晴れた空。青い海。白い砂浜。
寄せてくるのは、波のざわめきと風のささやき。
波際には、一匹のナマコ型ディアボロ。
砂浜に立っているのは、資産家の依頼人。その横に、孫の兄弟ふたりが並んでいる。
絵に描いたように穏やかな、春の午後だ。
そこへ、突如として切りこんでくる、割れんばかりの『咆哮』!
「人の世に天魔はいらぬ……! すべての魔を滅ぼす正義のヒーロー! ゲキタイジャーただいま参上!」
フッ、と砂浜に小さな影が差した。次の瞬間。
ズシャアッ、と砂煙をあげて舞い降りたのは、和装の悪魔。小田切翠蓮(
jb2728)!
「深淵なる闇の翼、小田切翠蓮。ここに見参!」
ふぅ、と吐いた煙管の煙が、きれいなリングになっている。子供にはウケそうな演出だ。つかみは完璧!
二番手に登場は、『全力跳躍』で空中三回転を決めながら体操選手のように着地をそろえた、黒髪ロングのクール美少女。染井桜花(
ja4386)!
真っ黒な刀をすらりと抜き放ち、切っ先を海に向けながら言い放つ。
「……修羅の宴に舞う嵐の桜。……桜花」
ぱちぱちぱち、と拍手の嵐。これは子供より依頼人のほうにウケがいいようだ。黒髪ロングの良さは子供にはわからない。
その拍手の中、次に現れたのはマクセル・オールウェル(
jb2672)!
ダブルバイセップのポージングをとりながらノシノシ歩いてくる姿は、かなりの天使力だ! いや、天使なら飛んでこいよと思うけど!
「我輩はマクセル・オールウェル! どこにでもいる、ごく普通の天使である!」
きらりと輝く真っ白な歯が、じつにさわやかである! さわやかである! 重要なことじゃないけど二度言いました! はたしてこれが子供にウケたかは不明だ! ていうか多分ウケてない!
そしてなんと! 四番打者に選ばれたのは、自他ともに硬派と認める強羅龍仁(
ja8161)!
なんでこんな依頼を受けてしまったのかという周囲の疑問など気にもせず、真っ赤なマフラーと口元だけ隠したヒーローマスク姿で登場だ。どう見ても一番ノリノリの格好だが仕方ない。息子と相談した結果、こうなったのである。いろいろ間違っているが、笑ってはいけないwww
「『天空の輝き(たいよう)』の力を授かりし白き龍! 龍仁!」
堂々と宣言する男の顔は、あきらかに赤面している。おそらく生涯で一番恥ずかしい瞬間だ。生まれてきたことを後悔しているかもしれない。本当に、なんでこんな依頼を受けてしまったんだ!?(依頼不足です)
気の毒なオッサンは置いといて、五人目。龍仁と同じくマフラーをなびかせながら『咆哮』をあげて登場したのは、自称無敵の喧嘩士、東條晶(
jb5047)!
「天下無敵! 茨城の虎、東條推参!」\ベベンベンベベン/
「ハッ、俺たちにかかりゃあどんなディアボロも一撃だ……おまえら、兄弟そろってよく見ておけよ?」
そして六人目。砂煙を立てて颯爽と『縮地』で砂浜に立ったのは、天風静流(
ja0373)!
「天魔よ……覚悟しろ。私たちが成敗してやる……!」
ブン、と振りまわされた薙刀が妖しい輝きを放ち、左右異なる色の瞳が凛然と輝いた。子供たちの拍手が大きくなる。
七人目の桐原雅(
ja1822)は、さりげなく歩いて登場。
子供たちの横を通りすぎながら、「ボクは桐原雅。ディアボロなんて、すぐにやっつけてあげるから……見ててね」と宣言し、闘気をゆっくり解放してゆく。一歩ごとにオーラを高める演出は、地味ながらウケているようだ。
そしてトリをつとめるのは、片翼の天使。鳴海鏡花(
jb2683)!
漆黒の翼をふわりとはためかせて、華麗に降臨。
「片翼黒羽の天の使者、鳴海鏡花、推参!」
くるりと一回転してビシッと決めたポーズは、どう見ても女の子向けアニメのポーズ。魔法少女とか、いわゆるそういう系である。服装が男なので性別を間違われたくないためだ。が、どう見ても違和感バリバリである。違和感バリバリである! 重要なことなので二度言いました!
以上八名、ナマコ退治のエキスパートがここに集結!
おお。だれが呼んだか、彼らは架空戦隊ゲキタイジャー!
ドカーーーーン!!
背後で派手に爆発したのは、翠蓮の投げた炸裂符によるもの。
「わあー! すごい!」
大喜びのお子様ふたり。この演出はポイント高そうである。
ただ、事前の打ち合わせがなかったのか、それとも忘れていたのか、突然の爆発にビックリしているゲキタイジャーも数名。大丈夫。子供には気付かれてない。セーフセーフ。
「では参るぞ!」
「「おう!!」」
それぞれカッコよさそうな武器を手にして、いっせいに走りだす撃退士たち。
平和な砂浜が、たちまち喧噪につつまれる。いまこの瞬間、地域住民に迷惑をかけているのは間違いなく彼らのほうだ。撃退士でなければ騒乱罪で捕まるかもしれない。
「罪なき子供を毒牙にかけた悪逆非道のナマコめ、覚悟っ!」
忍刀をきらめかせて最初に駆け寄ったのは鏡花だ。
打ち合わせどおり、子供を喜ばせるためだけの芝居が始まる。
「ぐああっ!」
架空の魔法にやられたフリをして、思いきり砂浜に倒れこむ鏡花。
ぷちっ
「「え……?」」
凍りつくゲキタイジャー。
なんと! あろうことか、ころんだ拍子に刀が! ナマコに!
任務終了。コングラッチュレーション!
「ちょ……! ま、待つでござる! ナマコ殿、この程度で死んでは駄目でござる! 傷は浅いでござるぞ!」
あわてて刀を引き抜く鏡花。だが、どう見ても手遅れだ。これはまずい。必死に人工呼吸や心臓マッサージをこころみるも、生き返らないナマコ。あとはもうブラックジャックにたよるぐらいしかない。先生、ナマコの手術代はいくらですか。
「え? え……!?」
「マジか?」
「ど、どうする?」
「どうしようも……」
「まさかこんなことになるとは……」
「すまんでござるぅぅ……!」
子供たちから見えないようにナマコを隠しながら、顔を寄せあってひそひそ話しあうゲキタイジャー。
さぁ、このピンチをどう切り抜ける。死んだことはバレてないが、こうしている間にも子供たちの評価ポイントはどんどん下がっていくぞ。
「大丈夫だよ、みんな。こんなこともあろうかと……」
そう言って雅が取り出したのは、ピチピチのナマコ。このような事態に備えて、事前に用意していたのだ。これはもうMVP確実!
おお……っ、とざわめくゲキタイジャー。生きたナマコさえいれば、どうにでもなる。どうせ一般人は区別つかないのだから。というか、死んでてもあまり変わらないような。
「じゃあいくよ?」
雅が言い、全員がコクコクうなずくと、AVの三文芝居みたいな戦闘が再開された。この瞬間から、今回の任務はすべて自作自演になることが決まったのである。だが問題ない。バレなければいいのだ!
「くらえっ!」
極力ダメージを与えないよう、ナマコを足の甲に乗せて蹴り上げる雅。
晶がサッカーボールみたいにトラップして、「ぐああっ!」と叫びながら後ろへ吹っ飛んだ。教科書に載せても良いぐらいの完璧な『受身』だ。こんな受身の使いかたをしたのは、撃退士史上彼だけだろう。ナマコと戦った撃退士自体、史上初に違いないが。
そのまま大袈裟に砂浜を転がり、岩に顔面を打ちつける晶。やりすぎじゃないのかとハラハラ見守るメンバーたち。
「まさか……ボクの蹴りの威力を利用して……!?」
目を見開き、ショックを受けたふりをする雅。アカデミー主演女優賞ものの演技である。
「けっ。やるじゃねぇか、畜生」
起き上がった晶の顔は砂だらけで、鼻血が出ている。
そこまでするのかという思いで、気を引き締めるゲキタイジャー。この時点でかなりハードルが上がったのは間違いない。自分たちで勝手に上げたのだが。
「……覚悟」
黒漆太刀をひっさげて、風のように斬りかかる桜花。
紅牙剣闘円舞術の使い手である彼女は、ディアボロごときに遅れをとりはしない。ましてや、ナマコみたいなディアボロなど。だが、そのとき。
「待て」
止めたのは静流だ。
「……なに?」
「うかつに近付くな。そいつはただのディアボロではない」
「……おじけづいた?」
「ちがう。ただ、外見だけで判断するのはやめておけ」
すべて台本どおりの芝居である。
そのとき。
「あぶないでござる!」
鏡花が桜花をタックルして倒れこんだ。
直後、桜花の立っていた空間が派手に爆発する。
「どうやらあのディアボロ、爆破の術を使うようでござる」
もちろん、鏡花の炸裂符による演出だ。ナマコが爆破の術とか使えるわけないだろ!
そのとき。ちらりと子供たちの様子を確かめたのは龍仁だ。
兄弟とも拳をにぎりしめ「ゲキタイジャーがんばれー!」などと叫んでいる。子を持つ親の身として、喜ばせずにいられない。全員に目配せし、予定どおり『星の輝き』を発動。
カッ、と炸裂する光が、周囲を真っ白に染め返した。
「きゃあっ!」と、女の子みたいな悲鳴を上げる兄弟。
やりすぎたかなと思いながらも、龍仁は予定どおり「な……! めくらましか!?」と、子供にもわかりやすいよう大声で告げる。
その光が消える直前、龍仁は続けざまに『シールゾーン』を展開。すべてのスキルを封じる強力な術だが、ターゲットは味方である。こんなシールゾーンの使いかたをした撃退士も、なかなかいないだろう。
「魔法陣!? いかん! はなれろ!」
自分で作り上げたダークブルーの魔方陣を指差して、とびのく龍仁。
「「うわああっ!」」
完璧な呼吸で演技をあわせてくる撃退士たちは、いっそ俳優になったらどうかというぐらいの熱演ぶりである。
「あれは最高位の天魔にしか使えぬ『エターナルフォースシールド』……。これで我らの術はすべて封じられた……」
翠蓮が、予定どおりの嘘解説を子供に披露した。
「ええっ!? じゃあ負けちゃうの!?」
「負けはせぬよ。……とはいえ、容易ならざる相手よの」
その深刻な表情と口ぶりは、アカデミー助演男優賞ものである。
「くっ! 体の自由がきかぬ! だれか、我輩を止めるのである!」
突拍子もないことを言って暴れだしたのはマクセルだ。ルーンブレイドを手に静流へ突撃し、練習どおり大上段から斬り下ろす。
ガギィッ!
『清姫の薙刀』が、火花を散らして剣撃を受け止めた。
返す刀で、静流が薙刀を一閃させる。
「ぬおおっ!」
わりと本気で慌てながら跳びのくマクセル。
見れば、自慢の大胸筋に傷がついている。よけきれてなかったのだ。
「わるいわるい。ちょっと早かったな」
小声であやまる静流。
「たいしたことはないのである」
強がるマクセルだが、けっこうな出血量だ。もっとも、顔面を岩にぶつけにいった晶ほど痛くはなさそうだが。
「ねぇ、あの人たち」
「まさか! 『魅了』の術までも!?」
子供が疑問を口にしようとしていることに気付き、翠蓮はすかさずフォローに入った。
「みりょう?」
「そう。撃退士の体を意のままに操る、恐ろしき闇の術よ。このままでは……」
「うおおっ! ナマコごときに! 天使たる我輩が負けるなど、許されぬのである!」
翠蓮と子供たちの見守る前で、マクセルは魅了されたふりをつづけながら龍仁や鏡花に斬りかかっていった。三人とも背が高いので、見た目は派手だ。実際、子供にはウケている。
そして気がつけば、すっかりマクセルvsゲキタイジャーの状態。これ、たしかナマコ退治の依頼だったはずなんですけどね。──あ、もう退治してたんだ、そういえば。
「なぁ、そろそろいいんじゃねぇか?」
晶が小声で言い、龍仁はうなずいた。
「皆、離れていろ!」
双剣を両手に持ち、十字架のようにクロスさせて高々と掲げながら、龍仁は力強く言い放った。
「古(いにしえ)よりの契約をもって、いまここに白き龍の奇跡(ちから)を解放する!」
演出過剰とも思えるほどの強烈な光がほとばしり、ゲキタイジャーたちの体をつつみこんだ。自分でかけたシールゾーンを自分で解いただけだが、子供にはわからない。
「おお、あれは苦離亜乱守(クリアランス)……」
「知っているのか、翠蓮!」
「うむ。あの光こそ我ら撃退士に与えられた最後の希望……」
「おお!」
お約束の解説をノリノリで始める、翠蓮と晶。子供はすっかり信じきっている。
「封印さえ解ければ拙者らに敵はござらん! とどめをさすでござる!」
いきなりとどめをさしてしまった過去を持ちながら、堂々と言い放つ鏡花。
「「おう!」」
やっと終われそうだと思いながらも、威勢良く応じるゲキタイジャー。
──だが、しかし。
「……あれ?」
「ん?」
「ナマコどこ?」
「え!?」
「ちょ……。ええ!?」
「なんで誰も見てねぇんだ」
「だって……」
「いたいた。こっちこっち」
「「雅グッジョブ」」
なにごともなかったかのように、いそいそと集まる八人。そして取り囲まれるナマコ。なんとシュールな光景か。そもそもただのナマコですからね、これ。天魔じゃなくて。ひどい話だ。
「では、手はずどおりに」
龍仁が言い、全員が目配せすると、最初に動いたのはマクセルだった。
「悪しき天魔よ、滅びるのである!」
剣の腹にそっと乗せられたナマコが、天高く放り上げられた。
すかさず静流が猛ダッシュし、闘気を噴き上げながら雅を踏み台にして跳躍。空中でくるりと一回転して、矢のように放たれたのは雷打蹴!
グシャアアアッ!
言うまでもなく、この時点でナマコは死んでいる。ナムサン!
静流が蹴り抜けたあと、まだ空中にいるナマコに向かって桜花が大量のコインを放り投げた。雨のように降りそそぐコインめがけて、マグナムが乱射される。
ギャギギギギギンンン!
耳をつんざく金属音をあげて、反射しまくる弾丸。
無論、ナマコは蜂の巣である。
しかし、ゲキタイジャーのターンはまだ終わってない!
「震撼(き)け! これが龍の咆哮(いかり)だ!」
龍仁の手から投擲されたヴァルキリージャベリンは、空中のナマコを容赦なく貫通。
もはや跡形もなくなったナマコに向かって、最後の仕上げとばかりに翠蓮と鏡花の炸裂符が浴びせられた。
ズドババババ!
大地を揺るがすほどの爆音とともに、黒煙が青空を埋めつくす。
その煙が晴れたあと、ナマコは塵さえ残さず爆散していた。
完璧な勝利&演出だ! ナマコ無惨!
「すごい! すごいよ、ゲキタイジャー!」
子供たちは感動のあまり泣きだしそうなほどだった。
そんな孫の様子を見て、依頼人も満足げである。任務はもちろん大成功だ。正直ここまでやるとはMSも予想しなかった!
しかし、当のゲキタイジャーたちは、どことなく浮かぬ顔。
無理もない。依頼達成のためとはいえ罪もないナマコを殺してしまったのだから。しかも、そこまでやるかという必殺技オンパレードで。
きっと彼らはしばらくのあいだ罪の意識でナマコを食べられないだろう。
まぁあんまり食べないけどね、ナマコ。