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「……見つけた」
濃い霧の先を見据え、染井 桜花(
ja4386)がぽつりと漏らす。
太陽の光が反射した何かが、目の先にいる。今回の標的だ。
「やな霧だなぁ。周りに注意して戦わないと」
隣では、桜花(
jb0392)が視界の悪い戦場に苦言を呈す。波の音がすぐ近くで聞こえてくる。冬の海はさぞ寒かろう。
「この視界の悪さだ。火力を集中させて、確実に仕留めていかないと拙そうだね」
カティーナ・白房(
jb8786)も視界の悪さに意見を出す。幸い、標的たちはぼーっと海を眺めているらしい。挑むなら今だろう。
「いあいあ! 失礼。無性にそう言ってみたくなりました」
神雷(
jb6374)が仮面の下でやや楽しそうにそんなことを言った。
そんな彼女らの腰には、小型のケミカルライトが下げられている。四十万 臣杜(
ja2080)が、
「ヒヒッ、お守り代わりニどうゾ。あたくしからノ選別ですよォ」
と託したモノだ。そんな彼がどこにいるのかと言えば……。
「あたくしか弱い小市民ですのデ、では後ハお任せしますよォ」
と宣って前線から下がっていた。霧で電波の悪い無線通信機から、時折彼の戦況報告が聞こえてくるようになっている。
「皆様の勇姿ヲしッかり見届けさせテ頂きますよォ」
そんな四十万の声を合図に、戦いが始まった。
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行動が開始される。
まずは神雷が手製の火炎瓶を見つめ指を鳴らした。霧の中に赤い光が浮かぶ。神雷はそれを手に、前進すると
「えーい♪」
何だか楽しげな声をあげて、投擲した。水音が二つ、ビンが割れる音が二つ。指標のように、霧の中で炎が揺らめく。
その音に気付いたのか、ぬるりと双眸が神雷をとらえた。高速で飛んできた水鉄砲を避けられず、身を削る。
「油断ならない相手のようだね」
カティーナが雷の刃を呼び起こし、反撃。魚人がたじろぐ間に、松明に火を灯して設置した。
「はぐれたら、これを目印に」
「わかりました。ヒリュウもいいですね?」
ゲルダ グリューニング(
jb7318)が顕現させたヒリュウに語りかける。
「霧と吹雪と嵐はホラーの舞台装置三巨頭と母が言ってました。気をつけないとです」
そして、じっと奥の炎を見つめる。
その炎近くへと、因幡 良子(
ja8039)がさっと駆け寄る。
「まずは、明るくして……」
良子を中心に、霧を晴らすような光が巻き起こる。
それを合図に、桜花と柘榴姫(
jb7286)が前へと出る。柘榴姫は、
「どこさへきさえんさんはどこかしら?」
と呟きながら、清火霊符をひらひらさせる。
射程内に魚人の影を見つけると、迷わず火の玉を飛ばす。視界が悪くて、当たったのかどうかわからない。
「まさか、食べる気じゃないよね?」
心配げにつぶやきながら、桜花もショットガンの引き金を引く。
「……まずそう」
渋面をしながら、染井桜花も弾丸を繰り出す。だが、この後お魚食べたいとは思っていたりするのだった。
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陸へと魚人どもを引き上げるべく、銃声が響く。応戦するようにじわじわと魚人も迫ってこようとしていた。そのときである。
どこからともなく、不気味な音楽が耳に届いた。調子外れの笛の音のような、生物の悲鳴であるかのような……。耳をふさごうとしても、防ぐことができなかった。
「今のが、情報にあった音ですか」
ゲルダが顔をしかめながら、そう呟いた刹那、足元を弾丸が穿った。見れば、桜花がこちらへと銃口を向けていた。
「桜花さん?」
不意に呼びかけるも、桜花は答えない。
注意を促すように、ヒリュウが吠えかけると周囲を見渡してハッとした様子を見せる。そして、無線機から、四十万の奇怪な声が響いていた。
「あァ、これハ……お金ガ。いいですねェ」
笑い声が聞こえたかと思うと、少しの静寂の後、お金を数える声がした。そうすることで理性を保とうとしているように聞こえる。
「気をつけてください。あの音は、精神にきます」
神雷はそう言うと、水際へと近寄る。四十万が狂う前に、近くで水音がするといっていたからだ。水面には、大きな影が見えた。神雷は、素早く細やかな氷を舞い散らせる。
薄氷がはるのを感じ、影の動きが鈍るように感じた。
「そろそろ詰めようか」
武器を盾に持ち替えたカティーナが、前線へ出る。盾についた刃で、魚人に迫る。気温低下のためか、動きの鈍っている魚人へ柘榴姫が炎を飛ばす。
「どこさへきさえんさんをやくわ」
あと、薄氷を見つつブルーハワイがたべたいわと呟いたりもしているが、残念ながら素だった。
「私が守らないと行けないのに」
ゲルダを攻撃したことに、自戒をしつつ、桜花は銃から斧へと持ち替えた。狂気は去ったが、間違いを二度起こすのは何よりも怖いのだ。ぎゅっと斧を抱きしめて、最前線へと繰り出していった。
●
「私を怒らせたお返し、行くよ!」
接近した桜花が、傷ついた魚人へと素早く斧を振りかざす。横薙ぎに刃を食い込まされた身体が、そのまま崩れ落ちた。
その様子を確認し、良子が接近していたもう一体へ虹色の刃を喰らわせる。重ねるように、柘榴姫も炎を繰り出す。
「なかなかやけてくれないわ」
じわりじわりと火傷を負わせてはいるが、中々焼き切れない魚人にやきもきしている様子だ。そんな柘榴姫を横目に見つつ、良子や神雷もやや気が気でなかったりするのだった。
「ヒリュウ!」
ゲルダが指示を出し、薄氷に閉じ込められた魚人にも恙なく攻撃を加える。ヒリュウから吐き出された雷撃が、魚人の動きをさらに鈍らせる。反撃の水鉄砲も、ヒリュウの頭上を抜けていった。
ヒリュウに薄氷の魚人を任せ、桜花も良子たちの狙う魚人を追う。だが、繰り出された斧の刃先は空を切った。動きが鈍っていても、避けるときは避ける。
「あの子が変なことをする前に」
神雷も双剣を繰り、魚人と対峙する。数撃切り込むも、魚人はぬめりと二人の連携から逃れようとした。
「それでいい」
だが、その先にカティーナがいた。パティーナシールドの刃で、跳んできた魚人を切り裂く。前線を三人で抑えていく。
そんなときだ。狂気から回復したらしい、四十万が通信を入れてきた。
「何か物音がしますよォ。警戒してくださいねェ」
その声にいち早く反応したのが、染井桜花だった。彼女は、前線から外れたところでした物音を聞き分けた。加えて、水の濃い気配を感じたのだ。
「……撃ち抜く」
静かに告げ、引き金を引く。弾丸は霧の中へ吸い込まれ、奇妙なうめき声となって返ってきた。弾倉を切り替えつつ、気配に更に気を配る。
そして、また……あの音がした。
最初に奇妙な動きをしたのはヒリュウだった。ゲルダの指示に怪訝そうな様子を見せたのだ。それに気付いた良子が、咄嗟にゲルダに駆け寄った。
何かに錯乱し、目を覚まそうとしているのか自分で頬をつねっていた。
「こんなところに、母がいるはずがないのです」
呻くような声をあげるゲルダに、良子はクリアランスをかける。アウルの流れを正常化させ、狂気を解いていく。
「大丈夫?」
良子の問いかけに、ゲルダは頷いた。
●
「これで、どうですか」
神雷の隙を生じぬ二段構えの剣技により、魚人が真っ二つに切り開かれた。なんともいえないものができあがった。
そこへ別方向から水鉄砲が飛来する。跳躍し、神雷は避ける。重ねるように、ヒリュウに対しても薄氷の魚人が水鉄砲をとばす。それを避けたところめがけた水弾が、ヒリュウを穿った。反撃するように、ヒリュウがブレスを吐きつけた。
前線は混戦状態となっていく。桜花や神雷は、フリーの魚人が出ないようにそれぞれ攻撃を加え、良子と柘榴姫が中距離からそれを助ける。
そして、やや離れたところから、染井桜花が狙いをつけていた。すっと獲物を見据えていた彼女へ四十万からの通信が入る。
「そちらへ何か行きましたよォ」
どうやら、逆の端にいた魚人も接近してきているらしい。ひたひたと素早い足音、慌てて振り向けば目の前に魚人がいた。振り下ろされた腕は、鱗がヤスリの代わりとなる。微かに傷を付けられながら、氷のルーンを染井桜花は取り出した。
「……爆ぜろ」
口腔内へと飲み込ませようとするが、魚人のうごきが意外と素早い。だが、もう放つことを止めることはできなかった。叩きつけるように魚人に、氷のルーンを投げつける。
アウルが弾け、氷のような結晶が無数に形成された。魚人のうごきが鈍ったのを確認し、染井桜花は大きく距離を取った。
そのときだ。奇怪な笛の音が耳を衝いた。
そして、目の前に魚人が現れた。咄嗟に引き金を引き、弾丸を放つ。聞こえてきたのは、魚人の気味悪い声ではなかった。
「きゃっ」
目をこらせば、そこにいたのはゲルダだった。
「……幻惑」
気付かずにとらわれていたことに、染井桜花はやや眉をひそめる。深く呼吸をして、霧に浮かぶあり得ない数の魚人を振り払った。
前線に目をやれば、神雷と桜花も幻惑にとらわれているようだった。良子は、すぐに神雷へ駆け寄ると幻惑を振り払う助けをした。
「あの音、厄介ですね」
神雷は嘆息しながらそういうと、柄を握りなおす。
一方で桜花は、狂いながらも薄氷中にいる魚人は確かに魚人だと確信を得て斧を振るう。冷静な判断で、動けない魚人へ攻撃を加えていった。
「相変わらず、くるね」
そうしながら、何とか気を持ち直す。
狂気にとらわれなかった柘榴姫は、炎の球体を複数巻き込むように撃つ。放たれたそれを避けた魚人をカティーナが狙う。
退路を狭まれた魚人を、戦線復帰した神雷も迎え撃つ。
逃れきれず三枚下ろしの如く、切り裂かれた魚人が薄氷の海へと消えていった。上がってこないのを確認し、神雷は次の獲物へ向き直るのだった。
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「これで、終わりだよ!」
桜花が宣言し、薄氷ごと魚人を打ち倒す。次の相手へ向き直ろうとして、何度も聞いた笛の音が反響してきた。だが、今度は幻惑に打ち勝つ。
通信機からは、四十万の金数え唄が聞こえてくる。囚われたのは彼だけではない。神雷は、危ないといいながらあらぬ方向へ駆け出した。
そこにいたのは、染井桜花だ。
振りかざされた剣を受けながら、彼女もまた、至近距離で銃を撃ち抜く。相互に相手を魚人と思い込み、立ち回る。
「早く、戻って」
慌てて良子が神雷の正常化を促す。ふと見れば、ゲルダも震えていた。ヒリュウが指示が来ないことに困惑しているようだった。
カティーナは魚人を押さえながら、全員に声をかけた。
「あと一押しだ。このまま押し切るぞ」
呼応するように柘榴姫が、魚人を燃やしきった。こんがりとした魚人は、口から煙を吐いて崩れ落ちる。
「やっと、どこさへきさえんさんがたべられるのだわ」
じゅるりとよだれを垂らして、駆け寄ろうとする柘榴姫の襟首を戦線復帰した神雷が掴む。
「こんなの食べちゃダメです! お腹壊しちゃうでしょ!!」
「本当だよ」
と良子も同意しつつ、イリスの紋章を発動させる。柘榴姫はしゅんとなりながら、すぐに切り替えたのか、
「ししょー、ぶるーはわいがたべたいわ」
といってのけた。あきれながらも、神雷は
「帰るまでがお仕事ですよって教えてるでしょ! 帰ったら作ってあげます」
と返すのだった。
そんなやりとりをしている間に、狂気から回復した染井桜花が一匹仕留めていた。
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「ぶるーはわいのためにも、はやくやっつけるのだわ」
俄然、気合いの入った様子で柘榴姫が大剣に武器を持ち替えて一気に駆け寄る。小柄な身体から振りかざされた剣が、魚人の首をはね飛ばす。
「あたまは、たべられないわ」
「いや、だから食べちゃダメだよ」
ゲルダにクリアランスをかけながら、良子が苦笑を飛ばす。柘榴姫が余計なことをしないよう、神雷がしっかり側による。
「ハッ! また幻を見せられていました」
反省するように復活したゲルダが、独りごちる。キッと表情を引き締めて、ヒリュウに指示を出す。ヒリュウは、任されたといわんばかりに、気合いをいれてブレスを吐きつける。
最後の魚人は、ブレスを受け流す。しかし、その中からザッと飛び出してきたのはカティーナだった。トドメとばかりに魚人の喉元へ深々と刃を突き立てた。
「これで霧も晴れるだろうな」
刃を引き抜くと同時に、魚人は地に伏した。
辺りに反響していた笛の音は遠くなり、消える。霧は次第に薄くなり、太陽の光が地面を暖め始めた。海は光に煌めき、港は平生を取り戻したのだった。
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「イナバ……ユア……フレンド」
と恐る恐る良子が、指先に星の輝きを使用して某映画ごっこをしていた。その間に、四十万は伏している魚人を写真に納め、染井桜花は町人に何かを聞いていた。
全員が集まった段階で、彼女は漁師料理を町人の好意で食べれることを伝えた。
「……魚が食べたくなったから」
という染井桜花の提案からだった。港の一角では、さっそく漁から戻った猟師が魚をさばき、料理を作っていく。
「どこさへきさえんさんがたべられるのだわ!」
すごい勢いで、料理へ向かう柘榴姫を筆頭に鍋や刺身、焼き魚に舌鼓をうつ。
「うん、美味しい」
「新鮮ですからね」
カティーナとゲルダは、純粋に料理を味わっていく。
四十万は撮った写真を眺めながら、売れそうなものをより分けていた。
「四十万様!」
そんな四十万に、神雷が声をかける。
「何でしょゥ?」
「この写真にある魚人の開きは、売り物になりませんか?」
「かさばりますし、生ものですからねェ……」
「いやいや、そこじゃないよね?」
二人のやりとりを注意深く聞いていた良子が思わずツッコミを入れる。
「えェ、えェ、わかってますよォ」
肩をすくめながらいう四十万に、良子は訝しげな視線を向ける。
そこへ、柘榴姫が近づいて来て神雷の腕を引っ張る。
「ししょー、ぶるーはわいもたべたいのだわ」
「それは、帰ってからっていったでしょ?」
といいつつも、猟師に頼んで氷を運んでもらったり……。
穏やかな波の音、撃退士たちの笑い声に包まれながら、陽光が降り注ぐ。
そこには、もう狂気はない。あるのは潮気だけだった。