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マスター:牛男爵
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
参加人数:25人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/01/08


みんなの思い出



オープニング


 2013年、最後の夜。
 学生寮の一室で、サングラス姿の男ふたりがコタツに入って鍋をつついていた。
 TVから流れているのは、N響の第九コンサート。
 鍋は、トマトとチーズたっぷりのイタリアン鍋に蕎麦をぶちこんだ代物だ。
 まさに和洋折衷。

「この『年越しソバ』は、聞いていたものとイメージが違うのだが……」
 問いかけたのは、はぐれ悪魔のウェンディス・ロテリス。
 人間界で過ごす大晦日は、今日が初めてである。
「俺の生まれ故郷のベネチアじゃ、こうやって食うんだよ」
 そう答えたのは、チョッパー卍。
 念のため言っておくが、彼は生粋の日本人だ。
「まぁ実際うまいから問題はないのだが」
「だろ? 料理と音楽のことなら俺にまかせとけ」
 はっはっはと卍が高笑いした、その直後。
 勢いよくドアが開かれて、矢吹亜矢が飛びこんできた。

「ちょっと! 年越し鍋パーティーにあたしを呼ばないって、どういうこと!?」
「なんで、おまえを呼ばなけりゃならねーんだよ。つーか、靴を脱げ。ドアを閉めろ。じゃなくて、帰れ」
 ハエでも追い払うように、卍はシッシッと手を動かした。
 無論、その程度で引き下がる亜矢ではない。
「あら。そんなこと言っていいの? せっかく、差し入れを持ってきたのに」
「一応聞いてやるが、なにを持ってきたんだよ。まさか、コロッケじゃねぇだろうな? しかも近所のスーパーの見切り品で半額になったヤツじゃねぇだろうな? あまつさえ、コロッケそばを作ってくれとか言いだすワケじぇねぇだろうな?」
「ぅぐ……っ」
 言葉に詰まる亜矢。
 卍は肩をすくめて溜め息をつく。
「すべて図星か。……ったく、一年最後の日にまでイヤガラセに来るとは……」
「しょうがないでしょ。それがアタシの生き甲斐なんだから! でも、ほら、今日はコロッケ持ってきたし! しかも、カニクリームコロッケとカレーコロッケもあるし!」
「べつに、コロッケ食いたい気分でもない」
「な……っ! 年越しはコロッケそばでしょ!」
「聞いたことねーよ。いいから帰れ」
 卍は徹底して拒否の構えだった。

「まぁ落ち着け、ふたりとも」
 ウェンディスが割って入った。
「俺はコロッケそばとやらに興味がある。せっかくの機会だ。食ってみたい」
「さすが! ウェンディスは器が大きい! それにくらべて、このメタル馬鹿ときたら……」
 やれやれと首を横に振る亜矢。
「それが人にものをたのむ態度か? ……まぁいい。ウェンディスに免じて作ってやるよ。どうせ、そばは余ってる。ただし、一杯食ったら帰れよ?」
「……あっ。この鍋、意外とおいしいじゃん!」
 亜矢は既にコタツに入り、イタリア鍋を食べていた。
 こうして、彼らの夜は更けてゆく。




リプレイ本文

「はぁー。ソロ年越しか……」
 大晦日の午後。九鬼龍磨(jb8028)は商店街を歩きながら、頭を掻いた。
 帰省して家族と過ごす予定だったのだが、空気を読まない天魔の襲撃で新幹線が止まってしまい、やむなく学園で年末年始を過ごすことになったのだ。いまは買い出しの途中。両手は買い物袋でいっぱいだ。カシミアのロングコートは一見地味なデザインだが、仕立てが良さそうだ。入学時に家族が送ってくれたものである。
 そのとき、携帯電話が鳴った。
 実家からだ。
「はい、もしもし」
 電話を耳に当てながら、龍磨は近くの公園に入った。
 ベンチに腰を下ろし、荷物を置く。
「いやぁ、とまどうことばっかりだよ。学校は馬鹿でかいし、生徒は変わった人ばっかりだし……」
 苦笑いする龍磨。
「……え、彼女? いないよ! まだ入学して三ヶ月も経ってないんだよ?」
 龍磨は声を上げて笑った。
「うん。街もみんなもキラキラしててさ、すっごく楽しい」
 そう言う龍磨の瞳も、キラキラ輝いていた。
「……うん、僕は僕でやっていこうと思う。田舎者だなんて、もう気にしない」
 強く断言して、「じゃあ、良いお年を」と告げてから、龍磨は通話を切った。
 龍磨にとっては、とくに変わりのない一日。



「大晦日か〜、なにしようかな〜」
 中村巧(jb6167)は少し考えたすえ、「よし、神社に行こう!」と立ち上がった。
 家を出た彼は、迷わず神社へ──は行かず、近所の本屋に入った。
 読書が趣味の巧にとって、書店は聖域。
 小一時間ほど店内を物色した結果、新人ミステリ作家のデビュー作を買うことに。
 タイトルは『リアル蟹ごっこ』
「面白そうな本も買えたし、さぁ行こう」
 本屋を出た巧は買ったばかりの小説を取り出し、歩きながら読み始めた。まったく前を見ていないが、ぶつかりはしない。おまけに、ページをめくるのが異常に早い。
「そういえば、歩きながら読むのって危ないとか言われるけど何でだろう?」
 意味不明な独り言を呟きながら、歩き読みする巧。
 じきに到着した神社は、小さなものだった。
 まだ年が変わってないため、参拝客もいない。
 巧は本を閉じ、五円玉を投げて柏手を打った。
「来年も騒がしくて楽しい一年になりますように……これでいいかな?」
 閑散とした神社にはおみくじすら売ってなかったので、巧は再び本を開いて歩きだした。
 おそらく、帰り着くまでに読み終えてしまうことだろう。



 昼下がり。花一匁(jb7995)は、真っ赤なケープをひらひらさせながら街を散策していた。
 年末の賑やかな雰囲気を楽しみながら、肉まんをもぐもぐしている。
「一年最後の日なのに一人で散策……少し寂しいですねぇ……」
 そのとき。彼女の前で、ヤンキーっぽい男が子供にぶつかった。
「このガキ! 服が汚れたじゃねぇか!」
 見れば、子供の持っていた餡まんが服に付いている。
 子供のほうは、餡まんを落として大泣きだ。
「ボクの餡まんん……!」
「るせぇ! この服どうしてくれんだ!」
 そこへ、花一匁が割って入った。
「そんな服より、餡まんのほうが大事ですよ?」
 にっこり微笑む花一匁。
「あァ!?」
「お兄さん。とりあえず、餡まんをこの子に与えてやってくださいな?」
「ざけんなコラ!」
「……痛くないうちに、奢れ☆」
 素敵な笑顔で威圧する花一匁。
「は、はい……」
 ──という平和な交渉のすえ、花一匁は戦利品をゲットした。
「餡まん、おいしいです」
「ありがとう、おねえちゃん!」
 子供は大喜びだ。
 ヤンキー男は、泣きながら走っていく。
 こうして一日を満喫した花一匁は、日が沈むころ帰宅した。



 22:00
 黄昏ひりょ(jb3452)は、自室で物思いにふけっていた。
(大晦日か……。実家にいた頃は、この日だけ食卓にすき焼きが出てたっけ。いつからそうなったんだろうな……)
 シリアスな顔で、考えてることはすき焼き。
 が、いくら考えても答えが出ないので、思考を切り替える。
(ま、今年はのんびりしておこう。クリスマスは自分の部でそれなりに賑わいながら楽しく過ごせたけど、こうやってのんびりするのもいいもんだ。明日は元旦。せっかくだし、友達と初詣でも行ってみるか?)
 そう考えつくと、ひりょは友人数名にメールを送った。
 すぐに返事が返ってくる。
 とりあえず、2人確保だ。
(うん、なんとかなりそうだな。……よし、そうと決まれば明日に向けて早く寝よう。いつも紅白とかも見ないしな)
 そう決めて、ひりょはさっさと眠りについた。
 寝床の中で、彼は考える。
(明日はおみくじ引こう。今年は、たしか……大凶だったんだよな。来年は大吉でなくてもいいから、せめて中吉とか出ないかな……じゃなければ小吉でも……)
 とりとめのないことを考えながら、ひりょは眠りに落ちていった。



 紅香忍(jb7811)は、郵便局に来ていた。
 撃退士として稼いだ金を、実家に送金するためだ。しかも名前は伏せてある。
 稼いだ金の大半を送ってしまうため、彼の暮らしは貧しい。
 身につけているのは、ぶかぶかのお古の制服。防寒着はマフラーのみ。
「さ、寒い……」
 ぶるぶる震えながら、忍は夕食の調達に向かった。
 パン屋に行けば、「パンの耳……ください」
 八百屋では、「野菜屑……ください」
 肉屋では、「脂身……ください」
 魚屋で、「捨てる部分……ください」
 いつもどおり、タダ食材を掻き集める忍。

「なんという生活ですか……」
 そんな後輩の様子を、黒井明斗(jb0525)は電柱の影から見守っていた。
 ふいに、忍の足が止まる。
 蕎麦屋の前だ。食欲をくすぐる匂いが漂い、店頭の食品サンプルは見るからにうまそうだ。
「く……っ。見ちゃいけない。あれはセレブの食べ物……!」
 誘惑と戦いながらも、蕎麦から目が離せない忍。
 見かねた明斗が、声をかけた。
「一緒に年越し蕎麦を食べませんか? 先輩として奢りです」
「黒井様……!? そんな、とんでもない」
「せっかくの大晦日です。遠慮はいりません」
「しかし……」

「えぇと、あと買うのは……お蕎麦と……」
 矢野胡桃(ja2617)は買い物袋を手に商店街を歩いていた。
 そんな彼女の視界に、ふたりの姿が映る。
「んぅ? あそこにいるの……明くんと紅香さん?」
 小走りに駆け寄る胡桃。
「どうしたの、ふたりとも」
「一緒に蕎麦を食べようと誘っていたところです」と、明斗が答えた。
「いいね。じゃあ入ろうよ」
「ええ。行きましょう」
 明斗は忍の手を取ると、問答無用で店内に連行した。

 すぐに、3人前の天ぷら蕎麦が運ばれてきた。
「少し多すぎますね」
 と、海老天を紅香忍のドンブリに入れる明斗。
「ええ……っ!?」
「しっかり食べて、栄養をつけなさい。先輩命令ですよ」
「あ、ありがとうございます……!」
 思わず涙を流す忍。ふだんは無表情だが、他人からの親切には弱いのだ。
「私のも上げる。家に帰ったら父さんと一緒に食べなきゃだし」
 そう言って、胡桃も忍のドンブリに海老天を乗せた。
 なんと。忍の手元には巨大海老天が3本も! 質素な食生活を送る彼にとっては、夢のような光景だ。
「うぅ……っ。おいしいです……!」
 忍のすする天ぷら蕎麦は、すこししょっぱかった。

「そいえば。去年はカップ麺だったよねぇ」
 思い出すように、胡桃が言った。
「明くんとは、去年一緒にお正月を迎えたよね。覚えてる?」
「もちろん。忘れるはずありません。今日のことも、ずっと覚えてますよ」
「私だって忘れないんだから」
 そう言って、二人は微笑みあった。
 ラブラブな空気が流れる。

 一時間後、3人は店を出た。
「それじゃ、お先にね。よいお年を!」
 手を振って走りだす胡桃。
 急いで帰って、だれより先に父さんと新年のあいさつをするのだ。
 父さんは新年早々旅に出るため、会える時間はわずかしかない。
「間に合え、間に合え!」
 時計を見ながら、胡桃は白い息を吐いて走った。
 そして、家に帰りついたとき。時計はきっかり午前零時を指していた。
「ただいま! 父さん、明けましておめでとう。気をつけて、いってらっしゃい!」
「おかえり。新年おめでとう。じゃあ行ってくる」
 娘の笑顔を見て、父は旅立っていった。



 大晦日。美森あやか(jb1451)は美森仁也(jb2552)をつれて、礼野真夢紀(jb1438)の実家が祭っている神社に来ていた。
 遊びに来たわけではない。手伝いに来たのだ。去年までは真夢紀の姉が協力していたのだが、今年は依頼で外出中のため、あやかと仁也の出番となったのである。
「あやかさん小柄ですから、ちぃ姉様の巫女服より、まゆの服お貸しいたしますね。けっこう寒くなるから、しっかり着込んだ方が良いですよ」
 そう言って、真夢紀は自分の巫女服を手渡した。
 あやかは真夢紀より3つ年上だが、身長は真夢紀のほうが高い。
「ありがとう。……でも、着てみるとピッタリですね。ちょっと複雑な気分のような……」
「よく似合ってますよ」
「そ、そうかな……」
 すこし顔を赤くさせるあやか。
「仁也さんに見せましょう」
 真夢紀が襖を開けて、あやかの背中を押した。
「ちょ、ちょっと……」
 廊下へ出ると、仁也が立っていた。あやかの着替えが終わるまで待っていたのだ。
 彼はあやかの頭から足下まで視線を下ろすと、「かわいい衣装だね」と言い、こう続けた。「着ている子はもっとかわいいけど」
「……っ!」
 あやかの顔が真っ赤になった。
「お、お世辞はいいから! さぁ手伝いに行くよ!」
「真実を言葉にするのは、『お世辞』とは言わない」
「も、もう! 行くよ!」
 あやかは仁也の手を引っ張って廊下を歩きだした。
 その背中を、真夢紀は微笑みながら見つめる。
「……あ、見てる場合じゃなかった。私も行かないと」
 思い出したように言って、真夢紀は二人の後を追った。

 時刻は午後8時。
 まだ初詣客の姿はないが、参り納めの客は少なくない。
 真夢紀たちの担当は、豚汁、汁粉、甘酒などを配ることだ。
 昼から働いていたスタッフと交代で、それぞれ持ち場に着く。
 お祓いやお守り等の販売は真夢紀の家族が担当しているため、動きまわる必要はない。
「あたたかい豚汁はいかがですかー。ただいま無料でお配りしておりまーす」
 慣れた口ぶりで、真夢紀が声を上げた。
「甘いものがお好きな方には、お汁粉をどうぞー」
 あやかの呼び込みも、じつにハキハキしている。
「甘酒と、熱燗の御神酒もあります。温まりますよ。お子様用にアルコール分ゼロの甘酒もございます」
 仁也が声をかけると、年齢問わず女性が集まってきた。
 思わずムッとしてしまうあやか。
 だが仕方ない。これがイケメンの宿命。

 ともあれ、客足は途絶えることなく時間が過ぎていった。
 11時を過ぎた頃から、急激に参拝客が増える。境内には人が増える一方だ。
 やがて、除夜の鐘が鳴る。
「この音を聞くと、なぜか心が落ち着きますねぇ」と、真夢紀。
 だが、「豚汁くれやー!」という酔っぱらいの声が飛んできて、感慨に浸るヒマもない。
 ここからは、目のまわる忙しさだ。
「そろそろ12時かしら?」
 あやかが言った。
「そうですね、除夜の鐘も結構数いきましたし」
 答える真夢紀。時計を見るヒマさえないのだ。
 そのとき。周囲で一斉にカウントダウンが始まった。
「3!」
「2!」
「1!」
「あけましておめでとう!」
 いたるところで、参拝客たちが新年のあいさつを交わした。
 真夢紀、あやか、仁也の3人も、同じ言葉を口にしている。
 新年の始まりだ。
 が、朝まであと数時間、3人は働かなければならない。
 本当におめでたい気分に浸るのは、仕事が終わったあと3人そろって初参りに行くときだ。



「片付けも掃除も、たいして必要でもなかったわね……」
 2LDKの一室で、セレス・ダリエ(ja0189)はボソリと呟いた。
「そうさね。……ま、大晦日といっても普段と変わらん、か」
 けだるげに応じたのは、ロベル・ラシュルー(ja4646)
 ふたりは向かいあって座り、見るともなしにTVを見ている。
 室内は適度に片付けられ、整理整頓されていた。一応は大掃除をした形だが、もともと普段から片付いている。そもそも、この部屋には物が少ない。生活感というものが感じられない空間だ。
 TVの音量は抑えめで、室内には清澄な空気が流れている。
 ロベルは簡単なツマミを肴に、ゆっくりと日本酒を飲んでいた。
 基本的に手酌だが、ときおり思い出したようにセレスが酌をする。
 おなじ部屋で暮らしてはいるが、過度に干渉したりはしない。それが、ふたりの間で何となく決められている。恋人以上友達以下。今年一年そうだった。来年も同じだろう。おそらく再来年も。その次の年も。ふたりの関係に変化はない。いつまでも、おなじような時間が流れつづける。
 ゴォォォンン
 どこかから、鐘の音が聞こえた。
「除夜の鐘、か……。これで煩悩が消えたらお笑いだけどね。お前さんは煩悩も無さそうだがね」
 ふ、とロベルが口元をゆがめた。
「そうでもないけれど。煩悩ならきっと沢山あると思う。……私よりあなたの方が何も無さそう」
「ご同様に煩悩だらけかね」
 ロベルの言葉に、セレスは応えなかった。
 応えずに、窓へ目を向ける。
「外は寒そう……」
「ああ、こうして酒でも飲んでるのが一番だ」
 ロベルが言ったとき、TVではカウントダウンが始まっていた。
 5、4、3、2、1
「……新年か。まぁ、なんだ。おめでとう」
 猪口を掲げて、ロベルはキュッと飲み干した。
「まぁ、とくにおめでたくもないけど。いつもと同じ一日が始まっただけ」
「そうだな……。今年は初詣でも出掛けてみるかね」
「そうね。初詣なんて何年ぶりだろ……。たまには良いかも」
 そんな取り留めない会話を交わしながら、ふたりの夜は更けてゆく。



 その夜、十五夜菜緒(jb8457)はグリモワール(jb8423)の部屋を訪ねた。
「私様、馳せ参上いたしますわ」
 両手に缶ジュースを持って、ニッコリ微笑む菜緒。
 グリモワールは無表情のまま、「どうぞ……」と応じる。
「陽太と初めてのお正月ですわね」
「そうだね……」
「一緒に年越し蕎麦を食べるのですわ」
「うん……」
 元気いっぱいの菜緒に対して、グリモワールは無口だ。対照的な二人である。
 殺風景な部屋に入ると、ふたりは向かいあって座った。
 ジュースで乾杯して、カップ麺の蕎麦を食べ始める。
「最近の調子はどうですの?」
 と、菜緒が訊いた。
「相変わらず、痛みがわからない……」
「陽太の痛みは私様が戻してあげますわ」
 天使を狩る人形として育てられたグリモワールには、痛覚がない。それでいながら人形としては不完全なため、一族からは未完成品(ジャンク)と呼ばれている。
「痛みがわからないのは、ボクが未完成の人形だからだよね……」
「貴方様は人形ではありませんわ」
「慰めはいらないよ」
「慰めなどではありませんわ」
 彼女たちの家は、もともと敵対関係にある。
 にもかかわらず、ふたりは仲が良い。
 そもそも菜緒は、グリモワールを追いかけて久遠ヶ原に入学したぐらいだ。その本名を知る、数少ない人物でもある。
「もうじき、年が変わりますわ。明日からは心機一転して頑張るのです!」
「うん……」
「元気を出すのですわ!」
「うん……」
 グリモワールは元気がないのではなく、単に眠いのだ。
 気がつけば、菜緒の前でグリモワールは寝息を立てていた。
「一緒に新年を迎える約束でしたのに。仕方ありませんわねぇ」
 そう言いながら、菜緒は布団を持ってきてグリモワールの上にかけた。
 そのとき、どこかから聞こえる除夜の鐘。
 菜緒は耳を澄ませてその音を聞きながら、グリモワールの頬を撫でた。
「明けましておめでとうですわ」
 やさしく語りかける菜緒の表情は、どこか幸せそうだった。



「蛍……てめぇ! このまえ、アンパンは主食とか言ってただろ! アンパンが主食なら、汁粉も主食だろ!?」
 稲野辺鳴(jb7725)は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の撃退士を除かねばならぬと決意した。
「アンパンと汁粉一緒にすんな! 汁粉は餅だけど、アンパンはパンなんだよ! 本ッ当、意味わかんない! 汁粉が主食に入るわけないじゃん! あれを主食と呼ぶのはアンパンへの冒涜だ!」
 吾妹蛍千(jb6597)もまた激怒した。必ず(略
 なにがどうなってるのかわからないが、どうやらこの二人は『お汁粉は主食か否か』で論争しているのだ。大晦日に何やってんだと言いたいが、かれこれ十年間も争ってきた話なので、ただごとではない。……いや改めて言うが、本当に何をやってるんだ、おまえら。
 ちなみに、ここは鳴の部屋。大晦日の夜に野郎二人で不毛な言い争いをしているというわけだ。嗚呼、いまこの瞬間にもアフリカでは飢えた子供たちが死んでいるというのに。なんで汁粉論争なんだ。当MSは、そういうの大好きです。
「この外道が! てめぇ……ッ、汁粉に謝れよ!」
 鳴が恫喝した。
 はたから見れば別れ話中のカップルだが、本人たちは真剣だ。こんな論争で別れるカップルも相当だが、世の中には『ポテチの最後に残ったコナコナを勝手に食べた』という理由で別れたカップルも存在するので無理はない。
「だれが謝るか……っ! 鳴には一生、小豆を煮るときの黄金比教えねぇ!」
「ンなもん、教わるまでもねぇ! 汁粉こそ、究極の完全栄養食! 異論は認めねぇぇ!」
 鳴は光纏すると胴タックルで蛍千をひっくりかえし、マウントを取った。
 そして、容赦ないパウンドが始まる。
「汁粉は主食!」
「汁粉は主食!」
「汁粉は主食!」
 振り下ろされる拳が、蛍千の顔を叩いた。
 華奢な体格の蛍千は、この状況を覆せない。
 が、口は止まらない。
「ならば全国民に訊いてみろ! 『お汁粉は主食だと思いますか』って! YESと答えるのは一割以下だ! 当然だろ、あれはオヤツなんだから!」
「ぐ……っ!」
 痛いところを突かれて言葉を失う鳴。
 実際、甘いものを主食にするのは無理がある。
「言い返せまい! ボクの勝ちだ!」
「だまれ! 汁粉は主食! 確定的に明らかだ!」
「この、汁粉原理主義者め!」
 そんな不毛きわまる争いを続ける二人の背後で、そば屋の出前は呆然とするだけだった。



 ラファル A ユーティライネン(jb4620)は、リチャード エドワーズ(ja0951)に誘われて『メジャー神社』へ初詣に来ていた。赤袴の巫女服を身につけたラファルは、いつもと雰囲気が違う。
 まるで別人のような出で立ちの彼女を見て、リチャードは少し驚いた。
「ふだんのラフな格好もいいけれど、そういうのも似合うね」
「そっちも、まぁまぁ似合ってるぜ?」
 リチャードの服装は、紋付き袴だ。
 ふたりとも完全な金髪だが、不思議と和装がマッチしている。
「では行こう。人が多いから、はぐれないようにな」
 リチャードは、さりげなくラファルの手をにぎった。
 ラファルも拒否しない。とくに交際しているわけではないが、好意は持っている。すくなくとも、ディバインナイトとしての性能は好きだ。(こら
「たしかに、すげぇ人混みだ。『薙ぎ払え!』とか言いたいところだが、我に秘策あり!」
 ラファルはリチャードと手をつないだまま、裏道へ回って走りだした。
「ラル、関係者以外立ち入り禁止と書いてあるが……」
「ここの神主は、俺の親父の弟の友人のご近所さんなんだ。問題ない」
 無茶なことを言うラファルだが、一分後には二人とも見つかって怒られるハメに。

「クソッ! 俺式光学迷彩まで使ったのに!」
「私は素のままだったからな……」
 色々と無理のある行動だったと言うしかない。
 ともあれ、ふたりは人波の中を進んでいった。
 やがて拝殿に辿りついた二人は、それぞれ願い事を口にする。
「来年は重体になりませんように」と、ラファル。
「守るだけの力をつけて、次は誰も失いませんように」と、リチャード。
 なんだかんだで、ふたりとも戦うことを念頭に置いている。
「よし、用は済んだ。甘酒でも飲んで帰ろうぜ」
 ラファルが言い、リチャードは「ちょっと待った」と呼び止めた。
「なんだ?」
「ここで待っててくれ」
 言い置いて、リチャードは売店へ走っていった。
 もどってきたとき、手にはお守りが一つ。
「私は常にキミといられるわけではないから、私のいないときはこれが守ってくれると信じるよ」
 そう言って、リチャードはお守りをラファルに渡した。
 無論そんなものを信じるラファルではないが、「ありがとさん」と受け取ったときの笑顔は素敵なものだった。



 23:00
 華愛(jb6708)は学園への帰途についていた。
 少々寒いが、母親の仕立ててくれた着物は暖かく、厚手の羽織は風を通さない。
 白い息を吐きながら、華愛は今朝からのことを思い返していた。
 彼女は今日一日、いままで行ったことのない場所を散策していたのだ。
 商店街は人であふれて、どこの店も活気に満ちていたし、見知らぬ人に挨拶すれば必ず返事が返ってきた。
 人気の少ない路地裏にも何か不思議な空気が流れていたし、人っ子ひとりいない公園でさえも何か明るい空気に包まれていた。
(いろんな所が、あったのです……)
 23:58
 今年一年のことを思い出して、華愛は夜空を見上げた。
 あと少しで、今年が終わる。目を瞑って、また開けば、新しい明日。新しい年がやってくる。
(来年もまた、素敵な年でありますように……)
 その数秒後、日付が変わった。
 華愛はうなずいて、足を速める。
(行くのです……あったかの待つ部屋へ)
 その歩みは、力強かった。



 シグリッド=リンドベリ(jb5318)は、こたつでミカンを食べながらファンタジー小説を読んでいた。かたわらには、ネコのぬいぐるみ。どこから見ても、ごく普通の大晦日だ。
「北海道なら、冬は室温35度設定でアイスを食べるのがたのしみだったんだけど……。内地の部屋は寒いなあ」
 道民まるだしの愚痴をこぼすシグリッド。
 そのとき、出前の蕎麦が届いた。
「やっぱりこれを食べないと、一年が終わらないよね」
 欧米人まるだしの外見で、日本人な発言をするシグリッド。
 蕎麦をたぐる手つきも、慣れたものだ。
 食べ終えると、シグリッドはコートを羽織ってマフラーを巻いた。
「うぅ……寒い。行ってきまーす」
 部屋を出たシグリッドは、除夜の鐘が鳴る方向へ歩きだした。
 すこし歩いたところで携帯電話を見ると、ちょうど午前零時。
 シグリッドはアドレス帳を開くと、何人かにメールを送った。
 その中には、何静花(jb4794)の名もある。
 すぐに返事が返ってきた。
 添付された写メには、ベースを手にして乱痴気騒ぎを繰り広げる静花の姿。
「あの人らしいなぁ……」
 くすっと微笑むシグリッド。
 彼の願い事は、もう決まっている。
「学園の皆が無事にすごせますように」
 夜空に向かって、シグリッドはそっと呟いた。



「ソバにコロッケだと!? あたしの知ってるイタリアじゃない!」
 グリーンアイス(jb3053)は、箸と器を持ってチョッパー卍の隣に座っていた。
「あー、コレはアレか、闇鍋か! あたしもなんか持ってきたほうが良かった? なんならコンビニまで行くけど」
「おまえは11フィート棒の女! って、なんでココにいるんだ!?」
「はぁい、チョッパー……なんだっけ? あたしよ、あたしー! 天から舞い降りた完全無欠の清純派美少女天使、グリーンアイスちゃん!」
「あー、あんた、覚えてない炎陣球使おうとしたアホじゃん」
 思い出したように亜矢が言った。
「うるさいな! いまはもう覚えてあるんだから!」
 強がるグリーンアイスだが、本当は覚えてない。
「つーか、なにしに来たんだ、おまえ」
 卍が問いかけた。
「なんか、いい匂いがするなーと思ってさ」
「野生獣か、おまえは」
「まぁまぁ。減るもんじゃないし」
「減るわ!」
「ええ……っ。案外おいしい……。コロッケがトマトの汁を吸って、ケチャップなんか比べ物にならない芳醇な味わいがコロッケ全体にしみわたってる……! まさに味の宝石箱やぁ……!」
 勝手に食べて勝手に評論するグリーンアイス。
 それを聞いて、卍は満足げだ。
「だろ? 料理には自信あるぜ?」
「あ、ごめん。言ってみただけ」
「出てけぇぇ!」

「なんだか盛り上がってますね」
 ドアを開けたのは、袋井雅人(jb1469)だった。
「なんだ? おまえも鍋を盗み食いに来たのか?」
 卍は最初から喧嘩腰だ。
「いえいえ。今年はチョッパー君に色々お世話になったので、そのお礼を兼ねて、あいさつと差し入れを……」
 そう言って、雅人は手作りスイーツをこたつに置いた。
「お、気が利くな」
「うんうん。気が利くね」
 さっそくスイーツをほおばるグリーンアイス。
 亜矢とウェンディスも、当然のように食べている。
「おまえら……」
 歯をギリギリさせる卍。
 それを雅人がなだめる。
「まぁまぁ、たのしくやりましょう。ここにギターを持ってきてます。年越しセッションとか、どうですか?」
「ギター2本でかよ」
 卍が言った、そのとき

「いま、私を呼んだな? 見ろ、ベースならここにある!」
 バーンとドアを開いて登場したのは、静花。
「いや、俺は鍋をだな……」
「卍、西暦にならう必要はない! 年越しもRockしていいんだ!」
「話を聞けよ……」
 どうにか落ち着かせようとする卍。
 だが、亜矢が静花に加勢した。
「よし、今日は年越しセッションだ! あたし、部屋からドラムセット持ってくるよ!」
「おま……風紀委員が黙ってねーぞ」
「なに、あんた。風紀委員が怖いの?」
「……ちっ、やってやろうじゃねーか! 静花、そこのシールド持ってこい! 雅人、アンプの電源入れろ! 11フィート棒、カスタネットでも叩け!」

 数分後、学生寮の一室から轟音が鳴り響いた。
「腕不足だが、呪うことはできる……。ロックじゃないけど、私、あなたを呪えます……」
 ベースのリズムに乗せて、呪いのオーラをまきちらす静花。その演奏スタイルは、謎の迫力に満ちている。
「厄落としと思って聴いていけ! 儀礼服安定! 来年も久遠ヶ原をよろしく! 舵天照もよろしく!」
 インスト曲なのをいいことに、自由な歌詞をつけて歌う静花。酔っぱらってるのかと思う勢いだが、通常運転だ。
 その5分後。駆けつけた風紀委員によって、セッションは中断された。

「当然の結末だな」
 ウェンディスは黙々と鍋を食べていた。
「風紀委員め……呪ってやる……」
 静花の呪怨オーラは、とどまるところを知らない。
 そこへ、月乃宮恋音(jb1221)がやってきた。
「あの……なんの騒ぎだったのですかぁ……? 1km先まで聞こえましたよぉ……」
「体制側への反逆……すなわちロックだ!」と、静花。
「そ、そうですかぁ……。これは差し入れなのですよぉ……」
 恋音は蕎麦と海老天を取り出した。
「お。さすがにいい店知ってるじゃねーか」
「おぉ……卍先輩、ご存知でしたかぁ……。じつは今日一日、ここでバイトしてきたのですぅ……」
「そりゃ店側は助かっただろうな」
「いえいえ……皆さんの足を引っ張らないようにするだけで精一杯でしたよぉ……」
 恋音はそう言ったが、実際のところ一番働いたのは彼女だった。
 そう。戦闘以外のことなら、たいてい恋音に任せておけば良い。
「あいさつはそのへんで、そろそろ私たちはおいとましましょう。二年参りに間に合わなくなってしまいます」
 雅人が言った。
「おぉ……そうですねぇ……。では皆様、お先に失礼しますぅ……」
 ぺこりと頭を下げると、恋音は雅人と手をつないで廊下へ出ていった。
 このとき黒い人影がサッと忍び込んできたことに、だれも気付いてない。

「よし、さっそく年越し蕎麦を作ろう。じつは鴨肉を持ってきてある。海老天そばもいいが、鴨南蛮もいいぞ?」
 静花が腰を上げた。
 入れ替わるように着席したのは、最上憐(jb1522)
 彼女は何食わぬ顔で鍋をつかむと、そのまま一気に飲みこんだ。
 そして、カラになった鍋をドン!
「ゲェーッ! 最上憐!?」
 ワンテンポおいて、卍が絶叫した。
 亜矢とウェンディスが、気の毒そうな表情でうなずく。
 3人とも、よく知っているのだ。憐の性能を。
「どうして俺の部屋に……?」
「……ん。カレーの。気配を。感じたので。来た」
「カレーはないぜ?」
「……ん。ここに。カレーの。コロッケが。カレーあるところに。私あり」
 ひょいひょいとカレーコロッケを口に放りこむ憐。もちろんノーマルコロッケも区別なく食べている。
「胃袋どうなってるの……?」
 あっけにとられたようにグリーンアイスが訊ねた。
 だれもが抱く疑問だが、憐にもわかってない。
「……ん。胃袋は。胃袋で。胃袋。カレーを。収納する。場所。カレーの。空間」
 説明になってなかった。
 そこへ、静花が戻ってくる。
「さぁできたぞ。鴨南蛮だ」
「……ん。美味だけど。一味。足りない。やはり。カレールウを。投下しよう」
 できあがったばかりの鴨南蛮は、たちまちカレー鴨南蛮に。
 だが、これが普通においしかったという。

 そのころ、雅人と恋音は神社に来ていた。
 除夜の鐘が響く中、カウントダウンが始まる。
 年明けと同時に、新年のあいさつをかわす二人。
「恋音さん、今年もよろしくおねがいしますね! ところで願い事は何ですか?」
「えとぉ……先輩がご無事で、ずっと一緒にいられますように……と……」
 恥ずかしそうに答える恋音。
「先輩こそ、なにをお願いするのですかぁ……?」
「私の願いは、『恋音さんの願い事がかなうこと』です! そして私が無事である以上、だれにも恋音さんを傷つけさせはしませんよ!」
 新年早々、キザな台詞を吐く雅人。
 どう見ても死亡フラグだ。今年一年、彼は無事で過ごせるのだろうか──


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:13人

撃退士・
セレス・ダリエ(ja0189)

大学部4年120組 女 ダアト
鉄壁の騎士・
リチャード エドワーズ(ja0951)

大学部6年205組 男 ディバインナイト
ヴェズルフェルニルの姫君・
矢野 胡桃(ja2617)

卒業 女 ダアト
良識ある愛煙家・
ロベル・ラシュルー(ja4646)

大学部8年190組 男 ルインズブレイド
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
芽衣のお友達・
礼野 真夢紀(jb1438)

高等部3年1組 女 陰陽師
腕利き料理人・
美森 あやか(jb1451)

大学部2年6組 女 アストラルヴァンガード
ラブコメ仮面・
袋井 雅人(jb1469)

大学部4年2組 男 ナイトウォーカー
カレーは飲み物・
最上 憐(jb1522)

中等部3年6組 女 ナイトウォーカー
最愛とともに・
美森 仁也(jb2552)

卒業 男 ルインズブレイド
2013ミス部門入賞・
グリーンアイス(jb3053)

大学部6年149組 女 陰陽師
来し方抱き、行く末見つめ・
黄昏ひりょ(jb3452)

卒業 男 陰陽師
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
遠野先生FC名誉会員・
何 静花(jb4794)

大学部2年314組 女 阿修羅
撃退士・
シグリッド=リンドベリ (jb5318)

高等部3年1組 男 バハムートテイマー
遥かな高みを目指す者・
中村 巧(jb6167)

大学部2年203組 男 ルインズブレイド
半熟美少女天使・
吾妹 蛍千(jb6597)

大学部1年273組 男 陰陽師
竜言の花・
華愛(jb6708)

大学部3年7組 女 バハムートテイマー
ハードボイルドの卵・
稲野辺 鳴(jb7725)

大学部3年118組 男 鬼道忍軍
Lightning Eater・
紅香 忍(jb7811)

中等部3年7組 男 鬼道忍軍
一期一会・
若松 匁(jb7995)

大学部6年7組 女 ダアト
圧し折れぬ者・
九鬼 龍磨(jb8028)

卒業 男 ディバインナイト
学園長に叱られたい・
グリモワール(jb8423)

高等部3年13組 女 鬼道忍軍
撃退士・
十五夜 菜緒(jb8457)

高等部2年2組 女 阿修羅