◆
紅葉の映える山中を撃退士達が歩いていた。
華やかな中に地味に、毒々しく、様々なキノコがあるのを横目に獣道を行く。やがて、ひらけた場所にでた。
各々の目線の先に、赤黒いキノコたちが蠢いている。
「煮ても焼いても、美味しくはなさそうですね」
苦い顔をして、雫(
ja1894)は呻いた。
「実にまずそうだ」
ミハイル・エッカート(
jb0544)が苦笑する。
風上を目指し、一同は移動する。葉の動きから、風上は判別できる。酒井・瑞樹(
ja0375)は、念のため、戦場から見える位置に、吹き流しを立てた。
「どうも、緊張感に欠けるな」
ふるふると胞子を散布しているキノコの姿を見て、瑞樹は感想を述べた。だが、胞子を被った木々が一斉に腐るのを見て、表情を強ばらせる。
「これは難敵そうですね」
楊 礼信(
jb3855)の言葉を聞き、瑞樹は頷いた。
「とりあえず僕は僕が出来ることをすることにしましょう」
楊はそういって、アサルトライフルを顕現させた。
海城 阿野(
jb1043)は、足を踏み出し、苦い顔をした。
「うわぁ、ぐちゃぐちゃですね」
ぬるりとした感触、土と植物の残骸が混ざり、腐敗していた。
続く、緋野 慎(
ja8541)も足を慎重に踏み出す。全力で走れば、どこかでぬかるみに足をはめそうな具合だ。
「それでは、いきましょう」
彩・ギネヴィア・パラダイン(
ja0173)の号令を合図に、戦闘が始まった。
◆
最初に動いたのは、狙撃組だった。
鳳 静矢(
ja3856)は射程の際から、紫霧を纏ってライフルを構える。目標は回避するような、機敏さを有さない。
「さぁ、狩ろうか」
しっかりと、狙いを付けて引き金を引けば、弾丸がキノコの軸へと吸い込まれる。
果肉をまき散らしながら、キノコは赤く輝き出した。
「なるほどね」
報告通りの輝きを確認し、ミハイルもやや近づいて銃口を向ける。身体を穿たれながら、キノコはさらに光り輝く。
射線に入らないように、緋野が接近し、拳を放つ。セラフィエルクローを装着した攻撃は、キノコの身を削っていく。
続く彩も機動力を活かし、キノコの隙間に潜り込む。四肢に纏った影が、キノコに食い込む。
「思った以上に、硬いですね」
顔をしかめながら、感触を確かめるように掌を動かす。
煌々とするキノコを眺めながら、楊はミハイルに聖なる刻印を施す。
「敵の胞子は厄介ですから、強化しておくに越したことはないでしょう」
「助かる」
キノコたちは、戦闘が開始された後も、マイペースに胞子を散らしていた。熱波にばかり気を取られるわけにはいかない。
近づきながら海城は冥府の風を纏い、黒い霧を周囲に発生させた。雫は闘気を解放しながら、歩みを寄せる。
身を弾けさせ、傘を崩されながらもキノコは輝き続ける。
「そろそろ、危ないな」
キノコの色は、赤を通り越し、白さすら混じっていた。灼熱を感じさせる色に、警戒の銃弾を放った。
その音を聞き、最も接近していた緋野と彩は一気に距離をとった。じわりと、キノコから熱も感じられた。熱波がくるのは、間違いなさそうだった。
「仕方ありませんね」
すっと踵を返し、海城が前線を離れる。雫も同様に退避行動を取り、熱波をやり過ごそうとする。
体力と輝きのラインを探るため、鳳も弾丸を放ち、やや風下方向へ移動する。
刹那、閃光が奔った。
風のように、何かがキノコから放たれる。波打つそれは、腐った地面を茹だらせるだけの熱量を保有していた。
直撃はなかったものの、雫や海城、瑞樹は地面から伝わる余波を受けた。ぴりりと肌を焼くような痛みが、足元に走る。
「ぐっ、これぐらい」
顔をしかめ、瑞樹が呻く。
「直撃は、危ないですね」
同じく、海城も苦々しく呟いた。
「余波もありますか……念を入れましょう」
息を整え、雫は脚部に再びアウルを集中させた。
熱波を放ち終えたキノコは、再び赤黒い色を帯びた。だが、その胞子体はすぐに爆発し、四散した。
「おっと、ギリギリだったか」
ライフルのスコープから目を離し、ミハイルが呟く。再びアサルトライフルに切り替え、次なるキノコに狙いを定める。
◆
キノコたちは、互いの胞子が重なり合うように、動きを改めていた。キノコは、ぐにょりぐにょりと身体を奮わせながら、石突きを引きずって動く。
「……移動方法、きもちわりぃな」
射線の先を睨み付け、ミハイルがぼやく。
「中距離から、僕も攻撃に参加しましょう」
ミハイルの側から離れ、楊もアサルトライフルを手に接近する。集中各個撃破を狙い、群れから外れるキノコを叩く。
再び急接近した緋野と彩が互いに目配せをしつつ、目標を叩く。このキノコも輝きはじめ、熱を帯びる。
「そろそろ、混ぜていただきますよ」
海城は、すらりと銀光を煌めかし、キノコの身に刃を入れた。
「一気に、攻めます」
その反対側からは、雫がフランベルジェを振るっていく。数多の切り口を作っていく。と、そのときキノコの身体がふるふると震えて見せた。
「まさか、熱波」
身構える彩だが、キノコの身体はまだ白みを帯びてはいない。熱波の代わりに放出されたのは、赤黒の胞子であった。粒子状のそれは、キノコを中心に、撒き散らされた。
緋野はすらりと跳躍し、胞子の手から逃れる。
だが、彩たちはぬかるみもあって避けきることができなかった。胞子が肌に触れ、ぴりぴりとしびれを奔らせる。火傷とは違う、焼けるような痛みに渋面する。
「この大きさで……」
深くまで冒されはなかったものの、ダメージは大きい。楊はすぐさま、近接し雫へとアウルの光を流し込む。
続けざま数倍あるキノコもまた、胞子を飛ばしてきた。砲弾のようなかたまりの胞子が、彩へめがけて着弾する。
直撃は避けたが、力が封じられたような、奇妙な感覚を覚えた。
「ぐっ」
苦々しく、うめきを上げて、彩は戦線を離れ始める。集中砲火を受けていたキノコが、そろそろ熱量を増大させ始めたのだ。
「いける?」
アサルトライフルの引き金を引きながら、瑞樹がすっと目を細める。
「はい、倒しきります」
力強く宣言し、雫が熱くなったキノコをぶった切った。輝きは失せ、次第にキノコは粒子となって消えていった。
押し切れる、誰もがそう思った瞬間、巨大なキノコが震え上がった。感情などなく、生理的な現象。胞子爆弾だ。
風向きが変わっていた。
慎重に風上を選んでいた、撃退士達であるからその胞子は風に逆らうように飛ばされた。だが、巨大キノコの胞子だ。
「あ」
短く海城が呻く。風に勝った胞子の群れが、彼に襲いかかった。元の量が量のためか、抑えられても、威力が凄まじい。
胞子を受け止め、海城は叫ぶ間もなく冒された。
倒れた海城への追撃をさせまいと、まずは体力に余裕のある緋野と雫が近接し、残りの人間大キノコを切り崩す。
「くそ」
ミハイルが悪態をつきながら、引き金を引く。鳳も合わせて、キノコに風穴をあける。光を最大限に発揮することなく、人間大のキノコは吹き飛んだ。
◆
巨大なキノコは悠然とした態度で、撃退士の方へぬめりと動いた。機敏に反応したのは、瑞樹だった。キノコの身体が震えるより早く、海城へと近づき、ぬかるみから引き離す。
「行くぞ」
持ち上げて、移動しようとした瞬間、巨大なキノコの傘が開いた。慌てて、海城を胞子の範囲から逃すが、自身は逃げ切れない。
「させないさ」
胞子を吹き飛ばすように、ミハイルが弾丸を放つ。削がれた胞子の合間を縫って、瑞樹もその範囲から逃れた。
「今、治しますよ」
すかさず、楊が海城にアウルの光を注いでいく。胞子に冒された肌が、次第に綺麗になっていく。その様子を確認し、再び瑞樹は中心へと舞い戻る。
「ぐっ……このっ」
そこでは、散布される胞子に耐えながら、雫がフランベルジェを振るっていた。刃が食い込む度に、僅かながら自身の体力を回復させていた。
しかし、胞子による一撃は思った以上に重い。
時間はあまりかけられそうになかった。
「でかいだけあって、しつこいな!」
全身に炎を発現させながら、緋野が叫ぶ。炎を腕に収束させ、放つ一撃、緋炎閃を巨大キノコに穿つ。熱波を発するだけあって、燃え上がることはないが、着実に身を崩してはいた。
同時に、煌々と光を帯び、熱を溜めていた。
巨大キノコは二体いる。緋野らが攻撃を加えている相手をAとするなら、無傷なのがB。Bは悠然と海城たちの方向へ、移動しようとしてた。
だが、それは阻まれる。
ふわりとその身体が、宙へ浮いたのだ。キノコはぐにょりぐにょりと何から逃れようと、藻掻いていた。
その足下では、彩が神虎と呼ばれるアームに魔具を変化させていた。力が戻ってきたのだ。そして、アームから放たれる念動波で、キノコを阻む。
「よし、そのまま頼むよ」
Bへの対処を彩に託し、鳳は巨大キノコAに風穴を空けていく。出し惜しみをせず、弾丸へアウルを込めて一気に身を吹き飛ばす。
中距離からは、瑞樹もアウルの籠もった弾丸を浴びせていく。それらを受けながら、次第にキノコの身体が輝いていく。段々と、黒さが消えていく。
「熱波がくる前に仕留めるぞ!」
ミハイルが渇を入れながら、蒼い光を銃に纏わせ、射線を取る。レーザーのように、弾丸も光の筋を描きながら、飛びこんでいく。
「っと、こっちも油断ならないぜ」
慌てて、ミハイルは瑞樹へ放たれた胞子爆弾を狙い撃ち、散らす。
「助かるぞ」
礼を言いながら、瑞樹は銃を構え直す。
キノコはその胞子体を最初の半分近くまで減らしていた。それでも、抗うように胞子爆弾を放った。
奇しくも、それはもう1体の巨大キノコを抑える彩へ、とんだ。一度、拘束から逃れたそれを今度は逃がすまいと、彩は意識を集中していた。
それがあだとなった。
誰かが、避けろと叫んだ気がした。が、次の瞬間、彼女は意識を失った。同時に巨大な石突きが地面に落ち、地を揺るがす。
「こっちは、仕留めました」
冷静につとめながら、雫が報告を述べる。
トドメを刺し終えた雫がは、そのまま最後の一体を抑えにきていた。
「狙うなら、俺を狙いな!」
颯爽と、緋野も押しとどめに現れる。胞子を避け続けた彼は、矛先を向けさせるべく、自身の身体に数色の炎を纏っていた。
熱を持たずとも、その異様さに巨大キノコも気付いた……気がした。
◆
「私も、ご心配をおかけしました」
このタイミングで海城が、復活を見せる。海城を回復させた、楊も忍術書を構え、雷撃を放っていた。
「僕も、攻撃に回りますよ」
一気呵成、最後の一体を全員でたたみ掛ける。胞子の攻撃を受け止めつつ、雫がその尖端を開く。巨大なキノコの軸に、掌底をぶち込む。その瞬間、石突きから傘の上まで振動が起きた。
ぽろりと、外皮が崩れ出した。
「さぁ、終わらせるぞ」
それを確認し、緋野が炎拳を振るい、ミハイルが蒼い閃光の弾丸を放つ。次第に、キノコの胞子体がもろもろになっていく。同時に、輝きが増していく。予想以上に、その熱量は早く溜まっていくように見えた。
最も近くで、巨大キノコと対峙する緋野が合図を出した。
熱波がくる限界に達しようとしているのだ。
一気に、全員が距離を開こうと動き出す。だが、動けない者がいた……彩だ。
近くまで引き寄せていた、ミハイルがその身体を抱き起こし、逃れようとする。しかし、ぬかるみが彼の足を阻んだ。
「ぐっ、こんなときに」
渋面を見せるミハイルの側に、鳳も駆け寄る。
「度重なる熱波の影響だな……」
一段と地面の状況は悪くなっていた。戦場の周囲は、沼とかしている箇所すら見受けられるほどだ。それらを冷静に避けつつ、安全圏へと退避するのは難しかった。
まごつく間もなく、キノコの光が弾けた。
鳳とミハイルは目配せし、咄嗟に彩を庇うように上に多い被さった。襲来する熱が、背中を引き裂くように奔っていく。ちりちりとした痛みを感じつつも、二人は何とか気を持たせた。
熱波を放ったキノコは満足したかのように、黒さを取り戻したキノコを睨み付けながら、ミハイルと鳳は立ち上がった。
「借りは返すぞ」
ミハイルは、悪態をつくと引き金を引いた。蒼い閃光が、赤黒い身体を貫いていく。
「この一撃はどうかな、チェックメイトだ」
銃声が響く。弾丸は、キノコの中心を穿ち、その身を崩壊へと導いた。
一陣の風が吹き、崩れ落ちたキノコが流されていく。いずれ、消失するだろう。
◆
戦闘がおわり、一段落が付いた頃、山の休憩所に撃退士たちの姿があった。
泥沼のような場所での戦闘での穢れをおとし、改めて山に入ったのだった。
目的は、ただ一つ、キノコ狩りである。ガイドの人は、後始末で忙しく、付いて来れなかった。だが、撃退士なら大丈夫だろうという謎の信頼感でキノコを集めることができることとなったのだ。
被害が大きかった彩を休ませつつ、緋野や自身の気で回復した鳳らがキノコを狩りに出かけていた。
「せっかくの機会ですから、ね。美味しいキノコが採れると良いんですけど」
あんな戦いの後ながら、楊をはじめ、みんなキノコを食べたかったらしい。取ってきたキノコを雫の指示でより分け、鍋と焼きキノコにしていく。
いい匂いが山小屋に充満していた。
「なるほど、こんな症状が出るのですね。勉強になります」
焼きキノコを食べ、顔を真っ赤に酔っ払いの様になったミハイルを眺め、雫が淡々と述べた。
「やっぱり、毒だったか」
緋野がうんうんと頷きながら、色とりどりの焼きキノコをミハイルの皿に移していく。
「新種でしょうが、食べられるでしょう」
雫が謎の念を押し、推移を見守ってみる。瑞樹が二人をたしなめながら、ミハイルに水を飲ませていく。しかし、ミハイルは再びキノコに挑み……。
楊と鳳は、そんな焼きキノコ組を離れて、鍋を食べていた。
「やはり本物の茸の方が良いな。あっちの毒々しい色のキノコとは違う」
ほくほくとした鍋は、ちゃんと食べられるキノコばかりだった。
「ああ、あっちは毒キノコでしたか」
滝汗を流しながら、向こうを眺める彩にも椀を差し出す。
「こっちは美味しいキノコだけだ。滋養強壮にいい」
「本当に美味しいですよ〜」
海城も鍋に舌鼓を打ちながら嬉しそうに、感想を述べた。椀を受け取った彩も、一口食べて目を丸くする。
「確かに」
「これなら、ここが再生するのも早いかもな」
そんなことをいいながら、山を眺める。
焼きキノコ組からは、何度目かになる悲鳴が上がっていた。