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依頼を受けて集まった8人のメンバー。
龍崎海(
ja0565)、蒼波セツナ(
ja1159)、綾(
ja9577)、桜花(
jb0392)、月乃宮 恋音(
jb1221)、雪風 時雨(
jb1445)、アイリス・レイバルド(
jb1510)、シルヴィアーナ=オルガ(
jb5855)。
彼らは、高倉から情報を聞くと早速、調査チームを結成した。
とはいえ、開く日を決めてしまった後は個々人で調査していく。数日が経ち、もうすぐ、開こうというときの彼らの様子を追っていきたい。
●桜花とシルヴィアーナ
桜花は、学園の設計図や地図を集めていた。よくある話で、増改築をしている間に忘れ去られた可能性もあるからだ。
図書館でも見繕い、戻ろうとしたところで、シルヴィアーナと出会った。彼女も何らかの書物を借りていたのか、返しに来たところであったようだ。
「シルヴィアーナさんも、調べ物ですか?」
フランクに尋ねた桜花に、シルヴィアーナは、はいと答える。
「実は、わたくしが管理させていただいている古い礼拝堂があるのですが。その書斎で見つけた古い書物に、開かずの扉の記述があったのです」
シルヴィアーナの言葉に、桜花はふむふむと頷く。
「その記述なのですが……」
その扉は「別の世界に通ずる入り口」であるとされ、本来ならば天界や冥界とは異なる世界へと通じているらしい。今回の扉に限らず、この世の開かない扉は全て、そうした異界へのゲートなのだという。
「あるいは、天界や冥界に繋がっているかもしれませんね。学園の方々が、密かに天魔の世界を偵察するための極秘ゲートの入口、という事も可能性も……。そういう桜花さんは何かわかりましたか?」
そこで一度、桜花に話を振る。彼女は、丸められた設計図や地図を抱えていた
「この学舎の設計図があれば、少なくとも最初の部屋が何かは、わかると思ったんだ」
「なるほど、それはそうですね」
でもさ、といって桜花はバツが悪そうに目をそらす。
「設計図はあまり当てにならないんだよね」
そういって、図書室のテーブルに数枚広げてみせる。複数の設計図は、それほど日が違わないにも関わらず、大きく変わっていた。
「設計図はあまり当てにならないんだよね。増改築を何度もしているみたいだから、最初の部屋が何かもわからないし。だから、開かずの扉なのかもね」
何度も変わっていくうちに、忘れ去られた部屋である可能性は高い。
「先輩たちによれば、持ち出すのが面倒なものを全部まとめてぶちこんで、スキルで厳重に封印したとかいわれてる」
「えっ」
それは、大丈夫なのかと心配になる。
「つまり中には昔の美術の授業で作った作品やたいそう服や柔道着やエッチな本とかが詰まっている……って、あくまで噂だけどさ」
桜花は広げた設計図をたたみながら、シルヴィアーナに問いかける。
「こっちはあまり、わからなかったけんだけどさ。シルヴィアーナさんは、扉を開ける方法、何かわかった?」
ぽつりとシルヴィアーナが述べたのは、「種族性別問わず、言語を話せる者が8人集まって順番に数字を数え、最後に揃って『虚像の扉を見たり』と唱えると開く」というものだった。ただ……と不安げな感じで続きを語る。
「誰かが一人でも呪文を間違えたら、その場にいる全員に不幸の呪いが降りかかるという追記もございます。あまりお薦めできる方法ではございませんが……」
「まぁ、誰も開けられなかったら、試せばいいかな」
そうですね、とシルヴィアーナも肯定し、さらなる調査のために分かれたのだった。
●
外側から見えるその部屋は、ひっそりという言葉が似合う。
カーテンが閉まり、中の様子は見えない。窓側を調べに来ていた海は、残念そうにその場を去ろうとしていた。そのとき、綾の姿が見えた。
彼女も外側を見に来たのだろうか、と思っていると時雨とセツナまでやってきた。時雨は、思案顔でしばらく窓を見上げていたが、何を思ったのかいきなりヒリュウを召喚しだした。海だけでなくセツナや綾も、様子を見る。
すると、おもむろにボールを手に取り投げようとするではないか。それも、ゴム球とかではなく、硬球である。
慌てて、様子見の3人が止めに入る。
「む。うっかり、窓を割ってヒリュウを忍ばせようとしたのだが」
その割に、綺麗なフォームであった。
「おぬしらはあの部屋について、何かわかったか?」
ヒリュウを帰し、ボールをしまっておもむろに切り出した。
最初に口を開いたのは、綾だった。
「えっと、見えているのは表向きの扉で、さらに厳重な扉があるとかいう噂があったよ。すっごい昔に生徒が一人、アウルの力が暴走して自我もなくしていったのを、同じくアウルの力で封印したとかね」
「封印、か」
誰かがつぶやく。それに答えるように、綾は続きを述べる。
「うん。封印したのは学園長って噂もあったけどね。噂が流れたのは、奥から年に数回くらいうめき声が聞こえるかららしいよ。うめき声の派生で、何かの研究施設だったていうのもあったよ」
「ふむ、それに近いのは我が聞いた話かな。軍隊式の訓練をしていた頃のことだが……」
それは、人類のためという大義名分を盾にした教官によるイジメ、暴行の話であった。当時の生徒は、世界のためだと言い聞かせ耐えていた。
「結局、間違いとわかり、今の学園に切り替わった。当時の学生より青春を謳歌し、さらに、撃退士として力を持っている」
自分たちは何だったのか、という憤慨が前教官に矛先を向かわせた。軍隊式時代の学生が前教官を誘拐し、監禁、拷問を加えたというのだ。
「凄惨な事件だったそうだ。理由を問いただせば、口を揃えて、人類のためにやりました……だとさ」
それが、この部屋かはわからないけどね、と肩をすくめて結ぶ。
海の聞いた噂は、また、別だった。
「僕が聞いたのは、人が消えるという噂だったよ」
普通の調査として、教師や卒業生に話を聞いて回った。あの部屋で消える人影について、噂は容姿がばらばらで、とりとめはなかった。
「まだ、天魔の学生が珍しかったころに使用されていなかったこの部屋で、昼食をとったりしていたんじゃないかな?」
海はそう推測を巡らしていた。
「本当に重大な秘密があるなら、どこかからちょっかい出ていそうだしね」
といってみる。セツナがそれを受けて、別の推察を語る。
「この学園って、無数の団体があるわよね。私は、この扉の中は、そうした団体の一つの隠れ家や秘密基地みたいなものじゃないかと思うの」
開かずの間近くで、活動を行っていそうな団体を探っていたらしい。昼間より夜が怪しいとふんで、帰りが遅い生徒に声をかけていったという。
「首尾は、それほどなのよね。カギの開け方については、いくつか候補は見つけておいたけど」
団体と呼べるような目撃情報は、なかった。時折、あの部活の生徒を見た気がする、とか漫然とした答えが木葉のように集まっただけだ。
「その中に、正解があるかもしれないのよね。時間まで、調べてみるわ」
そういって、セツナは去って行った。残された三人も、続きの調査のために分かれていく。去り際に、改めて時雨が窓を割らないように注意していった。
「いやはや、さすがに、もうする気はないさ」
肩をすくめて、時雨は窓を見上げたのだった。
●恋音とアイリス
四人が相対したのと同時刻、内側では恋音が扉を見に来ていた。
校舎の端っこ、日当たりが悪いのか廊下は薄暗かった。部屋の名前はすり切れ、何かが張ってあったような跡も残っている。いかにも、な扉だ。
恋音は、そこに置かれている南京錠をじっと見つめ、そっと手を添えた。
「……錠前パズルではないみたいですねぇ……」
錠前の形をしたパズルというオチはなさそうだった。そうであれば、かつて存在したパズル系の部活が残したものという推測がなりたったのだが。
ここにいたるまでの過程で、調べた噂も判然としないものが多く、共通項もなかった。
「アナグラムもありませんでしたしねぇ。あとは……」
ミステリー研究会的なところが、イベントとして作った名残ではないかとも考えたが、それもなさそうだった。残る可能性への思案に浸ろうとしたとき、ひたひたという足音と鈴の音がした。
ふと見上げれば、アイリスが歩いてきていた。
「おや、奇遇だな」
「あっ……」
どうやらアイリスも、先んじて扉の観察に赴いていたらしい。恋音は、そっと扉から距離を取る。アイリスはふむふむといった様子で、扉をぺたぺたと触る。南京錠をそっと手に取り、鍵穴を覗き見る。
一通りの動作を終えた後、恋音に振り返った。
「ところで、私が集めた噂を聞いてみてくれないか?」
アイリスが不意にそんなことを告げた。
恋音は、少し反応に困りつつも、頷き返した。
アイリスは、間をちょっとあけ、語り出す。
「この中には、謎の生物がいるらしい」
「生物、ですか……」
「そう、十数年の周期で産卵と孵化のために、現れては去って行く。それは、人間界にはそぐわない化け物じみた存在だという」
「……天魔、ではないのですか……」
おずおずと恋音が聞く。
さぁ、とアイリスは肩をすくめた。
「ディアボロやサーヴァントが現れることもあるのだ。どんなのが現れてもおかしくはないぞ」
怖がらせようとする語気で、アイリスは述べた。じっと、恋音の反応を見る。怪奇の類いはそこまで想像していなかったのか、目をそらしていた。
「だが、それ以上に凄惨な噂もあってな」
反応を見つつ、アイリスは切り出した。
「新月の夜に、悪魔に魅せられた者たちが、供物を捧げた部屋という話もある。何故、新月の夜かと言えば、封印が弱まるかららしいぞ。迷える魂が、ここへ誘い込まれるとか」
アイリスは窓の外を見る。昼の空に月はない。
「あぁ、まだ新月は先だから安心してよいぞ」
それに、と告げて続きを述べる。
「儀式ができあがっても、どうなるのかは候補が多すぎてわからんらしい。もしかしたら、いいことが起きるかもしれん」
「……そ、そうですかねぇ……」
悪魔に儀式をしていいことが起こるという想像はしにくい。
アイリスは更に、謎の集団の実験場だったという説も述べたが、あまりにもその話は謎という単語が多すぎて謎だった。
「そこで、きみは、どう考える?」
一通り話しきったのか、アイリスは言葉を切った。
恋音は、思案しかけていたことを、まとめていく。ここまで話されてしまったのだから、自分も話しておくべきかもと思いつつ、口を開いた。
「私は……」
●扉、開く
約束の日、一同は扉の前に集まった。
それぞれ、集めてきた情報を語り合い、しばし思案する。海は廊下側の窓も確認しているようだったが、カーテンで中は見えず、施錠はしっかりとされていた。内側から木などで封鎖されている様子はなさそうだ。
最悪、窓を割っても入れるかなと思いつつ、扉を見やる。相変わらず、南京錠はしっかりとかかっていた。
物質透過で入れないかと思ったが、無粋だという意見が出たこともあり、南京錠に挑戦することとなった。先んじて、南京錠を調べていた恋音によれば、
「普通の南京錠ですねぇ……」
とのことだった。何の変哲もない南京錠なら、カギは見つからずとも、開けることはできるだろう。
セツナが持ってきたサビ取りスプレーで、念のため、サビを落としていく。少し綺麗になった南京錠に、桜花が手をかけた。
「それじゃあ、開けてみるよ」
かちゃりかちゃりと、カギ開けの音が鳴る。綾は、開くまでの間に、恋音に声をかける。
「みんなの噂を聞いて、月乃宮さんはどういう風に考えるの?」
「えと……私の推測によればですねぇ……」
おずおずと、推測を語ろうとする。
桜花によれば設計図は、あてにならないほど、改変が多い。
セツナによれば、あまり大きくはない部屋で、倉庫か準備室が妥当とのこと。
綾や海がくまなく周囲を見定めたが、外部から侵入は難しそうだった。
シルヴィアーナは古い文献の情報、時雨はお偉い方々の情報を持ち寄ってきた。そのいずれも、この部屋であるとは断定しがたい。
アイリスや恋音が考えたり、収集した情報は判然としないものも多かった。噂が噂を呼び、広まったという感じだろう。
それらの情報をぽつりぽつりと呟きながら、統合していく。
出てきた結論を述べようとしたところで、ガチャリという音がした。見れば、桜花が外れた南京錠を手にしている。
「外れたよ」
意外とあっさりな展開に、少し面を喰らう。だが、扉はまだ開いていない。
「扉自体のカギは、一定の角度で動かせば開くという噂もあったな」
海がおもむろに取っ手を掴み、ガタガタと動かしてみる。その噂が本当であったのか、単に老朽化で壊れていたのか。
「開いた」
開いてしまったのだった。どうしようかと一同を振り返れば、同じくどうしようかという顔をしている。先ほどまで、気丈に語っていた恋音もいざ開けるとなると、緊張と恐れがあるようだ。彼女を含め何人かは、扉からやや距離を取った。
ややあって、時雨が前へ出る。
「我が開けよう」
海と交代し、取っ手を掴む。全員の視線が扉に集中する。いざ、というかけ声と共に、がらりと扉は開かれた。
「まさか、こんな事って……」
とシルヴィアーナが驚いたのは無理もない。その扉の先にあったのは、何の変哲もない会議机と8脚のパイプ椅子だった。他にも資料が入っていそうな本棚や、給湯用のシンクなどが設置されていた。
「やっぱり」
安堵の息とともに、ぽつりと呟いたのは、恋音だ。
全員の視線が集中する中で、恋音は述べる。彼女は、高倉の所属する新聞部を調べてみたのだった。そして、過去に同じ場所にある開かずの扉が、数年に一度ぐらいの割合で出現しているのだ。
「……彼女たちの、自作自演ですねぇ……」
中に進みいると、机の上には1枚のコピー紙。そこには、文章が書かれていた。
「まさしく、そうみたいね」
あきれた口調で、綾は手にした紙を読み上げていく。
「ようこそ、私たちの第二の部室へ。
ここにある紅茶やコーヒーはサービスだから、飲んでくれて構わない。お茶菓子も補充してもらっているはずだ。
もう、気付いていると思うが、この部室は「開かずの扉」となり噂をまいておいた」
「要するに、ネタに詰まったり、時間が空いたら、育った芽を摘むことができるようにしたわけだな」
アイリスがまとめあげる。彼女はすでに、コピー紙から目を離していた。こうした事態に直面した綾や時雨たちの反応を観察する。誰ともかまわず、すっとパイプ椅子を引いて座り、紅茶やコーヒーを淹れ始めた。
しばしのサービスタイムを過ごした後、彼女たちは部屋を後にする。
再び扉を閉め、南京錠をかけ直す。次の収穫期がいつになるのかはわからないが、そのときは、どんな噂になっているのか。少し楽しみにしつつ、調査チームは解散したのだった。