「ど、動物園……!?」
あつまった顔ぶれを見て、新一は驚愕した。なんせ、8人中7人が着ぐるみ! もしや史上初の偉業か!?
そのメンバーは以下のとおり。
兎:大谷知夏(
ja0041)
猫:陽波透次(
ja0280)
烏:鴉乃宮歌音(
ja0427)
馬:金鞍馬頭鬼(
ja2735)
狐:Rehni Nam(
ja5283)
熊:ソーニャ(
jb2649)
パンダ:下妻笹緒(
ja0544)
最後に、霊長類ヒト科ホモサピエンスのシグネ=リンドベリ(
jb8023)
8人を前に、新一は挨拶する。
「集まっていただいて、ありがとうございます。ぜひ先輩がたの着ぐるみ愛を見せてください」
「着ぐるみを着てこそ一人前、か。学園の常識は世間の非常識なのだがね……。まぁ私もそんな非常識のひとつなわけだが」
口火を切ったのは歌音。ふだんは女装か男装している彼だが、今日は烏の着ぐるみ姿だ。それも、やけにずんぐりした烏である。
「さて問題は、『なぜ着ぐるみを着たいのか』だよ。最後にはこれが問われる。皆のトークを聞きながら、よく考えることだ」
イケメンボイスでそこまで言うと、いきなり口調が急変した。
「トリアエズ、紅茶淹れてくるナー?」
ボイスチェンジャーを通した声だ。
そして歌音は、ピエロみたいな足取りで給湯室へ走っていった。
「そう、重要なのは『なぜ着ぐるみを着るのか?』だ」
馬頭鬼は、文字通りの馬ヅラで語りだした。
「初めに、自分の話をさせてほしい。くだらない話と笑われるかもしれないけどね……。もう、だいぶ前のことになる。自分は入学当初、ただ強さを求めていた。だれにも負けない強さを。……だが、敵は遙かに強かった。なにより、ひとりでやれることには限界がある。……それに気づいたとき、自分は『ただの撃退士』になってしまった。作戦を考えられる頭脳派でもなかったから、ただただ和を乱さないよう協調するだけになってしまったんだ。……でも、そんなのは出来て当然、撃退士なら当たり前の行為だった」
「わかります。作戦に口を出すのって難しいですよね」と、新一。
馬頭鬼は続ける。
「しばらくして、クリスマス行事があったんだ。そのとき初めて、『この姿』になった。理由は、ただ『面白いかも』と思っただけ。クリスマスだから、頭にトナカイの角を着けてコンテストに出たんだが、これがなかなか好評でね……。みんな笑ってくれたものさ。そのとき知ったんだ。自分は人を笑わせることが出来るんだと。くだらなくていい、馬鹿にされてもいい……これでみんなを笑顔にしたいと思ったのさ」
「そんな理由が……」
「長くなってすまないね。では、ここで質問だ。君は何のために、何の着ぐるみを着る?」
「……わかりません」
「おっと、悩ませてしまったかな? 難しく考えなくていい。なにを着るかにしても、目的に合わせて選択肢を絞り、その中で目的にかなったものを選べばいい。……たとえば、君が異性を引き寄せるために今のジョブを選んだのなら、ヒリュウの着ぐるみはどうだ?」
「それは盲点でした。でもどうして僕のジョブが……?」
「ふ。お馬さんは鼻が利くのさ。……というところで、あとはバトンを譲ろう」
「話は聞いたっす! もっと気楽に考えるっすよ!」
知夏はウサギ姿で立ち上がった。
後ろには、いくつもの着ぐるみが並んでいる。
「百聞は一見にしかずっす! バシバシどんどん試着っすよ♪」
「試着ですか」
一転して能天気な知夏の攻勢に、新一は目を丸くした。
「どれを試着するっすか? カモノハシからエリマキトカゲまで揃ってるっすよ!」
「じゃあウサギを……」
「おっ! ウサギ好きっすか?」
「はい。かわいいですよね」
「じゃあ、さっそく試着っす! 手伝うっすよ!」
と言いながら、知夏は新一に着ぐるみを着せていった。
「着ぐるみは夏場が地獄のイメージっすけど、直射日光を防げるから案外ラクっすよ! 冬はモコモフで暖かいし、うまく強化すればそこらの魔装より頑丈っす! なにより、着ぐるみだと老若男女にモテモテっすよ! 子供の群れにはわりと本気で狩られるっすけどね! ……さぁ完成っす!」
着せ終わると、知夏は姿見を持ってきた。
新一は自分の姿を映して、「いいかも……」などと呟く。
「気に入ったっすね? 着ぐるみはどれもいいっすけど、やっぱりウサギが一番っすよ! 客引きとか子供相手の依頼じゃ大活躍っす! あ、無理にすすめはしないっすよ? ほかのも着てみるっすか?」
「あ、着心地を実感したいんで、しばらくこれを着てます」
「大歓迎っす!」
という次第で、人間はシグネだけになった。
そのシグネが言う。
「新一は、戦闘にも着ぐるみで行く気なのォ……?」
「はい」
「でも、しょせん着ぐるみよォ? 丈夫な鎧には勝てないわァ。着ぐるみを着ると一人前なんじゃなく、一人前だからこそ着ぐるみでも戦えるってのが正解なんじゃなァい?」
「たしかに……」
「でしょォ? 心身ともに鍛え上げて一人前になってこそ、着ぐるみを纏う余裕ができるんじゃないのォ? 新一は胸を張って『僕は一人前です』って言えるわけェ?」
「いえ……」
ウサギ姿でうなだれる新一。
それを見て、シグネが色っぽく微笑む。
「ていうかァ、新一はそのままで十分魅力的よォ?」
「そうですか……?」
「そうよォ。……それでもどうしても着たいなら、猫の着ぐるみがおススメよォ。猫はすっごく可愛いと思うわァ。着ぐるみの中でも一番人気、女の子にもモテモテよねェ……。いつぞやの犬猫戦争でも猫の圧勝だったと聞くわァ。なにより、猫アレルギーのアタシでも触れるしィ……?」
ふふ、と笑って新一の頭を撫でるシグネ。
「新一ってば、弟みたいで可愛いわねェ?」
などと言いつつ、新一の背中から抱きつくシグネ。
脱がし魔の彼女だが、今回は下心なしで純粋に弟のことを懐かしんでいるようだ。
「テイマーはヒリュウだけでも可愛いけど、猫と合わせて可愛いの二乗ねェ……」
新一をハグしたままモフモフするシグネは、しばらく離れそうもなかった。
「僕の場合、キグルミといえば狐だね」
Rehniは、伊達男風の口調でしゃべりだした。
「たしかに猫はかわいい。ああ、かわいいとも。だが、いまは置いておこう。それより狐だ。狐は賢く、かっこよく、そして可愛い。三拍子そろった素敵生物だ。あのふさふさの耳。ふぁさふぁさの尻尾。イヌ科の例に漏れず家族を大切にしながら、ネコ科のごとき孤高を備えている。あの外見も生きざまも、心を虜にして離さない。とくに尻尾だ。……ほら、君はこれに抗えるかな?」
得意げな顔で、Rehniは尻尾をぱたぱたさせた。
ただの尻尾ではない。九本もある。いわゆる九尾の狐だ。そのボリューム感は、ほかの動物にはマネできない。
「これは未知のモフモフ感……」
新一は抗いようもなく尻尾をもふもふ。
「ところで先輩は、なぜ着ぐるみを着るんですか? なにかメリットがあるとか?」
「メリット? とくにないね。着たいから着るだけさ。だから僕は彼らと違って、ふだんは普通の服装でいる。そういう気分になったときに着れば、それで充分だからね。……まぁ強いて挙げるなら、いまみたいな季節は暖かくていいね。夏は暑くて死ねるけど。それから、自分にこの魅力的なオプションがつくところは、ほかに代えがたいメリットかな」
と言いながら、Rehniは耳をぷるぷる。尻尾をふぁさふぁさ。
新一はもふもふ。シグネももふもふ。
「というわけで僕は狐をおすすめするけど、どうせ着るなら自分が一番好きな動物か、飼いたい動物にするといい。もしキミに好きな女の子がいるなら、相手が好きな動物というのもアリかもだけれど、その動物らしい魅力を引き出せるかというと、どうだろうねぇ。……え? 僕が動物飼うなら? そりゃもちろん猫だよ、お猫様だよ。現実に九尾の狐はいないんだ」
「そ、そんな」
「着ぐるみの魅力。それはまず、可愛い動物になれる変身願望。それと、着ぐるみに包まれてる、抱かれてるという、胎内回帰的やすらぎ。そして、ボクたべられちゃったのという被虐的喜び。それら倒錯的快感が混然となった悦び……。これこそが着ぐるみの魅力と言えましょう」
流れをまるっと無視して語りだすソーニャ。
「だからこそ、着ぐるみの王はクマなのです。英国では子供が生まれると、テディベアを贈ります。英国本土においてクマは最強の動物でした。まるまると可愛く、強い守護者でもあるクマを、友人として贈るのです。そして親もとを離れ寄宿舎に入る子供は、生まれたときからの友人であるテディベアをつれ、新しい世界へ旅立つのです。かわいく、たよりがいがあり、危険。着ぐるみの三大要素をすべて含み、伝統を兼ね備えた動物。それがクマさん!」
独自の理論を展開するソーニャ。その妄想は、とどまるところを知らない。
やおら立ち上がり、「がぅお〜!」と両手を挙げるソーニャ。
「くまさんだよ〜。ウサギさんもネコさんも、みんな守ってあげるよ〜。それとも食べられるのが好みかな〜? 皮を剥いで食べちゃうよ〜。ぺろぺろ」
「あ、あの……?」
心配そうな顔になる新一。
「しかし、クマさんは知らなかったのです。すでにクマさんは自然界の頂点ではなく、クマさんもまた捕食対象であることを! そう、それは熊鍋!」
「先輩……?」
「あれ? ボクって猫じゃなかった? ううん、ちがうちがう。着ぐるみは着るもので、猫はかぶるものだよ〜」
にぱ〜っと笑うソーニャは、たぶんマタタビで酔っぱらってるに違いなかった。
「では、そろそろ語らせてもらおう」
威厳のある口ぶりで、笹緒がしゃべりだした。
「『着ぐるみを着てこそ一人前』……そう、そのとおりだ。疑念をはさむ余地もない。なのに何故、多くの生徒は着ぐるみを着用しないのか。答えはひとつ。迷っているのだ、新一君のように。己が何を纏えば良いのか、いかなる着ぐるみが己にマッチするのか、悩み、戸惑い、そして探しているのだ。自身に見合うベストもふもふスーツを!」
「おお……」
笹緒の貫禄に圧倒される新一。
「だが、時間は有限。いつまでも彼らの選択を待っているワケにはいかない。なればこそ、我ら着ぐるまーが導かねば。……宣言しよう。本日この時間より、久遠ヶ原学園の制服をパンダ着ぐるみにすると!」
無茶なことを堂々宣言する笹緒。
だが、あるいは彼なら……という期待さえ抱かせる力強さだ。
「なぜパンダなのかという声もあろう。……が、仮に犬にしたとしよう。確実に揉める。柴犬か、コリーか、はたまたダックスフンドか。猫も同様。鳥も同様。馬も! 牛も! 猿も! 鼠も! 皆揉める! ライオンに至っては『男子だけ鬣なんてズルいと思いまーす』と女子が騒ぎ。虎に至ってはファッションオタクがホワイトタイガーなんてものを持ち出すに決まっている」
「ははぁ……」
「あくまでも制服なのだ。己の個性を主張したくば、私服のときにすれば良い。パンダこそ、争いの起こらないオンリーワンアニマル。想像すると良い、すべての生徒がパンダ姿で校内を歩く光景を。そこはもう久遠ヶ原学園ではない。パンダヶ原学園だ! ……つまりは、そういうことだ」
一方的かつ圧倒的なロジックで話をまとめると、これにて一件落着とばかりに笹緒は着席した。
「あの、そちらの先輩からは、まだ一言もうかがってませんが……」
新一が透次に問いかけた。
全身すっぽり猫スーツの透次は、顔が見えない。
すると彼は、紙に文字を書き始めた。
『kigurumiは最強の鎧。kigurumiは全身を隙無く覆い包む。顔は勿論、スタイルさえ覆い隠し、あらゆるコンプレックスを完全防御。どんなドブサイクデブでもkigurumiを着れば身も蓋も無くファンシー。最強』
「あ、しゃべれない着ぐるみなんですね」
勝手に納得する新一。
『人見知りにとっては最強の対人決戦兵器でもある。人見知りは会話中、相手から『つまんねーこのゴミが』と思われるのが最も恐ろしいが、kigurumiなら目線も表情も読まれないから気まずくならない。喋らないキャラということにしておけば何も喋らなくてOK。可愛い見た目から興味を持って話しかけてくれるかもしれない。kigurumiは私に勇気をくれた。最強。私はkigurumiとして生きたい。人間するのは疲れた』
最後のほうは、文字が震えていた。
が、透次は気力を振り絞って文字を刻みつける。
『テイマーは獣を従える王である。ならば、それにふさわしい風格を持った存在を模すのはどうだろう。たとえば、モンスター類で最強の風格を持つドラゴン。あるいは、百獣の王ライオン。どちらもカッコいい存在でありながら、工夫次第では可愛さも出せる。鬣をふわっふわのもふっもふにすれば、きっとかわいい。鬣は王たる証であり、また最強のチャームポイント。鬣は燃え! 鬣は萌え!』
「わ、わかりました。先輩の遺志は、僕が継ぎますから……」
そういえばこの先輩、ひとりで百人一首やってた人だ……と思い出す新一だった。
「答えは出たカナ?」
曲芸師みたいなポーズで、歌音がティーカップを並べたトレーを持ってきた。
「うわっ!?」
突然の再登場に驚く新一。
「この鳥類めいたワタシでも、モノは持てる構造なのだヨ。ホラね?」
歌音の翼から、ジャキッと拳銃が飛び出す。
「ハハハ、驚イタ? 驚イタデショ?」
「ま、まぁ……。あ、紅茶ありがとうございます」
新一はカップを取って一口すすった。
「……ところで先輩は、なぜ着ぐるみを着るんですか?」
「ン? ただの趣味ダヨ。あえて理由をつけるナラ、変装のひとつダナ。衣装と演技で私は女性にも男性にも烏にも変わるノダ。ワタシ、そんな悪戯カラス。自室のクロゼットは秘密ノ扉。カラスいいよカラス。カラスが賢いの、皆知ってるシ。かっこいいのが大好きな、漆黒ダシ。思考ガ読めない自分に酔いしれろ、ナンテナ。まぁひとつ言うと、『違う自分になる』ことなんダナ、変装は」
「違う自分に……」
「そう。どういう自分になるか、決めるのは君ダ。ヒトに勧められるがままでは半人前ダナ。自分がなりたい自分になるとイイヨ。ダカラ難しく考えることはナイ。イメージに委ねるノダ」
そう言って、歌音はケラケラ笑った。
──こうして着ぐるみ談義は終わり、新一は深くうなずいた。
「僕は、着ぐるみを軽く考えてました。先輩がたは、色々な主義主張を持って着ぐるまーになったんですね。……いえ、そんなに深く考えず着ぐるみをたのしめというのもわかります。ただ、うまく言えませんが……僕はまだ半人前のままでいようと思います」
そう言って、新一はウサギの頭を外した。
それを知夏に返しながら、彼は言う。
「でも、今日実際に着てみて、着ぐるみは楽しいってことがわかりました。いつか必ず、僕も一人前の着ぐるまーになります! 先輩がた、ご指導ありがとうございました!」
かように、着ぐるみ道は深く険しい。