イベント前日の夜。スリーピー(
jb6449)は、集めたチョコを大鍋で溶かしていた。
薄暗いキッチンの中。彼は上半身裸で友達汁をまきちらしている。
「ぐぅぅ……いた……あつ……あま……」
などと不気味な声をあげながら、スリーピーは自らの背中を斧で切り裂いていた。
ざっくりと割れた皮膚から鮮血が流れ出し、鍋の中へボタボタ落ちる。
漂う血臭。床に広がる血溜まり。真っ赤に塗れた斧の刃が、ぬらりと光る。
まるでスプラッター映画のオープニングのような光景だ。
スリーピーが作っているのは、友達汁入りチョコ。これで客を引き寄せようという作戦だ。なぜ血液まで混ぜているのかは、彼以外だれにもわからない。単なるマゾなのかも。
「おいしくおいしくな〜れ♪」
背中から血を流しつつ、おたまで鍋をかきまぜるスリーピー。まさか焼きそばパンひとつのために取った行動でこんなキャラになってしまうとは、彼自身も予想しなかったに違いない。はたして、友達汁作戦はうまくいくのか──
そんな暗黒の儀式が行われているころ。
女子寮のキッチンでは、礼野智美(
ja3600)と美森あやか(
jb1451)がチョコレートを加工していた。
「本当にありがとう、智ちゃん。ひとりで参加は、お兄ちゃんに止められちゃってたから。助かったよ」
と言いながら、あやかは要領よく柿の種をチョコでコーティングしていく。
梅味と山葵味の、柿の種だ。キワモノに見えるが、案外チョコと相性が良い。
「まぁ、主催者と少し縁があってね。こういうチャリティイベントなら、手伝いたいし」
智美は、チョココーティングした炒り豆を袋に詰めてラッピングしていた。
調理の腕はあやかのほうが上のため、今日は手伝いに徹している。
「でも、ちゃんと売れるかなぁ……」
不安げに、あやかが言った。
「え? 売れるに決まってるよ。こんなにおいしいんだし」
「あ、智ちゃん。つまみぐいしてる……」
「だって、おいしいんだもん」
チョコボールみたいなのをポリポリ食べる智美。
その姿を横目に見ながら、あやかはクスッと笑って菓子作りを続けるのだった。
当日の朝。惰眠を貪る稲野辺鳴(
jb7725)の部屋に、不審者が侵入した。
男の名は、吾妹蛍千(
jb6597)。ときどき性別を間違えられる程度の、チビッ子中学生だ。
彼の手には、ぎらりと光る仕込み刀。
それを逆手に握ると、蛍千は鳴の心臓めがけて突き下ろした。
「アバーッ!」
飛び散る血しぶき。
跳ね起きる鳴。
「蛍、てめえ! 殺す気か!?」
「そんな怒らないでよ〜。フツーに起こしただけじゃん?」
「寝てる人間の心臓を刀でブッ刺すのがフツーか!?」
「大丈夫、大丈夫。ボクたち撃退士だし」
「よし、わかった。てめえの脳天にも兜割りブチこんでやる。撃退士だから平気だよな?」
「やだよぉ。せっかく小一時間かけて、髪型セットしてきたのに」
「ざっけんなコラー! ……よし、選ばせてやる。おとなしく兜割りの刑に処されるか、今日一日チョコ売るのを手伝うか」
「しょうがないなぁ。じゃあ手伝うよ。不本意だけど」
「他人にカタナ突き刺した人間のセリフじゃねぇぞ、おい」
ともあれ、無駄にバイオレンスな展開で蛍千は鳴の店を手伝うことに。
簡易屋台を借りた二人は、公園で販売をはじめた。
鳴は何故か般若の面をかぶって、チョコのスイーツを製作。某人気店のレシピを的確に再現して、本格的な調理風景を演出する。ごつい男が般若の面をつけてチマチマと菓子作りする光景は、かなりシュールだ。
一方、蛍千は販売担当。
「なぜボクが、こんなことを……不本意だ……」
ぶつぶつ言いながらも、それなりに接客する蛍千。
しかし、一時間もしないうちに彼は不調を訴えだした。
チョコの匂いを嗅ぎすぎたせいで、頭痛と吐き気に襲われてしまったのだ。
「ああ、頭痛い……大福食べたい……」
好物の和菓子に救いをもとめる蛍千。
「ダメだ……ちょっと休憩して、新鮮な空気を吸ってくる」
蛍千は一方的に告げると、そのまま散歩に出ていった。
「ちょ、待て! 俺ひとりで調理と接客できるわけねぇだろ!」
「大丈夫、大丈夫。すぐ戻るよー」
鳴の制止も聞かず、リスの平明と一緒に公園を出て行く蛍千。
そして、平明のかわゆすさを利用して客寄せ開始。
「あっちの屋台で、おいしい洋菓子を販売しておりますー。よければどうぞー」
蛍千は宣伝するだけ宣伝すると、屋台には戻らず散歩に行ってしまった。
その後、ひとりで調理と販売をこなすハメになった鳴は、地獄のような忙しさに叩きこまれたという。
「聞いたよ。売り上げを孤児に寄付するんだって? いい話だ。ぜひ協力させてほしいな」
と卍に話しかけたのは、龍崎海(
ja0565)
ふだんロクな噂を聞かない卍が人助けとは……と、すこし感動している。
「まぁぶっちゃけ、内申点稼ぎなんだけどな」
「な……っ!? そんなことのために、みんなを利用したのか!? 俺の感動を返せ!」
バキッ!
海の鉄拳がうなり、卍は頬をおさえて倒れた。
「なにしやがんだ、おい!」
「自業自得だ! ……が、寄付という行為自体は悪くない。協力はさせてもらう」
「おう、よろしくたのむ。俺の内申点のために」
バコッ!
そうして海は、購買の片隅にスペースを借りて店を出した。
狙いは、バレンタインでチョコをもらえなかった男子学生。売り上げは寄付金にまわすと宣伝すれば、購入しやすいだろうという作戦だ。さらに、お買い上げ100久遠ごとにクジをわたして、売れにくそうなチョコをクジ引きで捌くという戦略。おまけにチョコを加工した女子生徒の顔写真付きで、売り上げは上々だ。
ただ、100久遠ごとにクジ一枚というのはサービスしすぎだったかもしれない。商品はラクラク売り切ったが、もうすこしぼったくっても良かった。
「さて、はじめましょうか」
孤児への寄付のためならばと、樒和紗(
jb6970)は張り切っていた。
ラッピングしたチョコをバスケットに詰めて、訪ねた先は学園の男子寮。
売りつけるのは、『手渡しシチュエーション付きチョコ』
妹系、高飛車お嬢様、純朴な幼馴染、おてんば同級生、ツンデレ、ヤンデレ等々、好みのタイプを演じてチョコを渡すという、一種のイメージプレイである。1個5000久遠。
「じゃあヤンデレ幼馴染みで……」
客のリクエストが入った。
和紗はスッとうつむき、『魔笑』しながらチョコを渡す。
「誠君……チョコ、食べてね……?」
その手には、出刃包丁が握られているのであった。
マゾい客は大喜びである。
さて、次の客。
「Sのお嬢様を、キス付きで……」
「了解ですわ」
和紗はバサッと髪を掻き上げると、『髪芝居』を発動した。
異様に長く伸びた髪が、男を束縛する。
「ふふ……さぁ、お食べなさい」
和紗はチョコにキスすると、それを男の口にねじこんだ。
「うぐ……ッ!?」
「ちゃんとキス付きですわよねぇ? では追加料金込みで10000久遠、いただきますわね」
出刃包丁の峰で男の頬を撫でつつ、男の財布から久遠を抜き取っていく和紗。
この販売形式は大成功をおさめ、和紗は寄付に大きく貢献した。
孤児のためのチャリティイベントなんて素敵だと思い、橋井隆子(
jb8399)は真剣に寄付金を稼ごうとしていた。
彼女が考えた作戦は、自ら孤児を演じてストレートに寄付金をいただくというもの。チョコは、あくまで寄付に対する謝礼という形だ。
そんな隆子が選んだ場所は、一般人が行き交う路上。
無自覚に露出多めの服装で、彼女は涙ながらに訴える。
「私たち家族は天魔に襲われた……もう、お父さんとお母さんはどこにもいない……私は、この世界でひとりぼっち……。これからどうすればいいのかな……」
迫真の演技だ。
あつまってきた聴衆の前で、隆子は涙をこらえつつも懸命に天魔の脅威を訴え、孤児の境遇を説明した。
そして、最後にしめくくる。
「でも大丈夫……私は信じてる、人の愛を。……みんなの愛が少しずつ集まって、私たち孤児を支えてくれるんです!」
拍手が湧き、同情した人たちが寄付金箱に金を入れていった。
その一人一人に、隆子は「ありがとうございます……!」と手をにぎってチョコを渡す。素敵な笑顔は多くの男性と一部の女性にロマンスのはじまりを期待させるほどだが、もちろん演技なので何も始まりはしない。
こうして詐欺まがいの商売で荒稼ぎした隆子は、場所を変えて再び同じことを繰り返すのだった。
そのころ。最上憐(
jb1522)は、おなかをおさえながら校内を歩いていた。
『解毒』の代償に大量のカロリーを消費した彼女は、いま猛烈に腹が減っている。顔はやつれ、足はよろけて、いまにも倒れそうだ。
「……ん。おねがい。チョコ。買って。ほしい」
通りすがりの生徒をつかまえて、憐は訴えた。
が、そっけなく断られてしまう。
「……ん。チョコを。売らないと。この男に。折檻される。助けて。へるぷ。みー」
どこかの戦場カメラマンみたいに淡々と言いながら、憐は一枚の写真を見せた。
そこには、いかにも極悪非道なメタラーが写っている。卍を言いくるめてコスプレさせたのだ。
「これはひどい……。わかった。一個買うよ」
「……ん。毎度あり。あと。なにか。食べものが。ほしい」
最近(数十分)なにも食べてない憐は、リアルに空腹だった。
「じゃあ、いま買ったチョコを……」
「……ん。これは。なかなかの。一品」
冷静に見ると、チョコを食べて金をもらうという、とんでもないサイクルになっているのだが……。
ここは、学園内某所。
下妻笹緒(
ja0544)は、魅惑のパンダショーを実施していた。
本来であれば、東京ドームを満員にすることもできるビッグイベント。それがパンダショー!
だが、日程的にも予算的にもドーム級の会場を借りるのは難しかったため、学園の端っこでショー開催。どこからか持ってきたテントの中で、笹緒はチョコをむしゃむしゃ食べている。テントの外には、小さな箱がひとつ。『拝観料100久遠』と書かれている。
そう、これはたったの100久遠でラブリーなパンダちゃんを覗くことができるという、今世紀最大のショーなのだ!
まさに斬新! 奇想天外! ほかの参加者が飽くまでチョコを売ることに苦心したのに対して、笹緒は自らの商品価値をそのまま現金化することを思いついたのだ! しかもこの商売形態なら、チョコに魅力を感じない層にもアピールできる! なんというアイデア! 自分がチョコ食べたかっただけちゃうんかとツッコミ入れたくなるところだが、これはパンダのカワユスさがあってのこと。だれにでもできる芸当ではない。笹緒だけが実行可能な、唯一無二の奇策なのだ!
これを『一石二鳥』と言う!
でも100久遠は安すぎた!
売り上げはイマイチだ!
おなじく見世物系のエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は、人の行き交う駅前広場でマジックショーを開催していた。
黒いタキシード姿で、手にはステッキ。
『おひねりは戦災孤児に寄付します』と書かれた看板の横で、自慢の奇術を披露している。
文字どおり魔法のように、エイルズの手から出たり消えたりするチョコレート。
簡単なパームとディレクションの技術だが、知らない者の目には奇蹟としか映らない。マジックとジャグリングのコンビネーションから見せつけられる大道芸は、確実に金を取れるレベルだ。子供はもちろん、大人も足を止めざるを得ない。チョコはオマケのようなものだ。
大ネタを披露して、子供たちにチョコを手渡すエイルズ。
路面に置かれたシルクハットに、小銭や紙幣が投げ込まれる。
「ありがとうございます。ですが、お気持ちばかりで結構です。このチョコは、バレンタインに誰にも食べてもらえなかった、かわいそうな子たちなんです。天魔との戦災で親をなくした子供たちに、どうか少しだけでも余裕を分けてあげてください」
深々と頭を下げるエイルズ。
その拍子に、ストンと頭が落ちた。
観客たちが悲鳴を上げる。
「失礼しました。最近、首の座りが悪いもので」
なにごともなかったように、エイルズは首を元の位置に戻した。
これは彼の得意なネタ。
おひねりは増える一方だ。
それぞれ工夫してチョコを売る中。鳳静矢(
ja3856)と鳳蒼姫(
ja3762)は、商店街に来ていた。
静矢は柴犬の、蒼姫はペンギンの着ぐるみを装備している。
ラッコの次は犬ですかと言いたくなるが、ともあれ二人が姿を見せたとたん、子供たちが一斉に集まってきた。
『ワガハイは犬である、名前はシーズー犬』
しゃべれないので、ホワイトボードに文字を書いて意思の疎通をはかる静矢。
CDラジカセからは、BGMが流れている。ノリの良いダンスミュージックだ。
『お菓子を買ってくれたら、もれなくワガハイの背中に乗って良いのである』
静矢が書いている間に、蒼姫がテーブルにお菓子を並べた。
チョコカスタードクリームのタルトと、チョコバナナパイの二つだ。どちらも、ペンギンのイラストが入った袋でラッピングされている。
「ねぇ、ママー! あれ買ってー!」
いっせいに騒ぎだす子供たち。
しかし、保護者たちは何か胡散臭いものを見るような目をしている。
そこへ、蒼姫が説明した。
「アキたちは撃退士なのですよぅ。天魔に家族を奪われた子供たちのために、募金活動をしているのですぅ」
そういうことならと、お菓子を買ってゆく母親たち。いまの世の中では、いつ自分たちが天魔に襲われるかもわからない。被災孤児は、他人事ではないのだ。
「お買い上げ、ありがとうですよぅ」
ダンスやロボットダンスで、子供たちにアピールする蒼姫。
使用回数が切れたあとは、舞踊光纏までフル放出。
その間も、静矢は子供たちを背中に乗せて走りまわっている。
とてもなごやかな空気だ。
そんな中。子供たちの間から、サングラスをかけたスーツ姿の女が現れた。
「そのお菓子を買えば、そこの犬を好きにしていいの?」
「「…………!?」」
おもわず顔を見合わせる、鳳夫妻。
ああ、チョコを売りに来ただけなのに、まさかあんな目に遭うとは……!
「あま〜いチョコレートドリンクはいかがですか? いろんなトッピングが選べますよ☆」
木嶋藍(
jb8679)は、リアカーを引きながら路上販売に勤しんでいた。
商品は、1杯300久遠のチョコレートドリンク。
ものはシンプルでも、気持ちを込めれば売れるはず!
トッピングは100久遠。ラインナップは以下のとおり。
・滋養強壮(生にんにく)
・脂肪燃焼(唐辛子)
・冷え性改善(生姜)
・日本(納豆)
・インド(カレー)
・炎(キムチ)
・悪魔(デスソース)
・紳士(ウイスキー)
・淑女(ラム)
・メキシカン(テキーラ)
ただし括弧内の表記はメニューに書かれていないため、あちこちで惨劇が発生している。
とくに、好奇心に駆られて『悪魔』を買った客が悲惨だ。
ほかのも大概だが、アルコール類は比較的好評で、店の周りは段々と酔っ払いであふれていく。
その隣では、スリーピーが友達汁チョコを売っていた。
しかし残念ながら、アウルはそんなに長時間もつものではない。
というわけで、彼の売っているものは単に生き血が混じっただけのチョコ。
……結果は、お察しください。
さて、こちらは久遠ヶ原学園正面ゲート。
大通りを行き交う学生や一般人たちの前で、江戸川騎士(
jb5439)とチョッパー卍はギターを演奏していた。両者とも、ギター、ヴォーカルともにプロ級である。人目を引くには十分だ。
曲はもちろんハードロック。ベースとドラムは打ち込みだが、迫力は満点だ。
ある程度観客が集まったところで、演奏を止めて騎士が言う。
「今日は学園でチョコレートの即売会をやってるんですよ。おひとつどうですか?」
タダ飯をゲットするときのような営業スマイルを浮かべての、完璧な接客である。
騎士が扱う商品は、CD型チョコレート。
もちろん、売上金は寄付されることをPRするのも忘れない。
おかげで、売れ行きは悪くなかった。演奏に対するおひねり的な感覚で代金を払う客が多い。ただどちらかというと、『演奏聴いちゃったし、すこしぐらい寄付しないとなぁ』という感じの客が大半だ。観客の良心と罪悪感に訴える、効果的な手法と言えよう。
「なかなかエゲツないやりかたじゃねぇか」
卍がニヤリと笑った。
「まぁ、そのへんは悪魔だしな。今日の俺様は、守銭奴と呼んでくれ。……さぁ、がんばって100枚は売ろうぜ」
騎士も不敵に微笑み返し、彼らは再びギターを手に取るのだった。
正面ゲートから学園校舎へ向かう道に、ずらりと屋台が並んでいた。
その数、50軒以上。お祭り大好きな学生たちが、こんなイベントに飛び入りしないはずがない。
「これだけ屋台が並んでたら、お祭り気分でお客さんも寄りやすいかもね」
と言いながら接客しているのは、智美。
その後ろでは、あやかが必死になってミニチョコパフェをデコレーションしていた。
一口大のチョコプリンに果物を添えて、ホイップクリームをあしらったものだ。
「はい、できたよ。智ちゃん」
パフェを手渡すと、あやかは次の注文に取りかかった。
レモンの果汁と皮を入れて焼き上げたチョコチップケーキを、テーブルに置く。これは昨晩用意したものだ。ここに、オレンジピールやレモンピール、パイナップルやマンゴーなどのドライフルーツを盛りつけて、チョコソースをトッピング。あっというまに、本格的なケーキが完成だ。
「できたよ、智ちゃん」
「あやか、それもう一個オーダー入ったよ」
「ふええ……」
まさに休むヒマもない盛況ぶりだった。
ふたりの働きが寄付金に大きく貢献したことは、言うまでもない。
「がんばって協力しませんと……」
お人好しの城前陸(
jb8739)は、孤児のための寄付金集めと聞いて、いてもたってもいられず参加していた。料理の腕試しも兼ねての、一石二鳥プランだ。
林立する屋台の中、陸の店は少々変わっている。
というのも、客の目の前でチョコレート細工を作っているのだ。
しかも、モチーフは鶴や亀などの縁起物。欧米出身の陸は日本のことをよく知らず、事前にネットで日本の縁起物を調べて、このような結果となってしまったのだ。
そこへ、見かねた亜矢が声をかけてきた。
「ちょっと、あんた。こんな年寄りくさい鶴とか亀とか、売れるわけないでしょ」
「そ、そうなんですか……?」
「動物にしたって、もっとかわいいのがあるでしょ。猫とか兎とか、トガリネズミとか」
「あ、なるほど……」
うなずいて、ササッと兎型のチョコ細工を作る陸。
それを見ていた女子生徒が、「かわいい〜。これください♪」と即座に買っていく。
「ほら見なさい」
なぜか得意げな亜矢。
しかし、陸は聞いてなかった。チョコ細工に真剣になりすぎて、だれの声も聞こえないトランス状態に入ってしまったのだ。おかげで亜矢は売り子役をやらされることになり、陸は延々とチョコ細工を作りつづけたという。
「さあ、恋音。今日も張り切っていきましょう! チョコをガンガン売りまくりますよ!」
立ち並ぶ屋台の中。袋井雅人(
jb1469)は気勢を上げた。
あえて『目立つ場所に店舗を設置』した雅人と月乃宮恋音(
jb1221)は、往来の真ん中に屋台を立てている。
これは目立つ! しかも雅人が用意したのは、一口サイズのおっぱいチョコレート。……だけなら良いが、ディスプレイ用に作ってきたのは、恋音のおっぱいから型を取った実寸大のおっぱい看板! そしてチャイナドレスで女装した雅人に、死角はない!
一方、恋音は猫耳帽子と猫のしっぽで、黒猫に扮している。
手作りチョコは、猫、犬、兎、牛などの動物を模したもの。これを『トワイライト』や『胡蝶』などでライトアップして目立たせている。ターゲットは動物好きの子供なのだが、いかんせん恋音のコスプレと雅人のおっぱいチョコのせいで、大きいお友達の客が多い。
「はぁはぁ……この、牛さんのチョコをください……」
怪しい客が注文を告げた。
「えとぉ……牛さんのチョコですにゃねぇ……? 少々おまちをですにゃぁ……」
この手の仕事に慣れている恋音は、行動に無駄がない。
雅人も手慣れたもので、ギターを掻き鳴らしながら呼び込みしている。
「おっぱいチョコ! おっぱいチョコはいかがですかぁー! 甘くて柔らかくて最高ですよー!」
客足は途切れることがない。売り上げはかなりの額になりそうだ。
「お兄さん、手作りチョコいかがァ?」
シグネ=リンドベリ(
jb8023)も、猫耳と猫しっぽでコスプレしながらチョコを売っていた。
店は構えず、路上での手売りだ。来る客を待つのではなく、狙いをさだめた客を落としていく攻めのスタイル!
デコペンで顔を描いた猫チョコは見るからに可愛らしく、透明セロファンの袋で綺麗にラッピングされている。価格は500久遠。ワンコインだとお釣りもラクだという、合理的な作戦だ。いたってマトモな商売である。
本当なら、撃退酒ボンボンを作ってまきちらし、学園をパニックに陥れようかとも考えていたのだが、友人にたしなめられて仕方なく今日のような参加になったのだ。せっかく、卍の内申点を地の底に叩き落とすチャンスだったというのに。
だが、大丈夫だ。その作戦は、憐がみごとに成し遂げてくれた。
あと、そういう面白いことは躊躇なく実行してください。自重するなんてもったいない!
まぁともあれ、チョコはそこそこ売れた。
にぎわう屋台通りの片隅に、『大人気! 疑似体験チョコ♪』という看板が出ていた。
横に立っているのは、緋流美咲(
jb8394)
看板には色々と書かれているが、要約すれば『客の望むシチュエーションでチョコをあげる』というもの。選べる『彼女』のタイプは以下のとおり。
・ふんわり
・活発
・ツンデレ
・お色気(値段30%割増)
・等々
……こ、この商売、どこかで見たぞ!
ていうか、和紗と完全に一致!
ともあれ、客がやってきた。
なぜか女性だが、まぁそういう客もいる。一部で有名な、明日羽という生徒だ。
「お色気っていうの、やってみて?」
「うふ……こんな感じかしら……?」
体をくねらせて、髪を掻き上げる美咲。
顔が赤くなっているのは、照れ屋だからだ。
「もっとできない? 料金二倍出すよ?」
「え……? もう、いけない子ねぇ……」
おもいきって、ブラウスのボタンをひとつ外す美咲。
もう、だいぶ恥ずかしい。これ以上エスカレートする前にと、美咲は友達汁を発動してチョコをつまんだ。
「はい、あーんしてね?」
言われるまま、明日羽は口を開けた。
そこへ、美咲がチョコを近付ける。
そのまま、とくに事故が起きることもなく、明日羽は去っていった。
なぜかそのあと、美咲のもとには女性客が多く訪れたという。
にぎやかな屋台通りから少し離れたところで、江見兎和子(
jb0123)は獲物をさがしていた。
真冬だというのに露出過多のセクシードレスに身をつつみ、目をつけた男性客をちょいちょいと手招きする兎和子。
「今日は、お店がいっぱい出てますわ。どういったお店をご所望ですの……?」
などと言いながら、兎和子は無駄に客の肩や腰に触れる。
「いや、あの、その」
しどろもどろになる客。
「チョコレートをお求めですか? でしたら、アルコール入りがおすすめですわ」
ふふっ、と微笑みつつ、胸元から一口サイズのボンボンを取り出す兎和子。
男の視線は、谷間に釘付けだ。
「あら……こうしたほうがよろしいかしら?」
兎和子は包み紙を解くと、チョコを胸の上に置いた。
「ここから直接食べていいんですのよ? お代は、お客様のお気持ち次第で……。それとも、もうすこし刺激的なことがお好き? でしたら、場所を替えましょうか? こちらへどうぞ……」
「あ、ああ……」
誘われるまま、ふらふらと物陰に入っていく男性客。
──十数分後、もどってきた男は茫然自失状態だった。
見送る兎和子の手には、お札が数枚。
「ありがとうございました。寄付金としておあずかりしますわね」
ペロッと唇を舐める兎和子。
物陰で何があったのか、知る者はいない。
──こうして即売会は滞りなく進み、空も暗くなってきた。
屋台通りでは商品が完売して店を閉める者が出始め、学園外へ出張していた者たちも次々と帰ってくる。大量の売れ残りをかかえた者もいれば、札束をかぞえながら微笑む者も。悲喜こもごもだ。
そんな中。恋音と雅人は、鳳夫妻と協力して最後のイベントを開こうとしていた。
売れ残ったチョコを使って、有料で時間制の食べ放題をやろうというのである。
「これは名案だな。廃棄してしまうよりは、すこしでも寄付金の足しにしたほうがいい」
なぜか柴犬のままで、静矢は会場の設営を手伝っていた。
「そのとおりですねぃ。もうひと頑張りですよぅ☆」
蒼姫もペンギン着ぐるみのままである。
「うぅん……しかし、思ったより売れ残りが少ないようですねぇ……いえ、もちろん良いことなのですけれどぉ……」
集まってくるチョコレートの数を見ながら、恋音が心配げに言った。
「大丈夫です! なんとかなりますよ!」
力強く断言する雅人。
根拠は何もない。
もちろん、売れ残りが出なかったときに備えて最低限の準備はしてある。
Maha Kali Ma(
jb6317)は即売会には参加せず、食べ放題会場の特設厨房で調理を担当していた。
用意したのは、シンプルなチョコフォンデュ。マシュマロやフルーツを添えて、パンは大量にストックしてある。
これをメインとして、サイドメニューにチョコクッキー、チョコブラウニー、チョコクリームのフルーツサンドなど、充実の品揃えだ。
飲み物には、甘さをひかえた紅茶と珈琲。ミルクなども置いてある。
実際かなりの質と量だが、一日を終えて腹をすかせた撃退士たちの食欲を考えると、Maも安心はできない。
そこへ、智美とあやかがやってきた。
「すこしだけ売れ残ったんで、足しにしてください」と、智美。
「あら、ありがとうございます。食べ放題、そろそろ始まりますけれど、いかがです?」
「いえ、私たちは遠慮しておきます。……さて、帰ろうか。あやか」
「うん。帰りに何か食べようね」
「甘いもの以外ね」
そんな会話を交わしながら、智美とあやかは去っていった。
それと入れ替わりにやってきたのは、スリーピーと藍。
「少々売れ残りが多くなってしまったんだが……この場合は良かったのかな」
と言いながら、手作りチョコを渡すスリーピー。
忘れてはならないが、このチョコには彼の血が混ぜられている。
「私もだいぶ残ってしまいましたぁ……」
藍が出したのは、チョコではなく納豆やキムチ、カレーだった。
カ、カレーだと……?
いや、なんでもない。つづけよう。
「さぁ、みなさーん! 食べ放題開始ですよー!」
ギャアアアンとギターを掻き鳴らしながら、雅人がハンドスピーカーで吼えた。
と同時に、飢えた学生たちが殺到し、先を争ってチョコを奪っていく。
数台用意したチョコフォンデュ鍋のまわりは、あっというまに埋めつくされた。
「おぉ……予想以上の盛況ぶりですよぉ……」
考えがうまくハマって、喜ぶというよりホッとする恋音。
「さすが恋音! 愛してますよ!」と、雅人が言った。
「せ、先輩ぃ……スピーカーを切ってくださいぃ……」
「おっと、うっかりしてました! しかし、なにも恥じることはありません! 私の愛は永遠不変の真実ですから!」
「うぅぅ……」
「あの二人、いつもあの調子ねェ……」
あきれたように言いながら、シグネは優雅に紅茶など飲んでいた。
その前を突風のように駆け抜けて、特設厨房へ向かう人影がひとつ。
「……ん。カレーの。あるところに。私あり」
言うまでもなく、憐だった。
『擬態』と『隠走』で気配を消して厨房に忍び込んだ憐は、寸胴鍋からカレーを一気飲み。
「……ん。一杯だけ? もうないの?」
「一応、こちらにもう一杯ありますが……」
Maが差し出したカレーは、藍の余らせたものではなく、『必殺夕飯作戦』のためにMaが自ら作ったものだった。
「……ん。そのカレーは。いただいて。ゆく。食べ放題の。代金は。卍に。請求して」
憐は問答無用で寸胴鍋を奪い取ると、そのまま小脇にかかえて走り去った。
「あれは一体……。まぁ一品減ってしまいましたが、夕飯作戦決行ですわ」
Maは、大鍋で煮込んだ豚汁を定食に仕立てて宣伝した。
「がっつり食べたい皆様、こちらの定食はいかがですか? 温まりますよ」
おおっ、と歓声が上がった。
実際、チョコレートばかりの中での豚汁というのは、砂漠のオアシスだ。糖分ばかり摂取して塩分に飢えた学生たちが、ゾンビめいた動きで押し寄せてくる。もちろん、走るタイプのゾンビだ。
飛ぶようになくなっていく、豚汁定食。
あちこちから、「うま」「うま」という声が響く。今年の干支を連呼することに意味があるのだろうか。
「だし巻き卵と豚汁には、ホワイトチョコを使うとコクが出ておいしいんですよ♪」
得意顔で眼鏡をクイッとさせるMa。
まさか、チョコイベントで豚汁が出てくるとは……。
そんなこんなで食べ放題イベントも大盛況のうちに終わり、最終的には200万久遠ほどが集まった。
ちなみに、一番稼いだのは兎和子。
なんにせよ集められた現金はすべて被災孤児のための寄付金となったのであった。