● ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)
「うむ、良いギターは欲しくなっちゃうよね。でもまぁ……気持ちいいほどに本気だなぁ」
依頼を受けたジェラルドは、卍に向かって苦笑を浮かべた。
手には壊れたギターを持っている。義人のVXと同じ型だ。
「それはそうとさ。あんなに堂々と依頼出したらマズイんじゃない? 一応フォローしておいたから、今井さんにはバレてないはずだけど」
「あ……!? そ、そうだな」
あわてる卍。
「まさか気付いてなかった?」
「はは、まさか」
「まぁ結果的にバレなければいいんだけど。……じゃ、行ってくるよ」
ハハッと笑いながら、ジェラルドは義人のクラスへ向かっていった。
「やぁ、こんにちは。ギターの件で話があるんだけど」
さわやかスマイルで話しかけるジェラルド。
義人の目が、壊れたギターへ向けられる。
「……ああ、これ? じつは趣味でライブやってるんだけど、このまえ誰かに壊されてしまってね。同じ型のを探してたんだけど、なかなか見つからなくてねぇ。そこに、キミの話があったもんだから……。是非ゆずってほしいんだよねぇ。一応、このギターも数年使ってて……だいじに使うことには自信があるよ♪」
「ふぅん。試奏してみる?」
「もちろん。こっちからお願いしたいね」
ギターを受け取ると、ジェラルドは慣れた手つきで弾きはじめた。なかなかの腕前だ。
「こんなもんで、どうかな?」
「合格かな。候補として考えておくよ」
「よろしくね。やっぱり扱い慣れたギターじゃないと、ライブの完成度が落ちるからねぇ」
「たしかに。まぁ決まったら連絡するよ」
「うん。それじゃ、話は以上。連絡待ってるよ☆」
そう言って、ジェラルドは去っていった。
● 上雷芽李亞(
jb3359)
「おせっかいかもしれないが、訊かせてほしい。なぜ音楽活動をやめるのだ?」
芽李亞は真剣な口調で義人に問いかけた。
「ああ、先日の戦闘で天魔に腕をやられてね……」
「それは悲しいな……。音楽を愛する者として、音楽から離れずにいてほしいものだが……」
「音楽そのものを捨てるわけじゃないさ。まぁ俺のことはいい。キミの熱意を見せてくれ」
「承知した。私はギターには不慣れだが、竪琴と笛を愛している」
言いながら、芽李亞は竪琴を爪弾きだした。
ポロポロとこぼれる素朴な音色は芽李亞の気品とあいまって、周囲の空気を輝かせる。
「これは、人間界で人から譲り受けたものだ。もう数十年前のことになるが、こうして爪弾けば今も製作者の声が聞こえるようではないか。大都市でも、昔はこの音色に耳を傾けてくれる人々がいたものだが……哀しいかな、いまは人工物の騒音で竪琴の音は届きにくくなってしまった」
芽李亞の言葉は、竪琴の旋律に乗って優しく流れる。
「私は電子楽器というものに馴染めなくてな……正直こまっていたところだ。しかし、幸いにもアウルで鳴らせる楽器があり、ゆずってもらえるというではないか。V兵器でもあるところは、願ったり叶ったりだ。ただの武器では殺伐として、心を失いがちになる。愛を携えて戦場に赴けるなら、これ以上のことはない。堕天使の私には、譲り受ける資格がないかもしれぬが……どうか、お願いだ。私にそれを譲ってもらえないだろうか」
「……わかった。そこまで言うなら一考しよう」
芽李亞の真摯な物腰に対して、義人も襟を正さずにいられなかった。
「よろしくたのむ。……では、色好い返事を待っている」
一礼すると、芽李亞は廊下へ出ていった。
● ラファル A ユーティライネン(
jb4620)
「俺は今度22レベルになるんだぜ」
義人の前で突然メタな台詞を吐き始めたのは、ラファル。戦争依頼で何かと関わりのある卍の依頼だと思えばまた夫婦喧嘩かよと、少々イヤな気分の彼女だが、先日の全面戦争でひどい目にあわせた負い目もあって、今回は仕方なく力を貸すことにしたのだ。
まあ、いざとなったらギター持ってバックれようとか、思ってるようで思ってないようで思ってる。しょせんフレーバーNPCごときが、データのある俺様にかなうかよーとかなんとか。……うん、色々メタすぎる。
「……で?」
義人が話を促した。
「知らないのか? ナイトウォーカーには、22レベルで手に入るスキルがある。その名もバンシーズクライ。敵に『騒音』のバステを与えるという、音楽に縁のある代物だ」
「ほう」
「ま、そのままだと楽器もへったくれもねーから、俺としてはオリスキ化する予定だ。その名もズバリ、ラファルズリサイタル。どこぞの国民的アニメに登場する音痴キャラを彷彿とさせる、不吉な響きだろ? 熱い弾き語りで敵にバステを与える、生かした技になる予定だ。……で、そんときには、やっぱいい武器……もとい楽器がねーとサマになんなくてよ。というわけで、あんたの名器を譲り受けてーんだ」
「つまり武器として使うのか? 楽器としては見てないのか?」
「音楽は聞き専なのさ。とはいえ、スキルのためにもギターは始めるつもりだぜ。こう見えても体が機械だから、運指は正確そのものだ」
「なるほど。型破りなアピールだが、案外キミみたいな人に譲るのも面白いかもしれないな」
「だろ? 俺を選べ。絶対に後悔させねーからよ」
とことん強気なラファルは、今日も通常営業だった。
● 川澄文歌(
jb7507)
「おねがいします、ギターをゆずってください! 音楽でみんなを勇気づけたり、はげましたりしたいんです!」
文歌は直球勝負で語りかけた。
アイドルをめざす彼女にとって、音楽は身近な存在。アピールで負けるわけにはいかない。正直なところ卍にギターを渡すのは気が向かないのだが、これもまた絶対的アイドルのための一歩。
「いい心構えだね。でも、なんで音楽を選んだの?」
義人が訊ねた。
「それはですね。子供のころ、私の歌を聴いてくれた人が笑顔になるのが、とてもうれしかったんです。もし私の歌が周囲の人たちを笑顔にする力を持っているなら、撃退士が人を守るのと同じように、歌でみんなを幸せにするのが私の使命であり、私自身が生きる意味でもあると思うんです」
「力説ありがとう。じゃあ自慢の歌を聴かせてくれる?」
「わかりました。全力で歌います」
スッと息を吸うと、文歌は胸に手を当てて歌いだした。
伸びやかな高音は耳に心地良く、聞く者の心を癒すようだ。
「おみごとおみごと」
一曲歌いきった文歌を、義人は拍手で賞賛した。
「あと、楽器もひととおり出来ます。今井先輩には及ばないと思いますけど、聴いてください」
文歌は友人からもらったリコーダーを取り出して、ゆっくり吹きはじめた。
最近あまり吹いてなかったせいか、ところどころミスが目立つ。
しかし、音楽は心。そもそも義人は演奏技術を見てはいないのだ。
「すみません。ちょっと失敗しちゃいました」
えへっ、とはにかむ文歌。
義人も男だ。これはポイントが高い。
「うん、音楽が好きなのはわかった。候補にしておくよ」
「ありがとうございます。よろしくおねがいしますね」
ここで握手でもしておけば高得点だったのだが。惜しい。
● 水竹若葉(
jb7685)
「自分はDTMをやってるんで、それを聴いてください」
若葉はipodに折りたたみスピーカーをつないで、MP3を再生した。
流れだしたのは、某電子歌姫の自作曲。
それを聴いて、義人が言う。
「こういうのなら楽器は不要だろ?」
「そうでもない。DTMの打ち込みは案外大変なんだ。楽器があると、いくらか楽になる。本当はキーボードのほうが楽だが、あえてギターを選びたいんだ」
「なぜ?」
「幼いころ、ギターに憧れてたんだ。けど、自分は孤児院暮らしでね。とても手が届かなかった。一人暮らしをはじめたあとも、部屋の防音設備が問題でね……。でも、いまの家なら設備が整ってる。おもいきりギターが弾けるんだ」
「なるほど」
義人はうなずいたが、若葉から見て反応が今ひとつだった。
もう一押し必要だと判断して、交渉を続ける。
「いま、自分はアイドル部という所で作曲師をやっている。部のみんなのために、より良い曲を作りたいんだ。……が、DTMソフトだけでは限界がある。いまの自分には、どうしても楽器が必要なんだ」
「ふむ。話はわかった」
「それでも、どうしても無理なら諦めるが……」
しょんぼりとうなだれる若葉。
相手は男だが、母性本能に訴える作戦だ。
「無理ってことはない。じつは予想以上に希望者が多くてね。オーディション形式にしたんだ」
「自分は、そのオーディションにエントリーできたのかな?」
「ああ。できてるよ」
「そうか。ならば、あとは結果待ちだな。たのしみにしておく」
そう言い残して、若葉はクールに立ち去った。
● 何静花(
jb4794)
静花は、いつもどおりの儀礼服でやってきた。
私服も持ってないことはないはずだが、儀礼服が気に入ってるのだから仕方ない。
「今井というのは、おまえか。風の噂でVギターが爆安だと聞いた。さわったことがないから、一度さわらせてくれ」
静花の要求に、義人は「いいよ」とギターを手渡した。
「おお、これがVギター。いいフォルムだ。……よし、まずは一曲」
コツコツとギターのボディを叩いてリズムを取ると、静花は勢いよくギターを掻き鳴らした。
曲は『悪魔(略』
ロッカーなら知らぬ者のない、イギリスの名ロックバンドの代表曲だ。
ヴォーカルまできっちり歌いあげて、ノリノリの静花。ギターを弾きに来ただけにしか見えないが、一応本気だ。マジでVギターを狙っている。光纏して赤い瞳をギラつかせる姿は、鬼気迫るほど。闘気解放でオーラを噴き上げ、轟音をまきちらす。かるく呪われそうな演奏スタイルだ。プレイの内容自体は普通だが、姿を見れば悪魔そのもの。
義人もあっけにとられて何もツッこめず、気付けば一曲終わっていた。
「えーと……キースが好きなの?」と、義人。
「もちろん好きだが、一番はジャコだ!」
「それ、ベーシストだろ……」
「ロックが好きで、ウェザーリポートのファンなんだ! なにもおかしくない!」
「まぁおかしくはないが……」
「それで、どうだ? 私にVギターをゆずってくれるか? ゆずってくれるな?」
「これ、オーディションなんで……」
「では、もう一曲いこう。私のロック魂を見せてやる」
そうして静花は延々とロックナンバーを弾き続け、熱いロック魂を証明したのであった。
● 月乃宮恋音(
jb1221)&袋井雅人(
jb1469)
恋音と雅人は、あえて最終日に義人を訪ねた。
無論、理由がある。
ひとつは、できるかぎり情報を集めるため。
もうひとつは、少しでも多く雅人がギターを練習するためだ。
おかげで準備は万端。隙はない。
「キミらで最後だ。それにしても、ずいぶんギリギリだね」
義人が出迎えた。
「これにはワケがありまして。じつは、一日でも多くギターを練習したかったんです」
正直に打ち明ける雅人。
「てことは、初心者?」
「はい。じつは先月、『秋の音楽祭』に参加したんですが……」
「ああ、俺も参加したよ」
「私は最初、屋台で参加したんです。ところが、みなさんの素晴らしい歌や演奏に触発されて、おもわずステージに上がってしまい……気がつけば、音楽の魅力に目覚めてしまったんです」
実際のところ雅人は、恋音が音楽好きだったことを今さらながらに知って愕然とし、あわててギターをはじめたのだ。いつも『おっぱい! おっぱい!』とキャラ崩壊してばかりの彼は、こういうところで点数を稼がなければならないのである。
「あの日以来、私は休まず練習してきました。正直なところ、まだまだ未熟な身ですが……持てる限りの力を出しつくします!」
自前のギターをかまえると、雅人は躊躇なく弾き始めた。
義人の好きな曲を調査して選んだのだ。とても初心者に弾ける曲ではないが、チャレンジ精神は立派と言えよう。あちこちミスだらけでも、雅人は気にせず突き進む。たいせつなのは技術ではなく、音楽をたのしむ心。
だが、『心』を伝えるのは『技術』を伝えるより遙かに難しい。
当然だ。『技術』は、見ればわかるのだから。
それでも、最後まで弾き終えたとき。義人は拍手していた。
その直後。どこからともなく、午後6時の鐘が聞こえた。オーディション終了の時刻だ。
と同時に扉が開かれて、亜矢がやってきた。
「あら。いつものバカップルがいる。あんたたちも、Vギターが目当て?」
「……こんにちは、矢吹先輩……。ええ、おっしゃるとおりなのですよぉ……」
恋音は『バカップル』の部分を否定しなかった。
亜矢は「はっ」と鼻で笑って言う。
「無駄よ。そのギターは、あたしがもらうの」
「……それは、今井先輩が決めることだと思うのですよぉ……」
「なら結論を聞こうじゃない?」
亜矢が詰め寄ると、義人は数秒考えて「矢吹君に譲るよ」と答えた。
「「えええーーっ!?」」
この依頼の参加者を含めた撃退士たち数十名が、いっせいに押し寄せてきた。
「納得いかないな。理由を説明してくれ」
静花が問いつめた。
「……わかった。ハッキリ言おう。じつは矢吹君のことが気に入ってしまったんだ」
「つまり、惚れたということか?」と、静花。
「そうだ」
衝撃の告白をする義人。
綿密に情報収集していた恋音も、これは初耳だ。唖然である。
「ざけんじゃねー! 個人的な感情を持ちこむんじゃねーよ!」
ラファルが義人の胸倉をつかんだ。
「あの……そもそも個人的にギターを譲るっていう話ですよ、これ」
冷静に指摘する文歌。
もともと彼女は卍より亜矢にギターを渡したかったこともあり、この結果に異論はない。
ジェラルドはニヤニヤ笑いながら、「それにしても良い趣味してるねぇ」と一言。
そんな彼らを眺めつつ、亜矢はドヤ顔で勝ち誇る。
が──
「……今井先輩の趣味はともかく……矢吹先輩はギターがほしいわけではありませんよねぇ……?」
ためらいがちに、恋音が問いかけた。
「なによ! 言いがかり?」
「こういうことはしたくなかったのですが……」
恋音はICレコーダーを取り出すと、再生スイッチを押した。
出てきたのは亜矢の声だ。
はっきりと、こう言っている。
『ぶっちゃけ、ギターなんかどうでもいいのよ。あたしの目的は卍にイヤガラセすることなんだから』
場が静まりかえり、見れば亜矢は逃亡していた。
義人が、頭を掻きながら言う。
「すまない。俺の目が腐っていたようだ。ギターはキミに譲るよ」
選ばれたのは雅人だった。
「ありがとうございます! 一流ギタリストめざして、これからも精進しますよ!」
「……おぉ……。おめでとうございますぅ……」
「いいえ、これは私たち二人の勝利! 音楽のことを知らなかった私に音楽の素晴らしさを教えてくれて、ありがとうございます!」
キリッとキメ顔を作る雅人は、ふだんと別人のようだった。