●
公園に辿り着いた撃退士たちは、事態急変を危惧して御神島 夜羽(
jb5977)をモチの溢れる道中に残し、戦闘区域へと辿り着いた。
視線の先には、奇妙な三段鏡餅のような物体が浮いている。ときどき、ふるりと震えてはモチのような物体を吐き飛ばしていた。それを見据え、
「酷い。辺りが餅まみれね」
と遠石 一千風(
jb3845)がいう。
「ほう……白は黒よりも強し、とでも言いたげだな!」
隣で述べながら、命図 泣留男(
jb4611)は光の翼を顕現させる。
「縁起物でしかも、食べ物を粗末にするだなんて、許し難き存在ですわ!」
ロジー・ビィ(
jb6232)も怒りの声をあげながら、光の翼で飛び立つ。
「全くもって」
同意するように頷き、コンチェ (
ja9628)も翼を生やして構える。
「あれは食べられないだろうけどねー」
椎葉 巴(
jb6937)が白い物体を見つめながら、呟く。
「さて、鏡開きと行きましょうか」
月臣 朔羅(
ja0820)が宣言し、作戦が開始される。陽姫=桜牟=白刃布亜(
jb7390)、崋山轟(
jb7635)が返事をし、それぞれ臨戦態勢に入る。
「餅……べたべたするとか嫌だな、絶対無理」
嘆息しながら、篠木 柚久(
ja8538)が小さな声でぼそりと呟いた。
●
蛇行しながら、朔羅と一千風が左右に分かれて駆け出す。ディアボロはどこに顔があるのかわからないが、二人の動きを感知してモチを飛ばしてきた。べったりもっちりとした物体が、二人に接近する。
だが、素早い動きで駆ける二人には当たらない。べちゃっと音をたてて、地面にくっつき固まった。
さらに飛んできたモチを避け、朔羅が紅炎村正を振るう。
「確か、割れが多ければ多いほど豊作になると言われているのよね」
紅の炎が、闇に染まる。
「ちょっと、思いっきりいってみましょうか」
ガチンという音とともに、ディアボロの身にヒビが入れられた。だが、思った以上に硬さに手が痺れる。その隙を突き、死角からモチが飛んできた。
足元に散らばっていたモチに足を取られ、熱々のモチがその身に当たる。素早く振りほどき、拘束こそされなかったが、軽く火傷を負わされた。
「掃除掃除」
緩く呟きながら、柚久が散らばっているモチへ弓を穿つ。数撃喰らったモチは、砕け散り、さらさらと消えていく。
空から接近したメンナクは、注意を上に向けるべく、
「少なくとも、上に意識がむきゃあ……元は文字通りお留守になる、ってわけだ!」
と叫びながら魔法書を紐解き、威嚇する。光の羽根は、ディアボロの側に突き刺さり消える。表情のよめない敵に、効果の程は推し量れない。
コンチェもディアボロへ威嚇射撃を試みる。弾丸は、文字通りのもち肌をかすめていった。続けざまに巴が、射程範囲外から弓を射る。矢は、ディアボロの前面に突き刺さり、その注意を引く。
巴が注意を引いた敵は、ふるるっと回転し、巴にモチを飛ばす。予想以上の飛距離と早さで向かってくるそれを、巴は迎撃しようと試みる。
「なにあれ! なんか意外とえげつないよ!?」
もっちりと矢を受け止めながら、モチは飛来する。そのままべっとりと、巴にぶつかった。熱々のモチに包まれて、巴は墜落する。
「無限の未来、この腕で抱き締めてやる!」
メンナクが慌てて、巴に近寄るも落下の方が早い。地面と激突するもモチが緩衝材となって、落下のダメージを殺しているようだった。そのまま巴はじたばたする。
「う、動けないよ〜」
メンナクは、モチに魔法書で破壊を試みる。砕けていくモチを、柚久が矢で穿つ。早々と巴は脱出し、手足を動かした。
「よし、これで大丈夫!」
巴が脱出すると同時、朔羅が再びディアボロへ切っ先を向けていた。
「外見が外見だけに、どこが弱点なのかがいまいち分からないわね」
再び闇を纏いながら、剣を突き立てていく。
「大きい部分をひたすらに小さくすればいいのかしら。それとも、ど真ん中を貫けばいいのかしら」
一撃、二撃と与えながら感触を確かめていく。どうやら、特に弱点らしい弱点もなさそうだった。だが、ヒビを攻め続けると全体に響き渡っていくらしい。
「なるほどね」
確信を得て、与えた一撃がディアボロの身体を砕ききった。
●
モチから脱出した巴が、怒り気味に自分を攻撃したディアボロへ突進する。シャインセイバーを顕現させ、地面に足を付けて切りつける。
「お返しだよっ」
ガリっとディアボロの表面を、剣が撫でて削っていく。それに合わせるようにして、ロジーが妖蝶を舞わせる。弓に先導させ、妖蝶がディアボロに襲いかからせた。
「いきますわよ」
妖蝶を正面から受け止め、さらに身を削りながらもディアボロはふわふわと躍っていた。
「……いっそ、炙ったら、膨らむ?」
確かめるような口調で、そういいながら追いついた陽姫が身に浮かぶ光纏の回路を操作する。擬似的な電気を生み出し、ディアボロを襲いかからせる。
バチリッと音をたてながら、ディアボロの身を焦がす。少しふやけたようにも見えるが、すぐにぱしっと身を固めていった。
「……なるほど」
何かに納得したように、彼女は得られた変化を観察していた。
●
その頃、右舷のディアボロが、コンチェへとモチを飛ばしていた。コンチェは素早く太刀状に燃え盛る紅蓮のオーラを形成し、軌道をそらした。
ディアボロが攻撃した隙を見て、闘気を纏った一千風が、重い一撃を繰り出す。機構を持った剣が、淡く刃を煌めかせディアボロの身へ穿たれる。細かい破片を飛び散らせ、大きくヒビを入れる。
「いかがかしら?」
意気揚々と語りかけた一千風は、ディアボロの影からモチが飛んできていることに気付き、慌ててステップを踏む。重なるようにして、もう一匹いたのだ。
「当たるわけにはっ」
だが、モチはぶにょりと動いて彼女に飛びついた。
「あ、熱っ。く、こんなの直ぐに外して」
服を脱ぎ、逃れようとするが全身へまんべんなくくっついたモチが絡んで、思うように身体を動かせない。
追撃をさせないために、コンチェは降り立ち、影縫いを試みる。しかし、ディアボロはUFOのような名状しがたい動きで、その攻撃を避けきった。きりもみ回転をしながら、反撃とでも言いたげにモチを飛ばす。
コンチェは再び紅蓮の太刀でさばこうとした。しかし、勢いを増していたモチは、わずかに体積を減らすのみで、コンチェを飲み込んだ。
べっとりとした感触に、思わずコンチェは叫びを上げた。
「気持ち悪くてかなわん!」
●
一方の左舷。
「モチなら黙って喰われてろよ!」
接近を果たした轟が、啖呵を切りつつ拳を放つ。力を込め素早く放たれた拳は、ディアボロの身体をかち割る。ピキリとヒビを入れ、細かい破片が舞い散る。ふわふわと浮いていたディアボロが、ストンと地面へ落ちた。
「みんな! こいつを囲んでボッコボコだ!!」
轟の声に呼応したのは、ロジーだった。翼をはためかせ、急接近した彼女は両刃の大剣エスペランサを顕現させ振り下ろした。上空からの斬り下ろしは、動きを止めているディアボロに真っ直ぐに突き刺さった。
「いかがかしら」
「いい一撃よ。そのまま抑えてて」
朔羅は、ロジーたちにそう告げると右舷へとやや近づく。影のように黒い球体をその手に作りだし、戦闘の中心部へと投擲する。
「これなら、敵だけを狙えるからいけるはず。行くわよ!」
黒球は、地面へ到達すると同時に、無数に棒状の場を発生させた。格子状にそれは伸長し、コンチェと一千風を覆うモチを穿ち、ディアボロへと襲いかかった。
二人が解放されたのを確認すると、朔羅はそのまま陽姫が対峙するディアボロに接敵するのだった。
●
陽姫は、中程のところにいるディアボロに再び疑似雷撃を仕掛ける。ほとばしる閃光が、ディアボロを包んで、その動きを留めさせた。回転が止まり、地に一度伏す。
だが、倒れたわけではなさそうだった。表面をぶくぶくさせながら、再起を狙っているようにみえる。
「……新しい変化」
その様子をつぶさに観察しつつ、戦況も見定める。
右舷では、一千風が反撃とばかりに剣を振るっていた。剣は、ディアボロの一段目から二段目までを引き裂くように深々と刺さる。重たい一撃に、たじろぐように見えた。しかし、それも一瞬のこと。
ヒビから、ひねり出すようにモチを突然飛ばしてきた。今までにない挙動に、反応が遅れる。手足を絡められないよう、受け身の体勢を注意する。
「今度こそ、逃れて……」
だが、下手に動くと肌身に熱いモチが触れそうだった。状況を見て、慌てて巴が一千風の元に駆け寄る。
「危ないから動かないでねー! フリじゃないよっ」
そういいながら、剣を駆使して一千風のモチを砕き、引き離す。
「こっちも、手伝う」
柚久も近寄りつつ、トマホークでモチを壊す。三度解放された一千風は、息を整えると気合いを入れ直す。仏の顔も三度までというが、彼女はしっかりと剣を握りしめた。
再び振ってきたモチは、柚久、巴とともに落下前に破壊しきるほどだ。そのままの勢いで、ディアボロへと一千風は刃を突き立てる。その身が、半分に割れるが半身でディアボロは浮いたままだった。
「この俺の放つ輝きで、身も心もとろけちまいな!」
メンナクが叫びながら、一千風にアウルの光を注ぎ込む。そして、続けざまに彼女が敵対するディアボロを聖なる鎖で縛り上げていった。
「伊達ワル界に下克上は無ぇ、何故なら俺は越えられないからさ!」
●
コンチェもメンナクに合わせるように、別のディアボロを影で縛り上げていた。ゆらりゆらりとしていたディアボロたちの動きが、連携によって一斉に鈍くなっていく。
好機は巡ってきた。
巴と一千風は、お返しとばかりに刃を閃かせる。
「お返し、だよっ!」
ディアボロの宙浮く半身へ、巴がまず一撃を入れる。亀裂が入り、ディアボロが苦しいのか藻掻こうとする。だが、コンチェによる束縛がそれを留めさせる。
「散々、やってくれたわね。私からも、お返しよ!」
渾身の一撃が、巴の生み出した亀裂へと吸い込まれる。亀裂から新たな亀裂が生まれ、ヒビが全体へと行き渡る。そのまま剣を振り切れば、ディアボロの身体はぼろぼろと破片となって崩れ去っていった。
●
トドメのために陽姫は回路を組み替えていた。ディアボロはそこを見逃さず、モチを飛ばしてくる。そのモチを冷静に見定め、陽姫は回路を操作した。
対象との距離を計算し、回路に美しげな数式を浮かばせていく。その数式が完成すると同時に、陽姫は宣言した。
「距離……算出完了」
薄紫の光の矢が、モチを迎撃し細かく砕く。だが、分断されただけではその威力は殺しきれない。そこを埋めるように、柚久が弓を継いでいた。
「掃除しておかないとね」
丁寧に、小さなモチを見逃さずに破壊しきる。
その間に、朔羅がディアボロを間合いに納める。紅炎が煌めき、陽姫の疑似雷によって弱らされた身を撫でる。刃が食い込めば、亀裂が走る。そこを更に追撃するように、攻め立てた。全身へとヒビが行き渡り、崩壊が始まる。
「終わりよ」
朔羅が告げる。そして、ディアボロの残骸が地へ堕ちた。
●
対峙していたディアボロが崩壊したのを受け、陽姫は視線を巡らせた。
メンナクによって捕らえられていたディアボロが、その呪縛から逃れようとしていた。コンチェと巴が押さえにはいる。左右からの挟撃によって、亀裂が入るもつながるまでにはいたっていないようだった。
「……かち割ってみましょう」
ディアボロを射程におさめると、大気中の水分を冷やし薄氷を作り出す。鋭いそれをより集め、一つへとまとめあげていく。大きな捻れた氷錐が、ディアボロへと向かう。
コンチェは飛んでくる錐に気付き、ディアボロからすっと離れる。冷やされるのか、ディアボロは回転を遅めたように見えた。真っ直ぐに錐が、ディアボロに突き立てられていく。そして、一気に大穴を空けた。
穴を起点として、ディアボロは崩落する。
満足そうに陽姫は、その様子を見留め、観察するのだった。
●
左舷もクライマックスを迎える。
気を取り戻し、宙を舞い始めたディアボロはロジーの攻撃を回避していた。ロジーは、轟に目配せするとわざと攻撃をディアボロに回避させた。
「そろそろ、終わりだぜ! 餅野郎!」
回避した先には、轟の拳があった。叩きつけるように放たれた拳をディアボロはまともに受け止め、大きく体を揺らした。いくつかの細かな破片を撒き散らしつつ、再び沈黙する。
そこへロジーの大剣が襲いかかる。竹を割るように、ディアボロの真ん中過ぎまで亀裂が通る。
「さぁ、トドメですわ!」
「餅野郎、正月に出てきた不幸を呪うんだなあ!」
再び浮上しかけたディアボロを、逃すまいと轟が瓦割りのように拳を振り下ろした。バキリと硬い音が響き、その身が真っ二つに引き裂かれる。
ディアボロはそのまま、力尽きたように起き上がることはなかった。
●
ディアボロたちは、白い粉と成り果てて消えていった。同時に、あたりに撒き散らされていたモチもさらりと風に流されて、やがて消えた。
捕らわれていた人たちを撃退士たちが助けていると、首長がモチのようにぶてっとしたお腹を振るわせながら、近づいて来た。彼の後方では、大鍋が用意されている。
「みなさん、ありがとうございました。心ばかりの雑煮でございます!」
満面の笑みで近づく首長に、朔羅がぴしゃりと救出者へ与えるように促す。
「捕まっていたせいで、心身共に消耗しているもの。彼らにこそ、雑煮を振舞うべきだと思うわ」
「流石です! 早速彼らにも提供しましょう。なぁに、腐るほど作りましたので余らせないためにも」
確かに、どこぞの軍団レベルの鍋がいくつか見える。
早速、轟がお椀に手を伸ばした。
「っへへ、こいつを待ってたんだ!いっただきまーす!」
「暖まって美味しい。このお餅、ディアボロが投げたものじゃないわよね」
一千風が食べつつ疑問を呈す。首長は慌てて首を振り、
「当たり前です! おや、あなたは」
と柚久に目を向ける。柚久はガスマスクを指しつつ、
「ほら、俺これ外すと死ぬから。気持ちだけ受け取っとく」
これには首長も流石に、引き下がった。
一方で気になったのが、メンナクだ。白いモチを眺めつつ、ぽつりと呟く。
「……ブラックノワールが足らない」
「でしたら!」
ロジーが、意気揚々と黒豆を中心としたおせちの残りを取り出す。メンナクが制するのも間に合わず、それを入れて笑顔でいう。
「黒ですわよ」
無碍にできず、口にしたメンナクの表情は……お察しください。
そんな面々を眺めつつ、陽姫と巴は美味しそうにモチをつつく。
「……美味しい、うん」
「やっぱりお正月はこれだよねー。生きてないお餅だし最高!」
コンチェも礼儀正しくモチをすすっていた。
冬空に、突如現れた鏡餅は祝々とひらけた。舌を賑わせる面々に、今年も幸あらんことを。