3月上旬の、ある日。
雛祭りを盛り上げるべく、10人の学生が教室に集まった。
顔ぶれは、以下のとおり。
まずは、死線の奇術師・エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)
その称号どおりに奇術を得意とする彼は高レベルの忍軍であり、回避値700超という驚異的な能力を持つ少年である。戦闘依頼では常に率先して囮役となり、味方を勝利に導く男だ。……が、今日はただの討論会なので、回避も何も関係ない。ちょっと勿体ない気もする。
二番手は、盤上の計測者・佐藤としお(
ja2489)
188cmの長身でソフトモヒカンに伊達眼鏡というパンクスタイルだが、ゴツい見かけと裏腹に温厚な男だ。
人見知りのくせにお調子者の彼は、純粋に雛祭りを盛り上げようと考えている。
が、しかし。彼は最初から、一発ネタしか狙ってなかった。
三番手には、月乃宮恋音(
jb1221)
家事全般が得意で、事務作業に長けたおっぱいだ。
学園トップレベルの戦闘力を持ちながら決して戦闘依頼に参加しないという、ある意味非常にアナーキーなおっぱいである。なにが彼女をそこまで頑なにさせたのかは、だれも知らない。なにはともあれ、おっぱいである。
そのおっぱいの守護者たる袋井雅人(
jb1469)は、ギターを膝に乗せて爪弾いていた。
暗い過去を持つ彼だが、久遠ヶ原に来てからというもの、たくさんのおっぱいに魅せられて明るいキャンパスライフを満喫している。最近は撃退酒の飲み過ぎで色々ヤバイことになりつつあるが、今日は大丈夫だろうか。ダメかもしれない。たぶんダメだ。
そんな雅人の隣に座っているのは、かわいいツノと尻尾がトレードマークのパルプンティ(
jb2761)
人界知らずの、ドジッ子悪魔ちゃんだ。あらゆる依頼で天然ボケを炸裂させる彼女は、空気を明るくさせるムードメーカーと言って良かろう。ものは言いようである。
もちろん彼女が雛祭りの風習など知っているはずもないが、本人はニコニコ笑顔で非常に楽しそうだ。……そう、なによりも大切なのは笑顔! 接客の基本だ!
「……で、主催者はまだ来ねぇのかよ、おい」
机の上に足を乗っけて不機嫌そうに言うのは、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)
全身機械のバーサーカーで、体を張った爆発オチには定評がある。今日も全てを吹っ飛ばすのだろうか。やめてくだしあ。
「たしかに、集合時刻すぎとるな」
関西弁で言いながら、ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)は、壁掛け時計に目をやった。
ホストみたいな服装に、ホストそのもののルックス。女を落とすことにかけては実績十分な、久遠ヶ原屈指のプレイボーイ(死語)である。
「なにかあったのかもしれません。もうすこし待ちましょう」
ちらりと時計に目をやりつつ穏やかに応じたのは、緋流美咲(
jb8394)
こうして静かに座っているぶんには、まるきり上流階級のお嬢様だ。戦闘になると人格が変わるとか、口を開けばドジっ子連発とか、そういうことを言ってはいけない。人間の評価は外見が8割!
「雛祭り……雛祭りですか……」
真剣な顔で考えこみながら、城前陸(
jb8739)はチョコレートをかじっていた。
先日のイベントで売れ残った、亀の形のチョコだ。
海外出身の陸は日本の行事に疎いが、今日も事前にネットで予習済み。ぬかりはない。……ないといいな。
そして最後に、10人目。
鈴葉・リインフォース・アイン(
jb9229)は、車椅子に腰かけてニコニコしていた。
華奢な体つきに、長い金髪。どう見ても女の子にしか見えないが、これでも男である。なぜかゴスロリファッションだが、男なのである。したがって、レベルは1だが久遠ヶ原的視点から見れば、すでに一人前の撃退士と言って差し支えない。
そんな10人の撃退士たちの見守る中。
ガラッ、とドアを開けて、矢吹亜矢が飛びこんできた。
「よし、みんな集まってるわね! さっそく討論会はじめるよ!」
遅刻の言いわけなど一切なく、ごく自然に教壇に立つ亜矢。
しかし、集まった顔ぶれを見て、彼女は「ウソッ! 10人だけ!?」と声を上げた。
「だから言ったろ。雛祭りを盛り上げる方法なんてねぇんだよ」
亜矢の後から教室に入ってきた卍が、やれやれと溜め息をついた。
「そ、そんな……」
がくりと崩れ落ちる亜矢。
その背中は、悲しみの色に満ちていた。雛祭りを盛り上げようとしていたのは本気だったようだ。
「まぁまぁ。そう落ち込まず、たのしくおしゃべりしようよ♪」
明るく声をかけたのは、車椅子の堕天使鈴葉。
その物腰には、貴族風の気品がある。
「そうそう。たのしくやろうぜ。今日もよろしくな!」
いつもの調子で、ラファルが亜矢の肩をたたいた。
その顔を見たとたん、亜矢が眉をしかめる。
無理もない。ジョブ戦争や料理大会、新年会など、ラファルには酷い目に遭わされてばかりなのだ。
「ま、とにかく始めようや。落ち込んどっても、しゃあないで?」
キラリと真っ白な歯を輝かせながら、ゼロは亜矢に手をさしのべた。
一瞬、亜矢の頬が赤くなる。
「な、なかなかのイケメンじゃない。ちょっとオッサンだけど」
「そらまぁ、400年以上生きとるからなぁ」
「だったら、雛祭りを盛り上げるネタぐらい持ってるわね?」
「んー。持っとるとええなぁ」
「期待しとくよ?」
亜矢は躊躇なくゼロの手をにぎると、立ち上がって教壇へ向かった。
その脇に、書記役として卍が立つ。
討論会の始まりだ。
──が、その前に。
「あの……皆さん、お茶をどうぞぉ……」
恋音が、おずおずと日本茶を配って回った。
お茶請けに、雛あられと菱餅が添えられている。
「あ、待って。僕もお菓子持ってきたから、みんなで食べようよ」
鈴葉が、車椅子の背中に取りつけていたザックから大量のスナック類を取り出した。
彼の目的は、皆と楽しくおしゃべりすることである。雛祭りを盛り上げるとか何とかは、二の次だ。
「でしたら私も、用意してあります! さぁどうぞ!」
雅人が配ったのは、先日のチョコレート即売会で売れ残った商品だった。
知っていた者は『ああコレね』と納得した顔になり、知らなかった者は『なんだコレ』という顔になる。
ともあれ、全員の前にお茶とお菓子が行き渡り、会議は始まった。
「では、僕がトップバッターを務めよう!」
湯飲み茶碗を手にして勢いよく立ち上がったのは、としお。
全員の視線を一身に集めながら、彼は言う。
「どうせ盛り上げるなら、桃の節句だけじゃなくて3月3日が誕生日の人も集めて、パーリーパーリー♪ レッツパーリー、エブリワン、エブリデイ、エブリナーーーイッ!」
どうかしているとしか思えないテンションで、高らかに声を張り上げるとしお。
ほとばしる熱量そのままに、彼はアクセル全開で突っ走る。
「3月3日生まれの人は、ざっと数えたところ約160人。いい人数だね! でっけー雛壇作って、全員そこに乗ってもらおう! ちゃんと衣装を着せてさ! もちろん、派手な仕掛けも用意して! それで、なんでもいいから何かゲームやってもらうの、超ムズイやつ! でもって、負けたら仕掛けが作動! 罰ゲームで、雛壇から空高く打ち上げちゃおうよ!
\ ド ッ カ ー ー ン !/ って!
全員飛んだら派手だよね〜♪ これ、いいと思わない?」
「いや、それはちょっとどうかと……」
冷静にツッコミを入れたのは、友人のエイルズ。
だが、としおは聞く耳いっさい持たずにプレゼンをつづける。
「地味な雛祭りを盛り上げるには、なによりもインパクト! ……というわけで、とりあえず試作品作ってきました! 実際に見てもらわないと、話になりませんからね!」
すてきな笑顔をきらめかせながら、フルアクセルでオチに持っていこうとするとしお。
こうなっては、もう誰も彼を止められない。
「いいですか? こうやって座布団の下に仕掛けておいて……罰ゲームが発動したら、こうしてスイッチを、ポチっとな♪」
ズガァァァァァン!
としおのイスに敷かれていた座布団が、突如爆発した。教室の窓ガラスをブチ破って、宇宙ロケットの打ち上げみたいに猛烈な爆煙を噴きながら上空へとカッ飛んでいくとしお。
「\ た ー ま ー や ー ー ! /」
青空の中にキラリと光を残して、としおは消えた。
じつに鮮やかな出オチだ。
結局彼が何を言いたかったのか誰にもわからなかったが、その芸人魂には皆そろって感服せざるを得なかったという。はたして彼は生還できるのか。
「えーと……じゃあ次の人いってみようか」
さすがの亜矢もどうしていいかわからず、無難に会議を進めることにした。
指名されたのは、パルプンティ。
「おおう! 私の出番なのですねぃ!? ヒナマツリ! モチロン知ってますよーぅ♪ だいたい三月上旬ごろに山林を徘徊しているヒナマを、悲納人形に取り憑かせて樹に吊るし上げる奇祭ですよねぃ? その名もズバリ、ヒナマ吊り!」
二本のツノをくねくねさせながら、パルプンティは自信満々に答えた。
こりゃダメだ……人界知らずだ……という微妙な空気が一同の間に流れるが、まるで気にせずパルプンティは続ける。
「……ほえ? ヒナマですか? たしか、災禍をもたらす危険な山霊の一種だそうですよぅ。これを吊り殺すことで女児を護るという、昔ながらの儀式。それがヒナマ吊りなのですよーぅ! ちなみに、男児を護る儀式は五月に『業穿人形』とやらで何かするんですよねぃ? 私は何でも知ってるのでーす! わからないことがあれば、なんでも私に訊くのですよーぅ!」
「…………」
どこからどうツッコミを入れればいいか見当もつかず、亜矢は教壇で頭をかかえた。
そもそも最初から10人しかいないのに、1人はロケットみたいに空へ飛んでいくし、1人は人界知らずにもほどがあるし、これでは会議にならない! やはり、雛祭りを盛り上げることなど不可能なのか──?
「……それで、そのヒナマ吊りっていうのは、どうやって盛り上げればいいと思う?」
鈴葉が笑顔で問いかけた。
おお、なんという会話力!
「盛り上げる方法は……そうですねぇ……BGMに、お経とか流してみてはどうでしょう♪ 何枚だー何枚だー♪」
「なんまいだーなんまいだー♪」
一緒になってお経を唱える鈴葉。
ふたりともニコニコ笑顔で大変たのしげだが、どうやって収拾つければいいんだコレ。
「……うん、なにも聞かなかったことにして、次の人よろしく! 陸ちゃん、よろしくね? 本当によろしくね!? このまえの恩を返してね!?」
ステレオでお経が流れる中、亜矢は城前陸を指名した。
先日の即売会で店を手伝ったことを恩着せがましくアピールするのも忘れない。
「ヒナマツリ、ですか。日本って、お祭りだらけですね……」
チョコをポリポリかじりながら、陸は真面目な顔でしゃべりだした。
「この会議のために、私は調べました。ヒナマツリとは、女の子の健やかな成長を祝うお祭りです。……が、いま見たところ、すでに健やかに成長した女性ばかり。この上さらに成長を祝うと、世の男性が大変なことになるのではないでしょうか。……あ、ここで言う『成長』とは、純粋に戦闘能力のことを指しています。それ以外の意味はありません」
「つまり、おっぱい的な意味はないということですね!?」
陸がせっかく言葉を濁したというのに、おもいきり直球を投げる雅人。
「まぁ、そういうことです」と、陸がうなずく。
「待って。それじゃあ雛祭りは無用だっていうの?」
亜矢が質問した。
「無用というか……ああ、そういえば天魔に家族を奪われた子供たちのための施設があるとか、以前聞きました。慰労として、ヒナマツリにまつわる演劇なんかを見せてあげるのはどうでしょう」
「演劇ねぇ……。なにか名案でもあるの?」
「はい。正義を愛する魔法少女が、『厄』という悪役と戦って……紆余曲折のすえ、最後は超巨大合体ロボ『オヒナサマーン』が悪をメッサツするという台本が……」
「いやちょっと……魔法少女と合体ロボって、ジャンル的に正反対だよね?」
「そこをあえて組み合わせるのが、久遠ヶ原クオリティというものです。特撮と日曜朝アニメを見まくってきた私が言うのですから、まちがいありません。是非やりましょう。日本の科学技術は世界一ィィィなので、オヒナサマーンは作れると信じてます。あと、魔法少女はオーディションで募集しましょう。これで完璧です」
キッパリと言い切る陸。
一見マトモな女子高生なのに、脳の随まで特撮とアニメに毒されている、残念少女がここにいた。
「……ねぇ、だれか! だれか真面目に雛祭りを盛り上げるネタ、持ってないの!? こんなイベントを考えたあたしがバカだったの!?」
取り乱す亜矢の姿は、悲しくも滑稽だった。
「ひな祭りといったら、子供の頃よく歌ったよな。『明かりをつけましょ爆弾に、お花を上げましょ毒の華、5人のギャングにさらわれて、今日は悲しいお葬式』ってな。……えっ、違う?」
あわれな亜矢をガン無視して、ラファルは謎の替え歌を歌いはじめた。
それを聞いた亜矢が、ハッと我に返って指摘する。
「待って、待って! 『明かりをつけましょ爆弾に』のあとは、『ドカンと一発ハゲ頭♪』でしょ!?」
「なに……!?」
ラファルが驚愕の声を上げた。
それを見た雅人が、真剣な口調で告げる。
「私の地元では『明かりをつけたら消えちゃった〜♪』でしたね。ええ、はっきりと覚えています」
記憶喪失のくせに、ものすごくどうでもいいことを覚えている雅人。
すると、『うちではこうだった』とか『それは違う』などと発言が相次ぎ、主人公(?)はギャングに殺されたり、金庫破りしたり、銀行強盗に巻きこまれたりするハメに。最終的に「これって替え歌の研究会じゃないよね〜?」という鈴葉の一言で我に返った一同は、議事録を抹消して会議を再開することになったのであった。
ここまでで、会議が始まって30分以上。
依然、なんの収穫も得られていない。
「あのぉ……桃の節句の特徴は、『男女両方の人形が、たくさん飾られること』だと思うのですよぉ……」
ひかえめに語りだしたのは、恋音だった。
ようやく、意義のある話が出てきそうだ。
「うんうん。それで?」と、亜矢が続きを促す。
「そこでぇ……コスプレイベントやカップルイベントというのは、いかがでしょうかぁ……?」
「コスイベなんて、しょっちゅうやってるじゃん」
「えとぉ……ただのコスプレイベントでは地味なのでぇ……なにか派手にするための『競技』を付け加えてみては、どうでしょう……」
「たとえば?」
「これは、あくまで一例ですけれどぉ……お正月のイベントで遊んだ双六を巨大化して、実際にプレイヤー自身がコマになって動くというのは……おもしろいと思いませんかぁ……?」
「双六って、あの変態野郎が作ったヤツ!? 却下よ、却下! あんな、どこのマスに止まったって蔵倫違反になるようなゲーム、おおっぴらにできるわけないでしょ!」
「そこはそのぉ……蔵倫的にアウトにならないよう、佐渡乃先輩に調整していただいてぇ……」
「ん? 恋音ちゃんの頼みなら、聞いてもいいよ?」
いつのまにやら、明日羽が恋音の後ろに立っていた。
さすがの恋音も仰天だ。
「お、おお……!? いつのまに……!?」
「いま来たところだよ? あの凄69やりたいの?」
「そ、そのぉ……先輩さえ良ければぁ……」
「じゃあ今から二人でやる? なんならここで始めてもいいよ?」
怪しげなことを言いながら、明日羽は恋音のうなじを撫でた。
「ひぅ……!」と、恋音が体を震わせる。
そこへ、亜矢の影手裏剣が飛んできた。
ヒョイと体をひねって避ける明日羽。
「亜矢……? なにするの?」
「出てけ、変態! これは神聖な会議なのよ!」
「話を聞くぐらいいいでしょ?」
「よくないわよ!」
いまにも噛みつきそうな勢いで、亜矢が怒鳴った。
「まぁまぁ。そう怒らず、たのしくやろうよ〜♪ 大勢いたほうが、たのしいじゃない?」
無垢な笑顔で間に入ったのは、鈴葉だ。
潤滑剤として場をなごませることに徹底している。
「せやで。ちょっと落ち着こうや。一人や二人増えたかて、なんも問題ないやろ?」
ゼロが、クールに微笑みかけた。
亜矢はグッと唇を噛み、こう提案する。
「じゃあ多数決! あの変態女に出ていってほしい人、手をあげて!」
──結果、挙手したのは亜矢だけだった。
彼女の味方は少ない。
「……まぁ実際、人間双六というのは悪くないアイディアだと思いますよ」
雅人が冷静に恋音の提案を支持した。
どうやら、今日の彼は比較的マトモなようだ。
本音をぶちまけると、『女の子のお祭りなんだから、おっぱい祭りをやろう!』と強く主張したい雅人なのだが、女の子のお祭りだからこそ女子に気をつかおうと考えて自粛しているのである。いま撃退酒の副作用が出たらとんでもないことになるが、大丈夫だろうか。この副作用が出始めてからというもの、雅人が時限爆弾にしか見えないのだが……。
「はいはい。もう双六はわかったわよ。あんたの意見はないの?」
せっつくように、亜矢が言った。
「私としては、雛人形のコスプレで音楽フェスティバルなんか面白いのではないかと思います」
「音楽フェスねぇ……まぁ音楽は嫌いじゃないけど……」
「私は五人囃子のコスプレで、ギターを弾かせてもらいますね。そして、双六大会の参加者を全力で応援しますよ!」
「結局、地味なままのような……」
この提案は、いまいち亜矢の興味を引かなかったようだ。
「はい、はーい! どうせ雛祭りのコスプレをするなら、非リアを救済するイベントを提案しちゃいます♪」
美咲が勢いよく手をあげた。
「どうやるの?」と、亜矢。
「簡単です。まず、参加者には全員雛祭りコスをしてもらいますね♪ 男はお内裏様で、女はお雛様ね♪ それで、くじ引きで男女のペアを作ってもらって、おたがいの手足を手錠でつなぐんですよ♪ これで、偽装でも漏れなくカップル成立しますね〜♪ リア充撲滅の声も少なくなりますよ〜♪」
「音楽フェスよりはアグレッシブだけど……手錠でつないで、それからどうするの?」
「もちろん、ペア同士で戦ってもらうんですよ〜♪ あ、戦うって言っても刃物で斬り合うとかじゃなくて、スポーツみたいな競技をやってもらいましょう♪ お雛様たちは夫婦だし、運命共同体ですから♪ 『流し雛壇』みたいに、雛壇も使いたいですよね〜♪ 雛壇を紐で引っ張って、落とさない競走とかぁ? うまく二人の力を合わせれば心も通い合って、偽装カップルがリアルカップルに発展するかもしれませんよ♪」
ハイテンションで持論を述べる美咲。
一見ムチャなことを言ってるように見えるが、冷静に考えると悪くない案だ。
「案外おもしろそうね、それ。ペアを組んでバトルロワイヤルやってもいいし」
うんうん、と亜矢がうなずいた。
彼女としては、どうしてもバトロワをやりたいようだ。
「バトル式? それもアリだと思いますよ〜♪ そのほうがピンチになったりして、いろいろな感情が芽生えそうですから♪」
美咲もわりと乗り気だった。
ただ、問題がひとつ。
鈴葉が、それを指摘した。
「妹ちゃんの案は面白そうだけど、男女が半々ずつ集まらないとペアが組めないよね〜」
「大丈夫! 男装したり女装したりすれば、うまく調整できるよ!」
「あ、それもそうだね〜」
あっさり納得してしまう鈴葉。
久遠ヶ原において、男装/女装は一人前の証!(牛MS調べ)
「非リアを救済するなら、そのついでにリア充を駆逐しておくってのはどうだ? 名付けて、『リア充雛』!」
例によって、ラファルが物騒なことを言いだした。
全員の視線が、いっせいに集まる。
「それは一体、どういう……」
美咲が訊ねた。
「簡単だ。リア充カップルをとっつかまえて、お内裏様とお雛様のコスプレさせた上で川に放り込むのさ。雛祭りにかこつけて非モテどもの溜飲を下げるには、もってこいのイベントだろ? いわゆる『婿投げ』に近いな」
「それ、暴行罪とかになるんじゃ……」
「いやいや、祭りの行事では何をやったってオーケーだろ? リア充雛も、3月3日の年中行事にしちまえばいいんだよ。見方を変えれば、リア充カップルたちも『周囲からカップルと認められた』って喜ぶかもしれないぜ? なぁ、そうだろ? そこのリア充カップルさん」
ラファルが問いかけたのは、雅人と恋音のペアだった。
「えとぉ……それは今さらという気がしますよぉ……。なにより、この季節はまだ寒いですしぃ……」
ラファルなら本当にやりかねないとばかりに、恋音はフルフル怯えた。
が、雅人は無駄に張り切って応じる。
「お祭りを盛り上げるためなら、私は何でもしますよ! お内裏様にコスプレしてギターを弾きつつ川に投げ込まれることも、やぶさかではありません! それで雛祭りが盛り上がるなら本望です! そう思いませんか、恋音さん!」
「そ、そのぉ……袋井先輩がどうしてもと言うのであればぁ……」
「よし! そうと決まれば、さっそく外へ行きましょう!」
「い、いまから実行するのですかぁぁ……!?」
「思い立ったが吉日! 善は急げですよ、恋音さん!」
無理やり話を進めようとする雅人。彼はいつでも真剣だ。
「そうそう。こういうことは思いついたときに実行しとかねーとな♪」
ラファルが無責任に煽る。
しかし、ここで亜矢がストップをかけた。
「待って、まだ会議の途中だから!」
「お、おお……? 矢吹先輩がマトモなことを……!?」
さりげなく失礼なことを口走ってしまう恋音。
「恋音を川に流すのは、会議が終わってからよ! イベント主催者として、あたしにはこの会議を報告する義務があるんだから! 恋音を川に放りこむのは、そのあと!」
どうやら、川に放りこむのは決定事項のようだった。
「うぅ……まさか雛祭りの話しあいに参加して、川に放りこまれることになるとは……予想もしませんでしたよぉ……」
ぷるぷる震える恋音。
久遠ヶ原では、なにが起きるかわからない。まさに、一寸先はダークネス! インガオホー!(間違った用例)
「ちょっと言わせてもらうなら……雛祭りって、もともと盛り上がって騒ぐようなイベントじゃないと思うんですよね……」
もっともなことを言いだしたのは、奇術師エイルズ。
何人かの参加者がうなずく中、亜矢は懸命に反論する。
「それを言っちゃあ、おしまいよ! なんとかして盛り上げようとしてるのに! おなじ忍者仲間でしょ! すこしは力を貸してよ!」
「仲間、ですか……正直あんまり……」
むしろご遠慮ねがいますという感じで、エイルズは一歩さがった。
とはいえ、参加したからには何か発言せねばなるまい。
「……まぁ、どうしても騒ぎたいというのであれば、もう男女別々に分かれて、菱餅や雛あられでもぶつけあったらいいんじゃないですかね。男性チームは、お内裏様+右大臣+左大臣+5人囃子=8人。女性チームは、お雛様+三人官女=4人」
「8対4じゃないのよ! 女の子のお祝いなのに、女性チームが負けてどうするの!?」
「た、たしかに……。ちょっと一方的でしたね。……じゃあ、右大臣と左大臣を女装させて女性チームに入れましょう。戦場として巨大な雛壇を組み立てて、それぞれ配置についたら、開始の合図とともにバトルロワイヤル開始。どうですか、暴れたいあなたにピッタリでしょう?」
「なかなか悪くないわね」
「飲んで騒ぎたいという酔っぱらいどもには、白酒のアルコール割りでも与えておけばよいでしょう。そして雛祭りと言ったら花火と爆竹は外せないので、派手なやつを用意して……」
「おー! 爆竹! ヒナマ吊りも爆竹でお祝いするのですねーぃ!」
キーワードに反応して、パルプンティが割り込んできた。
もはや彼女の脳内では、日本の年中行事はすべて花火と爆竹で祝うものとなりつつある。
「おー、桃の節句も爆破で祝福か。そいつぁ盛り上がりそうじゃねぇか。よし、やろうぜ。いますぐに!」
なにごとも爆破で解決することを信条としているラファルにとって、この提案は魅力的だった。
そして今気付いたが、凧揚げイベントで爆竹えらんだメンバーが全員そろってる! すごい確率だぞ、これ!
「わかった、とりあえず爆竹ね!」
亜矢はチョークを取って黒板に『爆竹』と書き、花丸をつけた。
この時点で……というより最初から、雛祭りを祝うための会議になってないのは明白だった。
「ちょい待ってぇや。なんや話がまとまりかけとるけど、俺まだなーんも提案しとらんがな」
おちゃらけた口調で、ゼロが言った。
「爆竹以上のネタがあるの?」
自分の手柄のように得意顔をする亜矢。
人間、こうはなりたくないものである。
「みんなの話聞いてて思ったんやけど、もともと雛祭りは女の子のための行事やろ? そんなら、女の子をおもてなしするのが正しいんちゃうか?」
「……というと、つまり?」
「つまり、お店にお内裏様役の男をあつめて、女の子にはお雛様としてお客さんになってもらうんよ。そんで、お気に入りのお内裏様さがしてもろて、仲良く会話したり、お酒飲んだりしたらええんちゃうか?」
「それって要するに、あれよね?」
「要するに、ホストクラブやな。俺に店長まかせとってくれれば、ショタ美少年から渋ぅーいオッサンまで、ええタマそろえたるわ。この案、どない?」
「そ、それは……悪くない。悪くないわね……。ぶっちゃけ雛祭りとかどうでもいいから、4月あたりに新入生も集めてホストクラブイベントやる? やっちゃう? パーッと盛大にやっちゃう? あたしはいつでも段取りつけられるよ?」
ものすごい勢いで食いつく亜矢。
雛祭りどこ行った。
「おちつけ、亜矢。ホストクラブなんぞ開こうと思ったら、模擬店でも相当な予算がかかるぞ。どこから出すんだ、そんなカネ」
「う……っ! そ、それはどうにか……! どうにかなるでしょ!? おねがい、どうにかして!」
すがるような目で、亜矢はゼロを見つめた。
しかし、こればかりはゼロにも打つ手がない。
「そ、そんな……。夢にまで見た、人生初ホストクラブが……。ああ、死ぬまでに一度ぐらい見ておきたかった……」
崩れ落ちた拍子に亜矢の眉間が教壇にぶつかって、ゴツンと音を立てた。
だいぶ痛そうだが、肉体よりも精神的なダメージのほうが大きいのか、教壇にうずくまったまま亜矢は身じろぎさえしない。
「あー、まぁ残念やったなぁ。逆バージョンで人気投票とかして、1位の女の子をお雛様にするっちう案も考えとったんやけどなぁ……」
「逆バージョンって、ようするにキャバクラじゃん……そんなのいらないわよ……」
しくしくと泣きだす亜矢。
ゼロも、罪作りな男である。実現不可能の案など出して、はかない夢を見せるとは。
「キャバクラだったら、私がお金出してもいいよ?」
平然とした顔で、明日羽が言った。
「なんでキャバクラなのよ! 女だったらホストクラブでしょ!」
一瞬で復活した亜矢が、思いきり教壇を殴りつけた。
「そんなこと言われてもねぇ? 男に興味ないし?」
「この変態! 一度ぐらいホストクラブ行ってみたいと思わないの!?」
「じゃあ、こうする? 先にキャバクライベントを開いて、亜矢がそこで働くの。そうしたら、ホストクラブのイベントにもお金出してあげるよ?」
「そんなことしたら、あんた絶対に客として来るでしょうが!」
「当然でしょ?」
「く……っ。カネで人の心を買うようなマネして……最低よ、あんた!」
「亜矢がホストクラブをあきらめればいいだけだよ?」
「そ、それは……!」
言葉に詰まる亜矢。
そこへ、卍が口をはさんだ。
「おまえら、いいかげんにしろ。いくら余裕があるからって、いつまでも不毛な会話してんじゃねぇよ」
実際彼の言うとおりなので、亜矢と明日羽のゴミみたいな会話はそこで打ち切られた。
「……で、会議はどうなった? 雛祭りを盛り上げる名案は出たのか?」
教室の扉をスパーンと開けて、としおが帰ってきた。
おおっ、と一同がざわめく。まさか出オチの自爆ネタを披露しておきながら、生きて再登場するとは。字数に余裕があると、こんな奇蹟も有り得るのだ!
「爆竹で盛大に盛り上げることになったよ〜♪」
ポテチをかじりながら、鈴葉が笑顔で応えた。
「爆竹とな!?」
理解できない言葉を耳にしたかのように驚くとしお。
だが、最初から最後まで会議に参加していたとしても、雛祭りを爆竹で祝うというのは理解が難しいかもしれない。
「あと、孤児院で超巨大合体ロボ・オヒナサマーンの演劇をやります」
決定事項のように、陸が断言した。
「オヒナサマーン!?」
驚愕するとしお。
「その際、カップルは両手両足をしばりつけてバトルロワイヤルします」と、美咲。
「四肢を縛ってバトロワ!?」
目を丸くするとしお。
「あのぉ……双六も忘れてはいけませんよぉ……」
「バトロワで双六!?」
「BGMはお経なのですよーぅ」
「お経!?」
「それをぜーんぶひっくるめてホストクラブにブッ込んだら、おもろいんちゃうか?」
「ホストクラブ!?」
謎が謎を呼び、としおの脳内ではカオス極まるホストクラブの光景が思い浮かべられるのであった。
なお、このホストクラブイベントが開催されるか否かは未定。
キャバクライベントのほうは、実行委員(明日羽)が前向きに検討しているので、いずれ開催されるだろう。
最終的に、本日の会議で得られた結論はただひとつ。
雛祭りは、派手に盛り上げるタイプのイベントではない!
以上!
ちなみに、川の水はメチャクチャ冷たかったぞ!