「沈んだと思っていたホッケが復活したか……」
長い階段を見上げながら、蘇芳更紗(
ja8374)は呟いた。
淡い青色のワンピースに、同じ色調の鍔広の帽子。目深にかぶった帽子は彼女の顔に影を落とし、表情は見えない。彼女は以前にもこのディアボロと戦ったことがあり、ある程度は行動原理がわかっている。準備はたぶん万全だ。きっと問題なく倒せる。
「八岐大蛇も酒呑童子も、お酒を呑ませて不意打ちで倒したという……。つまり、この天魔に対して有効なのは、ずばりコレ!」
瀬戸入亜(
jb8232)は、ジャージ姿で一升瓶を取り出した。掃除のバイトとレポートの締め切りに追われてボロボロ状態だが、正面から全力で戦って勝つ! ……とはいえそれは難しいようだし、そもそも本気は明日から出すもの。正月早々本気出したくないし、のんびりぐでぐでねちねちごろごろしたい。そういうわけで、いきなり手酌で飲みはじめている。……って、おい。
「そうですよね。化け物にはお酒ですよね」
おずおずと言いながら、カンデラ(
jb8438)は日本酒とウォッカを引っ張り出した。えらく小柄で童顔だが、こう見えて彼は二十歳すぎ。飲酒OK!
「お、気が合うね。景気づけに一杯どう?」
と言いながら、紙コップに酒を注ぐ入亜。
そこへラテン・ロロウス(
jb5646)が割り込んだ。
「残念だな。私は堕天使なので教えてやろう。天魔にアルコールは効かん!」
「な、なんだってーー!?」
愕然とする入亜。
「私は前回の報告書を流し読みして知っている。ヤツの弱点はホッケ!」
得意げにラテンが取り出したのは、芝刈りホッケ!
説明しよう! 芝刈りホッケとは、電動芝刈り機の刃をホッケに換えた、突然変異の産物である! って、変異にもほどがあるわ!
「さぁ行くぞ!」
謎の兵器を引っさげて階段を駆け上るラテン。
入亜とカンデラが、酒瓶を担いで続く。
「待ちなさーい! 一番槍は、このあたしよぉぉ!」
パーティーで一番でかい188cm90kgの御堂龍太(
jb0849)は、特注のフリフリドレスをひるがえして階段を上った。
遅れるものかと、4人の撃退士が後を追う。
壮絶な死闘の幕開けだ。
撃退士たちが境内に到着したとき、ホッケ男は日本刀を手入れするみたいにチェーンソーを掃除していた。あの、耳かきの親分みたいなヤツに白い粉をつけて、ポンポンしているのだ。
「貴様がホッケ男か。いざ勝負!」
芝刈りホッケを手に、ラテンが突撃した。作戦も何も、あったもんじゃない。
だが、それを見たホッケ男は一瞬怯んだ。リア充に対して無類の強さを誇る彼だが、ラテンはどう見ても非リア! さしてイケメンでもない!
「フンッ!」
今回、チェーンソーは一発でエンジンがかかった。
そして、互いの武器がぶつかりあう。
飛び散る鱗! たちこめる魚介臭!
「グワーッ!」
芝刈りホッケは真っ二つになり、ラテンは胸から血を噴いた。そりゃそうなるわ。
「なかなかやるな……。ならば格闘で勝負! 貴様の4の字固めと私の4の字固め、どちらが効くか!」
意味不明なことを叫びつつ、なぜか落ちていたフェアリーマスクを装着して、ラテンは飛びかかった。そして4の字固めを敢行──しようとしたが、ホッケ男の脚が短くてうまく極められない!
「想! 定! 外!」
「ぐぉおおっ!」
物理的に脚の短さを指摘されたホッケ男は、怒りの8の字固めをラテンに極めた。知ってるか、4の字より2倍効くから8の字固めって言うんだぜ!
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
ドカーーン!
見苦しい戦いを終わらせるかのように、芝刈りホッケが爆発した。
爆音とともに煙が立ちこめ、ふたりの姿を隠す。
やがて煙が晴れたとき、そこには消し炭みたいになったラテンの姿があった。
まだ名前も出てないPCもいるのに、いきなり1名脱落!
「やるわね。次はあたしの番よ!」
ドレス姿で、龍太が襲いかかった。策などない。正面から斬りに行く。
だが、彼こそ対ホッケ男の最終兵器! そう、筋骨隆々マッチョのフリフリドレスというオカマがモテるわけない! 非モテ非リアの数値はホッケ男に迫るレベルだ!
「非モテなら負けない! あたしの攻撃は効くわよ!」
なぜか涙が頬を伝う龍太。だが、そんなことは気にしない!
大鎌の一太刀が、ホッケ男の腹部をとらえる!
ザシュゥゥゥッ!
その斬撃が入ったのと同時に、チェーンソーも龍太の腹部を切り裂いていた。
相打ちだ。両者の足がよろける。
「さすがね……。こうなれば最終手段よ!」
龍太はモストマスキュラーのポージングを決めた。
パンプアップされた筋肉によって、ズババッ、とドレスが飛び散る。わりと、かなり、気色悪い。
そしてフンドシ一丁になった龍太は、再度突撃!
「オカマッチョの本気……見せたるわぁ!」
最終兵器による最終手段! これは強力!
だが、ホッケ男にも切り札が残されていた。
「フンッ!」
ホッケ男パンプアップ!
飛び散る作業着!
その下から現れたのは、なんと女物の可愛らしいワンピース!
「あれは……!」
更紗が驚愕の声をあげた。
そう、ホッケ男の服装は、以前彼女がコーディネートしたものなのだ!
この時点で、ホッケ男のキモさが龍太を上回った!
「聞いてないわよぉぉっ!」
ヤケクソで斬りかかる龍太の顎に、ホッケ男のチェーンソーハイキックが炸裂。
バキィィィッ!
5mほど舞い上がって脳天から落下した龍太は、二度と動けなかった。
最終兵器、早くも脱落!
「しかたない。ここは責任をとって、わたくしが……」
更紗が前に出た。
それを、シグリッド=リンドベリ(
jb5318)が呼び止める。
「待ってください。報告書によると、あの天魔は猫嫌いだそうです。ここは是非、僕にやらせてください」
そう言って、彼はホッケ男に近付いていった。
「ねこさんお嫌いですか……? でも、ねこ可愛いですよ?」
「……」
話が通じているのかいないのか、ホッケ男は黙って突っ立っている。
シグリッドは薄い本を取り出しつつ、さらに説得を続けた。
「ねこさん嫌いでも、ネコミミ女子とかはどうです? あ、僕は女の子より本物のねこさんのほうが好きですけど。……いっそ二次元に生きた方が幸せになれるんじゃないでしょうか。あなたの容姿や性格に関係なく愛してくれますよ? いまなら、なぜか購買部でもらった抱き枕もおつけします。どうですか二次元女子」
「ニジゲン……?」
「ああ、でもやっぱりねこ嫌いとか人生の半分を……いえ人生のすべてを損してますね。では僕が教えてあげましょう、ねこの魅力を!」
ジャジャーンと猫図鑑を取り出したシグリッドは、懇切丁寧に猫を紹介しはじめた。
最初は黙って聞いていたホッケ男だが、解説が10分を過ぎ、20分を過ぎると、だんだん様子が変わってきた。
そしてたっぷり1時間かけて猫図鑑を解説し終えると、シグリッドは得意げに訊ねた。
「どうです? ねこってすばらしいでしょう?」
「……」
ホッケ男は無言でシグリッドの両脚をつかむと、ジャイアントスイングで振りまわした。
勢いが乗ったところで、パッと手を離す。
「わぁああああ!?」
シグリッドは階段に投げ飛ばされ、そのまま境内の外へ消えていった。
彼も脱落である。
というか、なぜネコ……。
「どうやら、話は通じるみたいだ。ダメモトで酒を飲ませてみよう」
ラテンの忠告をまるっと無視して、入亜は酒とツマミを手にホッケ男へ近付いた。
「一杯やらないか?」
「……」
紙コップに注がれた酒を、ホッケ男は手に取った。
しかし、マスクが邪魔で飲めやしない。
「大丈夫。ちゃんと持ってきた」
入亜が取り出したのは、一本のストロー!
これぞ気配り! これぞ女子力! いまスカウターで計ったら、きっと7ぐらいあるぞ!
「……」
ホッケ男は無言でストローをくわえると、酒をちゅーちゅー吸い始めた。
なんとシュールな光景!
だって、女装したホッケーマスクの男が、チェーンソー片手にストローで酒飲んでるんですよ!? しかも神社の境内で! なにもかもがおかしいだろ! いや、コメディとしては正しいけども!
「おお、イケるクチだね。よし、飲ろうか」
どっかり座りこんで、差し向かいで酒盛りしはじめる二人。自分を磨かずモテたいホッケ男と、明日から頑張るな入亜は、ベクトルが同じ。意気投合して盛り上が……と言いたいところだが、あっというまに酒が底をついた。だって1本しか持ってきてないんだもん。まぁ何本あったって同じだけど。
そして酒を切らせてしまった入亜は、買ってこいと言わんばかりに階段下へ放り投げられた。
これまた脱落。
「まさか、こんなことになるなんて……」
半分にまで減ってしまった仲間を見て、カンデラは声を震わせた。彼にとっては、これが初めての天魔退治。絶対に成功させてみせると意気込んで参加した結果が、これである。正直おうちに帰りたいところだが、そういうわけにもいかない。そもそも、そんな弱い自分を変えるために久遠ヶ原に来たのだ。ここで退くことはできない。
「もう少し飲ませれば、酔っぱらってくれるかもしれません……。このお酒に賭けます!」
カンデラはそーっとホッケ男の背後に回ると、不意打ちでサンダーブレードをぶっぱなした。
「ぐおっ!?」
みごと命中。
だが、麻痺はかからない。
「ダメですか……。でも行くしかありません!」
陰影の翼を広げて、カンデラはホッケ男の頭上から襲いかかった。
急降下した勢いのまま、ウォッカのボトルをホッケ男の口にねじこむ。
ガシャーン!
作戦失敗! ホッケーマスクの上からボトルを突っ込むのは無理だった! って、そりゃそうだ! いくら初めての戦闘とはいえ、これは痛恨のミス! まぁそもそもアルコール効かないんだけどね!
「あー、えーと、まぁ……ですよねー」
苦笑するカンデラ。
一秒後、チェーンソーが薙ぎ払われて、彼は血の海に沈んだ。
脱落!
「これはもうダメだな」
フリーダムすぎるメンバーたちの最期を見て、更紗は溜め息をついた。
なにしろ、残っているのは月乃宮恋音(
jb1221)と袋井雅人(
jb1469)のバカップル。ホッケ男の前に出たら、ひとたまりもないだろう。
「そんなことはありません! 依頼書にあったとおり、崖を利用すれば勝てます!」
雅人が反論した。
「それなら崖まで誘導しよう。ふたりは先に行ってくれ」
「わかりました。おまかせします」
そう言って、雅人と恋音は崖のほうへ走っていった。
ふたりの背中を見送りながら、更紗は頭をひねる。
「さて、誘導するにしても、どうしたものか……。経験上、敵はカップルやイケメンに反応して襲いかかる傾向がある。……が、わたくしはイケメンと言えるほどではないしな……となれば……」
名案を思いついた更紗は、その場で手紙を書きはじめた。
それは、ホッケ男へのラブレター!
内容は、『あなたを影から見守っていました』とか『あなたの境遇には同情いたします』とか『天魔になったあなたは生前よりも凛々しいです』だのといった、嘘八百並べ放題。
「さて、うまくいくか……」
更紗は真剣な顔になると、演技混じりに手紙を差し出した。
「これ、読んでください。わたくしの気持ちです」
「……」
ホッケ男は手紙を受け取ると、黙って読み始めた。
やがて読み終えたとき、なんと彼は嗚咽しているではないか。
そう。一通の手紙が、あわれな男の心を暖かく包んだのだ。
だが、しかし。
顔を上げたホッケ男の前で、更紗は帽子をとりながら「はっ」と肩をすくめた。
「……!?」
とまどうホッケ男。
その純情を踏みにじるように、更紗は告げた。
「え? まさか信じちゃった? おまえみたいな短足ブサメンが1ミリでもモテると思った? 夢を見るな、この非リアが」
「ゥ……ゥ……ウソツキィィィ!」
ホッケ男は肩を震わせると、涙ながらにチェーンソーを振り上げた。
「おっと。これはシャレにならないな。さぁ、こっちへ来い」
更紗は全力で走りだした。
そのあとを、ホッケ男が追いかける。
崖に辿りついたとき、雅人と恋音は堂々とキスしていた。
それを見たホッケ男は、二人のほうを狙うはず。更紗は、そう考えていた。
が、ホッケ男はカップルを無視して更紗を追い続けるばかり。純情をぶち壊された恨みだ。
「これは計算外……! だが、あいにくだな。わたくしにはコレがある!」
更紗は小天使の翼を展開すると、空へ舞い上がった。
これでホッケ男の攻撃は届くまい。
そうタカをくくっていた更紗の背中へ、チェーンソーが命中!
「なにぃぃ……っ!?」
血を撒き散らしながら、更紗は墜落した。
小天使の翼で飛べるのは、たった高度4m。『チェーンソーブーメラン』の前には無意味だ。
「しくじった……」
がくりと崩れる更紗。
彼女も脱落だ。
「リアジュゥゥウ!」
ホッケ男は、休むことなく雅人たちへ向かっていった。
「残るは私たちだけ……ですが、あきらめませんよ!」
雅人が剣を構えた。
「はいぃ……。それにしても、あの天魔は何故このような行動を……」
シャキッと拳銃を構える恋音。
彼女には、『リア充』の意味がわかってないのだ。
「天魔の考えなど知りません。ともかく、手はずどおりに行きますよ!」
雅人と恋音は二手に別れた。
恋音は崖っぷちに立ち、銃を乱射する。
彼女は囮だ。本来ならホッケ男は雅人のほうを狙うはずだが、ハイド&シークで姿をくらませたのが功を奏した。
「リアジュゥゥウ!」
銃撃をものともせず、ホッケ男が恋音に迫る。手をのばせば届く距離だ。
チェーンソーが振り上げられた瞬間。恋音は瞬間移動を発動した。
ワープ先は、ホッケ男の背後15m。銃の射程ギリギリの範囲だ。
そして、崖から突き落とすべく銃を撃ちまくる。
が、そこへチェーンソーブーメランが飛んできた。
「きゃあああっ!」
命中したのは、恋音の胸部。
セーターが裂け、ワンピースが破れて、さらしが千切れ──
押さえつけられていたおっぱいが、ぼんっと飛び出した。
おお、なんというサービスシーン!
しかし、それだけでは済まなかった。あろうことか、チェーンソーは恋音のおっぱいを無惨に切り裂いたのだ!
「あああぁぁ……っ!」
血煙を上げて倒れる恋音。サービスシーンとか言ってる場合じゃなかった。
「恋音ぇぇッ!」
雅人が絶叫した。
「よ、よくも恋音のおっぱいを……! ウリィィィッ!」
怒りで我を失った雅人は、真正面からホッケ男にぶつかっていった。
そしてそのまま、ホッケ男もろとも崖下へ。
「おっぱぃぃぃいい……!」
それが雅人の最後の言葉だった。
こうして8人の撃退士と2つのおっぱいの犠牲のもと、神社に平穏が取りもどされた。
だが、忘れてはならない。ホッケ男が死んだわけではないことを──