
「そうだよね。公園占拠に雪を降らされるのは迷惑だね」
射撃位置を探るようにキョロキョロしながら、ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が応じる。
「それにしても、あの雪だるま。何が素材なんでしょうか」
スパイクのついた靴で、足元の感覚を確かめて陽波 透次(
ja0280)が疑問を呈す。
それに地面に降り積もる雪のような何かも謎だった。
「あ、意外と冷たい……。雪っぽいですね」
手袋をした状態でも伝わるひんやり感。匁は、雪玉を作りながらそんな感想をもった。
「素材が何であれ、融けぬ雪だるまなら砕くでござる!」
元気よく立花 螢(
ja0706)が切っ先を雪だるまに向けて宣言する。
ひなたぼっこをする雪だるまたちを排除する作戦が、今、始まる。
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A班は、アサニエル、ソフィア、螢、美雪。
所定の位置に付くと、サッとアサニエルはコートを脱ぎ捨てた。
「それじゃあ、スノーマンにはご退場願おうかね」
各々臨戦態勢に入る。
まず、動いたのはソフィアだ。射程ギリギリの位置まで近づくと、アハト・アハトを取り出す。
「遠くから狙わせてもらうよ」
アウルが流し込まれた杖から、弾丸が放たれる。雷撃を伴った一撃は、呆けていた雪だるまの身体を穿った。
奇襲にやや慌てふためきながら、雪だるまたちは敵を探し始めた。
これを合図に、B班も始動する。
「来い! 僕の回避魂と雪だるま魂、どっちがより熱いか勝負だ!」
透次が叫びながら、雪だるまの群れを引きつける。
弾丸とは逆方向からの敵に、雪だるまは慌てて雪弾を飛ばす。
一つ、二つと避けながら、透次が距離を詰める。
「いざ!」
雪だるまを挟むように、彼とは逆の方向から螢が飛び出した。
注意を引くように、刃の付いたブーメランを投擲する。その刃は、雪だるまの名状しがたき物質を削りながら、螢の手元へと戻ってくる。
雪だるまたちは互いの顔を見合わせると、二手に分かれた。
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A班に向かう雪だるまは、突出する透次へと無数の雪弾を放出する。軽快なステップで避けていくが、時折、白い地面に足を取られそうになる。
極限まで集中力を高め、接近を果たすと、すかさず紅爪を放つ。
複数のかぎ爪が、雪だるまに襲いかかる。しかし、地の利があるのかすらりと抜けられた。
「思ったより、素早いな」
その隙に、中衛が迫り行く。
キクカは、射程に入ったことを確認すると朱雀翔扇をすらりと開いた。
「朱雀の炎を、放火器と一緒にしないようにね」
投擲された扇が、雪だるまたちの間を縫って戻ってくる。軌道が赤く見え、扇の中の朱雀が炎を撒き散らす。
「しもやけがぁ! 怖くてぇ! 雪合戦なんかできるかぁーー!!」
そうして動きの鈍った雪だるまへ、匁が雪玉を全力投球した。ぼふっと音をたてて、雪玉が崩れる。アウルの籠もった雪玉だが、それを受け止めた雪だるまの表情は相変わらずぬぼっとしていた。
「む、むかつく」
頬をひくつかせながら、匁はその表情を睨み付けた。
「ある意味、雪合戦だけどね」
油断は禁物といいながら、小鈴護は六花護符を始動させる。匁と同じく雪玉のようなものを形成して、放出する。
雪だるまたちは、身体をにわかに穿たれる。眉毛のようなものを怒らせていた。
「さて、攻めましょうか」
たたみ掛けるように透次が、再び紅爪を用いる。今度は、捕らえたもののすぐに抜けられる。だが、捕らえられなくても、問題はない。
「これでもどうぞ?」
空中からの声に、見上げれば匁が素敵な笑顔で羽ばたいていた。
薄紫色の光の矢を撃ち落とす。雪だるまの一匹が捕らえられ、吹っ飛ばされた。
二匹が追い詰められる中、一匹が突貫しようとする。
「来たね。実に良い選択だよ。けどチャンスでもある……よね?」
キクカはしっかりと、そいつにならいを付けると扇を舞わせる。無数の妖蝶が、出現し雪だるまを包み込む。
「きっちりと、決めよう」
各様に追い詰められ、まとめられた雪だるまを小鈴護が見据える。無数の彗星を作りだし、まとまりへ向けて放っていく。
妖蝶を受けた一匹は、胡乱な表情のまま彗星を受け、その場でぐらつく。残る二体は、彗星の間をすり抜けて、反撃をした。
怒りの雪弾が、匁と小鈴護を穿った。
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一方のB班、螢の攻撃を皮切りにしてこちらも雪だるまたちと対峙していた。
前衛を務めるのは、美雪。白銀の槍を手に、雪だるまたちを牽制する。
「行かせませんよ」
突出しようとする雪だるまを阻むように、美雪は槍を繰り出す。
滑らないように足元に注意しつつ、仲間の動き、雪だるまの動きも落ち着いて見定める。
視線を送れば螢が、二撃目を放っていた。こちらも、一箇所へと雪だるまをまとめるような動きを見せていた。
「光り輝いているのだから炎や日光みたいなのとは違うけど、撃ち砕くよ」
遠方からはソフィアが再び雷撃を纏わせた弾丸を放つ。太陽のように輝くそれは、雪だるまの中腹に大穴を空ける。
「融かせないなら、打ち砕くまで」
よろめくそいつに、美雪が槍を振るう。上下の玉を分離させるような横凪の一撃は、大穴の空いた身体部を粉々に吹き飛ばした。
ぼとりと落ちた頭が、すぐに小さな雪だるまへと変化した。
「面妖でござるな!」
螢が思わず叫びを上げる。
その横をアサニエルが通り抜け、やや前へと躍り出た。
「ちょいと、下がってておくれ」
美雪と螢が、少し下がったのを見ると深く息を吸い込む。そして、目の前の雪だるまたちへ劫火を浴びせかける。小さくなっていた雪だるまは、炎に飲み込まれた。
だが、溶けたわけではなく、身体が崩壊したのだ。
他の二体も、炎をかすめたにもかかわらず、情報通り溶けてはいなかった。
「たとえ溶けなくても、威力が伝わるなら十分さね」
冷静に、アサニエルは雪だるまの様子を観察する。
生き残った雪だるまたちは、いきり立つように雪だるまを投げつけてきた。今まで以上に、数が多い。マシンガンの弾丸のようなそれらから、アサニエルは逃れきれない。
「危ない!」
咄嗟に、美雪が割って入る。槍を駆使して、球数を減らすも捌きれるものではない。攻撃が終わると、全身に、白い粉を纏わせながら美雪は槍を杖代わりにした。
白い粉が体温を全て奪っていくような感覚だった。
「ほらほら、こんな所で倒れて凍死しても知らないよ」
アサニエルは心配そうな視線を送りながらも、そんな軽口を叩き、白い粉を振り払う。アウルの光を流し込み、その身を回復させる。
その間、残った二匹を捕らえるのは螢だった。
一撃回避と言わんばかりに、忍刀で切り払っては左右へと逃れ、突進を躱す。翻弄されたところを狙い、ソフィアも引き金を引いていく。
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「終わったら、温かい鍋にしましょう……」
名状しがたい雪のような何かを振り払いながら、小鈴護は露出していた部分を中心に銀色の光を纏わせていく。赤みを出した霜焼けを修復する。
「これは、寒いですね」
同じく引っ被った白いものをぬぐいながら、匁も呟く。振り払っても、その部分から体温が逃げ出していくようだった。
小鈴護が彼女を回復している間、高度を下げたキクカが前へと出る。
直接触れないよう、距離は保ちつつ、朱雀翔扇で牽制を仕掛ける。
一方で、側面から割って入るように透次が攻撃を放つ。膨大な量のアウルを手にした刀へと流し込み、爆発させる。放たれたエネルギーは、貫通力を伴った衝撃波と化す。
「勝負だって、いったでしょ?」
キクカへと向かう雪だるまを薙ぎ払うべく、放たれたそれを一体は正面から受け止め、一体は避ける。残る一体は、射線上から離れていたが注意をそらされた。
一斉に黒い瞳(ただし、つぶらではない)が透次へと向けられる。
猛スピードで突進する一体を、爆発的集中力によって透次は避ける。そこへ、飛来する雪の弾丸もステップをきかして躱しきる。
刹那、彼の目の前に飛びこんできたのは雪だるまの間の抜ける顔だった。三撃目を躱しきれないと判断した透次は、アウルを集中力から回避へと切り替える。限界を超える加速を雪上で体現した。
ぼろぼろになったスクールジャケットを投げ捨て、透次は三匹の雪だるまを睨み付けた。
反撃、とばかりに再度、衝撃波を放つ。雷切と名付けられるそれは、雪だるまのうち一体を砕け散らせた。
「勝負は、これからですよ」
刀を振り払い、透次は言い切った。
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「これは……きついでござる」
美雪に代わり、前線をつとめていた螢が敵に捉えられた。
突進を受け止め、吹き飛ばされたのだ。地面に伏した螢は、忍刀を杖代わりに立ち上がる。全身に纏わり付いた、粉雪のような何かが彼女の体温を下げる。
螢に代わり、再び前線に美雪が復帰する。
防御中心の構えに切り替え、槍を巧みに操る。雪玉をいなし、突進攻撃は槍を突き出してがっちりと受け止め、前線を下げさせない。
「合わせるよ!」
ソフィアの声が、美雪の耳に届く。同時に、光り輝く弾丸が降り注ぐ。
それを合図に美雪は一歩前へと詰め、槍を突き出した。無数の風穴を開け、小さく変化した雪だるまを一閃。それ以上は小さくなれないのか、そのまま崩れ落ちる。
残り一体、気を巡らし、視線を送らせたところで光の玉が目の端に映った。
アサニエルの攻撃だ。その先にあったのは、雪だるまの小さな身体。辛うじて、光の玉は避けきったが。
「終わりでござる」
といいながら放たれた、螢渾身の一撃は避けきれない。
二段構えの攻撃に、雪だるまは情けない顔をさらに情けなく見せながら地に伏した。
「向こうは?」
アサニエルが、A班へ注意を引く。
そちらも、終わりが近いようだった。
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「雪だるま、ぶっ倒す!」
復活した匁の第一声である。
エナジーアローを全力全開でぶっ放しながら、吼えたのだ。
「俺も、行くよ」
加えて、小鈴護も残った二体を上手く巻き込めるようにコメットを放つ。
波状攻撃に、慌てはじめた雪だるまを逃しはしない。
「ダメだね、余所見はいけないよ」
重ねるように舞う妖蝶、続けざまに朱雀翔扇も弧を描いて焔風を舞い散らす。一体が、彗星を受け止めたところに焔をぶち込まされた。
藻掻きながら、突進しようとするそいつともう一匹を巻き込むように透次が三度目の雷切を使用する。
「では、終わらせましょう」
衝撃波は、控えていた雪だるまを吹き飛ばす。突進していた雪だるまは、背中を削られながらもやや高度を下げていた匁へ雪弾を散らしながら跳躍した。
キクカの扇と小鈴護の攻撃が、雪球を撃ち落とすが本体は止まらない。
急接近したそいつを匁は、間近で見つめ、
「近くで見ると意外と、かわい……くねぇ!」
無慈悲で見事な回し蹴りが決まった。空中から蹴り落とされた、雪だるまを透次がすかさず切り伏せた。
白い身体が崩れ落ちると、周囲の景色が変化を始めた。
降り積もっていた雪のような何かは、溶けるわけでも、飛んでいくわけでもなくすぅっと消えいていったのだった。
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「やれやれ霜焼けですね……」
両手をさすりながら、匁が笑顔で呟く。そんな彼女を小鈴護は、回復させつつ周囲を見渡す。小鈴護の心境を代弁するように、美雪が名残惜しそうに言う。
「あら残念。雪、消えちゃったわね」
そう、ディアボロが倒されたと同時に銀世界は露と消えてしまっていた。
小鈴護は懐かしさは感じていなかったが、どこか惜しくもあった。
「ディアボロも、黒い何かを確かめたかったのですが」
透次もキョロキョロと見渡すと、ディアボロがいたところに黒い灰のような粉が積もっていた。これでは、どこが元々黒い物体なのかがわからない。
「これでは、判別は無理ですね」
透次は積もっている物質を見つめ、嘆息する。
「本当、あの顔の所の黒いのって、いったいなんだったんだろうね……」
アサニエルも、肩をすくめながらそんなことをいった。
「すべて同一の物質だったのかもしれぬな」
思案顔で螢も呟く。それぞれ、あれやこれやと推測を巡らすが、結局わからずじまいだった。そんな中、キクカが空を見上げながら言う。
「雪を降らせてくれるだけのディアボロだったなら良かったのにね」
曇り行く空は、キクカたちの気持ちを表しているようでもあった。
全員が、一様に空を見上げたその時。
「あ、雪!」
ソフィアが嬉しそうに声をあげた。指さす先には、ひらひらと舞う白い粉雪。
「本物ですかね」
と穿った見方をする匁に、小鈴護が答える。
「本物だよ。懐かしい感じがする」
強くはない雪だけれど、公園はうっすら雪化粧。
懐かしい気持ち、嬉しい気持ちになる人々がいる一方。
やっぱり、黒い何かが気になって仕方がない者たちもいるのだった……。