●
おたまの茶屋で、神凪 宗(
ja0435)がいた。彼は大工だが、仕事がないときは茶屋でまったりするのが日課だ。
その隣に渋いおじさまが腰掛けた。リーガン エマーソン(
jb5029)、この世では江間 利厳という。異人を祖先に持つ武士だ。
その逆側では、詠代 涼介(
jb5343)が茶をすする。撃退士の依頼があると聞き、やってきた浪人だった。
端から見れば、まるでダメな感じの三人衆だ。そこへ仁良井 叶伊(
ja0618)……この世界では岸辺景時が近づいて来た。清十郎とあだ名する彼と神凪は、知った仲だった。
清十郎は近づいて、一枚の紙を手渡した
「瓦版です」
そこに書かれていたのは猫娘の予告だった。端には、川柳が書かれていた。大仰そうに、神凪はそれを読む。
利厳と諒介の耳が動いた。道行く少年、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)……表は少年、裏では南瓜小僧の彼も神凪を一瞥した。
もう一人、茶屋の隣で蕎麦をすする男、藤村 将(
jb5690)が反応を示した。
(こりゃ良い話を聞いたな。うまくすりゃあ、メシ以上の、琉球……いや、本場の大陸に渡るデケェ金が手に入るぞ)
将は蕎麦を一気にすすり、立ち上がる。行き先は、越後屋だ。
その川柳こそ、撃退士への依頼を示すものだった……。
●
奥座敷に、でっぷりとした男がいた。いうまでもなく、越後屋である。彼は九十九(
ja1149)という華人を、猫使いの用心棒として雇っていた。
越後屋は、猫は好きだが泥棒猫は好かないと告げる。九十九は頷き、彼から金を受け取った。猫娘から蔵を守るという契約を新たに結んだのだ。撃退士とかいう怪しい輩だけには、任せておけなかった。
九十九が去った後、越後屋は独りごちる。それは、盗まれてしまったら、借金のカタに連れてきた少女達を早いこと売らないとという愚痴だった。
越後屋は気付かない。障子の向こうで、たまたま、それを奉丈 遮那(
ja1001)が聞いていたのだ。彼女もまた、借金のカタで連れてこられた少女だった。
今はまだ、奉公人として仕事をしているだけだが、次は自分かも知れないと思ってしまう。
●
風間 夕姫(
ja9863)は、今回の件でしめたと思っていた。
「こいつぁ良いや、忍び込む手間が省けるってもんだ」
彼女はくノ一の頭目お夕として、撃退士仲間の迎居 八重(
jb7123)と越後屋を調べていたのだ。八重は万屋の主人のため、情報がよくあつまった。
越後屋の悪事の噂だけなら、流れ者の将や諒介ですら、調べようとしただけでいくつも聞こえてくるものだ。その手のものなら、なおさらだ。
様々な思惑が交錯し、刻は過ぎていく。
夜、越後屋の下へ、撃退士たちは集合していった。
●
夜半、月も雲隠れし、寂しく風が吹く。薄暗い中を素早く駆ける影があった。影は越後屋の蔵へ辿り着くと、素早く錠前を開けてみせる。
音をたてぬよう慎重に扉を開き、中へと入る。がさりごそりと何かを掴んだ瞬間、影が明かりに照らされた。
「そこまでです」
姿を現したのは、清十郎である。その後ろでは、神凪が手裏剣を構えていた。
照らされたのは、猫娘であった。千両箱を抱え、証文をいくつも手にしていた。
「あらら、手強そうにゃ」
猫娘は余裕面だった。そして、常人とは思えない跳躍力で跳ぼうとした。
「させるかっ!」
隠れていた将が、飛び出し、捕まえようとする。しかし、猫娘はするりと避けた。力が余った拳は、蔵を揺るがす程の破壊力を見せた。壁の一部が破損し、そこから別な証文が零れ出る。
「おっと、これもいただくにゃ」
数枚奪って、猫娘は入り口へ猛進する。
行かせないと神凪と清十郎は構えるが、いきなり、目の前が光で弾けた。猫娘が何か光を発生させたらしい。虚を衝き、そのまま中庭へと躍り出る。
「いかせないアルネ」
足止めするように、猫娘の前に矢が突き刺さる。九十九が弓を携えて待っていたのである。さらに、何かが猫娘の横から突進してきた。それは、諒介が呼んだヒリュウだ。
矢とヒリュウの動きに立ち回りつつ、目の端にちらりと映る疑似餌に気を取られ……。
「それは流石にないにゃ!」
なかった。
「心まで、猫ならばあるいはと……」
真面目な顔で、清十郎が答えた。釣り竿を放り捨て、十手を構え直す。ちかちかする目を堪えながら、じりじりと距離を詰めていく。神凪も手裏剣を投げ、次第に中庭の中央へと追い詰めていく。
「ここにゃら、逃げられにゃいと思ったにゃ?」
だが、猫娘は一度しゃがむと、一気に跳躍をした。九十九は神経を集中し、天元へ至った瞬間を射貫く。猫娘は、懐刀をすっと取り出し、矢を弾こうとしたが衝撃に耐えかねて屋根でよろめいた。
そこへ、氷の鞭が襲いかかる。八重が飛翔した状態で、氷蛇を放ったのだ。これには猫娘も千両箱を手放してしまう。
雲が剥げる。月が出る。越後屋に猫娘が出ると聞きつけた衆目のもとに、猫娘の姿がさらされた。その瞬間、歓声が上がる。
歓声に応えつつ、猫娘は千両箱を持ち直そうとする。そこへ、トランプが飛来した。
「出たな、猫むすめ。ここであったが百年目!」
びしっと指を立てて現れたのは、忍び装束に南瓜の面の少年だった。
「だ、誰にゃ?」
本気で知らぬ猫娘に、少年は名乗りを上げる。
「俺は怪人南瓜小僧。あんたと同じ、義賊って奴さ」
やはり、知らないと疑問符を浮かべる猫娘に、南瓜小僧は憤る。
「おんたのせいで、目立たないんだよ!」
言いがかりにゃと呟く、猫娘に再びトランプが襲いかかる。それを避ければ、八重が氷蛇を放つ。ヒリュウ
「跳躍力はすごいけど、空飛ぶ相手にどこまでできる?」
鞭の不規則な動きに、猫娘の逃げ道は次第に防がれていく。下からは九十九が弓を穿ち、神凪と清十郎も次第に屋根へ上がってきた。
分が悪いと踏んだのか、猫娘は千両箱を置いて逃走を図る。千両箱はするりと落ち、隠れていた諒介のもとへと落ちてきた。
「証文もばらまいて逃げるにゃ」
バッと証文を八重やヒリュウ、南瓜小僧に投げつけ、猫娘は全力で駆けだした。
月夜に短い銃声が響いた。九十九が見れば、その先には利厳が、短筒から煙を吐き出させていた。猫娘の足をかすめたのか、わずかな血が屋根の上に点々としている。
南瓜小僧は、好機と猫娘を追いかける。神凪と清十郎が後に続いた。
●
慌ただしい足音を聞き、遮那は行動を開始した。猫娘は罪人だが、今は陽動として役立ってくれている。逃げ出すなら、今しかない。
自室の襖をそっと開け、廊下に出る。抜き足差し足、忍び足と呟きながら、牢屋を目指す。遮那は、はたと立ち止まった。
牢屋の場所までは、調べきれてなかったのだ。しらみつぶしに探そうとしたら、きっとばれてしまうだろう。
「お前、どこに行く気だ?」
後ろから声をかけられ、肩を振るわす。振り返れば、見たことのない女性がいた。思わず逃げようとしてしまった遮那の肩を掴んで、女性は告げる。
「猫娘、ではなさそうだね。そんなびくびくしてたら、余計に怪しまれるものさね」
さて、と女性は続ける。
「私の名前は、お夕。猫娘を捕まえる依頼を受けた者さ」
警戒しつつ、遮那は自己紹介を返す。
「遮那、です。とある事情で、越後屋で奉公しています」
ぺこりと頭を下げた遮那に、お夕はそっと耳打ちする。
「私は、猫娘と同時に、越後屋の悪事を探っているのさ。その様子だと、何か知ってるね」
ハッと顔を上げた遮那を、真っ直ぐにお夕は見る。信じて、遮那は事情を話した。
お夕は話を聞き、すぐさま考えを巡らす。
「あぁ言うモンは常に近くに置いておくか、一番安全な場所にしまっておくのが相場……」
警備のために見せてもらった間取りを思い浮かべ、場所を探る。
「……蔵かねぇ」
越後屋には、猫娘が狙うとしていた蔵の他に小さな蔵があった。お夕は遮那を連れ、そこを目指す。曲がり角で、お夕は咄嗟に遮那を留めた。
次の瞬間。
お夕は手甲を、利厳は短銃を互いに突き立てていた。
「危ないですね」
利厳は苦笑した。互いの事情を話し、利厳は頷いた。
「なるほど。確かに事前の聞き込みで、小さい蔵は抜けてましたね」
中庭は、派手な捕り物が始まっていたところだ。越後屋も、中庭の状況を見ているだろう。見つからぬよう、小さい蔵へ近づく。
錠前は、利厳が短銃で撃ち砕いた。扉を開けば、暗い中に光が差し込む。
中は、一畳ごとに格子で仕切られてた、牢屋だった。各部屋に、一人ずつ少女が捕まっている。鍵をお夕と利厳が壊して回り、遮那が少女達に状況を説明した。
「逃げましょう」
外へ出たとき、歓声が聞こえてきた。利厳はため息を吐き、お夕に告げる。
「彼女たちを外へ。私の仲間に引き渡してください」
「お前は?」
「逃げそうな猫ちゃんに、悪戯してきましょう」
「わかったさ。逃げたようなら、先回りでもしようかね」
逃がさないようにします、といって利厳は去る。
「じゃあ、行こうか」
お夕は少女達を連れて、裏口へ回る。彼女たちを利厳の部下に引き渡すと、人混みに消える。去り際に、遮那が中へ戻るというのを聞いた。
遮那は彼女なりに、越後屋の最後を見届けるため、そういって彼女は中に戻っていった。
●
油断した、と猫娘は舌打ちする。
弾丸が足をかすめ、少しずつ血を垂らしていた。九十九や八重の攻撃によって、体力を削られていたことに気付かされる。
何より、南瓜小僧がしぶとかった。
どこまで逃げても、同じ様な身軽さで追いかけてくる。遅めではあったが、神凪と清十郎も近づいていた。
猫娘は、屋根から路地裏へと姿を消した。闇に紛れ、河川に潜り込み、新たな逃走を謀ろうとしたのだった。だが、降りた瞬間、間違いであったと知らされる。
「お前さんの噂は聞いているがね、幾ら義があっても盗人は盗人さね」
すっと目の前に、お夕が現れたのだ。臨戦態勢を取ろうとした猫娘だったが、その後ろには南瓜小僧がすかさず降り立った。
牽制し合うように、互いに構えたまま、沈黙する。
再び、屋根へと戻ろうとしたところで、はたと気付く。手足が鎖で縛られていたのだ。
「悪いな。闇ならこっちの領分だ」
黒い渦を背負い、神凪が姿を見せる。
観念したのか、猫娘は深いため息を吐いた。最後に追いついた清十郎が、用意した縄を猫娘にかけたのだった。
●
剥がされた仮面の下にあったのは、おたまの顔であった。
「捕まってからいうのも、なんだが。素直に自首してくれないか」
神凪の言葉には、黙して答えない。
「ある程度、とりなしはできる、かも」
と清十郎が告げる。
「そーそー、あんたは引退しな。あんたの仕事は俺がやってやるからよ」
横から口を出したのは、南瓜小僧であった。
「お前も自首しろよ」
神凪の呟きは、彼に聞こえていないようだ。
「そうだな。ここは私に任せてくれないか」
割って入ってきたのは、お夕だ。彼女は、おたまの耳元に口を寄せた。
「どうだい。あたし達のところに来ないかい?」
ハッと見上げるおたまに、お夕は続ける。
「うちは、お上の傘下だからね。上手くいけばお前さんの罪を有耶無耶にできるし、悪党退治もできるかもね」
おたまは、わかりました、と呟く。
「私も捕まったら、それまで、と思ってましたから」
するりとおたまは縄を抜けてみせる。神凪や清十郎は構えるが、逃げる気配はない。
「あなた方に処遇は一任します」
「そうそう、あたしと清十郎でうまくやるさ」
言い切られた以上、神凪は全てを任せて去って行く。
南瓜小僧も去ろうとしたが、お夕に肩を掴まれた。
「お前も、あんまり目に余るようなら、こっちに引き込むからね」
「いやだね!」
手を振り払い、南瓜小僧はあっかんべーをして跳び去っていった。
●
越後屋は、証文と金が奪われたことに落胆をしていた。
そこへ、金を奪い返した諒介が戻ってきた。千両箱を見て、越後屋の顔が明るくなる。
「おお、取り戻してくれたのか」
「じゃ、この金は元の持ち主に返すぞ」
諒介の言葉を聞き、越後屋は手を伸ばす。だが、引き離すように諒介は距離を取った。疑問符を浮かべる越後屋に、諒介は宣告する。
「……誰が越後屋に返すって言った。俺は元の持ち主に返すって言ったはずだが?」
「なっ、なっ」
越後屋が憤慨を顕わにしようとしたところで、将と利厳が姿を現す。その後ろでは、遮那を連れてた八重がいた。将は証文を突きつけて言う。
「いやぁ、偶然、偶然なんですけどね。こんなモノを拾いましてね。法定利息、守ってねぇみてぇだなぁ?」
すごまれて、怯える越後屋だが、反論はしてくる。
「し、知らん。そんなもの、あの猫娘の嘘っぱちだ!」
青筋立てる将を制して、利厳が前へ出る。
「証文の一部は市井にまかれましたよ。それに、このお嬢ちゃんのように閉じ込められていた娘の証言もとれている」
顔面蒼白になる越後屋に八重が告げる。
「そこで提案さ。暴利はチャラ、貸した分を適正利息で取り立てる。返せるものは、何でも返させればいいし、貪ってきた相手には無償援助とか」
一文の徳にも等とぶつくさいいかけた越後屋を全員で睨み付ける。
「捕まえるだけなら、いつでもできるしね」
八重の言葉に、将や利厳も頷く。
「アイヤー、越後屋は破滅アルカ?」
のんきな声で九十九がやってきた。越後屋はすがる思いで、九十九に近づこうとするが猫がその顔を引っ掻いた。
「金の切れ目、縁の切れ目ネ。猫娘は捕まえたし、これ以上お金貰えないなら、契約終わりヨ」
肩をすくめながら、ちゃっかりと報酬の袋は手にして九十九は去って行った。
越後屋は観念したのか、膝をつき、倒れ込んだ。
「どうせなら、俺が共同経営者としてきっちりと見ててやるよ」
将の提案に、数名いささかの不安を覚えたが、表の顔を考えると任せるより他になかった。利厳と八重は遮那を連れ、諒介は千両箱を抱えて去って行く。将は越後屋を引きずりながら屋敷へ消えた。
●
いつもの茶屋では、忙しく立ち回るおたまの声が響いていた。
外側の席で神凪はお茶をすする。その隣では、諒介がダンゴをがぶり。その目の前を家業手伝いに戻った遮那や、街金フジムラくんとのあだ名される将が通り過ぎていく。
「平和だねぇ」
茶屋の娘の格好をしたお夕がぽつりと呟いた。猫娘の騒動後、何故かここにいる。
「そうアルネー」
ぽーっと答えるのは、猫を膝にのせた九十九だ。猫娘の騒動後、何故かここにいる。
そこへ清十郎がつかつかとやってくる。後ろには、困り顔の八重と利厳がいた。清十郎は手に持った複数枚の瓦版を渡しながら、ため息混じりに言う。
「今度は、こいつを捕まえるようにお達しです」
そこに描かれていたのは、トランプと小判をばらまく南瓜小僧の姿。悪代官の私腹をばらまく英雄ぶりが書かれているものの……お上の心はお察しだ。
全員が苦笑を漏らして、動き出す。撃退士の戦いは、まだまだ続くのだった。