今日は肉の日。
パーティーの始まる一時間前。借り切った学食の厨房で、水無月沙羅(
ja0670)は料理の下ごしらえをしていた。
御料理姫の異名を持つ彼女は、こういうイベントでこそ実力を発揮する。
「今日は『○△□×』……と参りましょうか♪」
謎の符丁を口にしつつ、さまざまな部位の肉を処理する沙羅。
○は、マルシン(しんたま)
△は、三角バラ(トモサンカク)
□は、四角(ザブトン)
いずれも、牛肉の希少な部位だ。無論、等級はA5。
そして×は、東京Xと呼ばれるブランド豚。
文句のつけようもない品揃えだ。
「みごとな包丁さばきですね。その鶏は何になるのですか?」
沙羅の手元を覗きながら、麗司が問いかけた。
「参鶏湯(サムゲタン)です。漢方たっぷりの薬膳スープに仕立てて、胃腸の働きを整えるお料理にしようかと」
「医食同源ですね。すばらしい」
「いえ。すばらしいのは、この肉です」
「わかりますか。それはシャポン鶏。品質は折り紙つきですよ」
「そういう意味ではなく……。この肉ひとつ取っても、だれかが雛から育て、だれかが精肉にしたんです。流通や販売などの手間も考えれば、じつに多くの人の手と……なにより鶏の命をもって、私たちは今日の食事をいただけるのです。この事実に感謝したいですね」
「なるほど。しかし、どんなに素晴らしい肉であろうと、それを調理する者がいなければ無意味です。やはり、あなたは素晴らしい。今日の出会いを神に感謝しましょう!」
「そんな大袈裟な……」
「おおげさ? いえいえ、人と人との出会いは、偶然と奇蹟によって成されるもの。私は今日の邂逅を以下5000字略。
同刻。おなじ厨房で、月乃宮恋音(
jb1221)も腕をふるっていた。
なぜか牛の着ぐるみ姿なのは、外見の時点から肉に感謝してのことである。だんじて、おっぱいをアピールしたいわけではない。
「焼肉は、単純なようで奥深く……さまざまな料理に応用できる点が素晴らしいのですよぉ……」
今日の恋音は、鶏肉と牛肉の料理を中心にメニューを組み立てていた。料理にかけては百戦錬磨の恋音。流れるようにピザやキッシュの生地を作り、焼肉用のタレを調合し、カレーの具材を切りまくる!
「今日は一段と気合が入ってますね。というか、その山のような肉と野菜は一体……」
具材の山を見上げたのは、袋井雅人(
jb1469)
「……うぅん……これでも足りないのではないかと、心配なのですよぉ……。なにしろ今日は、あのかたがおいでなのでぇ……」
「ああ、あの子ですね」
合点が行ったというように、雅人は手をたたいた。
「では私も手伝いましょう。いつも恋音さんにまかせてばかりですが、これでも料理は得意なほうです」
包丁を手に取ると、雅人はマシンガンのような速度でニンジンを切りはじめた。
そう。相方のせいで目立たないが、彼も料理はうまいのだ! ときどき忘れそうになるけど、料理は上手なんだ!
「ああ……あたしの肉欲を満たすのはコレよォ……」
「ん……そんなに大きいの……?」
シグネ=リンドベリ(
jb8023)と瀬戸入亜(
jb8232)は、厨房の片隅で怪しげな行為に耽っていた。
「当然よォ。これぐらいのモノ用意しないと、たのしめないじゃなァい……?」
「私はいいけど、ほら……はじめての人もいるかもしれないし」
「だからこそよォ……。二度と元の世界に戻れないぐらい、頭がおかしくなるまで味わわせてあげるわァ……。ねェ、入亜はどれが好きなのォ……? あたしは、若いのをナマでイッちゃうのもいいけどォ……よく熟れたのをあたし好みに仕立て上げるのも大好きよォ……?」
「あ……っ。駄目だよ、シグネ。そんなにいじったら、こぼれちゃう……」
「あら、ほんとォ……。手がヌルヌルになっちゃったァ……」
そう言って、シグネは指についた液体を舐め取った。
「んぅ……おいしィ……」
「そんなの舐めないでよ……」
などという会話をかわしながら、ジンギスカンの下ごしらえをする二人。
シグネの手には、ビニール袋でタレ漬けにされたマトンの塊がある。
焼肉パーティーと聞いて駆けつけた彼女たちは、道民魂(エゾッコ・スピリッツ)を見せるため張り切っているのだ。
「んん? これは北海道の匂い……?」
鼻をくんくんさせながらゾンビみたいに現れたのは、カナリア=ココア(
jb7592)
彼女もまた、道民魂の持ち主だ。
おお、9人中3人が道民とは。このままいけば、久遠ヶ原をラベンダー畑で埋めつくすことも──いや、国政を牛耳って首都を網走にすることさえも夢ではない!
「もしかして、あなたも道民? ジンギスカン?」
おもわず、5・7・5で問いかける入亜。
「言うまでもなく、ジンギスカンです」
つられて、7・7で返してしまうカナリア。
会話の内容が微妙におかしいような気もするが、脳味噌の主成分がジンギスカンだから仕方ない。
ともあれ、ここにジンギス・トリオ結成!
道民魂見せたるわ!
「うーーん。たしかに、見た目は食欲をそそらないよねぇ……」
蛇や蛙の入った水槽を眺めながら、日下部司(
jb5638)はストレートな感想を述べた。
ここは、ゲテ肉コーナー。生きたままの食材は、とても元気だ。
「卍君には止められたのですが、ぜひ食べたいという声が多かったので取り寄せました。衛生管理された養殖ものなので、刺身でも食べられますよ」
麗司が得意げに説明した。
それを聞いた秋津仁斎(
jb4940)が、不満げな顔になる。
「なんじゃ。天然モンちゃうんか。ぎょうさんカネ持っとるんやろ? そんぐらい取り寄せんかい」
「天然物は、数をそろえるのが大変でして。なにしろ今日のゲストには、四次元胃袋をお持ちのかたがおいでなもので……」
「せやったら、しゃあないのう。……どれ、一丁ワシがさばいたるわ。包丁借りるで?」
外見と裏腹に、器用な手つきでウシガエルをさばく仁斎。
「ぼーっと見とらんで、手伝わんかい」
「これは失礼しました。では私は蛙の活き作りを……」
さりげなく、えげつない料理を作る麗司。
「俺は蛇をさばこうかな……」と、司。
ここのスペースだけ、あきらかに異様な空気が漂っている。
じきに準備が整い、食堂に料理が並べられた。
そこへ全速力で駆けつけたのは、最上憐(
jb1522)
「ゲェーッ! 最上憐!」
お約束のリアクションを返す卍。
「今日の参加者は御存知のはずですが……?」
麗司が訊ねた。
「これが様式美なんだよ。メタルの基本だろうが」
「なるほど、さすがメタル者ですね」
そんな二人をよそに、憐は猛然と生肉に向かって突撃する。
「……ん。いただきます。全力で。胃に。ご案内する。鮮度が。落ちる前に。一秒でも。早く。おいしいうちに。全力で。いただくのが。肉への感謝」
「まぁまぁ、少々おまちを」
麗司がヒョイッと憐を抱え上げた。
「個人的に、最上さん用の特等席を用意してあります。こちらへどうぞ」
そのままお姫様だっこで案内された席には、骨に刺さった巨大な肉。
漫画やゲームで見かけるような、いわゆる原始肉だ!
「……ん。これは。なかなかの。良い肉。肉には。カレー。……ん? カレー。あるよね? よね? 恋音の。カレーが。たくさん。用意しておいてね?」
「ご心配無用ですぅ……ちゃんと、作ってありますよぉ……」
言ったそばから、恋音がカレーを持ってきた。
よかったよかった。これで新年会のような悲劇は防げるだろう。
「では全員そろったので乾杯しましょう。ここは年長者の秋津さんに音頭をおねがいしたいのですが……」
麗司の打診に、仁斎は「おう。まかせんかい」と応じた。
そして、いきなりウイスキーのボトルを掲げる。
「今日は肉の日! 日ごろお世話になっとる肉に感謝する日じゃ! そこんとこさえ忘れなけりゃ、好きに食ってええ! そんなら、肉に感謝! 乾杯じゃあー!」
「「かんぱーい!」」
カシャーンとグラスを打ち合わせる音が響き、宴は始まった。
その直後、
「いま始まったところ?」
当然のような顔で、佐渡乃明日羽がやってきた。
女性陣の間に、軽い戦慄が走る。
「おまえは呼んでねぇぞ?」と、卍が言った。
「私が呼んだんです」
参鶏湯を胸の前に持ちながら、しずかに答えたのは沙羅。
「なんでまた、こんな変態を……?」
「セレブの明日羽さんなら、最高級肉のお味がわかるかと思いまして」
「うんうん。沙羅ちゃんは良い子だね?」
明日羽の手が、沙羅の頬に伸びた。
沙羅は一歩さがって応える。
「そういうのは結構です。私はただ、お料理を味わっていただきたいだけなので」
「ふぅん……? まぁ沙羅ちゃんの手料理が食べられるなら自粛しようかな? 今日はカワイイ子がいるみたいだし、ね……?」
唇を舐めながら、明日羽はカナリアに向かって微笑んだ。
一瞬ビクッとするカナリア。嗚呼、少女の運命やいかに。
「……それで、どうですか? お味のほうは」
沙羅が訊ねた。
明日羽はスープを一口すすって答える。
「よく出来てるよ。がんばったね?」
「よかったです。じゃあ、ほかのお料理も頑張りますね」
ほっとしたように言うと、沙羅は厨房へ戻っていった。
「これで大丈夫。今日は隙を見せません!」
乾杯直後、雅人は撃退酒を一気飲みしていた。参加者の顔ぶれを見て、カオス展開が予想できたためだ。ふだんから酔っぱらいみたいな言動の目立つ雅人は、酔っぱらうと逆にクソ真面目な委員長キャラになってしまう。これで場を収拾しようという策である。
キリッと顔を引きしめた雅人は、優等生っぽく眼鏡を輝かせて主張する。
「肉に感謝を捧げるのなら、野菜は大事です!」
その大声に、憐以外全員の視線が集まった。
コホンと咳払いして、雅人は続ける。
「これは栄養バランスのためだけではありません! 肉を食べ続けると、口の中が酸性になって味覚が麻痺してきます。そこでアルカリ性の野菜を食べて口の中を中和すれば、肉の味をずっと堪能できるのです。さあ皆さん、肉に感謝するためにも野菜を食べましょう!」
パチパチと、ジンギス班から拍手が湧いた。
「そのとおりよォ。ジンギスカンに野菜は欠かせないわよねェ。むしろ、野菜あってこそのジンギスカンよォ……?」と、シグネ。
「異議なし……です」
カナリアも、コクリとうなずく。
「理屈抜きに、野菜は必要だよね」
入亜も賛成した。
しかし、反対する者が約一名。
「野菜なんぞ無用じゃ! 今日は肉の日! 肉に感謝する日やろが! 野菜の出る幕ちゃうわ! 文句のあるヤツぁ、これを食うてみい!」
自前のBBQグリルを持参した仁斎は、豪快に肉を焼きはじめた。
用意したのは、大量の極厚ステーキ肉、ロースト用の丸鶏。骨付きスペアリブ等々。完全に、肉オンリーイベントだ。野菜などいらぬ。栄養バランスなど知ったことか。と言わんばかりに、上質の肉を焼きまくる。
「いいえ! 肉は大事ですが、それだけではダメなんです! 野菜もしっかり食べなくては!」
雅人は退かなかった。
「なに言うとんじゃ! 今日は全身全霊で肉を祝う日やろ! ワシの体の全細胞が、肉を歓迎するためにコンディション整えとんねやぞ! だいたい、なにが『中和』じゃ! 中和させるぐらいなら、最初から肉食うなや!」
「これは……理屈の通じないタイプですね……」
物理攻撃の通じない天魔を相手にしたときのように、雅人は顔をしかめた。
そこへ、カレー鍋をかかえた憐が一番乗りで惨状、もとい参上!
「……ん。これは。みごとな。焼肉。もちろん。焼肉には。カレー」
骨付きスペアリブを指の間に4本はさんで、カレーをかける憐。
そのまま、全部まとめて口の中へ。
「えらい食いかたしよるな、嬢ちゃん。せやけど、勘違いしたらあかん。これは焼肉ちゃう! BBQや! ええか、焼き肉とBBQ最大の違い……それは炭の使いかたや。真のピットマスターは炭の位置を巧みに操り、金網で肉を蒸し上げることすら可能なんや!」
熱く語る仁斎。彼のマインドに眠るアメリカンBBQピットマスタースピリッツが激しくバーニングして、テンションがヒートアップしているのだ。どこから見ても純粋な日本人なのに。
「ああ、星条旗が見えるかのようや……USAよ、永遠なれ……!」
「……ん。ごちそうさま。なかなかの。美味だった。また来るから。焼いておいて」
けぷっと言いながら、走り去る憐。
見れば、山のような肉は跡形もなく消え失せていた。
「Oh! ワッツハプン!? ワシの肉、どこ行ってもうたんや!?」
無論、すべて憐の胃袋の中である。
これを見て、仁斎は更に燃え上がった。
「HAHAHA! 面白ぅなってきたで! ワシの戦いはこれからじゃ!」
打ち切り漫画みたいな宣言をする仁斎。
彼のUSA魂は、とどまるところを知らない!
って、こんなアメリカ人がどこにおるんじゃ!
「いただきまーす」
司は、食材への感謝をこめて礼儀正しくおじぎした。
そして、自らの手で下準備した蛇肉や蛙肉を焼いていく。
ブツ切りにされた蛇はまだ動いており、鉄板の上でウネウネ動く姿は大変見た目がよろしくない。
「刺身でもいけるとか言ってたけど、やっぱり火を通さないと不安だよなぁ……」
トングで蛇肉を転がしながら、そんなことを呟く司。
「ここあたりのはしっかり焼いたので、食べたい人は取っていってね〜」
すっかり爬虫類と両生類の担当になってしまった司は、撃退酒を飲みながら蛇をかじり、蛙を貪っていた。いつになくワイルドな行動だ。
馬肉や鹿肉、熊肉といったところも順次焼いていきながら、司はどこか吹っ切れたように撃退酒を飲んだ。いまのところ顔色ひとつ変わってないが、このまま飲みつづければどうなるかわからない。
そこに憐が走ってくる。
「……ん。見慣れない。肉が。いい匂いを。これはやはり。カレーが合うに。ちがいない」
蛇や蛙にカレーをかけて飲みこむ憐。
さらに、馬、鹿、熊、猪、狐、狸、猿、鳩、烏、鰐、駝鳥、海豚、海豹……etc
途中からは、麗司に焼かせている。しかも、超レアだ。焼けるのを待ってられないのである。
「……ん。どれも。なかなか。でも。カレーが。なくなった。おかわり。もってきて。速攻で。迅速に。光の速さで」
「少々おまちを」
言われるまま、カレー鍋を取ってくる麗司。憐の食べっぷりをはじめて見たときから、麗司は彼女のファンなのだ。恋愛感情などではなく、珍獣を愛でる愛好家のような気持ちではあるが、ゆえに壊れることはない。
「……ん。次の。獲物を。ゲットしに行く。ついてきて」
「よろこんで」
颯爽と立ち去る、憐と麗司。
その背中を見送りながら、司はぽつりと呟いた。
「酔っぱらえば、俺もあれぐらいはじけられるかな……」
どこかヤケクソぎみに撃退酒をあおる司。
結果的に、彼はかなりはじけてしまうことになる。
「焼肉と言えばビール。発泡酒とかじゃなくてビールよね」
ジョッキを手にした入亜は、シグネ、カナリアとともにジンギスカン鍋を囲んでいた。
パーティー用の超大型鍋は、直径120cm。そこに大量の羊肉と野菜が乗せられて煙を噴き上げる光景は壮観だ。
「ジンギスカンの肝は、肉と野菜だね。タレと脂でいい具合になったモヤシや玉葱は、網焼きでは出せないジンギスカン特有の味わいだよね。生ラムもいいけど、少しクセのあるマトンをタレ漬けにしたのもいいよね、うん。……ていうか、たまにはお肉食べないと体に肉がつかないんだよね、私」
ひょろりとした体を見下ろしながら、淡々と言う入亜。
シグネがうなずく。
「もちろん生ラムを焼くのもおいしいけど、味付きのも格別よねェ。スパイスと野菜をふんだんに使った調味液に漬け込まれた羊肉は最高よォ。臭みも抑えられて、肉の深い味わいが楽しめるわァ……。それになんと言っても、この鍋! この独特のフォルムの鍋こそが、ジンギスカンの全てよねェ。この形だからこそ、野菜と一緒に焼いても肉が水っぽくならず、香ばしい焼き上がりになるのよォ。これこそ、肉のうまみを最大限に引き出す調理法じゃないかしらァ……? まさに人類の叡智を極めた究極の道具よォ……」
長々としゃべりながらも、シグネは肉を食べまくり、撃退酒を飲みまくっている。
「どれもおいしいけど、ラムは柔らかくて最高……オススメですよね」
ふだんマトモな食事をとらないカナリアだが、今日はやけに食欲をたぎらせていた。
しかし、血液パックを主食としている彼女が何故? まさか、これがジンギスカンの魔力なのか? あるいは、道民のDNAに刻み込まれた呪詛が、彼女を動かしているのか──?
「あらァ、カナリア……それ、あたしの育てたお肉よォ……?」
なんと。シグネが焼いた肉まで食べてしまうハンターが、そこにいた。
「ふっふっふ……、鍋の上は戦場。弱肉強食です♪」
「まさに悪魔ねェ……。でも、やられたらやりかえす主義なのォ……」
カナリアの育てたラムちゃんを奪い取るシグネ。
「ああっ!」
「うふ……他人の育てたお肉は、ひときわおいしいわァ……」
無駄に色っぽく笑うシグネは、そろそろ撃退酒が回ってきたようだ。飲み始めた時点で、導火線に点火したようなものである。
「その撃退酒とかいうのは……お酒なんですか?」
カナリアが問いかけた。
シグネはラッパ飲みしながら答える。
「これはノンアルコールよォ。飲んでみるゥ……?」
「興味あります。ぜひ一口」
「わかったわァ。一口ねェ……?」
差し出されたカナリアのグラスに、なみなみと撃退酒が注がれた。
おもわず何か言いそうになるカナリアだが、黙って一口ためすことに。
「オレンジジュースみたい。結構おいしいかも……」
と言いながら、くぴくぴ飲んでしまうカナリア。
あっというまにグラスをあけると、
「もう一口……」
グラスをおずおず差し出すカナリアであった。
一体どこが『一口』なのかと。
「それ、甘いのがダメなんだよね。料理に合わないし。ましてや今日は焼肉っていう」
そう言って、入亜がジョッキをあおった。
「ビール風味のもありますよ?」
ひょこっと顔を見せる明日羽。
「あれ? 新年会のときはなかったよね?」
「要望に応えるのが、ホストの務めですからね? さぁどうぞ?」
グラスに注がれた液体は黄金色で、白い泡が立っている。見た目は完全にビールだ。
一口飲んで、入亜が言う。
「……え? これ、ビールそのものだよね?」
「いいえ、撃退酒ですよ? アルコール分ゼロですからね? そっちの二人も、ためしてみる?」
にっこり微笑む明日羽。
シグネとカナリアは思わず顔を見合わせて──
「じゃあ一口だけ味見しようかしらァ……?」
「うん。一口だけ。一口だけですよ!」
というわけで、一口だけのドンチャン騒ぎが始まるのであった。
「おぉ……盛り上がってますねぇ……」
恋音は、厨房から食堂の様子を眺めていた。
作っているのは、鶏胸肉のマヨネーズ焼き。
さらに、ほうれん草と玉葱をちらした焼肉ピザをオーブンから出せば、本日のメニューは全て完成。
「ふぅ……これで終わりですよぉ……」
緊張が解けて、手元にあったジュースをうっかり飲んでしまう恋音。
そのとたん、火がついたように顔が真っ赤になった。
そう、これは撃退酒だったのだ!(お約束!)
一瞬で酔っぱらった恋音はたちまち理性を失って、雅人のもとへ。
「先輩ぃ……。今日のお料理、どうでしたかぁ……?」
熱い吐息を吐きながら、雅人にしなだれかかる恋音。
いつもの雅人なら瞬時に理性がブレイクだが、委員長モードの彼は違う。
「どれも絶品でしたよ。さすが月乃宮さんですね」
冷静に体を離しながら、クールに恋音の肩をたたく雅人。
「でもぉ……まだデザートが残ってるんですぅ……」
ふたたび抱きつく恋音。
雅人の腕に、おっぱいがムギュッと押しつけられる。
だが、委員長雅人は崩れない。
「デザート? なんですか?」
「とぼけないでくださいぃ……私ですよぉ……」
強引に迫りながら、雅人を押し倒そうとする恋音。
それでも、雅人は倒れない。委員長モード無双!
「いけませんね、月乃宮さん。これはおそらく、野菜不足が原因でホルモンバランスが崩れているのでしょう。さぁ、野菜を食べてください!」
ドンッと押しつけられる、山のような野菜。
「うぅぅぅぅ……」
誘惑をスルーされた恋音は、生のキャベツをパリパリ食べはじめる。
さらに、作ったばかりの鶏胸肉マヨ焼きをヤケ食いし、とどめに牛乳を一気飲み。
そう、これらの食材はすべて、おっぱいの発育をうながす効能があるのだ!
「いけません、月乃宮さん! ヤケ牛乳は危険です!」
必死で止める雅人。
「なら、こちらをいただきますよぉ……」
牛乳パックを放り投げて、豆乳を一気飲みする恋音。
「豆乳もダメです!」
「おお……こちらに、もっと濃厚なミルクがぁ……」
「それはコンデンスミルクです! 飲み物ではありません!」
どこかで見たやりとりを再現する二人。
「おお……ミルクといえば……私のミルクも絞りませんかぁ……?」
牛の着ぐるみ姿で、恋音はおっぱいを突き出した。
「しっかりしてください、月乃宮さん! あなたは人間です!」
「うぅん……? 私の体質ですと……調整次第で……?」
なにやら不穏なことを考えはじめる恋音。
蔵倫の予感がするので、場面を替えるぞ!
「ヘイ、BOY。コッチこいや。うまいモン食わしたる」
メンチ切りながら卍に話しかけたのは、ピットマスター仁斎。
「うまいもん?」
「食えばわかるわ」
そう言って、仁斎は強引に卍を連行した。
この二人が並ぶと、完全にチンピラと兄貴の構図だ。
「ほら、こいつや。食うてみぃ」
仁斎が出したのは、一見まともな肉料理だった。
卍は特に疑うこともなく箸をつける。
ひととおり食べたところで、仁斎が言った。
「BOY、うまいか? うまいよなぁ……? それ、なんの肉やと思う?」
「牛や豚じゃないのは確かだな」
「くっくっく。教えたるわ。そっちはベトナム名物、蛇のピリ辛フライ。そっちは中国広東省名物、蛙の甘酢焼き。そっちはミシシッピ名物、ワニのステーキや。BOYは、こいつらをゲテモノや、とか言うたらしいなぁ? ごまかしは効かんで? ピットマスターの耳は地獄耳やねん」
ニヤリと笑う仁斎。
だが、卍は動じなかった。
「べつに俺はゲテモノが嫌いなワケじゃねぇよ。そういうのが苦手な女の子のために配慮しただけだ」
「なんじゃ、蛇や蛙を馬鹿にしくさったんとちゃうんかい」
「俺はイタリア育ちだぜ? あっちじゃ蛙は普通に売ってる。知ってるか? カトリックじゃ肉を食えねぇ日があるだろ? でも蛙は食ってもいいんだぜ」
「おお、よう知っとるやんけ。……ちうことは、異国の食文化にも敬意は払っとるワケやな?」
「あたりまえだろ。俺はメタラーだぜ? ……しかし、この料理はよく出来てるな。頭文字Yみてぇなツラのクセに」
「BOYかて、人のことは言われへんがな」
「……で、ほかの料理はねぇのか?」
「おう、待っとれや。いま腕をふるったる」
妙に意気投合する二人。
純粋な日本人のクセして外国人のフリしてるという共通項ゆえだろうか。
そこに、ふらふらと司が近付いてきた。
手には撃退酒のボトル。顔色は変わってないが、どう見ても完全に酔っぱらっている。
「卍ちゃ〜ん。ほらこへ、蛇の肉。おいしいから食べてみなよ〜。……え、まだ半生? こまけーことはいいーんだよ」
まるきり呂律の回らない口調で、蛇のブツ切りを押しつける司。
「おい! 半生どころか、完全に生じゃねぇか!」
「だぁいじょーぶらって。俺たち、ぶれいかぁだしぃー?」
たしかに撃退士は、毒物を口にしても簡単には死なない。
しかし、それとこれとは別問題だ。
「なんや、えらい上機嫌やなぁ。撃退酒たらいうんは、そないにうまいんか?」
仁斎が訊ねた。
「いいよぉー、これー。仁斎ちゃんも飲んでみるれぇー?」
仁斎の肩をばんばん叩きながら、強引に撃退酒の瓶を渡そうとする司。
仁斎は一口飲んで、「あまっ!」と大声をあげる。
「なんやコレ。クソ甘いやんけ。こないなモン、肉と合うかい。BBQいうたらウイスキー。バーボン一択じゃ!」
「ダメらよ、仁斎ちゃーん。未成年の飲酒は禁止らってー」
「こないにゴツい未成年がおるかい!」
「またまたぁー。かわいいんだからぁー」
「くっつくなっちゅうねん! こらこら、どこさわっとんのじゃ!」
ホントに、どこをさわってるんだ、司。
ちなみに数時間後、酔いが醒めた彼は一連の行動を思い出して悶絶することになる。
そのころ。ジンギス班3名は、いい具合に出来上がっていた。
「ああ……暑いわぁ……」
無駄にセクシーな動作で、上着を脱ぎだすカナリア。
全身包帯ぐるぐる巻きで肌は露出してないが、これはこれで一部に受けそうだ。
「ささ、グイッと……。うふふ……」
シグネの太腿に手を置きながら、撃退酒を注ぐカナリア。
「ありがとォ……。そっちのグラスも空いてるわよォ……? たっぷり注いであげるわねェ……?」
シグネはボトルを傾けると、わざとらしくカナリアの胸元に撃退酒をこぼした。
「ごめんね、こぼれちゃったァ。拭いてあげるわねェ……?」
「あらぁ? おさわりは禁止ですよ〜? ここでは、ね?」
意味深なことを言って微笑むカナリア。
「どこならいいの?」
唐突に、明日羽が割り込んできた。
「ええと、それはですねぇ……」
「ここ抜け出して、ホテルに行く? それとも私の家まで来る?」
「段取りなしですか……」
「段取りが必要?」
ふふっと笑いながら、明日羽はカナリアの髪を撫でた。
「振ってきたのは、そっちだから……。どうなっても知りませんよ……?」
逃げも隠れもせず、真っ向から受けて立つカナリア。
それを見たシグネが、所在なさげに言う。
「ええとォ……これって、あたしは蚊帳の外かしらァ……?」
「ごめんね? この子、タイプだから。ゆずってね?」
「じゃあ、ひとつ貸しにしておくわァ。忘れないでねェ……?」
という交渉の結果、カナリアは明日羽の手に。
その後ふたりの間でどのような行為が行われたかは、お察しください!
本人が拒否せず、まわりも止めなかったら、そりゃ終着駅まで行っちゃいますよ!
まさか、焼肉パーティーでこんなことになるとは……。
……よし、なにもなかったことにして話を進めよう。
宴も佳境に入り、食堂には酔っ払いが目立ちはじめていた。
入亜は猿の肉を食べながら、こんなことを言いだす。
「猿って人間に近いよね。……てことは、人間の肉ってこんな味なのかな?」
「でも、焼いて食べるわけにいかないわァ」と、シグネ。
さりげなくヤバいぞ、この会話。
「今日は、お肉に感謝するんだったわねェ……。だったら行動で感謝しないとォ……」
ちなみにこの二人、すでに戦闘装備(半裸)になっている。
そして酔っ払い特有の理論によって導き出された答えは、『人肉をぺろぺろしよう!』というもの。
なんてこった。なにもなかったことにして話を進めたら、さらにひどい展開が待ってたぜ……。
そんなMSを無視して、シグネは独自の理論を述べる。
「雑食動物より草食動物の肉のほうがおいしいって言うわよねェ……。じゃあカレー食動物の肉はァ……?」
「やっぱりカレー味じゃない?」
「実際たしかめてみようじゃなァい? さぁ行くわよォ?」
「入亜、いきまーす!」
酒瓶片手に、半裸で出撃する女子2名。
異様な状況だけど、これ焼肉パーティーだからね!?
女子小学生を裸に剥いてペロペロする依頼じゃないからね!?
「目標発見! いざ、実食!」
入亜が憐に襲いかかった。
よし、ここは冷静に判定しよう。
入亜のINIは2で、憐は5だから、憐が先攻だな。
で、憐の物理命中153に対して入亜の回避は28だから……よし、返り討ち成功!
同じ判定をもう一回やった結果、シグネも返り討ちだ!
当MSは厳格なので、きっちりパラメータを見ます!
「そ、そんな……」
「甘く見てたわァ……」
折りかさなって倒れた痴女ふたりは、たがいの肉をもみもみぺろぺろするのであった。
「……ん。カレーを。主食とする。私に。隙はない」
そんなこんなで、宴も終わりに近付いた。
沙羅が最後の料理を持ってくる。
「最後の〆に、カルビクッパはいかがですか?」
最初と最後に汁物なのは、理由がある。
骨の髄まで味わうことで食材をいっさい無駄にしないという、料理人魂だ。
「沙羅ちゃん、ずっと料理してたでしょ? 新年会でもそうだったけど、なにも食べてないんじゃない?」
明日羽が訊いた。
その膝枕では、カナリアがグッタリしている。
「はい。皆様にお料理を提供することが、私の生き甲斐ですので」
「けなげだねぇ?」
一緒に食べようなどと明日羽は言わない。
かわりに、委員長雅人が言う。
「最後の一品ぐらい、一緒に食べませんか。作ってもらうばかりでは、かえって私たちが気をつかってしまいます」
「せやでえ。メシはみんなで食うたほうがうまいんじゃ」
バーボンをあおる仁斎は、顔色ひとつ変えてない。
「あのぉ……片付けは私も手伝いますのでぇ……一緒にどうですかぁ……?」
恋音が言うと、皆そろって自分も手伝うと言いだした。
憐と明日羽だけは、どうでもいいとばかりにクッパを食べている。
「……では、皆様のご厚意に甘えさせていただきます」
かるく頭を下げて、沙羅はテーブルについた。
そんな、ちょっと心温まる空気をぶちこわすように、憐が言う。
「……ん。ごちそうさま。次は。そろそろ。バレンタインだから。チョコ食べ放題? チョコ戦争?」
チョコを売るイベントじゃないかな、たぶん。
こうして、焼肉パーティーは盛況と波乱の内に終わったのであった。