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自然公園の野原に、ぽつぽつと見える白い影。その影を確認し、現れた撃退士たち。頭には、ぴょこぴょこうさみみのカチューシャが……。
各々、紐で括るなどの工夫を凝らし、戦闘で取れないようにしていた。中には、そもそもの格好がおかしいというか何というか。
「あははは、メイシャちゃん、気合い入ってるねー。可愛いー」
クリエムヒルト(
ja0294)が笑いかけた先には、バニーガールの格好をしたメイシャ(
ja0011)がいた。赤面しつつも真面目な顔で反論をする。
「クリエム。笑うな。これが一番効果のある格好なのだ、多分」
視線の先には、うさぎの着ぐるみがあった。
シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)である。着ぐるみの上から念のためうさみみを付けている様は、どこか滑稽にも見えた。
そんなシェリアを見ながら、若菜 白兎(
ja2109)がぽつりと呟く。
「私も、うさぎの着ぐるみを着たかったの」
彼女は、とある野望というかもふもふしたい欲があったために、着ぐるみを断念したのだった。かわいらしい垂れ耳のうさみみカチューシャを装着しながら、着ぐるみのシェリアを眺める。
その側ではうさみみを付けた周 愛奈(
ja9363)が声をかけていた。
「愛ちゃん、似合っているかな?」
「似合ってる、です」
答えたのは、ユイ・J・オルフェウス(
ja5137)だった。彼女の頭にもうさみみがおどる。
「私、うさぎさんみたい、ですか?」
聞き返すと、愛奈は頷いて答えた。
「かわいいですよ!」
ユイと愛奈はお互いに幸せそうであった。
そんな面々を眺めつつ、神妙な顔つきなのがミズカ・カゲツ(
jb5543)と御門 莉音(
jb3648)だった。
ミズカは既にある狐耳にプラスして、うさみみをつけた自分の姿を想起し、虚空を見つめる。
「やはり、微妙でしょうか」
「大丈夫、かわいいですわ」
シェリアが微笑みかけ、ミズカは小さくよかったと呟いた。一方の莉音は、かしましい光景を見ながら、なんで女の子だらけなんだろうと真顔になっていた。
「どうしましたか。やっぱり、おかしい、ですか?」
ふと声をかけてきた、ユイに莉音は
「かわいいよ」
と一声かける。白一点であるが、莉音にとっては微妙な心持ちなのであった。
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準備が整い作戦が開始された。
初陣をきったのは、ユイ。
射程まで近づき、
「毛が焦げちゃうのは、もったいない、ですけど、仕方ない、です」
と述べながらの、ファイアーブレイク。火焔がぱっと広がり、一つのまとまりを燃やしていく。それで気付いたウサギをいなすように、メイシャが槍を携え、飛びかかる。
接近しすぎないように、槍を巧みに操っていく。
白兎は、ミズカに聖なる刻印を与え、前線ににじり寄る。ウサギの動きを観察しながら、慎重に進む。
刻印を受けたミズカが、メイシャとは別の群れに突撃をする。ウサギたちは、切り込んできたミズカに即座に反応した。
ミズカは、囲い込んでくるウサギたちの攻撃を全て避ける。刻印の効果もあってか、幻に囚われることなく、ミズカは立ち回る。
その一群に、愛奈が遠方から雷撃を落とす。
ウサギたちは遠方の敵に対しては、角ミサイルを放っていく。シールドで受け流しながら、回復射程までクリエムヒルトもにじり寄る。
その裏側で、ウサギたちが前方に気を取られている隙に、もう一匹のウサギが迫っていた。シェリアである。
「白い毛並み、茶色い毛並み、黒い毛並み、可愛い小動物……」
と口ずさみながら、ぴょんぴょん跳ねて近づこうとする。射程に入ってきた辺りで、シェリアはウサギの大きさを目の当たりにした。
「でかっ!? こ、こんな大きな兎はさすがに寮では飼えませんわ!」
叫んでから、ディアボロであることを再認識し、自身に喝を入れる。
「しっかりしなさいシェリア!」
意識を集中し、ウサギに奇襲をかける。
ウサギは後方からの攻撃に一瞬、気を取られる。その隙を突いて、接近組は前線を押し上げていく。
だが、中には後ろを気にせず突撃をしてくるのもいた。
メイシャは槍で角の突撃を受け止める。傷はたいしたことないものの、衝撃が強い。それに、彼女の目に紅い月が飛びこんできた。
「くっ」
小さく呟き、咄嗟に前線を離脱する。見れば、撃退士の姿はなく、ウサギだけがそこにはいた。前線を離れる瞬間に、クリエムヒルトがすかさず、回復をかける。
「あらら」
どこか楽しそうに、クリエムヒルトは微笑むのだった。
もう片方の陣では、ミズカがウサギたちに囲まれながらも、獅子奮迅の戦い振りを見せていた。攻撃を避け、幻も受け付けず、ひたすらに敵を引きつけていく。
そうして引きつけた敵を、愛奈が、莉音が狙い定める。
シェリアも、メイシャ側とミズカ側の双方をバランスよく攻撃していた。
メイシャが戻ってくると、白兎はすかさず彼女に聖なる刻印を与える。
「これでしばらくは、大丈夫なの」
「面目ない」
そのまま、メイシャは槍を構え直した。
戦いは中盤へとさしかかる。
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接近した白兎は、黒い炎を拳に纏わせ、ぐっとウサギの土手っ腹を掴んだ。攻撃と同時にもふもふ。逃がさないようについでに、もう一つの手でももふもふ。
「もふもふです」
口に出るほど幸せそうであったが、ウサギの目がきらりと光る。同時に、白兎の目がぐるぐる回る。
「あれ、うさうさ増えてます?」
その様子を眺めていた莉音がすかさず、ウサギを撃ち抜く。無数の風穴を空けたウサギはそのままぐったりと倒れ込む。
「あー……ダメだな。完全に幸せの国だ」
遠くから見ても、白兎が幻想に浸っているのがわかる。
莉音は、大丈夫だと思いつつも距離を離した。
「白兎さん……おめめぐるぐる、です」
ユイも白兎を気にかけつつ、遠方からの攻撃に徹する。
前線を押し上げようとしていたウサギを雷撃で狙い撃つ。身体を奮わせながら、そのウサギは動きを止めた。
「むこうが大変そう、です」
書を納めて見やれば、もう一群はまだまだウサギが大勢を占めていた。
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「抜けさせてもらいます」
囲まれていたミズカは、目の前のウサギを掌で突き飛ばす。きりもみ回転しながら、ウサギは数メートル飛ばされる。
その隙を見て、ミズカはウサギの包囲網をくぐり抜ける。同時に、愛奈がその集団をまとめて魔術にかける。
地面から突き出る針による刺突。ウサギたちの毛皮をぶち抜き、確実にダメージを与える。
「一撃したら離脱なのよ」
殺気が向けられる前に、距離を空ける。
ウサギの移動力がたいしたことないことは、すでに知れていた。知れてはいたのだが、近づかざるを得ない撃退士もいる。
メイシャは魔法の範囲から逃れたウサギをめがけて槍を突き出していた。攻撃を与えると同時に、接近しないように気をかけていく。
だが、槍をもろともせずウサギは突撃してくる。目を見ないようにしていたのだが、その突進を避けきれず、槍で受け止める。
同時に、紅い月が三度見えた。
「二度あることは三度あるということか」
目をぐるぐるさせながら、達観したようにバニーガールの格好をしているメイシャがほほえむ。バニーでなければ格好いい……わけでもなさそうだ。
ぐるぐるとした目のまま、メイシャは今一度離脱する。
三度目のバニーガールの激走だった。
「あー。メイシャちゃん……」
その様子を見ていたクリエムヒルトが呟く。回復させようとしていた手に弓を持ち直して、まだぴんぴんしているウサギに矢を射掛ける。
「カメラ持ってきたらよかったー」
そう、ため息を吐くのだった。
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幻想に囚われた白兎を、ウサギが狙う。
このウサギは正真正銘のウサギだった。ウサギが増えたことに、にわかな不安と喜びを抱きながら気の逸れた白兎を角が襲う。
だが、
「うさぎさんに、こんな角はあっちゃいけない……可愛くないの」
即座に振り返った白兎の殺気が、ウサギの動きを鈍らせた。わずかに傷を負わせたものの、白兎がカウンター気味に炎の手刀を振り下ろしたのだ。
「えい」
非常にかわいらしい声と裏腹に、バキッと鈍い音が鳴った。
宙を舞う角、口をあんぐり開けたウサギ、どこか満足そうな白兎の姿があった。
「角がいらないと思っていたのは、私だけじゃなかった、ですか」
眺めていたユイが、ぽつりと漏らす。
続いて、あっという声が出た。にょきりと、当然のように角が生え直したのである。折った白兎とともに、ユイも少しがっかりした。
がっかりついでに、ユイはそのウサギを攻撃した。ウサギは身体を電撃に痺れさせつつ、角を折った白兎に狙いを絞っていた。
白兎はそのとき、紅い月に気付き、慌てていた。その隙をウサギの角がついた。今度は折ることができず、白兎は大剣を呼び出して攻撃を受け止める。
「幻を払うの」
ふるふると頭を振って、幻に抵抗する。ウサギは連撃を狙うが、シェリアが阻む。にじり寄っていた彼女は射程に入ると同時に、炎弾を飛ばしていた。白兎に気を取られていたウサギはまともにくらい、毛皮をちりちりに燃やしてしまう。
「その綺麗な毛並みを焼いてしまうのは心苦しいですが、手段は選んでいられませんわね……!」
決め台詞を吐いているが、彼女もまたウサギの着ぐるみであった。まるでウサギの仲間割れのようだ。
「このまま、押し切るぞ!」
間を繋ぐように、莉音が攻撃を継いだ。
再びシェリアが構える。
「そう、できあがりですわよ」
やはりしまらない決め台詞を述べながら、稲妻の矢を放つ。ウサギは反撃する間も与えられないままに、貫かれてしまった。
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もう片方の戦いも収束へと加速していく。吹っ飛ばしたウサギが、再び突進をしてくるのをミズカはかわす。幻想を抱かせようと目を赤く輝かせるのも、ものともせず、反撃にでる。
「ふっ」
短く息を吐きながら、横薙ぎに太刀を振るう。
毛皮を裂き、肉を断つ。そのまま、身体をスライドさせ、幻の領域から外れる。切り伏せたウサギは、そのまま低い唸り声を上げて死した。
次いで、別のウサギが迫ってくるが、それもいなしていく。
「手伝いますわ」
シェリアが身体を反転させ、こちらの戦線に加わる。研ぎ澄まされた稲妻の矢が、白い身体を穿つ。舞い踊るように、ウサギとミズカが交叉し、彩るようにシェリアの矢が飛来する。
「これで、決める」
角を砕き、刃を突き立てる。トドメを刺され、ウサギは倒れた。
ミズカは動きを止めることなく、次の対象を目指す。前線では、距離を計りながらの攻防が繰り広げられていた。
ユイと愛奈は、ウサギの角ミサイルを何とか防ぎつつ、攻撃を加えていく。時折、愛奈は異界から腕を呼び出し、ウサギの動きを封じていた。
動きが制限されたところに、一気にたたみ掛けていく。
一方、メイシャは前線から大きく離れたところで、幻と奮闘していた。
前線に舞い戻ったミズカが切り込み、シェリアが穿つ。莉音がショットガンをぶっ放せば、クリエムヒルトが合わせるように矢を放つ。ユイと愛奈は合わせるように、雷撃を落としていく。
白兎も追いつき、幻にかからないように、もふ……拳を振るう。
「おやすみする、です」
ユイの放った稲妻が、残り三匹のうち一匹を焦がす。莉音が追い打ちをかけるように、焦げたウサギに風穴を開ける。よしっと手応えを感じている間もなく、次のウサギを見据える。
そのウサギは、うさぎの着ぐるみによってぼろぼろにされていた。シェリアは集中を斬らすことなく、ウサギの動きを稲妻の矢によって制限していく。鈍ったところを、ミズカが太刀で切り伏せる。
合わせるように白兎が、炎を纏って殴りもふりした。
そのもふもふが、ウサギの最後となる。力をなくし、ぐったりとしたまま毛皮を、肉を燃やし尽くした。
「そろそろ終わりなの」
愛奈が旋風を巻き起こし、最後のウサギに狙いを絞る。ウサギは抵抗するように、角ミサイルを飛ばすが、風に弾かれてミサイルは墜落する。勢いをそのままに、ウサギの身体を嵐が包み込む。
通り過ぎた後には、毛が抜け落ちたウサギが倒れていた。
焦げた臭いを漂わせながら、ウサギ追いし戦いが終わった。
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戦いは終わったが、別なウサギ追い大会が始まっていた。
前線から退いていたメイシャが、幻を払いきれていなかったのだ。幻惑を解除しようと近づく白兎たちから、メイシャは逃げた。
「くっ、仲間を傷つけるわけにはいかないんだ」
バニーガールでなく、幻惑に囚われてなく、戦いの最中であったならばかっこよさそうな台詞であった。
ほどなく追いつかれるころには、なんとなく状況を把握し、幻惑を解除できた。
「んー。頑張って戦ったけど、何だか面白かったねー」
笑いながらクリエムヒルトは、メイシャの回復をしていく。
メイシャはウサギの目の如く、顔を真っ赤にしながら黙って回復されていた。
「傷ついた人を回復するの!」
白兎はとてとてと歩き回りながら、傷ついた人に星を思わせる光を浴びせ、回復させていく。角ミサイルは意外と身を削らされていたようだった。
「傷ついてないの?」
無傷だったのは、うさぎの着ぐるみの御利益のシェリアとミズカだった。
「私は、角の射程から外れるように動きましたもの」
そういいながら、隣にいるミズカをまじまじと見る。
「あなたは、前線にいながらよく無傷でいられましたわね……」
感心するような呆れるような感じで、シェリアは述べた。
「たまたまだ」
顔は無表情だが、耳が少しぱたぱたとしていた。
合わせるようにうさみみも揺れ動く。
全員がまっさらな身体になり、それぞれのタイミングでうさみみを外していく。
紅い月は出ていなかったが、早くなってきた夕方に合わせて、満月がそろそろ顔を出そうとしているところだった。
今日もウサギは、月では跳ねる。