●お化けの裏を覗くなら……
梅雨時のじめじめとしたこの時期に、怪談話は花を咲かす。
小等部のクラスでは、噂話や都市伝説、伝統ある怪談話が、飛び交っていた。
いつ頃流行りだしたのか、忘れだしていたけれど、何かのテレビ番組がきっかけだったような気がする。怖がる子もいたけれど、特に気にすることもなく、あるあるネタのようにそれらは使われていた。
深森 木葉(
jb1711)は、どちらかといえばその手の話題は避けている方だった。
けれど、今日は積極的にその手の話に参加していった。機会が来たとき、木葉は切り出した。
「そういえば、池の幽霊の話もよく聞きますよね〜」
彼女の言葉に、クラスメイトが反応する。
「あれって、本当に出るらしいわよ」
一度、話題が始まったら冷めるまでいくらでも話してくれる。被害に遭った生徒の噂も、それなりに広まっているらしかった。黄昏時、彼女たちは幽霊に出会うらしい。そこまで話を聞けたら、木葉は話題をそれとなく切り替えた。
中等部でも、怖い話は話題として好まれていた。風晴 琴子(
jb6240)は、それとなく話題に交じって、情報を聞いていた。幽霊話が本当なら、怖くて仕方が無いけれど、今追いかけているのは人の仕業かもしれない。
「あ、あの……や、柳の木の、幽霊の話を聞いたことないです、か……?」
あーあの話ね、とさっぱりした様子で、クラスメイトたちは話を始める。
「何でも、そこで刺された女の子がいたらしくてね。柳の木が、女の子の生き血をすすったのが原因で、そこで幽霊になったらしいの。仲間を求めているらしくて、雨の日に一人で歩いている女の子を見かけると、赤く濡れた手で引き込もうとするらしいわよぉっ!」
おどろおどろしそうなポーズを取りながら、しかし、どこか楽しげに語られる。
「本当に……いるのでしょうか」
「そうね。なんか、何人か本当に掴まれたとかいう話は聞いたわね。あの辺り、一人で出歩かないように注意でてるらしいし」
真剣な表情で、クラスメイトはそう応えた。
注意が出ているなら、しばらく被害はないかもしれない。琴子は少し安心するのだった。
そのころ、レベッカ・ハルトマン(
jb6266)も聞き込みを行っていた。
「ねぇ、最近流行の怪談話って、みんな、どこから仕入れてくるのかな」
「どこにでもある話は、テレビとか本じゃないかしらね」
「じゃあ、学園の怪談とかは? あれって、みんな、誰から聞いてくるんだろうね」
レベッカのクラスメイトは、いそいそとスマートフォンを取り出して、画面を見せてくれる。
どこかの掲示板サイトらしく、そこには「久遠ヶ原の闇」と書かれていた。
「この掲示板に、結構書き込みがあってさ」
スマートフォンを受け取って、書き込みを見ると、柳の幽霊と池の幽霊の書き込みもあった。匿名だから、誰が書き込んだのかはわからないが、出所が妖しいことは判然としていた。
「ありがとね」
レベッカは礼を述べて、教室を後にした。
教室前の廊下、昼休みに地堂 光(
jb4992)は先生に声をかけていた。
「あ、先生。少し、時間いいか……いいですか」
初老の先生に声をかける。わりと長く久遠ヶ原学園に勤めている先生なら、幽霊の話について知っているところもあるだろう。柳の木や池の幽霊について知っていることがあるのか問いただした。
先生は、しばし考え込んだが、首を横に振った。
「私も長らく勤めているが、そのあたりで幽霊の話は聞かないな」
「それって、別の場所なら幽霊の話があるってことだよね」
先生は頷きながら、いくつかの話を聞かせてくれた。
その中に柳の木や池の幽霊に関連しそうな話すら、見受けられなかった。
「それはそうと……」
先生の話が、別のことになりそうになると、光は礼をいって駆け去った。
「ありがとね、先生」
天座之風見(
jb6017)と白蛇(
jb0889)、水城 要(
ja0355)も、それぞれに情報を集めていた。
柳の木や池の周辺で、死者がいなかったか。また、レベッカの手に入れた掲示板の話をそれぞれに調べていく。
「あの辺りで死者はいないじゃと?」
「そのようでござるな。これが、分析結果でござるよ」
しゃがれた声で風見は、レポートを示した。久遠ヶ原学園内でも、多くの事件は起こっているが、当該の場所は平和だった。少なくとも、関知されている範囲ではなにもないようだ。
「どうやら、怪談話も柳と池だけ、本当に裏付けできないしね」
今度は明るい少年の声で、風見は述べる。
掲示板にあった書き込みの話は、おおよそ、実際に事件があったり昔から噂が立っている場所ばかりだった。詳しい者から言わしてみれば、有名であるらしい。ただ、柳と池に関しては誰もが首をひねるのだ。
「どうやら、本当に作られたもののようじゃな。なんと不謹慎な輩じゃ」
憤る白蛇であったが、息を整えて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「目には目を、歯には歯を、幽霊には幽霊を、じゃ」
商店街の裏手にあたる、暗い路地を抜けた先に、薄暗いビルがあった。
入り口をくぐり、地下への階段を下りると一軒のバーがある。
悪びれた服を纏い、降りてきたのはジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)だった。
カウンターの隅に座る、シャッポを被った男に視線を向けた。喧噪溢れる店内をするりと進み、男の隣に座る。
「おう、邪魔してるぜ」
シャッポの男は、ジェラルドをちらりと見ると気にするべくもなくグラスの酒を口に含めた。
ジェラルドは、そんな男に、気楽に話しかける。シャッポの男は、学園のワルについて聞かれれば答え、彼自身も様々なことをジェラルドに問いかけた。お互いに探り探り、情報を引き出し会いながら、酒を飲み交わす。
折を見て、ジェラルドは問いかけた。
「最近、幽霊話で小金稼いでいる奴がいるって聞いたんだが……知ってるかい?」
男は、ふむと考え始めた。その間に、さらにカクテルを頼む。
「そんな回りくどくて、小悪党じみたことをやるのは、猿笠兄妹だろうなぁ……」
猿笠、とジェラルドが問い返す。
「あぁ、兄妹といっても四人組の小悪党なんだがな。撃退士としての訓練もせずに、力を使ってずる賢い悪ばっかして、放校になりやがったのさ」
「なるほどね。けど、放校になったのにまだいるのかな」
「いるさ。ああいうのは、慣れた場所を離れがたいものなのさ」
ジェラルドは、グラスに残っていたカクテルを飲み干して、席を立とうとした。
男は、去ろうとしたジェラルドに、赤ら顔で告げた。
「ここは驕ってやるよ。あの、小悪党がのさばっているのなら、俺としても気にくわないからな。上手いこと、やってくれよ」
どうも、と礼を述べてジェラルドはバーを後にした。
●お化け捕物帖
犯人はお化けじゃなく、ちゃちな小悪党らしい。ならば、滞りなく囮作戦を決行するまでだ。雨の日という情報があったが、晴れの日が続いていた。念のために、柳と池のそれぞれに分かれて、作戦を決行したが、犯人は襲ってこない。
焦りの募り始めた数日後、太陽が雲に飲み込まれた。しっとりとした大気になった。ぽつり、ぽつりと昼前には雨が降り始めていた。
今日こそは、と撃退士たちはそれぞれの思いを胸に作戦に向かった。
池に沿うような形で、鬱蒼と生い茂る雑草の中に小道があった。注意が促されているからか、人気はなく、雨の音が不気味に響いている。
青臭さを感じながら、光は池から少し離れた場所で、成り行きを見守っていた。先だって、囮役には防壁陣を付与していた。
何が出るかはわからないが、助けになればいい。
視線の先には、かわいらしいワンピースを身に纏いとてとてと歩く木葉の姿があった。
小道をきょろきょろと落ち着きなく見渡している。ときどき、雨の音にびくりと肩を振るわすこともあった。
先に囮として、通っていったレベッカには何も起きなかった。彼女もこの辺りにまだ、いることだろう。
小道の先には、風見が待機をしている。いつでも、飛び出せるように銃を手にしていた。今日は出るだろうかと、全員が思っていたとき、池の上に白い影が現れた。
長く垂れた前髪と白い着流しというべたべたの幽霊である。だが、雨に濡れたその様相は暗がりの中で、確かに異様だった。
何より、足がある。その足で、水の上を歩いて木葉に襲いかかろうとした。手が迫りかけたとき、悲鳴を上げて、木葉はもっていたポシェットで殴りかえした。
幽霊は、ぎゃっと驚きの声を上げて、二〜三歩下がった。
木葉の悲鳴に呼応するように、レベッカが小道に姿を見せ、雷を拳に纏わせ幽霊をぶん殴った。後ろに倒れた幽霊は、浮いていられなくなったのか、水没した。必死に上がってきた、幽霊に対して、木葉が呪縛陣を付与した。陸に揚げられた魚のように、幽霊はじたばたしている。
「これで、いいんですよね」
「うんうん、いい気味だよ」
その様子を見てか、わきの繁みが派手に動いた。誰かが動き出したのだろう。
光はその繁みから、人が出てくるのを見逃さなかった。退路を塞ぐようにして、立ちはだかる。
明らかに小悪党じみた面の男が、叫びながら転進する。
「くそっ、てめぇら、はなっからハメるつもりだったんだな。ちくしょう、ちくしょう」
だが、その先には風見が銃を持って待ち構えていた。
「幽霊の仲間ならば、同じく霊であろう。霊であるなら実弾は当たらぬはずでござる。少し痛い程度でござる。我慢するといいでござるよ」
かすれた声で、述べながら放たれた弾丸は、男の足を撃ち抜いた。ぎゃっと一言だけ悲鳴をあげて、その場にうずくまってしまう。
男がうずくまるひょうしに、落としたらしい携帯電話が鳴る。
光が拾い上げて、通話ボタンを押すと向こう側から焦るような声が聞こえてきた。
「ちくしょう、本物がでやがった! こっちは撤収す……なんだてめぇ!?」
そこで通話が切れた。
携帯電話を置いて、一つため息を吐く。
「むこうも、うまくいったみたいだな」
携帯が鳴る少し前、柳の木の側を白蛇が歩いていた。
怯えているように装い、いつもの古風な服とは違うひらひらしたロングスカートをはいていた。長いつばの帽子を深々と被っている。端から見れば、幽霊が怖くて仕方ないようにも思える。
柳の木にさしかかろうとしたとき、後ろに気配を感じた。
振り向くと、血まみれの幽霊がつかみかかろうとしていた。
その様子を琴子が後ろから見ていた。次の囮のために、待機していたのである。
へいを乗り越えるようにして、すっと幽霊が現れたのである。素早い身のこなしや、しっかりとした足を見ているとどこか喜劇のようだった。
喜劇は続くもので、つかみかかろうとしていた幽霊が、悲鳴を上げて琴子のいる方向へ駆けだしてきた。血まみれの幽霊が、走ってくる後ろから、ぐるぐる巻の包帯に赤インクを垂らした白蛇が追っかけている。
「ほ、ほんものだぁ。嘘が本当になっちまったぁ!?」
半狂乱になりながら、迫ってくる偽幽霊。偽物であったが、そのメイクはかなり怖い。
「……!? こ、こっち、来ないで……!!」
偽物であっても、いや、偽物であるからこそだ。セレネを取り出して、思いっきりぶん殴った。
少々、怖さで混乱したところもあってか、何度もセレネを震う。
「こ、これ」
慌てて、白蛇が声をかけたところで、琴子は手を止めた。琴子は、息を整えながら涙目で答える。
「し、死なない程度には、留めたつもり」
そのとき、白蛇の召喚獣の司が、何かを伝えてきた。
どうやら、もう一人潜伏していた男がいたらしい。そいつは、二人のいる場所とは反対側へ逃げようとしていた。
「しまった、もう一人おるぞ。そっちじゃ!」
白蛇が叫ぶ。
男は携帯電話を手にかけ去ろうとしていた。柳の路地を抜ければ、T磁路にさしかかる。男は早口にまくし立てた。
「ちくしょう、本物がでやがった! こっちは撤収す……」
横からの衝撃が男を襲った。転がる男を見ながら立っていたのは、ジェラルドだった。
「なんだてめぇ!」
男は叫びながらサバイバルナイフを手に取る。
「ほい、現行犯」
だが、男の鼻先にはすでにジェラルドの爪が突きつけられていた。男は抵抗する様子も見せず、一言、ちくしょうと述べてナイフを落とした。ナイフを拾い上げて、ジェラルドは男に面白そうに告げる。
「……ま、裁くのはボクじゃない。でも、キミの後ろにいる子は、容赦してくれないと思うよ」
男がおそるおそる振り返ると、血まみれメイクの白蛇と目があった。
耐えきれなかったのか、男はそのまま気絶してしまった。
「これにこりたら、死者を愚弄することはしないことじゃな」
●風に揺れる柳と水面
白蛇、木葉、レベッカは、光を連れて池と柳の場所を訪れていた。
雨の日、時刻は黄昏時である。
「なにもでないですぅ」
「なにもでないね」
「なにもでないようじゃな」
三人がいうとおり、何も出てこなかった。
光が、まとめるように告げる。
「じゃあ、やっぱり幽霊は犯人の仕業だったってことだな」
「どうやら、そのようじゃな」
白蛇が頷き、少なくともこの場所に幽霊がいないことは確信となった。
「どうせなら、事前調査で出た他の場所も巡るかのう」
白蛇の提案に、木葉とレベッカはびくりと肩を振るわせる。
実際に死者がいた場所には花を手向けながら、四人は話の場所を巡るのだった。
この結果を被害者に報告しに、風見、ジェラルド、木葉、琴子がやってきていた。
被害者の女の子たちは、ジェラルドたちの報告を聞いて安堵した。
「今回のは、たちの悪い大人の悪戯だったよ」
「杖で殴れたし、足もあったから……大丈夫です」
杖を振りながらの琴子の報告で、何人かが少し笑みをみせた。
木葉が、続けて報告をする。
「後日、同じ時間に歩きましたけど、何もいませんでした。安心してくださいね」
それに、とジェラルドが続ける。
「今回は、君たちが報告をしてくれたから解決できたようなものさ。もし、本物がいたとしても、君たちに感謝して、守ってくれるんじゃないかな」
女の子たちは、ジェラルドの言葉を真摯に受け止めて、元気よく礼を述べた。
「ありがとうございます。幽霊はやっぱり怖いけど、撃退士としてみなさんみたいに頑張ります!」
朗らかな笑顔、もう大丈夫だろう。
ジェラルドたちは、そう思って彼女たちを見送ったのだった。