ブリザードみたいな吹雪の中でアイスを食べてる卍と亜矢の姿は、すぐに知れわたった。
どうやら屋外限定でアイス食べ放題らしいという噂を聞きつけた学生たちが、明日羽のもとへやってくる。
彼らは、命を賭けてもアイスを食べたいという熱狂的なアイス愛好家! その信念に揺るぎはない! 友人に無理やり連行されてきた哀れな者もいるが、あくまで例外だ。
「……またなにか、変わった催しをされているそうでぇ……」
話を聞いて真っ先に駆けつけたのは、月乃宮恋音(
jb1221)
恋人の袋井雅人(
jb1469)も一緒だ。無論、当然、常識的に、女装姿である。
「寒いところで食べるアイスは最高でしょ? 恋音ちゃんも食べる?」
明日羽の問いに、恋音は「はいぃ……」とうなずいた。
「それで、あのぉ……アイスの天ぷらを作りたいのですけれどぉ……よろしいですかぁ……?」
「ん? いいよ? あとで『味見』に行くからね?」
明日羽は意味深に微笑んだ。
彼女の趣味を知っている恋音は背中に寒気を感じつつ、「がんばりますぅ……」と応じた。
「たこ焼きアイスはありませんか?」
明日羽の前で無茶な要求を切り出したのは、樒和紗(
jb6970)
あいにく、そんなものは購買にない。
「ないのですか。大阪では常識なのに……」
うなだれる和紗。
ちなみに『タコ焼きアイス』には3種類ある。
ひとつは、外見がタコ焼き状のシューアイス。
もうひとつは、タコ焼き味(ソース味)のカップアイス。
そして最後に、冷凍タコ焼きをそのまま食うという荒技だ!
「冷凍タコ焼きならあるよ?」
無茶な返しをする明日羽。
「それはさすがに……」
大阪文化の伝道者たる和紗といえども、ちょっと無理だった。
やむなく、バビコを食べる和紗。
「バビコは、分けて食べるものです」
と言いながら、ふたつに割って一本を明日羽に。
「どうせなら、あなたのかじったほうをくれる?」
「……」
変態PRに余念のない明日羽を前に、和紗は文字通り変態を見るような視線を向けるのであった。
「……これは、苦行する者の集まりか?」
大雪の中でアイスを食べる撃退士たちを見つめながら、コンチェ(
ja9628)は呟いた。
チベットをはじめ世界各国を渡り歩いてきた彼は、日本の文化が今ひとつわかってない。
「バケツサイズのアイスが日本にあると聞いたが、本当か? できれば、それが食いたい。味は問わん」
コンチェが言っているのは、レディホーデンのパイントカップ(470ml)のことだった。昭和時代に一世を風靡した、高級アイスだ。ふだんは金欠なので、ゴリゴリ君ぐらいしか食べられないのである。
「これが食べたいの? ねぇホーデンってどういう意味か知ってる?」
などと言いながら、ミニバケツサイズのアイスを渡す明日羽。
「し、知らん! アイスは頂いて行くぞ!」
なぜか顔を赤くして、コンチェは外へ出ていった。
そして、今日こそとばかりに黙々とアイスを食べまくる。
だいぶ震えているが、氷点下10度に達するチベットで修行した彼にとっては問題にならない!
──と言いたいところだが、実際めっちゃ寒い!
そりゃそうだ。体の外側と内側から冷却されてるのだから。
「ふ……。心頭滅却すれば火もまた涼し……」
自分に言い聞かせるように呟くコンチェだが、無理して死なないことを祈る。
「雪祭りにお誘い頂き、恐悦至極」
いつものように勘違いなことを言いだしたのは、ラテン・ロロウス(
jb5646)
人界知らずの彼は、例によって『雪見アイス』の作法を知らない。
というわけで、いつもどおり民明出版の出番だ!
『♪たのしいあいすのたべかた♪〜地獄変〜』を熟読したラテンに、隙はない!
彼はまず、『雪祭り参加作品・バラとカビンと自由の天使』と書かれた立て札を雪面に刺すと、おもむろに雪の台座へ上がった。
あとは、ひたすらにアイスを食う。食って食って食いまくる。
初めてのアイスバイキングに感動を覚えるラテンだが、まわりの人々には彼のやろうとしていることが理解できない。
周囲からの制止も聞かず闇雲にアイスを食べ続けるラテン。その体は徐々に青白く凍りついてゆき──
やがて、ひとつの氷像が完成した。
天高く薔薇を掲げ、花瓶を小脇に抱えた姿は、まさに自由の女神そのもの!
これは入賞間違いなしだ!
さすがラテン! 貴族! 天使! アルパカ!
「あれは、ただの気狂い……? それとも芸術家……?」
多くの狂人や変態を見慣れている明日羽でさえ、ラテンを理解するのは不可能だった。
「最後まで生き残り、景品をゲットするのぢゃ!」
いつもどおり解説者枠で参加かと思いきや、Beatrice(
jb3348)は珍しく選手枠で飛び入りしてきた。
景品などという話はどこにもなかったのだが、彼女の説得が功を奏して『ケーキのようなアイス』が景品として用意されることに。
はぐれ悪魔のBeatriceは頑丈なので、寒さには強い。ふだんどおりの白雪のような素肌を露出する格好で、堂々の食いっぷりである。
「ふむ……。このゴリゴリ君ウォッカは美味なのぢゃ。アルコールの力で体の内側から暖かく……」
震えながらも、解説者の意地を見せるBeatrice。
悪魔といえども、体の内と外から急速に冷却されて、みるみるうちに全身が青白くなってくる。
このままではラテンの二の舞だが、はたして彼女の運命は──?
「冬のアイスは格別よねェ……」
うっとり顔で言いながら、シグネ=リンドベリ(
jb8023)は工作していた。あずきボーを集めて、水で接着しているのだ。
じき完成したのは、巨大あずきボー! これはヤバイ。こんなもので殴られたら、撃退士でも死ぬ。
「なにやってんの、あんた」
亜矢が問いかけた。
「ちょっと巨大アイスが見たい気分だったのよォ……あらァ? けっこう重いわねェ」
よろけた拍子に、巨大あずきボーが亜矢の脳天に命中した。
「ごがッ!?」
タンコブを作って倒れる亜矢。
「ごめんなさいねェ……? あ、そうそう。亜矢はあずきボー派だったかしらァ……じゃあ食べさせてあげるわねェ、はいアーン」
「そ、そんな大きいの……!」
「あら。大きいの好きでしょォ? 好きよねェ?」
説き伏せるように言いながら、シグネは亜矢の口にあずきボーをねじこんだ。
「んぐ……っ!?」
「あらァ、こんなに大きいの、ずっぽり入っちゃったァ……。ねぇ、おいしい? おいしいよねェ……?」
「ンぐぅぅぅ……ッ!」
涙目で悶絶する亜矢。
そのとき、シグネの肩を明日羽がつついた。
「これも使っていいよ?」
明日羽が手渡したのは、ゴムの中に白いものが詰まった例のアイス。
シグネはフフッと笑って、明日羽と握手するのだった。
「寒い……。こんな雪の中でアイス食べるとか馬鹿なの? 死にたいの? 炬燵でぬくぬくしながら食べるアイスが一番なのに……でもアイスに罪はないし……」
月守美雪(
jb8419)はぶつぶつ文句を言いながらも、良いペースでバーゲンダッツを食べていた。どうせ奢りなのだから、高いものを食べたほうが良いに決まってる。アイス大好きな美雪にとって、これは夢のようなイベント!
だが吹雪は激しくなる一方で、参加直後から後悔気味だ。
「……駄目ね。雪が口に入って、味がわからないわ。もう限界……」
美雪はアイスを3つ食べたところでリタイアを選ぶと、足早に室内へ。
そのとき、ツルッと足が滑った。
ころんだ拍子に、冷たい手が誰かの肩口に触れる。
「……!?」
振り向いたのは明日羽だった。
「すみません。うっかり足が滑って……」
「あやまらなくていいよ? いまから私の手や舌が滑るから、ね?」
「NG! NGですー!」
美雪は一目散に逃げていった。
「冬の屋外で食する氷水は最高ですね。異論は断じて認めません」
吾妹蛍千(
jb6597)は、かき氷を食べていた。
税込125円の宇治金時である。しかも、満面の笑顔だ。
関東生まれ関東育ちで雪など滅多に見られなかった蛍千にとって、豪雪はご褒美。
なにしろ、朝から番傘の下で雪見していたほどだ。かなりの雪愛好家である。
一方、となりに座る稲野辺鳴(
jb7725)は、いまにも死にそうな顔をしていた。
「できれば室内で食べたい。つか、もう帰りたい。 コタツ入りたい。寒い」
情けないことを言いながら、鳴は子犬みたいに震えていた。
無理もない。朝からずっと、蛍千に付き合わされて雪見していたのだ。口論で負けたからという理由だが、なんだかんだで彼らは仲良しなのか。まぁ二人とも否定するだろうが。
「なにを言うんですか。雪見はこれからですよ」
蛍千は酔っぱらいみたいな目で空を見上げながら、機械のような動きで宇治金時を食べ続けていた。
「なにが楽しいんだか、さっぱりわからねぇ……」
鳴はネックウォーマーやベンチコートを着込んでモコモコに着ぶくれしながら、体育座りであずきボーをかじっていた。そんなに寒いなら無理してアイス食う必要ないだろと誰もが思うが、自らを過酷な環境に置くことこそハードボイルドの理念なのだ。
「大丈夫、大丈夫。いける、いける。あずきは主食、あずきは主食……」
呪文のように呟く鳴は、もはやキャラを保てないレベルで凍えている。
「あずきは主食ではありませんよ?」
キリッと反論する蛍千。
いつもなら罵りあいのすえ殴りあい……というか蛍千が一方的に殴られる喧嘩になるのだが、今日ばかりは鳴も寒さで動けなかった。
「ああ、雪はいいですね……365日降ってほしいぐらいです……。雪最高、雪最高……!」
狂ったようにケタケタ笑いだす蛍千。
鳴は、宇宙人でも見るような目で蛍千を見つめる。
「このあずきボーで蛍を殴れば帰れるかな……?」
しかし寒さのあまり1ミリも動くことができず、鳴はただ震えるだけだった。
「心頭滅却すれば火もまた涼し。……つまり、その逆もしかりということだね!」
陽気に乗りこんできたのは、日下部司(
jb5638)
雪山用ゴーグル着用で、完全防寒装備。使い捨てカイロを全身に貼り付けてきた司に、弱点はない!
そう、弱点はない。が、全身ガタガタ震えているのは仕方ないことだった。
それでも、アイス大好きな司にとって、このイベントは避けられない魅力! 全種コンプをめざして食べまくる予定だ!
「く……寒い。体の芯から凍っていくようだ。でも、食べるのは止めない! だって、そこにアイスがあるのだから!」
まだ3種類しか食べてないのに、司は真っ青だった。
そのとき目に入ったのは、恋音の天ぷらアイス。
「おお、あれを食べれば暖まるはず……!」
エベレストにでもアタックするのかという重装備で、雪の中を進む司。
その直後。どこからともなく飛んできた雪観大福ミサイルが、彼の後頭部を直撃した。
「な、なぜ俺が……」
無作為に選んだ結果なので、不運としか言いようがない。
「豪雪の中でアイス食べ放題って、拷問なのかご褒美なのか……。まぁ人間にとっては拷問だな……」
氷雪地獄でアイスをむさぼる亡者たちを眺めながら、蔵寺是之(
jb2583)は呆れたように呟いた。
しかし、そんなことを言う彼もまた、アイスの魅力に抗えない者。豪雪の中での戦闘ってのもあるかもしれねぇし……と自らを説得しての、飛び入り参加だ。
食べるのは、大正の超カップ超バニラ味。
安い、デカい、うまい、どこでも売ってると、4拍子そろった完璧なアイスだ。
さすがは『アイスの志波さん』の一押し商品! って、だれもわからないネタだな!
「はは……っ。エクセル超カップこそ、コンビニアイスの王……。ゴリゴリ君やあずきボーなんぞ、ガキの食いものだ」
無駄に喧嘩を売る是之。
「おまえの言うことには一理あるが、値段を考えろ。ゴリゴリ君は60円、超カップは100円だ。この差はデカイぜ?」
卍が反論した。
「いや、超カップには40円の差を埋めるだけの性能がある。王に死角はない」
「バカ言え。アイスの王はゴリゴリ君だ。しかも季節限定なんてケチなものじゃねぇ。ソーダ味こそ至高!」
吹雪の中で互いの推しアイスを食べながら、激論を交わす是之と卍。
しかし、是之は早々に議論を打ち切ることにした。
「やべっ、舌が痺れてきやがった……万が一にも味覚がおかしくなったら、パン作りに影響が出るぜ。俺の一番はパンだからな……、わりぃが俺はリタイアだ!」
そう言い残すと、是之は校舎の中へ走っていった。
「……この学園は、ときおり不思議な催しを行うな。……まぁアイスが食べられるなら何でも良いのだが」
黒衣を風にはためかせつつ、グリムロック・ハーヴェイ(
jb5532)はクールに登場。
一見硬派の彼だが、じつは結構な甘党。アイスは大好物なのだ。
「ふむ……。大雪の中で雪観大福を食べるのも、なかなか趣があるな」
凍りついたベンチに腰かけながら、行儀良く、黙々とアイスを食べるグリムロック。全身雪まみれだが、本人は寒さなど感じないかのように落ち着いている。トーチで週刊クラウドを燃やして暖を取りつつ、リジェネレーションで体力を回復する彼に、隙はない。万が一にも重体者や死亡者が出たりしないよう、周囲にも常に気を配るという念の入れようだ。
「皆、たのしそうで何より。……だが、さすがに少し寒いようだな」
そのとき。すぐ目の前で、Beatriceが倒れた。
「いかん。救助だ」
素早く駆け寄り、抱き起こすグリムロック。なんという紳士!
「ま、まだぢゃ……まだ食べるのぢゃ……景品……景品……」
心神耗弱状態に陥って、意味不明なことを口走るBeatrice。
「これは……屋内に運ぶべきだよな……?」
「だ、駄目ぢゃ! わらわはまだ食べるのぢゃ!」
「正気か?」
「正気なのぢゃ! もっとウォッカを持ってくるのぢゃ!」
どう見ても正気ではないが、大丈夫だろうか。
「何故こんな寒い中でアイスなんか食べなくてはなりませんの……?」
シャロン・リデル(
jb7420)は困惑した。
アイスが無料で食べ放題と聞いて駆けつけたものの、現場の状況を把握して頭を抱えることに。
しかし、せっかくここまで走ってきたのだ。目的を達しなければなるまい。
決意を固めると、シャロンは雪観大福を要求した。冬のアイスといったら、これしかない。
そして、アイス片手に外へGO!
「さ、さむい……!」
マフラーに耳当てと防寒対策はしてきたが、それでも寒い。
そりゃそうだ。なんせ、氷点下2度。へたすれば昭和基地より寒い。
雪観大福もガチガチに凍りついて、歯が立たないレベルだ。
「固くてフォークが折れてしまったのですが、どうやって食べろと言うんですの!?」
悪戦苦闘しつつも、どうにか食べようと頑張るシャロン。
だがしかし、まるで石を食べるかのようだ。
グリムロックはよく食えたな、こんなもの。
「ああ、もう! こんな寒い所にいられませんわ! 私は室内に戻らせて頂きます!」
歩きだしたとたん、シャロンは足を滑らせた。
びたーん!
ゴシャッ!
なんと、ころんだはずみで飛んでいった大福が、司の後頭部に命中。
殺人未遂事件として、警察が動いたとか、動いてないないとか。
「アイス食べ放題って聞いたんだぞ! 本当か? 本当か?」
アダム(
jb2614)が、元気よく明日羽の前にやってきた。
「本当だよ? ところでボク、かわいいね? 女装しない?」
「そんなことしないぞ! おれは男だぞ!」
「やってみたら目覚めるかもよ?」
「やらないったら、やらないぞ!」
「そう言わずに。ね?」
と言いながら、なぜか鎖を手にする明日羽。
そこへ、クリフ・ロジャーズ(
jb2560)が飛んできた。
「無理強いしないでください!」
「無理強いはしてないよ? ただ、女装したら似合うと思っただけだよ?」
「そ、それは……」
言葉に詰まるクリフ。
実際、似合いそうなのだ。
「俺たちはアイスを食べに来ただけだ。酒をくれ。大吟醸で」
桝本侑吾(
ja8758)が、クールに告げた。
「お酒はアイスじゃないよ?」と、明日羽。
「知らないのか? 酒の名産地には、アイスに大吟醸かけるメニューがあってだな……」
侑吾は珍しく饒舌に語りだした。
ふだん無口な彼も、酒に関しては一家言あるようだ。
「桝本、説明が長いわ。お酒たのしめなくなるわよ?」
冷静に声をかけたのは、シエロ=ヴェルガ(
jb2679)
「しかし、アイスには酒が不可欠だ」と、侑吾が返す。
「安心して。アイスに合いそうなお酒、色々と持って来たから。やっぱり、人間界には美味しいモノが揃ってて良いわよね」
シエロが見せたバッグの中には、何本もの酒瓶が入っていた。
「ふぅん……? おいしそうですね?」
明日羽が、シエロの胸をチョンと突っついた。
「な、なに!?」
予想外すぎる明日羽の行動に、慌てて跳びのくシエロ。
「あ、そういう反応ですか? 案外かわいいんですね?」
明日羽が、舌なめずりしそうな顔で言った。
これはヤバい。
「しーちゃんの危機だ! 行け、アダムにゃん!」
クリフが、ボケモンみたいにアダムを投げた。
クルッと一回転して着地したアダムは、「ぴかにゃー!」と吠えながら両腕を上げる。
そして、猛然と明日羽へ強襲! てちてちてち!
「シエロのおっぱいの平和は、おれがまもるんだぞ!」
「……」
じっと黙って見下ろす明日羽。
アダムはクリッと振り返って胸を張る。
「どうだ? おれ、かっこいいか?」
「カッコいいけれど……胸の平和って何なの、アダム」
「だいじだぞ! おっぱいはだいじだぞ!」
いつになく気合が入っているアダム。
それを見て、明日羽はコクコクとうなずくのであった。
──数分後、4人は久瀬悠人(
jb0684)と合流して外へ出ていた。
悠人の首にはヒリュウのチビが巻きつけられており、やけに暖かそうだ。
「さて、飲るか」
当然のように紙コップを手にする侑吾。
クリフとシエロもコップを出して、自由に飲みはじめる。アイス食べ放題のイベントにもかかわらず、勝手に飲み会イベントにしてしまうとは、なんてことを。この人たち、マジ人外。……いや、侑吾は人間だけど。この様子では、新年会の行方が楽しみ……不安だ。『騒動歓迎』と書いた人は覚悟するように。
「酒にアイスとは、体が暖まって一石二鳥だな。……あ、未成年組は飲酒禁止だからな。かわりに、これで暖まるといい」
侑吾が、アダムと悠人に使い捨てカイロを手渡した。
「おさけアイスくれないだと……? お、おれは400さいなんだぞ……?」
せつない顔で侑吾を見上げる、アダムにゃん自称400歳。
「……てかさ、ここに来ても成人組は優遇されてんな、ちくしょうめ。こうなったらヤケだ、バーゲンダッツ食いまくる」
悠人は、ガタガタ震えながらダッツを食べまくっていた。
そこへ、アダムが声をかける。
「さむいのか、久瀬。おれが暖めてやるぞ。おれは久瀬よりおにいちゃんだからな!」
年上ぶりながら、悠人の脚に抱きついてギュッとするアダムにゃん400歳。
「……何か言った? 年上? おにいちゃん? そうか、じゃあおにいちゃん、俺にカイロくれ」
「そ、それはダメだぞ! カイロは命よりたいせつなんだぞ!」
盗られないように必死でカイロを守る、アダムにゃん4歳。
「カイロが足りないのか。じゃあ俺のをやろう」
侑吾が上着の前を開けると、内側にはカイロがズラリと並んでいた。
「フル装備ですね……」
悠人が目を丸くした。
「さすがますもとだな! カイロがへったぶんは、おれがあたためてやるぞ!」
すりすりするアダムにゃん0歳。
「暖まってきたところで、アイスをどうぞ。アダムにはイチゴソースを用意してきたわよ?」
料理や甘味にこだわりのあるシエロは、食材を色々と持参していた。
酒はもちろん、トッピング用のフルーツやジャム、熱いコーヒーと紅茶もある。
「俺もチョコソース持ってきたけど。かけてみる?」と、クリフ。
そこで、アダムがカッと目を見開いた。
「ひらめいたぞ! イチゴとチョコを両方かければ、二倍おいしくなるんだぞ!」
と言いながら、イチゴソースとチョコソースを合いがけしてバニラをほおばるアダムにゃん。
「それはいいな。俺もやろう」
侑吾はストロベリーリキュールとチョコレートリキュールの合いがけでアレンジ。
「これはなかなかですね。まったく、人間は。こんなにおいしいものばかり食べて……」
リキュールをドバドバかけながら、クリフもアイスを堪能していた。
……アイス? もうほとんど酒だろ、これは。
「こっちにフルーツブランデーもあるわよ? 林檎、梨、桃、苺……」
「イチゴジュースおいしいぞ」
シエロが言ったとき、アダムは赤い液体を飲んでいた。
「ア、アダム。それ、ブランデーよ!?」
「ん? これはイチゴジュースだぞ?」
と言いながら、顔が真っ赤になっているアダム。
自称400歳なので問題はない。
「しかし寒いな……。だれか、炎系のスキル持ってないだろうか」
そう言いながらも、侑吾はアイスを食べるのをやめない。
「あ、大丈夫だよ。俺、炎系使えるよー♪」
クリフは光纏すると、ルキフグスの書を天高くかざした。
もしかすると、ちょっと、だいぶ、少々、酔っぱらってるのかもしれない。
「わぁ! ロジャースさん、それフラグ! 死亡フラグ!」
悠人が慌てて止めた。
しかし、時すでに遅し。
どぱぁぁぁん!
積み上げられていた雪の山に、盛大な花火が弾け散った。
大量の雪が、雪崩になって襲いかかる。
「「うわぁぁああ!」」
彼らだけでなく、あたり一帯の撃退士たちは全員雪に飲みこまれた。
ただひとり、悠人だけはティアマットのグロリアを召喚して防壁にしたため、グロリアごと雪に埋もれたのであった。……って、どっちにしても埋もれるんかい。
「極寒の地でアイスパーティー! 楽しそうだよね!」
テンション高めでやってきたのは、ハウンド(
jb4974)
「アイスを外で食べれば良いんだよね? なら、これは問題ないよね〜?」
と言いつつ、ホットコーヒーをいれるハウンド。
その上にバーゲンダッツのバニラをのせて、コーヒーフロート完成。
「いってきま〜す!」
ハウンドは外へ出ていくと、闇の翼を広げて舞い上がった。
そして屋根の上に陣取り、下界を見下ろしながらアイスを堪能する。
「ふふふ……。ここなら誰の邪魔も入らず、ゆっくり楽しめるね♪」
この手のイベントでは大抵騒ぎが起きることを知っているハウンド。その作戦に、ぬかりはなかった。アイスが溶ければ新しいアイスを補充し、コーヒーがぬるくなったら熱いコーヒーを注ぎ足し──と、少々忙しいのはやむをえない。
そのとき。
下のほうで、ものすごい音がした。
見れば、雪崩でも起きたのか、一面真っ白になって学生たちは雪の下に埋もれている。
「やっぱり、こういうことになったね〜?」
けらけら笑いながら、ひとり優雅にコーヒーをたしなむハウンドであった。
「バーゲンダッツの抹茶いただき! これ大好きなんですよー。一年分あっても飽き足らない♪ ……とか言えばマジで一年分くれたりする?」
ソフィスティケ(
jb8219)は、ギターをひっさげて走ってきた。
「一年分? いいよ? かわりに、一年間オモチャになってくれる?」
真顔で言いだす明日羽。
「一年はちょっと……」
「じゃあ半年でもいいよ?」
「か、考えてきますー!」
ソフィスティケは、抹茶アイスをかかえて走っていった。
「にゃ。ひさしぶりですー。アイス食べ放題って……にゃあッ!?」
セリフの途中で、姫路明日奈(
jb2281)は明日羽に捕まってしまった。
「明日奈ちゃん、またケガしてるの? 初めて会ったときもケガしてたよね? 駄目だよ?」
「これは、あの、その……」
まさか百合娘にベアハッグされたとは説明できず、言葉に詰まる明日奈。
「とにかく、今日は無理しちゃダメだよ? 私と一緒にいようね?」
そう言うと、明日羽は明日奈を抱え上げて強くハグした。
「いた……っ。痛いですにゅ……!」
「痛くしてるんだよ? 入院してみんなを心配させるような子には、おしおきが必要でしょ?」
「にゅぁぁ……!」
「もう無理しちゃダメだからね? ……それとも、無理したい?」
意味深な質問を投げかけると、明日羽は答えを聞くまでもないという様子で屋外へ出て行った。ぬいぐるみみたいに、明日奈を小脇へ抱えたまま。
「さむ、い、です、ねぇっ」
ガタガタ震えながら、氷雨柊(
jb6561)は天ぷら抹茶アイスを食べていた。
雪をよけるために大きな番傘を立ててベンチに座っている柊だが、この暴風の前には無力だ。
「寒そうだねぇ?」
柊の真っ白な首筋を、明日羽が指先で撫でた。
「ひぁ……っ!?」
思わず跳び上がる柊。
「あなた、かわいいね? 私と仲良くしない?」
「えと……その……」
人付き合いが苦手な柊にとって、こう直球で迫ってくる相手は対応に困る。
「考えるだけ損だよ?」
明日羽の手が、柊の口元に伸びた。
「はわ……っ!」
とっさに立ち上がり、駆けだす柊。
が、十歩も行かないうちに転んでしまう。
「あら、ヒザをすりむいちゃったの? ヒールしてあげるね?」
明日羽は強引に柊を押し倒すと、血だらけのヒザを舐めた。
そう。これが彼女の回復術! 同性にしか発動しないヒールだ!
「うぅん……いつもどおりですねぇ……」
天ぷらアイスを揚げながら、恋音が言った。
「そっちこそ、ね?」
明日羽の言うとおり、恋音は必要以上に雅人とイチャついていた。
ラブラブオーラで自分たちだけでなく周囲まで暖かくしようという作戦なのだが、成功してるのか定かではない。まぁ非リア非モテが見れば、怒りで体が熱くなるかもしれないが。
「あのぉ……天ぷらアイス、いかがですかぁ……?」
「にゅ? 天ぷらアイス? 気になるー」
恋音の問いかけに、明日奈が元気よく手をあげた。
「じゃあ食べさせてあげるね?」
そう言うと、明日羽は天ぷらバニラをつまんで、指ごと明日奈の口に押し込んだ。
「うぐ、にゅ……っ!」
反射的に指を噛んでしまう明日奈。
「痛いなぁ……? 指をケガしちゃったよ? あとでおしおきだね?」
血と油で濡れた指を舐めながら、明日羽は艶然と微笑んだ。
「おー、アイス食べ放題なのです♪」
雪を蹴立てて飛んできたのは、江沢怕遊(
jb6968)
アイス食べ放題と聞いてきた彼は、いつもと目の色が違った。
「おー、バーゲンダッツなのです! 高級なのです! セレブなのです!」
天ぷら用に置いてあったバニラを、ものすごい勢いで食べる怕遊。
アイスを食べるマシーンと化した彼にとって、寒さなど問題ではない。
「ダッツが残りわずかなのです! 買ってくるのです! このあたりの店のダッツ、ぜんぶ食べ尽くすです♪」
「あなた、女の子?」
あっけにとられた様子で、明日羽が訊ねた。
「秘密なのです! ケーキが食べたいのです!」
女の子っぽい外見を利用して、スイーツを要求する怕遊。
「ストレートだね? そういうのは嫌いじゃないよ?」
明日羽はスマホを取り出すと、どこかに電話した。
「適当にケーキを見つくろって持ってきて? 大至急ね?」
「おー、やったのです! ケーキなのです♪」
「これは高くつくよ?」
「ダッツおいしいのです! サイコーなのです♪」
脅迫めいたことを言う明日羽だが、怕遊はまるで聞いてなかった。
そんな騒ぎの中へ、ソフィスティケが飛びこんできた。
「聞けば、このイベントはROCK魂を証明するための戦いだとか! ならば、あたしのギターで応援です!」
アコギを構えて、ベベンッと弦を弾くソフィスティケ。
よしきたとばかりに、雅人もギターを抜き放つ。
「やりましょう! 私たちのROCK魂を見せるのです!」
そして始まる、ギターバトル。まさに寒さを吹っ飛ばす熱演だ! ……と言いたいところだが、やっぱり寒いものは寒い。というより、手がかじかんで弦をおさえるどころじゃない。
「なんの……! これしきの寒さは、恋音さんへの熱い想いをもってすれば……! 恋音さん、愛していますよぉぉぉ! とどけ、この愛! おっぱい!」
めちゃくちゃにコードを掻き鳴らしながら絶叫する雅人。
そこにソフィスティケの熱唱が重なり──恋音は赤面するしかなかった。
しかし、騒ぎはまだ続く。
ソーニャ(
jb2649)が、雪の上をごろごろ転がってきたのだ。
そのハイテンションぶりは怕遊に匹敵するほどで、まさに『猫は喜び庭駆けまわり』状態。
「雪とアイスで寒いんだよ。こんなときは人肌〜」
と言いながら、怕遊に抱きついてスリスリするソーニャ。
「おー、暖かいのです♪」
ごろごろすりすりする二人。
しかし、怕遊の隙をついてソーニャが服の中へ手を入れる。
そして、もみもみこちょこちょ!
「おー? くすぐったいですよぉ〜! あはははは!」
笑いながら雪の中に倒れる怕遊。
次にソーニャが目をつけたのは柊だ。
「笑うと暖かくなるんだよ?」
「ご遠慮しますぅぅ!」
走って逃げる柊。
だが、ふたたび転倒してしまう。
そして、いやがる柊の服をソーニャが!
次の瞬間。いきなり明日羽の『鎖』がヒットした。
「ソーニャちゃん、駄目だよ? その子は私が目をつけたんだから。ね?」
「ふにゅぅ……」
いつものパターンで動けなくなってしまうソーニャ。
「遊びたいなら、私が相手してあげるよ? 寒いんでしょ? 暖めてあげるから、ね? ……ほら、明日奈ちゃんも一緒に来て?」
明日羽は返事も聞かずに、ふたりを引きずっていった。
が、ふと振り返って柊に一言。
「あなたは、また今度ね?」
──と。このようにして、主催者の要求はおおむね達成されたのであった。
なぜ雪の中でアイスを……と参加者の誰もが最後まで理解できなかったが、明日羽の場合イヤガラセでやってるので意味などない。しかし、心からアイスを愛する者たちにとっては忘れられない想い出になったとか。