ある日の放課後、広い学食に30人ほどの撃退士が集まった。
撃退酒お披露目記念の新年会として、明日羽が宣伝したためである。
参加者の顔ぶれは幅広い。そんなインチキ酒で酔うはずないと息巻く酒豪もいるし、酒など一滴も飲んだことない小学生もいる。
だがもちろん、明日羽は撃退酒の効き目を把握済み。飲み放題食べ放題に釣られてやってきた美女たちの痴態を、じっくりたっぷりねっとり楽しむ予定だ。最初に言っておくが、覚悟してくれ。
「皆、よく集まってくれたのぢゃ。わらわが本日の宴会部長ぢゃ!」
壇上に上がって仕切り始めたのは、Beatrice(
jb3348)
今回は酒の席らしく、パーティードレス姿だ。胸の谷間が、いい具合に見えている(BU参照)
「いつも撃退士のお仕事ご苦労様なのぢゃ! 今宵は、つかのまの安息と平穏を美酒とともに酔いしれよう♪ それでは乾杯!」
音頭を取るBeatriceだが、集まった撃退士たちはそんなもん待ってられるかとばかりに、勝手に宴を始めていた。
一番手を切ったのは、言うまでもなく最上憐(
jb1522)
いや、一番手とかいうレベルではない。なんせ会場に到着した瞬間から、いきなり食べて飲んでいる。
「……ん。どれも。なかなかの。美味。カレーは。ない?」
焼き鳥や寿司をガンガン食いながら、無茶な要求をする憐。
宴会料理に、カレーなどあるはずない。
「……ん。この刺身。なかなかの。美味。カレーは。どこ?」
ブリの刺身を皿ごと一気飲みしながら、憐は撃退酒をあおっていた。
いまのところ酔ってはいないが、このまま飲みつづければ確実にヤバい。
ああ、だれかがカレーを作っていれば、あの惨劇は防げたというのに──
「あら、おいしそう!」
山のような料理と酒を前に、ヴェルゼウィア・ジッターレイズ(
jb0053)は微笑んだ。
余裕で酒が飲める年齢の彼女は、まず日本酒でスタート。
肴はやはり魚介類。好き嫌いナシなので、目についたものからどんどん食べてゆく。
イカ、エンガワ、ホタテの刺身。そしてタラの白子。
さらに趣向を変えて、おぼろ豆腐に湯葉、おでんのはんぺん、玉子、ちくわぶ。
とどめに、白キクラゲと白マイタケと白シメジとエリンギを使ったキノコごはん!
白尽くしだ!
「私、本当に真っ白ですわね……」
うん、ここまでやれば真っ白と言って良いだろう。
しかし、一見清楚なこの女性が、まさかあんなことをしようとは──
「おー、ただでジュースが飲めるのです!」
江沢怕遊(
jb6968)は撃退酒のことをよく知らないまま、飲み食い自由という宣伝だけを聞きつけて参加していた。もちろん、女装してるぞ!(全身図参照)
スイーツ大好きな彼にとって、各種フレーバーのそろった撃退酒は、なかなかの美味。飲めば酔っぱらうということを知らず、水のように飲んでしまう。
そこへ猛然とダッシュしてきたのは、鼻血姫・桜花(
jb0392)
「ひさしぶりだね、怕遊!」
「ふわぁ!?」
後ろからギュッと抱きしめられて、とまどう怕遊。
彼は女性との絡みが苦手なのだ。
「どう? 食べてる? 飲んでる? 甘いもの好きなんだよね? こっちにプリンがあるよ?」
「おー、プリン大好きなのです」
「じゃあ食べさせてあげるね。はい、あーん」
と言いながら、プリンを食べさせようとする桜花。
しかし、そのとき。手がすべってプリンが胸の谷間に!
「あ、こぼしちゃった。怕遊、食べてくれる?」
上着を肩まではだけながら、桜花が迫った。
早くも酔っぱらってるような勢いだが、まだ一滴も飲んでない。さすがの桜花クオリティ!
「む、無理です! 無理なのです!」
「そんな……。もしかして、この胸の傷が気味悪いのかな……ごめんね……」
いきなりシリアスになって、落ち込む桜花。
怕遊が慌てて取り繕う。
「そうじゃないのです! 傷は名誉の勲章なのです!」
「じゃあ食べてくれるよね? はい!」
一瞬で表情を切り替えた桜花は、有無を言わせず怕遊の顔に胸を押しつけた。
「はゅぅぅぅ……!」
自分の名前みたいな声をあげながら倒れる怕遊。
のっけからこのテンションで、大丈夫なんだろうか。
「ほぅ……撃退酒……? 興味深い……くっくっくっく……」
どこかの殿様みたいな空気をまとって、冲方久秀(
jb5761)は撃退酒を見下ろしていた。
こんな騒がしい席にはふさわしくないように見えるが、じつは新しい物や珍しい物が好きな久秀。内心ワクテカで参加している。好奇心が強いのだ。
「どれ、まずは色を見ようか」
まるでどこぞの鑑定士みたいに、撃退酒のボトルを光に透かしてチェックする久秀。
「ふむ……では次に香りを」
ボトルの封を切って猪口に注ぐと、久秀はソムリエのような手つきで匂いを嗅いだ。
「ほほう……軽いシトラスの香り……まるで新鮮なオレンジのように爽やかだ……これは期待が持てる……」
そりゃまぁ、オレンジジュース味ですからね。オレンジの香りもしますよ。
などというツッコミをよそに、久秀はグイッと猪口をあおった。
「ふふふふふ……はーっはっはっはっは! 酒というから期待したものを……ジュースではないか……くっくっく。……面白みがない!」
笑いながら、久秀は猪口を握りしめた。
ビシッ!
手の間から、粉々になった猪口が落ちる。
そして彼は、普通の大吟醸で口直しをするのだった。
「アルコールじゃなきゃいいってのも、ずいぶんと乱暴な話だよな」
あきれたように言いながら、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)は宴席を眺めていた。
目の前には撃退酒のボトルがあるが、それを見つめるラファルの目は懐疑的だ。
実際のところ、この飲み物は胡散臭すぎる。
が、なんだかんだで好奇心旺盛なラファルさん。ちょっとぐらいは試飲せずにいられない。
「……お。案外うまいじゃねーか」
ちょっと一杯のつもりが、ついつい二杯、三杯。
「このイチゴ味のヤツを牛乳で割ったら、イチゴミルクになるんじゃねーか?」
などと言いながら、創作カクテルを作って一気飲み。
あっというまに、酔っぱらいの一丁上がりだ。
「そうだ。アイドルコンテストの練習をかねて、歌でも披露してやるかー!」
ふと思いついたように言うと、ラファルは立ち上がって歌いはじめた。
なかなかの美声だ。酔っぱらいの前なら失敗しても恥ずかしくないなどと考えていたラファルだが、なかなかどうして悪くない。これはコンテストの結果が楽しみだ。
「タダ酒。なんと響きの良いことか」
どこか眠そうな顔で撃退酒をぱかぱか飲んでいるのは、瀬戸入亜(
jb8232)
生粋の酒飲みである彼女にとってフルーツ味の撃退酒は舌に合わないが、ウォッカやジンと混ぜてカクテルにすれば案外いけることを発見したため、かなり気に入っている。なにより、タダというのが良い。──そう、タダ酒に勝るものなし!
「これ、天魔にぶちまけたら酔っぱらったりしないかしらねェ……?」
入亜の隣で、シグネ=リンドベリ(
jb8023)も撃退酒を飲んでいた。こちらは未成年なので、通常の酒は飲めない。
「どうだろ。芝刈りホッケの人が、天魔は酒に酔わないとか言ってたけど……。これならホッケ君も酔えたのかな」
「ホッケ君?」
「ああ、きみの弟くんと一緒に行った依頼でね……」
入亜は撃退酒カクテルを飲みまくりながら、コトの経緯を説明した。
「あらァ。あの子と会ったのォ……? あたし、入学してからまだ会ってないのよねェ……。あたしが久遠ヶ原に来たことも知らないんじゃないかしらァ……」
「それはどうかと思うよ」
「だって、べつにィ……会っても話すことないしィ……」
「そういうものかねぇ」
「そういうもんよォ」
──といった会話を交わしながら、シグネと入亜は酒を飲み、料理を食べるのだった。
いまは静かに飲んでいる二人だが、最終的に大騒動を引き起こすのは彼女らである。おめでとう。
「へぇー。これが撃退酒ですかー」
めずらしそうにボトルを手に取ったのは、桐咲梓紗(
jb8858)
「飲まないんですか?」と、明日羽が訊ねる。
「今日は取材に来たんですー。だから取材が終わるまでは酔っぱらわないようにしようかなーって」
などと言いながら、梓紗はモスコミュールを飲んでいる。
「あのー、こういう飲み会は、よくあるんですかー?」
「『よくある』ってほどではないと思いますよ? 未成年が多いですしね? でも今後は……ふふ」
にやりと微笑む明日羽。
ただならぬ気配を察して、梓紗は取材相手を変えることにした。
「あ、私、ほかの人たちの話も聞いてきますー。ではまたー」
「こんにちはー。おひとりですかー?」
梓紗が話しかけたのは、安形一二三(
jb5450)だった。
彼は手羽先を囓りながら、撃退酒を飲んでいる。
「ひとりッつーか……こいつが今日の話相手ッすね」
となりの席に、スレイプニルのパプアが座っていた。
「ははぁ、召喚士はいいですねー、いつでも一緒に飲める相手がいて」
「いやァ、じつは俺、スレイプニルと触れ合ッたことないんすよねェ……」
「どうしてですかー?」
「こいつ、デカくて召喚しにくいんすよねェ。ほかの二匹は依頼とか結構つきあッてもらッてるんすけど……ッて、かまッて欲しいからッて頭噛むのやめような?」
パプアに頭をガジガジされて、振り払う一二三。
「なるほどー。たしかに、ヒリュウと比べれば大きいですよねー」
「デカイから寮でも出せないんだよな……ッて、酒を瓶ごと丸呑みはやめような?」
パプアは撃退酒のボトルを丸ごと飲みこんでいた。
「大変そうですねー」
「今回良い機会だと思ッたんすけど……ッて、ちョッと噛むの加減して」
頭からダラダラ血を流す一二三。
その直後。バキッという音がして、一二三は「ごはっ!」とか言いながら倒れた。
「あ、あのー?」
「…………」
へんじがない。ただのしかばねのようだ。
「ほ、ほかの人にも取材してきますねー」
なにも見なかったことにして、梓紗はグラス片手に去っていった。
大丈夫、この場にはアスヴァンが何人もいるさ!
……と思ったら、2人しかいねぇ! しかも1人は厨房で料理中だし、もう1人は明日羽。
というわけで、一二三を癒してくれる者はいなかった。これはひどい。
酒が飲めると聞いてやってきたのは、安定のぼんやり系・桝本侑吾(
ja8758)
いつもの仲間たちと一緒だ。
「合法的に酒が飲めると聞いて」
キリッとした顔で言うのは、久瀬悠人(
jb0684)
彼は未成年なので、通常の酒は飲めない。先日の寒中アイス大会でも仲間内で彼だけが最後まで飲酒できず、悔しい思いをしたものだ。
「いまこそリベンジのとき!」
やけに早く訪れたリベンジマッチだが、はたして悠人は無事に帰れるのだろうか。……まぁ先に言うけど、無事には帰れないんだ。うん。
「これ、アルコールないのか……。久瀬君、飲んでみるか?」
席につくと、侑吾は撃退酒を手に取った。
「え? お酒飲めるって聞いて来たんですけど? ノンアル?」
「ノンアルなのに酔えるらしい。ためしてみるか?」
「じゃあ、ためしに一杯」
「わかった。いっぱいだな」
悠人のグラスに、なみなみと撃退酒が注がれた。
思わず、大丈夫かコレ、と言いたげな顔になる悠人。
「おれも飲むぞ! ついでくれ、ますもと!」
アダム(
jb2614)が、勢いよくグラスを突き出した。
「了解。いっぱいだな」
注がれた撃退酒は、表面張力で盛り上がるぐらいになっている。
「せっかくなんで、侑吾さんもどうですか?」
そう言って、クリフ・ロジャーズ(
jb2560)が撃退酒を持ってきた。
「え? 俺も? ……まぁためしに飲んでみるか」
というわけで、侑吾のグラスにも撃退酒がなみなみと。
「しーちゃんも飲むよね?」
クリフが問いかけると、シエロ=ヴェルガ(
jb2679)は「一杯だけ飲んでみようかしら」と答えた。
こうしてシエロとクリフが互いのグラスへ撃退酒を注ぎ、5人の手元にブツがそろった。
「よーし! ついにおれたちにも、この権利が認められるときがきたぞ! かんぱいだー!」
乾杯しようとアダムがグラスを掲げたが、それをクリフが止めた。
「待って、アダム。今日は401回目の誕生日だよね? おめでとー!」
「え……っ? 今日はおれのたんじょうびだったのか? すっかりわすれてたぞ!」
「まぁ400年も生きてればねぇ」
「クリフはよくおぼえてたな! さすがクリフだぞ!」
ぽふぽふとクリフのおなかをたたくアダムにゃん。
それを見て、シエロがぽつりと言う。
「とても400歳とは思えないけどね……」
「まぁアダムだし……」と、悠人。
「まぁアダム君だしな」と、侑吾もうなずく。
「な、なんでだ!? おれは400歳……いや、401歳だぞ! めいよきそんだぞ! だんここうぎするぞ!」
「おちついて、アダム。とにかく乾杯しよう」
クリフが言うと、5人はグラスをかかげて軽くぶつけあった。
「そうかぁ……401歳かぁ……」
しみじみと言いながら、クリフは撃退酒をあおった。
「にしても、2月に新年会って……」
悠人は疑問を口にしながらも、「あ、結構うまい」などと撃退酒をくいくい飲んでいる。
「……ん、ノンアルっぽい味だな」
どこか真面目な顔で、侑吾が言った。
「それはそうでしょ。アルコール入ってないんだから」と、シエロ。
「これで酔っぱらうとは、とても信じられませんね」
クリフは、詐欺商品でも見るような目でグラスを見つめた。
──が、
「うにゃ……?」
グラス一杯一気飲みしたアダムは、いきなり顔が真っ赤になっていた。
「こ、これは……」
飲酒経験がないためペース配分がわからない悠人も、口当たりの良さについついグラスをあけていた。おかげで、早くも足下がおぼつかない。
それに気付かないクリフは、アダムと悠人のグラスに二杯目を注ぐ。
「さぁ、今日はどんどん飲んじゃおー♪」
「いや、あきらかにこれヤバイ感じが……ってロジャーズさん、注がないで! これヤバイ!」
危険を察した悠人は、グラスを手で覆った。
間一髪で泥酔回避──と思いきや、ヒリュウのチビが勝手に撃退酒を飲んでいた。しかも、ボトルをくわえてラッパ飲み!
「……ってチビ! おまえ、なに勝手に飲んでんだ!?」
叱りつける悠人。
だが、時すでに遅し。チビの飲んだ分の『酔い』は、主である悠人のほうに回ってきたのだ。
「あ……俺、死ぬかも……」
戦闘依頼でさえ経験したことのない生命の危機を感じつつ、悠人は仰向けにひっくりかえった。
しかし盛り上がる4人はそれに気付かず、ハイペースで飲みまくり、食いまくるのだった。
さて、少々時間を巻きもどして、こちらは厨房。
礼野智美(
ja3600)と美森あやか(
jb1451)が、包丁を握っていた。
二人とも未成年のうえ撃退酒にも興味はないのだが、美森仁也(
jb2552)に誘われて参加した形だ。
新鮮な牡蠣を水洗いしながら、智美は仁也の言っていたことを思い出す。
『あやかにお酒飲ませてみたいけど、不慮の事故が起きたとき複数いたほうが良いし、一緒に来てくれないか? おまえの家系、ザル多いし』
『それはいいけど、不慮の事故って?』
『なんせ、主催者がねぇ……』
『ああ、たしかに……。なにかされたら、あやかショックで寝込んじゃうかも』
そんな会話があって、半ば秘密裏にあやかをつれてきた次第。
仁也にしてみれば、このイベントはあやかの酒癖を知ることが出来る絶好の機会なのだ。
そうとは知らないあやかは、数年後のことに備えて飲み会用の料理を見ておきたいなどと、のんびり考えている。ネットで居酒屋料理のレシピも仕入れてあり、用意は万全。食材も機材も揃っており、料理の腕を振るうのに障害はない。
まずは、旬のブリを下ろして刺身に。
みごとな包丁さばきだ。刺身の厚さは均一で、1ミリの狂いもない。
「さすがあやか。慣れたものだね」
言いながら、智美は牡蠣の殻を開けていた。
「智ちゃんは、牡蠣の扱い上手ねぇ」
「貝柱を切るのに、ちょっとコツがあるんだ。……まぁ野外料理やパーティー料理は俺も得意だが、普通の料理はあやかの方が上手だし」
「そ、そうかなぁ……」
謙遜するあやかだが、実際彼女の料理はプロ級だ。
ブリ大根や照り焼きといった定番から、ハーブソルトでブリをソテーしたものや、バター焼きに大根おろしを添えたものなど、次から次へと出来上がっていく。魚介料理中心なのは、島育ちなせいだ。
とはいえ海鮮ばかりではバランスが悪いので、シーザーサラダやポテトのチーズ焼き、ソーセージのグリル、焼きおにぎりなども出していく。
「大勢いるし、鍋も作ろうか」
思いついたように、智美が提案した。
「うん。いいブリがあるから、しゃぶしゃぶにしてみるよ。あと、アンコウもあるし、タラもおいしそうだし……色々ありすぎて目移りしちゃう」
「料理人としては嬉しい悲鳴だね」
笑顔で言いながら、智美は生牡蠣をひとつ食べた。
「あっ、智ちゃん、つまみぐい」
「うわ、おいしい。プリップリだよ、これ。食べてみなよ、ほら」
「お行儀良くないよぉ……」
「なに言ってるの。つまみぐいが一番おいしいんだから。ほらほら」
──などという微笑ましい光景の中、ふたりは料理を作りつづけるのだった。
その後ろでは、水無月沙羅(
ja0670)がプロ顔負けの料理を作っていた。
まずは、酒の肴になるオードヴルをあいさつ代わりに何点か。
宴席の様子を見て、順次料理を出してゆく。
次から次へと出ていく焼き鳥。大鍋で煮込まれたおでんは、質、量ともに申し分ない。
さらに、旬のネタを使って寿司を握る。握る。ガンガン握る。
そこへ、背後から忍び寄る影。
「ひさしぶりだね? なに作ってるの?」
明日羽が、沙羅の耳元に息を吹きかけた。
「ふあ……っ!?」
ぐしゃっ、と酢飯が飛び散った。
米粒がいくつか、沙羅の顔に貼りつく。
「ん。取ってあげるね?」
と言いながら、当然のように唇を寄せる明日羽。
「け、結構です! 自分で取ります!」
反射的に光纏しながら、沙羅は頬の米粒を取りのぞいた。
「あわてなくていいよ? 料理会のとき、キスした仲だしね?」
「そ、それはもう忘れました!」
「私は覚えてるよ? ……で、今日は何をごちそうしてくれるの? あの塩釜ぐらいおいしい?」
「今日は、あれほど手の込んだものは……」
「ふぅん……。ところで、これ飲んでみた?」
明日羽が見せたのは、撃退酒だ。
「いえ、まだです」
「一口ためしてみる?」
「……では、一口だけ」
「口移ししようか?」
「い、いいです! 普通に飲みます!」
急いでグラスを手にすると、沙羅はグイッと撃退酒をあおった。
「いい飲みっぷりだね? 感想は?」
「ふむ……。お酒独特のスピリッツを感じませんね。これでは酔えません」
「ずいぶん辛口な感想だね?」
「これでも料理人ですから。自分の味覚に嘘はつけません」
「ふふ。そうなの? かわいいね……?」
明日羽は沙羅の手を取ると、指についていた米粒を舐め取った。
その変態ぶりを見て、沙羅は言葉を失う。
「なにをしておるのぢゃあー!」
Beatriceが、血相を変えて飛んできた。
明日羽の趣味を知っている彼女は、セクハラ防止のために監視していたのだ。
「なにって、沙羅ちゃんの手をきれいにしてあげただけだよ?」
「そんなもの、洗えば良かろう! そこに水道があるのぢゃ!」
「じゃあ、私が洗ってあげるね? 沙羅ちゃん、手を出して?」
「明日羽は何もせんでいいのぢゃ! 料理を邪魔するでない! ほら、宴会場へ戻るのぢゃ!」
Beatriceは明日羽の腕をつかむと、強引に連行していった。なかなかの宴会部長ぶりだ。
「ふぅ……。さて、気を取りなおして……と」
狼藉者の背中を見送ると、沙羅は再び料理人の顔になった。
「料理ってより、酒のつまみがほしいんだよな……」
と呟きながら厨房に立つのは、Vice=Ruiner(
jb8212)
どうにもキッチンが似合わない風貌だが、こう見えても料理の腕は確かだ。
酒にも目がないので、酒肴を作るのは慣れたもの。
「こんな場では、簡単なものがいいだろう」
モツァレラチーズとフレッシュトマトにバジルを添えて、カプレーゼ完成。
「こいつには白ワインだ」と言いながら、シャブリをぐびぐび。
次に作るのは、エビとアボカドの生春巻き。
「これはビールだな」
うんうんと一人で納得しながら、ギネスをがぶがぶ。
「ここらでサッパリと板わさでもつまむか」
と言いながら、なぜかズワイガニに手を出すVice。
殻を割って身を取り出すと、それをほぐしてカマボコに挟む。
「ふ……。これぞ、真・カニカマ!」
ドヤ顔で言い放つVice。そして板わさと称したにもかかわらず、わさびを添えずにパクッとな。
「これに合わせるのは、当然日本酒だ。それも、純米大吟醸!」
──という具合に、Viceはつまみを自作して飲むという永久機関を続けるのであった。
「ふんふんふ〜ん♪」
和風猫メイドの支倉英蓮(
jb7524)は、上機嫌で料理していた。
とりあえず他の参加者用に、かるいツマミや一品料理。
適度に調理欲を満たしたところで、自分用のマタタビ天ぷらを作りはじめる。
そこへ、ふらふらとソーニャ(
jb2649)がやってきた。
「マタタビの匂いがするの……」
すりっ、と体をこすりつけるソーニャん。
同族の空気を感じ取った英蓮が問いかける。
「マタタビ、好きなんですか?」
「マタタビはね、酔っぱらうの。このお酒も酔っぱらうけど、ふわふわ感がないんだよ」
ソーニャは既に撃退酒を何杯もあけており、かなり酔っていた。
「そうですか。……本当は自分専用なのですけれど、すこしだけ差し上げます。どうぞ」
「……!!」
バッ、と両手を出すソーニャ。
英蓮はマタタビ天ぷらを皿に盛ると、それをソーニャの手に乗せた。
「ありがとにゃー」
ソーニャはヒシッと英蓮に抱きつくと、マタタビ天ぷらをかじりながら酒の席に戻っていった。
「……さて、わたくしも一杯やるとしましょう」
英蓮はアルコール類を何種類かと撃退酒、それに天ぷらをトレーに乗っけて、宴席へ向かった。
「うぅ……今日は量が必要なのでぇ……簡単なものしか作れなかったのですよぉ……」
と言いながら、月乃宮恋音(
jb1221)は大皿に揚げものをてんこ盛りして運んできた。
その後ろには女装した袋井雅人(
jb1469)が続き、餃子や焼売などの点心盛り合わせを持ってくる。
「これが簡単なんて……すごく豪勢じゃないですかぁ」
応じたのは、由利百合華。
「おぉ……そう言ってもらえると嬉しいですぅ……」
「さっそくいただきますね」
百合華はエビフライをつまむと、半分かじった。
ザクッ、と良い音がする。
「ん。さくさくでおいしいです。さすがですねぇ」
「いえ、素材が良いだけですよぉ……」
そんな会話をする間にも、大皿の揚げものや点心は飛ぶようになくなっていった。
「……ん。このフライは。カレー?」
などと言いながら、憐は大皿を持ち上げてエビやイカのフライをザラザラと口に流し込んでいた。
「うぅん……食材の中に、カレーはなかったのですよぉ……」
淡々と応える恋音。
いまさら憐の食いっぷりに驚くことはない。もう何度も見た光景だ。
「……ん。なかなかの。美味だった。次の。カレーを。さがす」
撃退酒をカパッと飲んで、走っていく憐。足がよろけているが、大丈夫か。
「ところでぇ……最近どうですかぁ……?」
憐が走り去ると、恋音は百合華に問いかけた。
「最近ですかぁ……? そういえば、あの撃退酒を飲んだら凄く気持ちよかったんですよぉ。ためしにどうです?」
「そうなのですかぁ……? では一口だけ……」
くぴっと一口飲んだ直後。恋音は耳まで真っ赤になってフラついた。
「大丈夫ですか、恋音さん!」
雅人が力強く抱きとめる。
「あ……あぁんん……先輩ぃぃ……」
雅人の胸に頬をこすりつけながら、恋音は色っぽい声を出した。
「恋音さん!? まさか一口で酔っぱらいに!?」
「酔ってなんかぁ……いませんよぉ……。撃退士が酔っぱらうはずありませんからぁ……」
まるで説得力のないことを言いながら、恋音は胸を押しつけた。
さすがの雅人も、これは対処に困る。
「先輩ぃ……もう私限界なんですぅ……。なんとかしてくださいぃ……」
「そ、それはいけませんね。ええ、いけませんとも!」
うろたえる雅人。
突然の展開に、周囲の視線も釘付けだ。
「早くぅ……」
「わ、わかりました、私も男です! 責任をとりましょう!」
こうなりゃ自分も酔っぱらうしかないと判断した雅人は、ガーッと撃退酒をあおった。
これで完全無欠の変態ラブコメ仮面に……と思いきや、なぜか冷静になってしまう雅人。
そう。ふだんから酔っぱらってるような彼は、撃退酒を飲むと逆に超まじめになってしまうのだ!
「いけません、月乃宮さん。酔った勢いでコトに及ぶなど、倫理的に問題です。さぁ、水でも飲んで酔いをさましてください」
グイッと恋音を引きはがすと、雅人はクールに告げた。
「そんなぁ……先輩に相手してもらえないなら……私、私ぃ……。もう我慢できませんんん……!」
恋音は厨房に駆け込むと、冷蔵庫から牛乳パックを出して一気飲みした。
「なにをするんですか、月乃宮さん! ヤケ牛乳は駄目です!」
雅人が飛んできて、牛乳パックを奪い取った。
「無駄ですよぉ……乳製品は、いくらでもあるんですからぁ……」
亡者みたいな目つきで言い放つと、恋音は生クリームを一気飲みした。
「月乃宮さん!」
生クリームをはたき落とす雅人。
「おぉ……こっちにはもっと濃厚なミルクがぁ……」
「それはバターです! しっかりしてください!」
「バターは飲み物ですよぉ……?」
「カレーとバターは違います!」
不毛な言い合いをしながら、バターを奪いあう二人。
この騒動は、しばらく続いたという。
「うわぁ……大変なことになってますねぇ……」
英蓮は、家政婦は見た的な出歯亀アングルで恋音たちを見守っていた。
一見ただの酔っぱらいが暴れているだけに見えるが、この二人の間に深い愛があることを英蓮は知っている。
「ああ、わたくしもイチャイチャしたい……」
義兄義姉ともっとスキンシップしたいと思っている英蓮にとって、バターを奪いあう二人の姿はとても微笑ましく、また羨ましく映った。
「うぅ……。こうなればもう……ヤケ酒しかありません!」
英蓮は、その場で撃退酒をガブ飲みした。
ツマミのマタタビ天ぷらとの相乗効果で、一気に酔っぱらう。
「あぅぅ……お義兄様ぁ、お義姉さまぁ……わたくしは寂しいですぅ……! にゃぁぁあああ!」
どうやら、英蓮は泣き上戸のようだった。
そんな騒ぎの中。智美、あやか、仁也の3人は、会場の片隅で静かに酒宴をたのしんでいた。
出てくる料理は、いずれも絶品だ。
自分たちの作った料理も、いくつか確保してある。
どれも美味だが、頭ひとつ抜けているのは牡蠣しゃぶとブリしゃぶだ。
どちらも、まさに今が旬。どうやって食べてもうまいが、しゃぶしゃぶは究極と言えよう。
「……うん。これは良いな。いくらでも酒が飲める」
クールに言いながら、仁也はブリしゃぶを肴に一杯やっていた。
否、一杯どころではない。何十杯もやっていた。
恋人のあやかが飲めないため、仁也は滅多に家で酒を飲まない。こういう機会でもないと、なかなか酒をたのしむことができないのだ。
さりげなく酒好きの仁也はインチキな撃退酒など口をつける気もなく、まっとうな日本酒を飲んでいる。
酒の種類は無数にあるが、海鮮料理に合うのはやはり日本酒だろう。
ザルなので酔うことはないが、こういう酒の席はなかなか楽しい。
「しかし、撃退酒か……。せっかくだし、話の種に一杯ぐらい飲んでみるかな」
そう言って、智美が撃退酒のボトルを手にした。
「大丈夫か? けっこう悪酔いしてる連中がいるようだけど……」
と、仁也。
「やばそうだったら止めてほしい」
「おいおい」
苦笑する仁也。
しかし、そんな心配をよそに、智美は一杯あけても全然平気だった。
「大丈夫そうだな。さすが、ザルの血筋」
「すこし体が温かくなったような気はする。まぁ酔っぱらいたいわけでもないから、一杯だけにしておこう」
「そうしてくれ。……ところで、あやか。グラスが空いてるな。オレンジジュース飲むか?」
「うん。ちょうだい」
警戒心ゼロで彼女が受け取ったジュースには、撃退酒が混ぜられている。
さぁ、これを飲んだあやかはどうなるか──
仁也と智美がチラチラと見守る中、あやかは二口ほど飲んでたちまち顔を赤らめた。
「……なんだか……すごく眠い……」
そのまま、ふらっと仁也の胸に倒れこんでしまう。
見れば寝息を立てており、完全に熟睡状態だ。
それを見て、仁也はちょっと笑った。
「まぁ、ある程度予想はしてたよ。ふたりとも覚えてないだろうけど、幼いころジュースと間違えてお酒を飲んだことがあってね。けど智美は顔色も変えずにケロッとしてたし、あやかはすやすや寝てたから」
「え。そうなの? じゃあ最初からわかってたの?」
智美の問いに、仁也は軽くうなずいた。
その手は、あやかの頭を優しく撫でている。
愛しい人の胸に抱かれて、あやかは幸せそうだった。
ちなみにこのあと、仁也はあやかを背負って早々に智美と帰宅した。ロクな結末にならないことが予想できたからである。
──さて、宴会が始まってから2時間ほど経った。
撃退酒の効果は抜群で、飲みつづけていた者は大体酔っぱらっている。
「ふう……何か暑いわね」
シエロは服の胸元をつまんで、パタパタさせていた。
当然のように谷間がチラチラするが、本人は気にする気配もない。
「おっぱいにゃ〜、おっぱいにゃ〜」
シエロの胸を指でツンツンする、自称401歳のアダムにゃん。
「……アダム、つんつんして何が楽しいの?」
「えっ! このたのしさがわからないのか!?」
「まったくわからないわね。あと、私の名前はおっぱいじゃないわよ?」
「だって、おっぱいだぞ!? おっぱいなんだぞ!? たゆん、ぽよん、ぷるんだぞ!? ことばはいらないんだぞ!? せかいきょうつうの宝なんだぞ!? 三界すべての頂点に立つアーティファクトなんだぞ!?」
アダムの言うことは、全面的に正しい。これがアドリブでなければMVPだ。
そんな彼を、クリフが冷静になだめる。
「待って、アダム。おっぱいおっぱいって……それじゃあまるで、しーちゃんがおっぱいみたいじゃないか。……あれ? おっぱいがしーちゃん? あれ? つまり、おっしー? おっぱっぴー?」
クリフもだいぶ酔っぱらってきて、言動があやふやだ。
「あのねぇ……クリフも、おっぱいおっぱい言いすぎなのよ。おっぱいじゃなく、胸って言ってくれる? あと、完全に酔っぱらってるでしょう?」
シエロが、クリフの眉間をペシッと叩いた。
「く……っ、くっくっく……」
そのとき。不意に侑吾が笑いだした。
周囲には撃退酒のボトルをはじめ、ビールに日本酒、ワイン、焼酎、ブランデーやらウイスキーやらの空き瓶が、ダース単位で転がっている。ぜんぶ、彼が飲んだのだ。……が、いちばん多いのは撃退酒の瓶だ。『ザル』どころか『ワク』の侑吾を、ここまで酔わせるとは。撃退酒おそるべし。
「いやいや、おまえら仲良すぎだろー! まるで天魔に見えないっての! くっふっふふ……ぅふはははは!」
アダムたちを指差しながら、別人かと思うような勢いで大笑いする侑吾。
どうやら彼は笑い上戸のようだ。
「お、おまえ、ほんとうにますもとか? にせものじゃないのか? ますもとがこんなに生気あふれてるわけないんだぞ?」
侑吾の頬を、アダムがつっついた。
「よし、俺が俺だって証拠を見せよう。さぁウェポンバッシュだ」
光纏して、大剣を抜き放つ侑吾。
「や、やめろ、ますもと!」
「あははは! 冗談! 冗談だよ! 友達にウェポンバァッシュなんて、するはずないだろ!」
「……!?」
ひょっとして侑吾は記憶喪失なんじゃないかと思うアダムであった。
……うん、いままでに何回バッシュされたと思ってんだっつー話ですよコレ。
そんな侑吾の姿を、クリフとシエロは写メで保存していた。
「ん? 俺を撮ってるのか?」
「あ、ついつい。ちょっと珍しくて……」
そっと画像を保存するクリフ。
シエロは無言で画像データを転送している。侑吾が笑っているなんて貴重な絵を、万が一の事故で失うわけにいかない。
「まぁいくらでも撮ってくれ。それより、久瀬君。さっきからずっと倒れてるぞ? 蒼ヒリュウが真っ赤……ってか、久瀬君も真っ赤だし! 飲んでねぇのに!」
ケタケタ笑いながら、侑吾は悠人の頭をぺしぺし叩いた。
が、返事はない。ただのしかばねのようだ。
「のんでるか? のんでるか?」
倒れたまま動かない悠人の顔を、ぺたぺたするアダム。
その様子を見て、ヒリュウのチビがケラケラ笑う。
「ヒリュウはのまないのか? ……お、のんでるな。えらいぞヒリュウ」
アダムがチビの頭をぽふぽふした。
実際、チビの飲酒量はかなりのものだ。悠人は完全に奈良漬け状態で、ピクリともしない。
「久瀬のヒリュウって、かわいいのよね……。良いわよねぇ、召喚士って……こんな可愛い子を召喚できるんだもの」
シエロがモフッとチビを抱きしめた。
みごとなおっぱいに顔をうずめてハスハスするチビ。ああ、なんという淫獣! 場所を代われ!
「そうだ、シエロさん。聞いてくれよー。カレーパンが強くて勝てないんだ。どうすればいいんだよ、あれ」
侑吾がシエロの肩にもたれかかりながら訴えた。
「ああ、あれね……。あれは無理じゃない……?」
「そう言わずに、対策考えてくれよー!」
ガクンガクンとシエロの肩を揺さぶる侑吾。
「笑い上戸のうえに絡み酒……? なんだか今日は、意外な一面を見てばかりね。まぁたのしいからいいけれど」
苦笑しながら、シエロは侑吾の頭を撫でた。
完全に泥酔状態の侑吾は、しかし酔いつぶれることはなく、延々と酒を飲みながらカレーパン攻略作戦を語りつづけるのであった。
そんな騒々しい二人を眺めながら、アダムとクリフは横に並んで互いにもたれかかり、頬をくっつけあっている。
「くりふー……くりふー……」
まどろみながら、自らの称号を連呼するアダムにゃん1歳。
「大丈夫〜? ほっぺ熱いよー? かなり酔ってるねー?」
応じるクリフも、うとうと顔だ。
じきに、ふたりとも寝てしまう。
そこへシエロがやってきて、毛布をかけた。
「この二人はいいとして……久瀬は大丈夫かしら、本当に」
チビをモフモフしながら、心配そうに言うシエロであった。
そのころ。梓紗は久秀にインタビューして逆に捕まっていた。
「見るがいい、この『姪っ子☆アルバム』を! 我が姪っ子の魅力が結集された聖典を!」
「あ、はぁ……」
言葉に詰まる梓紗。
そりゃそうだ。他人の家族の自慢話など、聞いてどうする。
しかし、久秀はお構いなしだ。
「これは屋外でティーパーティーを開いたときの写真だ。メイド服が似合うだろう? こっちは花火大会の写真。……うむ、浴衣も素敵だ。非の打ち所がない。……しかしな、一番似合うのは、やはり袴姿よ。見よ、この凛々しさを。まさに容姿端麗、才色兼備、八面玲瓏、古今無双!」
「そ、そうですねー」
適当に聞き流しながら、梓紗は撃退酒を飲みまくっていた。こんな話、シラフでは付き合えない。
「この美貌でありながら、姪っ子は風紀委員でな。その品行方正ぶりたるや、並ぶ者なし。学園に於いて随一と評判の
ダンッ!
久秀の話を打ち切るように、梓紗の拳がテーブルをたたいた。
「姪っ子さん自慢はわかりましたー! でも、この写真は駄目でーす! 光量が足りない! アングルが悪い! それに、これはデジカメで撮りましたね!? 使いかたがなってなーい!」
「お、おお……?」
梓紗の豹変ぶりに、言葉を失う久秀。
ガバーッと撃退酒をあおるや、梓紗は久秀の姪っ子愛を上回る勢いでカメラ愛を語りだした。
「いいでしゅかー? デジカメなら誰でも簡単に写真が撮れると思ったら大間違いなんでしゅよ〜? デジカメにも色々あってぇ〜、ほら、これ、私の取材用カメラ〜! これ、すっごい高性能なんでしゅよ〜? このコンパクトサイズで、1808万画素。GPS機能搭載で、40倍ズーム! でもでしゅね〜、シロートさんはよく勘違いしてるんでしゅけど〜、画素数が多ければ画質がいいってわけじゃないんでしゅよ〜? その理由はでしゅね〜……って、聞いてましゅか〜?」
このバトル、引き分け!
「えへへ、えへへへへ〜」
不気味に笑う桜花は、完全に酔っぱらっていた。
右手には撃退酒の瓶を握り、左の小脇には怕遊を抱えている。
彼女は今、かわいい少年少女を物色中。
今日は飲み会だけあって、オッサンオバサン……もとい紳士淑女が多いので、残念なことに彼女のストライクゾーンに収まる物件が少ない。
そんな中、ソーニャを発見。
キラーン☆と桜花の瞳が輝く!
「ソーニャちゃーん。いま行くよー♪」
「にゃ……っ!?」
並みの撃退士なら逃げるところだが、ソーニャは逆に駆け寄ってきた。
そう、ふたりは仲良し! 怕遊も含めた3人で蔵倫違反な行為に及んだ過去もある!
というわけで、愛を確かめあうためのバトル開始だ!
>ソーニャの攻撃!
桜花の膝で丸くなる。
>怕遊の攻撃!
桜花に撃退酒を飲ませる。
>桜花の攻撃!
上着を脱いで下着姿になり、ソーニャと怕遊をハグする。
>ソーニャは倒れた!
>怕遊は倒れた!
桜花無双!
というか、なぜ脱ぐ!?
だが、そのころ。ヴェルゼウィアも脱いでいた。
しかも、上だけではない。スカートも脱いで、ブラとパンツとガーターベルトという格好だ。
羞恥心ゼロなので、その姿のまま宴会場をうろうろしている。
「これで少しは涼しくなりましたわ」
などと言いながら、彼女はスピリタスを撃退酒で割って飲んでいた。
ちなみにスピリタスは度数96。理論上最強のアルコールだ。
おかげでヴェルの雪肌は桜色に染まり、ピンク色のアウルが立ちのぼっている。
これはイヤでも周囲の視線を集めざるを得ない。
「あらァ……あれ涼しそうねェ。だいぶ暑くなってきたところだし、あたしも脱ごうかしらァ」
ヴェルの姿を見て、シグネがそんなことを言いだした。
というより、言いながら既に脱いでいる。
「入亜も脱いだらァ……? 暑いでしょォ……?」
「じゃあそうしようかな」
言われるままに、脱ぎだす入亜。
……って、脱ぐ人大杉ィ!
しかし、話はこれで終わらない。
「入亜、もっとかわいい下着持ってないのォ? それ、子供みたいよォ……?」
「そう?」
入亜が履いているのは、水色の縞パンだった。
これはこれでアリだが、たしかに色気はない。
「よし、だれかに借りよう」
とんでもない解決法に至ってしまう入亜。
なんでそうなるのかわからんが、酔っぱらいだから仕方ない。
「よォし! そうと決まったら、片っ端から剥いてまわるわよォ……!」
シグネが止めるはずもないというか、煽るだけだ。
このお姉さん、いよいよノーブレーキになってきたな。
ともあれ、こうして惨劇が始まることになった。『騒動歓迎』と書いた者は、すべて生贄だ。
まず目をつけられたのは英蓮。
184cmの入亜が彼女の下着を着けられるはずないのだが、そういうことは問題じゃない。
「覚悟してねェ……?」
シグネと入亜が、左右から襲いかかった。
「なにをするんですニャアアア!?」
「脱がすだけよォ?」
「ニャアアア!」
やけに色っぽい鳴き声をあげる英蓮。
えらく脱がしにくそうな服だが、シグネと入亜の二人がかりで無事に強制キャストオフ完了!
「ひどいですニャアアア……」
半裸で半泣きになる英蓮を置いて、脱がし魔ふたりは次の獲物へ。
狙われたのは、恋音と雅人だ。
「なんのつもりですか、ふたりとも! 破廉恥な行為は慎みなさい!」
すっかり委員長みたいになった雅人が、眼鏡をクイッとしながら注意した。
「これはちょっと手強そうねェ……」
「でも、どうせだから脱がしておくでしょ?」
などと言いながら間合いをはかる、シグネと入亜。
「私が手を貸しますわ」
騒ぎを見たヴェルが、颯爽と駆けつけた。
半裸の美女3人に囲まれる、恋音と雅人。
「3人がかりですか……。しかし私は負けません! 愛の力で月乃宮さんを守り抜きます! 死にたい者からかかってきなさい!」
雅人はシリアス顔で光纏すると、弓矢を引き絞った。
その背後から、4人目の脱がし魔が!
「新手ですか……って! 月乃宮さん!?」
「いいじゃないですかぁ……脱ぎましょうよぉ……」
異界の呼び手が、雅人を束縛した。
「ば、馬鹿な……! 守っていたはずの人に攻撃されるとは……!?」
こうして雅人は、美女4人がかりで剥かれてしまった。ある意味ごほうび?
脱がし隊は、次に桜花を急襲した。
しかし、脱がすまでもなく既に半裸だった桜花は余裕で部隊に合流。
ついでとばかりに怕遊とソーニャを剥いておいて、次の獲物へ。
5人編成になった脱がし隊は、怒濤の勢いで梓紗を襲撃した。
が、真っ先に襲いかかったシグネは一本背負いをくらってリタイア。
「セクハラはNGでしゅよ〜!」
「シグネの仇!」
威勢よく飛びかかった入亜も、フロントチョークで失神KO!
「おぉ……強敵なのですよぉ……」
強敵を前に、恋音は一瞬たじろいだ。
ちなみに梓紗のレベルは1!
「ここは、私が『呼び手』を使うのでぇ……先輩がたは同時にかかってくださいぃ……」
いつのまにか部隊を仕切っている恋音。
桜花とヴェルが、目配せしてタイミングをはかる。
そこへ、憐が走ってきた。
なにをするのかと思えば、いきなり恋音のお尻に噛みついたではないか!
「いたぁぁ……! 痛いですよぉぉ……!」
「……ん。動いて。人語を。解する。カレー。珍しい。是非。飲み干したい」
すっかり酔っぱらった憐は、目に映るもの全てがカレーに見えているのだ。
ちょっと冷静に状況を見ると、うつ伏せに倒れた恋音の尻に憐が噛みついているという構図である。なんだこれ。
「……ん。これは。なかなか上質の。ビーフカレー。一気に。飲み干す」
「ひぃぃ……私は人間ですぅぅ……!」
まずい。このままでは!
ヒヒィーーン!
どかーーーん!
騒動の渦中へ、スレイプニルが飛びこんできた。一二三のパプアである。
ビリヤードのブレイクショットみたいにあっちこっちへ吹っ飛ぶ、撃退士たち。
「止まれッ! 止まれェェ……ッ!」
愛馬の尻尾につかまって引きずられる一二三。
「なんぢゃ、この騒ぎは!」
Beatriceが駆けつけてきて、パプアの後ろ足で蹴り飛ばされた。
「く……っ。委員長の名にかけて、私が波乱をおさめます! 暗黒破砕アバーッ!?」
ブレスをくらって、女装の半裸で吹っ飛ぶ雅人。
もう収拾のつけようがない騒ぎである。
そのとき、スピーカーから轟音が響いた。
「おまえら、ちっとは俺の歌を聞きやがれぇぇ!」
ずっとヒトカラしながら飲んでいたラファルの怒りが、ここで爆発した。
全兵装解除! アウル充填120%! 最大火力一斉射撃! ファイア!
ちゅどぉぉぉん!
「「アバーーッ!」」
「……なぁひとつ訊きたいんだが。なぜ飲み会の〆が、負傷者の対応なんだ?」
問いかけながら、Viceはあちこちに倒れた被害者たちを、ぽいぽいと一箇所に放り投げていた。
「わかりません。〆の料理に、鶏がらスープの中華粥を用意してあったのですが……」と、沙羅。
「それはまぁ生き残った連中で片付けるか。……といっても、俺たち3人だけだが」
どこか遠い目をするVice。
手にはさりげなく撃退酒を持っている。
「うんうん。この中華粥、おいしいね?」
明日羽は勝手によそって食べていた。
それを見て、Viceが問いかける。
「明日羽とか言ったな。こんな新年会でよかったのか?」
「はい。上出来すぎるぐらいですよ?」
「この負傷者の山を見ても、か?」
「もちろんですよ? だって今から全員、私がヒールしてあげるんですから。ね?」
ぺろりと舌なめずりする明日羽。
彼女のヒールは、同性にはキスで、異性には蹴りで発動する。
「ほかにアスヴァンがいれば良かったのに、な……」
気の毒そうに溜め息をつくと、Viceは撃退酒をあおるのであった。