◆
月は雲に隠れ、外灯も頼りにならない暗がりの公園。
その一角だけは、煌々とした灯りに照らされていた。というよりも、囲まれていたと言うべきだろうか。
灯り達は総じて、カボチャ頭に黒い布をひらひらとさせて浮遊していた。カボチャたちに囲まれて、撃退士達は、背中を付き合わせるように様子を伺う。
「何処が『数はそれほど多くない』だよ」
やれやれとジェンティアン・砂原(
jb7192)は肩をすくめて、つぶやく。
「冬至が近いから、現れたんですかね……」
呆れた感じで、蛇ヶ端 梦(
jb8204)がいう。だが、カボチャが敵意を見せるように鎌をちらりと見せて雰囲気が変わる。
「生きているなら、消え失せよ」
残忍な視線でカボチャをねめつける。
別人格、現が現れたのだ。
「何にせよ、包囲網は厄介ね」
グロリア・グレイス(
jb0588)はワイヤーを引き出し、戦闘態勢を整える。するりと、周囲を見渡して告げる。
「突破は困難……でもないかしら」
「悪戯をされる前にやっつけちゃいましょう」
グロリアの言葉に白虎 奏(
jb1315)が頷く。
シグリッド=リンドベリ (
jb5318)はヒリュウを召喚するべく構える。その表情は、気味の悪い敵にやや怯えているようにみえる。
「ジャックオランタンは、彷徨う魂ともいわれてますが……」
マリカ・マウラ・マルティーナ(
jb8209)はつぶやきながら、パイルバンカーを取り出して構えた。
「ディアボロですからね」
目の前の敵を見据えて、覚悟を決める。
「さっさと退場してもらうね」
マリカの言葉を受けて、蒼波セツナ(
ja1159)が書を紐解く。
臨戦態勢に入っていく、仲間を見ながら、キョロキョロとしていたネピカ(
jb0614)も両手足に銀色の装甲を顕現させる。
際限なく増えそうな、カボチャの気配に軽いため息をついて手首をならす。
(手に負えなくなるほど増えられてもアレじゃし。とにかくここで殲滅しておくべきじゃろうて)
全員の覚悟が整う。それを待っていたのか、悟ったのか、慌てたのかカボチャたちは包囲網を縮めてきた。
◆
覚悟は決めたものの、包囲されるという状況は思い立っていなかった。
まずは、包囲網を脱出する、それとなく作戦が出てきた。白虎は、ヒリュウを顕現させると、偵察させるために空へと飛ばす。
「よーっし、ポチ、頼りにしてるからなっ!」
ポチと名付けられたヒリュウは、上空から様子を眺める。くわえていたペンライトの明かりを目印に、手薄な場所を探らせる。
ネピカは、仲間の動きを様子見ながら、カボチャを警戒する。カボチャはふらりふらりと、その体躯を揺らしている。
そのとき、一部のカボチャが奇妙な行動を取った。ぐるりと二匹のカボチャが、回転を始めたのだ。その中心から、火の玉が形成されて飛ばされる。カボチャの倍はある火の玉が、弾丸のように飛来する。
「きゃっ」
同じく様子を見ていたマリカが、パイルバンカーで防御を固める。勢いよくぶつかった炎は、衝突と同時に弾けた。焼け焦げるような臭いだけが残る。
小さいならば合体すればいいじゃないとでもいいたげな、攻撃。放ったカボチャはけたけたと気味の悪い笑い声をあげた。
「連携してくるようね、動きには気をつけて!」
グロリアは注意を促す。
注意を促されたところで、包囲されている状況では難しい。数が多いだけに、連携もしやすいのだろうか。あちらこちらから、炎弾が紡がれては弾けていく。
「あとで、封じてみよう。まずは、突破口を」
ジェンティアンが、炎を大剣で受け止める。思ったよりも連携の炎は重い。打ち払い続けるのは、難しそうだった。
「固まられると、迷惑だ。さっさと破るよ」
白虎が叫び、手をかざす。ポチがペンライトで、ある一点に光を当てた。
「あっちが手薄だよ!」
すかさず、ジェンティアンが切っ先を向ける。目標を定め、意識を集中する。
無数の彗星が、切っ先の方向へと撃ち込まれていく。カボチャたちは慌てる様子もなく、ふらりふらりと彗星の間をすり抜けようとする。
「無駄だね」
彗星の数が増し、カボチャの中には押しつぶされるもの、弾けるものが現れ始める。収束してくるタイミングに合わせて、セツナが前へと躍り出た。
詠唱する唇にやや遅れて声が発せられる。カボチャのディアボロが、2体で1つの魔法にしていくとするならば、彼女は一人でそれを成し遂げる。
カボチャのそれとは、大きく異なる爆炎が一点を中心に広がっていく。けたけたという笑い声を上げながら、炎の中にカボチャは消えていく。
残されたカボチャも、実を焦がしてふらふらとした動きに精細を欠く。身体の重いカボチャへと、何かが跳躍してくる。
グロリアだ。
彼女は、素早い跳び蹴りでカボチャを粉砕するとそのまま包囲網を抜けきる。立ち上がり、ワイヤーを構えて告げる。
「貴方たちの不格好なダンスは飽きたわ。この舞台から退場しなさい」
それを合図として、突破口が開かれる。
現は、先んじて尖端へ近づくと、残されたカボチャへ炎を放つ。焦げていただけのカボチャは黒炭となり、崩れる。
「気休め程度の明かりだ」
その手には、大きめのローソクが握られていた。攻撃とともに点火し、地面へと差し込む。カボチャが少なくなった箇所は、明るさが減退していた。
ローソクの明かりは、頼りないものの足元の確認ぐらいはできそうだ。
白虎のポチも目標を示すように、ペンライトの明かりをちらりほらりとしめしていく。
シグリッドもヒリュウを召喚し、突破口を目指す。
「ちょ……こっちこないで!?」
彼らの動きに気付いたのか、はたまた本能なのか。カボチャは、追いかけるようにふわふわと近づこうとする。ヒリュウはそれを阻むようにブレスを吐きつけるが、対抗するようにカボチャは合体炎弾で応じた。
それらの様子を伺っていたネピカは、やや慌てたように駆け出した。彼女の公算では、各個撃破を睨んでいた。だが、一人内部に残されるのはシャレにならない。
目の前のカボチャを蹴り飛ばし、活路を開いて自らも脱する。
包囲網はこうして、破られた。
◆
包囲網は、破られた。
だが、それは違う形で彼らを襲うこととなる。カボチャたちは、再び包囲網を作るようなことはしなかった。逃げ出そうとするような彼らを、喜ぶような笑い声を上げながら追いかける。
なまじ、元の数が多いだけに戦況がアンバランスな形となる。
「さて、これからが本番だね」
合体攻撃の炎を捌きながら、ジェンティアンはいってのける。同時に彼を中心とした魔法陣が形成された。その魔法陣にとらわれたカボチャは、炎を吐こうとしてぷんすと煙を吐いた。
「どうやら、効いたみたいだね」
だが、そいつらは炎だけが攻撃手段ではない。
鎌を振るって襲いかかってくる。
炎だけではない、このときもまた、カボチャは連携を示してきた。二人同時に繰り出した鎌は、一つの大鎌へと姿を代えた。
「えっ!?」
咄嗟に防御を固めるが、その一撃はなかなかに重い。ぐっと堪えて、反撃のために結晶の鞭を繰り出す。分断させれば、いいのであるが数が多い。ぐいぐいとバーゲンセールさながらに、カボチャたちは前へ前へと押し出されている。
突破口を先んじて抜けたグロリアはそこから漏れ出たカボチャが連携しないようにワイヤーを繰り出す。分断されたカボチャを、現が狙い受ける。
「オレが危ないことさせると思ったか?」
剣状の雷をぶち込み、痺れさせた上で仕留めていく。
「いい的だな」
ほくそ笑みながら、カボチャの外皮を破る。中身などない、そいつらはさらさらと身体を崩す。
包囲網を抜けたのは、シグリッド、白虎のテイマーコンビもだった。
白虎は上空からの状況を常々伝えていく。
「包囲はぐずぐず。このままたたみ掛けるんだ」
シグリッドは、
「し、死ぬかと思った……」
とため息を吐く。包囲網を抜ける寸前、追撃をかけるように合体攻撃の炎を浴びせかけられたのだった。ヒリュウも炎を受けながら、包囲網を脱し反撃のためにブレスを浴びせかける。
ネピカは、どこからともなくふらりと現れたカボチャを確実に捉えていた。各個撃破とあらかじめ決めた己の方針をこなしていく。
「……っ」
気を高めての、一撃は硬いように思えるカボチャを食い破るのに十分だった。
一方で、包囲網を抜けきれないままに殿となったのがセツナやマリカ、それにジェンティアンであった。
まるで光に群がる虫のように、わらわらとカボチャたちは群れをなして襲いかかってくる。合体攻撃の鎌を捌きながら、徐々に三人は押し込まれていた。
だが、群れをなしていると言うことは好機でもある。
「ふわふわと鬱陶しいからさ、お星さまに潰されちゃって」
ジェンティアンは、さっと剣を向ける。その先から、光が溢れ、彗星が飛んでいく。無数の彗星は、群がるカボチャを押しつぶし、分断し、散らしていく。
それに合わせ、再度、爆炎をセツナが散らす。
二度目の猛攻、これで大方が鎮めた……はずだった。
「え」
炎の中から一直線に、大きな炎が飛んでくる。
受け身を取るが、今までの鎌の蓄積が強く、身体ごとセツナは炎の中に飲み込まれた。グッと膝を突き、そのままゆっくりと倒れ込んだのだった。
◆
マリカは個体数を減らしたカボチャを近寄らせないよう、アイスウィップで牽制しながら、彼女を前線から退かせようとする。だが、圧迫するようにカボチャは再び群れを形成しようとしていた。
「このままでは……」
そう漏らしたとき、カボチャたちの後方でざわめきが起こった。
ポチが、ブレスを吐きながら追撃をしたのである。
「今のうちだ!」
それを合図にジェンティアンがセツナにアウルの光を流し込み、気を取り戻させる。体勢を立て直すべく、後退しながら配置を交代していく。
グロリアがワイヤーを用いて、中衛からパンプキンを切り刻んでいく。
「さぁ、終わらせるわよ!」
分断され、合体攻撃を行えないパンプキンを各個撃破していく。現はサンダーブレードを振るって確実に仕留めていく。
マリカはアイスウィップとパイルバンカーで押し通す。
「抜け殻と言えども、何もかも平等です。すぐに神の御許に導いてさしあげますわ」
危ないと思ったら、すぐに距離を取る。ジェンティアンの封印が解け始める頃合いには、半数以上のカボチャは消えて失せていた。
「……」
数をみやり、ネピカはすっと手足の武装を解除する。次いで、輝きを有する太刀を手にした。カボチャたちは、相も変わらず逃げる様子すら見せずに、撃退士たちを追い立てる。
初志貫徹といわんばかりに、ネピカは自分に一番近いカボチャを捕らえては突き崩す。気を高めての、一撃に硬い外皮も食い破られてカボチャは消失するのだった。
召喚を仕切り直した白虎のポチと、シグリッドのヒリュウが挟撃するようにカボチャたちをブレスで封じ込めていく。
カボチャの灯りが消失し、周囲が暗くなっていく。
白虎は自分の持つペンライトを照らして、目標へ目印をつける。セツナは電気ランタンに灯りを灯し、もう片方の手で書を開く。
「よし、残り少しになってきた。一気にたたみ込もうか」
ジェンティアンのいうとおり、数はみるからに少なくなっていた。暗さに比例するように、敵は減っていくのだ。やがて、数の差が逆転する。
一匹、一匹に対しての集中攻撃。やられているはずなのに、カボチャは相も変わらずケタケタと笑い声を上げていた。
「ジャックランタンって、もっとかわいいイメージでした」
個々の姿をまじまじと見る余裕が出てきたのか、シグリッドがぽつりと漏らす。
同感ね、とグロリアが短く同意し、辻風を放つ。残り一匹、悪あがきのように放出された火の玉が相殺されて消える。
ネピカは、ボスがいればと温存しておいた石頭による頭突きをぶつける。カボチャ頭が、粉砕され、さらさらと風に消えていった。
◆
最後の一匹の笑い声が、消えていく。耳に残った残響も、やがて消えるとマリカはロザリオを手に祈りを捧げた。
「どうぞ、安らかにお眠りなさい……アミン」
雲が晴れて、月明かりが差し込んでくる。それほど明るくなるわけでもないが、暗闇までも晴れるような心地になる。
ネピカは太刀を納めると、戦闘前と同じ様に手首をならした。
「…………」
無表情で身体の節々を確認していくと、一つ頷いた。
その隣では、我に返ったように梦がハッとし周りを見渡す。
「あれ、僕は一体何を……?」
囲んでいたはずのカボチャは姿無く、周囲の様子を見るからに終わった後という感じであった。わけがわからないなりに、何とか状況を類推していく。
そんな梦の視線の先で、白虎が一つため息を吐いていた。
「あ〜ぁ、派手にやっちゃったなぁっと」
公園の地面は、ところどころ焦げたようになっており、えぐれている箇所もあった。戦闘したあたりを歩いていると、壊れたペンライトを見つけた。
「これは、使い物にならないなぁ」
それはポチにくわえさせていたペンライトだった。召喚をし直した際に、落ちてしまったらしい。白虎は念のため、回収しておく。ゴミを残しておく気にはなれないのだ。
そして、公園自体も直せるところは直したいと提案してみた。
初戦闘の緊張から解放され、へたりこんでいたシグリッドが立ち上がり、
「それなら僕も手伝うよ」
といって手をさしのべた。
「肝試し程度にしてはなかなか骨が折れたわね……暫くカボチャは見たくないわ」
ため息を吐きながら、グロリアはそんな感想を漏らす。一息ついたところで、セツナに、残滓がいないか見回りに誘った。
「灯りはあった方がいいわ」
セツナは電気ランタンを持って、同意した。二人が行くところで、梦もなんとなく連れ立っていく。
カボチャは残っておらず、やがて全員がある程度公園整備をはじめだす。
宵闇は、ジェンティアンの星の輝きに照らされる。
明るい中、夜空に浮かぶ月が、カボチャが笑みを浮かべているように見えるのだった。