もふ天の退治任務を受けた撃退士たちは、ただちに出動した。
ワープ装置で彼らが到着したのは、なぜかミカン畑の中。
「妙な所に出ましたね〜」
逆月十音(
jb8665)は、周囲を見回した。
今回が初任務の彼女は、ワープ移動に慣れてない。
「この程度の誤差は日常事だ。以前、海へ飛ぶはずが山火事の現場に放りこまれたこともある」
イヤな記憶を思い出すように、スリーピー(
jb6449)は溜め息をついた。
シロクマ着ぐるみを着ているのは、かわいいもの好きなことを知られないよう身元をかくすため。ついでに敵の警戒心を解くこともできて、一石二鳥という寸法だ。多分どっちも失敗してるけど。
「ともかく現場へ急ごう。一見無害な天魔だが、油断はできない」
貫禄たっぷりに歩きだしたのは、下妻笹緒(
ja0544)
彼の着こなすパンダ着ぐるみは、もはや彼自身の体のように馴染んでいる。
「うむ、急ぐでござる。一刻も早く、かわ……凶悪な天魔を、もふ……撃退するでござるよ」
まじめな顔であやふやなことを口走る鳴海鏡花(
jb2683)は、『もふもふ中毒』の称号持ちだ。
彼女にとって、今回の任務はエンドルフィンとかドーパミンとか垂れ流し状態のカーニバル騒ぎ。いまはまだ冷静だが、現場に着いたらどうなるかわからない。病院送りで済めば良いのだが。
「よーし、思う存分モフりに……じゃなくて退治に行くぞー!」
滅炎雷(
ja4615)は、歩きながらミカンを食べていた。
ナチュラルにミカン泥棒だが仕方ない。ミカン大好きなんだもの。
「そうだ。ボク、魚とか肉とか持ってきたの。餌付けしたら懐くかなぁ」
無邪気なことを言うのは、姫路明日奈(
jb2281)
たしかにディアボロは肉や魚を食うが、実行したら明日羽の思うつぼだ。まぁ明日奈的にはそれでいいのか。
「天魔とはいえ、相手は赤ちゃんなのです。ミルクをあげるのですぅ」
深森木葉(
jb1711)は、保温バッグに哺乳瓶を詰めてきていた。
警戒されないよう、着物は白。まるで死装束だ。そういう死亡フラグは初めて見た。
「ところで分担はどうします? あまり人数が偏るのも何ですし」
海城阿野(
jb1043)が、ミカンを食べながら問いかけた。
ああ、ここにもミカン泥棒が。
「私はアザラシを担当させてもらおう。あの真っ白ふわもこ……耐えられん」
ミカンを頬張りながらクールに応えたのは、凪澤小紅(
ja0266)
小紅よ、おまえもか。
「俺はどれでもいいが……まぁ白熊を殺らせてもらおうか。いや本当にどれでもいいんだが」
なぜか同じ言葉を二度繰り返す、八房左文字(
jb0874)
あぁどうしても白熊をモフりたいんだな、と皆が一瞬で理解できてしまう。
「ならば、自分はペンギンに行こう。3匹の中では、一番たのしめそうだ」
色々な意味に解釈できるセリフでクールに決めたのは、志堂龍実(
ja9408)
クーラーボックスにはエサの魚も用意してあり、モフ欲を満たす準備は万全だ。
「あたしはどこでもいいよ! かわいい女の子が一緒なら!」
卯左見栢(
jb2408)は、性癖を隠しもせずに主張した。
この時点で彼女の暴走を予想できた者はいない。
ああまさか、あんなことになろうとは……。
「ボクはアザラシをもふるよ」
はっきり『もふる』と言い切ったソーニャ(
jb2649)は、この手のモフモフ依頼を何度か経験している。いわば、もふもふのエキスパート! たよりになるぜ! なるといいな!
「ブレイカー♪ ブレイカー♪」
会話をまるっと無視していつもの社歌を歌うのは、日本撃退士攻業 美奈(
jb7003)
平然と猫ボロを蹴り殺した過去を持つ彼女は、今回も悪鬼のごとき活躍を見せるのだろうか。
以上14名、もふもふのために死ぬ覚悟はできている!
ともあれ、戦闘開始!
【アザラシ】
真っ白ふわふわの赤ちゃんアザラシが、砂浜で寝転がっていた。
撃退士の姿に気付いて、くりっと振り向くアザラシ。つぶらな瞳がキュートだ。
「ぐは……っ!」
一目見ただけで、十音は鼻血を噴いた。その量は殺人事件レベル。一瞬で血の池ができるほどだ。まさか、なにもせずにリタイアか!?
じつは彼女、つい先日までヤドクガエルが一番かわいい生物だと思っていたのだ。こんなモフモフ生物を見たのは、生まれて初めて。その衝撃たるや、1ガロンの鼻血を流しても足りないほどだった。一体どういう環境で育ったのか不明だが、これで十音もモフモフ欲に目覚めたことだろう。もしかすると、このまま目覚めず死んでしまうかもしれないが。
「一番槍はもらった」
そんな犠牲者をよそに、小紅は淡々と縮地を発動。一気に間合いをつめた。
この手の依頼を初めて受けた彼女は、クールな表情と裏腹に内心わくわく状態。
「いまこそ念願のモッフリを手に……」
ちゅどぉぉぉん!
あと5mというところで、小紅はキノコ雲とともに吹っ飛んだ。地雷を踏んだのだ。
「なんと……!? まさか、罠でござるか!? いつものモフモフ依頼ではないのでござるか!?」
鏡花は目を疑った。ふだんなら真っ先に突っ込んで痛い目を見るのは彼女の役なのだが、エビ天との戦いで迂闊な行動は重体を招くと学んでからは慎重に動くよう心がけているのだ。
「なんと卑劣な……。しかし、地雷など拙者の前には無意味! 赤ちゃんアザラシ殿、いま参るでござる!」
鏡花はドヤ顔で光の翼を広げると、地面すれすれを滑空して襲いかかった。
それを見たアザラシが、コロンと転がって仰向けになる。
「おなかをさわらせるでござるぅぅっ!」
鏡花が手をのばした瞬間。アザラシのヒレが、ヒュッと動いた。
バシュウッ!
「グワーッ!」
不可視の刃が放たれて、鏡花は回避する間もなく撃墜された。
これぞ、秘剣カマアザラシ!
「なんて恐ろしい子……。でもボクは行く。たとえ罠だとわかっていても、この誘惑には耐えられないよ……! そう、このモフ欲は遺伝子に刻まれた業……!」
ソーニャは光の翼で舞い上がった。
そのとたん。アザラシの口から極太レーザーが吐き出され、何もできずに墜落。
以上、撃退士4名秒殺! 完!
そう、本来なら彼女たちは二度と立ち上がれなかった。それほどのダメージを受けたのだ。
が、胸に燃える熱いモフ欲が4人を再び立ち上がらせた。モフるまでは死ねない!
「あまりにも壮絶な攻撃でした〜。こんなかわいい生物がいたなんて〜。現実世界でコンテニューするとは〜、あまりにも情けないです〜。少しばかり血を流しましたが、もう大丈夫ですよ〜」
十音が、血の海の中から起き上がった。
念のため言っておくが、彼女は何の攻撃も食らってない。勝手に鼻血を出して倒れただけだ。
「なんと恐ろしい……。かわゆす外見とは裏腹に、手強いでござるな……。しかし、これしきのことで怯えてはモフれん! 重体になろうとも、拙者はモフるでござる!」
鏡花も治癒膏を使いながら立ち上がった。その目は爛々と輝き、異様なオーラを放っている。
「くっ……いままでのモフモフ参加者は、このような攻撃に耐えてモフったのか!」
なにか盛大に勘違いしながら、血みどろで復活する小紅。
「私だけ脱落するなど、いままでの参加者に申しわけが立たない……。ならば、私はためらわず使おう……死活を!」
小紅のオーラが輝きを増した。これで、15秒間は何があろうと倒れない。もはや重体は覚悟済み。命に代えても、15秒間モフるのだ!
「すでに命は捨てた……。行くぞ!」
再び縮地を使い、小紅は突進した。
ちゅどぉぉぉん!
地雷を踏みつぶして爆走する小紅。
ズバシュウウッ!
見えない斬撃を食らっても激走する小紅。
「きゅぅ……ッ!?」
アザラシはうろたえ、這って逃げようとした。
その背中をつかまえて、力ずくでホールドする小紅。
「おお……これは……! 想像以上のふわもふ! このようなディアボロを作るとは、まさに悪魔の所行……!」
かろうじて無表情を保ちながら、小紅は関節技を極めつつ必死でモフモフしていた。アザラシの関節を極めるとは、なんという業師!
「凪澤殿、グッジョブでござる! 拙者にもモフらせるでござるぅぅ!」
光の翼で飛びかかると、鏡花はモフッとアザラシに抱きついた。小紅も一緒にハグされているが、そんなことおかまいなし! いまこそ我欲解放のとき!
「おお……なんという抱き心地……! ああ……この感動は言葉にならんでござる……! ただ一言申すならば……赤ちゃんアザラシ殿……かわいいでちゅねー♪ いいこでちゅねー♪ ふわっふわでちゅねー♪ 食べちゃいたいぐらいでちゅねー♪ あむあむ♪」
目をとろんとさせて、よだれをたらしながら、アザラシのおなかをはむはむする鏡花。とてもアラサーの女天使とは思えない。というか、すぐ目の前に小紅がいるのだが。この醜態をさらしていいのか。
しかし、見れば小紅は既に意識を失っていた。
それでもガッシリと敵をホールドしているのは、さすがと言えよう。まぁ、おそらく多分きっと、死ぬまでモフりたかっただけだと思うが。
どうやら無力化できたようだと判断して、ソーニャと十音もやってくる。
そして、存分にもふもふ。
ちいさな赤ちゃんアザラシ1匹を4人の撃退士が囲んでモフるさまは、かなり異様だ。
「……ではそろそろ、とどめをさしましょうか〜」
十分にモフモフを堪能した十音は、暗殺者らしい冷酷さで切り出した。
「そんな! まだモフるでござる!」
見苦しくアザラシのおなかに頬ずりする、アラサー堕天使鏡花。
「でも、キリがありませんよ〜?」
「……承知いたした。ならば、拙者ごと撃退するでござる! この子を一人だけで逝かせぬでござるよ!」
とんでもないことを言いだす鏡花。
それを聞いた十音は、「わかりました〜」と言って鏡花と小紅とアザラシをまとめてワイヤーで縛り上げた。
しかし十音には、全員を一発で始末する武器がない。
「ボクがやるよ」
ソーニャはアザラシに近付くと、躊躇なくナパームショットで焼きつくした。ともに戦った戦友ごと。
なんという無慈悲。だが、それがソーニャ流の手向けなのだ。
(かわいそうなディアボロ……。彼らは何のために生き、死んでいくのだろう。戦いの道具として作られた彼らの幸せって……?)
燃えさかる炎を見つめながら、ソーニャは苦悩した。
その背後から、人影が忍び寄る。
「がんばったね、ソーニャちゃん?」
それは聞き覚えのある声だった。
「え……!?」
(どうして、あの人がここに……!?)
うろたえるソーニャ。
ここは久遠ヶ原ではない。おなじ依頼を受けたのでない限り、学園生と偶然でくわすことなど有り得ない。にもかかわらず、佐渡乃明日羽はソーニャの背後から抱きしめたのであった。
「な、なんで……!?」
「斡旋所で依頼を見かけて、見学に来ただけだよ? そしたらソーニャちゃんがいたから。ね?」
「……」
なにを言えば良いかわからず、ソーニャは言葉を失った。
そして、ふと気付いた。胸に触れている、明日羽の左手。その小指に、見覚えのある指輪が──
「その指輪……」
「うん、誕生日会のときにもらったヤツだよ? 引き出しの奥になんか消えてないでしょ?」
明日羽の言葉に、ソーニャは無言でうなずいた。
うなずく以外、なにもできなかった。どんな言葉を口にしようと、いまの気持ちを伝えることなどできそうになかった。
【ペンギン】
砂浜で、ふわふわ産毛の赤ちゃんペンギンがヨチヨチ歩いていた。
ときどきコケッと転んだり、親をさがすようにキョトキョトしている。
「「か、かわいい……」」
雷、龍実、阿野の3人は、おもわず声をそろえた。
偶然にも男ばかり集まった形だが、ペンギンには男心をくすぐる何かがあるのだろうか。
「あんなにかわいらしいのがディアボロだなんて、信じられないね……?」
言いながら、雷はミカンをもぐもぐしていた。いったい何個盗ってきたんだ。
「ええ、やはり本物はぬいぐるみと違います」
阿野はスマホに望遠レンズをつけて、ペンギンを撮影していた。
彼はぬいぐるみコレクターで、とくに海の生物を好んで集めている。今回の依頼は彼のためにあるようなものだ。
「さて、行きましょう」
ひととおり望遠ショットを撮り終えると、阿野は無造作に歩きだした。どう見ても、無害な天魔だ。まさかあれが一流の剣士だったり、周囲に地雷が仕掛けられていたりなど、予想も出来ない。
そして阿野は、何の障害もなくペンギンの間近に。
とくに攻撃されることもなく、頭を撫でることに成功。
「もふもふ……もふもふですよ……」
うっとり顔でペンギンをもふる阿野。
雷も走ってきて、ためらいなくモフる。
「この子、すごくモフモフしてる……。気持ちいいね!」
「ぬいぐるみと違って、温かいところが良いですね……。はぁはぁ……」
呼吸を荒げながら、思う存分もふりまくる阿野。全身からハートマークのオーラが飛び散っている。頬ずりしたり、おなかの肉をふにふに揉んだり、きゅっと抱きしめたり、スーパーもっふるタイム発動だ。
「どうにかして持って帰れませんかね、この子」
阿野が無茶なことを言いだした。
「一応は天魔だし、まずいんじゃないかな……」
「全員で口裏をあわせれば……」
「僕は協力してもいいけど……」
不穏なことを相談しながら、雷と阿野はペンギンを撫でまくり、もふりまくる。
「う……ぅああああ……かわいすぎる……っ!」
すこし離れたところで、龍実は頭をかかえて悶絶していた。
本当は今すぐダッシュしてモフりたいのだが、男らしくなければいけないという意思が彼を縛りつけているのだ。
「動物をもふるなんて、男らしくない……。いや本当にそうか……? あの2人だって男じゃないか……」
自問自答する龍実。
だが、そんな苦悩も赤ちゃんペンギンのカワユスさの前にポキッと折れた。
「男らしく……男らしく……ダメだ、抗えないッ!」
ひらきなおると、龍実は全力で走りだした。
そして、恥も外聞もなくペンギンをモフり倒す。
「うぅぅ……かわいいなぁ……。でも、こんな子を退治しなきゃいけないって……酷だよね……」
どうにか苦悩を克服したかと思えば、ふたたび別の苦悩に囚われる龍実。
もともと『護ること』を目的として剣をとっている彼は、相手が何であろうと傷つけたくはないのだ。依頼とはいえ、無害な天魔を撃退しなければならないことに負い目を感じているのである。
「こんなに良い子なのに……退治したくないよぉぉ……」
葛藤の中、涙ぐみながらもモフることは忘れない龍実。口調は完全に女に戻っている。
だが、その直後。
ただモフられるだけだったペンギンが、短い翼を広げてクルリと一回転した。
ズドバシュゥゥゥッ!
「「アバーッ!?」」
鮮血を噴き上げて薙ぎ飛ばされる3人。
だれにも見えてなかったが、回転した瞬間にペンギンの翼が伸びて刃と化し、彼らを斬り伏せたのだ。
これぞ、必殺ダブルウリアッ上!
「あんなかわいい生き物が、一瞬で撃退士3人を……!?」
全身血まみれで、雷はヨロヨロと立ち上がった。
「油断しましたね……」
阿野も血みどろで立ち上がる。
「そんな……。まさか、すべてが罠だったの……? あのかわいい姿も、なにもかも……?」
龍実はすっかり動転していた。
3人とも、目がうつろだ。あまりのことに、状況が把握できていない。
「……駄目だ、我慢できない! 僕はもういちどモフるぞ〜!」
雷は、脳天から血を噴き上げつつ走りだした。
「どんなに強かろうが、関係ありません……。再チャレンジですよ!」
阿野も、ハイド&シークで駆け寄る。
「く……っ、私も行くぞ! だてに防御力を上げてはおらぬ!」
龍実は外殻強化を発動して突撃した。
これで物理防御は315! 決して低くはない数値だ!
すまん! ステを見ないと言ったが、見ることもあるぞ!
だが、そんな龍実を嘲笑うかのように、ペン太郎の口からスプレッドガンが撃ち出された。
「アバーッ!?」
痛烈な魔法攻撃を浴びた龍実は、爆風で水平線まで吹っ飛ばされた。
「もふる……! 僕はもういちど、きみをモフる!」
雷は必死で手をのばした。
ピョコッと横っ飛びによけるペンギン。
と同時に、ハリセン状の翼が雷の後頭部にスパーーンと命中。
「アバーッ!」
なす術もなく、雷も水平線の彼方へ吹っ飛んでいった。
その隙をついて、阿野がペンギンの足をつかんだ。
「こんなにかわいいのに……倒すんですかっ! 私には……私には、そんなこと、できませんっ!」
ビターンと地面にペンギンを叩きつける阿野。
だが、ちょっと待ってくれ。コメディだとみんな忘れがちだが、天魔にはV兵器しか通じないんだ。
「こんなかわいいのに……っ! これが天魔だなんて……っ! 地面がV兵器じゃないなんて……っ!」
支離滅裂なことを口走る阿野。
その手から、ペンギンがスルッと逃げだした。
そして、着地と同時に大ジャンプ! 画面端で跳ね返ると、三角蹴りが繰り出された!
これぞ、ペン爪三角脚!
「アバーッ!」
まともに食らった阿野もまた、水平線まで飛んでいった。
以上、撃退士3名沈没! 完!
と言いたいところだが、じつはもう1人いた。
「ブレイカー♪ ブレイカー♪」という歌とともに登場したのは、みなさんのアイドル美奈さん! 仕事熱心かつ慈悲深い彼女は、仲間が満足するまでモフるのを待っていたのだ。
が、結果はコレ。もはやモフるなどと言ってる場合ではない。コメディとはいえ、敵を撃退できなければ任務失敗なのだ。
ところで、この美奈さん。じつは両腕が少々不自由。とくに欠損してるとかではなく、超絶不器用なのだ。過去には、いじめられたこともある。しかし、そんな彼女だからこそ身につけた特技があった。
それは、本来腕を使っておこなう行為を脚でおこなうというもの。その脚さばきは人類の枠を超えたレベルで、過去には脚だけでデコレーションケーキを作ったこともあるほどだ。
すなわち、日常生活の行為すべてが、美奈にとっては脚でおこなうもの。
そう、動物をモフることすらも。
というわけで美奈は脚にレガースを着けて、蹴り殺……もとい、モフる気満々。
「哀れな短足鳥類よ……あたしの美脚に見とれて死になさい!」
美奈はレバー2回入れで猛然と走りだすと、低空ダッシュからの大キックを敵にぶちこんだ。そのままKをホールドしてレバー↓↓で、フランケンシュタイナー炸裂!
ゴキッという音がして、ペンギンの首が折れた。この時点で体力ゲージはゼロである。
が、動かなくなったペンギンに向かって美奈は236Kからのサッカーボールキックをぶちこんだ。転がっていったペンギンを追いかけて、さらにストンピングの雨あられ。
最終的にボロ雑巾みたいになるまで脚でモフり倒すと、美奈は爽やかに微笑んだ。
「いやー、堪能したわー」
やっぱり鬼だった。
【シロクマ】
砂浜にかき氷が……ではなく、ちいさなシロクマがいた。
よちよち歩く姿は、まるきり動くぬいぐるみだ。
「にゃ、かぁいい〜! 猫には負けるけど……でも、かぁいいー♪」
明日奈がピョンピョン跳びはねた。
大丈夫。キミのほうがかわいい。
「ぎゃあああ! かっわいい! くそかっわいい! シロちゃんマジきゅーと! てゆーか、あああかっわいいい!」
3億円でも当たったのかというぐらいのテンションで叫ぶのは、栢。こんなに全力で自らの心情をぶちまける人は初めて見た。鎮静剤が必要かも。
(く……けしからんもふもふだな……)
左文字は、ニヒルな表情で写真を撮っていた。
そう、こんなイカつい顔のくせに、彼もまたモフ欲に取り憑かれた者! モフモフのためなら死ねる!
「あれが標的か。なかなかのモフ度だ」
シロクマ着ぐるみで、スリーピーは砂浜をコロコロしていた。
それを見て、おもわずモフモフする明日奈。
「にゃ。こっちのクマさんもかぁいい〜」
「がるる……くまくまー」
敵をほったらかしてジャレあう二人。
だが、ちょっと待てスリーピー。白熊は『くまくまー』とは鳴かないぞ!
「かわいい怪獣……じゃない、海獣さんをもふもふするのですぅ〜」
木葉は哺乳瓶を手にダッシュした。
それを見た栢が、あわてて追いかける。
「待って! ちょっと待って! 相手は天魔だし! 危険がデンジャーで危ないかもだから! あたしと一緒にモフろう? ね? ね?」
「はわ……っ!?」
ただごとでない形相の栢を見て、おもわず逃げる木葉。
彼女は知っているのだ。栢のような人種を。ほかにも何人か。パッシブスキル『百合ホイホイ』はダテじゃない。
「なんで逃げるの!? あたしが百合だから!? ガチ百合だから!? 百合は正義だよ!? 百合は世界を救うよ!? むしろ、世界は百合でできてるよ!?」
「に、逃げてないですぅ〜。シロクマさんにミルクをあげるのです。一番乗りなのですぅ!」
「ミルク……!? まさか、木葉ちゃんの!?」
はっ、と目を見開く栢。
「ち、ちがうですぅ! 牛さんのミルクですぅ!」
赤面しながら、木葉は着物をひるがえして走った。
だが、このセリフは問題だ。牛さんのミルクって……? そ、そんな……(照
などと言ってる間に、シロクマが走ってきた。
「おいしいミルクですよぉ〜。お姉さんが飲ましてあげるのですぅ〜。怖くないのですぅ。さあ、いらっしゃいなのですぅ〜」
しゃがみこんで、牛さんの白濁液が入った哺乳瓶を差し出す木葉。
すぱこーーん!
「ふにゃぁあああ!」
必殺サーモンスラッシャー(右フック)を食らって、木葉は宙に舞った。
「木葉ちゃん!」
なぜか笑顔で駆け寄る栢。
そして、飛んできた木葉をキャッチ。
と同時に、乱れた着物の胸元に栢の手が!
「ふにゅ……っ!?」
「ああっ、かわいいものを見ると、右腕が勝手に……! くっ! しずまれ、あたしの右手!」
適当なことを言いつつ、鼻息を荒げながら木葉のちっぱいをまさぐる栢。相手によっては訴訟沙汰だ。
「ふあああ! かわいいは犯罪! かわいいは正義! かわいいは宇宙! あはぁあああ! もう! もう! ルミナスルミナスゥゥ!」
全力で木葉を抱きしめながら、狂ったように頬ずりする栢。一体どうしたのかという錯乱ぶりだが、仕方ない。仕方ないんだ。
余談だが、木葉はこの時点で戦闘不能。だが、栢を恨まないでほしい。彼女は己の本能に従っただけなんだ。狼が羊を襲うのは本能なんだ。牛が百合好きなのも本能なんだ。わかってくれ!
さて。そんな二人をよそに、左文字は闘志を燃やしていた。
(すごく……もふもふです……。何だあのもふもふ何だあのもふもふ何だあのもふも略)
だいぶ壊れているが、大丈夫。栢ほどじゃない。
「行くぞ……。全身全霊をかけて討伐する」
真剣な顔で、左文字は突撃した。
敵の実力は未知だが、油断はない。
「正面は危険だ……。まずは背後へ回りこみ……そして、もふる!」
討伐すると言っておきながら、左文字はモフることしか考えてなかった。が、無理もない。あの写真を見たときから、フォーリンもふLOVEなのだ。
(あのもふもふになら負けてもいいよな……(*´ω`*)もふー)
最初から負けることを考えているようでは駄目だが、もふれれば良いという考えは間違いではない。
「よし、いまだ!」
左文字は、敵の背後から抱きついた。
「こ、これは……なんというモコもふ!」
キリッとした顔で、ふわもこ生物をもふりまくる左文字。
「こんなクッション、俺の部屋にもほしい……」
まじめな顔で無茶なことを言う左文字。
これ、一応天魔だからね? 人類の敵だからね?
「けしからん……! じつにけしからん! この生物は人心誘惑罪で逮捕。俺の部屋に監禁……っ!」
そのとき、シロクマがちょこちょこっと前に走った。
「待って、シロちゃん!」
とっさに左文字が追いかけた、その直後。
モンハンのクマウサみたいな動きで、シロクマがヒップアタックを繰り出した。
( ゜Д゜)・∵. グフッ!
そのままシロクマの下敷きにされてしまう左文字。
「ああ、ここは地獄か天国k……」
ガクッ_(:3 」∠)_
左文字は、全身でもふもふを満喫しながら意識を失った。
って、おい。自分がクッションにされてどうする!
「にゃ……にゃにあれ……」
シロクマの無双ぶりを見て、明日奈は言葉を失った。尻尾の毛はブワッと逆立ち、ぷるぷるしている。
「なぁに、2人ほど重体になっただけだ。さぁ行くぞ!」
スリーピーは明日奈を背中に乗せると、四つ足で走りだした。
そして、座布団(左文字)の上にあぐらをかいていたシロクマを捕獲! たかいたかーいしつつ、もふもふを堪能!
だが、ここで衝撃の事実が発覚!
着ぐるみのせいで、ふわもふ感が味わえない!
「モフりに来たのにモフれないとは、これいかに……」
突如として直面した現実の非情さに、生まれたての小鹿のように震えるスリーピー。
だが、彼は気付いた。自分自身が既にモフモフだということに。
そして、思い至った。もふもふ最強、すなわち俺最強という真理に!
「そうか、いまの俺は最強だったのか……。ならば、このモッフリを敵に味わわせ、骨抜きにしてくれよう!」
なにか間違った真理に辿りついたスリーピーは、これでどうだとばかりにシロクマの背中へ下半身をこすりつけた。
「クマクマァ……ッ」
イヤがって逃げるシロクマたん。
はっ! この鳴き声は!? まさかスリーピーが正しかった……!?
「俺は真実に辿りついた! いまの俺は最強無敵……! ゆくぞ、夙忍法飯綱落とし!」
説明しよう! 飯綱落としとは! 敵を背中から抱えて天高く舞い上がり、脳天から叩き落とすという回避不能の荒技!
「イヤーッ!」
裂帛の気合いとともに、シロクマをかかえて跳び上がるスリーピー。背中には明日奈が貼りついたままだ。
しかし、ここでシロクマが意外な反撃を見せた。
なんと、どこかから抜き放った刀を逆手に持つや、自らの体ごとスリーピーを刺し貫いたのだ!
これぞ、飯綱落とし返し!
「グワーッ!」
血煙をまきちらして墜落するスリーピー。
なんてこったい。スリーピーはいいとして、明日奈は? 明日奈ちゃんは!?
「にゃふぅ……危ないところだったぁ」
手頃なクッションでグシャッと着地した明日奈は、どうにか無事だった。
え? それは人間だって? ご冗談を。ちょっと頭蓋骨が陥没ってるけど、クッションですからコレ。
「明日奈ちゃん! 大丈夫!?」
栢が血相を変えて飛んできた。
その鬼気迫る表情を見て、本能的に逃げだす明日奈。
しかし、獣のように襲いかかってきた栢によって、あっさり押し倒されてしまう。
「どこかケガしてない? かすり傷でも破傷風になったら大変だから。ちゃんと手当てしないと!」
「どこもケガしてないですにゅぅぅ……!」
「ああっ、ヒザをすりむいてる!? 大変、明日奈ちゃん! このままじゃ出血多量でガンになって心筋梗塞で死んじゃう! いますぐ手術しないと! さぁ服を脱いで!」
勢いに任せて明日奈の制服を脱がそうとする栢。
「ちょ、落ち着くにゃあああ……!」
「駄目だよ! 事態は一刻を争うの!」
「ケガしてるのはヒザですにゃああ!」
「なに言ってるの! 医療の基本は触診! ちゃんと患者の全身をくまなくチェックしないと!」
わりと正しいことを言いながら、栢は明日奈の耳をはむはむしていた。
え? セクハラ? いやいや、これは友情のスキンシップ。原宿あたりに行けば、道行く乙女はみんなやってる。
だが、そこへ。KYなシロクマが襲いかかった!
「あぶない!」
栢は明日奈を抱きしめると、シロクマに背を向けて自らを盾にした。
ボキィッ!
ザシュウッ!
「「アバーッ!」」
無惨! 明日奈は栢に背骨を砕かれ、栢はシロクマに背中を切られて倒れたのであった。
ああ、なんたる喜劇!
というわけで、5名沈没。
もはや任務失敗かと思われた、そのとき。
満を持して現れたのは、笹緒!
最終決戦の幕開けだ!
「最もラブリーかつキュートなクマはパンダで決まり……そう、そのハズだった。……しかし、あのホワイトころころベアーときたらどうだ? つぶらなおめめ、純白もこもこボディ。パンダに比肩するかわいさを有しながら、けっこう動く! 一日の大半を寝るか食べるかしてるパンダをあざ笑うかのごとき、ラブリーアピール!」
笹緒の発言は、おおむね正しい。誤謬があるとすれば『一日の大半を寝るか食べるかしてる』という部分だ。言うまでもないが、パンダは寝ながら食べてることがザラにある!
「シロクマ……ただ白いだけの、ちょっと寒さに強いだけのクマと侮っていたが、尋常ならざる敵であることは理解した。だがそれは、敵にとっても同様。北極という限られた地域では、さほどのラブリーアニマルに出会うこともなかっただろう。……だがしかし、世界には人を萌殺する動物が数多くいる。それらを集めた動物園の王こそがパンダ! なればこそ、わからせなければ。理解させなければ。真のもふもふチャンピオンは誰なのかを!」
力強い宣言とともに、笹緒はカッと目を見開いた。
そして、コロコロッと前転しながら敵に大・接・近!
間髪いれず、両手をグーにして口元を隠すという超きゃわわポーズを炸裂!
これぞ、神技・パンダちゃんラブリーアタック!
カッ、と真っ白な閃光が辺り一面を染め抜いた。
そして光が消えたとき、シロクマは蒸発していたのである。
「この技だけは使いたくなかった……」
よっこらしょと立ち上がった笹緒は、どこか悲しい表情を見せるとクールに立ち去った。
こうして、世界の命運を賭けた戦いに終止符が打たれたのである。