「わざわざ集まってもらって……本当にすみません」
広い温室の中。4人を前に、百合華は何度も頭を下げた。
「そんなペコペコする必要ないわよォ……。コレ、依頼なんだからァ……」
黒百合(
ja0422)が、ニヤリと笑う。
「で、ですけど……」
むやみに怯える百合華。
黒百合のことを、本能的に恐れているのだ。羊と狼のようなものである。
「大船に乗ったつもりでいてください! 私以外の3人が、きっと解決してくれます!」
袋井雅人(
jb1469)が、バシッと胸を叩いた。
こういう依頼でこそ、彼には撃退酒が必要かもしれない。
「……正直、自信はないのですけどぉ……百合華先輩のためです……全力をつくしますよぉ……」
月乃宮恋音(
jb1221)は、いつにも増して真剣な表情だった。
百合華と明日羽の関係は、比較的知っている。このままにはしておけない。
「それにしても、これはひどいな……許しがたい」
静かに怒りを表すのは、日下部司(
jb5638)
その視線が見据える花畑は、無惨としか言いようのない惨状を呈していた。
「……しかし、足跡を調べようにも無駄だな、これは」
司は、溜め息まじりに肩を落とした。
雅人が同意する。
「たしかに……人間が荒らしたものではありませんね。動物か何かの足跡ですよ、これは」
「でも、ここ以外に足跡はない……つまり動物をつれてきたわけではない……」
「あ、見てください。あそこに、ひとつだけ靴跡があります」
雅人の指差す先には、くっきりと靴跡が残されていた。
「あれは百合華さんのですか?」と、雅人が訊ねる。
「あ……え……? ち、ちがいます」
「ということは、犯人のものである可能性が高いですね?」
「そう……かも……」
「これは有力な手がかりですよ! さっそく型を取って……」
「もうやってる」
司は速乾性の石膏を水に溶くと、木枠で囲った足跡へ流し込んだ。
これで小一時間も待てば、型が取れる。
「あのぉ……ずばりお訊きしますけどぉ……百合華先輩は、どなたが犯人だと思いますかぁ……?」
恋音が直球で質問した。
「そ、それは……」
口ごもったきり、百合華は黙りこんでしまう。
恋音が更に問いかけた。
「状況から考えますとぉ……プレゼント勝負のことを知っていた方が怪しいのですよぉ……」
「そう、ですね……」
百合華は歯切れ悪く応じる。
そこへ、黒百合が詰め寄った。
「デージーをプレゼントするって話ィ……知ってたのは誰と誰なのォ?」
「えと……歌川先輩だけです……」
「それって、例の上級生かしらァ……? でも、その人が誰かにしゃべった可能性はあるわよねェ?」
「あ、はい……」
それを聞いて、恋音が独り言のように言う。
「うぅん……やはり怪しいのは、歌川先輩ですねぇ……」
「決めつけるのは危険だよ。歌川さんが怪しいのは同意だけど、第三者の犯行も考えられる」
司が慎重な意見を述べた。
「ええ……ですので、歌川先輩を慕う方の暴走という線も考えてますぅ……」
と、恋音。
基本的に、彼女も慎重だ。この段階で決め打ちはしない。
「百合華ちゃんから見て、歌川さんはどういう人なの?」
様子をうかがうように、司が訊ねた。
「やさしくて、たよりになる、いい先輩です……ときどき変ですけど……」
「直球で訊くけど、他人の育てた花を平気で踏み荒らしたりする?」
「しない……と思います……」
百合華の答えに、全員の視線が集まった。
我が意を得たりとばかりに、司は続ける。
「もともと、勝負は歌川さんのほうから持ちかけてきたんだよね? それを不戦勝にするような卑劣な人ではない……と解釈していいかな?」
「あ、はい……」
「とすると、やはり第三者の線が濃厚かな……」
腕組みして考えこむ司。
だが、いまの時点で真相に至るのは不可能だ。
実際のところ、この事件は単純なように見えて少々ややこしい。
さて、4人の迷探偵は真実を暴くことが出来るのか。
さて。百合華への聞き込みと現場の調査を済ませた探偵たちは、それぞれ行動を開始した。
すぐに判明したのは、石膏に写し取った足跡が、歌川の作業靴と一致したことだ。
が、いきなり真相にたどりついたと思うのは気が早い。作業靴は誰でも簡単に持ち出せる場所に置いてあったのだから。
しかし、状況は一歩すすんだ。この事実は、少なくとも『歌川が犯人』か『歌川に罪を着せようとする者がいる』かの、どちらかであることを意味している。
4人は再び集まり、たがいの推理を検討した。
「歌川さんはシロだろう。もし犯人なら、こんな堂々と証拠を残したりしない」
司が歌川を擁護した。
「いえ……そういう理屈をもって、自分を白に見せるという手もありますよぉ……」
恋音は歌川への疑いを解かなかった。
「私も歌川ちゃんは灰色のままねェ……。それも、かなり濃い灰色よォ?」
黒百合の姿勢も厳しい。
「足跡は一つだけでしたし、歌川さんは証拠を残したことに気付いてない可能性もありますね。それから、聞いたところ歌川さんはテイマーです。あの動物の足跡みたいなのは、召喚獣のものでは?」
妥当な意見を出したのは、雅人だ。
それを後押しするように、恋音が言う。
「なにより……歌川先輩の取り巻きのかたが、先輩に罪を着せるというのは……道理が通りませんよぉ……」
「それは確かに……」
司は反論できなかった。
しかし、百合華から聞いたイメージからすると、とても歌川が犯人とは思えない。司は、この直感を信じたかった。
「ちょっと待ってェ……? べつに、歌川ちゃんのお友達だけが犯人候補ってワケじゃないわよねェ?」
と、黒百合。
「そうだ! 歌川さんを陥れるために花畑を荒らした人がいる! ……かもしれないよね!」
司は、徹底して歌川擁護派だ。
「おぉ……その可能性はありますねぇ……。では、歌川先輩の取り巻きではなく……歌川先輩を嫌っているかたを調べましょうかぁ……」
恋音の提案に、3人はうなずいた。
捜査再開。
ほかの3人が手分けして聞き込み調査を進める中。黒百合は、正面から歌川蓮に接触した。
植物園の中でも、いちばん派手なコーナーだ。温室を利用した季節外れの花が、競いあうように咲いている。
「ごきげんよォ……。ちょっと時間もらってもいいかしらァ……?」
「なんですの、あなた」
「歌川ちゃんって、園芸サークルの代表なんでしょォ……? ていうことは、ガーデニングの腕は良いはずよねェ?」
「当然ですわ。それがどうかしましたの?」
「べつにィ……? ただ、そんな人が園芸歴一年の初心者に勝負ふっかけるのは、大人げないと思わないィ?」
「わたくし、大人ではありませんもの」
「ひらきなおるつもりィ……?」
言いながら、黒百合は歌川に近付いた。
そして、歌川の髪にそっと触れる。
「あらァ、髪に何か付いてたわよォ?」
指先から、デージーの花弁が落ちた。黒百合が仕込んだ罠だ。
歌川が犯人なら、多少なりと動揺を見せるはず──
だが、黒百合の見たところ歌川の表情に変化はなかった。
「なんですの、その小細工。バレバレですわよ? もしかして、わたくしが犯人だとでも?」
「まァ容疑者の一人ではあるわよねェ……?」
「な……っ! まさか明日羽様が、わたくしを疑っておいでですの!?」
「明日羽『様』は無関係よォ……私が勝手に疑ってるだけェ……」
「無礼な子ですわね……。いいですわ! 出るところへ出て、わたくしの潔白を証明しましょう!」
翌日。
明日羽の招集で、関係者が教室にそろった。
その顔ぶれを見渡して、明日羽が問いかける。
「それで? 犯人は見つかった?」
YESと答えられる者はいなかった。4人の探偵たちは思いつくかぎりの調査や聞き込みをおこなったが、有力な手がかりは得られなかったのだ。ただひとつの物証は、花畑に残された足跡が歌川蓮の作業靴のものだったという点。だが、それだけで自白を強要するのは不可能だった。
「うぅ……犯人は見つかりませんでした……」
うつむきながら、百合華が答えた。
「じゃあ依頼は失敗、百合華はパーティー参加禁止ね?」
「そんなぁぁ……」
「最初に、そう言ったよね?」
「うぅぅ……」
「そんなことより、明日羽様! わたくしを疑っておいでなのですか?」
歌川が声を上げた。
「疑ってないけど、あなたが自白するなら犯人と認めてもいいよ?」
「わたくしは潔白ですわ!」
「そうなの? でも、あなたが『自白』すれば丸く収まるよ?」
「やってもいないことを自白するなど、できません!」
「事実は問題じゃないよね? あなたが罪をかぶれば、みんな幸せになれるんだよ?」
「そ、そんな……!」
絶句する歌川。
彼女が犯人ならば、迫真の演技だ。
「ひどい! これじゃ魔女裁判と同じだ! 無実の人に罪を着せて、事件を闇に葬ろうなんて……!」
司が大声で抗議した。
「罪もない子に濡れ衣着せていたぶるのは、たのしいでしょ?」
「あ……! いま『罪もない子』って言ったね? 歌川さんが犯人じゃないと断言できるのは、あなたが犯人だからでは?」
司が鋭く指摘すると、明日羽は一瞬だけ言葉に詰まった。
が、すぐに開きなおって言い返す。
「仮に私が犯人だとしても、証拠ないよね? あったとしても私は自白しないよ?」
「まさか本当に犯人……? だとしたら、罪を認めるんだ! 百合華ちゃんと歌川さんが可哀想だろ!」
「そう? かわいそうなのは、不当に疑われてる私のほうじゃない?」
「あ……いや、話の成り行き上そうなっただけで、本気で疑ってるわけでは……」
攻めあぐねて、司は言葉を失った。
真相が見えないまま明日羽を論破するのは、不可能だ。
「あの……もういいです。犯人さがし、あきらめます」
百合華が白旗を揚げた。
しかし明日羽は認めない。
「依頼人は私だよ? 百合華にそんな権利ないよね?」
「でも、先輩たちが疑われるなんて……」
「私が犯人かもしれないよ? まぁ私の推理だと、蓮ちゃんが犯人だけどね?」
「明日羽様! わたくしを信じてくれないんですの!?」
歌川はイスを蹴って立ち上がった。
「だって、今回の件で得をしたのは蓮ちゃんだけだよ?」
「わたくしは正々堂々と勝負したかったんですのよ!? なのに、勝負は不戦勝。おまけに明日羽様から犯人扱いだなんて……今回の件で一番被害を受けたのは、わたくしですわ!」
「そうやってムキになるのが怪しいよねぇ?」
「いわれのない汚名を着せられて、黙ってなどいられません!」
「どうせ、百合華に嫉妬してやったんでしょ? すなおに認めようよ。ね?」
「ひどい……わたくし、本当にやってませんわ! 信じてください!」
バンッ、と歌川の手が机を叩いた。
その手の甲に、涙が数滴落ちる。
「うぅ……ごめんなさいぃ……私がやりましたぁぁ……!」
突然の自白。
泣きながら犯行を認めたのは、百合華だった。
「「ええっ!?」」
司と雅人の声が響いた。
恋音は自分の耳をうたがうように、おそるおそる問いかける。
「あのぉ……百合華先輩が罪をかぶる必要は、ありませんよぉ……?」
「違います、本当に私がやったんです……。だって、歌川先輩と勝負したくなかったんですよぉ……! 勝てるわけないじゃないですかぁ……!」
「お……おぉ……そんな理由でしたかぁ……」
恋音は納得したが、腑に落ちない点があった。
「歌川さんに罪をかぶせようとしたのは、なぜですか?」
当然の疑問を、雅人が訊ねた。
「あれは私じゃありません! 私は式神で花畑を荒らしただけです!」
「召喚獣ではなく、式神でしたか……。ともかく、歌川さんの足跡を残した犯人が、別にいますね」
「考えればわかることだから言っちゃうけど、それやったの私だからね?」
明日羽が、さらりと犯行を認めた。
予想外の展開に、探偵たちは目を丸くさせる。
「あの花畑を見た瞬間、私には犯人がわかったよ? 蓮ちゃんはこんなことする子じゃないし、もちろん私はやってないわけだから、犯人は百合華しかいないでしょ? こんなことをして私や蓮ちゃんを敵に回すほど勇気のある人は園芸部にいないしね? そこで私は、蓮ちゃんに疑いが向くように細工したわけ」
得意げに語る明日羽。
全員の視線を浴びながら、彼女は続けた。
「自分のやったことで、尊敬する先輩が疑われるなんて、百合華には耐えがたい苦痛でしょ? でも勝負を放棄して自分で花畑を荒らしたなんてことが私に知られたら、おしおきされるに決まってるよね? だから言えなかったんでしょ? ついでに言うと、こうやって全部暴露された上で、もっとキツイおしおきを受けるのが望みだったんだよね? ちゃんとわかってるよ?」
「ぁうぅぅぅ……」
なにもかも見抜かれて、百合華は泣き崩れた。
結局は百合華の被虐趣味が要因だったわけだが、ともあれ真相は明かされた。
自白させたのは明日羽なので犯人さがしは失敗だが、まだ依頼は終わってない。明日羽を納得させるプレゼントという、ある意味犯人さがしより厳しいクエストが待っているのだ。
4人のコーディネーターたちは、『百合華自身をプレゼントする』という案を立てた。
黒百合の手で念入りに改造された百合華は、艶やかな和服に身をつつみ、店売りのデージーをアウルで加工した装飾品を頭に付けている。ほのかに漂うのは、百合の香り。勇気を出させるべく撃退酒まで飲ませており、仕込みは完璧だ。
「いいわよォ……どうぞォ……?」
黒百合が声をかけると、別室で待機していた明日羽が部屋に入ってきた。
百合華はホトトギスの花を胸にかかえて、明日羽に近寄る。
「あの……これの花言葉は……」
「永遠にあなたのもの? え? 百合華はもともと私のものだよね? それをいまさらプレゼント?」
「うぅぅ……」
こうなることが予想できていた百合華は、返す言葉もない。
そこへ黒百合が、煽るように言った。
「華と乙女は鮮度が命ィ……旬を逃せば、味を損なってしまうわよォ……? まァ、明日羽様が食べないなら、もったいないから私が食べちゃうけどねェ……♪」
「ん? そういう趣味なの? だったら大歓迎だよ? この子、あなたの好きなようにしてあげて?」
明日羽の返答に、百合華は顔を引きつらせた。
なんせ黒百合といえば、久遠ヶ原屈指の化け物。こんなのに弄ばれたら、生きて帰れるかどうか──
「や、やめてくださいぃ……なんでもしますからぁ……この人はムリですぅぅ……!」
泣きだす百合華。
それを見て、黒百合は舌なめずりした。
「他人の物を自分の色に染め上げるのってェ、すごく楽しみだわァ……♪」
「うんうん。好きなように染めてあげて? 壊しちゃってもいいからね?」
明日羽は上機嫌だった。
黒百合の狙いとは違う形になってしまったが、この行動ひとつで依頼人の評価が跳ね上がったのは間違いない。
──という次第で、百合華の犠牲によって依頼は達成されたのであった。